奴隷商館で一悶着あった翌朝。
俺は面倒な課題に直面していた。
「それで、ベルベット。アナタが連れて来たあの娘はどうするつもりなのかしら?」
「あ~、えっと、ウチのメイドにするとか?」
「あんな野良猫みたいな子、どうやってメイドとして仕事をさせるのよ」
「ウチの使用人に教育させたらどうにかなったり――」
「使用人たちは暇じゃないの。それぞれ毎日の仕事があるのよ。見ず知らずの子供のお
「まったくもって正論です……」
俺は今、我が母であるリグレット・カースナー公爵夫人にお説教をされている最中である。
バインとボリュームのある胸を強調するように腕組みする母は、仁王立ちで萎縮する俺を見下ろしていた。
人のことを言えた義理じゃないが、母の真紅の髪は人を威圧する凶猛さを感じさせる。
厳しさを讃えた強く美しい
尻に敷かれたい男などは一撃でズキュンとハートを射抜かれるのだろうが、そんな男は家庭内じゃ威厳の欠片もない情けない奴に違いあるまい。
……アンタのことだぞ、親父殿。
隣で正座をしている父の様子をチラリと目だけで伺う。
一緒に居ながら俺が奴隷を引き取ることを止めなかったということで、父も同罪とされた。
それでも本当に公爵様かよ。
もっと亭主関白な感じでビシッと言って解決してくれ。
なんなら、ちょっとデレデレしてるし。
アンタどんだけ嫁さんのこと好きなんだよ。
リア充が、爆発しろ!
なんて、そんな悪態を吐いてる余裕はない。
議題は俺が気まぐれで拾ってきた野良猫、もとい銀髪の奴隷の処遇について。
その場のノリと勢いだけで俺が勝手に奴隷を連れて来たと知った母はカンカンに怒っている。
早く母が納得する答えを探さねば……。
「あっ、そうだ。俺の側付きって扱いで、とりあえず身の回りの片付けとかさせとけばいいんじゃ?」
「アナタの側付きにはもうアンリエットがいるじゃないの」
「アンリエットはもう高齢だし、そのうち後継者とか欲しいんじゃないですかね? 今から後継者を育てると思えば、丁度良いでしょう」
ムムッと母の顔に思案の色が浮かぶ。
だが、それはすぐに首を振って霧散された。
「たしかにアンリエットの後継はいずれ必要よ。でも、まさか公爵令嬢であるアナタの側付きを奴隷にさせるわけにはいかないでしょう。それも、言っては可哀そうだけれど、あんな教養のなさそうな子、絶対にダメよ。未熟な使用人を連れていれば、アナタ自身の評判を落とすことにもなるんですから」
「俺は別に気にしないけど……」
「は?」
「すみませんでしたっ!」
俺は反射的に土下座をしていた。
「そうよね? あなたが、延いてはカースナー公爵家の名が侮られることを良しとしていいはずがないわよね?」
「ハハァッ! その通りにございます!」
チクショウ、俺は世界一の悪党になる女だぞ。
なんでこんなことに……。
でも、やっぱりママには勝てないよぉ……。
そんなわけで、俺は銀髪奴隷の扱いについて頭を悩ませることになった。
ヴァルトハイム王国の法律上、購入した奴隷には衣食住を提供しなければならない。
要するに、奴隷を買うということは、人を雇い入れ生活の面倒をみることと同義だ。
親の許可なしに勝手にそんな真似をすれば、そりゃあ子供は怒られる。
しかも連れて来たのが、ろくに働けそうもない小娘なら尚更だ。
あ~~、どうしたもんか。
教育しようと思ったら教育係の使用人をさらに雇うことになる。
ウチは公爵家だから、金がないわけじゃない。
ただし、それは領民から搾り取った税金だ。
拾った奴隷を育てるために使いますとは簡単に決められることじゃないだろう。
知ったこっちゃねぇ!
こちとら領主家や!
な~んて、短絡的なことをやって領民の反感を買うと、しっぺ返しが来るのは結局自分自身。
領民どもの気持ちなんぞ知ったこっちゃないが、バカをやって損をするのはアホらしい。
「人を雇わず、できるだけ金を掛けない方法……う~~~ん」
首を捻って一生懸命考えると、ようやくひとつの案が出てきた。
「俺が自分であの娘を側近に育てるってのはどうですか?」
「バカなのかしら? 奴隷を育てる公爵令嬢がどこにいるのよ」
「ここ」
自分を指差して笑うと、母の扇子が脳天に振り下ろされた。
バチンッ! と中々に良い音が鳴る。
「おバカ!」
「イッテェ!」
「自分のことを『俺』だなんて言ってみたり、男みたいにガサツな口調で喋ったり。挙句、ニチャニチャとブサイクな笑みを浮かべるようになって……。最近のベルベットは少し目に余るものがあると思っていたけれど、ちょっとこれは真剣に考える必要があるかもしれないわね」
母が、ほとほと呆れたと言わんばかりに額を押さえる。
可愛い娘になんてことをしやがるんだ。
俺の話はまだ途中だというのに……。
「聞いてくださいお母様。俺は公爵家の人間として、将来は人の上に立つ者になるはずです。そのために、武術も、勉学も、それなりに努力しています」
「ええ、あなたの努力はわたくしも認めています」
「ですが、それだけでは人を率いる能力は身に付かないでしょう」
「……続けなさい」
俺の言い分を否定するばかりだった母が、初めて耳を傾けた。
「ですので、あの奴隷を自分自身の側近とは言わずとも、使用人として育て上げる中で、人心を掌握し、人を導く能力を鍛えたいと思うのです」
まあ、今考え付いた適当な理由だけど。
しかし、我ながらそれっぽいことを言えたのではなかろうか。
現に母も小難しい顔はしているものの、頬に手を添えてじっくりと検討する姿勢になっている。
やがて母はゆっくりと頷いた。
「まあ、及第点としましょうか」
「よっしゃぁっ!」
ようやく着地点を見つけることができた俺は、思わずガッツポーズをとっていた。
母はそんな俺を何か言いたげな顔で見ていたが、気にしない。
「でも、良かったわ」
「何がです?」
「アナタがあの子を放り出さなかったことよ。自分の都合で勝手に連れて来た挙句、面倒を見切れずに投げ出すなんて、わたくしは絶対に許しません。もしもそんなことを言い出したら、わたくしはアナタをこの場で殴り飛ばしていたところです」
「ああ……そうですか」
人に公爵令嬢らしい品性を問いながら、自分は「殴り飛ばす」とか言っちゃうんだもんなこの人。
淑女の皮を被ってけど中身は肝っ玉母ちゃんだよ。
「奴隷とはいえ、彼女もカースナー公爵領の領民です。その命に責任を持てない人間性は、公爵令嬢として不適格。そんな根性は力ずくでも叩き直す必要がありますからね」
たぶん本当に叩き直されるんだろうなぁ。
物理で。
想像したら腹の底に何かヒヤリとしたものが落ちた。
奴隷商館の用心棒などより、よっぽどウチのお母様の方が恐ろしい。
「肝に銘じておきます。……それでは、俺はこれでお暇させていただきますね。早速、あの奴隷とこれからの話をしなければならないので」
「ええ。やると決めたからにはしっかりとやりきりなさい」
「は~い」
解放された俺はウキウキで部屋の扉を開ける。
「それじゃあ、私もそろそろ仕事に……」
「待ちなさいベルン。アナタとの話は、まだ終わっていないでしょう?」
「ひぅ……」
背後から底冷えする母の声と、それに怯える父の小さな悲鳴が聞こえたが、まあそれはもう俺には関係のない話だ。
あとは頑張ってくれたまえ、パパン。
そんなわけで俺はあの銀髪がいるであろう屋敷の空き部屋に向かったのだが――そこには、なぜか部屋の隅っこで全裸のまま体育座りしている少女が居た。
「え? 何? ……どういう状況?」