褪せ人 Ramo と Saki の物語 作:Skinny Slaver
オンラインプレイをベースとするエピソード。ガッツさん多いですよね、狭間の地。
レアルカリア魔術学院、雨の中庭。鉤指 Ramo は今まさに死闘の只中にいた。彼を召喚した褪せ人 Amane がその不慣れ故に、この場所を識る者ならば決して近づこうとはしない一角へと踏み入れ、そして──無慈悲な殺戮機械『人攫いの乙女人形』を起動してしまったためである。
人形の肩口から巨大な振り子斧が Ramo めがけて撃ち出された。横手へ駆けてこれを躱したが、まだ安心はできない。斧は鎖で人形本体と繋がっており、着弾と同時に猛烈な勢いでの引き戻しが始まる。飛来したときと異なり、戻りの斧は弧を描いて飛ぶため、わかっていても避けるのは難しい。走る方向を鋭角に変え、飛んでくる刃の下へ滑り込む。斧は彼の頭上を滑り、人形の肩へと戻った。
「オイオイオイ、どーすんだこれ!?」
Ramo と同じく鉤指として召喚された Gatz という男が叫ぶ。取り乱しているようにも見えるが、彼は抜け目なく人形を軸に Ramo と対称になる位置へ移動している。挟撃は集団戦の基本だ。Gatz は遠くからでもわかる巨躯の持ち主で、その逞しい筋骨に似つかわしい武器『グレートソード』の遣い手でもあった。だがその彼の重撃を以てしても、乙女人形はそう易々と破壊できる相手ではない。この状況を如何に乗り切るか──活路を見出そうと思考を巡らせていたそのとき、さらなる苦境、最悪の事態が到来する。臓腑を揺らすような重苦しい振動。それは「侵入」の発生を告げる感覚だった。
「侵入来たぞッ! どうする旦那ァ?」
Gatz が叫んでいるが、この場にいる褪せ人──と言っても、彼の他は Amane と Ramo の二名だけだが──は全員が感覚でそれを捉えている。言わずもがなのことをわざわざ叫ぶのは、士気を高めるためだろうか。焦りで状況の判断ができなくなっているとは思いたくない。侵入者の姿はまだ見えないが、すぐにでも現れるだろう。それまでにこの乙女人形を始末することは可能だろうか。──否。となれば、Ramo と Gatz がそれぞれ乙女人形と侵入者に対応するのが最善の策ということになる。──どちらが、どちらを? そしてさらに、両名の主にして駆け出しの魔術師である Amane をどちらに付けるかも思案のしどころだった。
こちらは三名、相手は一体と一名。一見有利にも思えるこの状況だが、実際はそうではない。侵入者は褪せ人を「狩る」ため、それに特化した装備と技術を携えて向かってくる。鉤指と違い、護るべき主も道中の力配分を考える必要もない、一撃必殺を旨とする暗殺者。それを相手にすることを考えると、余分の頭数ひとつは「優位」と呼ぶには余りにも心許なかった。だが迷っている暇はない。侵入者は今この時にも仕掛けてくるかもしれないからだ。
「Gatz 殿、Amane 殿と共に侵入者に当たってくれ!」
Ramo がそう叫ぶと、「任せろ!」 という返事が返ってきた。先ほどまで Ramo の後方から『輝石のつぶて』で援護射撃をしていた Amane も震える声で「お気をつけて」の言葉を残し、しかし些かの遅滞もなく走り去った。──お気をつけて、か。命の危機に瀕してなお共の身を案じることができる彼女は、きっと善人に違いない。その人の善さが王座への道の妨げとなるかも知れないが。一瞬の感傷を振り切って、Ramo は乙女人形に向かって走り出す。一秒でも早くこいつを始末する。今はただ──時間が惜しい。
侵入者が好む襲撃場所はおよそ決まっている。ここレアルカリアなら大書庫への道か、崩れた階段の先だろう。今の状況で前者に進む判断はありえない。そして後者には常に敵の魔術師たちが詰めている──が、それは先ほどまでの話。どうせそちらに用はないのだからわざわざ危険を冒して魔術師を排除する必要はないと言う Gatz に対し、Ramo が「それなら俺一人で片付けてくる」と譲らなかったので、仕方なく同行し暴れてきたのだ。そのため、詰所は現在無人となっている。「侍」ってのは儀やら誉れやらを重んじるって聞いてたが、実物は血に飢えた狂戦士じゃねえか──と、そのときは呆れたものだが、この最悪の状況が立ち現れた今ならわかる。あれは死地に身を置き続ける戦士だけが持ち得る「勘」なのだと。ここの魔術師たちが殲滅されていることは、侵入者には知りえない情報だ。故に、こちらには一片の地の利がある。もっとも、それは初撃を外せば立ち消えてしまうほどの儚い一片ではあるが。
詰所の上に位置するテラスに敵影がないことを確かめると、Gatz は手を振って Amane を呼び寄せた。周囲を一望できるここにいれば、少なくとも不意討ちを食らう心配はない。緊張を解き、グレートソードを構えていた腕を降ろす。手摺の外に目をやると、先ほどまで乙女人形と戦っていた中庭が一望できる。だが、そこには Ramo も乙女人形の姿も見えなかった。旦那、どうした? やられちまったのか? まさか侵入者がそっちに? 思考の混乱で注意力が損なわれたその瞬間、「危ないっ!」という叫びと共に Gatz は Amane に突き飛ばされた。Amane は彼を突き飛ばした勢いのまま、杖から伸びる光の刃を振るう。『カーリアの速剣』の切っ先はわずかのところで標的に届かず、黒の装束に身を包んだ襲撃者は手摺を飛び越えて階下へと姿を消した。
「くそッ! あいつ今どこから出てきた?」
呻くような問いに、Amane はテラスへと上がる唯一の──二人が先ほど登ってきた──階段を指す。
「いきなりあそこに現れたんです。まるで幽霊みたいにフッと。」
その説明だけで、Gatz は侵入者が『身隠しのヴェール』を装着していたことを悟った。
「コスい手、使いやがって!」
だがその言葉とは裏腹に、彼の怒りの矛先は自身へと向けられていた。──何故、その可能性を考えなかった?
とにかくここから移動しなければ。そう思って Amane を見やった Gatz は、彼女の肘から手首にかけて走る一条の赤い筋に気がついた。
「今やられたのか?」
「はい、あの、でも飛んできた『血の刃』が当たっただけですから、全然深くは──」
心配をさせまいと早口になる彼女を、Gatzは静かな、重く沈んだ声で制した。
「そういう問題じゃ、ねえんだ。」
あの黒装束、必ず──。
特大剣の柄を折れるのではないかと思うほど強く握りしめる大男の背に、Amane が声をかける。
「落ち着いてください。焦れば向こうの策に落ちてしまいます。」
──誰が焦ってるって? Gatz はそのいかつい容貌に反して、こういうときに怒声を上げられるタイプではない。ひたすら内に、自責を求めてしまうのが彼の性だった。焦っているのは──俺だ。傷を負った彼女が自らを御しているのに、俺は──。
Gatz は大きく息を吐き出す。その様子を見た Amane は彼を怒らせてしまったのだろうと思い、軽率に言葉をかけてしまったことを悔いた。だが、振り返った彼の顔には、焦りも怒りもなかった。
「そうだな。戦いに焦りは禁物だ。」
グレートソードを壁に立てかけ、大きく伸びをする。
「うん、敵を倒すときってのはこんな具合に──」
次の瞬間、彼は弾かれたように駆け出し、階段の中ほどに位置する「空間」に拳を叩きつけた。血飛沫が飛び、襲撃者が階下の床に倒れ込む音が聞こえる。Amane の位置からでは何が起きたか分からないだろう。
「倒したんですか?」
「いや、逃げられた。やはり素手じゃ仕留められん。」
Gatz はテラスに戻り、先ほど手放したグレートソードを担ぎ上げた。
「さぁ、第二ラウンド開始といこうや。」
Ramo が振り子斧を避けるたび、空振ったそれは地面を抉り、立木をなぎ倒す。
「庭師は大変だな。」
聞く者のない軽口をひとつ叩くと、鎖を手繰り寄せている殺人機械の胴体部に『貫通突き』を叩き込んだ。この乙女人形は Ramo が苦手とする敵のひとつだ。いや、これと上手く戦える者の方が稀だろう。まず、弱点らしい弱点というものが存在しない。武器による攻撃は斬撃・刺突・打撃の別を問わず有効打とならないことは、これまでの交戦で厭というほどに思い知らされている。機械故に、毒に冒されることも血を流すこともない。そんな相手に対する切り札として彼が常時携行している『火炎壺』も、武器による攻撃と同程度にしか効果を上げていなかった。長い戦働きを通して身に付けた『貫通突き』──並みの褪せ人が戦灰の力を借りて放つものよりも数段上の威力を持つ──を既に十数発叩き込んでいるが、奴の動作が鈍る気配はない。集中力も限界に近付いてきている。何か使えるものはないか──。時間を稼ぐため討論室の方へ走りながら道具入れをまさぐると、投擲壺が手に付いた。投げ尽くしたと思ったが、まだ残っていたか。しかし取り出してみると、それは火炎壺ではなく『雷壺』だった。これなら──。
話は半月ほど前に遡る。Ramo はリムグレイブでさる騎士より『貫通突き』の戦灰を譲り受けた。既に鍛錬によってこの技の比類なき遣い手となっていた Ramo にとっては無用の長物だったが、厚意で譲られたものを捨てるのは忍びない。路銀に窮したときにでも売れば幾許かにはなろう。そう考えて使う当てもなく携え歩くことしばらく。そして数日前、偶然に行き会わせた褪せ人が Ramo の貫通突きに興味を示したので、それならばとこれを譲り渡したのだが、その際に相手が「お礼」として寄越したのが雷壺の原料たる『雷花』だった。その褪せ人 Saki of Astora 曰く
「見かけるとつい摘んじゃうんだけど、私にはこの『雷の槍』があるから持て余しちゃって。」
不要品を押し付けようとは呆れたものだと思ったが、考えてみればそれはこちらも同じこと。いつか使う機会があるやもと思い『ヒビ壺』に詰めておいたのだが──まさかこれほど早くその機が訪れようとは。
Ramo は雷壺を手に、乙女人形の前に進み出た。いくら雷に弱いとはいえ、ただ投げつけても決定打にはならないだろう。その効果を最大限発揮させたいなら、奴の急所にぶつける必要があるが、それはどこか──。乙女人形は通常、主力武器である左右一対の振り子斧を用いて戦闘を行うが、それが有効に機能するには標的との間に一定以上の距離があることが条件となる。つまり懐に入られると振り子斧は無力となるのだ。しかし奴らにはそれを見越した「奥の手」が備わっている。Ramo は攻撃を躱しつつ乙女人形との距離を詰め、斧が薙ぎ払える最小の円の内に踏み込んだ。「懐に入られた」ことを察知した乙女人形が奥の手を繰り出す。「スカート」前面にある扉が開き、中から絡み合う蛇を思わせる形状の「腕」が飛び出した。この腕に掴まれ内に引き込まれた人間には、据え付けられた残忍な機巧で寸断される運命が待っている。一方でこの腕こそが乙女人形の弱点でもあるのだが、それを狙うためにこの掴み攻撃に向かっていくのはあまりにも危険だった。だが今は──。開いた扉めがけて投げつけられた雷壺を、飛び出してきた腕が捕らえてスカートの中に引き込む。次の瞬間、炸裂した雷壺が鉄扉を内側から弾き飛ばした。
「これで──停まってくれ。」
その期待も虚しく、乙女人形は全身から白煙を噴き上げながらも標的に向き直り、扉のなくなったスカートから腕を突き出した。
「まだ駄目か。」
Ramo は身構えるが、数秒後それを解くことになる。人形は腕を空に向けて突き上げた姿勢で静止し、二度と動くことはなかった。
血の指 KilliPhish は苛立っていた。これまで数多の褪せ人と鉤指どもを屠ってきた戦法が二度までも退けられるとは。しかもあんな脳筋野郎に。KilliPhish にとって褪せ人狩りとは、相手に反撃の機会を与えず一方的に切り刻んで倒すことで己の圧倒的な強さを見せつけるための手段である。そして、そんな彼の最も軽蔑するタイプの獲物が、Gatz のような大型武器を扱う褪せ人だった。ろくな技術もないくせに武器の力で己が強くなったと思い上がっているバカどもは俺が粛清してやる。常より彼の内に渦巻いている暗い情念は、憎しみの標的を得て沸き立っている。素手で殴るとか馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって──。
怒りに目が眩んでいても、凶器の選択に妥協・余念はない。こいつで喉笛掻き切ってやる。準備を整え大書庫外廊を出ると、標的はすぐに見つかった。先ほど襲撃を受けたテラスに留まるのはまずいと考えたのか、階段を降りて中庭へと向かっている。あそこは存外に攻め込みづらかったから、自分から出ていってくれるなら大助かりだ。やはり脳筋はバカだね。ちょっと揺さぶってやれば、すぐに崩れる。心の中でそう独り言ちると、先回りすべく渡り廊下を飛び降りた。崩れた階段を降りてくる Gatz を少し離れた植え込みに潜んで待つ。身隠しのヴェールは一定の距離よりも近い相手には姿を消す効果がなくなるが、こちらが見えたときにはもう遅い。Gatz が彼の射程に踏み入ったその刹那、KilliPhish は『猟犬のステップ』を踏んで飛び出した。瞬間的に標的の背後へ回り込んだ彼は、そこから致命の一撃を入れるべく組み付きにかかる。だが──
「待ってたぜ。」
Gatz は既に水平に構えたグレートソードを振り出す姿勢を取っていた。何だと──!? 襲撃のタイミングが読まれていたことを悟った Killiphish は戸惑いながらも咄嗟に猟犬のステップを再発動し、再び Gatz の背後に回り込んだ。直前まで彼の頭があった位置をグレートソードが唸りをあげて通過する。ステップが一瞬遅れていたら首が落ちていただろう。かと言って後方へステップを踏んでいたらその長大な刀身に捉えられていたはず。
「このクソ虫がァ!」
背中を冷たい汗が伝うのを感じながらも、KilliPhish は右手の『レドゥビア』から血刃を繰り出した。そして、Gatz が剣を振る瞬間に猟犬のステップを仕込んだ『ダガー』に握り替えてこれを避ける。不意討ちのタイミングを見切られたことには驚いたが、所詮は脳筋。そんなノロい振り、避けるのは造作もない。そしてこのまま血刃をもう二、三回当ててやればこいつは出血でくたばるだろう。おや、血刃と言えば──。KilliPhish は Gatz の攻撃を躱しながら辺りを伺う。さっき血刃をくれてやった小娘、姿が見えないがどこへ? Amane の居所に気を巡らしながらも彼は攻撃の手を弛めない。そしてついに──ごく浅いものにしか見えなかった血刃の傷から、突如大量の血が噴き出した。
「勝った!」
勝利の笑みを浮かべる Killiphish。Gatz の身体は支えを失ったように揺らいて傾ぐ。だが崩れ落ちる寸前で踏み留まりった彼は残った力を振り絞って後方へ跳んだ。次の瞬間 Killiphish の目の前の地面が爆発し、彼は吹き飛ばされる。わけも分らぬまま仰向けで地面に叩きつけられた彼の目に映ったのは、上階の──先ほど彼が襲った──テラスから『ハイマの砲丸』をこちらへ投げ落とそうとしている Amane の姿だった。──ド畜生が! Killiphish は全身の痛みをこらえて跳ね起きると、前方の壁に貼りつくようにステップを踏んだ。ここならあの小娘からは死角になっているはず。思った通り、砲丸はだいぶ後方に着弾した。だが、ここに留まっていては次の砲丸の爆風でやられかねない。畜生、畜生、畜生──! 三発目の砲丸が炸裂したとき、襲撃者の気配はとうにその場から失せていた。
すぐにでも Gatz 殿たちと合流したいところだが──。Ramo は乙女人形を無力化した後、建物外壁に設けられた梯子を登り討論室の上階へと移動していた。侵入者が死亡ないし撤退したならば、褪せ人はそれを「信号」として察知することができる。そして彼の感覚が未だその「信号」を受け取っていないということは、脅威がまだ去っていないことを意味した。その「信号」は仲間──鉤指にとっては「主」と「同僚」──についても同様に働くので、Amane と Gatz の両名が生きていることも分かる。ただし、それは彼らの無事を保証するものではない。これだけの時間を経て、侵入者が未だ Gatz たちと接触していないとは考えづらかった。それでもなお決着が付いていないという事実は、彼らの戦いがある種の膠着状態に陥っていることを示唆している。乙女人形から逃げてこの討論室の方へ走っていたとき、右手側にある崩れた階段を上ったあたりに青白い爆炎を見た。あの辺りは事前に Gatz と共に掃討を済ませた場所なので、そこでの戦闘は対侵入者のものと考えて間違いないだろう。
予断は禁物だが、侵入者はまだ Ramo の存在に気付いていない可能性が高い。だとすれば Ramo が侵入者を奇襲して倒すというのが理想的な展開ではあるのだが、問題は──彼の体力と集中力が残り乏しく、聖杯も緋青共に底を尽いていることだった。自身の状態を考えると一撃で決着させたいところだが、侵入者相手には分が悪い。中庭に面するアーチに身を寄せ外の様子を伺うと、テラスに Amane、そこから二段下に位置する通路に Gatz の姿が見えた。戦闘は一時的な休止状態にあるようだ。だが、侵入者の姿が見えないにも関わらず、二人が武器を構えたまま周囲を見回しているのが解せない。まるで敵がすぐそこにいるかのような──そこまで考えて、Ramo は侵入者が『身隠しのヴェール』を使用していることに思い至った。彼らは二対一という優位にありながら、敵の姿が見えないためにあの場に釘付けにされているのだ。
短く思案したのち、Ramo はアーチから外廊へ出て柵の上に立った。彼らの居る場所からは50メートルほどの距離がある。二人を仕留めることに集中している侵入者に気取られる可能性は低い。肩の力こそ抜けてはいるが僅かな反撃のタイミングを逃すまいと張りつめている Gatz も、Ramo に気付きそうにない。あの場に彼の姿を見留める者がいるとすれば──。期待した通り、テラスから周囲を見回していた Amane の視線が、声すら届かぬ距離を経て Ramo のそれとぶつかる。「無事でよかった」と「どうして来てくれないのか」の思いが彼女の中で衝突しているのがここからでも分かった。なんと素直な主殿か。だが、いつまでも見つめられていても困る。警戒が疎かになるし、敵にその視線をたどられる危険もあった。あるいは、彼女がこちらを指して「あそこに Ramo さんが!」などと叫びでもしたら──。わずかに口元を緩めると、彼は次の行動に出た。
魔術師 Amane は極度の緊張状態にあった。初めて受けた侵入。そして今、彼女を守る褪せ人二人のうち一人はこの場におらず、もう一人は大剣を構えて周囲を警戒してくれてはいるが、既に満身創痍。先ほどの戦いを見る限り Gatz の戦闘スタイルは侵入者のそれと相性が悪く、次の衝突で彼が敵を仕留めてくれる公算は小さい。怖い──助けて──誰か──! 今にも飛び出しそうな叫びを押さえながら、必死に侵入者の位置を探る。どこにいるの? どこから来るの? だが、敵は一向に姿を現さない。焦れるこの時間が、着実に彼女の神経を追い詰めていく。これが夢だったら──。張りつめられていた心に一瞬の緩みが生じ、彼女は遠方の建物──討論室──の窓明かりに目を向けた。雨に湿った空気を通して届く蝋燭の光が、とても美しく感じられる。だが、そのすぐ隣にこちらを見据えて立つ侍の姿を見留めたことで、彼女の意識は現実に引き戻された。
Ramo さん、無事だったんだ! 仲間の生存に安堵する Amane だったが、同時に疑念も湧く。どうしてあんな遠くからこちらを見てるのだろう。助けに来て欲しいのに。いや、まずは Gatz さんに Ramo さんの無事を伝えなければ。そう考え、階下の Gatz に呼びかけるべく息を吸い込んだその時、Ramo が動くのが見えた。それまで背負っていた『ロングボウ』を構え Gatz がいる辺りに狙いをつけている。あそこから? 彼にも敵は見えていないはずなのにどうやって──? 混乱した頭で、Amane はそれでも考える。私たちを攻撃するために近付いて来た瞬間なら敵の姿が視える。でも遠くにいる Ramo さんには視えない。それなのに彼は弓を構えている。視えない敵を射抜く方法がある──? そこで彼の意図に思い当たった Amane は速剣の呪文を取り消し、次に放つべき魔術『結晶散弾』の詠唱を始める。この魔術は威力に乏しく発動もそれほど速いとは言えないが、彼女に迷いはなかった。
先に痺れを切らしたのは奴さんの方らしい。まだ姿こそ見えないが、彼に向けて放たれている殺気と、その主の所作に由来するであろう微妙な空気の変化を感じ取って、Gatz は笑みを漏らす。随分と堪え性のない暗殺者さんだな。彼もまた Ramo に比肩しうる熟達の戦士であり、戦場において警戒の姿勢を保ちながらも、体力と集中力の消耗を最小に抑える術を身に付けていた。もっとも、先ほどの出血のせいで体力については万全とは言い難い状態だが、気力に不足はない。機を捉えたならば即座に必殺の一撃を放てるだろう。──と思ってた彼の耳に階上から Amane の囁きが届く。
「Gatz さん。次に敵が攻撃を仕掛けてきても反撃はせずに、受け止めて──できれば弾いてもらえますか。あと、ちょっと痛いかもしれないけど我慢してくださいね。」
いったい何だ? 消極的とも思える提案に不満を覚えたが、それを告げる、Amane の声は妙に落ち着いていた。先刻までの彼女の動揺ぶりを考えると、この変化は唐突に過ぎる。それに「ちょっと痛い」って。まぁ、いいさ。考えるのは苦手だ。敵の気配を間近に感じている今、Amane の方を見ることはできない。「主様の思し召すままに。」背を向けたまま応えた彼の眼が、脚を掠めて背後へと回り込む影を捉えた。Gatz はグレートソードを両手の間を渡すように構えて身を捻り、背後の襲撃者に向けてその側面を押し付けるように突き出す。低い位置から抉るように繰り出されたレドゥビアが肉厚の鉄塊に衝突して跳ね返された。衝突の瞬間、KilliPhish は凶器を掴んでいた手を放すことで身体ごと弾き飛ばされることを避けたが、体勢の崩れが彼の逃亡をわずかに遅らせる。これでいいか──? 確かめるように Amane の方を見上げる Gatz の目に映ったのは、彼と Killiphish 目掛けて放たれた結晶散弾だった。
彼の意図を読み取ったらしい Amane が動き出したことを確認すると、Ramo はロングボウを引き絞った。『強射』──矢に渾身の力を乗せて放つ戦技だが、この一撃を外してしまったら、次を放つだけの集中力は残っていない。何より、侵入者に Ramo の存在を知られてしまった時点でこの奇襲作戦は破綻する。機会は一瞬、そして一度きり。これほどの緊張を強いられる状況は──久しぶりだ。瞬きもせず見据える視界の中、ついに Gatz が動いた。続けて降り注ぐ結晶散弾。放たれた13の飛礫のひとつが、何もない空中で弾けたのを Ramo は見逃さなかった。弦を押さえていた指を離した瞬間、限界まで蓄えられた応力が解き放たれ、飛び出した矢が空気を震わせながら宙を走る。
──地が揺れた。その振動は、Gatz をして自身が突き飛ばされたと錯覚させ、やや離れた位置にいた Amane にすら雷が落ちたものと思わせた。そして──着弾点には地面に刺し留められた Killiphish の姿があった。矢は彼の胴部を貫き、さらに先端部のおよそ三分の一を石畳に食い込ませている。
「なんで──いったい何が──なに──。」
己が身に降りかかった事態を把握できぬまま、侵入者は輝く粒子となって虚空へと霧散した。
「俺に当たったらどうするつもりだったんだ?」
Gatz は Ramo に詰め寄ったが、その声音には微塵の怒気も含まれてはいない。Ramo は無言で口の端を上げて見せた。
「すっごく怖かったんですよお。」
テラスから降りてきたところで腰が抜けた Amane は、座ったまま二人に訴えた。
「本当にお二人は命の恩人です。もう頭が上がりません。」
「鉤指として当然の働きをしたまでですよ、主様。」
Gatz の芝居がかった台詞に Amane が調子を合わせて応える。
「おお、なんと気高き忠誠心。そなたこそ誠の騎士であるぞ。」
ところで──と Gatz が話を転じる。
「旦那の撃ち込んだ矢、すげぇ威力だったけど、あれ、大矢じゃなくて普通の矢だったよな?」
「ああ、ロングボウと普通の『矢』だ。あの距離の狙撃は大弓ではできない。」
そこに Amane が割って入った。
「え、大弓の方が射程が長いんじゃないんですか?」
どこから説明すべきかといった顔をしながら Ramo は答える。
「広くそのように思われているが、実際のところ長弓と大弓の射程には違いがない。」
「そんなら、射程ギリギリの狙撃では威力に勝る大弓を使った方がいいんじゃないのか?」
Ramo は不敵な笑みを浮かべる。楽しくなってきたようだ。
「長弓には戦技『強射』を付与できる。この戦技は矢の威力だけでなく飛翔速度も高めるから結果的に射程が伸びるんだ。一方、大弓には強射を付与できない。」
「なるほど。あ、でも確か、大弓にも強く引き絞って放つ技があったよな?」
この問いに、戦技講師の口上が一層熱を帯びる。
「おそらく『貫通射撃』のことを言っているのだと思うが、あれは曲者でな。威力は向上するが、矢の速度への寄与はない。故に、長距離射撃をするならば強射を付与した長弓一択ということになる。」
「はえぇ......。」
「おおぉ......。」
呆気に取られている様子の二人を見て我に返る Ramo。弓に縁のない者たちを相手に押しつけがましい講釈を垂れてしまったのではないかと思うときまりが悪かった。
「そんでこの後だけど──、」
と腰を上げながら Gatz が言う。
「もう体力も集中力も残ってないからこれで失礼するよ。聖杯瓶もスッカラカンだ。俺が帰ったら別の鉤指を呼ぶといい。」
「えぇ......。」
Amane が抗議の声を上げる。
「私もこれ以上の戦闘継続は不可能だ。Amane 殿も一度討論室の祝福に戻って休まれては如何か。」
「Ramo さんまでぇ......。」
「しばらくは侵入も来ないだろうから、準備を整えて。改めて召喚サインを拾うといい。」
「今度は乙女人形起動しないようにな。」
退散の気配を見せる二人に Amane が食い下がる。
「じゃあこうしましょう。お二人には一度帰ってから再度サインを出して頂く。私は祝福に戻って休んでから、改めてそのサインを拾う。そして、この三人でレナラのところにカチ込みをかける。どうです、完璧な作戦でしょう?」
「だが、我々が出すサインが次も Amane 殿の元に届くとは限らぬ故。」
「距離による遅延もあるっていうしな。」
「そんなこと言わないで......。」
見ると驚いたことに、Amane の目には大粒の涙が浮かんでいた。Ramo と Gatz は思わず顔を見合わせる。ベソかく褪せ人なんて見たことないぞ──。
その後、どうしてもと駄々をこねる Amane に押し切られた二人は彼女と共に大ルーンの主『満月の女王、レナラ』に挑むことになるのだが、それはまた別の物語である。