普通の恋愛がしたいのに、人外美女としかマッチングが成立しない 作:てぃんだーまん
「おまたせいたしました。こちら本マグロ四種握りと、本日のおまかせ握り四種、それからお飲み物ですね。マグロはおかわり自由ですので、お手元のスマートフォンからご注文くださいませ」
「ありがとうございます」
去っていく店員さんを見送ってから、檜の香りが漂ってきそうなほど立派な寿司下駄に乗せられた、寿司たちを眺める。
鉄火巻、赤身、中トロ、なんか知らん白身魚、アジっぽいやつ、ハマチっぽいやつ、明らかな海老などが雁首揃えて並んでいる。
何より目を引くのは、ぶっとい切り身の大トロ。照明にその身が照らされ、キラキラと輝いて見える。
「改めまして、乾杯」
「乾杯」
零さないよう優しくグラスをぶつけると、キンと甲高い音が鳴った。
口に近づければ芳醇な米の香り。口当たりはすっきりとして甘く、林檎のような果実感ある味わいだ。
「うまっ……!」
僕の飲んだことのある日本酒なんて、スーパーのギリギリ四桁台の物が精々だ。その貧乏舌に、この明らかに高級な日本酒が染み渡る。もうワンカップには戻れない。
日本酒のアテといえばということで、寿司下駄に箸を伸ばす。わさびを溶かした醤油に潜らせて、通ぶるために白身から一口。
あっさりした味わい。コリコリしててうまい。っていうかこれ、白身魚じゃなくてイカだ。
「いいお魚、美味すぎ……!」
たぶんほんとはこういった甘めの味ではなく、辛めの物の方が合いそうな気がするが、それでも酒の味は深まるし、肴の味は際立つ。
「やっぱり刺身には日本酒ですね!」
「ん、そうだな」
小さく喉を鳴らしてから、ラキさんは頷いた。見ればグラスも寿司下駄の上も空になっている。僕まだ一貫しか食べてないんですが。
「おかわり、頼んどきますね」
「む、助かる」
注文を終え、残りの寿司に舌鼓を打ちながら、そういえば、と手元の鞄を漁る。
「よかったらこれ、どうぞ」
「な……これはッ!」
僕の手の中にある物を見て、ラキさんの目が驚愕に開かれる。
「ガチャガチャ限定のゆるふわキーホルダーッ!!」
「ちーたー狙いで回してたんですけど、被ったのでよければどうぞ」
「いいのか!?」
「もちろん!」
なぜなら、そのためにガチャガチャをぶん回したので! なんだったらこのゆるふわを当てるまでにちーたーが三回くらい被った。
「ありがとう……大切にする」
胸元で大事そうにカプセルを抱える彼女を見て、散財した甲斐があったな、と密かに胸を撫で下ろした。
本当はこれを渡すためだけにガチャガチャをたくさんぶん回してきた。物欲センサーか、その過程で他のキャラが無限に被っている。動物モチーフなせいでキャラの種類が膨大なのが、ゆるふわのいいところであり悪いところでもあると思った。
「今更なんですけど、聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「ラキさんって、どんな種族の方なんですか?」
「……そうだな、何だと思う?」
一拍置いてそう聞かれた。改めて、彼女の姿を見る。
紅い髪。鋭い瞳。眼帯。着崩された和服。そして何より目を引くのは──恵体。
「鬼……とか?」
着物越しでも分かるほど、彼女の体格は立派だ。有り体に言えばガタイがいい。手も大きいし、袖口から覗く腕も太い。
「何故そう思った?」
「え……っと、力強さ? みたいなのが伝わってきたので……」
聞き返されて言い淀んでしまった。流石の僕も、女性に太いだのガタイがいいだのと言わないだけのデリカシーはある。いや、この人はたぶんそんなに気にしないと思うけど。
「ふむ。当たらずとも遠からず、だな」
小さく嘆息したあと、ラキさんは言った。
「鬼は鬼でも──私は、吸血鬼なのだ」
「吸血鬼……って、あの、人の血を吸う?」
「厳密に言えば人には限らないが、その吸血鬼で合っている。文字通り鬼の遠縁な物でな、ガタイがいいのはそのためだ」
さっきわざわざボカしたのに、普通に本人が言っちゃった。
あるいはそのガタイは──獲物を捕食するためのソレではないかと。そんなことを思った。
何というか、勝てないんだろうなあ、みたいな生物学的敗北感を感じたので。
「じゃあやっぱり、ラキさんも血を吸うんですか?」
「吸うには吸うが、そこまで積極的にはやらんな。直吸いは衛生的によくない場合が多いから、一度グラスなどに注いでから飲むことの方が多い」
衛生面って、人外の方でも気になるんだ。
バスローブを着て、お洒落なホテルで夜景を眺めながら血のグラスを回す彼女の姿が脳裏に浮かんだ。お洒落なような冒涜的なようなよくわからない絵面だったが、彼女がやる分には何だか様になっている気がする。
「吸血鬼って鋭い牙のイメージありますけど──」
「ん……ああ」
ラキさんは小さく口を開ける。ただそれだけなのに内心ドキドキしていると、彼女の綺麗な口内の端──少しだけ突き出ていた八重歯が、にょきっと伸びた。可変式なんだ。
「やっぱり、血を吸わないと生きていけない感じなんですか?」
「私も好んでしたい訳ではないが、人外としての存在証明《レゾンデートル》に関わるからな」
「存在証明……?」
聞き慣れない単語に首を傾げていると、ラキさんが説明を加えてくれた。
「人外が人外である所以、とでも言えば良いだろうか。例えば私であれば、高頻度で血を吸わなければ力が弱まり、自分を保てなくなってしまう。意識無意識に関わらず、人が定義した形に沿うのが運命なのだ」
「そんなのがあるんですね……え、普段はどこで血を調達してるんですか? 献血的な? あるいは──」
「献血、のようなものだ。吸血鬼の誇りにかけて、無辜の民を襲うような真似はしたことがない」
「そうですよね」
胸を撫で下ろすと同時に、少し疑ってしまった罪悪感で苦しくなる。これまでのやり取りでそんなことをする人じゃないことはわかっていたけれど、それでも、人と人外で価値観や尺度が異なることは、否定しきれない事実だったから。
「む……やはり食べづらいな」
いつの間にか届いてきていた寿司を口元に運んで、ラキさんは少しだけ眉を顰めた。たぶん、吸うための牙だから。咀嚼することには向いていないのだろう。
「だから普段は出してないんですか?」
「それもあるが……その……」
「?」
「か……かわいくないだろう」
口元を手で隠して、ラキさんは言った。その顔には朱が差している。
なるほど、かわいいものが好きなラキさんらしい理由であった。
「……たしかに、牙には鋭くて怖いイメージが付き纏います。あるいは、かわいいとは対極のかっこいいとも」
「うむ……」
「でも、だからこそ僕は、ラキさんのことをかわいいと思います」
牙を気にするところは、可愛らしい。
牙を隠したがるところは、愛おしい。
「誤魔化したい気持ちもわかりますが、僕はどちらのラキさんも好きです。かっこよくもかわいくもあれるなんて無敵じゃないですか。好きな方でいりゃいいんですよ」
「好きなら胸を張れ、だからな」
今日何度目かわからない天丼に、僕たちは顔を見合せて微笑み合う。
共通の言語というか、ネタを手に入れることが、仲良くなる上では大事だし。ネットの記事に書いてあった。
「話戻して恐縮なんですけど、牙って自分の意思では戻らないんですか?」
「吸血鬼の力が収まれば、自然と戻る。擬態するための習性らしい」
擬態と習性……? だいぶ生物的だ。
人外って所謂ファンタジー的存在だと思ってたけど、そんなこともないのか? どちらかといえばツチノコ的な、未確認なだけの生物って感じ?
「やっぱり、十字架とか日光とか苦手なんですか?」
「それに加えて、大蒜や流水も苦手ではあるな。人間に分かりやすく言うと、アレルギーのようなものだ。殆ど挙がった順番通りに軽度になる」
「めっちゃわかりやすい!」
今日のお店がお寿司屋さんなのも、あるいはそれ故なのだろうか。下手に凝った店とかだと、どこかでさりげなくにんにくを使われてる可能性があるもんね。
「じゃあ、僕がお店を選ぶ時は、ちゃんと気をつけますね」
「…………! ああ」
僕の意図はきちんと伝わったらしく、ラキさんは驚いた表情の後、ニヤリと笑った。
即ち、次回のデートの打診。『また貴女と食事したいですよ』という意思の明示。本当はここでなし崩し的にある程度の予定を立てた方がいい気もするが、あまりがっついていると思われるのもよくないので、ここは酒を飲んで誤魔化した。そろそろおかわりしようかな。
「お客様、そろそろラストオーダーの時間となりますがご注文の方よろしかったでしょうか」
「え、もうそんな時間なんですか」
慌てて時計を見るが、たしかに丁度そんな時間だった。
何か飲み残したものはないかとメニュー表を捲っていた矢先、ラキさんの懐からバイブ音が聞こえた。
「失礼」
それまでの和気藹々とした雰囲気から一転、キリッとした表情で、ラキさんは席を立つ。
少しして、重い表情の彼女が戻ってきて言った。
「すまない、仕事の連絡だった。私は先に出なければならないが、ゆっくりしていてくれ」
毛皮のショールを首にかけ、羽織に袖を通すラキさん。慌てて僕も立ち上がる。
「あ、僕も満足してるので大丈夫です!」
「むう、しかし……」
「途中まででいいので、まだラキさんと一緒にいたいんです。ダメ……ですか?」
「か、構わない……そうだな、会計を済まそうか」
「はい!」
危なかった。あと少しで、回らない寿司屋に一人残されることになるところだった。ラキさんといるから楽しかったが、一人では息が詰まってしまう。出る時とかめっちゃビクビクしちゃうだろう。
勿論、彼女と少しでも一緒にいたいことが本音ではあるが。
「伝票はこちらでございます。お支払いは如何されますか」
「カード一括、領収書で頼む」
二つ折りの伝票ホルダーにノールックでクレジットカードを挟み、ラキさんはそう言った。手慣れた大人の所作だった。
「こちら領収書となります。ご来店ありがとうございました」
「また世話になる」
領収書をブランド物の高そうな黒財布に入れ、彼女はスタスタと店外に向かう。慌ててそれを追って店を出て、エレベーターを待ちながら「あの、おいくらくらいでした……?」と恐る恐る伺う。
「気にしなくていい。ここは私が払おう」
「え、でもそういう訳には……」
「今日楽しませてもらった礼だ。店は私が指定したのだから、主催《ホスト》として貴様の手を煩わせるわけにはいかん」
がま口の長財布を掴んだ右手に、彼女の柔らかくも力強い手が重なり、そっと仕舞われる。
「ぐぬぬ……それではお言葉に甘えます。でも、絶対何かで返しますので!」
「そうだな……なら、この分次回は甘えよう」
「はい、任せてください!」
頷いて、ぎゅっと左手を重ね返した。こういう気遣いの連鎖って、なんだかとても温かい気持ちになる。
「…………」
「…………」
離れるタイミングを逃してしまい、どこか気まずい無言の時間が続く。エレベーターの到着音で我に返り、慌てて離れた。
「あ、その、すみません」
「いや──」
離した手を、ラキさんが掴み返した。
「──貴様さえよければ、もう少しこのままでもいいだろうか」
「は、はいっ」
指は絡めず、ぎゅっと手と手を繋いだ。彼女の手は僕よりひと回りほど大きく、その気になれば握りつぶされるんだろうな、と思ってしまうほどの差を感じる。
それが怖くないのは、彼女の手付きから恐る恐ると言った様子が伝わってくるからだ。力の差からか、単に不慣れだからなのかは分からなかったが、少なくとも僕を労ってくれていることが伝わってきて、どこかこそばゆかった。
「……温かいな」
「ですね。なんだか落ち着きます」
降りるエレベーターの中で、僕は彼女の言葉を反芻していた。
僕もちょうど、同じことを考えていたからだ。人の手の温もり。それを感じたことで、前回の──氷華さんのことを思い出して、胸の中に何とも言えないモヤモヤが生まれていた。
「──招集さえなければ、もっと一緒にいられたのだが」
小動物のようにシュンとした様子で呟かれた言葉に、胸中の霧は即座に払われ、大きく高鳴る。
もっと一緒にいたいな≒まだ帰りたくないな≒今夜は一緒にいようね、まで、数々の創作で得た僕の知識が、即座に変換し叩き出した。童貞なのに耳年増すぎる。
「僕も、そうしたかったです……でも、次がありますから」
「そうだな。次……ふふ、次は何処に参ろうか」
柔らかな微笑みと共に、エレベーターの扉が開く。
ビルを出て、「それじゃ、今日はこの辺で──」と別れようとした瞬間。
こちらに向かう、複数の視線と足音に気づく。スーツにグラサンという、コテコテなまでのスジモノファッションの集団が、ビルの前で立ち止まった。