ついにまのさばの花形、魔女裁判パートの第9話です
今話から特に原作のネタバレが多くなります
ご了承のほどお願いいたします
ゴクチョーの宣言によって魔女裁判は開廷した。
裁判所は少女たちの疑念に満ちていて、空気も重い。
そんな中、最初に口火を切ったのはやはり蓮見さんだった。
「さて、まずは何から話すべきかな...」
「それは勿論、ノアさんが残したダイイングメッセージですよ!」
────ダイイングメッセージについて────
「ダイイングメッセージ?
...そんなのありましたっけ」
蓮見さんの発言に飛びつくように声を上げる橘さん。
しかし彼女が言うダイイングメッセージに僕は思い当たる節がない。
首を傾げていると、橘さんは手元の何かを弄り始める。
すると証言台を囲むように壁に設置されているステンドグラスが、突然城ケ崎さんの死体を映し出す。
どうやら証言台に嵌めたスマホの画面とステンドグラスは連動しているようだ。
(無駄に凝ってるな...)
「ノアさんの遺体の後ろには血で描かれた蝶の絵がありました。
これはノアさんが死んでしまう前に魔法で描いたダイイングメッセージではないでしょうか!」
「魔法...そうか、『液体を操る魔法』だね。
確かにその点も考慮しないといけないな」
「その通り!
私たちが魔法を使える以上、これからの議論に魔法の存在は切っても切り離せません!
ですので、早速このダイイングメッセージについて話をしましょう!」
「その話、待ってください」
「?どうしましたか、イオリさん?」
■スケッチブックに描かれた蝶の絵
「その蝶の絵はダイイングメッセージにはなり得ないと思いますよ。
見ての通り、夏目さんのスケッチブックにも同じ蝶の絵が描かれています。
これだけなら夏目さんを指し示しているようですが、宝生さんの服にも蝶の意匠がある。
複数の人物に当てはまる以上、ダイイングメッセージとしては機能しません。
それと、その蝶については夏目さんからも証言が出来る筈です」
『イオリの言う通りだ、その蝶は誰かを示すようなものではない。
蝶の意味もノアから事前に聞いていた。
この絵はノアの死と関係はない』
僕の反論に夏目さんも同意を示す。
橘さんは急な反論に一瞬呆気に取られるが、すぐにいつもの様子に立ち戻った。
彼女にとっては自身の主張を覆されることは大して気にすることでもないらしい。
「ではダイイングメッセージの線が消えた所で、次の議題に移るとしましょう!」
「ノアくんの命を奪った凶器についてだね。
だけどこれについてはそう語ることもないんじゃないかな」
■床に落ちていたボウガンの矢
「城ケ崎さんの監房に落ちていたボウガンの矢ですね。
まぁ矢はあっても本体の方は見つかっていないんですけど」
「先端にノアちゃんの血が付いているし、私も間違いないと思うわ。
でも...そうね、もしかしたら『自殺』という線もあるんじゃないかしら」
────自殺の可能性について────
「自殺?
宝生さん、何を言っているんですか?」
突如として宝生さんは城ケ崎さんの自殺を提唱する。
彼女は牢屋敷に来た当初から殺人事件が起きると確信していた。
だというのにいきなり自殺を疑い始めるのはどうにも納得がいかない。
「事件現場はキャンバスみたいに白く塗りつぶされていたでしょう?
そこにノアちゃんは自らの死という作品を描いたのよ。
心を病んだ天才アーティスト、そう考えれば自殺もあり得るんじゃないかしら」
「いえ、あり得ませんよ宝生さん。
僕が見た城ケ崎さんは精神を病んでいる様子はありませんでした。
それに彼女には目標があった、それなのに死を選ぶとは考えられません」
「でもそれはイオリちゃんの主観でしょう?
外には出さなかっただけでノアちゃん自身がどうなっていたかは分からないわ」
「......っ」
宝生さんの言い分に何も言い返せなかった。
確かに僕の証言は主観による部分が大きい。
反論が出来ず、場の空気が宝生さんの主張に引っ張られる。
しかし、その場の空気を引き戻したのは意外なことに桜羽さんだった。
「マーゴちゃん、その主張はおかしいよ!」
■床についていたひっかき傷
■床に落ちていたボウガンの矢
「このひっかき傷がついてる部分、白色の塗料が剥がれてるんだ。
傷が出来たのと同時に塗料が剥がれたんだと思うけど、ボウガンの矢に塗料はついてなかったんだよ」
「あら、それは───」
「ん?どゆこと?
エマッちの言ってることってそんなに重要?」
「えぇとても重要なことよ、ココちゃん。
だって床に落ちていた矢に塗料がついてないなら、他に傷をつけて塗料を剥がしたものがある筈だもの。
なのに現場から塗料がついている物が見つかっていない。
そうなると必然的に誰かが持ち去った、ということになるでしょうね」
桜羽さんの主張を宝生さんが補足する。
現場にある筈の物がなくなっている、それはつまり誰かが何かしらの理由で持ち去ったと考えるのが妥当だ。
自らに不利な証拠を残さないために、犯人が持ち去ったのだと。
「これならノアちゃんが自殺したことにはならないと思うんだ。
どうかな、マーゴちゃん」
「現場には第三者が存在した、そう言われたら自殺の線は消すしかないわね。
───あぁ、でもようやく始められるわね。
私たちの中から犯人を探し出し、処刑するための裁判が」
「!そ、それは...」
「ありがとう、エマちゃん。
あなたのお陰で間違った話を続けなくて済んだわ」
怪しく嗜虐心の籠った瞳で宝生さんが桜羽さんを見つめる。
その様子を見て、ようやく彼女の意図を理解した。
以前殺人を起こすような人はいない、と言っていた桜羽さんに殺人事件があったことを証明させる。
それは何とも───
「宝生さん、趣味が悪いですよ。
時間は有限なんですから自身の趣味は後回しにしてください」
「うふふ、ごめんなさいね。
でも可能性がある以上、検討はしておくべきでしょう?」
「────はぁ、もういいです。
次の話...盗まれたボウガン本体の話に移りましょう」
────盗まれたボウガンについて────
「今までの話で凶器はボウガンの矢に決まってんだぞ。
んなもん本体を盗んだ奴が犯人に決まってんだから言い出すわけねぇだろ」
「それは僕も同意見ですが、誰も言い出さないからこそ話し合う必要はあると思いますよ。
盗まれた状況さえ分かれば容疑者は絞られます。
まぁ時間はどうしてもかかってしま「あ、ちょっと待ってください」──橘さん?何かありましたか」
「その話し合いは必要ありませんよ。
ボウガンの本体を持ち出したのは私ですから!」
「......は?」
橘さんの言葉を聞き、自分の耳を疑った。
ボウガンを盗んだ...彼女は本当にそう言ったのか。
僕は声が震えるのを自覚しながら橘さんに問いかける。
「た、橘さん...今、何て言いましたか?
僕にはボウガンを盗んだ、と聞こえたのですが...」
「人聞きが悪いですよ、イオリさん!
盗んだではなく、持ち出したですよ!」
「どっちも同じことですわー!
そういうことはもっと早く言いやがりなさいませ!」
遠野さんが顔を赤くしながら橘さんに食ってかかる。
しかし橘さんは舌を小さく出すだけで堪えている様子はない。
頭を抱えながら内心で遠野さんを応援する中、どうしても無視出来ないことがあった。
「橘さん、どうしてこのタイミングでボウガンを持ち出したことを白状したんですか?
今この状況でそれを言うということは自分が殺人犯であると自供するようなものですよ」
「うーん、確かにそうなんですけど、これ以上黙っていても不利になりそうでしたから。
危ないから持ち出しただけなのに、それで殺人犯にされたら馬鹿みたいじゃないですか」
「危ないから持ち出した...?
シェリーちゃん、ボウガンを持ち出した後どうしたの?」
「危ないから壊しましたよ?
その後は監房前に置かれてるバケツの中に捨てておきました!」
「捨てたって...そんなの信じられるわけないじゃん!
ボウガンを盗んでノアを殺したんだろ!?
はい議論終わり!シェリーが犯人で決定!」
「いえいえ、違いますよ~!
そもそも私が持ち出した時、ボウガンに矢は装填されていなかったんですよ。
これなら当然、ノアさんを殺すことは不可能ですよね!」
「シェリーちゃん...流石にそれだけじゃみんな信じないんじゃないかな...」
橘さんは威勢よく証言するが周りの表情は微妙そのものだ。
桜羽さんも苦笑いを浮かべつつ橘さんにツッコミを入れている。
そして当然だが矢が装填されていなかった証拠も無い今、疑惑はより深くなっていく。
しかし、そこに口を挟んだのは黒部さんだった。
「彼女が言っていることはきっと本当よ。
一昨日ボウガンを見た時には矢は装填されていなかったわ。
...まぁそれでも彼女の疑惑が晴れたわけじゃないけど」
「本体を盗むより前に矢も盗んだんじゃねーのか。
それなら橘が殺すのだって出来んだろ」
「...否定は出来ませんね」
「え~!
私じゃありませんよ―、信じてくださ~い!」
いつもの陽気さを声に残したまま橘さんは声をかける。
しかし誰もその声に応えることはなかった。
ただ一人、桜羽さんを除いて。
「みんな!これを見て!」
■分解されたパーツ
「これは...何かのパーツですよね。
ん?もしかしてこれって────」
「そう、昨日の夕方にボクとメルルちゃんが見つけたものなんだ。
これってシェリーちゃんが壊したボウガンなんじゃないかな」
「あ!そう、それですよ!
私が分解したボウガンのパーツは!」
「...わ、私とエマさんがこれを見つけた時に大きいパーツをいくつか取って置いたんです。
ですから犯行のタイミングで元の形に戻すことは出来ないと思います...」
桜羽さんと氷上さんの証言は橘さんの疑いを晴らすには十分なものだった。
ボウガン本体が犯行に使われていない以上、それを持ち出した橘さんの犯行は証明されない。
その事実は覆しようがないだろう。
(しかしそうなると一体どうやってボウガンの矢を飛ばしたんだ?
しかも足跡を残さず、となると...やはり次に疑惑が向くのは────)
「ボウガン本体は使えない、この事実がある以上犯人はもう決まったんじゃないかな。
足跡を残すことなくノアくんに近づき、彼女の胸を貫く。
それが出来るのは『浮遊』の魔法を持つ遠野ハンナくん、キミしかいない!」
────足跡を残さない殺害方法について────
「な!?
わ、わたくしじゃありませんわー!!」
(ま、ですよね)
蓮見さんの疑いは至極当然のことだった。
矢を飛ばすことが無理なら、後は直接突き刺すしか方法はない。
だが白色に塗られた監房には一切の足跡は存在しなかった。
『浮遊』の魔法で浮くことが出来る遠野さんが疑われるのは自然な流れだ。
しかし、その疑いの矛先は突如、意図しない方向から向けられる。
「足跡を残さない...それなら遠野ハンナ以外にも出来る人はいるかもしれない」
「なんだって?
ナノカくん、それは誰のことなんだい?」
「凪原イオリ。
あなたの魔法ならそれは可能なんじゃないかしら」
「っ!」
遠野さんに向けられていた疑惑が黒部さんの手によって僕にも向けられる。
周りの視線が集中して、思わず息を飲んでしまう。
しかし、疑われること自体は裁判前から予想出来ていたことだ。
それでも問題があるとするのなら、僕が魔法を偽っていることだろう。
「待ってよナノカちゃん!
イオリくんの魔法は音を消す魔法、足跡は消えないんじゃないかな!」
「その魔法の申告が嘘だったとしたら?
それに私だって何の根拠も無しに言ってるわけじゃない」
「それってどういう────」
「数日前、私が彼を追いかけた時にいきなり姿が消えたことがあったわ。
目を話したのはほんの一瞬、その間に姿を消すなんて魔法以外にはありえない。
それなら自分の姿の他にも足跡も消せるんじゃないかしら」
「ふーむ、そのナノカさんがイオリさんを追いかけたというのも気になりますが今はそれどころではないですね。
それでイオリさん、実際はどうなのでしょうか!」
「......」
やはりあの時に魔法を使ったのは悪手だったようだ。
仕方のない状況だったと、自分を納得させるのは簡単だが今やるべきことではない。
こうなったら、僕も覚悟を決めるしかないようだ。
「確かに、あの時僕が黒部さんの前から姿を消したのは魔法によるものです。
それは否定のしようがありません」
「なんと!
それではイオリさんの本当の魔法とは「ただし、それは僕の魔法ではありません」?それはどういうことですか?」
「皆さんも牢屋敷に来てからいくつか不思議なものは見たと思います。
図書室の桜に血文字の本、花畑の消えない虹。
僕が黒部さんの視界から消えたのは、この土地に残っている魔法によるものです」
極めていつもの調子を保ちながら話した内容は、我ながら酷いものだった。
咄嗟の言い訳程度のそれは本来なら一蹴されるだろう。
しかし、『魔法』という超常を目にした彼女たちには決して否定できないものだ。
(こればっかりはいくら無理筋でも通すしかない。
偽証でも何でもいい、今はこのまま進めるしか...!)
「────仮にあなたの言う通り牢屋敷の魔法によるものだったとして、あなたはそれを証明出来るの?」
「残念ですが出来ませんよ、ですがそれは黒部さんも同じでしょう。
僕が自身の魔法を使って消えたのか、牢屋敷の魔法で消えたのか、証明なんて不可能だ」
「......」
黒部さんから刺すような鋭い視線が向けられる。
しかしその視線に屈するわけにはいかない。
僕は話題を変えようと口を開く。
「このままどちらも証明が出来ない以上、この議題を続ける意味はないでしょう。
それよりも別の議題に移った方がいいと思いますよ」
「でもさぁ、今更何を話すってのさ。
もう大体のことは話したくね?」
「いえいえそんなことありませんよ、ココさん!
こういった事件で絶対に確認しておくべきことがあるじゃないですか!」
「はぁ?
勿体ぶってないで早く言えよ」
「確認しておくこと...。
それってもしかしてアリバイのことかな」
ポツリと佐伯さんが小さく呟く。
それに反応するのはいつになく楽しそうな橘さんだ。
彼女は声を弾ませながら人差し指を立て話し始める。
「ミリアさんが言った通り、私たちが話し合うべきなのはアリバイです!
いつ誰がどこで何をしていたか、これさえ分かれば事件解決に一歩近づくと思います!」
「疑いが晴れるならなんだって話しますわ!
イオリさんもそれでいいでしょう!?」
「────えぇ、勿論構いませんよ。
犯人の特定に繋がるなら異論はありません」
自らの疑いを晴らそうと意気込む遠野さんに同意する。
しかし微かにだが、僕の声は震えていた。
間髪入れずに訪れた危機に対して、心臓が早鐘を打つ。
(無理矢理議題を変えたっていうのにこのタイミングでアリバイって...!
まずい...本当にまずい...!)
内心で焦りまくる中、必死に頭を回して対策を考える。
しかしいくら考えてもアリバイが存在しない、という事実は覆せない。
「それではまず死亡推定時刻がいつだったのかを考えましょう!
まぁ詳しい検死は出来ないので目撃情報が重要になりますけど!」
「そ、それじゃあ最後にノアさんを見かけたのは誰なんでしょうか?」
思考を続けるが無情にも時間は過ぎ、議論は進んでいく。
こうして初めての魔女裁判はゆっくりと、真実に向かって進んでいった。