普通の恋愛がしたいのに、人外美女としかマッチングが成立しない 作:てぃんだーまん
「お前、いいご身分だなあ」
「ん……?」
人の声と気配で、僕は目を覚ました。見上げれば、枕元にはこちらを見下ろす暁彦の姿。不満げに顰められた濃いめの眉には、西日が差している。
「デケエお姉さんと眠れない夜を過ごして、その上大学をサボるなんて……オレ、親友として悲しいよ」
よよよ、と目尻に浮かんだ涙を拭う暁彦だったが、そんな小芝居よりも「君、なんでここにいるの?」ということの方がよっぽど気になった。
「オレはな、時と場所に囚われない男なんだよ」
「時と場所を考えて動いてくれよ、ここ僕んちなんだよ。プライベートって知ってる?」
「インターネットが普及したこの現代社会において、そんなものは幻想だぜ」
「君さえいなければギリギリ現実だよ」
というか神様が幻想とか言うなよ。
「まあ、そんなことはどうでもよくて。どうだったよ?」
「どうだったって……」
少しだけ逡巡する。昨日のことを思い返す。
ラキさんと出会ってからの緊張感。それが解けたあとの安心感。話が盛り上がったあとの高揚感。抗争に巻き込まれた時の危機感。
ギリギリマイナスの方が大きそうだけど、でも──
「うん……基本的には、楽しかった。いい経験? できたし」
「アレだ、ヤクザの抗争に巻き込まれたんだったか?」
「全部知ってるじゃん」
「新宿にいる、つったろ。情報は得てたんだよ」
そういえば、そんな話をしていた気がする。なんだっけ、霊的に不安定だったんだっけ?
「そ。お前らが輪堕貫組に突撃してボコボコにしたお陰で安定したけどな」
「ふーん……?」
そこに何の因果があるのか分からないが、とりあえず相槌を打って流した。細かく聞くのも面倒だったので。
「で、何の用? 休んだ授業のプリントでも届けに来てくれた?」
「それもある」
「あるんかい」
一度も休んでいなかったとはいえ、必修科目だから助かるけども。
差し出されたプリントに手を伸ばすが、僕の指が触れるかどうかというところで、暁彦はプリントを引っ込めた。
「ちょっ」
「それもあるが──お前に一つ、話があって来た」
暁彦が床に座った。これは話が長くなりそうなやつだと察して、僕もベッドの上に座り、ミニテーブルを挟んで向かい合う。
「お前、日本の行方不明者数がどのくらいか知ってるか?」
「ん……? 沢山いるらしいっていうのは知ってるけど、数まではわからないな。一万人とか?」
「全然ハズレ。年間約九万人だ」
「そんなにいなくなってるんだ……」
単純計算、毎日三百人近い人間がどこかに消えている訳だ。単純に蒸発してたり、逃げてたり、或いは犯罪に巻き込まれてたりと理由は様々だろうが、いずれものっぴきならない事情があるんだろう。
「で、このうち一割程度が神隠しなんだが」
「か……神隠し?」
「そ。だからある意味では、お前の答えは正解に近い。日本人っていうのは潜在的に、人外とチャンネルが合いやすい民族でな。八百万の神々っていうのも、色々な人外とのチャンネルが合ったからこそ見つけられたんだよ」
アニミズムって奴だっけ。あらゆる物に神は宿る、って考え方。学校の授業で学んだ記憶がある。
「かつては世界各地で様々な人外が跋扈してたらしいが、科学優勢の現代においては絶滅危惧種みたいなもんだ。別に見られなくたって死ぬ訳でも消える訳でもないが、そりゃあ人外だって気づかれた方が嬉しい。だからこそ、稀にいるチャンネルの合うヤツは、引っ張りだこなのさ」
「……ちなみにその、神隠しに遭った人の顛末って……」
「神のみぞ知る、と言いたいところだが、神すら知らん。せめて当人たちが幸せであることを祈るだけだぜ」
「もしかして思ったより物騒なんじゃない??」
まさかこの国の裏でそんな恐ろしいことが起きていたとは……というかそんな恐ろしいことに関わることになるとは…………
「だからこそ、オレは『愛愛マッチング』を作ったんだ。そんな被害を減らした上で、人と人外のニーズを同時に満たすために」
「なるほど、そういうことだったのか」
それはかなり合理的な判断に見える。神隠しというのも、
「一応恋愛だけじゃなくて、友人を探す目的でも使えるようになってるからな。好みの人間を見つけて推し活する神とかもいるぜ」
「人外からすると人間ってコンテンツみたいなもんなんだ」
「どちらかというと動画配信者かな。スパチャ感覚でご利益投げたりするし」
「何だか有難みが薄れるなあ」
まあ人間側も、人外のことをサブカルでキャラクター消費しがちだし、そこは持ちつ持たれつというか、どっこいどっこいというべきか。
「で、本題なんだけど──」
暁彦は少し逡巡してから、僕の目を見て言った。
「お前にはその中で、ハーレムを作ってほしいんだよ」
「──は、ハーレム!?」
「ああ。実は適性がある人間しかインストールできないせいで、このアプリの比率、人間:1、人外:9みたいなことになってて、マチアプの男女比なんて目じゃない状態なんだ。思いのほかマッチングしなかったり会うところまで行かなかったり、そのせいでいざ会った人間が結局神隠しされかけたりとすごいことになってる。この辺でどうにかしないと、マシになってた神隠し被害がむしろ増加しちまう。もう、一夫多妻・一妻多夫を推奨するしかないんだ」
「いや、法律に違反することを推奨するなよ」
「人の法を
それはその通りなのかもしれないが、当事者である
「浮気って神の倫理的にはセーフなんだっけ?」
「神話にもよるし、当神にもよるな。
「猿田彦より格上なんだ、
心なしか、地元の先輩を呼ぶ時みたいなイントネーションだった。
「
「アレこそ浮気しまくって奥さんキレまくってたじゃん! モロに悪い例じゃん!!」
ヘラクレスとか、めちゃくちゃな被害を受けていた気がする。つまり、人外の嫉妬は怖い。
「上手くやってるケースもあるし、その辺は男の器量だろ。当のゼウスは大した被害に遭わず、懲りずに遊び回ってるし」
そこで暁彦はポンと手を叩き、僕を指さす。
「つまりお前の
「いや無理無理無理! そんな力ないし、絶対耐えられないって!!」
「慣れればいけるって! むしろ男冥利に尽きるだろうが!」
無茶を言ってくれる。そりゃ色んな人に好かれるのは嬉しいだろうけど、結局、全員を平等に愛して幸せにするのは、相当難しいだろう。
「いいか、お前は
「……………………」
「だが、ウカウカしてると、
先程の話が脳裏を過ぎった。いまのところ出会った二人は、そんなことしそうには思えないけれど。暁彦の真剣な眼差しを見ると、何も言えなかった。
「まあ、別に無理にハーレムを作れってわけじゃない。そういう選択肢もあるっていうだけだ。誰か一人を選べないなら、全取りするってのも悪いことじゃない。後はお前次第だぜ」
暁彦は立ち上がって、大きく伸びをした。
「んじゃそろそろ行くわ。また学校でな」
「うん、じゃあね」
「──ごめんな」
「え?」
聞き間違いかと問い返したその時には、既に彼の姿はなくなっていた。夕焼けで赤く染まった部屋は、なんだか少し寂しかった。
「……そういえばアイツ、プリントはくれなかったな」