褪せ人 Ramo と Saki の物語 作:Skinny Slaver
Ramo はゲルミア火山でローデイル兵の一団に囲まれて苦戦する Saki と遭遇する。
自キャラ同士が出会ったらどうなるかを想像してみました。「技量極振り侍」と「信仰極振り預言者」の相性やいかに。
ゲルミア火山。まだ日は高いが、立ち込める霧のせいで五十歩先は白く霞んで見通せない。濡れた岩肌を踏んで歩を進めていた Ramo は、靄の奥に断続的に閃く雷光を見た。雨が降ってはいるが、雷を伴うような性質のものではない。となれば、これは古竜信仰の祈祷──つまり、この先で戦っている者がいるということ。
足を速めてそちらへ向かうと、果たして雷光に混じって多数の足音と叫び、そして剣戟の音が聞こえてきた。まずは状況を見定めなくては。目を凝らすと、集団はローデイルの兵であることがわかった。そして、それが取り囲んでいるのは一人の少女。数人の兵士に追われて後じさりながらも、彼女はその掌から生じる雷光を投げ槍に転じて敵対者と渡り合っている。豊かな白金色の髪と、瑠璃色の瞳。舞うが如き動きに合わせて水煙のようにはためくローブに、Ramo は童の頃に聞かされた御伽噺の天女を思った。しかし、それも一瞬のこと。奮戦しつつも明らかに追い込まれつつある少女に加勢すべく、彼の手足は半ば無意識のうちに動きだしていた。
こいつら、なんて手強いの──。Saki of Astora は先刻運悪く行き当たったローデイル兵の小隊に追い詰められていた。この程度の相手、一対一で向き合うならば Saki の敵ではない。だが、今は五人の兵が攻め手守り手を巧みに入れ替え、こちらの攻撃をいなしながら間合いを侵食してきている。
とにかく敵の数を減らさないと──。五人の中で最も体格に優れる大剣持ちの男。それが振り回す剣の切っ先が身体の近くを通るたび、彼女は肌を粟立てていた。まず厄介なこいつから──。間合いが開いた瞬間を捉えて雷槍を投げつける。だがその刹那、大盾を構えた兵が彼女の前に飛び出してきた。轟音と共に弾ける雷槍。盾兵はその衝撃で後方へ押しやられるが、有効打とはなっていない。その背後から、大剣を頭上に掲げた大男が走り込んでくるのが見えた。
凶刃が Saki に振り下ろされようとしたその瞬間、飛び込んできた影が大男を虚空に縫い留めた。Ramo の放った『貫通突き』がその胸部を過たず穿ち、握りしめた大剣を振るうことも許さずに生命の火をかき消したのだ。突然の出来事に、他のローデイル兵たちは数歩退がり、包囲が広がる。Ramo は、呆気に取られている Saki の前に進み出て構える。寄らば、斬る──そう睨みを利かせ兵たちを気押しつつ、背後の少女に声をかける。
「いくら腕に覚えがあろうと、多勢を相手取るのは無謀に過ぎる。」
たじろぎつつも攻めの機会を伺っていた槍兵を、上段の構えから切っ先を向けて牽制する。
「ましてこいつらは訓練された兵、集団戦法というのは単騎で破れるものではない。」
そう言いつつ、Ramo はこれからどう動くべきか必死に考えを巡らせていた。やはりあの槍から──しかし、その思考は轟音と閃光で断ち切られた。
何事だ──? 低く構え防御姿勢を取りつつ、眩んだ眼をこらしてあたりを伺う。次の瞬間、槍兵が地面に倒れ伏した。
「ならば、こっちも集団戦法でいきますか!」
場違いに明るい少女の声が響く。
「こいつら、お兄さんにばかり目がいって私を見てなかったから──」
まだ状況に理解が追いついてない Ramo に Saki が並び立つ。
「限界まで溜める時間があったってわけ。」
彼女は倒れた兵が握りしめている槍の穂先を指す。見れば、その鋼鉄の刃は柘榴の実の如く膨れ上がって破裂しており原型を留めていない。
あの状況から一瞬で気を持ち直して攻撃に転じたというのか。それは生半な心身でできることではない。殊にこのような儚げな少女に。そこで Ramo は思い直す。彼女もまた褪せ人。Ramo 同様、幾度もの死地を踏み越えここまで来たはずなのだ。それでこそ──。互いの隙を補い合って動く二人の褪せ人の前に、ローデイル兵たちはもはや敵ではなかった。
「ありがとう。助かっちゃった。」
山頂への道を、Ramo と Saki は肩を並べ歩いていた。
「あの大剣持ちが突っ込んできたときはもう駄目かと。それにしても、Ramo さん凄かったねぇ。目にも止まらぬ速さとはまさにあのこと──」
よく喋る女性だ。話すのがあまり得意でない彼は間断なく投げかけられる言葉を相槌で受け流しながら、その声の主に目を向ける。既に雨は止み、陽光が辺りに降り注いでいた。Saki の白金色の髪はその光を透かして絹糸のように輝き、瑠璃の瞳は先ほどから片時も Ramo を離れない。
「ところであの突き攻撃だけど、私以前に似た技を見たことがあるんだよね。ユラさんって人が使う『牙突き』ってのが──」
予想外の言葉に少々驚いて彼女に問う。
「ユラ殿の知り合いなのか。」
「うん。といっても数日前に出会って以来見かけてはいないんだけど。そう言えば Ramo さんとどことなく雰囲気が似てるし、武器も同じようなの使ってるよね。その変わった片刃の剣。もしかして同郷の人?」
そのユラなる人物は、Ramo も狭間の地に来てから知り合ったのだが、彼と同じく葦の地の出身であることは明らかだった。彼が持つ『打刀』の倍ほども長い刀身を持つ異形の武器を供に仇を追う剣客。考え耽る彼をよそに Saki は喋り続けていた。
「ああいう技、私も使えたらいいなって思って練習してるんだけどなかなか上手くいかないんだ。やっぱり長年の鍛錬ってやつが必要なのかな。」
そう言いながら、腰に差した直剣を抜き、構えから突きの真似事をしてみせる。
「いや、戦灰というものがあって──」
Ramo は道具入れから「貫通突き」の戦灰を取り出して差し出す。
「これをその剣に研ぎ込めば使えるようになるはずだ。」
「でもそれを私にくれちゃったら、Ramo さんがあの技を使えなくなっちゃうんじゃないの?」
「あれは自身で習得した技ゆえ、戦灰を必要としない。これはとある御仁から譲り受けたものなのだが、使い途がなく持て余していたところでな。」
「うわぁ、嬉しい!」
Saki は破顔し、戦灰を受け取る。その眩いばかりの笑顔と、触れた手の柔らかさ。動揺を悟られぬよう振舞うのは存外に難儀であった。
「タコは本当厄介だよね。あの脚なんか何回斬ってもすぐ生えてきちゃうし。」
道中はずっと Saki が話し、Ramo が時折頷いてみせるだけだった。口数の多い人物には男女問わず煩わしさを覚える質の彼だったが、今は不思議と悪い気分ではない。いずこの風景も不吉な翳りを帯び、人の顔からも陰鬱さが消えることのないこの地にあって、Saki の屈託のない振る舞いに、故郷を後にしてからこちら目にしていない本物の陽光の明るさと暖かさを感じていた。その一方で、敵対者と遭遇すれば歴戦の戦士である彼にも引けを取らぬ機敏な反応でそれらを排除にかかる。──まったく、なんという天女様だ。心中そう呟いたとき、その天女様が不意に足を止めた。
「じゃ、私はここで。」
そう言って山頂へ続く橋──といっても谷に架かるように倒れている石柱だが──から外れた細い道を指す。
「そちらに何か? 山頂まではもうそう遠くないが。」
そう訊ねると、Saki は楽しいことを思い出した童のような顔を見せた。
「ちょっとね。とっちめてやらなきゃいけない奴がいてさ。」
個人的な仇がいるということだろうか──あのユラ殿のように。しかしそれにしては、彼女の顔には怒りも焦燥も見えない。
「手を貸そうか?」
得心がいかないながらも一応の礼儀として発されたその問いに Saki は首を横に振る。
「いやいや、実際のところそんなに悪い奴じゃないんだ。命の遣り取りするような相手でもなくって。」
となると、友人ということだろうか。それならば会ってみたい気もするが、初対面の女性に対してそこまで踏み込まぬ程度の自制はある。
「承知した。では、いずれ。」
そう告げて一礼をすると、Ramo は橋の方へ歩き出した。我らは褪せ人、かつてこの地を支配していた半神どもを排し、新たな王となるを目指す身。一時的な協調はあれど、真の友誼はない。この娘もそれを心得ているからこそ、自らの事情に俺を立ち入らせぬのだろう。
石橋を渡り切り、さらに進めば Saki と別れた辻が見えなくなるといった辺りで Ramo は足を止めた。この短い共連れを惜しむ己の気持ちを宥めるために振り返る。彼女の姿はとうになかろうが、故に見られてばつの悪い思いをせずに済む。だがその目に飛び込んできたのは、別れたその場からこちらを見つめている Saki の姿。Ramo が振り返ったことに気付くと彼女は手を振り始めた。それも、全身を揺らすほどに大きく。
なんという──。驚愕と共に、つい先ほど改めて心に刻んだはずの褪せ人の定命、その正しさに疑念が湧き上がる。王座とはかような仁との縁を切り捨ててまで目指すべきものなのか。征くべき道は他にあるのではないか。しかし、今ここで迷う訳にはいかない。考えるのは半神たちを退けてからでいい。Ramo は片手を軽く挙げて応え、そしてそのまま踵を返す──はずだった。それまでの自分ならば、きっとそうしただろう。だが、今は──。短い逡巡の後、彼は Saki に向けてまっすぐ顔を上げ、大きく手を振ってみせた。