褪せ人 Ramo と Saki の物語 作:Skinny Slaver
ローデイル攻略の続き。会話が多すぎたな、と反省することしきり。
祝福の光が揺らいだ。気配を感じて上げた視線の先に陽炎が生じ、それが像を結ぶ。虚空から立ち現れたのは、旅の装束に身を包んだ少女、メリナ。
「ようやくここまで。私の見立ては間違っていなかった。」
初めて彼女に会ったのは三ヶ月ほど前のこと。狭間の地にやって来たばかりの Ramo の前に現れ、本来彼に同行するはずだった「指巫女」の代わりを務めると申し出た。ルーンを身の内に取り込み己が力とする方法と、褪せ人たちが集う円卓の在処。それらを教える対価としてメリナが要求したのは、自身を黄金樹の麓まで連れていくことだった。寄り道も多かったものの、Ramo は彼女の案内に沿ってリムグレイブ, リエーニエ、アルター高原を踏破。そして昨日、ついにここ、王都ローデイルへと至ったのだった。しかし──
「"使命" を果たしに行ったのではなかったのか?」
これまでの道程において、メリナは Ramo と共に歩いてきたわけではなかった。彼が祝福で休息しているときに今のようにどこからともなく現れ、短い会話の後に忽然と消える。その回数も多くはなかったが、それらの中で彼女は「母から授けられた使命」を果たすために黄金樹を目指しているのだと語った。ただ、Ramo は今以てその内容を知らない。メリナが語らず、彼の方から問うこともしなかったためだ。そしてメリナは昨日 Ramo が王都城壁の内に踏み入った時点を以て契約の終了を宣言。ここなら、私も自由に動ける──そう言って彼女は姿を消した。
「そのはずだったのだけど、少々不測の事態に出くわして。」
メリナは黄金樹を見上げながら、言葉を続ける。
「それについて説明したいのだけど、そのためにもまずは黄金樹にたどり着いてもらう必要がある。」
聖堂内に吹き込む風が薄紅色の髪を揺らした。Ramo は黙したまま、話の続きを待つ。
「この先で待ち構える守り手、『忌み王モーゴット』は手強い。あなたの卓越した剣技を以てしても、打ち倒すのは難しい──と私は見ている。だから加勢しに来た、というわけ。」
目的達成の助力は惜しまない、ということらしい。しかし Ramo は、その内容が如何なるものであれ、彼女からの依頼は受けないことを既に決めていた。
「有り難い申し出ではあるが、お断りする。」
一度拒否されることは折り込み済みだったらしい。メリナは淀みなく弁明を述べる。
「あなたの力量を低く見ているわけではないの。私はただ、使命を果たすためにどんな小さな障害でも──」
「そういう意味ではない。信頼の置けぬ者との取引はせぬ、というだけのこと。」
予想外に厳しい拒絶に、メリナの声が震えを帯びる。
「信用できない? 私が? あなたに嘘を言った覚えはないけれど。」
「欺瞞とは、事実と異なるを伝えることだけではない。伝えるべきを秘したままにしておくこともまた──」
「よお、待たせたな!」
Ramo の言葉は不意に飛んできた男の声によって途切れた。市街から戻て来た Karl が堂内に駆け込んでくる。振り返ると、メリナの姿は既にない。こちらの意思を最後まで伝えることはできなかったが、決別の意向は示した。それに、彼女がこのまま引き下がるとも思えない。必要とあれば再び現れることだろう。
「それでは、参ろうか。」
夜の闇に輝く黄金樹を目指し、二人は力強い足取りで歩き出した。
「お主には興味のないことかも知れないが──」
聖堂の回廊を歩きながら、Karl が切り出した。何事か、と言いたげに Ramo の方眉が上がる。
「この戦いでもしも私が命を落とすようなことになれば、モーゴットの謀を追う者がいなくなる。先ほど Vianna にも伝えてはきたが、其方にも知っておいてほしいのだ。私が奴に挑む理由を。」
「不穏なれど興味深き話。是非にお聞かせ願いたい。」
Karl はかつての赤獅子騎士。彼が仕えた『星砕きのラダーン』もまた半神の一柱である。モーゴットとラダーン、ひいてはその臣下たる Karl との間にどのような因縁があるのか。
「マリカの子たる半神たちはそれぞれ、エルデンリングの砕けに際しその破片である大ルーンを手にした。大ルーンの力は絶大だ。欠片であるとは言え、元はこの狭間の地のすべての生命を支配する黄金律であったのだから。彼らはその力に溺れ、狂い、すべての大ルーンを己がものとせんと互いに奪い合った。これが広く知られている『破砕戦争』勃発の経緯だ。」
「そのように聞いている。」
Ramo は頷いた。ここまでの話は、円卓で二本指から──正確にはその側に控える指読みの老婆から──聞かされた内容とも概ね合致している。
「だが事実は違う。半神たちは狂ってなどいなかった。少なくとも我が将、ラダーンは。彼らが互いに争ったのは、大ルーンの力を欲してのことではない。戦争がもたらす各地の混乱と衰退、そして何よりも、強大な力を有する半神たちの疲弊と損耗。それらを必要とする者の手引きの結果であった。」
複数の勢力を互いに争わせ自らは漁夫の利を得るというのは、よくある類の陰謀ではある。とは言え、破砕戦争のように全土で行われた総力戦においては、首謀者自身の安全を確保することが困難となるために、その種の奸計が罷り通る余地は小さかったはずだ。
「破砕戦争を仕組んだのがモーゴットだったと?」
「その通り。奴の関与が初めて呈したのは、ケイリッドが朱い腐敗に覆われる原因となったマレニアの進攻だ。彼女はリエーニエやリムグレイブをほぼ素通りしてケイリッドに攻め入ったが、何故そんなことをする必要があった? 辺境という点において啜り泣きの半島とそう変わらない最果ての地に何があるというのか。」
言われてみれば確かに。「マレニアの南進」は、リエーニエの街道沿いに戦火を起こしはしたが、当時その地の支配的な勢力であったカーリア王家やレアルカリアの魔術学院には目もくれていない。ストームヴィル城のゴドリックはマレニアに敗れ、地に伏して許しを乞うたと言われるが、その際も城が攻められたという話は聞かない。それらの事実は、彼女の行動が遠征ではなく、ケイリッドにある「何か」を目指しての強行軍であったことを示唆している。
「不敗を謳われた最強の半神が、そこまでして追い求めるものとは。」
そう呟いた Ramo を老兵が睨む。
「間違えるな、最強はラダーン殿だ。──というのはさておき、彼女の二つ名は知っておろう。」
「──ミケラの刃、マレニア。」
マレニアには双子の兄がいた。呪いにより永遠に幼い姿のままとなった半神ミケラ。彼女が追っていたものとは、つまり。
「そう。マレニアは彼らの住処とされる聖樹と呼ばれる場所からモーゴットによって拐かされた兄ミケラを追っていたのだ。」
聖堂を抜けた二人は、目も眩むような高さに架けられた橋に差し掛かる。王都上空を吹き流れる夜風に晒されながら、Ramo は次々と浮かび上がってくる疑問に混乱していた。
「何のためにミケラを? そして何故ケイリッドに? そもそも、それを行ったのは本当にモーゴットなのか?」
「言っただろう? 目的は半神同士を衝突せしめること。黄金樹に服わぬ待つ勢力が互いに潰し合うなら、これほど都合の良いことはない。ローデイルの尖兵として敵対する各種の勢力の撃滅を任じられていた奴には、それを企む動機がある。」
得心の一方で、別の疑問が頭をもたげる。
「彼がその力を振るったのは、ローデイル防衛戦ではなかったか。王都防衛の任に就いているモーゴットがケイリッドまで出向くとは。」
その問いに、Karl は肩をすくめて見せた。
「確かに、私もそこは不自然だと思った。しかし実際、ミケラを連れ歩く奴の姿が当時のケイリッドで目撃されている。一人二人ではなく、大勢によって。あの巨体と全身から生えた角は見紛いようがない。」
「その噂はマレニアの耳にも届き、彼女は軍勢を率いてケイリッドに向かった──というわけですな。」
そこで、二人の足が同時に止まった。Ramo の左手が『打刀』の鯉口を切る。
「昔語りは一時中断だ。」
まだ姿の見えぬ敵に向け、Karl は背負った大剣「クレイモア」を構えた。
闇の中から滲み出るように姿を現した人影は、宙を滑るようにこちらへ近づいて来た。これを迎え撃つべく Karl がクレイモアで正面の空間を薙ぎ払う。だが敵はその軌道の手前で進路を真横へと転じてこれを躱した。続いて繰り出された追撃も、一瞬で逆方向へと切り返した標的を捉えることができずに虚空を突くのみ。
「くそっ! 何だこいつは?」
相手の動きは常識を外れていた。まるで慣性というものが存在しないかの如く、些かの溜めもなく瞬間的に行われる方向転換。そのために、標的の移動先を読んで行われる攻撃が悉く空振りとなるのだった。縦横にはためく黒衣を目で追いながら、Ramo は内心で舌打ちする。『黒き刃の刺客』とは、厄介な相手が出てきたものだ。相手の着地に合わせ『貫通突き』を放つ。普通であれば絶対に躱されることのない、必中の拍子だ。しかし標的は足を着いた瞬間でさえ、静止はおろか減速さえせずそれまでと変わらぬ速度で床の上を動き続けた。切っ先が貫いた黒い影は残像となって消え去る。鍛錬で為せる類のものではない。魔術あるいは祈祷の力を用いたものだろう。Ramo は過去に二度黒き刃の刺客と対峙しているが、そのいずれにおいても苦戦を強いられている。一度目は幸運にも相手が手負いであったため、その足捌きの瑕疵を突いての勝利。二度目は「遺灰」を使って呼び出した霊体と力を合わせることで辛勝。単身で勝てる確証はない。そして現状は──Karl という味方がいるとはいえ、窮地にあることは間違いなかった。
二人の攻撃を読み切ったとばかりに、敵はついに攻勢へと転じた。『黒き刃』──奇妙に捩じくれた複数の刃を備えた短剣──を構え、Ramo に向かって飛び込んでくる。右へ飛んでこれを回避。すぐさま打ち込みで応じようとしたが、既に左後方まで回り込まれていた。反撃を中止し、そちらに向き直って構える。すると敵は狙いを Karl へと転じ、そちらへ駆けだした。慌てて追うが、それは陽動。予兆なく瞬時に反転した刺客が繰り出した刃に左腕を打たれた。離脱される前にせめて一撃と放った一閃は、またも空を切る。やはり、容易には捉えられぬ。先読みを許さぬ動きから繰り出される攻撃の凌ぎ難さに、Ramo は息を飲んだ。
鬱陶しい奴だ。ちょこまかと動き回りおって。Karl は悪態を吐く。彼の得物である大剣は、威力・リーチに優れるものの振り出しの速度は遅く、今対峙しているような機動力で場を掻き回すタイプの相手とは相性が悪い。それを知ってか、敵は彼に対してはより深く踏み込んできているようだった。
「ラダーンの下に弱卒なし。赤獅子騎士を舐めるなよ。」
Ramo の周囲を旋回し仕掛ける機を伺っているように見えた敵が、不意にこちらへ跳ぶ。意表を突く見事な機動。だが、こちらもいい加減慣れてきた。相手の飛び込みに合わせ、頭上に構えた拳を振り下ろす。戦技『赤獅子の炎』──扇状に広がる炎が放たれ、熱と衝撃に打たれた暗殺者は倒れ込んだ。
「これで終わりだ。」
伏した敵を目掛けクレイモアを叩きつける。火花、そして石床を打つ音。Karl の目が、一瞬早く飛び去る影を捉えた。
「そっちへ行ったぞ!」
仕掛けてくる──Ramo の全身が緊張する。闇雲に刀を振るっても奴を捉えられはしない。機会は一瞬。視界の隅を黒いものが掠める。背後を取られた。反転──と見せかけて、正面、上。刃を振り下ろす敵の腕を抑えて止める。如何に身軽とはいえ、攻撃の瞬間は軌道を変えられない。打刀を手放し、相手の腕を掴む。逃れようと繰り出される蹴り。だが、放しはしない。全身で回転して組み伏せる。脚で仰向けになった相手の膝を抑えた。ここからが正念場。Karl が叫ぶ。
「やっちまえ!」
素早く左手で『脇差』を抜き、敵の喉元へ。覆面から暗殺者の眼が覗く。月明かりに輝く瞳。こいつは──。脇差を握る左手の動きが止まり、同時に相手を押さえつけていた力も失せる。その一瞬を突いて、敵は拘束から抜け出した。黒い残影を引いて、飛び去る影。柵の手前で止まり、こちらを振り返る。無言で睨み合う二人。だがそれも一瞬のこと。暗殺者は黒衣を翻し、橋の下へと姿を消した。
「何故逃がした?」
Karl が柵に駆け寄り、身を乗り出して下方を覗き込む。見えるは闇ばかり。
「虚を突かれた。幻術の類だと思う。」
「なんとまあ。暗殺者だけあって、誉れなき手管に長けておることだ。」
呆れ顔で呟く Karl に背を向け、先程刃で打たれた箇所を確認する。手甲は切り裂かれていたが、その下の腕の傷はごく浅かった。
襲撃者の退散、そして互いの無事を確認した二人は、橋の先に設けられた「女王の閨」の祝福にて休息を取っていた。
「なんとも面妖な動きをする奴だったな。どうすればあんなことができる?」
「おそらくは魔術の類かと。」
「魔術か。そう言えば、ラダーン殿は重力を操る魔術を修めていたが、その近縁かもしれんな。」
「とにかく、なんとか退けることができた。奴について当面は案ずるに及ばぬであろう。──それよりも、先の話の続きをお聞かせ願いたい。」
あの敵についてはこれ以上話したくない、ということのようだ。だが、それを咎めるつもりはない。何を隠しているかは知らないが、愚かな嘘をつく男ではないことは承知している。彼がそう言うのならば、あれについては片が付いた、ということだ。
「ええっと、どこまで話したかな。」
「モーゴットに拐かされたミケラを追い、マレニアがケイリッドへ詰めかけた、と。」
「ああ、そうだった。」
Karl の脳裏に、朱い腐敗に冒される前のケイリッドの美しい風景が蘇る。
「奴は敢えて自分の姿を目撃させたのだろう。知っての通り、ケイリッドはリムグレイブに繋がる西部を除いた三方を海に囲まれた土地。それ以上はどちらへも進みようがない。となれば、リムグレイブへ引き返したのでない限り、モーゴットそしてミケラは未だケイリッドに留まっていると考えるのが道理だ。」
Ramo は当時の状況を想像する。道中の障害を蹴散らし破竹の勢いで進軍するマレニアと、それに向かい立つラダーン。情勢を考えれば、穏当に済む成り行きではない。
「マレニアはケイリッド全域の捜索権を求めた。領地とそこに暮らす民の安全を考えれば、当然呑める要求ではない。戦時にあれば尚更にな。しかしラダーン殿は、この法外な要求にも対話を以て応じたのだ。ミケラ殿の捜索はケイリッド軍が責任を持って行う。状況については逐一報告させるので、この場は引き上げを願う、とな。」
「なるほど。礼節に厚い武人であったという評は真であったようですな。」
かつての主への称揚に Karl は、僅かに頬を緩める。
「左様。私は黄金樹やローデイルの王家、あるいは彼の生まれたるカーリア王室ではなく、ラダーン殿個人の武と徳に忠誠を誓っていたのだ。おそらく、他の騎士たちも同様ではなかったか、と思う。」
そのような主君に仕えることができるというのは得難く幸運なことだ、と Ramo は思った。
「だがその申し出は、兄ミケラの身を案じ半狂乱となったマレニアには受け容れられなかった。彼ら二柱の半神は避けがたく相撃つこととなり──その後は、お主も知る通り。」
追い詰められたマレニアはその身の内に宿した「朱い腐敗」を解き放つ。その瘴気は戦場であったエオニアの沼はもとより、ケイリッド全土を覆い尽くした。朱い腐敗はすべてを蝕む。落葉や屍のみならず、生ける者の血肉──そして、その心さえも。それは最強の半神とて例外ではなかった。
「ラダーン殿が正気を失い、配下の将兵も多くが腐敗の毒に倒れた。かくて、赤獅子の勢は壊滅。」
だが、一方のマレニアも無事で済んだわけではない。腐敗を解き放った反動で前後不覚に陥り、ミケラの消息はおろかその手掛かりすら掴めぬまま配下の騎士に担がれて聖樹へと逃げ帰ったという。
「勝者なき戦の後に残ったのは腐れた大地と、そこに暮らす民の苦悶の日々。奴にどれほど崇高な目的があったかは知らぬ。だが、これほどの災禍を招いたことの咎は、必ずや奴めに負わせねばならない。さもなくば、ケイリッドを護って斃れた戦友と、今なお荒野を彷徨よっているラダーン殿に対し、如何にして顔向けできようか。」
主君を、そして故郷を奪われたことへの復讐。決して前向きとは言えないが、それを止めようとは思わない。傍から見てどれほど無益なことであろうとも、生きていくために区切りが必要となる時期が誰にもあることを、Ramo は知っている。そして今こそが Karl にとっての区切りのときなのだ。
「この日をどれほど待ちわびたことか。勝っても負けても、この一戦でケリが着く。」
立ち上がった Karl が、まるで初陣に挑む若武者のように見えた。無用の節介かとも思ったが、あえて忠言を入れる。
「なんとしても無事に戻って頂く。帰りを待つ Vienna 殿のためにも。」
「なんだ、お主が貰ってくれるのではないのか?」
「伯父を見殺した卑劣漢と恨まれるが恐ろしく。」
「ああ──確かにそれは。逆にお主が死んだら、私が恨まれるんだよな、きっと。」
互いの拳を軽く打ち合わせ、男たちは王座へと続く階段を駆け上がった。
「祝福なき褪せ人よ。王の座に、何の用がある。」
それが、黄金樹へと至った最初の褪せ人を迎えた『忌み王モーゴット』の第一声だった。初めて見えたはずのこの半神を Ramo は知っている。捩じれ角に覆われた顔と、襤褸を纏い杖突くその姿には見覚えがあった。かつてストームヴィルの城門前で相対した際は「マルギット」と名乗ったはず。
「久しいな、忌み鬼よ。」
「消し損ねた火の粉がここまで飛んで来たか。」
モーゴットは手にした杖を目の高さに水平に持ち上げ、握る手に力を込めた。木質の外皮が剥がれ落ち、その下から奇妙な流紋の浮く刀身が現れる。
「お前たちは、皆、同じ。野心の火に焼かれた、略奪者よ。愚かな墓標に刻むがよい。最後の──」
呪剣を構える忌み王の口上を、野太い声が遮った。
「どの口で人を略奪者と呼ばわるか。奸計に依って王座に就いた恥知らずが。」
モーゴットは今気づいたといった風情で Karl を見遣る。
「何だ、おまえは? 我が軍の兵装だが、ローデイルの臣民ではないのか?」
「元ケイリッド軍小隊長 Karl、かつて貴様の謀りに倒れたラダーン殿の仇を討ちに参った。」
その言葉にモーゴットは何事か考えているようだったが、やがてその顔に薄い笑いが浮かんだ。
「将軍ラダーン。奴もまた、まつろわぬ裏切り者のひとり。黄金樹に対し、おまえのその忠義の半分も持ち合わせておれば誅されずに済んだものを。」
老騎士の瞳に怒りの炎が宿る。
「もはや話すこともない。その首刎ねて、我が主への供物としてくれようぞ。」
Karl と Ramo が同時に走り出す。迎え撃つモーゴット。王都最奥の戦いは、斯くして幕を上げた。
その老人然とした外見に違い、モーゴットは機敏だった。一跳びの幅が Ramo たちの十歩をも超えるため、およそ安全な距離というものが存在しない。呪剣と左手の内に瞬間的に作り出される光の武器の二刀で繰り出される連撃は苛烈の一語に尽きる。大楯を構える Karl ですらこれを受けるのがやっとで、反撃への糸口を掴みあぐねていた。Ramo の状況は更に厳しく、受け損ねた攻撃による手傷が重なり、すでに「緋雫の聖杯瓶」を二度使用している。このまま戦い続ければ、追い込まれるのは明らかだ。法力で発生していると思しき光の武器はどうしようもないが、あの呪剣をなんとかできれば奴の手数を減らすことができるだろう。
「赤獅子騎士の戦い方、見せてくれよう。」
大楯を背に戻す。心細いが、しばし防御はお預けだ。クレイモアの柄を両手で握りしめ、Ramo を攻め立てるモーゴットに駆け寄る。そして、上段の構えから一撃。見え見えの大振りは難なく躱される──が、構いはしない。これは誘いだ。狙い通り、奴はこちらに標的を変えた。跳躍で左──こちらの利き手の反対側──へ回り込み、振りかぶって見せる。だが、これに反応してはならない。奴の剣は、そこから一呼吸遅れて飛んで来るからだ。如何な絶技とて、繰り返し演じれば凡庸となるを知れ。振り出された呪剣にクレイモアを叩きつける。腕を伝い全身を貫く衝撃。気が付いたときには宙を舞っていた。
弾き飛ばされ、床に転がる Karl。一方の忌み王はその場に踏みとどまり、その膂力で打ち負かした老騎士を見下ろしていた。
「浅知恵だな。我の呪われし血から生じたこの刀身、人が鍛えた鋼ごときに後れを取るものではない。」
頭を振りつつ起き上がった Karl は己が得物の有様に息を呑む。クレイモアの刀身は "く" の字に曲がり、その内側の刃は無残に潰れていた。
「──なんという強度だ、くそったれが。」
「褪せ人でない其方は見逃してやろう。ラダーンの犬よ、立ち去るがよい。」
モーゴットの呪剣が再び Ramo に向けられる。だが、両者の戦いの流れは先刻までのそれとは様相を異にしていた。目まぐるしく繰り出される連撃が、いずれも紙一重で外れて空を切る。Karl がそうしていたように、Ramo もまた敵の動きを見定め、その足運び、拍子の取り方などの "クセ" を己の身体に覚えさせていたのだ。加えて彼は、モーゴットの呪剣に生じた変化に気が付いていた。それは──音。血から生じたという刀身が具体的にどのような物質かは知る由もない。だが、『打刀』とぶつかる際に発する音の響きから、それが金属よりも石に近い──硬くはあるが、粘りがなく脆い──性質のものであることが知れた。そして先程 Karl のクレイモアと打ち合った際に聞こえた一段低い音は、刀身の内側に破断、即ちヒビ割れが生じたことを示していた。あの箇所をもう一度打てば──。
「Karl 殿、感謝する。」
敵が放った力任せの一振りを Ramo の剣閃が捉える。狙った位置へ寸分違わず打ち込まれた刃は、呪剣の刀身を叩き折った。
呪剣の破壊に動揺を滲ませながらも、モーゴットは戦意を失わなかった。
「馬鹿な。褪せ人ごときに──。」
投げつけられた光の槍を、Ramo は前に跳んで難なく躱す。続いて叩きつけられた光の大鎚も彼を捉えることはできず、ただ石造りの床を砕いて消えた。これら法力で作り出される武器が効果を発揮したのは、呪剣という攻撃の主体があってこそのこと。それが失われた今となっては、さしたる脅威たりえない。
「これ以上の戦いは無益と存ずる。この場は一度、矛を収められよ。」
Ramo の呼びかけに、モーゴットは肩を震わせる。
「屈しろというのか。この我に──最後の王に!」
憤怒に支配された忌み王は、光の槍を縦横に振り回す。そこには先ほどまでの技巧も戦術もなかったが、それだけに軌道が読めず、却って危険ですらあった。やはり、対話は不可能であったか。力による決着に向け、再び構えを取る。その瞬間、Ramo の背後から走り込んできた Karl が、戦技『獅子斬り』──空中で回転し、その勢いを乗せて叩きつける必殺の一撃──を放った。血飛沫と共に、モーゴットの側頭部から数本の角が落ちる。
「とどめだ!」
伏した敵目掛けて振り下ろされるクレイモア。だがそれは打刀の峰によって弾かれた。
「何故止める!?」
激昂し叫ぶ Karl に対し、Ramo は穏やかな調子で応じる。
「申し訳ないが、ここは任せて頂きたい。」
「しかし、我が主の仇は──」
「一太刀ならば、すでに浴びせたであろう。」
沈黙。Karl は目を閉じ天を仰ぐ。数秒後──大きく息を吐いたその顔には、常の落ち着きが戻っていた。
「──わかった。他ならぬお主の頼みとあれば。」
予想外の事の成り行きに、モーゴットが口を開く。
「どういうことだ? 何故我を殺さぬ?」
Ramo は膝を折り、モーゴットへ語り掛ける。
「始めに申しておこう。俺はエルデの王になるつもりはない。」
この言葉には、モーゴットのみならず Karl までもが困惑した様子を見せた。
「ならば何故ここへ──玉座へやって来た?」
「謎を解くため。この狭間の地に何が起きているのか。如何にすれば平穏が戻るのか。」
それはこの旅の間、ずっと考えていたことだ。
「我に何を求める?」
「王の座に在ることを。」
「──何だと?」
予想だにせぬ回答に、然しもの忌み王も驚きを隠せぬようだった。
「黄金樹、そして王の存在は、狭間の地の民が "人" として生きるために不可欠らしい。例えそれが、何者かによる支配の手段に他ならなくとも。」
「それだけでは足らぬ。砕けた黄金律を修復せねば。それを成したる者だけが王たる資格を得る。」
「ならば、貴公が成せばよい。必要とあらば力を貸そう。」
「ますます分からぬ。貴公の目的は何だ。」
その問いに、Ramo は目を細めた。
「其方の申し出は確かに受け取った。なれど即座には回答しかねる。しばしの猶予を願いたい。」
褪せ人と交わした長い対話を、ローデイルの現王はそう結んだ。Ramo は朗らかに応じる。
「是非もない。たとえ容れられずとも、貴公と対話ができたことに意味がある。」
「変わった男だ。──なればこそ、ここまで来れたのだろうか。」
続いて、モーゴットは傍らに所在なさげに佇む Karl に声をかけた。
「ラダーンの騎士よ。其方にも伝えるべきことがある。」
「何を今更。──まあ、聞くだけ聞いてやろう。」
「それが何者かを明かすことはできぬが、破砕戦争の折マレニアをケイリッドへ向かわせたのは我ではない。もちろん、ミケラを連れ去ったのも。」
思わぬ告白に、Karl の目が見開かれる。
「何だと!? ではあれは誰の所業だというのだ!?」
「それは明かせぬと申した。」
「ふざけるな。ここまで話しておいて何だ。つべこべ言わずに吐け。」
「明かせぬ──という事情から察することだ。それができぬなら、これ以上立ち入らぬ方がよい。」
いきり立つ彼を宥め、Ramo が後を引き取った。
「然らば、我らはこれにて引き上げよう。色好い返事を期待している。」
モーゴットに向かい『一礼』の所作で頭を垂れた後、Ramo は Karl の背を押して王座を後にした。
「変な奴だとは思っていたがここまでとはな。あの忌み王を相手に交渉など、普通なら考えもしないだろう。」
モーゴットの元を辞したときには憤懣やるかたなしといった様子を見せていた Karl だったが、市街地へ至る頃には上機嫌になっていた。
「敵討ちを断念させてしまったこと、まことに申し訳ない。」
頭を下げる Ramo に対し、彼は首を横に振る。
「いや、むしろこれで良かったのだ。奴の話が事実だとすれば、真の仇は別にいることになる。あのまま奴を討ち取っていたら、それを知ることもなかったのだからな。」
大通りから路地を抜け隠れ家へとたどり着いた頃には、東の空が白み始めていた。Karl が伸ばした手の先で、扉が内から跳ねるように開く。飛び出してきた Vienna の顔は強張り青ざめていた。二人の無事を認識した彼女の頬を涙が伝い落ちる。よほど心配して待っていたのだろう。
「今帰ったぞ。」
Karl の声を聞いて緊張が解けたのか、Vienna は彼に駆け寄り、その胸に顔を埋めた。
「おかえりなさい、──伯父さん。」
その言葉に Karl は Ramo と顔を見合わせる。照れたように笑う老騎士の目にもまた、涙が滲んでいた。
佇む三人の影が路上に長く伸びる。昇りくる太陽と競うかのように、黄金樹もその輝きを増しつつあった。光と共に訪れる新しい一日。その来し方を見上げて、Ramo は願う。人に、獣に、草木に──この地のすべての生命に、祝福よあれ。