頭空っぽにして雰囲気で読むべし
視界いっぱいに広がる満天の桜。
一つの木から咲き誇ったとは思えないほどに大きく美しいそれは、空を埋め尽くすほどに雄々しく悠然とこの空間を支配している。
そんな景色の真ん中、大きな桜の木の根元に少女たちは立っていた。
その顔立ちは鋭く、少なくとも花見を楽しみにきたという雰囲気では無い。大きな覚悟と少しの不安。1人は手汗が出る手を握りしめている。
そんな歳不相応な意思を固めている少女たちは、ただそこに何かを待っているように佇んでいる。
「…来たよ、2人とも」
少女の1人の言葉で他2人の目線が正面へと向く。
小さく人影が見えた。
白のフードを深く被っている、3人よりも少し年上であろう少女。この景観を一瞥もせず、地に落ちた花びらを踏んで淡々とこちらに歩いてくる。
「…」
そうして3人がいる桜の木の影の前で立ち止まった。
3人は何も言わない。フードの少女も何も言わない。
しかし沈黙がしばらく続く中、3人の1人が我慢できないと言わんばかりに声を上げた。
「お姉さまっ!」
「…」
「もう…、もうやめようよこんなこと!」
その叫びに対して彼女はただ此方を見据えるだけだ。優しい、しかし決して妥協を許さない目。それが無言の拒絶であることは少女たちにも理解できた。
前に出て叫んだ少女は悲痛に表情を歪め、押し黙る。
「どうしても…止まってくれないんだね。お姉ちゃん」
「うん、これが私にできる最善だから」
「……だったら、止めるよ。私たちで」
そう宣言し、それぞれが自分の得物を構える。
少女たちから感じるのは覚悟。是が非でもこの場を通さない強い意思。歳不相応なその強い眼差しは命のやり取りすら厭わない程だった。
しかしそれは向かい合う彼女とて同じ。
「…そっか、じゃあ、仕方ないよね」
ざわざわ。
彼女の純白のフードが伸び、そのまま流れるように複数に枝分かれ。それぞれがブレードのような形状に変化し、3人へと向けられる。
刃となった衣服には恐ろしく研がれた魔力に満ちている。本気の敵意だ。
「──ッ」
3人は息を呑む。
だが覚悟していたことだ。ここに来た以上、皆目の前の姉と慕う彼女との衝突は避けられないこと、それを承知の上でこの場にいる。
それでも実際にそれを向けられることは、重い事実としてのしかかった。
びゅおう。大きな風が凪いで、少女のフードを大きく開かせる。そこから見えた不気味に光る瞳をとらえた瞬間─、
「2人ともッ!!」
3人の少女から莫大な光が溢れる。
それは熱と質量を伴って迷いなく、光速で敵へと向かう。
視界が光に包まれる中、彼女──、環いろはは優しく微笑んだ。
●●●
やっほー、わたし環いろは!ピチピチ11歳転生者だよ☆
前世で焼かれて死んだと思ったらあら大変!年半ばも行かぬ幼子になっちゃってたの!これは俗に言う異世界転生に違いないわ!
転生と言えばチート!無双!ハーレム!セッッ(自主規制)!まさに夢のような日々!ラノベやら電子小説やらに目を通しながら夢想していた日々が本物に!
そんなある日わたしの目の前にキュウべぇを名乗る可愛らしくもファンシーな生き物が!
えぇーっ!?私には魔法少女の資質があるから願いを叶えて悪である魔女と戦って世界の平和を守ってほしいー!?
これがきっとテンプレってやつなのね!魔法少女になったらきっとスマホ太郎が如き無双をできるに違いないわ!でも私はか弱い一般人。魔女と戦うのはちょっぴり怖いの。
でもキュウべぇは君しかいないって熱烈に歓迎してくれてる!私を狙って沢山魔女も襲いかかって来ちゃってる!
信じられなーい!このまま一生魔女に付き纏われるかもしれないなんて!私一体どうなっちゃうのーっ!?
…はい、現実逃避やめ。我ながらこれ以上は見苦しい。
あーちくしょー、マジガッデムなんですケド。
私は樹海に並ぶ植物の如く慎ましやかに過ごしたかったのに、よりにもよってこんな救いのない世界で、不幸の因果を押し売りされるなんて思わないじゃん…?
ええそうですよ、知ってますよまどマギ。
メジャーなサブカルはだいたい網羅している私が知らぬ道理なし。そりゃ好きですよ。好きだけどさ、こう、自分がそういう身になるのはさ、訳が違うじゃん?
しかも原作外伝含めて顔も見た事ないモブだし…。誰ですか環いろはって!おりマギにもすずマギにも出てなかったよね貴女!住んでる街も宝崎とか本編番外含めて1ミリも出てないところだし、どうせこんな形で転生するなら原作キャラと関われるポジションが良かったよ…、シクシク…。
…しかしだ、更なる問題が目先にある。むしろこれが1番深刻と言って良い。
「いろは!魔女の気配だ!」
「…うん」
そう、結局私はこの淫性猫科イタチ目長耳型自立人形と契約した。してしまったのだ。
いやだって仕方ないじゃん!魔女の結界に放り込まれた上で、妹人質に取られたら流石にもう選択肢なくない!?このロリペディアめ!
当然外伝作品までバッチリまどマギ履修済みの私にはこの世界において魔法少女になるということがどれだけ悲惨な現実なのかを理解しているつもりだ。
願いを叶えるのと引き換えに人生オワタとか洒落になんねぇからな!あはは…私ゾンビになっちゃったヨ…。
ちゅーわけで私の生きる糧となれ魔女よ!オラッ、怒りの鉄拳!!無情にも魔女消滅!イヤーッ!グリーフシードドロップ!
「流石だねいろは。僕の見込んだ通りだよ」
なーにが流石だね、だ!どうせその能面の下で私の魔女化エネルギーを搾取してやろうとほくそ笑んでる癖に!ほら行った行った!しっし。
「じゃあまた来るよ」
2度と来ないでねケダモノめッ!べーっだ。言っても無駄だろうけど。
…ふぅ、さて。今1番に考えるべき事は如何にしてこの理不尽かつ残虐極まる世界で生き残るかだ。知っての通り魔法少女の寿命は短い。もうとんでもなく短い。マッチに灯る火の如くだ。しかし私は生きたい。普通におばあちゃんになるまで生きたい。何なら300歳くらい生きたい。
故に強くならなければならない訳だ。魔法少女は基本ハイスペックだが、それでも死ぬ時はあっさり死ぬ。特に戦闘能力の無い人は一瞬で魔女に殺される。なのでどんな手を使ってでも強くなって生き残らなければならない。
決して生半可な道ではない。魔法少女は基本的に報われない。100%幸せ!っていう結末は存在しないと言って良いほどに。作中で年半ばも行かぬ少女たちが丁寧に心折られる様は正に悲惨の一言に尽きる。魔法少女とはそういう願いの因果のぶり返しが確約された嫌すぎる存在なのだ。
とはいえ!そんな弱音一つで諦めてはせっかく生まれ変わった意味もなくなると言うもの。幸運にも私にはまどマギという作品の知識がある。役に立つかどうかは知らないけど、少なくとも危機回避には使えるはず。私はなんとしてもこの無情な世界で生き延びなければならない。
必要なのは、力、技術、人間関係だ。
魔女に殺されないための力、巧みに魔力を操るための技術、そして他の魔法少女相手と殺し合いに発展しない為に構築する人間関係。
魔女化の原因となるメンタルは気合いでなんとかする!マエムキ!ダイジ!
間違いなく辛く険しい道だろう。しかしこうなってしまった以上やるしか無いのだ。私は2度も死にたく無い!ましてや魔女化とかぜってーごめん被る!
「ふぅー、私ファイト!」
両の頬を強く叩いて心を決める。
覚悟しろやぁ世界!私はぜーったいに!地面這いずり回ってでも生き延びてやるからなぁ!!
●●●
魔法少女は魔女と戦わなければならない。
そういう義務があるのではなく、単純に戦わなければ生きられないのだ。
魔法少女は何もしなくともその命の具現化であるソウルジェムに穢れがたまる。ソウルジェム全てが穢れきると、その魔法少女は魔女になる。つまり怪物となって死んでしまう。
契約の履行者ことキュウべぇはこの事実を一切話さない。キュウべぇからすればある意味当然で、自分たちの目的のためには不都合な事実。そんなことを話されて相手が契約をするわけがない。彼らは目的のため少女の盛んな情緒を利用して魔法少女を、魔女になり得る存在を増やすのだ。
「はぁっ、はぁっ…!」
魔法少女の黒江がその事実を知ったのはつい先日のことだった。
偶然別の魔法少女が魔女へと変貌した瞬間を目撃し、キュウべぇに問い詰めた結果知ることとなった真実。
ただ想い人と付き合いたいという理由で魔法少女になった彼女。ただの一時の感情で魔法少女になった彼女にその現実を受け止められる強さなど無かった。そうして絶望に打ちひしがれている彼女に追い打ちかけるように現れた魔女。
元人間であったそれはこれまで通り命を奪わんと自分に迫ってくる。
「なんで…こんな時に…」
黒江は魔法少女としては中の下程度だろう。
今までは魔女との戦闘は苦戦することこそあるものの、致命的な状況に陥ることはなかった。
しかし魔法少女の力は命の力であり、精神の豊かさがもたらす力だ。
心が不安定な今の彼女に、この状況を生き残れる可能性は皆無に等しかった。
「ごはッ!?」
魔女の放った一撃が黒江の胴体に直撃する。
地面を跳ねながら結界の壁に激突。そのまま、落ちてきた結界内にあるオブジェの下敷きになってしまった。
黒江はかろうじて瓦礫の隙間から半身を這って出す。
「うぅ…」
何故、どうしてこうなってしまったのだろう。
私は幸せになりたいだけだった。願ったものもこの手からこぼれ落ち、魔法少女というやりたくもない負の使命だけが残ってしまった現状。
(嫌だよ…、もう魔法少女なんて…)
こんなことなら契約なんてするんじゃなかった。一時の感情であの人と別れるんじゃなかった。
そんな今更な後悔が頭の中を駆け巡るが、これまでを悔いる時間すら今の黒江には与えられない。
「あっ…」
魔女の真っ赤な瞳と目が合った。
死。その一文字が黒江の中にくっきりと浮かび上がる。
(嫌だ、死にたくない)
今際の際に脳裏に浮かんだのは単純な生存本能だった。どれだけ自分の人生が虚しく後悔で溢れていようとも、まだ命は惜しいという本能は抑えられなかった。
思わず目を強くつぶる。少しでも死の痛みを和らげようとするせめてもの抵抗。
「…………」
ところがいつまで経っても痛みはこない。まさか痛みもなく一瞬でやられてしまったのだろうか。だとするならここはあの世?
そんな考えがよぎる中、恐る恐る目を開く。
「…えっ」
魔女は死んでいた。
その身を何十等分にも切り刻まれて、物言わぬ骸と化して、地面に散乱していた。活動を終えた魔女は黒い霧となって消滅する。
同時に結界も消え去り、身体にのしかかっていた瓦礫も無くなる。
「一体なにが…」
「大丈夫?」
後ろから声をかけられる。突然のことに思わず肩が跳ねた。
背後には自分と同い年程度の少女がいた。
顔は白のフードに隠れてよく見えないが、その雰囲気から優しげな顔をしていると想像できる。
「えっと…、その…、は、はい…」
「そっか。命があって良かった」
「あの、さっきの魔女は…」
「私が倒したよ。ごめんね、横取りみたいな形になっちゃって」
「い、いえ!そんな、むしろ感謝しないといけなくて…」
少女は黒江の目の前まで歩いてきて、そのまま手をかざし光を出した。すると黒江の全身の傷は一瞬で塞がり、痛みすら感じなくなった。
自身に起きた変化に唖然としてる中、黒江の手に何かが手渡される。そこにあったのは黒の玉に銀の装飾が象られた品物。グリーフシードだった。
「えっ!?な、なんで…!」
「あの魔女はね、私の知り合いが逃しちゃった子なんだ。そのせいで貴女に迷惑をかけたから、そのせめてものお詫び」
グリーフシードは魔法少女の生命線。それを迷いなく渡してくるとはよほど手持ちに余裕があるのか、それとも善性の塊なのか。
「あの、良ければ名前を教えて欲しいです…」
「あ、そうだね。ごめんつい忘れちゃってた」
ふふ、と小さく笑うと、改めて黒江に向き直る。
「私は環いろは。貴女と同じ宝崎の魔法少女だよ、よろしくね」
「環、いろは…」
その名前を聞いて急速に記憶の底が掘り返される。
以前キュウべぇから聞いたことがあった。宝崎には自分の他にもう1人魔法少女がいると。
諸事情あって市内にいることは少ないらしいが、数年間魔法少女を続けていることもあって、その実力は他と比べても卓越しているとのこと。
そして何より黒江の記憶に残っていたことが…、
「貴女の名前も教えて欲しいな」
「…あっ、えっと、私黒江って言います!此方こそよろしくお願いしますっ」
【円環の理】という奇妙な概念による救済を掲げている組織『オルビス』の長であるということ。
「うん、黒江さん。よろくしくね」
差し出された手。一瞬の戸惑いの後、黒江はわずかな緊張と共にそれを握った。
環いろは(偽):環いろはとして第二の生を受けちゃった人。マギレコ配信前に死んだため、環いろはが災害級のバタフライエフェクトの中心にいる外伝の主人公だとは露ほども思ってない模様。ちなみに前世の学生時代はゴリゴリの札付き生徒であり、ステゴロで全てを殲滅する地元最強のスケバンだった。