◆ ハリベル
綺麗な赤髪の少女だった。
酒場で聞いた情報にはなかった、もう一人の子供。
銀髪の少女に護衛がいたなら面倒だったが、ガキがひとり増えたところでなんてことはない。
むしろ、売り物が増えて運がよかった。
そんな風に思っていた。
だが——。
「口がクセェ」
ため息交じりの声と同時、
前触れもなく手下の首元から血が噴き出した。
さらに一太刀。
少女が横薙ぎにナイフを振ると、
ポトリと手下の頭が落ちる。
コロコロと頭が転がり、その顔と目が合う。
何が起きたのかわからないといった表情で、キョトンとしていた。
まだ自分が死んだことに気づいていないのだろう。
「人攫いならさっき経験したばかりでな。一日に二度は勘弁だ」
赤髪は、誰に向けて言っているのかわからない調子で呟く。
もしかすると、ただの独り言だったのかもしれない。
その声には、気怠さと苛立ちがあった。
血しぶきを浴びるその姿から、人間らしさは感じられない。
俺が思ったことは、こうだ。
マズい。
怪物の尾を踏んだ。
死んだ手下の顔を見た瞬間、
俺の本能が危険信号を発していた。
迷いのない刺突。
あまりにも鮮やかなナイフ
人ひとりを殺したとは思えない落ち着き様。
人を殺した経験が他にもあるのだろう。
あの若さで?
まともな人間じゃねぇ。
いや、そもそもあれは人なのか?
女だとか、子供だとかいう侮りは消えていた。
「こ、このガキ!? よくもやってくれたなぁ!」
手下のひとりが激昂して斧を振り上げる。
バカが。
お前は今、何を見てたんだ?
「グッ!? ……ゴゲッ!」
やはりその手下も斧を振り下ろすより先に、少女のナイフに切り刻まれ全身から鮮血を流すことになった。
だが、何かがおかしい。
奴は斧を振り上げたきり、振り下ろす手を止めていた。
それどころか、身体を切り刻まれた今も、糸で吊り下げられているかの如く斧を振り上げた姿勢のまま身体をピタリと止めている。
「どうなってやがる……?」
なんにしても異常だ。
逃げるか?
その選択肢が浮かんだ瞬間、
俺の判断は早かった。
「テメェら! 囲んでやっちまえ!」
手下どもをけしかける。
すると、威勢の良い声を上げて残る手下たちが赤髪のもとに殺到した。
それを確認して、俺は自分一人だけ手下たちとは真逆——林の奥へと走り出す。
じゃあな、お前ら。
いつか地獄で会おうぜ。
卑怯者と罵られようと構わない。
俺はいつだって弱者を
強者に背を向けて生きて来た。
それが俺の処世術だ。
手ごまが減るのは困るが、
自分の命が最優先。
手下はまた増やせばいい。
だが——。
「まぁ待て」
地を這うヘビのような
全身から汗が噴き出す。
う、動けねぇ……。
背後からゆっくりと歩み寄る足音が聞こえてくる。
子供の足だ。
俺が本気で走れば追いつけない。
そう思うのに、足が前に出なかった。
背後へ振り返ることすらできない。
クソッ、手下どもは何をしてやがる!
「手下を
可憐な見た目からは想像できない男まさりな喋り口。
そして、圧倒的な強者の風格。
外見とは何もかもがチグハグな存在。
やはり、人ではないのだろう。
あるいは、人に憑りつく怪異の類か。
最悪だ。
まさかこんな怪物と遭遇するとは。
頼む。
夢ならば醒めてくれ。
——グサッ。
「グッ!?」
太腿の裏に冷たい感触。
遅れて、焼けるような痛み。
ナイフで刺されたのだと悟った。
そして、これが夢ではないのだと、
その痛みが残酷な現実を俺に突きつける。
今にも膝から崩れ落ち、
のたうち回りたくなる痛みだ。
だが、俺の身体は自分の意思で動かすことができない。
何が起こってやがる!
——ザクッ、ザクッ、ザクッ。
「ぐぁぁぁぁ!?」
「こんだけ刺しとけば、もう走れはしねぇだろ」
さっきと同じ、右の太腿。
同じ場所を何度も何度も
痛みで気が狂いそうだった。
それから、俺の身体を縛り付けていた拘束感がフッと消えてなくなる。
途端に俺の体は地に崩れ落ちた。
「クゾォッ……チクショウ! なんなんだよぉ!」
悶え苦しみ、悪態を吐く。
そして、振り向いた先の光景を見て、俺はその場で股間を濡らした。
立ったまま、首が落ちた死体が並んでいる。
「すげぇだろ? 俺の能力に掛かった状態で死ぬと、死んだ後も動けないらしいぞ」
ハハハと笑うバケモノ。
「ハハッ……ハハハッ。ハハハハハ」
違う。
笑っているのは少女ではない。
俺だ。
「あれ? 壊れちゃった……。おいおい、しっかりしてくれよ。まだ色々と試してみたいことがあるんだ」
俺の人生はここで終わる。
わけもわからずに。
そして俺は、初めて絶望という言葉の本当の意味を知った。
そういえば、ずっと昔に田舎の両親から聞かされたことがあった。
山には祟り神がいる。
だから、不用意に山へ足を踏み入れてはならないのだと。
「もう少しだけ頑張って、俺の実験に付き合ってくれ。そうしたら、生きて帰れるかもしれないぞ?」
少女の形をした祟り神。
その気まぐれがどう転ぶのか、
俺はやはり笑って嘆くことしかできなかった。
◆ ベルベット
「オッサン、もっと仲間いねぇのかよ?」
「い、いない……いません!」
「ホントかなぁ? 俺、噓を吐かれるのが一番嫌いなんだよ。あとから仲間が来て俺に奇襲を仕掛けるとかあったら——」
「し、しんじでぐれよぉ……う、ぐぅっ……」
いい歳のオジサンがガチ泣きしている。
そんなに怖がることないだろうに。
まだちょっと足を刺しただけだ。
「なんだよ、これまでお前だって散々弱い者虐めして愉しんでたんだろ? もっとシャキッとせんかい! おん?」
ぺチンと軽く頬を叩く。
「すみませんでした! もう悪いことしません! 改心して真っ当な人間になります! だから……」
「改心だぁ? 俺の目を見てもう一回言ってみろや?」
付け直していた眼帯をペロッと捲って至近距離で目を合わせる。
「ヒュッ」
ガタガタ小刻みに全身を震わせ、顔を青白くさせた。
やがて口から、コッ、とかカッとか息を詰まらせる音を漏らして動かなくなっていく。
どうやらさっきよりも魔眼の効果が強くなっているらしい。
右目を閉じて眼帯を付け直す。
「ゴフッ……ハァハァ……」
それから傷顔の男はギャン泣きして会話ができなくなった。
シルヴィアと俺をこの農村地帯まで運んだ御者は、この辺りで活動していた盗賊団(?)の仲間だったらしい。
大きな組織ではなく、数人で構成される小さなグループ。
盗賊団なんて大したものではなく、
御者があっさりとシルヴィアとの約束を破って、彼女の存在を仲間にチクった結果、彼らは
団体さん、いらっしゃ~い。
彼らには俺の憂さ晴らしのついでに〘鎖の魔眼〙の効力を試す実験体になってもらった。
運が悪かったな。
不運の星の下に生まれた自分自身を呪ってくれ。
そんなわけで、
どの程度の距離まで効力があるのか、
一度に何人まで縛ることができるのか、
エリガド爺さんから聞いた話だけではわからなかったことを試した。
まず、わかったこととして、
相手が遠くなるほどに魔眼の効きは悪くなる。
そもそもこの魔眼によって縛ることができる対象は、『魔眼の発動者(つまり俺)に魅了されている相手』であるらしいので、距離が近くて俺に意識を割くリソースが高いほど術中にハマりやすいという話なのかもしれない。
ちなみに『魅了されている』という条件なのだが、かなり抽象的で俺自身も判断基準に困っている。
とりあえず、俺に対して明確に好意を持っている必要はないのだと思う。
でなければ初対面の
欲望、色情、恐怖、怒り。
俺に対して何かしらの感情を抱いた時点で効果対象。
さらに強い思いを抱くほど、効力が上がる。
我ながら、なんと厄介な力だ。
自分で言うのもなんだが、今世の俺は可愛い。
成長したら恐ろしく美人になるだろう。
それは見目の良い両親からして約束された未来だ。
そういう意味でも、能力との相性が驚異的に高い。
「魔眼の効力を上げるために、今後は女磨きに力を入れてもいいかもしれないなぁ。乳がデカくなれば男どもは簡単に食いつくだろ」
俺も男だったからわかる。
男はおっぱいの魅力から逃れることはできない。
なんなら女になった今でもシルヴィアの乳に自然と目が行っていることが多い。
人間というのは遺伝子レベルでおっぱいに吸い寄せられる何かを持っているのだろう。
知らんけど。
「今後は豊乳育成に励むか……。どうやったら育つのか知らないけど」
何だっけ?
イソフラボン?
豆を食えばいいのか?
あとで母やシルヴィアに何を食って育ったのか聞いてみるのも悪くないな。
偉大なる先人の知恵を賜るとしよう。
閑話休題。
鎖の魔眼の効力だが、人数はとりあえず3人くらいまで同時に縛り付けることができた。
ただし、俺が対象の姿をしっかり認識できていないと効果が薄くなる。
おそらく、
『視界に写っているけど、ちゃんとは見ていない』
みたいな状態だと、魔眼の効きは薄い。
高い所から百人とか大勢を見下ろしても、あまり効果はないだろう。
ちょっと体を動かしづらいと感じさせることはできるかもしれないが。
「まあ、今日のところはこんなもんか」
予想外の襲撃ではあったが、思わぬ収穫もあって大変満足。
良い運動をして、モヤッていた頭もすっきりした。
「さて、シルヴィア。そろそろこの場所からずらかるぞ」
後ろへ振りむくと、木陰から湿度の高いジトッとした目で俺を見るシルヴィアがいる。
しばらく前から俺に声を掛けるでもなく半径五メートル圏内くらいをウロウロしていた。
「…………」
返事はない。
ただのストーカーのようだ。
これ以上、俺から離れる気も、近づく気もない。
そんな意思を強く感じる。
「はぁ……。いつまでも不貞腐れやがって……」
しかし、これからどうしようかな。
遠くに見える人家の方に行って家に泊めてもらうことも考えたけど、散々返り血を浴びて汚れた俺の姿を見たら絶対騒ぎになる。
あわやこのまま野宿になるかと考えていたところで、
「お願いします神様、ボクを、ボクをたちけてぇ……」
俺の足に縋りつくオッサン。
もうプライドも何もあったもんじゃないのだろう。
スーパーでママにお菓子をおねだりする子供みたいになっている。
ピーピー泣いてる声が
うるさいから殺してしまうかと思ったところで、俺のパーフェクトブレインが閃いた。
「なぁ、オッサン? お前、アジトとか持ってないの?」
「はぇ……?」
そして俺は、本日のお宿を決めるのだった。