6畳半の失楽園から73 作:73から73まで
人生というものは、案外あっけない。
もしこの世界にクソッタレな神様が居るなら、一度人の生というものを味わって欲しい。
という訳で、俺こと
正確には、
16年ほど前の話になる。
◆
目を開けた瞬間、俺は泣いた。もちろん産声。世界は眩しい。
肺に空気が流れ込み、喉が震え、勝手に声が出る。
俺の意思に反した、意味のない叫び声......それなのに。
(......え俺死んだよな?)
赤ん坊には似つかわしくない思考が、頭の中に浮かんだ。
俺の名前は......えー、大琴 紡。合ってる?名前変わってるかな?
今何年の何日?前世だと2002年8月11日生まれ。死没24歳。死ぬのはえーよ!紡ゥ!!
そして、肝心の没した日は2026年9月23日。うん、日付まではっきり覚えているぞ。
覚えているというより〜......最後に見たスマートフォンの画面に表示されていた。
なんで死んだ?
......あっ、覚えてる!
あれは仕事帰りで......俺はヘトヘトで......赤信号と......横断歩道......耳を
その後、身体に走った衝撃。
アスファルト......
空......
そして、意識が途切れた。
そこから先はないな。うん、ない......ないはずだった。ケミ〇ルXなんて入れてねぇぞ!
(転生、ってやつか?)
漫画や小説では何度も見た。
死んだ主人公が異世界に行ったり?
赤ん坊になって?人生をやり直したりする話。
だ、が!
(い〜や。待て待て黒マテリア)
俺はそこで、一つの違和感に気づいた。
(赤ん坊になってるだけじゃない?)
異世界じゃない。普通の日本の分娩室......のはず。少なくとも異世界じゃ〜ないね。
つまり?魔法もない。神もいない*1。ステータス画面?んなもん知らねぇよ!
そして何より!
両親の会話が、日本語だった。
ビバ日本!愛国心たっぷりな俺はどうやらもう一度日本に生まれたらしい。もう一度言おう。ビバ日本!よっ!
でなんだけど、さ。なんか転生したこの世界、前世の世界と、少しだけ違うみたいなんだよね。
◆
「紡ちゃん、かわいいねぇ〜」
「ちゃん?男の子ですよ?」
「あら、もちろん知ってるわよ」
「......本当に?」
病室で、母親が笑った。我が母ながら美人である。そして、何故か母親に敬語の父親が苦笑する。その横で、まだ赤ん坊だった俺は、自分の記憶と世界の違いについて考えていた。
最初に前世との違いに気づいたのは、初テレビだった。出てくる人が男より女のほうが多い。
ベビーカーに押され街を歩け(?)ば、女性の姿ばかり目につく。
オルゥリンピック注目株とかいうスポーツ選手も、コントをしている芸能人も、大層なお題目並べて壇上の上でベラベラベラベラブラブラブラブラ喋っている政治家も、誰でも知ってる大企業の会社の社長も!
あぁ、もちろん男性もいる。だが、割合がおかしいんだ。
それと女性のほうが、男性に対して積極的だった。ん、これは我が家だけかも。親父頼りないぜ......
ともかく、幼い頃にそれを見て、これがこの世界の普通なのだと理解するのに時間はかからなかった。
男少なし、女多し、う〜ん。季語がね......*2
まぁ恋愛においても、結婚においてもだ。
基本的には女性側が男性を追う。
貞操観念すら、前世とは違う。
親から聞かされる学校の話では男女交際についての授業が普通にあるし、パッパ曰く男児向けには身を守るための護身術の教育まで存在するらしい。
俺はテレビを見ながら、幼い頭で思った。
(......貞操逆転世界って、これどんなエロゲー?貞操逆転のレジェンド天下の川原先生みたいな世界?)
もちろん、そんな言葉を幼児が知っているはずはないよな?
まぁ前世の記憶を持つ俺には、それが妙に分かりやすかった。サブカルチャーは日本の文化ってはっきり分かんだね。
さて、そろそろ本題に入ろうか。いつかの彼方に消え去った政治家みたいに駄弁る気はない!いや、充分駄弁ったな。
長々とこの世界について語ったが、これは俺のなが〜〜い人生の前座に過ぎない。
今の俺は16歳。え?16歳まで何もイベントはなかったかって?......ね、ねぇし。
ともかく!今!この世界では......というか前世もだけど、世界を変える存在が生まれ始めてきた。
通称、Vtuber達。
現実の姿を晒さず、二次元や三次元のアバターを使って配信する者達のこと。
歌〜雑談〜ゲーム〜企画〜もうなぁ〜んでもあり*3の、前世の世界でも存在した文化なんだが......この世界では少し事情が違った。
そう!皆さんご存知ここは貞操逆転世界。つまり?
女性が圧倒的に多くて?
男性Vtuberは珍しい。
そうなるわな。
それこそ、黎明期には「確かな男性」というだけで話題になるほどだった......
......思った?思ったよねぇ〜俺も思った。
前世と変わんなくね......?と。
いや、違うんすよ。価値が違うっぽい。前世の貞操観念だとどうにも男性Vtuberは
そんな世界で黎明期から「確かな男性」としてデビューしたらどうなると思う?きっとケ〇カルXと脳汁とドーパミンがドパドパ注がれたむっちゃヤバい存在になるだろ?
俺がこの世界に生まれた理由はただ一つ!!
ぶちかますぜべいべー!(日本一翔んでる県の5歳児)
そして後に、この世界は一人の名前を刻むことになる。
ジョン・G・パンデモニウム。
そんな奇妙な名前のVtuberとして。
◆
──2018年。
俺、16歳。高校一年生よ!
「......で、できたぁ〜......」
自室。自作のパソコンのモニターを前にして、俺は小さく呟いた。画面には、一人の青年が映っている。
髪は黒く、紫がかった瞳。少しだけ吊り上がった目はギリ画面にうつる本人がアジア系のハーフだと予想できる。
服装は黒を基調にした道化師風。
胸元には、妙に大きな赤いリボン。
そして頭には、悪魔なのか王冠なのかよく分からない飾り。
「......うん、普通にダサいな」
自分で作ったハジメテのキャラクターデザイン。
しょうがないよね。イラストなんて描けないもん。絵師に依頼する金もないし。だから無料素材と簡単なモデリングソフトを使い、何日も何日も何日もかけて形にした。ぶっちゃけクオリティは高くない。動きもどこかぎこちないな。表情差分も少ない。
でも、まぁ、それでも。
「嫌いじゃないね。親の愛ってやつ?」
名前は決めてるぜ!
ジョン・G・パンデモニウム。
由来は半分適当。
パンデモニウムは全ての混沌とか全ての悪魔とかの意味がある。ジョンはパンデモニウムという名前が出てくる叙事詩の作家からとった。
G?
ここだけはマジで由来的な意味がない。強いて言うならコンビニのハンバーグ弁当のハンバーグの下に書いてあるだけのレタスみてぇなもんだ。
「ジョン・G・パンデモニウム......」
声に出してみる。
しばらく沈黙。
「......長い名前はウケないぞ......」
クルクルとパソコンの前でオフィスチェアを回しながら(ついでに手でペンも回しながら)ひとりごちる。
「だが変更する気はなぁい!」
なぜなら。
この名前には、一つだけ前世の記憶から持ってきた
根拠はないけど。
さっき書いたろ?コンビニのハンバーグ弁当のハンバーグの下に書いてあるだけのレタスみてぇなもんだって。錯視だよ錯視。
◆
同年11月に、俺は個人Vtuberとして活動を開始した。
チャンネル名はシンプルに、
『ジョン・G・パンデモニウム』
登録者数は4人。うち2人は、自分で作ったサブアカウント。
残り2人は知らないヒト。名前とアイコンだけで登録するなんて酔狂な奴もいたもんだ。
さて、いざ初配信!
同接7人。
「(7人
俺はモニターを見ながらそう思った。ちなみにめっちゃ緊張してる。それはもう......ものすごく緊張していた。
どうでもいいそんなこと。
前世の記憶がある、つまりVtuber文化も知っている俺は、当然だが未来に何が起こるかも、ある程度は知っている。俺1人のバタフライエフェクトなんてたかが知れてるしな......と、思ってないとやってらんない。
だからといって自分が喋れるかどうかは別問題だケド。
「スゥー......」
一度、息を吸う。
「皆さん、初めまして」
マイクに声が入る。
「本日から活動を開始します、ジョン・G・パンデモニウムです」
コメント欄が流れる。
うるっさ!
男?
うるせぇ!
設定見ろ!
テストしなさいよ
「......?」
思わず動きが止まる。
「え、俺声大きい?」
超うるさい
でもいい声
コメントは止まらない。
ジョン・G・パンデモニウム?
ジョン(・G・)パンデモニウムくん?
名前可愛い。声も可愛い
(・G・)
Gは何?マジで何?
「え、ちょ待って」
俺はマイクのゲインを下げながら思わず笑った。
「そこは名前の一部だからね」
(・G・)
男だ!!
( ・G・)
(・G・)
「やめろ横向かせんな。文字書けよ。」
コメント欄が文字は文字でも顔文字で埋まっていく。俺は頭を抱えた。
もちろん、いい意味でな!ヤッター!!!引っかかったなケダモノめ!!......まぁまさかここまでウケるとは思わなかったが......
「よしもういい。声も大きかったようだしやり直すぞ」
顔を上げる。
「6畳半の失楽園から
セブンティースリー?なにそれ?
セブンティーなに?
モールス信号?
(・G・)くんそれちゃう。締めの言葉やで。
「知らないのか情弱め。よろしくの意味もあるぞ」
たった7人の視聴者だが、俺はこの時間を不思議と楽しいと思った。
俺は未来を知っている。
未来を知っているのだから、成功する可能性が高い。貞操逆転世界だし!......なんて、そう打算的に思っていたが、今この瞬間だけは違った。成功するかどうかではなく、ただ「自分の言葉で誰かが笑った」。
それが嬉しかった。
◆
数日後。
登録者数は37人になった。
1週間後。
102人。
1か月後。
523人。
そして......?
「1万人?」
ある朝俺はチャンネル登録者の数字を二度見した。それは
登録者数、10333。
昨日は1000人も行ってなかったんだけど......?
「ほぇ〜......」
少し調べたら理由がわかった。
どうやら、俺の切り抜き動画が各SNSで、少しだけ話題になった。広く浅くって感じ?
タイトルは、
『【新人男性V】名前のGを顔文字扱いされるジョン・G・パンデモニウムくん【本物の男性V】』
「......ッチャー」
額を押さえる。
「もっと格好いいことで話題になりたかったんだけど、まぁこんなもんね」
本家切り抜きや配信のコメント欄には、
『(・G・)』
『新人なのにトーク面白い』
『声好き』
『この人もっと伸びてほしい』
そんな言葉が並んでる画面を眺める。そして、フッと小さく笑った。
「この世界おもしろっ」
いつもの独り言だった。
◆
──その頃。
まだ大琴 紡ことジョン・G・パンデモニウムの知らないところで、1人の少女がその切り抜きを見ていた。少女は次に配信のアーカイブを見て、途中で再生画面を止める。映っているのは、黒髪の青年が楽しそうに笑っている画面。これは自作の雑談風景だろうか?立ち絵も自作かな?
そんなことを考えながら、少女は画面に手を伸ばした。
「......あぁ、見つけた」
小さな声だった。ここには少女以外誰も居ないが、隣りに人がいても気づかないくらい小さな声。
当然、彼にも。
......この時点では。
少女と彼は、一度も会ったことがない。
本名すら知らない。
ただ、少女はその日からジョン・G・パンデモニウムの配信を見るようになった。
最初は1日10分。
次の日は30分。
その次の日には、配信を最初から最後まで。
そしていつしか、彼女の生活の中心には1人の男性Vtuberがいた。まだ、誰も、彼はもちろん、少女すら知らない、この画面越しの出会いが。
大琴 紡の人生を、この少女の運命を、前世と貞操観念だけが違うこの世界で、大きく変えることになるなんて。
転生した彼でさえ、まだ知らなかった。
どう?なんか意味深でしょ?ハッハー。
メタ要素はできるだけなしにしたい......
安易にメタに逃げるのは愚策......