進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……(リメイク版) 作:感謝君
夜の静寂を切り裂くように、焚き火が爆ぜる。
その火の粉が夜空に吸い込まれていくのを眺めていると、手の平の上で小さく、けれど確かな存在感を放つリーシェが、意を決したように俺を見上げて問いかけてきた。
「ねぇアトラス……。あなたはなぜ私を助けてくれたの? あなたは何処から来て、何を目指しているの?」
その瞳は、暗闇の中でもなお澄み渡り、俺の本質を見極めようとする強い意志に満ちていた。
助けた理由、そして俺の正体。
一瞬、思考が止まる。
前世の日本、アニメや漫画でこの世界の結末を知っていること、トラックにも轢かれず神様にも会わずにここに放り出されたこと……。そんな突飛な話をいきなりぶつけても、彼女を混乱させるだけだろう。
何より、彼女は自分の生い立ちを、その魂の欠片を削り出すようにして俺に話してくれた。
それに対して、得体の知れない嘘やはぐらかしで返すのは、あまりにも不義理だ。
そんなダサい真似は、今の俺の理念に反する。
(……嫌だな、そんなのは。俺を『アトラス』と呼んでくれた彼女にだけは、せめて誠実でありたい)
俺は深く、腹の底に溜まった重低音を一つ吐き出した。そして、ゆっくりと言葉を選びながら、俺という存在の根幹を語り始めた。
「今から話す事は……君にとって、到底信じ難い話だと思う。だが、嘘を吐くつもりはない。
……私は──────元は人間だった」
俺がそう告げると、リーシェの肩が小さく跳ねた。夜空のような青い瞳が驚愕に染まる。
しかし、彼女は悲鳴を上げることも、拒絶することもしなかった。
むしろ、どこか心の奥底でその可能性を予感していたかのように、納得の色を浮かべながら、無言で続きを促した。
「当時は、しがない学生だった。将来に漠然とした不安を抱えながら、ただ出される課題に向き合うだけの、なんてことはない、どこにでもいるような人間だった」
自嘲するように、鼻から蒸気を漏らして軽く笑う。巨体が漏らす笑いは、それだけで周囲の空気を震わせる。
「そんなある日、目覚めた私は、見知らぬ平原に立ち尽くしていた。……この、忌々しくも強大な巨人という姿になってな」
「!」
リーシェの眼が大きく見開かれる
「幸か不幸か、私は他の巨人とは違い、明確な意思を持って行動できた。そして、今こうして話している通り、言葉を紡ぐこともできた。……だが、もしかしたら、その知性こそが孤独を深める要因になったのかもしれない。この身では、人間たちに恐れられ、まともな対話など不可能だと悟っていたからな」
俺は、自分の巨大な掌を見つめた。硬質化を繰り返したこの手は、今や岩盤をも砕くが、人間を抱きしめるにはあまりに無骨で、あまりに巨大すぎる。
「だから私は、人との接触を避け、この森でただひたすらに己を鍛え上げた。いつか来るかもしれない『その時』のために、あるいは単に、一人でいる寂しさを紛らわせるために。
体感時間があやふやになり始めた頃、無意識のうちに人との関わりに飢えていた私の下に現れたのが、リーシェ、君だったんだ」
俺がそう告げると、彼女が小さく息を呑む音が聞こえた。
「正直に言えば、君に姿を見られる前、半ば八つ当たりのように他の巨人を蹂躙していた姿を見られたのは、内心かなり恥ずかしかった。君にとっては、ただの荒ぶるバケモノに見えただろうからな」
照れくささを誤魔化すように、俺はゴリゴリと巨大な音を立てて後頭部を掻いた。
「ただ、このまま君を見捨ててしまえば、私はもう二度と、自分の『人間としての心』を取り戻せない気がしたんだ。だから、勇気を振り絞って君に声をかけた。
……あの時は、本当に怖がらせてしまって済まなかった。いきなり巨人が流暢に挨拶してくるなんて、今考えれば、人間だった頃の私でも腰を抜かして絶命していただろうな」
俺は地面に膝をついたまま、彼女に対して、深々と、敬意を込めて頭を下げた。
十五メートルの巨躯が折れ曲がり、周囲の木々がその風圧でざわめく。
「でも、勇気を出して良かった」
顔を上げ、俺はしみじみと口にした。その言葉に偽りはなかった。
「こうして種の壁を超えて、君と語り合うことができた。温かい火を囲み、君から名まで貰えた。……はは、人生とは、本当に何が起こるか分からないものだな」
──────
顔を上げたアトラスは、炎に照らされながら、心底嬉しそうにそう締めくくった。
私は、小さく息を吐き出した。気づけば、両手でギュッと膝を抱え込んでいた。
「……信じられない話、ではあるわね。普通なら、絶対に」
私はゆっくりと口を開いた。声が少しだけ震えているのは、恐怖からではない。
「でも、私は信じるわ。あなたが私に見せてくれた不器用な優しさも、その人間以上に人間らしい温かい心も、全部本物だって分かっているから」
私は立ち上がり、少しでも彼の目線に近づけるように、焚き火の傍の太い木の根に登った。
「アトラス。私なんかに、そんな大切な秘密を打ち明けてくれて、本当にありがとう」
真っ直ぐに彼の青い瞳を見つめ返す。
「あなたが一人で過ごしてきた時間は、きっと私が想像するよりもずっと暗くて、孤独で、辛かったと思う。
……なんの罪もないのに、ある日突然バケモノの姿にされて、誰とも話せないなんて。私なら、きっと一ヶ月も耐えられずに狂ってしまっていたわ」
彼の巨大な手、その硬質化の跡が残るゴツゴツとした指先を見つめる。
その手が、どれほどの痛みを乗り越えて今の強さを手に入れたのか。
彼が私を助けるために振るった『理外の力』は、彼が血の滲むような孤独の中で必死に生き抜いてきた証なのだ。
「でも、あなたは狂わなかった。絶望に呑まれず、その心を持ち続けてくれた。だから私たちは、こうして出会えたのよ」
私はふっと表情を緩め、今日一番の笑顔を作った。
「ねえ、アトラス。人生に何が起こるか分からないのは、お互い様よ。私だって、まさか壁外調査の途中で迷子になって、巨人に家を建ててもらって、焚き火を囲んでお喋りするなんて、朝起きた時には一ミリも想像してなかったんだから」
私の軽口に、アトラスが目を丸くして、それから鼻から大きく息を抜いて笑う気配がした。
「夜は、まだまだこれからよ。あなたの人間だった頃の話、もっと聞かせて。どんな町に住んでいたの? 何を勉強していたの? 私はね、壁の中のことなら何でも教えてあげる。美味しいご飯の話でも、口うるさい上官の愚痴でも、何でもいいわ」
私は木の根に腰を下ろし、ぱちぱちと燃える炎越しに彼を見上げた。
「……もう、あなたは一人じゃないわ。だから、朝が来るまで、たっぷり語り明かしましょう?」
──────
真っ暗な巨大樹の森の奥深く。
世界の誰一人として知らない、巨人と人間の、奇跡のような夜が始まろうとしていた。
元人間だった巨人と、彼を信じ始めた兵士。
二人の間に流れる時間は、もはや捕食者と被食者のそれではなく、暗闇の中で互いの体温を確かめ合う、孤独な魂同士の共鳴だった。