普通の恋愛がしたいのに、人外美女としかマッチングが成立しない 作:てぃんだーまん
「おまたせしました」
──午前十時、渋谷、ハチ公前。
早く着きすぎたのでスマホで
「都会というのはすごいですね。網の目のように複雑に広がる路線図に戸惑ってしまい、思いの外時間を要してしまいました」
細い指を頬に当て、照れたように微笑む女性。その顔は間違いなく、画面越しに眺めていた物で。
「はじめまして──
「は、はじめまして。
氷のような白い肌に、雪のような銀の髪。個性的でありながらも渋谷に溶け込む、空色の和服に青いフレアスカートを合わせた姿は、何だったらアプリの写真より綺麗だ、と思った。
*
終鈴が鳴り、慌ただしく教室を出ていく学生たちを眺めてペンを回していると、ポンと肩を叩かれた。
「何しけたツラしてんだよ」
「あ、おつかれ」
学友に、いついかなる時でも使用可能な大学生の万能挨拶『おつかれ』を送れば「うむ、苦しゅうない」と軟派な彼に似つかわしくない固い言葉が返ってきた。
「どうした友よ。にっくき五限が終わり、遊びにバイトにサークルにと、何でもござれな
「……それだよ」
「え?」
「その自由時間が、僕の憂鬱の原因なんだよ」
「どういうことだよ」
遊ぶ友達はおらず、バイトには七連続で落ち続け、所属するほどの熱量があるサークルもない。
売るほどの暇を持て余すと、自分の価値を疑うことしか出来ず、人間それはそれで病むのである。
「彼女とか作ればいいんじゃね?」
「まずはお友達からでしょ」
「フラれる時以外でそれ言われることあるんだな」
ウケる、と友は笑った。
「でも実際、できるもんなら彼女欲しいだろ?」
「まあ、その気持ちがないとは言わないけど……ちょっとトラウマがあって」
「トラウマ?」
「うん」
小学生の頃の話だ。気になってた女の子と二人で教室の掃除をすることがあって、話が盛り上がった拍子につい、自分の好意を伝えた。しかしその瞬間、それまで盛り上がっていたはずの空気は冷え切り、照れるでも誤魔化すでもなく「ごめん、ムリ」と怯えたように逃げられてしまったのだ。
「でもそれは小さい頃の話だろ?」
「それ以降はもっと酷くなったんだよ……」
中学では、落とした消しゴムを拾っただけで可愛い女の子に嫌な顔をされた。
高校では、入った部活の紅一点だった先輩が、僕といたくないからという理由で辞めていった。
「とにかく、僕が異性として意識した人には
「なるほどなあ」
ふうむ、と少しだけ悩んだ様子を見せてから、友人はポンと手を叩く。
「それならアレやれよ、アレ。マッチングアプリ」
「えー……」
「なんで不満そうなんだよ」
最近ではある程度市民権を得てきているとはいえ、陰キャからすればハードルが高いし、女性と一対一だとどうしてもトラウマが脳裏を過ぎってしまう。
「たぶん下手にリアルで出会いを求めるより安全だぜ? ある程度やりとりを重ねた上でお互いに会おうと思って会うわけだから、まあリアルとネットのギャップとかはあるかもしれんが、そこまでこっぴどくは振られないだろ」
「詐欺とか宗教勧誘とかその辺が怖いし」
「そんなんマジで少数だから。体感十人に一人もおらん」
ほら、と奴はスマホの画面を見せた。どうやらマッチングアプリのプロフィール画面らしく、だいぶ盛られた奴の自撮りと、三桁以上もらっている「いいね」が目に入った。
「君ってモテるんだなあ」
「む、失礼なヤツめ。ちなみにオレ、マッチングアプリだとまあまあ上澄みの方なんだぜ?」
「いや知らんけど」
聞いてないことを自慢げに語った友は、その勢いのままメッセージ欄を開示する。そこには数々の女性とのやり取りが記されていた。
「数えぐっ」
「軽く喋って合わんな〜って切った子も多いけどな」
「何人くらいと会ったことあるの?」
「えー、数えてないけど二桁半くらいじゃね?」
「うわあ…………」
すごい世界だ。だがそれはつまり、ちゃんと成功例があるという安心感も与えてくれた。
「お前顔立ちはそこそこだから、ちゃんと盛った写真撮れば秒で会えるべ。よし、いまからこのアプリを落とせ。オレが最高にカッコイイお前を撮ったる」
鞄の一眼レフをチラつかせて友は言った。ありがたすぎるぜ、写真部期待の新星。
「こんな感じでどうよ?」
「え、めっちゃカッコイイ」
移動したのは大学構内のサンクンガーデン。やはりカッコイイ写真を撮るためにはオシャレな場所がマストらしい。
「ちょっとファッションセンス怪しいけど、まあウブな男が好きなお姉さんとかが食いつく可能性もあるからな」
「もしかしていま悪口言われてる?」
「個性的なファッションですね、って言い換えとくぜ」
「物は言いようすぎるな」
好きなバンドのロゴが入ったイカしたデザインのTシャツに、黒のチノパンで合わせただけの無難なファッションなつもりなんだけど何が悪いのだろうか。
「いや、ダサい。謎の斜体文字ロゴと、謎の炎的な装飾が許されるのは中学生までだから。見ろオレのいいね数が多い写真を」
「うわ、めっちゃシンプル」
「男は派手なファッションとかせんでいいのよ、無難が一番。量産型黒髪マッシュを見習え」
友が見せてきたのは、白シャツに黒のジャケットを合わせ、ワンポイントでお洒落なネックレスと黒のスキニーを合わせただけのシンプルなファッション。しかし風に靡くジャケットがなんとも様になっていて、ファッション雑誌の一枚みたいになっていた。
「余裕があったらこれ揃えて撮り直すぞ、マジで間違いないから」
「えー……被るのヤだな」
「基礎が終わってるんだから、模倣くらいちゃんとしろ」
物凄い罵倒を受けた。仕方がないので見習うことにした。
「まあ背伸びしすぎる必要もないから、とりあえずこれで登録しとけ。こーゆーのは一日でも早い方がいいからな」
「そうだね」
写真をアップロードし、好みの物や趣味などを載せたプロフィールを作成して、月額課金をする。たぶん思い立った時に払わないと、我に返って勿体ぶってしまうので。
「っし、んじゃオレはそろそろバイトに行くぜ」
「うん。色々助かった、いい報告できるようにがんばるね」
「期待しないでまってるわ」
ひらひらと手を振って歩き去っていった友の姿に、たしかにコイツはモテそうだなと今更なことを思いながら、僕は僅かな期待を胸に帰路に着く。
──この時はまだ、あんなことになるとは思っていなかったのだ。
*
「氷華さんは、どちらの方なんでしたっけ?」
「新潟の方です、だからこの辺りはあまり慣れなくて」
「それはまた、長旅ご苦労さまです。わざわざこちらまで来てもらって……」
「いえいえ、こういう機会でもなければ来づらいので、むしろ誘っていただけて嬉しかったです」
そういって、氷華さんは柔らかな微笑みを浮かべた。見れば見るほど別嬪さんというか、妖しい魅力があってドキリとしてしまう。
「じゃあ今日は、目一杯楽しみましょう。東京の素敵な場所、たくさん案内しますね」
「よろしくお願いします」
今日の出会いの口実は『新潟住みの氷華さんの東京観光』だ。土地勘がない場所で一人だと不安なのでよければ付き合ってほしい、とのことである。メッセージのやり取りで丁寧そうな人なのは分かっていたし、何より、まあ、美人さんだったので、そこに釣られた。
渋谷と言えばということで、とりあえずスクランブル交差点へ。多くの人が目の前を行き交っており、各々が四方八方に向かう姿は一見無秩序でありつつも、どこか秩序だってもいた。
「人が、いっぱい……!」
氷華さんが、人だかりに目を丸くした。
「油断するとはぐれかねないっすよね」
「それなら──」
指と指が触れ、そのまま驚く間もなく手を握られる。
「こうすれば、迷子になりませんよね?」
「そ、そうですね」
氷華さんは、そうすることが自然であるかのように言った。
手汗が出てやしないだろうか。繋ぎ方は変じゃなかろうか。そんなことを心配してしまう。
「その……ご迷惑でしたら、ごめんなさい」
「そんなことないです! むしろ嬉しいです!」
「ならよかったです」
それを示すために、少しだけギュッと手を握った。呼応するように握り返されて、彼女の体温がより強く伝わってくる。
「ふふ、あたたかい……」
熱を帯びた呟きに、ゾクゾクと心が暴れ始める。それと同時に、女の子の身体って意外と冷たいんだな、と思った。
「と、とりあえず、服でも見ますか」
スクランブル交差点の顔とも言える数字三つの商業施設に入り、全然土地勘がないので店内マップとにらめっこする。 デートの王道スポットとして渋谷を選んだものの、正直ほとんど土地勘がなく、特にこんなところ入ったことすらないため、今更不安になってきた。
「そういえば、普段から着物で過ごしてるんすか?」
「大体そうですね。母が和服好きで、家にこういうものがたくさんあるんですよ。ただ私は洋装にも興味があるので、和洋折衷と言いますか、今日のような服装の日が多いですね」
その場でくるりと回って見せる氷華さん。フレアスカートのフリルが靡くのも相まって、大変画になっていた。
「なのでこういった場所を回れるのはありがたいですね。地元にはそこまで数がないので」
「それはよかった。じゃあたっぷり回りましょう!」
談笑しながら、色々な店を回る。氷華さんの服だけでなく、僕のコーディネートを考えてもらったり、アクセサリーを眺めたりと、めちゃくちゃデート感のある流れを味わう。途中、誤ってランジェリーショップに入りかけて少し気まずかったが、それ以外は概ね順調な展開だった。
「ほっと一息ですね」
上階にあるカフェで、紅茶を飲みながら彼女が言った。ですねと頷いて、僕は珈琲を飲む。苦い、ミルク貰えばよかった。
「はむっ」
少し早めのランチも済ませようと、僕はフレンチトースト、氷華さんはパンケーキを頼んでいる。ナイフで切り分けたそれを食べ「ほっぺたが落ちそうですね」と、左手で頬を支えるようにして、氷華さんは言った。
「よかったら、このフレンチトーストも食べてみます?」
「いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
一切れ分、彼女の皿の端に乗せる。それを食べると今度は右手でも頬を支えて、もういっぱいいっぱいといった様子だった。
「どちらもとても美味です……!」
「それはよかったです」
「よろしければ、こちらのパンケーキも召し上がりませんか?」
「え、いいんですか?」
「フレンチトーストのお礼です」
切り分けられたパンケーキに、フォークが刺さる。それは僕の皿──ではなく、僕自身の方へと向かってくる。
「お口を開けてください」
「えっ」
「ほら、あーん」
「あ、あっ、あーん」
動揺しすぎて上擦った情けない声が漏れた。微かに開いた隙間から、バターが溶け、とろとろの蜂蜜がかかったパンケーキが差し込まれる。口を狭めると同時にそそくさと逃げていったフォークが、どこか切なかった。
「美味しかった?」
「そうですね、胸焼けしそうなくらいに」
「ふふ、それはなによりです」
そういって氷華さんは、慈しむような微笑みを浮かべた。距離の詰め方がえぐい気がするんだけど、一般的マッチングアプリカップルはこんなものなのだろうか? 出会って二秒で即合体とかに比べればローペースだからいいか?
「ご馳走様でした、お会計まで持って頂いてすみません……」
「いえいえ、このくらい気にしないでください」
申し訳なさそうに二歩後ろを歩く氷華さんに苦笑する。カッコつけて会計をもったものの、財布が先程よりだいぶ軽くなってしまった。早くバイト見つけないとなあ。
「そういえば、少し気になってたことを聞いてもいいですか?」
「ええ、何でも聞いてください」
「どうして僕と会おうと思ってくれたんですか?」
──先述の通り、氷華さんは美人である。しかもこれまでの立ち振舞いで見えるように、物腰も丁寧で嫌味な部分がまったくない。
実際彼女のプロフィールページには、無数の足跡と無数のいいねがついていた。きっとその中には僕なんかよりもよっぽど立派でカッコイイ人たちがいたはずなのに、わざわざ東京に来てまで、一般大学生たる僕に会う理由など、正直わからなくて、ついそれを口にしてしまった。
「その……ちょっと変な話しても、いいですか?」
伏し目がちに、氷華さんが言う。
「獅子雄さんが、似ていたんです。その……昔、好きだった人に」
「そうなんですね……」
自分で聞いておいて、少し複雑な雰囲気になってしまった。大して特徴のない顔だと思っていたけれど、こんな美人さんに好かれるような人に似ているなら、まあいいのか……?
僕の先にいる誰かのことを考えていると、氷華さんが「でも」と続ける。
「今は違います。最初がそうだったというだけで、今日実際に会ってお話して……獅子雄さんの素敵なところ、いっぱい見えてきましたから」
「あ、ありがとうございます」
今日出会ったばかりの何の素性もわからない相手だというのに、こんな優しい笑顔と温かい言葉を向けられるだけで浮かれてしまうのだから、チョロいものである。誤魔化すように「腹ごなしにちょっと歩いても大丈夫ですか?」と聞いた。
「ええ、もちろんですわ」