十歳になった。
午前は身体訓練。
午後は食事をして軽く休憩をしたら座学。
それに加え、少し前から母の意向で淑女教育なるものが始まった。
乗馬だのダンスだのピアノだの。
ちなみに、礼儀作法の講義もあったが、マナー講師を名乗る中年の女は三日ほどで屋敷へ来なくなった。
「常日頃から淑女らしい言葉遣いと立ち居振る舞いを心掛けなさい! 蝶が舞うように優雅に、誰に見られても恥ずかしくない
とかなんとか言って、彼女は講義時間以外のプライベートにまで細かく口出ししてきた。
歩き方はどうだとか、座っているときはこうだとか、人と喋る時の目線はどこそこだとか。
二日目で面倒になった俺は、講義中もガン無視かまして本を読んでいたのだが、気づいたら講師は居なくなっていた。
その後は母が教育を引き継ぎ、必死に俺の言葉遣いや身の振る舞いをどうにかしようと動いていた。
だが、とうとう母も俺の素行改善を諦めたらしい。
「あなたは見た目だけは整っていますし、何事も能力は高いですから……。まあ、なんとか…………なる……。はぁぁぁ…………」
疲れ切った顔で溜息を吐かれたが、それでも俺は俺らしさを捨てる気はない。
今世は、人に気遣って自分のやりたいことを制限するのをやめたのだから。
言葉遣いも身の振る舞いも、やりたいようにやってやる。
それに、本来のベルベットとしての記憶が失われたわけではないが、今の俺にはどうしたって前世から引き継がれた魂も染み付いている。
今さら男だった頃の感性を全て捨てて、完璧なお嬢様に成るなんてのは無理な話だ。
母には悪いと思うが、娘の幸せを思うならばこそ許して欲しい。
「安心してくださいお母様。俺は有象無象に舐められても、しっかりと相手を
握り拳を自分の胸に叩きつけ、「任せておけ」とジェスチャーを見せると母の顔はぐにゃぁと歪んだ。
「そういうところが心配なのよ‼」
屋敷に怒声が響き渡り、俺は正座で小一時間説教をされるのであった。
◆
翌朝。
窓から差し込む陽の光で、意識より先に体が叩き起こされる。
しばらくはボンヤリした頭のまま、目を開けられずにベッドの上でもぞもぞしていたのだが、段々と脳が覚醒していく中で部屋の中にいる一人の気配を感じ、気怠さを残しながら俺はベッドからむくりと起き上がった。
目の前には、シルヴィアが立っている。
「ベルベット様、おはようございます」
出会った頃よりもずっと大人びた声。ただの挨拶ひとつで耳元をそよ風が過ぎ去るような心地良さまであった。
俺が起きるより先にベッドの前で控えて待つのが、ここ最近の彼女の習慣だ。
「んぁ、おはよう」
初めて会った時の野良猫はもういない。
十二歳か十三歳。
俺より一足早く第二次成長期に入ったシルヴィアは随分と背が伸びて、既に女性らしい凹凸のあるスタイルを手に入れている。
特に乳の存在感が凄い。
あんなにぺったんこだったのに……。
思わずジーッと観察してしまう。
「……そんなに私の胸が気になりますか?」
俺の視線に気づいた彼女は隠すどころか見せつけるように両手で胸を持ちあげた。
ちょっと恥ずかしそうな顔をしているが、あれは演技だ。
俺は気づいている。
なんの気かは知らんが、コイツ、最近やたらと俺に自分の身体を見せびらかせてきやがる。
「デケェなと思って」
「触ってみますか?」
「じゃあ遠慮なく」
本人から許可が出たんだから良いだろう。
まだ小さい俺の掌には収まらない胸を思う存分に揉みしだく。
モミモミモミモミモミ。
ついでにツンッと。
「んっ」
シルヴィアが妙に艶っぽい声を漏らした。
しかし、俺の肉体に性的な反応は一切起こらない。
俺も女だからか、そもそもまだそういう本能が目覚める年齢ではないからか。
失われた股間の
彼女は瞳孔が開いて淀んだ眼を俺に向けていた。
「き、今日のところはこれで勘弁してやろう」
これ以上は、何故か俺の身の方が危うい気がして慌てて手を引っ込める。
「っ……はい……ありがとう、ございました」
「ああ、いえ。こちらこそ。良い揉み心地でした」
なんで俺、お礼言われたんだろう?
疑問に思いながらも互いに頭を下げる謎の儀式をした後、俺はシルヴィアに寝間着から着替えさせてもらった。
それから、椅子に座らされて、髪を結われる。
シルヴィアは俺の髪を結うのが楽しいらしく、毎日飽きもせず色々な髪型を作り上げていく。
今日はフワッと編まれたおさげ。
「ふわぁぁぁ……」
鏡で自分の姿を確認しながらデッカイ欠伸が出る。
生理現象で出てきた涙を指で拭こうと思ったら、すかさずシルヴィアのハンカチで拭き取られた。
「まだ寝たりませんか?」
「最近どうも、寝ても寝ても寝足りない感覚があってな」
「ベルベット様ももう十歳ですからね。成長期に入って身体がこれまで以上の睡眠を欲しているのでしょう。私もそうでした」
「お前はいつも俺より早起きだろ」
「その分、早く寝ているだけです。ベルベット様は今も夜遅くまで本を読んでおられるでしょう?」
「最近はどうもお母様の教育が厳しくてなぁ。以前は午後の座学の後に本を読むか、お前に授業をしてやる余裕があったんだが。今は睡眠時間を削らなくてはどうにも自分のやりたいことにまで手を伸ばす時間が足りん」
「睡眠時間を削るのは良くありませんよ」
「正論は聞きたくない」
わかっているが、我慢できるかは別の話だ。
「それにしても懐かしいです。ここに来たばかりの頃は、床に座ってベルベット様に沢山のことを教えていただきました」
クスリと笑うシルヴィア。
そういえばそんな時期もあったな。
いつの間にか、彼女は椅子に座るようになっていたが。
いつだったかの外出を境に、シルヴィアは俺の従者として本格的に仕事をするようになった。自らアンリエットに頭を下げ、俺の側付きになるための指導を願い出てからというもの、目覚ましい速度でアンリエットの教えを吸収し、今ではアンリエットと同じレベルで仕事ができている。
その成長は、屋敷にいる使用人や両親も目を見張るほどだった。
今後アンリエットが引退したあとは、恐らく両親も迷うことなくシルヴィアを俺の側付きに任命するだろう。まあ、両親が反対したところで、俺はもうそのつもりになっている。そのときは、母には悪いが、次もまた強引に押し切らせてもらうとしよう。
「あの頃のお前はもっと口数が少なかった。今にしてみると静かで可愛げがあったな」
「あら? 今の私ではご満足いただけませんか?」
「最近のお前はどうも俺を口で丸め込もうとするきらいがある。アンリエットから悪いことまで教わりやがって」
「何を仰いますか。ベルベット様を丸め込む話術こそ、側付きとして最も大切なスキルです」
シルヴィアはしたり顔で言ってのけた。
「この駄メイドめ……」
長いこと甘い顔をしてやっていたからどうにも調子に乗っているんじゃなかろうか?
一度自分の立場というものをわからせてやる必要があるかもしれん。
「オイ、シルヴィア。テメェちょっと生意気が過ぎるぞ?」
「うっ……し、失礼しました」
シルヴィアは軽口が過ぎたと自覚したのか、少し身を固くする。
だが、今さら反省してももう遅い。
ちょいと
「
「……はい」
シルヴィアが落ち込んだ顔で床に跪座する。
そんな彼女の前に、俺は椅子に座ったまま靴を脱いで足を差し出した。
「舐めろ」
ケケケ。
どんな顔をするか見物だぜ。
一回誰かにやらせてみたかったんだよな。
足を舐めさせるのって、めっちゃ悪党っぽくない?
顔を歪めて泣き出すかと思ったが、しかし彼女の反応は俺の期待するものと真逆だった。
「いいんですか!?」
「いいんですか?!」
俺の驚き様と言ったら、思わず彼女の言葉をそのまま復唱してしまったほどだ。
「いいんですね?」
「え……いや、やっぱやめようかな……」
「そんなっ!? 酷いですベルベット様!」
クッ……どうして俺が非難されなければならない!?
いや、非難されるべきことをしようとした自覚はあるけど……なんか違くないか?
「いいよ。わかったよ。じゃあ、舐めろよ! その代わり、指の一本一本まで丁寧になぁ! 犬のように舐め回しやがれ! この駄メイドが!」
シルヴィアは嫌そうな顔なんて見せることもなく、頬を上気させた。
まず、足の甲にキスを落とす。
それから、親指を舐めた。
温かく、とろけるように柔らかい彼女の舌の感触が指先に伝わって来る。
その舌は次々と俺の足の指を舐め回していった。
熱い吐息がくすぐったい。
指だけでなく、指の間にまで舌先を這わせ、やけに粘性のあるドロリとした唾液が彼女の口元から垂れた。
その姿を見て、俺の全身にゾクゾクと何かが
「ももも、もういい! もういいよ! わかった! 俺の負けだ!」
「ぁ……」
慌てて足を引っ込めると、シルヴィアは名残惜しそうな声を漏らす。
や、やべぇ。
何かよくないものに目覚めかけた……。
そして、なんとも言えない空気のまま朝の支度を済ませた俺は、会話もなくシルヴィアと共に部屋を出るのであった。
まったく。
今日は大事な日だって言うのに……。
改めて言うが、俺は十歳になった。
そして、それはヴァルトハイム王国の貴族において特別なことを意味する。
遂に、
「食事を取ったら家族と一緒に教会へ行く。お前もついて来い、シルヴィア」
「はい。承知しております」
今日、俺は貴術を発現するための儀式〘