普通の恋愛がしたいのに、人外美女としかマッチングが成立しない 作:てぃんだーまん
「ううん……」
学生向けのワンルームマンション。春からの生活ですっかり住み慣れた部屋のベッドで、僕はスマホを眺めて唸っていた。
「氷華さん、悪い人じゃなかったんだけどな……」
僕の小さなプライドが邪魔してしまい、どうにも打ち解け切れていない。暁彦に言われた話が脳裏を過ぎる、ということもあった。
〈休日にしていることってあります? 〉というデート秒読みみたいな質問への返信を考えていると、スマホがぴろりと通知を鳴らした。最近は起動すらしていなかった『愛愛マッチング♡』からだった。
「いいねされるのは嬉しいけどさあ……」
アプリ内の通知タブを開く。僕がアプリの本質を知ったからか、最近は獣耳だとか角だとか翼だとか、明らかに人外であることを隠さずにいいねしてくる人が増えてきた。プロフィール欄の『なるべく普通で素敵な恋愛がしたいです』という文字が読めていないらしい。
──ただ、全員ド級の美人なので、怖いもの見たさでプロフィールを眺めてしまうのが問題である。
「うおっ、でかっ…………」
今回反応をくれたのは、鬼のような一本角の生えた、ガタイのよさそうな人だった。自撮りに不慣れなのかアングルはブレていて表情も固い。三白眼はこちらを射殺すように見つめているが、しかし顔立ちは整っていて、何より目を引くのは硬質そうな長い紅髪と、気崩された豪奢な着物の胸元から覗く、深い谷間だった。
「色んな人がいるんだなあ」
写真越しにも、オーラ的な何かが伝わってくる。僕なんかが対面したら縮こまって動けないだろうな、とそんなことを考えながら、縁がなかったことを示す『よくないね』を押そうと画面に触れて──
「あっ」
誤って、いいね側にスワイプした。
右にスワイプで『いいね』そして左にスワイプで『よくないね』がこのアプリの仕様であり、送信者の『片思いいね』に『いいね』を返すことでやりとりが始まる。
つまり──
【マッチングが成立しました!】
ピコンと可愛い効果音と、猿っぽいマスコットキャラクターがペアで謎のダンスを披露して、マッチングの成立を伝えてきている。見るのは二度目だけど、この演出だけはどうにかならなかったのだろうか。
「それよりも……どうしよう」
小さく寝返りを打って、思考する。
別に反応することは義務じゃないから、マッチングしたからといってメッセージを続けたり、会ったりする必要はない。でもミスとはいえ、関わりを持つことを選んだ以上は、そこまで不誠実なことしたくない。
「ひとまずメッセ送るか」
文面を考えていると、ピコンと通知音が鳴る。
〈先日は世話になったな〉
え、何の話? と首を傾げ、心当たりを探った後、導き出された答えに「あー!」と声を上げる。
「これ、ナンパの手口か……!」
街中で稀に見る「この前はどうも」的なアレだ。
見覚えはないけど、向こうが言うならこっちも知ってるんだろうな……と話を進めて、合わせているうちに自然と仲良くなって、人違いではあったけど折角なんでご飯でも行きましょう、となる奴だ。その感じで入ってこられるとなると、ここで『どちら様ですか?』などと言って梯子を外すのは得策ではない。
〈いえいえ、それほどでも〉
敢えて合わせる。それこそが、この場における正解。女性側から強気のアプローチをしてもらっている以上、それを無碍にするのはよろしくない!
少しして通知音が鳴る。
〈意外と豪胆なのだな〉
少しだけ首を傾げる。別にそんな肝の据わったことはしていないと思うが……あ、コワモテのお姉さんのノリに乗ってくるような男だと思わなかったってこと? 弱いと思われてる?
〈普段はそうでもないんですが、貴女だからこそです〉
シラフだったら絶対言えないが、メッセージだしちょっと酔ってるのもあって、攻め気に言ってみる。まあ初手ナンパのお姉さんだし、むしろ気に入られていると思いたい。
〈……本当に豪胆だな〉
呆れられてるのか驚かれているのか、文面だけだとわからない反応を貰って、会話が止まった。即レスが続いていたことを思うと、会話自体が切れたのかなと思った。
──そこでやめておけばよかったものを、何となく人恋しかった僕は、追加の缶を開けてメッセージを続けた。
〈なんてお呼びすればいいですか? 〉
〈ラキでいい〉
〈素敵なお名前ですね〉
〈ありがとう〉
〈ラキさんは、趣味とか好きな物とかありますか? 〉
入力中の表示が出たり消えたりする。どうやら迷っているらしい。
〈そうだな……かわいいものが好きだ〉
〈え、いいですね。僕も『ゆるふわ』とか好きですよ〉
『ゆるふわ』とは、『ゆるくてふわふわしたやつら』という最近流行りのコンテンツだ。デフォルメされた犬とか狼とかが、見た目だけゆるふわで中身ぐちゃぐちゃの世界観でわちゃわちゃする物語である。
〈ゆるふわ! 〉
エクスキュラメーション付きで返ってきた。
〈ゆるふわ、好き〉
好き! って。かわいっ。
しかし秒で二つのメッセージは消され〈ゆるふわ。たしかに、かのコンテンツは素晴らしいな〉と、送り直された。
いや、消す前を見てしまっているが。しかもコンテンツという言い方に、出ている部分がある。ちょっと攻めてみるか。
〈いいですよね! キャラの可愛さだけが取り沙汰されてますけど、ストーリーラインも素晴らしいですし、苦しいながらも可愛さを捨てずに頑張るキャラクターたちに魅力を感じます! 〉
〈とても同意する〉
端的な言葉ながら、彼女の頷く顔が見えてくる気がした。
〈獅子雄は、どのキャラクターが好きなのだ? 〉
〈僕はチーターが好きです! 何するか読めないところが面白くて良き! 〉〈ラキさんはどのキャラがお好きですか? 〉
〈私は、主人公のゆるふわだな。どんな時でもひたむきに頑張るところが愛おしい〉
〈わかる! 最近の章でも大活躍でしたよね! 〉
そこからしばらく、ゆるふわの話が続いた。やれどの章が一番好きだの、ここのこのキャラがとても可愛かっただの、今の章の今後の展開が気になるだの。一通り盛りあがった後に〈そういえば〉と思い出したことを送る。
〈いまたしか、ゆるふわのコラボカフェやってますよね。アレめちゃくちゃ気になってるんですよ〉
〈ふん、あまり興味はない〉
あ、そうなんだ。デートの起点にできるかと思ったけど、そう上手くはいかないか。
〈まあ、貴様が行きたいというなら、付き合うのも吝かではないが〉
ツ……ツンデレだ!
写真の印象からのギャップを感じ、一人で勝手に悶えながらも、メッセージを打つ手は止めない。
〈ありがとうございます! じゃあ今度行きましょう! めっちゃ人気らしいので、予約取れるかは分かりませんが……〉
〈……混むのか? 〉
〈予約入場だから満杯ではないと思いますけど、多分だいぶ混みますね〉
〈それは、厳しいかもしれん〉
〈あらら……人混みとか苦手なんですか? 〉
〈まあ、そんなところだ〉
それなら仕方がないな……と少しだけ肩を落とすと〈代わりと言ってはなんだが〉とメッセージが続いた。
〈今度、食事でもどうだろうか? 〉
〈え、是非行きたいです! だいたいいつでも空いてるので、声かけていただければ合わせます! 〉
〈そうだな、此方が直近で空いているのは〉
スケジュールを調べているのか、はたまた迷っているのか、一拍間があった。
〈明日の夜だな。昼間は、厳しい〉
〈同じく僕も、夜なら全然行けます! 最寄りはどちらですか? 僕は乗り換えが新宿なので、その付近だとありがたいです! 〉
〈では新宿にしよう。店の方は私が押さえておく。好き嫌いなどはあるか? 〉
〈なんでも食べます! 〉
〈では明日、十八時に待ち合わせよう。店の場所は後で送る〉
〈はい! 楽しみにしてます! 〉
おやすみ、のスタンプを送ってスマホを投げ、残った缶の中身を一気に飲み干してからベッドにダイブする。なんか勢いでご飯が決まっちゃったけど、明日か……ワクワクしてきた!