後の展開に向けての描写を増やした第7話です
誤字報告ありがとうございます!
城ケ崎さんの監房から出た僕はスマホの時計を見る。
時刻は二十時より少し前、気付かないうちにかなりの時間が経っていたようだ。
だが、不思議と焦りといったものはなく足取りは軽いままだった。
──しかし、ラウンジから響く声を聞いて足を止めてしまう。
(今の...声は...!)
咄嗟に魔法を使い、姿を隠した。
そのままコッソリとラウンジの中を覗き込んで、思わず顔を顰める。
そこには桜羽さんや橘さん、遠野さんに氷上さんのいつもの四人組。
そして、彼女たちに加えて現在進行形で要注意人物である黒部さんが何かを話していた。
「一体いつから──」
「昨日の日中にはあったけど、今日見てみたらなくなっていたわ。
だから多分昨日の夜のうちに誰かが持ち出したんでしょうね。
────怪しい人物は一人、思い当たるけど」
(『昨日はあった』...『誰かが持ち出した』...。
それに黒部さんたちがいる場所、あそこには確かボウガンがありましたっけ)
ラウンジの壁に立てかけられていたボウガンは跡形もなくなく消えている。
黒部さんの言う通り誰かが持ち出したのだろう。
その用途については...恐らく言うまでもない。
「怪しい人?
それって誰のことかな」
「凪原イオリ、あなたたちも知っているでしょう?
彼は何かを隠している。
今回だってボウガンを盗んだのは彼かもしれない」
「────っ!」
黒部さんの発言に息を吞む。
彼女が僕に疑惑を覚えているのは身に染みている。
しかしまさかここで盗難の疑いをかけられるとは思わなかった。
(だけどこのタイミングで否定のために出て行っても疑われるだけ、か。
それに黒部さんの前に姿を見せるのは...正直言って嫌だ)
当然、ボウガンなんて盗んだ覚えはない。
しかし、今否定のために出ていくことも出来ない。
桜羽さんたちに疑惑が広がるのは痛手だが、必要な損害だと割り切る。
そうして視線を彼女たちから外して、立ち去ろうと歩き出す。
「イオリくんにボウガンを盗む時間なんてないと思うよ!」
「桜羽さん...?」
しかし、ラウンジに響いた桜羽さんの声を聞いて思わず足を止めてしまう。
そして彼女の方へ視線を向けると、桜羽さんは硬い表情のまま黒部さんに立ち向かっていた。
ポツリと桜羽さんの名前を呟くと彼女は続けざまに言葉を続ける。
「イオリくんは夜の間ノアちゃんと一緒にいるか、図書室で調べ物をしてるんだ。
そこはノアちゃんかマーゴちゃんに聞けば証言してくれるんじゃないかな。
それに今日の昼はボクたちと一緒にいたからボウガンを盗む時間なんてない筈だよ!」
「......」
桜羽さんの主張は意外にもちゃんとしていた。
いや、昼の時から与えられた情報の整理が上手いことは分かっている。
しかしそうであったとしても、情報の整理から主張の組み立てが異常に早いように感じたのだ。
「...そう。
でも彼への疑いはまだ残っているわ」
「どういうこと?ナノカちゃん。
その疑いって──」
「私の髪リボンがなくなったの。
落としたのかもしれないけど、心当たりがある場所はもう探し回った。
それでも見つからなかった以上、囚人の中に泥棒がいるとしか思えない」
「うーん、でもそれはイオリさんじゃなくてもいいんじゃないでしょうか。
いつどこでなくなったのか分からない以上、盗むのは誰にでもできますよ?」
「それは言われなくても分かってるわ。
彼以外にも怪しい人はいるもの」
そう言うと黒部さんはこちらに歩いてくる。
一瞬心臓が跳ね上がるが魔法を使っている以上、彼女が僕を察知することはない。
黒部さんは僕を素通りして、階段を上がっていく。
そしてそんな彼女に釣られるように、桜羽さんたちも二階へと向かっていった。
「黒部さんが二階に...。
コレ、倉庫を調べるチャンスでは?」
黒部さんたちを見送った僕はふと思いつく。
普段なら魔法を使えば見つけられないとしても、黒部さんがいる場所にはあまり近づきたくない。
だが、今黒部さんは間違いなく二階にいる。
「自由時間の終わりまで...二時間もない。
こんな絶好の機会、逃してたまるか!」
僕は急いで倉庫へと走り出す。
暗闇の中で足元も見えないが、今は気にしている場合でもない。
道中で何度も転びそうになりながら、なんとか倉庫へとたどり着いた。
「苦節四日、ようやく探索に乗り出せる!
何か有益な情報があればいいんですが──あれ?」
倉庫の扉を開けようとノブを回そうとして、違和感を覚える。
嫌な予感が頭をよぎるが、それを頭から振り払う。
そしてしばらくの間鉄製の扉と格闘して、一つの答えにたどり着いた。
「この扉...開かない!!」
どれだけ開けようと藻掻いても、扉はびくともしなかった。
押しても引いても叩いても何の変化も見られない。
肩で息をしながら歯噛みするが、まだ諦めることはできなかった。
「牢屋敷自体古い建物...それならどこかに抜け道があってもおかしくない筈...!
それにわざわざ鍵をかけて出入りできないようにしているのなら、何かを隠している証拠...!
まだ...まだやれることはある!
────多分」
最後の最後で自信がなくなるが止まる選択肢は既にない。
僕はそれから必死になって倉庫の周りをぐるぐると回りながら調べていく。
スマホのライトをつけ、地面に伏せ、何とか入る方法を模索する。
そして調べ続けて時刻は二十一時半ごろ、僕は鉄製の扉の前で膝を付いていた。
「入れなかった...!」
結局、何の成果も得られなかった。
得も言われぬ敗北感が胸を襲う。
しかしいつまでもそうしているわけにもいかず、ため息を吐きながら立ち上がった。
「あれだけ意気揚々と向かって何の成果もなしって...。
でも重要な場所であることに変わりはない。
今後も黒部さんの目をかいくぐって調べるしか───ん?この音は?」
自らの監房に帰ろうと医務室の前を通ると、中から賑やかな声が聞こえてくる。
こんな時間に何かあったのかと中を覗いてみると、桜羽さんと夏目さんがスマホを見ていた。
聞こえてきた賑やかな声はそこから聞こえてきたものなのだろう。
音の正体に納得していると、突然桜羽さんが顔を上げ、視線を向けてきた。
「あれ、イオリくん?
こんな時間にどうしたの?」
「っ!。
...先ほどまで倉庫を調べていたんですが、特に収穫もなかったので監房に戻る途中だったんです。
その途中で医務室から楽しそうな声が聞こえてきたので、少し立ち寄ったんです。
桜羽さんたちは何を?」
「ボクたちはレイアちゃんたちの配信を見てたんだ。
レイピアでリンゴを刺したり、面白かったんだよ!」
桜羽さんは楽しそうに語って聞かせてくれた。
隣の夏目さんも喋りはしないが、楽しそうにスマホを見ている。
その配信が気になり、見てみようかと思ったその瞬間、各々のスマホから通知音が鳴った。
「自由時間の終わりですか...。
急いで戻った方が良さそうですね」
「そうだね、懲罰房送りになっちゃう。
それじゃあアンアンちゃん、ボクたち行くね」
「【待て】」
桜羽さんと共に監房に戻ろうとすると、背後から呼びかけられる。
その声は不思議なくらいに頭に響き、踏み出そうとしていた足がその場に固まった。
そうして振り返ると、夏目さんは手に持ったスケッチブックに何かを書いていた。
「どうかしたのアンアンちゃん?」
『わがはいはイオリに話がある。
ノアについての話だ』
「城ケ崎さんについて?
...桜羽さん、先に戻っていてください。
僕は夏目さんと少し話してから戻ります」
「でも、そしたら自由時間が終わっちゃうんじゃないかな。
看守に見つかったら危ないよ」
「その時は夏目さんの付き添いだって言い張りますよ。
囚人規則にも書いてあるちゃんとしたルールです。
ゴクチョーや看守も文句は言わないでしょう」
「そっか...分かった、ボクは先に戻るね。
おやすみ、イオリくん!アンアンちゃん!」
桜羽さんは手を振りながら駆け出していく。
そしてすぐに足音は遠くなり、聞こえなくなった。
医務室に残った僕は夏目さんに向き直る。
「それで城ケ崎さんについての話とは何でしょうか?
やっぱり監房でのお絵かきについてですかね」
『違う、ノアがお前に描いた絵の話だ。
今日ノアが渡した筈だろう』
「あぁ、あの絵ですか。
確かに貰いましたよ」
そう言って懐から城ケ崎さんに貰った絵を取り出す。
その絵にはまるで本物のような眩しさが描かれていた。
それを見た僕の顔には自然と笑みが浮かぶ。
「そう言えば夏目さんがどうしてこの絵のことを?
城ケ崎さんは僕の好きなものを聞いた、とは言っていましたけど...僕、夏目さんに好きなものとか話してませんよね」
『その絵のことはノア本人から聞いた。
たまにここに来ていたからな』
「そうなんですか?
それは知らなかったな...」
僕は夏目さんの発言に驚きを隠せない。
だが、彼女が言った通りならば意外と交流もあったのかもしれない。
「では、この絵についての話とは何でしょうか?」
『ノアはここ最近、ずっとその絵を描いていた。
魔法でコントロールできないから何度も描き直していた』
「?待ってください。
魔法をコントロールできないというのはどういう意味ですか?
ここ数日城ケ崎さんが絵を描く様子は見てきましたがとてもそんな風には...」
『ノアの魔法で描いた絵はノアの意思とは関係なしに動くらしい。
ただ、蝶の絵だけはコントロールして描けると言っていた』
「蝶の絵...」
僕は夜景が描かれた絵を見る。
その絵にはどこにも蝶は存在していなかった。
「この絵を描くために一体どれだけ繰り返して...」
『ノアはその絵のためにずっと頑張っていた。
だから絶対になくしたり、雑に扱ったりするな』
「えぇ、勿論です。
城ケ崎さん本人とも約束しましたから」
夏目さんは僕の言葉に頷くと、布団の中に潜り込んでしまった。
どうやら話したかったのは『城ケ崎さんの絵を大事にしろ』ということらしい。
思っていたよりも城ケ崎さんに他者との交流があったことに、少しばかりの安堵を抱く。
そしてしばらくたった後、夏目さんが潜った布団から寝息が聞こえてきた。
(眠ったか...。
さて、僕も寝る準備をしないとな。
場所は──まぁ椅子でいいか)
近くにあった椅子に座り、息を吐く。
そして今日のことを振り返りながら眠りにつこうとする。
────しかし、バサバサと羽ばたくような音が聞こえた瞬間、一気に目が覚めた。
「おや、凪原イオリさん。
夏目アンアンさんの付き添いですか?」
「────えぇ、そうですよ。
規則に書いてある通り、付き添いは僕一人。
ルール違反ではないですよね?」
「えぇ、問題ありませんよ。
規則の範囲内なら、そこまで厳しく言うつもりはないので」
僕は警戒心を強めながら、目の前のバケモノ──ゴクチョーと相対する。
まさかこんな時に会うことになるとは思わなかった。
この偶然に感謝しながら、話を切り出す。
「ゴクチョー、少し話があります。
お時間、よろしいですか?」
「えぇ~...仕事が増えるのは困るのですが...」
「それほど時間を取らせるつもりはありません。
一つだけ、質問に答えてくれればそれ以上は聞きませんよ」
「...はぁ~仕方ないですねぇ。
ではさっさと話して、さっさと終わらせましょう」
ゴクチョーは心底面倒くさそうにため息を吐く。
しかし質問自体には答えてもらえるようで、手ごたえを感じる。
「それじゃあ質問させてもらいます。
────僕は一体何なんでしょうか?」
「はい?
いやそんなことを聞かれても...私からは何も言えませんよ?」
「では言い方を変えましょうか。
この牢屋敷では今まで多くの魔女候補が集められたんですよね。
そして、それより前には大魔女がここに住んでいたと聞きました。
その中に、男性はいましたか?」
「......」
僕の質問にゴクチョーは押し黙る。
その沈黙が一体どういう意味を持つのかを推し量ることは出来ない。
だからこそ、僕は間を開けずに言葉を続ける。
「もしも今まで男性の魔女がいなかったのなら、僕の存在はイレギュラーということになります。
そしてイレギュラーにはそうなるだけの理由がある筈。
ゴクチョー、あなたにはその理由は分かりますか?」
「...まず、今まで男性の魔女がいたという事実は確認されていません。
そして、理由について私から言えることは特にありません。
イオリさんが男性でありながら魔法を使えることも、私共としてはあずかり知らないことです」
「...そうですか。
────ありがとうございます、ゴクチョー」
「いえ、お気になさらず。
私はそろそろ別の場所へ行きますので」
ゴクチョーはそう言うと足早に飛び去っていく。
どうやら僕の質問はゴクチョーにとっても答えづらいものだったらしい。
僕は椅子に座り直しながら、ゴクチョーの発言を思い返す。
「男性の魔女は確認されていない、か。
五百年の間、一人も存在しなかったのに僕は魔法を使える。
突然変異で片付けるには流石に無理があるな」
小さく呟きながら情報を整理する。
僕が一体なぜ、魔法を使えるのか。
そこには必ず何かしらの理由がある筈。
その理由を思案しているうちに、夜は更けていった。
* * *
視界が暗闇に包まれる中、身体が揺れる感覚に襲われる。
その揺れによって徐々に重い瞼が開かれていく。
そして瞳から差し込む光によって、僕の意識は完全に覚醒した。
「ん...いつの間にか寝てたのか...。
えっと...今は何時か────ん?」
『ようやく起きたな。
わがはいが何度もゆすったのに起きないとは何事だ』
「な、夏目さん!?
あぁさっきの揺れはそういうことか...。
えっと、おはようございます」
辺りを見回すと不満そうな顔をする夏目さんの姿が目に入る。
どうやら彼女が目を覚ましてからずっと僕を起こそうとしていたようだ。
挨拶をして椅子から立ち上がり、一度身体を思い切り伸ばす。
身体中の骨が鳴る音と共に、起きたばかりの眠気も晴れてきた。
「でもどうして僕を起こしたんですか?
何か必要なことでも?」
『もうすぐ自由時間だから一度監房に戻ろうかと思ったからだ。
一人でここに残すのは流石のわがはいでも気が引ける』
「なるほど。
ありがとうございます、夏目さん」
夏目さんはそっぽを向いて医務室の外へと歩き出す。
僕も彼女の後を追うように着いて行く。
そして監房が並ぶ通路につくと、自らの監房から出て来る桜羽さんと出会った。
「イオリくんにアンアンちゃん、おはよう!
朝早いけど、具合はもういいの?」
「おはようございます、桜羽さん」
「......」
桜羽さんの挨拶に答えることなく、夏目さんは自らの監房へと向かう。
そんな彼女に苦笑しつつ、桜羽さんと顔を合わせる。
そして雑談でもしようかと思っていると、夏目さんが自らの監房を前にしてわなわなと震えていた。
「あ、あ、あ......!」
「?どうしましたか夏目さん。
もしかしてまた監房が塗りつぶされて────」
「あああああああああああああーっ!!」
「「!?」」
夏目さんが発した悲鳴を聞いて僕たちは彼女に駆け寄った。
そして、驚愕に見開かれた彼女の視線の先を見て、身体が硬直する。
夏目さんの視線の先、彼女の監房の中で、一人の少女が赤い蝶を背に倒れていた。
「城ケ崎...さん?」
思わず監房に倒れる少女の名前を口にした。
胸の内では得も言われぬ感情が渦巻き、考えの邪魔をする。
だが、どれだけ考えが纏まらずとも目の前の光景は一つの答えを示している。
僕に絵をくれた少女、城ケ崎ノアは冷たい監房の中で死んでいた。