普通の恋愛がしたいのに、人外美女としかマッチングが成立しない 作:てぃんだーまん
「魚は、苦手ではないか?」
「いやもうめちゃくちゃ大好きです! 三食魚でもいけます!!」
「そうか」
自分で言っておいて、三食魚ってなんだよとなる。焼き魚、刺し身、煮魚とか?
ラキさんは僕の言葉に淡白な反応を示して、口を閉ざした。面白くない変な反応をしたせいで、早くも見限られた恐れがある。
気まずい沈黙を、エレベーターの到着音が破った。
「ど、どうぞ」
「感謝する」
開くボタンを押して、先に出ることを促す。デートの心得その②、女の子への細かい気配りだ。
いや、気配りなはずなんだけど、もしかして女の子を先に行かすのって男としてあまりよろしくない? いやでもこの場合ラキさんが予約した店な訳で、そこで僕が先に行くのも変か……?
などと思考を巡らせながら入店した瞬間、固まった。なんか、エレベーター前が真っ暗。暗いというか、黒い。床も壁も天井も、若干光沢のある黒が広がるのみ。ぽつぽつと続く照明の先にようやく、店名が書かれた和風の看板と明かりが見えた。
「予約していた
「おまちしておりました。お席にご案内致しますね」
店員さんの後ろを歩くラキさんの、そのまた後ろを歩く。店内は明るく、上品な身なりの男女が静かに談笑している。中心にあるロの字のカウンター内では板前さんが匠の手つきでお寿司を握っており、どこにもレーンなんてないことを確認して、パーカーで来た己の場違いさを実感した。
「こちらになります」
カウンターを横切って、その奥。靴を脱いで、襖で仕切られた所謂半個室に上がる。中は掘りごたつの座敷になっていて、右手側にあるお洒落な提灯と壁に掛けられた掛け軸が、僕に『圧』をかけてくる。
「本日は【松】のコースで宜しかったでしょうか?」
「ああ」
「かしこまりました。それでは順番にお持ちいたしますね。最初のお飲み物お決まりでしょうか?」
「じゃあ、とりあえず生一つと」
「そうだな、では魚に合う日本酒を」
「すぐにお持ちいたしますね、少々お待ちくださいませ」
何を話すか迷って、こちらを真っ直ぐ見つめる視線に気づいて、とりあえず「初っ端から日本酒とは、すごいですね。お酒結構飲まれるんですか?」と無難な話題を振る。
「人並みにはな」
「あ、なるほど……」
「…………」
「…………」
か、会話が弾まない……! 僕の話題の振り方や掘り方が悪いのもあると思うが、イマイチ彼女の反応が分からない。視線は合ってるのだが、なんだか睨まれている感じがするし。もしかして、僕に何か問題でも──
「あっ! すいません、立派なお店なのにこんな場違いな服装で……」
「む……?」
柄付きのパーカーとかいう舐めた服は、どう考えてもこの店に合ってるいないだろう。
僕の言葉に、ラキさんは小さく首を傾げた。じろりと上から下まで一瞥したあと、重い口を開く。
「服装など、関係ない」
「え?」
「重要なのは、己がどうあるかだろう。己が場違いである、などと下らぬことを気にすると、余計に浮いていくものだ」
凛とした物言いだった。己を信じて疑わないその姿は、とてもカッコよく見えた。
「貴様は、その服装が好きなのだろう? ならば誇りを持て、胸を張れ。ドレスコードが求められているわけではないのだから」
それに、と彼女は、少しだけ間を置く。
「……私は、いいと思うぞ」
「えっ」
その言葉に、小さく胸が高鳴る。ラキさんは目を逸らして続けた。
「たしかにフォーマルな場には合わないかもしれないが、その服は貴様に似合っていて、なんというか──とても、かわいらしい」
彼女に抱いた最初の印象からは程遠い反応に、耳と目を疑った。が、脳に反響する声は変わらないし、彼女の頬はたしかに、少し朱が刺している。
くすりと、思わず笑いが漏れた。
「おい、何がおかしい」
「や、すいません──ラキさんって、いい人なんだな、と思いまして」
低い声音も、鋭い目つきも、威圧的な言葉遣いも──気づけばすっかり怖くなくなっていた。
キョトンとした表情を浮かべた後、彼女は呆れたように嘆息する。
「そういう貴様は、騙されやすそうだな」
「え、なんでですか?」
「見る目がないからだ」
「いやいや、間違いないですって」
「おまたせしました」
話題を遮るようにお酒と、それからコースの品が数品やってくる。
「とりあえず乾杯しますか」
「ああ」
乾杯、とグラス同士を突き合わせる。
ビールがジョッキじゃなくてグラスで出てくると、なんだか脳がバグるな、なんて思いながら、緊張を流し込むようにゴクゴク飲む。キメ細やかな泡とアッサリした味わい。このブランドのビールが一番好きかもな。
「ふー、やっぱり最初はビールが落ち着きますね」
「普段から、よく飲むのか?」
「ほぼ毎日飲んでますね」
週に一度くらいは休肝日を設けているが、まあほとんど毎日飲んでしまっている。徐々に家計を切迫し始めているので、そろそろ人と飲む時だけにするみたいな『縛り』を追加するか迷っているところである。
「ラキさんはどうですか?」
「付き合い程度だな」
と言いつつ、彼女は水でも飲むかのような勢いでグラスを呷る。食前酒か何かだと思ってる?
「いただきます」
喉も潤ったところで、コースの品に手を伸ばす。まず手に取ったのは、レンゲ型の小鉢。その中には一口大のご飯と、ウニとイクラが半分ずつかけられている。
一気に食べるのは勿体ないな……という思いと、イクラとウニを一気に味わうのが店側の想定した料理では……? という気持ちと二つあって悩んだが、先程のラキさんの言葉を思い出して、好きなように食べることにする。
まずは慣れ親しんでいるイクラ側から一口。つぶつぶの食感が堪らない。それに普段食べるイクラよりも味がしっかりしている気がする。
次にウニ側。庶民の舌ではあまり感じたことのない、独特の濃厚な味わい。ただ濃い味ながらもしつこくはなく、ウニは名残惜しさを感じさせながら溶けていった。
「……?」
ラキさんは不思議そうにこちらを見ながら、なんでもないように小鉢を一口で食べた。たぶん、そっちのが正しい。
「めっちゃ美味しいですね。見た目も可愛いですし」
「ああ。この湯葉もカラフルで良い」
「それ湯葉だったんだ……」
天津飯の上の卵みたいな、餡がかかって平べったい物体を見て思う。上にはカラフルな色の麩菓子が散りばめられている。彩り、大事。
「そして普通にうまぁ〜」
とろとろした餡と柔らかい湯葉に、サクサクした麩菓子の食感がアクセントになっていて大変よろしい。
口に残った餡を流すように、ビールを飲む。空になったグラスを置いて、注文用のQRコードを読み取る。
「ラキさんも何か飲みます?」
「それでは、さっきと同じ物を頼む」
「じゃあ僕も同じのにしちゃお」
注文を終えると、少し手持ち無沙汰になる。
「ここにはよく来られるんですか?」
「付き合いで何度か来ている程度だ。近いからな」
「そうなんですね。近いというのは、職場から?」
「……まあ、そんなところだ」
言い淀んだのが少し気になったが、少しアルコールが回ってきていたのもあって、流すことにした。場も温まって来たところで、本日のメインに移ることにする。
「ゆるふわの話、してもいいですか」
「!」
彼女の金色の瞳が見開かれた。胸を撫で下ろすように深く息を吐いてから「いつでも、大丈夫だ」と彼女は言った。
いまの、覚悟を決める時間だったんだ。
「ラキさんは、何編が一番好きですか? 僕は山編が好きなんですけど」
「陸の孤島が如き辺境の地の中で狭い集落を襲う怪物とその地に巣食っていた悪習との最悪のシナジーや心優しい現地民二名との交流でほんわかさせられたところに実は怪物が居着いた原因が現地民だったことが判明して読者にダメージを与えてくる展開は本当に恐ろしかったがその分ラストシーンで集落を抜け出して二人で新天地での新たな生活を始めて夜明けとともに終わるエンドは大変素晴らしかったな」
「……はいっ!」
とりあえず、元気よく頷いてみた。
え、なんて? 先程までの寡黙っぷりが噓みたいな、滔々とした語りだったけど。
聞き取れた部分だけ拾って返答することにする。
「現地民ちゃんたちめっちゃかわいかったですよね。最後メリバとも取れるので好み分かれそうですけど」
「メリ……バ……?」
いや、メリバは伝わらんのかい。
「なんかこう……傍から見たらやばそうな結末なんだけど、本人たちは幸せだと思ってるみたいなお話のことです。アレもほら、結局故郷追われてるし、逃げたはずなのに近くに怪物の影見えてるし、妖しさ満点じゃないですか」
「だが……信じ合う二人がいれば、ハッピーでは……」
「僕もそう思いますが一応区分としてはそうかなと……まあ、そもそも真の結末が描かれないままゆるふわのメインストーリーに戻っちゃったから結末を定義すること自体がナンセンスかもしれないですね。チーターから見れば怪物は消えて現地民たちとその喜びを祝い合えてハッピーエンドだしゆるふわから見れば謎が残ったまま帰るからノーマルエンドになりますよね。大団円でない辺りトゥルーエンドじゃないことだけはたしかでしょうか」
「……ああ」
静かになってしまったラキさんを見て、ハッとした気持ちになる。明らかに喋りすぎてしまった。人のことを言えない程度には早口でまくし立てちゃったし。
やっちゃったなあ、と頭を搔く。そんな僕を見て、彼女はふっと口元を上げた。
「いや、すまない。このように他人と語り合うことなど、早々なかったものだから、ついな。ゆるふわが好きなど、周りの者には言えん」
自嘲気味な微笑。その姿が、なんだか妙に悔しく響いて「それは違いますよ」と、気づけば口を開いていた。
「僕みたいな大学生だって、その辺のおじさんだって、ラキさんだって、ゆるふわを好きでいていいんです。それを恥ずかしがることこそが、最も自分を裏切ることになりますから」
好きなら、誇ってください──そう続けた。
先程彼女にもらった言葉。そのまま返すのは少し嫌味っぽく思われるかもしれないが、紛れもない本心だった。
「はっ……ははははは! そうだな、私がそう言ったのだったな」
哄笑した後、彼女はふー、と息を吐いた。
「自分のこととなると、難しい物だな」
「それでも、僕はその言葉に救われましたから」
そうでなければ、こんなに堂々とできていない。いくら半個室とはいえ、もっと萎縮してしまっていたと思う。
「──獅子雄、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ」
二人、柔らかくはにかんだ。なんだか温かい気持ちになった。