TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい   作:真嶋青

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14. 王都へ

 王都、クソ遠くてワロタ。

 

 父から遠出になるとは聞いていた。

 だが、その日の朝に出かけることを伝えられて、行き先が馬車を使って二日もかかる王都だとは思わなんだ。

 王都とカースナー領都の距離は、だいたい百キロメートルくらい。

 

 現代日本の感覚だと、

 百キロなんて二時間も掛からんやろ!

 って、思うじゃん?

 

 でも、この世界には自動車がない。

 一般的な移動手段は馬だ。

 

 馬にセダン型の馬車を引かせると、せいぜい時速十五キロくらい。つまり、中世なんちゃってヨーロッパなこの世界では、旅をしようと思ったら移動速度はママチャリぐらいということ。

 さらに、夜は街灯がほとんどない上に、盗賊が出る可能性もあるから呑気に馬車で移動なんぞできない。移動できるのは明るい時間だけ。自ずと中継地点に泊まる必要がある。

 馬を休ませる時間などもろもろ込みで考えると、領都を午前中に出発しても、王都までは移動から二日目の昼か夕方頃になるわけだ。

 

 以上の説明を総括すると、

 

「だっりぃ~~~。マジで王都行きたくない」

 

 となる。

 

「そうか! そうだな! やはり帰ろう! ベルベットにはまだ婚約の話なんて早すぎる!」

「はい、旦那様! 私も同じ意見です! 今すぐ屋敷に戻って、婚約の話はお断りいたしましょう!」

「そうだな! それがベルベットのためだ! 流石はシルヴィア! 君が主人想いな一人前の使用人に育ったこと、私は心から嬉しく思うぞ!」

「ありがとうございます、旦那様! 私はこれからも領(・)都(・)でベルベット様をお支えしたく存じます!」

 

 馬車に同乗する父とシルヴィアが結託して領都へ戻るべく話の舵を切ろうとする。

 

「あらあら、王家からの打診はそう簡単に断れないでしょう? しっかりしてくださいませ、旦那様。シルヴィアも、わがままはいけませんよ?」

「「え~~~!」」

 

 暴走する二人にアンリエットが待ったをかけ、狭い馬車の中に父とシルヴィアの嘆きが響いた。

 

 なんでこの二人は俺よりも嫌がってんだよ……。

 

 今回は主に四人旅。

 メンバーは、

 俺、

 父、

 シルヴィア、

 アンリエット。

 

 母は外出する父の分も公務があるため領都で留守番だ。

 あと、一応付け加えておくと、馬車の周囲には騎乗した護衛数人が控えている。

 

「しかし、こういう大事な話ってのは、普通もうちょっと段階を踏んで話し合われるものでは? しかも、書状が届いた当日に王都へ向けて出発しろなんて、いくらなんでも話が急すぎる気がするんですけど」

 

 客観的に見ても、カースナー公爵家は国王陛下であろうと軽率に顎でこき使うような真似ができない大きな存在だ。

 ウチの父は家では情けないオッサンだが、これでいて国営の中枢に関わる重鎮であり、ヴァルトハイム王国における産業の要ともいえるカースナー領を統治する大立者なのだから。

 そのはずなのだが――。

 

「いや、それは……その…………」

 

 俺の問いかけに、父はオドオドと動揺を見せる。

 

「以前より、旦那様のもとには国王陛下から文(ふみ)が届いておりましたわ。しかし、どうにかお嬢様が王都に嫁ぐことを回避しようとした旦那様は、婚約話をのらりくらりと躱していたのです。今月は都合が悪い、来月なら。そんなことを二年ほど繰り返し、遂に痺れを切らした国王陛下より半ば命令に近い書状が届いた、という経緯(いきさつ)ですわ」

 

 俺を嫁がせたくなくて、散々わがまま言ってたら陛下がブチギレたわけね……。

 どうしようもねぇな、このオッサン。

 

 てへぺろ、みたいな顔で父が誤魔化そうとしている。

 一発殴ってやろうか。

 

「しかし、陛下から俺の婚約話が来ていたなら、お母様から話があっても良さそうなもんだが……」

 

 あのしっかり者の母なら、親心を一度切り離して政略結婚について何かしら俺に説明をするはずだ。

 だが俺は今日の今日まで何も知らなかった。

 

「旦那様はお嬢様の婚約話について、頑なに奥様にも隠し続けていたのですよ。しかし、今朝の書状は奥様宛てに届いたのです。旦那様宛てに送っては、またいい加減な回答が来るだけだと思われたのでしょうねぇ」

 

 アンリエットが「困ったものですわ」と溜息を吐く。

 

 だからこのオッサンは朝から不貞腐れた顔をしてたのか……。

 悪い点数を取ったテスト用紙を隠す小学生みたいなことしやがって!

 

 つまるところ、こんなに急かされる形で王都へ向かう事になった元凶は、俺の目の前でションボリしてるオッサンだったわけだ。

 

「お父様、マジでちゃんとしてください」

「ごめんよ……」

 

 俺に注意された父は、わかりやすく落ち込んでドンヨリとした空気を漂わせていた。

 ホント、あんまりガッカリさせないで欲しい。

 

 しかし、ドンヨリしているのは父だけではない。

 俺の隣に座る一人の少女が、屋敷を出る前から長らく浮かない顔をしている。

 

「はぁ……」

 

 彼女は拗ねた子供みたいな顔でプイッとそっぽを向いて窓の外を眺めていた。

 けれど、シルヴィアの手は俺の手をギュッと強く握りしめている。

 それはまるで、俺をこの場所に繋ぎとめようとするようだった。

 

 

 その日の夕方。

 俺たち一行は、カースナー領と王都の中間地点である宿場町『カルメル』に到着した。今日はここで一泊して、明日の朝にまた王都へ向けて出発する。

 

 石畳の道が夕陽を浴びてオレンジ色に輝き、

 馬車の車輪がガラガラと乾いた音を立てる。

 カルメルは思っていたよりずっと賑やかだった。

 

 道の両側には二階建ての木組みの家々が肩を寄せ合うように建ち並び、その一階の多くが商店や酒場になっている。鉄鎖に吊るされた看板が風に揺れ、鉄のきしむ音があちこちから聞こえてきた。

 

 パン屋から小麦の香ばしい匂いが漂い、

 隣の肉屋で焼く脂の匂いと混ざり合う。

 なんとも食欲を刺激される相乗効果。

 あの二店は間違いなく結託している。

 

 旅人、商人、傭兵か冒険者らしき荒くれた男たち、そして地元の住民が肩をぶつけ合いながら行き交い、まるで小さな祭りの中にいるような活気だ。

 

 王都とカースナー公爵領、

 両方の豊かさが流れ込む中継点は、

 品物も、人も多彩だった。

 

 美しい紋様の織物を広げて商う行商人、

 銀細工を並べた露店、

 馬具を丁寧に磨く職人。

 遠くの広場では旅芸人が火を吐きながら観衆の喝采を浴び、笑い声と拍手が夕暮れの空に溶けていく。

 

 俺は思わず馬車から身を乗り出して、目を輝かせた。

 

「すげぇ町だな!」

 

 カースナー領の市街地も住民が多くかなり賑わうが、それとは毛色が違う。

 色も、音も、匂いも、すべてが濃い。

 知らない世界が、目の前で息づいている。

 

「見てみろシルヴィア! 珍しいものが沢山あるぞ!」

 

 つい興奮気味にシルヴィアの肩を揺すってしまったが、彼女の反応は芳(かんば)しくなかった。

 

「私は、元々王都に住んでいたので……。結構、見慣れた物が多いですね……」

 

 屋敷を出た時より益々沈んだ表情でそう言った。

 

「ああ、そう……」

 

 もうちょっと一緒に楽しんでくれても良くなぁい?

 

 冷や水を浴びた気分になって、俺もすっかり落ち着いてしまうのであった。

 

 

 その日の宿、宿屋『銀の鹿亭』の前に馬車を停める。

 恰幅の良い主人がエプロンをはたきながら店から出てくると、馬車の家紋を見て背筋をピーンッと伸ばした。

 

「こ、これはこれは、カースナー公爵家の御一行様! まさか本日は当店に?」

「ああ。一泊世話になりたい。部屋は空いているか?」

 

 父が威厳たっぷりの顔で主人と話し出した。

 さっきまではショボクレた顔の情けないオッサンだったのに。

 

「もちろんでございます! ようこそ銀の鹿亭へ! 本日は当店最高級のおもてなしをさせていただきます!」

 

 その主人の声に、周囲の視線がこちらに集まるのを感じた。

 公爵家の紋章が入った馬車と、俺たちの旅装。

 それをみて「ほう」と物珍しそうに息を吐く人々。

 初めての土地で、俺は自分がよそ者であることを実感していた。

 でも、それがなんだか嬉しかった。

 

 うおおおおおお!

 いきなり二日も掛かる長旅なんてクソ怠いと思ってたけど、こういうのも悪くねぇなぁ!

 せっかく異世界に来たんだから、やっぱ旅をするってのも楽しいもんだ!

 

「そのうち、世界を巡る旅に出るってのも良いかもなぁ」

 

 つい漏れ出てしまった俺の呟きに、それを聞いたシルヴィアが小さく肩を震わせていた。

 

 

 ◆ シルヴィア

 

 今朝、ベルベット様が王都に行くと決まった時、私はその場で眩暈(めまい)を起こしてしまうほど動揺した。

 しかも、王都へ行く目的は彼女の婚約者と顔合わせをする為だという。

 

 もしもベルベット様が婚約者になるという第一王子を気に入って、そのまま王都に暮らすと言い出したらどうしよう?

 

 彼女に付いて行かなければ、私はそのまま捨てられてしまうのではないかという不安に搔き立てられた。

 ベルベット様が私を簡単に捨ててしまうはずない。

 そう思うのに、一度悪い想像をしてしまった私は恐怖に押しつぶされそうだった。

 

 本当は、王都になんて行きたくない。

 あの場所に行けば、嫌でも色々なことを思い出す。

 

 奴隷になった後のことよりも、奴隷になる以前の平穏な日々を思い出してしまう方が、私はずっとずっと嫌だった。もう絶対に戻ることのできないあの日常。夢で見るたび、今でも涙が出てしまう。

 お父さんも、お母さんも、とっくに死んだ。

 私の手から零れ落ち、跡形もなく失われた。

 

 それでも私はベルベット様に救われ、今は新たな幸せを掴んだ。

 ククルゥは死んだ。

 私が■した。

 私はシルヴィアだ。

 そう決めた。

 

 なのに、ふとした瞬間にアイツが私の頭の中で泣き声を上げる。

 その度に■して、私はシルヴィアに戻る。

 ククルゥなんて要らない子なんだから。

 

 だから――、

 ■ね■ね■ね■ね■ね■ね。

 

 それでも、どうしても、両親の優しい声が、私の頭にこびりついて離れない。

 

 私を勝手に置いて行ったくせに。

 

 あんな人たちは、もう私の人生には必要ない。

 

 私には、ベルベット様だけで良い。

 

 ベルベット様だけが(・)良い。

 

 だからもう記憶の蓋が開かないように、

 王都の生活は今の平穏で塗りつぶして、

 削り出して、

 叩き潰して、

 消し飛ばして――。

 

 全部全部全部全部。

 ベルベット様で、埋め尽くしたい。

 

 ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様ベルベット様――。

 

 王都に嫁ぐなんて絶対に嫌だ。

 絶対にダメ。

 

 公爵家内では使用人として受け入れられつつあるけれど、奴隷という立場の私は王宮にまではついて行けないだろう。

 

 そうしたら、私はどうなるの?

 また、置いて行かれちゃう。

 

 私を置いてどこかへ行ってしまうくらいなら、いっそのこと■してくれれば良いのに。

 あのとき、見捨ててくれたら良かったのに。

 

 もう置いて行かれるのは嫌だ。

 

「そのうち、世界を巡る旅に出るってのも良いかもなぁ」

 

 何気ない彼女のその言葉が、私をひどく誘惑した。

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