TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい   作:真嶋青

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04. 我が名にひれ伏せ

 問いかけに反応した銀髪の少女が、少しだけ顔を上げて目線を俺に向けた。

 

「こんなとこで死ぬくらいなら、お前を虐げた奴らに少しでも復讐してやろうとか思わないのか?」

 

 そう口にして、自分が何に苛立っているのか理解する。

 

 ——コイツを見ていると、前世の自分を見ているような気持ちにさせられる。

 

 自分の身に降りかかった不幸を嘆き、嘆き疲れて生きる意味すら分からなくなっている。

 

 財産を失って、

 体を病に侵されて、

 無力に打ちひしがれた。

 

 自分の何が悪かったのか、

 どうしてこんなことになってしまったのか、

 過去を振り返り自分の下らない過ちに気づいた頃にはもう手遅れ。

 憎い奴らに復讐しようにも弱った身体で出来ることなどなく、ただ死を待つ身になっていた。

 

 なんで、どうしてそんなことになるまで自分の愚かさに気づかない。

 もっと早く間違いに気づいていれば、真っ当な生活に戻れたかもしれないのに。

 

 嗚呼、でも、でもだ。

 目の前の少女はかつてのバカな俺とは違う。

 きっと自らの過ちでこんな場所に辿り着いたわけではない。

 

「親の借金か? お前の親はどこにいる?」

 

 自分の子供をこんなクソみたいな場所にまで道連れにしたクズ親へ文句を言ってやろう。怒りに任せてそんな浅はかなことを考えた。

 それが、少女にとって残酷すぎる問いになるとも知らずに。

 

「……」

「なんか言えよ」

「…………死んだ」

 

 銀髪は涙を流すでもなく淡々と言った。

 もう流す涙など枯れ果てたと、

 その虚ろな目が語っている。

 

 俺は、息を呑んで「そうか」とだけ答えた。

 

 安っぽい同情なんて向けるな。

 こんなガキのことなんて知ったこっちゃない。

 俺はこんな奴に手を差し伸べない。

 

 

 

 

「おい、そこの豚。あの檻の中にいる銀髪の奴隷を外に出せ」

「ぶ、豚……!? お、お嬢様、私には一応ダールトンという名がありましてな」

「知らん。いいからあの小娘を寄越せ」

 

 俺は険しい顔を突き合わせていたダールトンと父の会話を遮って要求を突きつける。

 

「こ、こらこらベルベット。今は大切な仕事の途中なんだ。大人しく見学をしていなさい」

「どうせこの商館の杜撰(ずさん)な管理体制に対する注意勧告が目的の視察でしょう? お父様、こんなクソ業者に気を使ってやることはないのです」

 

 俺は思うまま言葉を叩きつける。

 

「豚、お前、このままだと商館ごと破滅することになるぞ?」

 

 途端にオッサン二人がギョッとする。

 ダールトンの方は顔を赤くして怒りの感情を漏らした。だが、すぐに笑みを浮かべてそれを誤魔化す。意外にも器用なもので、この豚は狸にもなれるらしい。

 人を化かし、地獄に堕とす悪い狸だ。

 

 つまるところ、俺が大嫌いなクソ野郎だ。

 

「この私が、破滅? はっはっは……お嬢様、どうしてそのようなことを? あなた様はまだお若い故に知らぬことかもしれませんが、このダールトンはカースナー領、ひいてはヴァルトハイム王国屈指の奴隷商会を切り盛りする大商会長なのです。そう易々と破滅など……」

 

 ダールトンは口だけで笑っている。

 その目は「世間知らずなガキだ」と俺を見下していた。

 

「お前、自分がどれだけ重篤な違法行為を働いているのか理解していないのか?」

「はて? なんのことを仰っているのか、私にはさっぱり……」

「ヴァルトハイム王国奴隷法、第十四条。奴隷所有者は、隷属者に対して最低限の住居と、1日2食以上の食事を提供する義務を負う。さらに第十九条、正当な理由のない身体的虐待の禁止。お前の商館の実態は、法律の条文を端から便紙代わりにして尻を拭いているに等しい」

「なるほどなるほど……いやはや、お嬢様は勤勉な方なのですな。その年で奴隷法の勉強をしておられるとは。カースナー公爵、あなた様の御息女は実に聡明だ!」

 

 微笑みをたずさえ拍手までするクソ狸だが、その内心は透けて見える。

 

「……ベルベット。お前は後ろで控えて居なさい。今は子供の遊びの時間ではない」

 

 父も珍しく厳しい目を俺に向けた。

 だが、その程度で黙ってやる気はない。

 

「豚、お前の言い分はわかっている。最低限の住居ならここにある、食事も最低限の2食を提供している。体中にある傷は、正当な指導を目的としてできたものだ。そうだろう?」

 

 条文にある最(・)低(・)限(・)という言葉の曖昧さを突いた簡単な言い訳だ。

 たとえ商館の檻の中であろうと、雨風が凌げて眠ることはできる。

 これを最低限の住居と言わずなんとする?

 どれだけ少なかろうが、現に生きるだけの食事は出ている。

 死ぬことがあってもそれは餓死が原因とは限らない。

 きっと運悪く流行り病にでもかかったのだ。

 鞭を打つのは虐待じゃない。

 これはただの教育だ。

 

 下らない言い訳だが、現状の法律では裁くことができない。

 

 だからどうした?

 法で裁けないなら、俺が手を下す。

 そのための権力であり、暴力だ。

 

「公爵家を舐めるなよ豚。カースナー公爵領内で法を犯すということは、我が家、ひいては拝領下さった王家への冒涜を意味する。王国屈指の奴隷商会だかなんだか知らんが、俺たちがその気になればお前なんて息を吹きかけるだけで飛ぶ命だぞ」

「なん……だと?」

 

 ついにダールトンの化けの皮が剥がれる。

 眉間に皺を寄せ、目を血走らせた。

 

「もういいベルベット! お前は外に出ていろ!」

 

 公務の邪魔をされた父も珍しく怒鳴り声を上げたが、俺は気にしない。

 むしろ俺の方が父を叱ってやりたいところだ。

 

「お父様。このような悪徳業者の下手に出てどうするのです? カースナー公爵家の名が泣きますよ」

「ダ、ダールトンの商会は領内に大きな利益をもたらしている。彼は我々にとっても大切な……」

「下らない建前で誤魔化さないでくださいよ。本当のところは、この豚の背後にいる裏社会の組織か何かにビビっているだけでしょう?」

「なっっ!?」

 

 父が見開いて驚く。

 

「この豚を刺激すれば、背後にいる裏組織が領内で報復テロを起こすか、俺たち家族に危害を加えにやってくるってところですか?」

「……っ! ベルベット、お前、いったいどこでそんなことを……」

「ただの予想です。公爵ともあろう人が、領民の安全を盾に取られて身動きが取れなくなるなんて、馬鹿げています」

 

 愛妻家で子煩悩なこの父のことだ、特に俺や母に毒手が届くことを考えると強く出られないのだろう。

 だから、父はこれまでこの惨状を見過ごすしかなかった。

 

 だがおそらく、父が強く出られないのを良いことに、このクソ豚は裏でもっと非合法な事もしているに違いあるまい。

 それに気づいた父も釘を刺そうと視察の名目でやってきたのだろうが、このダールトンとかいう男は人の弱みを見過ごす人間じゃない。俺はこういう奴を良く知っている。

 自分に強く出られないとみるや、とことんまで好き放題される未来が俺の目には見えていた。

 

 

「こ、子供のくせに……! 公爵家のお嬢様だからって、適当なことを抜かすな! 誰のおかげでこの領地が潤っていると思って……っ!」

「ほら、こいつは甘い顔をしている内にどんどん手が付けられなくなりますよ。こういう手合いは、増長し、余計な力を付けようとする。だから、その前に叩き潰すべきだ。こうやってね」

 

 俺はおもむろに豚の腹を蹴り飛ばす。

 

「ぐぼぉっ!?」

 

 ダールトンは嘘みたいに軽く吹っ飛び、壁に激突した。

 

 ホントにすげーな、この肉体……。

 

 自分の性能に驚きつつも、俺はゆっくりと豚が蹲る前まで歩み寄る。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ! だ、誰か! 誰か出てこい! 私を守れ!」

 

 頭から血を流しながらダールトンが、用心棒を呼びつける。

 

 途端、筋骨隆々の巨漢が三人。

 奴らは腰の剣に手をかけながら俺を取り囲むように迫ってきた。

 

 公爵家の護衛たちも殺気を放ち、

 前に出ようとするが、俺はそれを手で制す。

 

「下がっていろ。……こいつらは俺が直々に躾けてやる」

「し、しかしっ!」

「良いから良いから」

 

 言いながら護衛が手を掛けていた剣をしれっと奪い取る。

 遅れて護衛が「えっ?」と声を漏らし、剣を抜かれたことに気づいた。

 俺は手をひらひらさせ気にするなと伝える。

 

 そして、前に軽くステップを踏んだ。

 

「ちょいとお痛が過ぎたぜガキ!」

 

 男が俺の胸ぐらを掴もうと、丸太のような太い腕を伸ばすが――

 

 遅い。あまりにも遅すぎる。

 エルガーの踏み込みは、そんな生易しくないぞ。

 

 彼の雷光のような突進と、疾風を思わせる剣閃を思い出す。

 

 こうやって。

 こう。

 

 ポロッと、俺に伸ばされた男の手が半ばから落ちる。

 

「あぇぇ?」

 

 斬られた痛みを覚える暇すらなかったのか、右腕を失った男は間抜けな声で不思議そうにしていた。

 

「良いのか? そんなことしていて?」

 

 ぼさっと突っ立っている男に忠告をしてやる。

 俺は、さらに踏み込むと足を跳ね上げた。

 狙いは、男の鳩尾。

 

「ゲバァァッ!?」

 

 骨と内臓を粉砕する不快な感触。

 巨漢は、カエルが潰れたような悲鳴を上げながら宙を舞い、天井に頭が突き刺さった。

 そのままぷらんぷらんと身体をぶら下げる。

 

「「「……は?」」」

 

 その場の全員が、呆然と立ち尽くす。

 呼び出された残りの用心棒すらアホみたいな顔で天井の仲間を見上げていた。

 その隙を逃す俺ではない。

 

 地面を蹴り、一瞬で懐へと潜り込む。

 膝関節に容赦のない蹴りを叩き込み、体勢が崩れて落ちて来た顎を拳で粉砕。

 ついでに顔面へもう一発膝蹴りを入れて昏倒させる。

 そして、最後に残ったひとりが職務放棄して逃げ出そうとしたところで、

 

「おい、さっきまでの威勢はどうしたんだボンクラ?」

 

 その背中を追い、力いっぱい蹴り飛ばしてやった。

 足の裏で固いナニカがボキッと砕ける。

 

「ガハッ……! あ、あぁ……」

 

 崩れ落ちた大男たちがバタバタと床で悶える。

 わずか数秒の出来事だった。

 

「ひっ、ひぃぃぃぃぃっ! ば、化け物……っ!」

 

 ダールトンは腰を抜かし、床に黄色い染みを作りながら後ずさっている。

 俺は剣を振って血を落とし、笑みを浮かべて豚を見下ろした。

 

 気に食わないゴミを見下ろすのが、

 これほどに気持ちが良いとは……。

 これは、やめられそうにないな。

 

 さて、仕上げといこう。

 

 こういう時は、決め台詞でも吐くのが礼儀というやつか?

 

「俺の名をその肥え太った腹と胸によく刻んでおけ。俺はベルベット・カースナー。この世界を制する最凶の悪党になる女だ」

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