TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい   作:真嶋青

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16. 踏んだり蹴ったり

「んで? いい加減に何か言ってもらえませんかねぇ?」

 

 もはや懐かしいと感じる体育座り。

 シルヴィアが微動だにせず座っている。

 膝を抱え、何を考えているのかよくわからない無表情で俺をジッと見つめていた。

 

 あの頃よりずっと大きくなったシルヴィアは、

 けれど、あの頃と変わらずそこに居たのだ。

 俺には、目の前の彼女と二重になって、

 出会ったばかりの野良猫が見えた。

 

 誰かの温もりを求め、けれど自分に触れる者を拒絶する天邪鬼(あまのじゃく)。

 

「なんか言えよ、シルヴィア」

「…………」

 

 せっかく話を聞いてやるつもりでいたのに、

 これでは時間が無駄に過ぎていくだけだ。

 

 もう一時間くらいは見つめ合っている。

 意味のない冷戦状態。

 あと数時間もすれば日が暮れる。

 

「このままこんな場所で時間を潰す気か? 夜になったらどうする? お前、野営する準備なんてしてきたのか?」

 

 俺を運ぶので精一杯の彼女に、

 そんなことできるわけない。

 わかっていて聞いた。

 

「夜は……この辺りの住民に宿代を払って泊めてもらいます」

「なら今から交渉をしに行くべきだな。ただ、手足を縛った女児を連れた奴を快く泊めてくれる住民は、たぶんまともじゃないぞ」

 

 どう考えても事件の香りしかしない。

 

「…………」

「旅に出るのは別にいい。だが、俺はお先真っ暗な旅なんてしたくない」

「計画を立てる余裕はなかったので……」

「計画的な旅じゃなくたっていい。ただ楽しくやろうぜって話だ」

 

 俺が喋れば喋るだけ、シルヴィアの表情が暗くなる。

 また黙り込むのかと思ったが、彼女が遂に自分から口を開いた。

 

「…………嘘」

「あ? 嘘だって? 何が?」

「ベルベット様は、私と旅をする気なんてないくせに」

「はぁ? あるよ。あるある」

 

 嘘じゃない。

 公爵令嬢という立場に旨味を感じていたが、

 政略結婚させられるとなれば話は別だ。

 もう自由を誰かに奪われる気なんてない。

 王族との婚約なんて面倒事の気配しかないしな。

 

 そんなことになるくらいなら、家族には悪いが家を捨てて放浪の旅に出たって良いと本気で思っている。

 旅に出てみたいという言葉は勢いで口走ったものだったが、考えれば考えるほど魅力的に感じているほどだ。

 手足を縛られてさえいなければ。

 

「本当は、私を置いて王都へ行こうとしてるんでしょ? 王子様と結婚して、私のことは捨てちゃうんだ……」

 

 いつの間にかシルヴィアの声は震えていて、嗚咽を押し殺す苦しそうな息を漏らした。

 

「ああ……そういうことか」

 

 何をそんなに不安になっているのかと思ったが、結局のところ彼女は過去のトラウマに縛られているだけだ。

 

 まあ、そう簡単に割り切れるもんじゃないよな。

 だからこそのトラウマだ。

 俺だって――いや、止めよう。

 

「そんなに俺に置いて行かれるのは怖いか?」

「独りになるのは、もう嫌です」

「そうか。そうだよな。独りきりは寂しいもんなぁ」

「そんなわかった風に言わないで。アナタは本当の意味で独りになったことなんてない。私の気持ちはわからないよ……」

 

 シルヴィアの言葉が砕けた。

 あるいは、今の彼女はシ(・)ル(・)ヴ(・)ィ(・)ア(・)ではないのかもしれない。

 

「いいや。わかるぜク(・)ク(・)ル(・)ゥ(・)。俺も、お前と同じ孤独を知っている」

 

 瞬間、目の前の少女の目から光が消え去った。

 ゆらりと立ち上がり、彼女はナイフを持って俺を見下ろす。

 

「ククルゥじゃないよ。シルヴィアだよ」

 

 幼い声でそう呟く。

 やはり、そこに俺が知るシルヴィアという使用人はいなかった。

 

 いいや違う。

 そもそも、シルヴィアなんて居ないのだ。

 

「シルヴィアは俺がテキトーに付けた渾名だろ? お前はククルゥだ。たとえ名前を変えようが、綺麗な仮面を被ろうが、ククルゥにしかなれねぇんだよ」

「アナタが……! ベルベット様が、私をシルヴィアにしたくせにっっ!」

 

 力を籠めすぎて震えるほどにナイフを強く握りしめる。

 そして、彼女はそれを振り上げた。

 

 俺は身じろぎひとつせず――顔の真横をナイフが通り過ぎ、背後の木に刺さる。

 

 大丈夫。

 わかってた。

 お前は俺を刺す気なんてない。

 

「俺は……シルヴィアという名で、お前を縛る気なんて毛頭なかった。いつでも捨てていい名前だと思っていたよ」

「そんなの……今さら!」

 

 ボロボロと涙を流し、顔がぶつかりそうな距離で小さく叫ぶ。

 

 無責任な言葉だろう。

 俺にその気がなくても、彼女にとってシルヴィアが特別な名前になっていることは知っていた。

 

 彼女はシルヴィアになろうとしていた。

 そして、完璧にそれを成し遂げるために彼女はククルゥを消す必要があるとまで考えたのだろう。バカ真面目というか、完璧主義なところがあるシルヴィアらしいと言えばらしいのか。

 あるいは、彼女が今という時間を生きるために過去を忘れ去りたいと強く願ったのかもしれない。達観して見えはするが、俺と違ってシルヴィアは転生者でも何でもない、十歳そこらの普通の子供だ。

 新たな名を与えられ、まったく新しい環境で生きていくことは、確実に彼女にストレスを与えていたのだと今さらながらに思い知らされる。

 表面上は楽しそうにしているだとか、そういうのじゃない。

 人間らしい家族との営みがなく、俺の使用人――下僕として生き続ける。

 ただの平民の少女が、カースナー公爵家の長女ベルベット・カースナーに仕える忠臣を演じ続ける。

 そら疲れるよなぁ。

 

 何にしても、俺は彼女にククルゥを殺させた。

 たぶん、それが事実だ。

 

 でも――知ったこっちゃない。

 

 だって、俺は悪党だから。

 

「どれだけ逃げたって、お前はお前自身から逃れることはできないんだぜ? 本当は、お前が一番わかってるんだろ? ククルゥちゃんよぉ?」

 

 そして、俺は縛られたままの両足でシルヴィアを蹴り飛ばした。

 

「あぐっ!?」

 

 すかさず真横に突き刺さるナイフで両手を縛る縄を斬る。

 それからナイフを回収して、パパッと足の縄も斬り落とした。

 

「ゲホッ……ゴホッ……」

 

 シルヴィアが苦しそうに身を丸めてせき込む。

 血は吐いていない。

 内臓は大丈夫そうだ。

 骨もたぶんセーフだろ。

 

「やれやれ。やっとこれで自由に動ける……」

 

 苦しそうにするシルヴィアの懐をまさぐって、俺は彼女が持つパンパンに膨れた巾着袋を奪い取った。

 

 奪ったというより、『取り戻した』が正しい言葉だろうが。

 元は公爵家の金なのだから。

 シルヴィアは管理を任されていたお金を盗んだだけだ。

 

 ふてぇヤロウだよ本当に。

 

「……うっ……ぐすっ……」

 

 嗚咽を漏らし、やがて「うわぁぁん」と子供らしい泣き声を上げ、シルヴィアが地面の上で丸くなる。

 

「泣きたいのはこっちだっての。いきなり睡眠薬盛られて誘拐なんぞしやがって。わかってんのかテメェ? これ、普通に死罪になるレベルだぞ」

 

 誘拐だけでなく、大金を盗んだ窃盗罪。

 俺にナイフを向けた脅迫罪。

 トータル三回は死ねる罪を犯している。

 

「捨てないでよ……。置いてかないでよ……。私を…………独りにしないで……」

 

 そう言う彼女は、決して俺を見ない。

 言葉とは裏腹に、俺を拒絶するように自分の身を両手で抱いて、他の何者をも寄せ付けまいとしていた。

 

 

 ああ、めんどくせぇ。

 

 ホント、めんどくせぇ……。

 

 どう声を掛けるべきか考えて、結局俺は何も思いつかない。

 だから、ただ彼女の隣に座り直した。

 

 彼女が泣き止むまで。

 ただ、ずっと。

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 日が傾き、林の中に落ちる影が長く伸びていく。

 シルヴィアの泣き声は少しずつ小さくなり、

 今はヒック、ヒックとしゃくり上げる音だけが、

 静かな空間に響いていた。

 

 俺は何も言わず、

 ただ膝を抱えて座る彼女の隣で、

 ぼんやりと赤く染まりゆく空を眺めている。

 

 慰めの言葉なんて、俺の柄じゃない。

 それに、下手に優しい言葉をかければ、

 また変に拗らせるに決まっている。

 だから、ただ熱が冷めるのを待つしかなかった。

 

 そんな、少しだけ冷え込んできた夕暮れの静寂を破ったのは――。

 

「ゲハハハッ! おいおい、まさかこんな山中で、ガキ二人がピクニックたぁ恐れ入るぜ!」

 

 木々の向こうから、下品で濁った声が響いた。

 

 ガサガサと草葉を掻き分け、姿を現したのは五人の男たち。

 薄汚れた革鎧、手入れの行き届いていない長剣や斧。顔には大きな傷跡があり、その目は隠しきれないゲスな欲望で濁りきっている。

 

 一目でわかる。

 その辺の街道を荒らし回っている破落戸(ならずもの)だ。

 

「おいおい。なんか今日は踏んだり蹴ったりだな……」

 

 俺は、溜息を吐いてナイフを握る手に力を込めた。

 

「はっ! アイツの言ってた通りだ! 銀髪の上玉! しかも、もう一人いるじゃねぇか!」

「こっちも売れば高くなるんじゃねぇか!?」

「へへへ……より取り見取りだ。ツイてるぜ、頭!」

「ああ。これで暫くは遊んで暮らせる」

 

 男たちがこちらへゾロゾロとやってくる。

 

「しかし、こりゃあどういう状況だぁ?」

「おいおい、泣いちまって可哀想に」

「迷子かぁ? 俺たちが道案内してやるよ! ギャハハハ!」

 

 ギラギラした目で俺とシルヴィアを値踏みする。

 皮鎧を着た無精ひげの男が俺の前にしゃがみこんで、俺の顎を掴んだ。

 

「なんだよガキ? ボーッとした顔しやがって? ビビッて目を開けたまま気を失っちまったっか?」

 

 男は顔を近づけて、俺を怖がらせようと嗜虐的な笑顔で威圧する。

 

「はっ、こんな眼帯なんて付けやがって。もしかして傷物か? しっかりその顔見せてみろや」

 

 そう言って俺の眼帯を剥いた男は、その場で「おっ?」と間抜けな声を漏らして固まってしまう。

 

 まるで、鎖で全身を縛られたように。

 

「口がクセェ」

 

 それだけ言って男の顎をナイフで貫いた。

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