褪せ人 Ramo と Saki の物語 作:Skinny Slaver
コメディ&パロディ回。幕間のエピソードなので短く切り上げようとしたのだけど、何故かこれまでで最長に。残念なのは私の構成力でした。
稀に見る美丈夫──それが、召喚の主に対する Saki of Astora の第一印象だった。端正な顔立ちを一際に引き立てる銀の長髪と紅の瞳。褐色の肌と尖った耳は、見る者に遠い異国の情景を連想させる。上背のある剛健な体躯を白い重鎧に包んだその立ち姿は、さながら一幅の絵画のようだ。
「美しき女性よ、お目にかかれて光栄です。我が名は Neidhardt──お見知り置きを。」
よく通る高音でそう呼びかけると、彼は跪いて Saki の手を取り、その甲に接吻する。実に気障な振る舞いであったが、この男の容貌にはそれをごく自然なものであるかのように思わせる力があった。この雰囲気に呑まれまいと、Saki は敢えてくだけた所作で応する。首をわずかに横に傾け、控えめな笑顔。
「Saki of Astora です。よろしくお願いします。」
「Saki さん、ですね? その可憐さに相応しい高貴な響き。」
歯の浮くような文句だが、Neidhardt は些かも臆することなくさらりと言ってのける。これは手強いぞ──と、Saki は内心で身構えた。
彼女が召喚されたのは、リエーニエの北端に位置する『カーリアの城館』、その正門前。その奥には、城壁と樹木に陽光を遮られて昼なお暗い中庭が見える。なるほど、ここはかなりの難所だ。とりあえず、ここに潜む "あいつら" への対策を講じておいた方がいいだろう。そう考えた Saki は、道具入れから『火山壺』を取り出した。一方の Neidhardt は未だ動き出す素振りはなく、門柱脇に設けられた殉教者の偶像──協力サインを集める仕掛け──を見つめている。
「まだ行かないんですか?」
「すまない。もう一人鉤指を喚ぼうとしているのだが、なかなかこれという人物が見当たらず難儀している。Saki さんと出会ったことで、私の目が徒に厳しくなっているのかもしれない。」
先刻より幾つものサインが現れているが、彼はその上に浮かび上がる像を一瞥するだけで見送っていた。あまり時間をかけると侵入が来ちゃうんだけどな──と言いたい気持ちを、ぐっと抑える。しばらく見ているうちに、彼が何を待っているのかが Saki にも分かってきた。像を見る時間に差があるのだ。男は短く、女は長い。さらに、その外見が若ければ、視線が走る時間はより長くなる。女に不自由するようには見えないが。──これだから男ってやつは。
ついに召喚されたその鉤指は、Saki の予想に違わず美しい少女だった。
「魔術師 Amane、召しに応じ、貴公の剣となるべく参じました。」
「Amane さん──ときめくお名前です。」
Neidhardt は Saki にしたのと同じく、跪いて彼女の手に口づける。Amane の容貌は Saki のそれとは対照的だった。明るい鳶色の瞳に、これと同じ色のロブ。顔立ちはシャープ。大きな目が快活な印象を与える。身に付けているのが魔術師の装束でなければ、軽戦士といった方が説得力がありそうだ。一方の Saki は、腰まで届く白金の髪を束ねた三つ編みに、瑠璃色の瞳。顔の輪郭も柔らかく、周囲からからはおっとりとした性格と思われることが多い。ただし、それには「黙ってさえいれば」という前提があるが。さて、この色男の目にはどちらがより魅力的に映っているのだろうか。Neidhardt は数歩下がり、二人の鉤指から等距離の位置で向き直る。
「それでは出発しよう。敵の攻撃はすべて私が引き受けるので、お二人には後方からの攻撃を受け持ってほしい。」
鉤指を呼んでおきながら自身が危険な前衛を務めようとは、珍しい主もいたものだ。女性の前だからいい格好をしようとしているだけ、というオチじゃなければいいけれど。迷いなく進む騎士の背を追うように、二人の鉤指は鬱蒼と生い茂る木立ちへと続く道を歩き出した。
手入れをする者がいなくなって久しいためか、あるいは以前からそうだったのか。その経緯について知るところではないが、この庭は現在、「ユビムシ」と呼ばれる生き物の巣窟となっていた。切り落とされた人の手が指を使って這い回るが如きその様は悍ましいの一言に尽きる。加えて、死体を思わせる土気色の肌と青黒い爪、ところどころに見える水疱、そして──人のそれとは明らかに異なる、十二本の指。初めてこれを見たときには、狭間の地での戦いに慣れ熟練の戦士となっていた Saki も戦慄した。それでも、そこらを這いまわっている犬程度の大きさの個体ならば、気持ち悪くはあったが駆除するのに苦労はない。彼女に久方ぶりの悲鳴を上げさせたのは、頭上から降ってきた大型のユビムシだった。一番長い指で1メートル強あり、その直径はおよそ20センチメートル。十分に人間を握り潰せる大きさである。これが指を蠢かせてこちらへ "走って" きたときは、さすがの彼女も叫びながら入口まで駆け戻った。石造りのアーチにつかえて身動きが取れなくなっているところに『黒炎』を乱れ撃ってなんとかこれを撃退したが、その頃には彼女の集中力も底を突いていた。
そして今──Saki を含めた三人はその大型ユビムシ二匹を同時に相手取る事態に陥っていた。奴らには、樹木や建物の高い位置に取り付いて、あるいは地中に潜って獲物を待つ習性がある。石敷きの道の中央を臆すことなく足音高らかに歩く Neidhardt が上下からの同時襲撃に遭ったのは当然の成り行きだった。足元から飛び出してきた方に掴まれなかったのは幸運だったという他にない。
「一度退がって! 他の奴らに気付かれたら大変です!」
「わかった!」
ユビムシの攻撃を大盾で弾きながら後退する Neidhardt の頭上を Saki が投げた火山壺が通り過ぎる。そして着弾。吹き出した高熱のガスに焼かれたユビムシが、炎に包まれて地面を転げ回る。
「今です! たたみかけてください!」
続いてもう一匹の方へと視線を転じる。そちらは Amane が『輝石のアーク』で牽制して接近を防いでいた。奴らは存外に知能が高く、こちらの攻撃に反応して横走りでこれを避けようとする。厄介な習性だが、彼女はそれを逆手に取り、飛び道具を連発することで足止めをしていた。さらに、横に広い攻撃範囲を持つアークは逃げる敵の体側に食い込みダメージを与えている。見事な戦術だ。
「やるじゃない、Amane さん!」
そう叫びながら Saki が投げつけた黒炎にユビムシが燃え上がった。のたうち回る怪物に Amane が駆け寄り、『カーリアの大剣』で十字に切り払う。炎と魔力の連撃を受けたユビムシはひとしきり藻掻いた末、緩い泥状の物体となって崩れ去った。Neidhardt さんの援護に戻らなきゃ──。そう思って振り返った Saki が見たのは、直剣を突き立てられた泥化したユビムシと、その傍らに誇らしげに立つ騎士の姿だった。
中庭を行く三人。Neidhardt は道沿いに城館の奥へと進むのではなく、そこから外れて、あちこちと歩き回っている。薄暗い木々の間をあてもなく徘徊させられるのは正直困りものだった。
「何か探してるんですか?」
Saki の問いかけに彼は足を止めて答える。
「ああ、申し訳ない。説明するのを忘れていた。過日とある筋より、かねてより探し求めたる "伝説の武器" がこの城館に秘蔵されているとの情報を得たのだ。今日ここへ来たのは、それを手に入れるため。もちろん、『主』 を打ち破ることができるならば、それに越したことはないが。」
そこで Amane が控えめに手を上げた。
「それは具体的にどのようなものですか? 差し支えなければ教えてください。」
尤もな質問だ。それが分かれば、自分たちも "宝探し" の手伝いができるだろう。
「詳しいことは何も。ただ、『夜と炎の剣』と銘打たれた直剣であるとだけ。」
壁か剣台にでも掛けられていれば目につきやすいが、片手武器は比較的小さいため箱などに収められているかもしれない。この広い敷地でそれを探すのは存外に骨が折れる。ことによると「主」を倒すのより大変かも──と、Saki は心の内で溜息を吐く。
その後の探索は思ったよりも円滑に進んだ。Neidhardt は慎重に歩を進めるようになり、また『火炎壺』を作っておくといいという Saki の助言にもすぐに従った。思ったよりも素直な男だな、と Saki は思う。一匹の大型ユビムシを三人の連携で素早く仕留めることに成功したときなどは、満足げに「ほう、経験が活きたな」と独り言ちていた。とはいえ、前衛を張って敵の攻撃を受ける彼はいずれの戦闘においても全力で獅子奮迅といった様相を見せている。対して、後衛の二人は合間に言葉を交わす余裕があった。
「Saki さんは祈祷を使われるんですね。『ラズリのローブ』を着ているので、最初は私と同じ魔術師かと思いました。」
「ああ、これね──。」
Saki はその淡い青色のローブの裾を掴んで持ち上げる。
「見た目が気に入ったから着てるだけ。私、魔術はさっぱりなんだ。そのおかげで、周囲からは『知力7』だの、『アホの子』だの、散々な言われよう。」
その愚痴に、Amane は苦笑で応じた。
「口の悪い人たちですねえ。知力なんて、ただ魔術を上手く使えるかどうかの基準で、頭の良し悪しとは関係ないのに。その伝でいったら、祈祷を使えない私はとんだ不信心者になっちゃいますよ。」
「そうそう。私は信仰極振りだけど、じゃあ信心深い聖女様かっていったら──これだもんね。」
そう言って自分の頭を拳で叩いてみせると、Amane は口に手を当て小さく笑った。
さらに幾度かの戦闘を経たところで、二人の話題は召喚の主である Neidhardt へと転じた。Amane が若干声を潜めて Saki に話しかける。
「Neidhardt さんの戦い方なんですけど、なんというかその──危なっかしくないですか?」
「やっぱり? 私もそう思ってた。前衛張ってくれるのは助かるんだけど、ガードが安定してないんだよね。」
前に出て大盾を構える Neidhardt が敵の攻撃を引き付け、Saki と Amane が遠距離攻撃で仕留める──これが三人の基本的な戦術であり、それはこれまでのところ上手く機能していた。だが、Neidhardt は頻繁にガードを割られており、そのたびに後衛の二人のどちらかが掩護に入っているのだった。
「殆ど攻撃動作をしてないのにスタミナが切れるってことは、持久力が低いのかな。あんまりそうは見えないけど。」
「鎧が重すぎるのかもしれませんね。」
Neidhardt は敵の攻撃を受けることに専念し、さらに普通は大盾には付与されない『鉄壁』──盾のガード強度と弾き性能を上げる戦技──を駆使することでなんとか立ち回っている。しかし、彼自身の能力と装備、そして戦術に何か重大な齟齬があることは明らかだった。
「たぶん、ちょっとした工夫で改善できることなんでしょうけど、私たちが気付いて指摘してしまったら気分を悪くされますよね。」
その気遣いに感心しつつ、Saki は応ずる。
「その辺は大丈夫──だと思う。ああ見えて度量はある人っぽいから。」
そんなことを話していた二人に、当の Neidhardt の呼び声が届いた。
「こちらへ来てくれ。それらしいものを見つけたのだが──。」
道の脇にある小さな建物。彼女らはその入口の前に集まった。Neidhardt が扉に手を掛けて押し引きするが、開く気配はない。上部に設けられた格子から覗き込むと、堆 く積まれた本の間に宝箱が見えた。
「鍵穴が見当たらないですね。裏から閂が掛けられてるんじゃないでしょうか。」
「ということは、これとは別の出入口があるってことだね。」
格子の隙間に腕を差し込んでまさぐったが、当然のことながらそれらしき構造には行き当たらない。
「奥に梯子が見える。上から降りてこられるようだ。」
Neidhardt が言う通り、部屋の奥には梯子があった。この建物は平屋なので、天井を抜けて屋根の上に繋がっているということになる。見上げる視線の先には、20メートル強の高さの橋。そこから飛び降りれば、屋上へアプローチできそうだが──。
「あそこまで行くとなると、相当時間がかかるよ。なんとかしてここから登れないかなあ。」
外壁は垂直に立ち上がっており、足掛かりになりそうな凹凸もない。その時、横手に回っていた Amane が「これを見てください」と声を上げた。屋根から数本の蔓が垂れ、地面から3メートルほどの高さまで降りてきている。Amane が Saki を見つめ、その視線を受け流すように Saki が Neidhardt を見つめた。
「肩車──じゃ高さが足りないけど、肩の上に立てば届くんじゃないかな。」
Saki は庭土に汚れたブーツを脱ぎ、壁の前に屈んだ Niedhardt の肩の上に素足で立つ。
「乗りました。お願いします。」
その合図で足下の長身が立ち上がると、彼女の視界はぐんと高くなった。右手をめいっぱい伸ばすが、まだ蔓には届かない。二歩右へ。もう少し壁に寄って。そんな具合に調整を繰り返した結果、指が蔓の先端を掴んだ。しかしこれが限界。もっと上の方を掴まなければ、体重を支えられない。彼女は覚悟を決める。
「跳びます!」
待って──と Amane が叫んだときには、Saki は Neidhardt の肩を蹴って蔓の束にしがみついていた。脚をじたばたさせながら、這うようにして屋上へと至った彼女は、階下の二人に向かって親指を立ててみせる。
「もう、無茶をして!」
そう言って身体を揺する Amane の隣で、Neidhardt は Saki が落ちてきた場合に備えて広げていた両腕を静かに下ろした。
奥の方から近づいてくる、裸足で床を踏むぺたぺたという音。続いて扉の内側で閂が外れる。扉は軋みながらゆっくりと開いた。
「じゃーん!」
中から姿を現した Saki が、二人を引き入れる。Amane は彼女が先ほど脱いだブーツを持ってきていた。
「土、落としてくれたんだ。ありがとう。」
「待ってる間、手持ち無沙汰だったんで。」
腰を下ろしブーツを履く Saki に、眉を顰めた Amane が囁く。
「Neidhardt さん、Saki さんが肩の上で足を踏み替えるたびに "ありがとうございます" って呟いてましたよ。」
それを聞いた Saki はわざとらしく驚いた表情を作ってみせた。続いて、口をへの字にし、鼻から大きく息を漏らす。
「まあ、聞かなかったことにしてあげよう。減るもんでもなし、私は気にしないことにした。」
そう言いながらも、Saki は宝箱に取り掛かっている Neidhardt を横目で睨みつけた。──これだから男ってやつは。
伝説の武器のひとつ『夜と炎の剣』は、至るところに精緻な細工を施された壮麗な剣だった。刀身にまで透かし彫りが入れられているので強度面に不安を感じないでもないが、物理的な攻撃力よりも魔法触媒としての機能を期待してのことだろう。手にする Neidhardt も興奮が抑えきれぬようだ。さっそく使い心地を確かめてみようということで、三人は建物を出た。
木立ちが落とす影の中、Neidhardt が剣を顔の横で水平に構える。見目麗しい騎士が宝剣を掲げるその様は、なかなかに絵になった。傍に立つ Amane と Saki が囁き交わす。
「格好いいですね。どんな戦技が出るんでしょう。」
「なんたって "伝説の武器" だもん。期待しちゃうよね。」
二人が見守る中、剣の切っ先が青く輝き始めた。Neidhardt が突きの動作を行うと、その軌道の延長上に魔力の光線が奔る。それは前方十数歩の距離にあった立ち木を薙ぎ倒した。
「すごい! 威力も抜群です!」
「まだだ!」
Amane の歓声を制し、彼は再び剣を構える。次の瞬間、炎が刀身を包み込んだ。彼がこれを振り払うと、紅蓮の輝きが前方に迸り宙を焦がす。
「まさに伝説たるに相応しい武器だ。魔力と炎の両方がそなわり最強に見える。」
Neidhardt は剣を眺めて満足げな笑みを浮かべた。
「私もやってみたい。ちょっとだけ使わせてもらえませんか。」
そう申し出た Saki に彼は鷹揚に頷き、剣を手渡す。Saki は Neidhardt と同じように構え、剣を突き出した。しかし、そこには微かな魔力の流れすら生じない。続けて横にも振ってみるが、火の粉さえ散らなかった。更に幾度か試すも、結果は変わらず。
「私には使えないみたい。Amane さんにも試してもらっていいですか?」
その問いにも Neidhardt は無論と頷く。しかし Amane が振るっても、剣はその力を発揮しなかった。
「この武器は知力と信仰の両方を要求するみたいです。私は信仰が、Saki さんは知力が足りないためにこれを扱えないんですね。」
「ちょっと待って。ということは──。」
二人の視線が Neidhardt に注がれる。当の本人は彼女らが何を訝しんでいるのか理解できていないようだった。
「Neidhardt さんは、重戦士とは真逆の知信タイプなんですよ。」
「じゃあ、やっぱり持久力の問題なんだ。」
「そうですね。鎧を含め装備が重量過多になっているので、スタミナの回復が遅くなり、結果ガードを割られる頻度が高くなっているんだと思います。」
思いがけず誇りとする前衛への適性を否定された Neidhardt が受けた衝撃は大きかったらしい。
「しかし、前線に立ち戦友たちの盾となるは騎士の誉れ……。」
「そんなこと言っても能力が追いついてないんじゃ仕方ないでしょう。ちょっとローリングしてみてください。──ほら、ドッスンだ。」
その様子を見た Amane は僅かに首を傾げ、口元に指を当てて呟く。
「大盾を扱うだけの筋力はあるようですから、やはり問題は重量ですね。軽鎧に変えてみては?」
「そういえば、筋力の割に攻撃力出てない気がするんですけど、武器は何使ってるんです? その剣、ちょっと見せてください。」
Neidhardt は腰の剣を鞘ごと抜き取って差し出した。それを受け取った Saki の目が見開かれる。
「『アストラの直剣』じゃないですか。駄目ですよ、こんなポンコツ武器使ってちゃ。」
「いや、これは強力な祝福が施された上質な武器と聞いている。ガードカウンターで100とか普通に出すし──」
「なんですか100って。ああもう、いったい何処で拾ってきたんですか、こんな産廃。」
「さ、産廃……。」
重戦士への適正に続き、頼みとしてきた武器への駄目出し。自尊心を完全に打ち砕かれた彼は、その場に座してうなだれ、動かなくなった。
城館下層の祝福。Neidhardt は放心状態だったが、Amane が腕を引っ張り、Saki が背中を押してなんとかここまで連れてきたのだった。そして彼は今、祝福の前に座り込み、その光を虚ろな目で眺めている。二人の鉤指は少し離れた場所で休んでいた。
「少し強く言い過ぎたんじゃないでしょうか。完全に打ちのめされちゃってますよ、殿下。」
「いや、あそこまでちぐはぐな状況はきちんと指摘してあげるのが本人のためだよ。それが原因で命を落とすことにもなりかねないんだから。──って、殿下?」
Amane が顔を赤らめる。
「あっ、それは、その──。私が Neidhardt さんにつけたあだ名です。頭の中だけで使ってるつもりだったんですけど、つい。」
「殿下か。雰囲気にぴったりだね。──話は戻るけど、私たちが彼と居られるのは、この短い共闘の間だけなんだよ。だから、気付いたことは余さず伝えてあげないと。」
「でも、一度にあまりに多くの瑕疵を突きつけられたら、受け止めきれない場合もあるんじゃないでしょうか。」
「今の殿下のように──か。そうだね。確かに配慮が足らなかったかもしれない。フォローする方法ってあるかな?」
考え込む二人。だが、その模索は腹の底に響く不快な振動──侵入者の出現を知らせる感覚によって断ち切られた。
「とうとう来ちゃいましたね。」
「私は橋を見てくる。Amane さんは中庭の方をお願い。」
Amane は頷き、階段を下りていった。反応は迅速だが、急いでいても足音を抑えることを忘れない。やはり、それなりの場数を踏んでいるようだ。一方の Neidhardt は、先ほどまでと変わらず祝福の前で項垂れている。侵入には気付いてるはずなんだけどな──と思ったが、侵入者相手となると下手に動かれるよりはこの方がやりやすいかもしれない。そんなことを考えながら、Saki は城館上層へと続く中庭の上に架けられた橋を臨む位置までやってきた。
出入口の陰に身を潜め、外の様子を伺う。この橋を警備しているのは、レアルカリア兵の霊体。もとは王家と敵対する学院によって送り込まれた傭兵たちだったが、この城館へと攻め入った際に何らかの魔術で傀儡化され、今ではカーリア王家に使役されているらしい。大剣、大鎚、槍と大楯、クロスボウと多彩な兵種。加えて魔力の弾を放つ『カッコウの輝石』を駆使し、連携を取って敵に当たる彼らは、ユビムシとはまた異なる意味で手強い。
「まあ当然、そうするよね。」
漏れる小さな溜息。青白く光る霊体の兵たちの間に、赤黒い光を纏う褪せ人──侵入者の姿があった。軽鎧に大曲剣──近接タイプの敵。兵たちは侵入者の存在を認識できないようで、自分たちが護る橋の上を闊歩する人影を気にする様子はない。しかし、ここで侵入者と戦い始めたならば、兵たちは Saki に気付いて向かってくるだろう。そうなると両方を相手取ることになってしまう。それが相手の狙いだ。なんとかしてこちらへ引き込めないものか。周囲を見ようと僅かに上体を傾けたところで、侵入者と視線がぶつかった。
──しまった! 慌てて隠れるが、もう遅い。侵入者はこちらへ走り出していた。レアルカリア兵たちから離れた場所で迎え撃ちたいことろだが、後方には放心状態の Neidhardt がいる。退がるわけにはいかない。
「Amane ちゃん、早く来てよね──。」
祈るようにそう呟いて、Saki は打って出た。せめて先手を取りたい。最速で詠唱した『雷の槍』を投げつけた。しかし敵は機敏な動きでこれを躱す。石床の上で弾ける雷槍。この音にレアルカリア兵が反応する。まずい状況だ。侵入者が大きく踏み込んでくる。武器の構えは──横! 繰り出されるのは『回転薙ぎ』と見当をつけ、敵の足元へと滑り込んだ。空を切って飛ぶ曲剣の刃。すかさず聖印から持ち替えた『君主軍の直剣』を払う。当たった。だが、浅い。追撃を──と考えたが諦めて後方へ跳ぶ。走り込んできたレアルカリア兵が振り下ろした大鎚に石床が砕けた。さらに横へ転がった Saki の傍らを、後方の弓兵が放ったボルトが通り過ぎた。それを追うように走り抜ける人影。まずい、挟まれた! 侵入者に後ろを取られるわけにはいかない。Saki は咄嗟の判断で反転して後方へ跳び、背で兵士の腕にぶつかる。そうして鎚の動きを封じつつ、直剣の柄頭を相手の鳩尾へ。急所に打撃を受けた敵の身体が崩れ落ちる。普通なら致命の一撃を取りに行くところだが、今は無理だ。──ユビムシと遊んでな。Saki は膝で立つ敵の肩に足を掛け、思い切り突き放す。蹴り飛ばされた兵士は橋の上から弾き出され、中庭へと落ちていった。しかし、戦いはまだ終わっていない。
「そこまでだ。」
侵入者の曲剣が Saki 目掛けて振り下ろされる。呼吸は乱れたまま。直剣で受け止めようとしても崩されるのは確実だ。そうなったが最後、致命の一撃を入れられてしまうだろう。胸の奥から最後の息を振り絞って前方へ跳躍。しかし、続く連撃を躱す術はない。ダメージを最小に抑えるには──。
その身に刃を受ける覚悟で敵に向き直った Saki の傍らを青白い閃光──『輝石の速つぶて』が走り抜け侵入者を打った。魔力の弾丸を受けた相手は僅かに怯む。続いて地を蹴る音。つぶてを放った Amane が Saki の前へ駆け込み、『カーリアの速剣』を振るう。その光の刃は標的を捉えたが、先のつぶてと合わせても十分なダメージとは言い難かった。だが──
「助かったよ、Amane ちゃん!」
すんでのところで凶刃を逃れた Saki はこの隙に敵から離れ、息を整える。ついでに青瓶で集中力も補充。これで不利は挽回できた。見たところ、彼女は侵入者と互角に渡り合っている。魔術の威力こそ低いが、複数の魔術を素早く切り替え、間断なく繰り出す戦法は見事だった。空中に『輝剣の円陣』を描き、そこから飛び出す輝剣と共に突進。速剣を振るい、敵が後退したところへ『結晶散弾』による追撃。詠唱に要する時間も他に類を見ぬほど短い。おそらく、精神力と技量に優れるタイプなのだろう。軽戦士という第一印象もあながち間違いではなかったようだ。ここに自分が加われば、撃退は難しくない。Saki は聖印を握り締めて走り出した。
「痛っ──!」
それまで優位にあった Amane の攻撃を止めたのは、敵の背後より飛来した一本のボルト。それは突き刺さりこそしなかったが、彼女の右腕を掠め、一条の裂傷を残した。その来し方を見遣ると、先程まで単独だったレアルカリア兵の射手が二人になっている。クロスボウは装填に時間がかかるという欠点があるが、二人が交互に装填と発射を行うことで、攻撃の間隔が短くなっている。援護に入らんとする Saki も、間断なく放たれるボルトによりその足を止められていた。
「マズいな。」
後方からの援護射撃を得た侵入者が攻勢に転じ、Amane を追い詰めていく。弓兵を始末しに行きたいが距離がありすぎる上、あまり前に出ると奥の兵たちにも気付かれてしまう。そして何より、接近するためには侵入者の側を通り抜けなければならない。Saki には対侵入者用の切り札があったが、今の状態で持ち出しても標的に届く前に撃ち落とされてしまうだろう。どうしたものかと思案する Saki の耳に、背後からの足音が響いた。
敵の新手かと振り返った Saki が見たのは、大楯を構える Neidhardt の姿。先ほどまで身に付けていた鎧ではなく、より軽量な『チェインメイル』を纏っている。その目には、先ほどまで完全に失われていた自信が満ちていた。
「殿下、もう立ち直ったんですか!」
彼はその問いに一瞬の笑顔で応えると、堂々たる足取りで侵入者へと向かっていく。
「Amane ちゃん、来た! 殿下来たよ!」
Amane は素早く後退し、Neidhardt と入れ替わった。
「メイン盾、お願いしますね。」
期待通り、彼のタワーシールドが侵入者の斬撃と弓兵の射撃をまとめて跳ね返す。その様はまさに鉄壁。今なら、アレが使える。Saki は大楯を遮蔽として侵入者から見えない位置に移動し、道具入れから『翼の鎌』を取り出した。予想外の大型武器の出現に目を丸くする Amane に片目を瞑ってみせる。
「これで勝つるのだ。──Neidhardt さん、姿勢を低く!」
そう叫んで駆け出す。Neidhardt は指示通りに膝をついた。勿論、タワーシールドは構えたままだ。
「ごめんね、素足じゃなくて!」
その肩を蹴って高く跳躍。戦技『天使の翼』──振り上げた鎌の刃が白い光を纏う。侵入者は、大楯の向こうから唐突に飛び出した彼女の動きに対応し切れない。舞い散る羽根と共に繰り出された斬撃が、敵の腕を掠める。浅い──が、それで十分。Saki は着地と同時に後方へ跳び、Neidhardt が構えるタワーシールドに隠れる。侵入者も後退し、兵の射撃に守られる位置で赤瓶を呷って体力を回復──しようとしたが、彼を癒すはずの雫が出てこない。慌てて瓶を振る男が最後に見たのは、走り込んできた Amane が振り下ろす『ハイマの大槌』だった。
指摘された通り、重鎧は自身の能力に不相応なものだった──と Neidhardt は振り返る。
「己を大きく見せんがための虚飾。薄々気付いてはいたが、それを認めることができなかった。情けないことに。」
彼は寂しそうに笑った。
「幼い頃から、軍勢の盾として千の敵をも跳ね返したと伝えられる先祖の戦働きに憧れ、自らもそうあるべく鍛錬を積んできた。だが、得られた強さは望んだものには程遠く。私は自問した。自分は何故これほどまでに弱いのか。なぜ父祖たちにできたことが自分にはできないのか。鍛錬が足りないのか。心構えができていないのか。しかし、いくら問うたところで強くはなれない。そしていつしか私は、理想の自分──鉄壁の騎士──を演じるようになっていたのだ。」
彼の語りに、Amane はローブの胸元を握りしめる。「なりたい自分」と「なれる自分」は必ずしも一致するとは限らない。彼女自身も、今まさにそれに悩んでいた。魔術を志しているのに、その威力が上がらないのはどうしてだろう。
「私は自分に与えられた才に背を向け、勝手に苦しんでいたにすぎない。ずっと憧れていた騎士の適性を欠く身を悔しく思う気持ちがないと言えば、それは噓になる。だが、己には魔術と祈祷の才が与えられていたことに気付くことができた。これは僥倖であり、希望だ。歩む道こそ違えど、父祖たちと肩を並べる戦士となることができる──かもしれないのだから。」
Neidhardt のこの変化に、Saki は舌を巻いていた。人は挫折しても再び立ち上がることができる。だが、普通はそのために長い時間を必要とするものだ。自分たちとの出会いが、以前より兆していた変化が顕現するきっかけに過ぎなかったとしても、この立ち直りの速さは劇的という他ない。
「殿下、あまり無理しちゃ駄目ですよ。後から反動きたりしますから。」
Saki のその言葉に、彼は微笑んでゆっくりと頷いてみせた。
「この Neidhardt を見くびらぬよう。進むべき道を見出したからには、もはや迷うことはない。」
その声は、揺るぎない自信に満ちている。
「それじゃあ、この勢いで主の撃破も目指しますか。」
その問いに、彼は目で応える。──無論だ、と。
Neidhardt は橋の向こうに見える城館上層を睨み、拳を掲げる。
「行くぞ!」
この檄に、Saki と Amane も腕を振り上げ、声を合わせて応じた。
「おうっ!」
その後の行程では、戦闘で苦労することはなかった。Neidhardt の防御が強度を増したこともその一因だが、それ以上に Amane の攻め手がよく機能するようになったことが大きい。ユビムシ相手に要求されるのは単純な攻撃力だが、レアルカリア兵や小姓などの人型の敵を相手取る際に重要となるのは駆け引き。彼女は素早い詠唱で次々と使用する魔術を切り替えながら、敵を翻弄する。相手が周囲に注意を払う余裕を失ったところに、Saki の祈祷か Neidhardt の戦技を撃ち込んでやれば、呆気なく片が付いた。
「Amane ちゃん、今どれだけの魔術を記憶してるの?」
Saki が何気なく発した問いに、Amane が指を折りつつ答える。
「アーク、速つぶて、輝剣、円陣、散弾、連弾、速剣、大剣、砲丸、大槌、岩石弾、で11個。──あ、待ってください。『星明り』もあるから12個ですね。初級のものばかりですけど。」
その回答に、Saki は息を呑んだ。
「持っている『メモリ・ストーン』の数は?」
「2つです。円卓のお婆さんから買った1個に、啜り泣きの半島の魔術師塔でみつけた1個。」
これは──異能と言ってよいだろう。アルター高原をそれなりに探索した Saki ですら、記憶できる祈祷の最大数は7つ。しかも、数が多くなるとその切り替えに混乱が生じるので、最後の1枠は使わず、6種で運用しているのだ。
「気付いてる? それ、すごい才能だよ。メモリ・ストーンがなくても10種の魔術を記憶できるなんて。普通は2つなんだから。」
「ええ、本当ですか!? 私をからかってる──わけじゃないですよね。」
Amane の目に驚きの色が広がる。彼女もまた、己の才に気付いていなかった人間だった。
「さっき、自分の魔術は威力が低いっていってたけど、記憶力の方に振り向けられちゃってるんじゃないかな。詠唱の速さからして技量もかなり高いみたいだから、刺剣とか使ってみるのもいいかも。」
「私、知りませんでした。他の魔術師も、威力はともかく、記憶している魔術の数はそんなものだと──。」
敢えて競うこともないが、自らの能力を客観的に把握するためには、他人と比較することも重要だ。
「それに、切り替えの正確さもかなりのものでしょう? 威力ばかりじゃなく、種類と手数で勝負するスタイルもありだと思う。」
「そうですね。いきなりのことで、すぐにはまとまりませんが、考えてみます。」
そんな話をしているうちに、三人は城館の最上部にある星見の広場──結界によって守られる主の領域の前へとたどり着いていた。チェインメイル姿の Neidhardt が振り返る。左手にタワーシールド。そして右手には、先刻手に入れた夜と炎の剣が握られていた。
「Saki さん。Amane さん。二人の協力と助言には本当に感謝している。最後の戦いへの備えはよろしいか。」
鉤指が揃って頷く。今、味方の実力に不安はない。
「では、よろしくお願い申す。」
一礼の後広場へとに結界の中へ踏み入った Neidhardt に続いて、Saki と Amane は結界を潜り抜けた。
『親衛騎士ローレッタ』──この城館の守護者は、騎乗の霊体だった。高い機動力から繰り出される斧槍の斬撃は侮り難い。さらに『輝剣の円陣』『輝石の彗星』といった魔術が織り交ぜられるため、三対一というこの状況にあってもこちらが手数で勝っているという実感はない。だが、こちらを追尾してくる厄介な輝剣や、絶大な威力を誇る魔術『ローレッタの大弓』は Neidhardt が大楯で防いでくれている。敵の魔力耐性が高いため、Amane は『岩石弾』を攻撃の主軸に据えたようだ。最大の火力は、Saki が放つ祈祷『黒炎』。彼女は他の褪せ人がするような上手投げではなく横投げで火球を放る。その独特の投法は火球の飛距離を伸ばすと同時に軌道を微妙にカーブさせ、命中率の向上に寄与していた。もっとも、当の Saki は無意識にこれを行っているのだが。三人の絶妙な連携の前に、高密度の魔力で構成されるローレッタとその騎馬の身体は徐々に削られ、希薄化していく。
次の一手が決着となる。そう見込んだところで、Saki と Amane は攻めの手を止めた。最後の一撃は主に譲るが鉤指の作法なり。誰が言い出したか定かでなく、また何の益もない仕来りではあったが、彼女らはそれに従っているのだった。
「殿下、決めてください!」
「格好いいとこ見せてね!」
ローレッタの注意を引きつつ、Neidhardt にとどめの機会を作る二人。だが彼は、絶好と思えるタイミングでも剣を振るわず、何かを伺うように左右への移動を繰り返している。
「何やってんだろ? 私たちにお膳立てされているのが気に食わないのかな?」
Saki の問いかけに、無言で観察を続けていた Amane が不意に声を上げた。
「わかりました! 戦技でとどめ刺そうとしてるんですよ、あれ!」
「はぁ!?」
ただ普通に一発入れればそれで終わりなのに、わざわざ戦技を入れる隙を狙っているのか。格好いいところを見せろとは言ったが、剣林弾雨の中を駆け回っているこちらの身にもなってほしいものだ。
「はっ、やっ、くっ、振っれっよォォォォォォ~!」
「殿下、私たちもそろそろ限界です!」
二人の叫びに背を押された Neidhardt は夜と炎の剣を振り払った。放たれた深紅の炎撃が、霊体を構成している魔力の最後の一欠片を打ち砕く。虚空に霧散するローレッタ。だが、やや無理のあるタイミングでもあったため、敵が最後に放った一撃もまたその標的に届いていた。吹き飛ばされた Neidhardt が石畳に転がる。起き上がった彼の顔面には、蹄鉄の跡がくっきりと残されていた。
Neidhardt が恭しく Saki の手を取り拝跪する。
「Saki さん、貴方こそ我が運命の女性だ。この先も私の傍にあってはくれないか。」
「あー。うち、そういうのやってないんで。」
素気無く断られた彼はくるりと向きを変え、今度は Amane に同様の誘いを掛け始めた。
「Amane さん。運命の女神よ。私を導いて──。」
彼女は何も言わず、ただ微笑んでみせただけだったが、全身から放たれる拒絶の意思は Neidhardt にも伝わったようだ。
「そうそう、Amane ちゃん。今度は実体で会おうよ。円卓でローデリカちゃんに伝言してもらえれば、連絡取れるからさ。」
「いいんですか? 嬉しいです! Saki さんみたいな強くて格好いいお姉さんとお近づきになれるなんて!」
Saki の誘いに、Amane はぴょんぴょんと身体を弾ませる。そのまま抱き着いてきそうな勢いだ。
「じゃあ、そういうわけで。縁があれば、また。」
Neidhardt に向かって小さく手を振ってから、Saki は『ルーンの弧』に触れた。Amane もそれに倣う。二人の鉤指の姿は徐々に薄れていき、やがて見えなくなった。いつの間にか、辺りはすっかり暗くなっている。広場に一人残った Neidhardt は空を仰ぎ、紺青に浮かぶ月を見つめ呟いた。
「......キマシタワー。」
その後、再び Neidhardt と会うことはなかった。しかし、円卓を訪れた際に、夜と炎の剣を振るう銀髪の美剣士の噂が聞こえてくることもある。そんなとき、Saki の顔には困ったような、しかしわずかに嬉しそうな微笑が浮かぶのだった。──いるなら、いいんだ。
第13話『褪せ人 Ramo と星の挽歌』投稿予定: 2026-10-01 朝