【前回のあらすじ】
魔女A「アイエエ!?」
魔女B「アイエエ!?」
魔女C「ナンデ!?イロハチャンナンデ!?」
環月 いろは日 今日は快晴
契約して3ヶ月。今日も頑張ってこのバカタレな世界を生き抜きながら2度目の青春を謳歌しています。
エーコちゃんとビイコちゃんの2人とチームになってから魔女退治も更に苛烈になりました。
というのも前回のカチコミを反省してしばらく魔女退治は自粛していたところ、なんとビイコちゃんたちの街に他の街から魔法少女が逃げ込んできたのです。
話を聞くにどうやら他の隣街でも魔女が大量発生しているようで、魔女飽和地域と化し手に追えなくなっているとのこと。
事の発端は私にもあるので、許可を得てチーム全員で街の魔女掃除をすることにしました。
襲いかかる魔女をちぎっては投げちぎっては投げ、その街を掃討したと思えばまた隣の街から救援要請が来て、またちぎっては投げちぎっては投げ…、
そんなことを一月近く繰り返していくうちに、なんと私は『魔女撲滅し隊』のリーダーとなったのでしたー。わーい、パチパチー。
…いやどうしてこうなったし。
あ、どうも。此度『魔女撲滅し隊』隊長に就任いたしました。環いろはです。
説明しよう!魔女撲滅し隊とは宝崎周辺の街の魔法少女が無限湧きする魔女共を撲滅するために結成した組織である!メンバーは私!エーコちゃん!ビイコちゃんの3人!
やるお仕事は至極単純!要請受けたら街を跨いで忍殺しにいくだけ!
待て、言いたいことはわかる。
ナワバリ意識が強く思春期特有の青臭い殺傷力で孤立しがちな魔法少女同士のコミュニティでなんでこんな組織が成り立つのか。
理由は簡単。ここ宝崎周辺の街の魔法少女は、なんか平均的に弱いのだ。
いや本当に弱い。一周目のほむらちゃんに毛が生えた程度の子達ばっかしかいない。マジで。この辺りだと真面目に私が最強を言い張れる。
おまけに一年以上魔法少女やってる子が1人たりともいない。
1番歴が長いのがビイコちゃんだと聞いた時はかなり驚いた。
実力もない。歴も少ない。
そもそもナワバリ張れるだけの余裕が無いというわけだ。
おいキュゥべえ!どうなってんだこの辺りの魔法少女事情はぁ!ベテランいねぇのかベテラン!
みたいな感じで聞いたところ、
「この街で魔法少女の勧誘を始めたのは最近なんだよ」
だそうな。
正直怪しいが、キュゥべえは隠し事はしても嘘はつかない。チッ、命拾いしたな。
そんなこんなで現状知り合いの魔法少女の数も少ない。両手で足りるくらいである。
ともかく、こんな実力も経験も足りない子達が魔女相手にまともな戦いができるわけもなく、街から街へ魔女をブッコロしてた私たち3人が魔女殲滅サービスを開始したというわけだ。
ま、サービスって言っても他のみんなが1人で魔女と戦えるくらいになるまでの補助的な役割だから一年くらいしたら勝手に解散すると思うけど。
とりあえず奮闘の甲斐あって周辺の魔女の数はなんとか平均に戻り、宝崎市にも無事魔女たちが現れるようになったのだ。やったね!
しかし新たな課題も発生した。
ついこの間、いつも通り要請を受けて魔女狩りに行ったんだけど、その時現れた魔女がまぁ強かったのだ。
今まで相手してた奴がサイヤ人編冒頭のラディッツくらいの戦闘力だとしたら、そいつは地球に襲来したベジータくらいあった。
結局固有魔法で回復ぶん回しながらのさやかちゃんよろしくゾンビ戦法で耐久勝ちしたけど、あの時は真面目に死ぬかと思った。
正直何度諦めかけたか。
でもさぁ!後ろであんな子犬みたいな目で見てくるちびっ子たちを見て諦めるとか無理じゃん!あーもうかわいいな!元気がもりもり湧いてくるよチクショー!
ともかく、このままではマズイ。
次あのレベルの魔女が襲来したら勝てはしても他のちびっ子たちの安全は保証しきれない。
それに、はっきり言って私の実力はそろそろ頭打ちだ。
技術そのものはもっと伸ばせるけど、基礎スペックが足りて無い。それを今回痛感しわけだ。
まぁ元々私の魔法少女としての素質は特別高くは無いね。目測だけどまぁ高くて杏子ちゃんレベルだろう。
もちろん弱くは無いが、私の命の安全を保証できるレベルには程遠い。この世界はヒュアデスの暁よろしくワルプル級の魔女がランダムポップするような魔境だ。そんな奴らと今出会ってみろ、一瞬で挽肉である。こんなんじゃ恐ろしくて昼も眠れないね!
何かしら自分の強化案を考えなければ…!
でも個人で魔力を強化する方法とか無いしなー。まどマギでも誰かしらの固有魔法とか利用しての強化が主だったし…。
むむ〜…、め、瞑想とかして魔力アップとかしないかな?普通は無理だけどほら、転生特典的なアレで!
ほあ〜!今こそ目覚めろその魂〜!ちぇやーっ!
「あ、いろはさん良いところに……いや何やってるんですか?」
あ、エーコちゃん。ちょっと己の可能性を追求してるところでね。もうちょっとで何か掴める気がするんだ!
うおー!なんか起きろ〜!トランザム〜!種割れ〜!デストロイモードとかでも良いから〜!
「よくわかりませんが、それよりビイコが調整屋に行くそうなので一緒に行きませんか?」
ぬおぉ〜…
え、調整屋?なにそれ。
「2日ほど前からこの街に滞在するって言ってた他所の魔法少女ですよ。話聞いてなかったんですか?」
あーごめん、ヘル・ウィッチ・ドライバーのこと考えてたわ。
「また新しい技考えてたんですか。あんなにたくさん種類あるのに…」
説明しよう!ヘル・ウィッチ・ドライバーとは──、
「説明は良いですから!」
で、調整屋ってなんぞや?モーターでも修理してくれるの?
「本当に話聞いてなかったんですね。…なんでも魔法少女の魔力や能力を上げてくれる人だそうです。お金の代わりにグリーフシードを取られますけど、本当に強くなれるみたいですよ」
つまりパワーアップ合成…ってコト!?
おいおいおい、そんなゲーム感覚で強くなれるものかのかよ魔法少女!さっきまで悩んでたのがバカみたいじゃないか!キングメタドラ用意しなきゃ!
「行かないなら1人で行きますけど…」
はいはい行きまーす!私も合成してもらってムキムキになるー!
「合成じゃないくて調整です。あ、あとグリーフシードちゃんと持ってきてくださいね」
そんなこんなで途中でビイコちゃんと合流。3人で調整屋に殴り込みに来たのだった!
どうやらこのやけに立派な仮設テントが調整屋のハウスのようね!準備は良いかしら助さん角さん!
「おー!」
「いや別に喧嘩をしに来たわけじゃ無いですからね!?」
えー、でも実際気にならない?街から街を股にかける魔法少女だよ?相当な実力者と私は見るね!
「残念やけど私は戦うのは不得手なほうやね。ごめんなぁ」
あらそうなの。まぁ魔法少女も色々あるもんねー。
「そうそう、十人十色。いろんな個性やら魔法やらを見れるのもこの仕事やってて面白いところやからねぇ」
あ、わかる。その個性を伸ばしてあげるように教えるのも結構楽しいんですよね。特にエーコちゃんなんか技の覚えが良くて…、
…あれ、どうしたの2人とも。早く入ろうよ、さっさとその調整屋とやらのツラを拝みに行こうじゃないか!
「…いや、その人ですよ。調整屋さん」
ー
「私はリヴィア・メディロス。見ての通り調整屋なんていう胡散臭いこと生業にしとるもんや。よろしくなぁ」
なんとさっきまで仲良く話していた人が調整屋その人だったようだ。
そんなこんなでテントに案内されて、お冷を飲んでいる。あー、天然水の味ー。
っていうか、テントの中めっちゃ豪華!外とのギャップが凄い!ベルベットルームかよ!
「話には聞いてましたけど、本当に定住はしてないんですね」
「そうそう、色々事情があってな。足で全国回っとんねん。いつかは自分の車とか買いたいんやけどなぁ…。っと、さて、この街でのお客さん第一号はどちらさんかなぁ?」
「はいはいはい!ビイコビイコ!」
「おー元気やな。一応聞いとくけどお代は持ってきたか?」
「うんこれ!グリーフシードでしょ!」
「おーええ子やな。ちゃんと用意できてえらいで」
「えへへー」
そう言いながら流れるように用意されている仮設ベッドに案内されるビイコちゃん。
年齢差もあって事案にしか見えない。百合事案なんてレベル高いわね。
「ほな、一応改めて説明や。調整はソウルジェムに干渉して魔力を強化したり能力を開花させたりすることができる技術。その仕様上、調整中は意識は無いし、触れた人の過去に経験したことにも触れてまう。けど絶対に他言はしいひんし、その分の結果は保証するで」
つまり魂をこねこねして潜在能力をパワーアップ!魂など飴細工ってワケね。スゲーなナメック星の長老かよ。
それに固有魔法じゃなくて技術かぁ。そんな便利なものがあったとは。まるでソシャゲだな。
「なんか具体的にどう調整してほしいとかあるかいな」
「えーっとね、強くなりたい!こう、魔力がドバーッて感じで!」
「了解や。ほなソウルジェム触るで。ええか?」
「うん!」
ビイコちゃんのソウルジェムに触れると、淡い光を出しながら割れ物を扱うようにゆっくり撫で始めた。直後にビイコちゃんはご就寝。…へー、ほーん。
15分くらいそんな感じにしてたら調整が終わったらしく、軽く息を吐きながらソウルジェムから手を離した。
「…ん、あれ、終わったの?」
「そや、お疲れさん。取り敢えず力を引き出しやすくなるようにしといたわ。あとおまけで魔力の強化もな」
「わーありがとー!凄い力が漲ってくる!」
「す、凄いですね。本当に魔力が上がってます…」
確かにさっきまでヤムチャくらいだった戦闘力がクリリンくらいにまで上がっている。ちょっとジェム触っちゃっただけでこんな変わるとは。まさに劇的な変化と言える。
「ま、ざっとこんなもんや。気分が変とかあらへんか?」
「うーん、身体は全然大丈夫!今すぐ魔女退治できるくらい!」
「なら良かったわぁ」
「あっ、いろはちゃん見て見て!私すっごく強くなったんだよ!これでもう足引っ張らないねー」
なるほど、どうやらビイコちゃんはこの前のベジータ級の魔女でお荷物になってしまったことを結構引きずっていたみたいだ。それで調整屋のことを知った時いの一番に声を上げたと。
なんて健気な子なんや…!お姉ちゃん泣いちゃいそう!
「あんた、環いろはやったっけ?調整した時に見たけど、あんたこのあたりを統括してるんやろ。まだ小学生やのに凄いやないか」
「そうなんだよ!いろはちゃんはすっごく強いんだよ!この前もつよーい魔女を1人で倒しちゃったんだから!」
別に統括してるワケじゃ無いんだけどね。ちょーっと実験体をお裾分けしてもらってるだけで。
「似たようなもんや。実際あんたのおかげでこのあたりの魔法少女の犠牲は少ない。けど注意しときや、優しすぎるのは他人にも自分にも毒やからな」
くっ、でもそれはこの世界の魔法少女の顔面偏差値が高すぎるのがいけないと思います!!
どいつもこいつもシミひとつない美麗な顔しやがってよ…!
あんな御尊顔で助けを求められて私の庇護欲が刺激されないワケ無いだろゴルァ!
ちなみにこのあとエーコちゃんも調整受けてムキムキパワーアップした。心なしかつけてるメガネの反射が2割り増しになっていたように思える。ドヤ顔可愛かったです。
「どや、環はんも」
みたいな感じで私もお誘い受けたけど色々思うところありだったので、今回はお断りしておいた。
ー
数日後、リヴィアさんは別の街へ旅立って行った。
元から長居するつもりないって言ってたし、別の目的地に急いでるぽかったからね。最後のお客さんを見送ったらそそくさと片付けて足早に去ってしまった。
「良かったのいろはちゃん。結局調整受けなかったけど…」
「そうですよ、実力に伸び悩んでいるって言ってたじゃないですか」
ん?あー、いいのいいの。ちょっと考えが変わっちゃってね。別にしてもらわなくても良いかなーって。
あ、ほら新手の魔女だよ!調整したパゥワーを試すにはもってこいだぜ!いざゆかん!
ヒャッハーッ!汚物は消毒だぜベイベー!ラブアンドピースゥ!!
「…あれ、なんかいろはちゃん前より強くなってない?いや、いろはちゃんすぐ強くなるけど、なんていうか元々のスペックが上がってるっていうか…」
「確かに、魔力も増えてるみたいですし…」
喰らえぃ!魔女撃滅式いろはちゃんドリルキーック!
魔女爆☆散!
ふー、一仕事終わり!
…うーん、ノーグリフシードか。残念。
「あの、いろはさん。もしかして調整受けました?なんだか前より強くなってる気がするんですけど」
「うんうん、別に内緒にする必要とかないよ?別に調整受けたことが恥ずかしいことなんてビイコたち思わないし」
ん?あーこれ自分でやったの。
上手くできてるでしょ?
「……ん、え?自分でやったって、調整をですか?」
そうそう。
自分でできたらいいなーって思ってさ、色々試してたらできた。っていうかこれめっちゃ便利だよ!衣装チェンジとかできるんだぜ!
見な!この水着を!すっごいえろはちゃんでしょ!?
「い、いやいや!え、リヴィアさんから別にやり方教えられてないですよね!?っていうか、調整中って調整されてる側は気を失うはずでは!?なんで自分でできてるんですか!?」
元から私の固有魔法がそういうの得意だからね。自分で魂をいじくるくらい朝飯前だっての!
やり方は見て覚えた。他の子達の調整について行った甲斐があったぜ!
「ただの冷やかしじゃないですかそれ!道理で最後リヴィアさんのいろはさんを見る目が微妙な感じになってたわけですよ!毎回来るだけで客になってくれないんだもん!」
まぁまぁ、とにかく私調整できるようになったし、してほしかったら言ってね!一回百円だよ。
あ、でも他言はしないでね。あくまでチーム内だけの秘密ってことで。
「わーいやったぁ!これでもっと強くなれるね!」
「や、安い…。というかこれ実質的に技術を盗んで…、あれ、これ思ったよりまずいのでは…」
よし魔女狩り終わったし、昼飯食べに行こうぜ!今日は小遣い多めにあるから回転寿司でも行こう!今日は私の奢りだぜ!
「ビイコ大トロってやつ食べたい!」
「うーん…、あ、ちょっと待ってください!流石に誰の同伴も無しに回転寿司はまずいですよ!あと私はネギトロでお願いします!!」
●●●
人気の無い廃墟。元は映画館として運営されていたここは、そのかつての活気は鳴りを潜めてポツリとそこに立っている。
外観は煤だらけ。看板の色は褪せていて、建物の中は物は片付けられているが自然発生したゴミや天井から垂れたコードがまばらに散らかっている。
本来ならば都心から離れているここに、人が近寄ることは無い。落書きの類が殆どないのもその証拠だ。
しかし何事にも例外はある。人が寄りつかないことこそ都合が良いと利用する存在はいる。
建物の奥、小さく灯りの灯った一室があった。中から小さく鼻歌が聞こえてくるその扉を迷いなく開ける。
「息災か、八雲」
「あら十七夜、いらっしゃ〜い。おかげさまで繁盛してるわよぉ」
店の扉を開けて入ってきた少女を燕尾服を思わせる衣装をしている少女が笑顔で迎える。
「今日は調整かしら?」
「ああ、いつも通り魔力の強化とバランスの調整で頼む」
「わかったわ。さ、こっちに座って」
少女、八雲みたまは調整屋である。
一年ほど前からこの街でこの廃墟に店を構え、ここに来る魔法少女たちを調整して戦う力を上げている魔法少女。
その確かな効果と、絶対的中立を保っている立場から街の魔法少女からは一定の信頼を得ている。
というよりも、調整屋とは元からそういう存在だ。
調整を身につけられる才能がある魔法少女は総じて戦う力が低い。そして調整の力は誰しもが身につけられる物ではなく、かつ強力だ。故にその力を私情で使用しては信頼を失って客が来なくなってしまう。
そんな場面になってしまえば彼女たちはあまりに無力。だからこその対価と中立だ。
調整をする代わりに自分では取れないグリーフシードを貰う。これをどんな魔法少女相手でも私情を挟まず行う。
誰も特別扱いせず、誰も蔑ろにしない。すべての顧客にビジネスライクの関係性で接していくことこそ、戦う力の無い彼女たちがこの魔法少女の世界で生き抜く手段であり、調整屋というブランドの価値の保ち方なのだ。
八雲みたまはそんな典型的な調整屋の代表とも言える存在だった。
無料のサービスから始め、客を集め、店を構えて、少しずつこの街の魔法少女から信頼を勝ち取っていった。今ではこの街で調整屋の名を知らない魔法少女はいない程だ。
「終わったわよ、お疲れ様」
「…うむ、問題ない。感謝する八雲」
「いいのよぉ、特に十七夜はお得意様だからね。多少色もつけておいたわ」
「それは有難い」
「あ、そうだわ。折角だからお茶でもしていかない?偶々良い茶葉とお菓子が手に入ったのよ」
「ならば頂こうか。…だが茶は私に淹れさせてくれ。また毒殺されかけられるのは御免だからな」
「むぅ、残念。折角良い淹れ方を調べていたのに…」
「頼むからまずはその味音痴をどうにかしてからにしてくれ…」
彼女、和泉十七夜はみたまにとっての数少ない友人と呼べる存在だ。仕事終わりのこのティータイムは彼女の密かな楽しみだったりもする。
十七夜が淹れた紅茶を楽しみながら、2人は菓子に舌鼓を打つ。
「それで、どうかしら。最近の東側は」
「…正直あまり風向きが良くないな。まず明確に魔女が強くなった。数も爆発的に増えたと言って良いだろう」
「やっぱりそっちでもなのね。やちよたちも同じことを言ってたわ。いくら神浜は魔女が生まれやすいって言っても流石にこれは異常だって」
「そうか…。となるとこの神浜市全域でこの異変は起きているということだな」
神浜市。
古い歴史を持ち、現在は新興都市として多くの人口を抱えている大都市。そして同時に多くの魔法少女が活動しているこの街は、元来魔女が他よりも多い街だった。
しかし最近はそれだけでは説明のつかない事態が次々と起きている。
「同時期にマギウスの翼を名乗る輩も出始めている。無関係ではないと私は踏んでいる」
「ああ、魔法少女を解放するっていうアレでしょ。もう、新興宗教は私もうお腹いっぱいなのに…」
「だが明確に問題だ。大東区では普段は活動的な魔法少女たちを見かけることが少なくなった。…恐らく、流れているだろうな」
「でしょうねぇ。近頃急に目撃情報が増えたもの。現在進行形で組織規模は大きくなってるでしょうね」
「…私も本格的に手を打つべきだな。何を企んでいるかは知らんが、勝手にこちらの管轄の魔法少女を抜かれて黙っているわけにもいくまい」
十七夜は広大な神浜市、その東側を統括する魔法少女だ。
自身の管轄する地域の魔法少女たちに生命線であるグリーフシードを安定して供給するには、統括する側の線引きが重要になる。好き勝手にする輩には責任を持って対処しなければならない。
今神浜は異常事態に陥っている。
増え続ける魔女と魔法少女。謎の組織マギウスの翼。そして、点々と流れ始めている奇妙な噂。
東を統括する者として問題解決に尽力するためにも、帯を締め直さなければならない。
ピロロロロロ
張り詰めた空気に電子音が挟まれた。
十七夜は自身の懐にある携帯が鳴っていることに気づく。
「…む、そろそろアルバイトの時間だな。すまない八雲」
「残念ねぇ、もうちょっと楽しみたかったけど…。でもまぁ仕方ないわね」
「ああ、では自分はこれで失礼する。美味しい茶菓子、感謝するぞ」
「いいのよ、貴女と私の関係でしょ?」
十七夜はそそくさと準備をして席を立つ。早歩きで店から出ようとする彼女を、みたまは呼び止めた。
「十七夜」
「ん?どうした」
「…マギウスばかりに警戒してはいけないわよ。裏があるものにはさらに裏があるもの。もっと大きなものが蠢いてるかもしれないんだから」
「…それは確証あってのことか?」
「まさか。ただの女の勘よ♪」
「……わかった。心に留めておこう」
「ふふっ、じゃあアルバイト頑張ってね」
みたまの言葉に十七夜は小さく笑顔を返すと店の扉を開けてその場を去っていった。
ー
「…ごめんなさい、十七夜」
1人になった店で懺悔をするように小さくみたまは呟く。
みたまは十七夜に隠し事をしていた。
本来ならばこの街のリーダー格たちに必ず報告しなければならないであろう重要なことを。
「……」
事の始まりは半年ほど前のことだった。
調整屋としての名前が本格的に神浜の魔法少女たちに浸透してきた頃、前触れなく彼女は現れた。
『こんにちは、八雲みたまさん。突然の来訪失礼するわ』
美国織莉子。彼女は自分のことをそう名乗った。
織莉子は二つの要求をしてきた。
一つは【果てなしのミラーズ】の調査許可。もう一つはそれを他の魔法少女に知られないように工面すること。
対価は山と積まれたグリーフシード。更には今後も調査が続く限りグリーフシードの提供と自身の援助を行う約束までするとのことだった。
勿論最初は断った。
理由は簡単、危険だからだ。
果てなしのミラーズ。
鏡の魔女と呼ばれる魔女のテリトリーでもあるその結界はこの神浜でも屈指の危険区域。結界の広大な広さと、結界に入った存在を能力ごと模倣するコピー体を作る使い魔。他にもわからない事の方がはるかに多いこの結界は、現時点での討伐は不可能と断じられ、各地区のリーダーとみたまによって管理されている場所だった。
かつては神浜を混乱に陥れた前科のあるこの危険区域、余所者にこの場所を触されることは新たなトラブルを起こしかねなかった。
『貴女の懸念は最もよ、八雲さん。仮に私のコピーが作られれば鏡の魔女の戦力も上がるし、結果として貴女にあらぬ疑いも向けられるでしょう』
『けれど私たちも何の考えもなく調査許可をもらいにきたわけじゃないわ』
『安心してちょうだい。私たちは鏡の魔女にその身を写し取られることはない』
信じられない話だった。コピーを作られないなんて、そんなことが可能なのか。
そんなみたまの疑問を読み取ったかのように織莉子はそばにあった鏡の前へと歩き、魔法少女の姿へと変身した。思わず身構えたみたまだったが、すぐに異変に気づいた。
背後の鏡に何も映っていなかった。
そう、本来映るはずの虚像がそこに存在しなかったのだ。まるで吸血鬼のように。流石のみたまもこれには目を丸くした。
『鏡に映らなければ鏡の力に写し取られることもない。これならコピーのリスク無く結界内を調査できるわ』
確かにこれならばコピーされるリスクは皆無と言って良い。だがどうやって?彼女の固有魔法?そもそも何故ミラーズに調査を?
目の前の相手から少しでも情報を得ようと思考を巡らせていると、あることに気づいた。目に入ったのは彼女のソウルジェム。そこから発せられる特殊な魔力の跡。
覚えがあった。いや、覚えしかない。それはあまりに自分にとって見慣れたものであったのだから。
『ふふ、気がついたみたいね八雲さん。…そう、これは調整によって成されたものよ』
有り得ない。
みたまの中から真っ先に出た感想はそれだった。いや、調整されていること自体が特別重要なのではない。問題なのはその効果だ。
鏡にその身を映されないように魂を調整するなんて、自分では到底無理だ。いや、もしかすれば自分に調整を教えてくれた先生でさえも難しいのでは。
そして何よりこのソウルジェムから残る魔力の残穢。恐ろしく緻密かつ繊細な技量で調整された跡だ。恐らくこの鏡に映らない能力だけじゃない、もはや魂を作り変えるレベルの魔改造とも言うべき施術を施されている。そしてそれをまともな人格を保ったまま成せる。
はっきり言おう。人間業ではない。
『気になるかしら。これを施した人のことが』
『本来なら決して教えることはない。でも調整屋として中立を保つ貴女には特別に教えてあげるわ』
『──私たちは【オルビス】。そしてこれを調整したのは我らがオルビスの教主。私たちが世界で最も慕い、敬う存在』
オルビス。
噂だけには聞いたことがあった。魔法少女を救済することを謳う団体。全てが揺蕩う霧のような情報しか存在しない存在すら不確かな組織。
一つ確かなのは、いかなる苦痛も絶望も取り除くというオルビスの教主たる存在がいるということのみ。
織莉子の言うことが真実なのかはわからない。
だが、目の前の悍ましさすら感じる技術で調整されたソウルジェムを見ればその噂にも真実味が出てくるのも事実だった。
『あの方は絶望した魔法少女を決して見捨てることはない。その絶望を打ち払うためにあらゆるものを与えてくれるわ』
『富も、栄誉も、命も、そして力だってね』
耳元でそう囁かれる声に思わず嫌な汗が流れる。
まるで悪魔の誘惑だった。自分の内心を全て見透かされているようなそれに、思わず数歩後ずさる。織莉子は変わらず柔和な笑みを浮かべている。
『ふふ、ごめんなさい。話題が逸れたわね』
『さて、話をまとめるわ』
『私たちは鏡の魔女の結界を調査したい。貴女にはそれの許可と他の魔法少女に私たちの存在と調査している事実を黙認していてほしい』
『そして対価として毎月一定数のグリーフシードを提供。結界の調査結果に関しても報告書を提出するわ』
『万が一の際も貴女の身の安全も保証すると約束しましょう』
『貴女は何も失うことなく、ただいつも通りの中立を保っていれば良いだけ。それだけでこれまで以上の安全を得られる』
『是非とも調整屋の立場として利口な選択をお願いするわ、八雲みたまさん』
悪魔の契約だった。一歩足を踏み外せば、そのまま奈落へと落ちてしまいそうな、そんな深淵を感じさせる契約。
だが、みたまは退けなかった。対価に目が眩んだのではない。知らなければなかったからだ。この調整を施した教主たる存在を。
調整の技術は全てみたまが先生と仰ぐ存在でもあるリヴィア・メディロスによって教えられたものだ。
そして調整を教えられた者は彼女に必ずこう忠告される。『調整屋は絶対中立』と。
それは魔法少女の世界を生き抜くためでもあり、同時にその力を個人の意思で濫用してはならないという戒めのためでもあったからだ。
その教主という存在がどんな人間かはわからない。
しかし調整を使える以上、リヴィアから直接教えを得たことは間違いないはずだ。だが織莉子の話を聞く限り教主は組織のために、私欲のために使っている可能性がる。
それを調整屋として無視するわけにはいかない。
『八雲さん、貴女が何を悩んでいるのかはわかるわ。貴女はあの人と会いたがっている』
『けれどあの人は猫のように気まぐれな上に多忙の身。簡単には会えないわ』
『…けれどあの人もこの鏡の魔女の結界には大きな関心を寄せている』
『私たちの調査に同行していれば自ずと会えるでしょう。貴女の望むままにね』
つまりはこう言いたいのだろう。
知りたくば飛び込め、と。
卑怯な言い方だった。だがそれが最も今の自分に必要な道筋であることも理解していた。
考えに考えた末、みたまはその要求を呑むことにした。
ここで拒否をすればオルビスに関する手がかりも露と消えるだろう。
何より、目の前の美国織莉子。何となくわかる。彼女は目的のためならば手段を選ばない類だ。ここで要求を拒めば何をしでかすかわからない。
そのリスクを背負うくらいならば、相手の誘いに乗るのが最善だろう。それが相手の狙い通りの誘導だとしてもだ。
『ありがとう、これで契約は成立ね』
『これは前報酬よ。大事に使ってくださいな』
ジャラリと大量のグリーフシードが入った袋が置かれる。
『3日後、調査のためにここに来るわ。それまでに用意をお願いするわね』
『無いとは思うけど、契約を破るような真似はしないでね』
『あの人は許しても、私たちが許す保証はどこにも無いのだから』
その瞬間、みたまは腹の底が一気に冷えた。
8…9…いや10人以上。店のいたるところから気配が現れ始めたからだ。
全員が魔法少女だった。誰も彼もが見たことのない者ばかり。そして全員から感じる織莉子と同じ調整の跡。
みたまは戦えないとはいえ腐っても魔法少女だ。この特別広くも無い室内でこれほどの人数の魔法少女を見落とすなど有り得ない。
だがいた。恐らく最初から。
いざという時いつでも自分を始末できるように。ずっと。
突きつけられる事実に思わずそばにあった椅子の背もたれを強く握りしめる。
『ゆめゆめ忘れないでくださいな』
『私たちオルビスは常に貴女を見ていることを』
そう言って織莉子はその場にいた全員を連れて部屋を出ようとする。
最後にみたまは叫んだ。何が目的なのかと。ミラーズを使って何を企んでいるのかと。
織莉子は振り返らずに答える。
『噂を耳に挟んでいるのならばご存知でしょう』
『私たちオルビスの目的はたった一つ』
『全ての魔法少女の救済』
『私たちの行動は全てそれに帰結する』
『それただ一つに』
全員の視線がみたまに突き刺さった。
狂信者。脳裏に真っ先に浮かんだ言葉はそれだった。ここにいる全員が本気で心の底からそれを成すために動いている。
人の心に隠された狂気をみたまは今思い知った。
『それではご機嫌よう』
そう言って織莉子たちはその場を去っていった。その場に残ったのは契約がなされたことを示すグリーフシードの山のみ。
その日はその場にへたり込んだまま動くことができなかった。
それからみたまはオルビスとの契約を忠実に守った。
週に2度ほど調査に来る彼女たちに監査の名目で付き添い、そして神浜の魔法少女たちにそれを包み隠した。
しかし彼女たちが具体的に何を調査しているのかはわからなかった。
何か仰々しい機械を使って結界内の鏡から何かを探しているような行動をしているが、一体何を探し出し、それをもってどう救済につながるのかも全く見えてこない。何分こちらの質問にはほとんど答えてくれないので尚更だ。
だが一つ言えることがある。
オルビス。あの組織は危険だ。
掲げているものは立派なのかもしれないが、狂信じみている彼女たちは目的のために手段を選ばない危うさがある。
それに伴ってその手綱を握っている教主の存在の危険度も上がる。調整の技術を扱えることも含めて。
それらが結果としてこの神浜の魔法少女に悪影響を与えないとは全くもって言えなかった。
(…けれどもうすぐ。もうすぐあの教主と会える)
近頃、調査に大きな進展があった。
それに伴ってついにあのオルビスの教主がミラーズに訪れることを知った。それはすべての真意を聞き出す絶好の機会だった。
しかし同時にそれはオルビスが本格的に動きだした合図でもあった。
(… 私は調整屋として必要なことをするだけ。生き残るために必要なことを)
集結する魔女と魔法少女。
流れ始めた奇妙なウワサ。
現れ始めたマギウスの翼。
そしてそれら全てに一切悟られずに動き始めたオルビス。
神浜で同時多発的に起きる異変。
今この地でかつて無いほどの何かが起きようとしている。一般人も魔法少女も、多くの人を巻き込み、神浜そのものが滅ぼしかねないほどの何かが。
(…必要なのは絶対的中立。どんなことがあっても。…そう、それだけよ)
かつて神浜の滅びを願った少女は、その予感から目を逸らすようにそう心の中でことづいた。
環いろは(偽):調整の力を盗み取った人。元から魔力操作の才能がカンストしていて、魔力操作の類なら一回見たら大概覚えちゃう。一度死んで転生したことで、無意識に魂から意識を切り離して魔力を扱えるようになってるので意識を保ちながら自分自身も調整可能。ちなみに調整は本来呪いに近い願いで契約した魔法少女にしか扱う才能が無いが、いろはちゃんは持ち前の激高センスと固有魔法でその条件を踏み倒してる。
転生特典:これと言ったものは無い。だが強いていうのならば『全く次元の違う異世界から来た魂』という事実こそ、この世界においては最大のアドバンテージになる。