普通の恋愛がしたいのに、人外美女としかマッチングが成立しない 作:てぃんだーまん
「…………」
「…………」
先程までの和気藹々とした雰囲気はどこへやら、なんとなく気まずい空気が流れる。並木の影になった、小さな川沿いの道を歩く。
沈黙が重くなって、思わず口を開けた。
「氷華さん、雪女だったんですね」
「……黙っててすみません。手、冷たかったですよね?」
「いえ、むしろひんやりして気持ちよかったです」
僕がそういうと、彼女は面食らったような顔をしてから、小さく吹き出して破顔する。釣られて僕も笑えば、いつの間にか、心に張っていた氷は溶け始めていた。
「あの、聞いてもいいですか?」
「……どうぞ」
「氷華さんが言ってた昔好きだった人、って……僕の前世とか、先祖の人なんですか?」
こんなのド級の地雷質問だろう。コミュニケーションとしては間違いなく失敗だ。
でも、聞かざるを得なかった。そうとしか考えられなかったし、何より──お互いのためにも、そこのモヤモヤを放置したまま関わっていくわけにはいかないだろう。
「そう……ですね。獅子雄さんの、前世の方です」
滔々と、氷華さんは語り始める。
「春の陽だまりのように温かい方でした。雪女である私が、蕩けそうになるくらいに」
僕は、少しだけ歯噛みした。どれだけ前かもわからない、そんな思い出話で──彼女の横顔は、今日見た中で一番綺麗に見えたから。
「……悔しいな」
「え?」
「人外の方からしたら同じようなものなのかもしれないですけど──氷華さんにそこまで想わせることができた前世の自分とやらに、ちょっと嫉妬しちゃって」
「ふふ、たしかにあの方は素晴らしい人でした。でも獅子雄さんだって素敵です。何せ、同じ清らかな魂の持ち主ですし」
そう言われてようやく、ずっと感じていた違和感が確信に変わる。
「そう言ってもらえて嬉しいです」
それをおくびにも出さず、微笑んで誤魔化した。公園の入口で冷え切った右手を離して、氷華さんを見る。
「今日はありがとうございました、とても楽しかったです」
「こちらこそありがとうございました。……あの、よければまた……!」
「はい、縁があればまた」
手を振って、代々木公園前で別れる。そのまま駅に戻って電車に乗ったところで、振動したスマホを確認する。氷華さんから『今日はありがとうございました!』と丁寧なメッセージが届いていたので、かわいい猫のスタンプだけ返した。
「デート帰りの癖に浮かない顔してんじゃん」
「いくらなんでも早くない?」
駅を出てすぐのロータリー前に、暁彦が立っていた。後処理やら何やらを済ませたにしては早すぎる。
「それはもう、神パワーで全部解決よ。後処理って言っても痕跡の隠蔽と関係者の記憶消す程度だからな、朝飯前だぜ。そんなことよりほら、普段の五倍マシで冴えない顔をしている訳を答えろよ」
「うーん…………」
駅前の商店街を歩きながら、首を捻る。仮にも神である彼の前で言語化していいのだろうかと。しかし、だからこそ丁度いいだろうということで、悩みの種を口にした。
「多少のトラブルがあったとはいえ、デート自体は楽しかったんだけどさ」
「ああ」
「なんかこう……種族の違いからくる価値観の差? みたいなの見ちゃうと、やっぱり付き合うのは違うかなって……」
結局、彼女が見ているのは僕じゃなくて僕の魂だ。それも自分の一部なのかもしれないけれど、やはりソウルよりはハートを見てほしい。
「おまっ、贅沢だなあ。『どうせ顔が好きなだけなんでしょ!』って宣う拗らせメンヘラ女子みたいになってるぜ。それに人のこと言えねえだろ」
「そりゃ最初に氷華さんに惹かれたのは美人だったからだけど、僕はちゃんと彼女自身を好きになりそうだったよ? 気立てのいいところも、手は冷たいのに心は温かいところも」
怒ったところはだいぶ怖かったけど。でも『こんな人と付き合えたらな〜』と思う部分は、とても大きかった。
「あっちも同じように思ってるかもしれねえだろ」
「いや、どうだろう。好きになるための理由付けに近い気がする」
「うわ〜〜〜、拗らせた童貞めんどくせ〜〜〜〜」
暁彦はこれみよがしに嘆息しながら、やれやれといったジェスチャーをした。小芝居が絶妙にムカつく。
「余程の大恋愛じゃない限りなあ、人と付き合うのなんて理論武装から始まんだよ。顔がいいとか、金持ってるとか、都合がいいとか。曲がり角でトーストくわえた女の子にぶつかるだけが、恋の始まりじゃないんだぜ?」
「例えが古すぎるだろ」
今日日ないって、その演出。逆に新しく思われるかもしれない。
「まあ、即決しなかったのは褒めておくぜ。たぶん、ある程度の人数と出会うまでは誰にも靡かない方がいい」
「それは、どうして」
「少しでも素振りを見せたら、一瞬で攫われてお婿さんルート確定だろうからな。人外の行動力を舐めない方がいいぜ」
人なんて基本的に、玩具とか愛玩動物程度にしか思ってねえんだから──と、吐き捨てるように暁彦は言った。
「まあ誰もがそうって訳じゃないが、少なくともお前らと価値観が違うのは確かだ。だからお前の想定も、完全に間違いってわけじゃない。姿形が近いからって、そこを履き違えるな」
「……肝に銘じておく。ありがとう」
「おう。神託だと思って、ゆめゆめ忘れんなよ」
暁彦にとっての人が、どういったものなのかは──流石に聞けなかった。