捜査パートの第8話です
城ケ崎さんの死体を発見してからの流れはスムーズなものだった。
ラウンジに集められ、ゴクチョーが『魔女裁判』の説明をする。
そうして開廷までの間、僕たちには捜査の時間が与えられた。
「────」
捜査が始まってすぐに、僕は城ケ崎さんの監房の前に来ていた。
監房は白く塗りつぶされ、床には彼女の血で描かれたであろう大きな赤い蝶の絵と共に城ケ崎さんが倒れている。
その光景を見ていると、何とも言えない感情で頭がぐちゃぐちゃになってしまう。
「イオリくん...その、大丈夫?」
「桜羽さん...それに橘さんと遠野さんも────。
三人とも、ここを調べに来たんですか?」
「はい!
事件現場を調べないことには始まりませんからね!」
「それで来てみたところイオリさんがいたので声をかけたんですの。
もしかしてお邪魔だったかしら」
「そんなことありませんよ。
寧ろ声をかけてくれて助かりました」
監房を調べに来た桜羽さんたちのお陰で何とか思考するだけの余裕を取り戻した。
一度大きく息を吸って監房から漂ってくるスプレーの刺激臭を肺いっぱいに取り込む。
それを吐き出すとともに、もう一度監房の中を注視していく。
「監房は真っ白に塗りつぶされ、足跡なども存在しない。
そして床には城ケ崎さんの死体の他にも、いくつか気になるものがありますね」
「あ!あそこに落ちてるのってボウガンの矢じゃないかな!」
「本当ですね!
あれなら足跡を残さずに外からノアさんを殺せるんじゃないでしょうか」
橘さんの発言とともに遠野さんが安堵の息を吐く。
一瞬その様子が気になったが、先ほど彼女は『浮遊』の魔法のせいで疑われていた。
そこに足跡を残さない犯行の可能性を見つけられたのなら、安堵もするだろう。
「あと気になるのは、そこのひっかき傷みたいな場所です。
そこだけ白色の塗料が剥がれてるんですよ」
「確かにそうですわね...。
何か意味があるのかしら?」
「現状では何とも。
ただ、このひっかき傷はボウガンの矢が落ちている場所からかなり離れています。
だから矢によってついた傷ではないと思いますけどね」
「うーん、あと気になる場所は特になさそうですね。
イオリさんも一緒に行きませんか?」
「僕は────もう少しだけ、ここに残ろうと思います。
なに、すぐに別の場所も調べに行きますよ」
僕がそう言うと橘さんと遠野さんは通路の奥へと歩いていく。
この場に残ったのは僕と桜羽さんだけだった。
「桜羽さんは二人について行かなくていいんですか?
ここにいても収穫はないと思いますよ」
「それはそうなんだけど...イオリくんが心配で」
「?僕が...心配?」
「だってイオリくん、ノアちゃんと仲良かったから。
だからショックも人より大きいのかなって」
「────大丈夫ですよ。
確かにショックではありますけど...問題はありません」
桜羽さんは心配そうに僕を見つめてくる。
そんな彼女を今以上に心配させないよう、笑顔を作り取り繕う。
しかし桜羽さんの表情は依然として晴れず、暗いままだ。
「心配してくれてありがとうございます。
ですが時間は有限、僕のことを気にする必要はありませんよ」
「......」
「今の僕たちに出来るのは調べて、証拠を集めるだけです。
桜羽さんもそれに専念した方がいい」
桜羽さんの視線から逃げるように背を向ける。
背後から息を吞むような音が聞こえるが、気にしている余裕はない。
コツコツと足音が遠ざかっていく音を背に、僕はただ監房を見ていた。
■証拠品
■床に描かれた赤い蝶
■床に落ちていたボウガンの矢
■床についていたひっかき傷
■カラースプレー
* * *
監房を調べ終えた僕は階段を上り、玄関ホールに足を運んでいた。
人の気配はなく、特に目立ったものはない。
ただ一つ、なぜか開いている掃除用ロッカー以外は、だが。
「誰かが開けたまま閉めるのを忘れたんでしょうか。
いや、そもそもこのロッカーが開いてるところも見たことなかったな。
何か隠されてたりは────ん?何かはみ出てる?」
僕はロッカーに近づくと何かがはみ出していることに気付く。
それを不思議に思ってロッカーの中をよく見てみると、何やら引っかかるものを見つけた。
目に映ったのは、一見なんの変哲もないただのほうき。
しかしそのほうきは長い柄とブラシ部分で分解されているのだ。
「このほうき、元から壊れてましたっけ?
うーん...まぁ不自然ですし、取り敢えず記録しておきましょう」
■分解されたほうきの柄とブラシ
「調べるだけなら損はない、と。
まぁ今はそれよりボウガンの本体を見つけたいんですけど...」
目下の捜索対象は殺害に使用されたと思われるボウガンだ。
それを見つけない限り、恐らく裁判で吊られるのは僕になる。
それだけは何としても避けなければいけない。
「ボウガンはそう簡単に隠せるような大きさではなかった。
誰かに見られるリスクを考えれば監房からそう遠くへは運べない筈。
────でも、どこか違和感がある気が...」
「おや、イオリくんじゃないか。
調査の最中だったかな」
「!あぁ蓮見さんでしたか。
確かに調査をしている最中ですよ。
あまり、順調とは言えませんけどね」
「こちらも似たような感じだよ。
ただ、犯人の見当はついているけどね」
「遠野さんのことですよね。
先ほどラウンジで言っていましたし」
「あぁその通りだよ。
監房内は白く塗りつぶされているのに足跡は存在しなかった。
それなら『浮遊』の魔法を持つハンナくんを疑うのは当然じゃないかな?」
「取り敢えず、筋は通っていると思いますよ。
他にも殺害の手段はありそうですが」
僕の意見を聞くと蓮見さんは目を見開く。
彼女のその反応を見て、少し首を傾げる。
今の発言に驚くような内容はあっただろうか。
「蓮見さん、随分と驚いているようですが何かありましたか?
今の意見にはおかしいところはなかった筈ですよ」
「いや、キミの意見に驚いたわけじゃないんだ。
ただ、前に話した時に比べて雰囲気がだいぶ違ったものだから、つい驚いてしまったんだよ」
「...交流があった人が殺されたんです。
僕だって動揺ぐらいはしますよ」
蓮見さんの指摘を受けて自分でも自覚する。
気付かないうちに外行きの仮面が外れていたようだ。
思わず顔を押さえていると蓮見さんは同情するような視線を向けてくる。
「イオリくんは私たちの中でも特にノアくんとの交流が多かったからね。
辛ければ遠慮なく、私に言ってほしい」
「────ありがとうございます、蓮見さん。
ですが裁判が終わるまでは泣き言を吐くわけにはいきませんので」
「そうか、強いんだねイオリくんは」
「そんなことありませんよ。
僕はただ自分がやるべきことをやるだけです」
頭に浮かぶのはいつからか自分に言い聞かせていた言葉。
期待を裏切るな、為すべきことを違えるな、大切なものを見誤るな。
決して揺らいではならないことを再び強く胸に刻み込む。
「では僕は別の場所に向かいます。
蓮見さんも調査を頑張ってください」
「イオリくんもね。
それじゃあまた」
蓮見さんに手を振り返しながら僕は歩き出す。
まだ止まるわけにも休むわけにもいかない。
僕は振り返ることなく、牢屋敷の通路を歩いていく。
* * *
蓮見さんと別れた後、ラウンジや中庭、物置とシャワールームと見て回る。
しかし大した収穫を得ることは出来ずに医務室へとたどり着いた。
中にはまた体調を崩した夏目さんに付き添いの氷上さん、それに加えもう一人の姿が視界に入る。
「こんにちは、皆さん。
それと...佐伯さんもお久しぶりです」
「おわぁっ!?
い、い、イオリくん!?」
「...急に話しかけたのは僕が悪いですが、そこまで驚きますか?」
「ご、ごめんね...。
あ!おじさん用事があったんだった!
そ、それじゃあまたね!」
「え?
いや、ちょっと待っ...行ってしまった」
僕の呼びかけに異常に驚いたかと思えば、佐伯さんは凄まじい勢いで医務室から出て行ってしまった。
彼女を呼び止めようとしたが、そんな暇もないほどだ。
軽く啞然としながら頭に手を置き、今日までの佐伯さんを思い出す。
(やっぱり避けられてますよね、これ)
牢屋敷に来て今日で五日目。
その間に交流をしようとしたが、毎回すぐにどこかへと行ってしまう。
ここまで来たら最早疑いようのない事実だった。
「はぁ...気付かないうちに何かしてしまったか?」
「い、イオリさん...その、あまり気にしないであげてください。
ミリアさんは多分、男の人が苦手なだけなんだと思います...」
「氷上さん...。
まぁ得意不得意は誰にでもありますし、気にしていないですよ」
背後から声をかけられ振り返ると、そこには氷上さんがティーポットを持ったまま立っていた。
彼女が言うように、男性が苦手というのは年頃の女性ならよくあることなのかもしれない。
そうなると佐伯さんとは出来る限り接しない方がいいのだろうか。
「まぁ無理にコミュニケーションを取るよりマシでしょうしね。
ところで氷上さん、夏目さんの様子はどうですか?」
「今は...落ち着いているみたいです。
ただやっぱりショックは大きかったみたいで...」
「それは...そうでしょうね」
ベッドで横になっている夏目さんに目を向ける。
彼女の表情は暗く、浮かないままだ。
ルームメイトの死体を何の心構えもなく見たのだ、その反応は当然だろう。
「少し夏目さんと話をしてみます。
氷上さんは────」
「で、でしたらハーブティーを入れますね。
今朝ローズマリーを摘んだので、良かったら飲んでください」
「ありがとうございます。
あ、カップをもう一つ貰えますか?」
氷上さんからハーブティーが入ったカップを二つ受け取り、浮かない表情の夏目さんに近寄る。
彼女は近づく僕に気付いたようだが、視線は手元のスケッチブックに向いていた。
僕は夏目さんの傍らに立ち、カップを差し出しながら声をかける。
「調子はどうですか、夏目さん」
『最悪だ、言わなくても分かるだろう』
「それもそうですね」
夏目さんはカップを受け取りながらスケッチブックに書かれた文字を見せてくる。
その文字に苦笑しながら貰ったハーブティーを喉に流し込む。
同じように夏目さんも飲み始めて息を小さく吐くと、再びスケッチブックに文字を書き始めた。
『誰がノアを殺したか分かったか?』
「残念ですが、まだ見当もついていません。
いくつか証拠は集めましたがそれもどれだけ役に立つか...」
「......」
僕の答えを聞いて夏目さんは顔を歪める。
そして少し逡巡してから、彼女はスケッチブックをこちらに向けた。
『お前がノアを殺した犯人か?』
「────違いますよ、僕は城ケ崎さんを殺していません。
なんて、仮に犯人だったとしても同じことを言うんでしょうけどね」
夏目さんに返事をしながら小さく自嘲の笑みを零した。
彼女が疑いの目を向けてくる理由は何となく察することが出来る。
それは昨日の夜、僕が医務室に残ったことが理由だろう。
「...僕が色々と疑われやすい立ち位置にいる自覚はあります。
昨日の行動を振り返っても怪しい部分が多くありますから」
『それならどうするつもりだ?
裁判で自分がやったとでも言うのか』
「まさか、自分にかけられた疑惑は自分で晴らしますよ。
ですから何かしら証拠になりそうなものがあれば教えてください」
「......」
夏目さんは一瞬僕から視線を避けるとスケッチブックをめくり始める。
一枚、二枚とめくっていくうちに、あるページで手が止まった。
そのページにはどこかで見覚えのある蝶の絵が描かれている。
「蝶の絵...もしかして城ケ崎さんが?」
『前にノアが勝手に描いたものだ。
怖い目に遭わないように、お守りだと言っていた』
「お守り...」
小さく、ポツリと呟く。
夏目さんの言う通りなら、監房の蝶の絵も同じくお守りなのかもしれない。
犯人を示す証拠のようなものではなく、ただみんなを安心させるためだけの。
(もしそうだとしたら...余計にやるせないな。
城ケ崎さん本人は守られなかったのに...)
『証拠になりそうなものはこれぐらいしかない。
後は自分で調べろ』
「えぇ、では行ってきますね。
氷上さん、ハーブティー美味しかったです」
氷上さんと夏目さんに挨拶をしてから医務室を出る。
そしてふと思い立ってスマホを見ると、裁判の開始までもう猶予は大して残っていない。
僕は顔を顰め、速足で次の場所へと向かった。
■スケッチブックに書かれた蝶の絵
* * *
医務室を出た後、まだ探していない場所を手当たり次第に回っていった。
しかし目立った証拠はなく、手ごたえも感じられない。
そして裁判開始まで残り一時間を切ったタイミングで僕は娯楽室へと足を運んでいた。
「あと調べていないのはここだけ、か。
まぁここに何かあるとは思えないんですけど」
諦観混じりに娯楽室の扉を開け中に入ると、一人の少女が中にいた。
猫耳のカチューシャをつけ、手元のスマホを弄っている。
その様子から随分と長い間ここにいるように見えた。
「...何をしているんですか、沢渡さん?」
「あ?何だイオっちか。
別に見れば分かるっしょ、昨日やった配信のアーカイブ確認してんの」
「アーカイブ?
あの、それは事件に関係しているんですか?」
「そんなことあてぃしが知ってるわけないじゃん。
そもそも知らないやつが死んだところで関係ないし」
沢渡さんの発言に思わず言葉を失う。
彼女の配信を見た時から過激な言葉遣いが多いとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「何その顔、なんか文句でもあるわけ?」
「───いえ、何もありませんよ。
ただ自分の命がかかっているのに随分と胆力があるな、と思っただけです」
「はぁ?何それ嫌味?
ちっ、どいつもこいつもうるさいなぁ!」
苛立たしげに怒鳴る沢渡さん。
どうやら僕以外からも似たようなことを言われたようだ。
まぁ当然な上、妥当だと思うけど。
「そう言えば配信は昨日の夜にやっていましたよね。
何時から始めたのか憶えていますか?」
「あー...大体二十一時ぐらいだったはずだけど。
それがどうかしたん」
「それは───いえ、やはり裁判の時にお話しします。
今は情報の整理に専念したいので」
沢渡さんからの抗議の声を受け流しつつ、手頃な椅子に座る。
そしてスマホを取り出し調査で集めた証拠を確認していく。
■床に描かれた赤い蝶
■スケッチブックに描かれた蝶の絵
(夏目さんが言うにはあの蝶は城ケ崎さんが描いたお守りらしい。
彼女のスケッチブックにも同じ蝶が描かれていた以上、信用していい情報だろう)
■床に落ちていたボウガンの矢
(城ケ崎さんの血が付いている、凶器は間違いなくコレだろう。
ただボウガン本体がまだ見つかっていない。
誰かが情報を見つけているといいんですけど...)
■床についていたひっかき傷
(白塗りになっていた床の一部が剥がれていた。
何かがぶつかって剥がれたんだろうけど、一体何がぶつかったんだ?
少なくともボウガンの矢に白い塗料は付いていませんでしたね)
■カラースプレー
(このカラースプレー、結構においが強いんですよね。
慣れるまで中々時間がかかったな...。
それと注意書きに木材に付くと洗い落とすことが出来なくなる旨が描かれている。
もしかしたら床から剥がれた塗料も、どこかに付いたままかもしれませんね)
■分解されたほうきの柄とブラシ
(一応記録はしましたけど...役に立つんですかね、コレ。
誰かが偶然壊したわけじゃなければ、可能性はあるかもしれないですけど。
まぁ頭の片隅にでも置いておきましょう)
証拠の整理を終えると同時に、今まで聞いたことのない鐘の音が響き渡った。
一瞬その音に肩が跳ねるが、すぐにスマホからも通知音が鳴る。
『皆さん、必ず自身のスマホを持って速やかに裁判所まで集合してください』
ゴクチョーからのメッセージを見て僕は娯楽室を出る。
遂に裁判の開始時刻になったのだ。
階段を降り、一階の裁判所の前まで行くと既にそこには何人かの少女たちがいた。
「皆さん、調査お疲れ様です。
成果はどうでしたか?」
「う~ん、あんまり良いとは言えませんね。
後は裁判の中で議論するしかないかと」
「うぅぅ...心臓がバクバク言ってやがりますわ...」
「イオリくん、頑張ろうね!」
「えぇ、最善を尽くしますよ」
桜羽さんたちの三者三様の言葉を受け、裁判所へと続く扉へと向き直る。
そして僕を含めた十二人が扉の前に集まると、固く閉じていた扉が音を立てて開き始めた。
扉を通り中に入ると、裁判所の全体が視界に入ってくる。
室内中央にある意味深な台座に、それをぐるりと取り囲むように証言台が設置されていた。
「証言台に割り振られている数字...囚人番号か。
席は最初から決まっている、と」
僕は指定された証言台に立つと、辺りを見回す。
少女たちは瞳に疑念を宿し、探り合うように視線を向けている。
そんな中、僕たちを見物するかのように高い位置の手すりに佇んでいるゴクチョーが喋り出した。
一時間の議論の末、犯人と思われる人物に投票すること
最も投票数が多い人物を魔女として処刑すること
もしも一時間のうちに犯人が決められないのなら、僕たち全員が処刑されること
魔女図鑑に書かれている概要と比べ、足りない部分はいくつかあるが重要な部分は説明しているだろう。
僕は大きく深呼吸をして、意識を切り替え、覚悟を決める。
(僕にかかる疑惑を晴らし、城ケ崎さんを殺した犯人を見つける。
失敗は許されない、命がけの裁判。
ですが────)
「それでは魔女裁判、開廷です!」
(必ず、生き残って見せる)
決意と共にゴクチョーの声が裁判所に響き渡る。
そうして遂に、魔女裁判が始まった。