褪せ人 Ramo と Saki の物語   作:Skinny Slaver

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Ramo と Saki は半神ラダーンを討つための祭を開催する。

ラダーン祭り開催。描きたかったのは戦闘ではなく、その後の宴会の方。書き終えてから字数に頭を抱えたのはここだけの話。


褪せ人 Ramo と星の挽歌

ケイリッド──赤獅子城。広場の一角に設けられた巨大な星見台の傍らから、Ramo は眼下に広がる砂丘を眺めていた。海から吹き寄せる風の音の内に、ここまで届くはずのない微かな慟哭を感ずるは、この地にまつわる悲劇を知るが故か。破砕戦争の終局、最強を謳われた半神『星砕きのラダーン』は朱い腐敗に冒されて正気を失い、今なおこの荒涼たる砂丘を彷徨っている。

「久しいな。息災であったか。」

不意の声に顔を上げると、すぐ隣に赤獅子騎士の鎧を着こんだ初老の男が立っていた。短く刈り揃えた白髪混じりの髪が海からの風に揺れている。

「Karl 殿、いつお着きに?」

「つい先ほどだ。広場の先の教会にジェーレンがいると聞き、そちらへ赴かんとしたところでお主の姿が見えてな。」

 

Karl はかつてケイリッド軍で小隊長を務めていた男である。ラダーンが倒れた後、軍を離れて王都ローデイルに潜伏し、主の敵を討つ機会を伺っていた。だが、過日王都を訪れた Ramo との共闘の末に、それまで付け狙っていた相手が真の仇ではなかったことを知る。そして今日、彼は Ramo の請いに応じ、古巣であるこの城へと戻ってきたのだった。

「かの奸計の主には未だ至らぬが、勲著しき将が苦悶と恥辱に塗れたるに任せることは、もはやできぬ。ラダーン殿に安息を奉じることができるのならば、この老骨の何を惜しむものぞ。」

「此度の足労、誠にかたじけなく。」

深々と頭を下げる Ramo に、老騎士は首を横に振る。

「そう言ってくれるな。本来は臣下たる私が段取りせねばならぬところを肩代わりしてもらっているのだ。礼を申すべきはむしろ此方。それに──」

彼はそこで振り返り、背後に手招きする。それを受け、調香師の装束に身を包んだ小柄な人物が進み出た。

「その節は、どうも。」

女の声。フードに隠れ顔は見えないが、その心地良い残響を帯びた低音には聞き覚えがある。

「Vienna 殿もいらしたのか。」

「来てはいけなかったかしら?」

目の前の人物がフードを外した。零れ落ちる鴉羽色の長い髪。切れ長の目が Ramo を見つめている。言葉とは裏腹にその表情は明るく、再会を喜んでいることが見て取れた。それきり何も言わない Vienna に変わって、Karl が口を開く。

「生まれてからずっと王都で暮らし、城壁から出たことがないというのだ。それでまあ、この機会に外の世界を見せてやるのも伯父としての務めであろうと思い、連れてきた。」

Vienna が首を僅かに傾けた。Karl はこの所作の意味を読み取って続ける。

「護衛がいなくなるので仕方なく──とこれは言っているが、いざ外に出ると興奮しきりでな。しょっちゅう道から外れて、草花やら虫やら──しまいには土塊つちくれまで採りに行くものだから、遅々として行程が進まない。いや、これには参った。」

それは職業病というやつだな──と Ramo は思った。彼女は調香師であり、また医師でもある。隠れ家に置かれた大量の薬品とその素材からは、研究への熱意が伺われた。そんな彼女が外界へと踏み出し、書物でしか知らなかった世界を目にする。さらにアルター高原からリエーニエへ下れば植生も動物相も一変するため、未知の素材にも出会ったことだろう。その驚きと歓喜は如何ばかりか。

 

先ほどまで Ramo が眺めていた砂丘へと視線を転じた Karl は感慨深げにつぶやく。

「ずいぶんと待たせてしまった。──が、それも今日限り。待っていてくだされ、ラダーン殿。」

「心中、拝察致す。容易くはないが、かの偉大なる武人に安寧を──必ずや。」

西に傾いた陽が砂丘のなだらかな斜面を染めている。その色は Ramo に、かつて流された血の夥しさと、これから始まる戦いの激しさを思わせた。

 

 

Saki of Astora は赤獅子城の広場に集った戦士たちの間を歩いていた。祭りの参加者は、Saki のように Ramo に請われた者だけではなく、自らの意思でやってきた者たちも多い。その中には顔見知りである『鉄拳アレキサンダー』と『半狼のブライヴ』の姿もあり、彼らにも軽く挨拶をしてきた。知らぬ顔にも話しかけ、互いに名乗り合う。『豪胆ライオネル』に『大角のトラゴス』。指巫女の服を着た女性もいたが、話しかけてもお辞儀を返すだけで口をきいてくれなかったので、名前は分からない。

「よお、姐ちゃん。こんなところで何してんだ?」

不意に呼びかけられて振り返ると、そこには筋骨逞しい大男が立っていた。その背に負った『グレートソード』が強烈な存在感を放っている。

「あ、Gatz さんも来てたんだ。うん、確かにお祭り好きって感じ、するもんね。」

見知った顔に出会い、Saki は嬉しそうに身体を揺する。

「力を貸してくれって頼まれてな。──って、ひょっとして、Ramo の旦那の知り合い?」

その問いに何故か彼女ははにかみ、相手の肩をばんばんと叩きながら答える。

「えっへっへ。そりゃあもう、お知り合いもお知り合い。超お知り合いってやつですよ。」

「なんだそりゃ。ところであれ、見たか?」

Gatz は広場の奥でアレキサンダーと談笑している、山吹色のローブを着た長身の女性の方へ視線を投げる。黄金色の髪に、オリーブ色の瞳。彫りの深い端麗な顔立ちは見る者の心を惹きつける。

「すっげえ美人だよな。あれも旦那の知り合いかね。」

「そうらしいです。私もさっき話しました。Qeero さんっていうんですけど、とっても気さくな方ですよ。あんなに綺麗なのに笑い方は『にひひ』で──でも、それがまた悶絶するくらい可愛いっていう。反則ですよう、あんなの。」

「この戦いが終わったら、是が非でも紹介してもらおう。ああ、やる気出てきた。」

「そういう台詞、あんまり言わない方が言いですよ。フラグ立っちゃいますから。」

屈伸運動を始めた Gatz をその場に残し、Saki は奥にある教会の方へと歩き出した。

 

 

星見台の近くに Ramo の姿はあった。その背を見留めた Saki はそちらに向けて駆け出したが、その側に人がいることに気付いて歩幅を狭め、しずしずと彼に近づいていく。

「Ramo さん、参加者の皆さんがお揃いのようですよ。」

声を掛けられた Ramo は彼女の側に歩み寄ると、Karl と Vienna の方へ向き直った。

「こちらは Saki 殿。私と共にこのラダーン祭の主催を務めてもらっております。」

紹介を受けた Saki は恭しく一礼する。

「Saki of Astora と申します。Karl 様と、その姪御の Vienna 様ですね。遠路をお越し頂いたそうですが、道中大事ありませんでしたか。」

この挨拶に Karl は好相を崩し、Saki に握手を求めた。

「これはまたお若い──が、Ramo 殿の相方を務めるほどのお方。相当の手練れとお見受けする。共に戦えることを嬉しく思いますぞ。」

握った手が力強く振られる。一方の Vienna は何も言わず、ただ彼女を見つめている。表情もまったく動かず、Saki に対してどのような印象を持ったかは読み取れない。聞いていた通りの、無口な女性だ。

「貴公らは主催として参加者への応対をせねばならぬだろう。我らには構わずに行かれよ。義理を欠いてはいかんからな。」

その言葉に押し出されるように、Ramo は勇者たちの控える広場へと歩き出した。その後を Saki が跳ねるような足取りで追う。

「腕も立つのだろうが、それとは別に、実に愛らしいお嬢さんだ。──あれは、ちょっと手強いな。」

「......犬みたい。」

Vienna は Saki の背に弾む三つ編みを見つめて呟く。その口元の微かな緩みを、伯父の目だけが捉えていた。

 

 

広場は戦を控え、異様な熱気に包まれていた。壇上で気炎を上げる城主ジェーレンを、Ramo は他の参加者と共に、広場から見上げている。

「勇者たちよ、よくぞ来た! ──星辰は満ちた! 祭りの時間だ! 破砕戦争最大のデミゴッド、将軍ラダーンは今、おぬしらを待っている!」

男たちの咆哮がそれに応えた。祭りの参加者だけではない。城の内外に立つ兵たちも、かつての主君を送るこの一戦に沸き立っているのだ。人前で話すことの不得手な Ramo はジェーレンが演説を引き受けてくれたことに内心胸を撫でおろしていたが、同時に懸念を抱いてもいた。高揚、緊張、殺意、そして恐怖──それらの情念が混然となり、この広場に渦巻いている。戦に臨む者たちは皆この熱狂を必要とするが、それも過ぎれば危い。自分の力量、そして引き際を弁えぬ無謀さを生みかねない。その不安を拭おうとするかのように、小さく柔らかい手が Ramo の指にそっと触れた。彼は振り向くことなくその手を握り返す。伝わり来る温もりは、波立つ心持ちを幾分か鎮めてくれた。

 

「勇者たちよ、戦いたまえ! 誉れと共に大敵を葬り、大ルーンをその手にするがよい! さあ、戦祭りじゃ! ラダーン祭りじゃ!」

場に満ちる剣呑さが臨界に近づく。これはまずい。煽りすぎだ。そう思ったところで、ジェーレンはふうと息を吐き、それまでと打って変わった朗らかな声で話し始める。

「さて、むさくるしい爺の口上はここまでとしよう。ここからは、戦の後の話だ。では Saki 殿、お願いする。」

「はあーい!」

呼びかけに応じ、袖から Saki が走り出てきた。Ramo は目を点にして横を見る。隣にいたのは長身の佳人。

「Saki ちゃんだと思った? 残念、Qeero さんでした!」

「なっ──? これは一体? いつの間に?」

繋いだ手を持ち上げながら、Qeero は狼狽する Ramo に追撃をかける。

「ノールックでぎゅって握り返してくるんだもん、ドキドキしちゃった。妬けちゃうなあ、もう。」

「その、これは──。いや、それより Saki 殿が何か話されるとか。今はそれを聞かれよ。」

Qeero は微笑んで手を放し、演壇へ向き直った。──なんという失態か。Ramo は手を握っては開く動作を繰り返しながら、無音で大きな溜息を吐いた。

 

すぅ、と短く息を吸い込んでから、Saki は広場に向けて話し出した。

「みなさん、本日はラっダーン祭りにお力添え頂きありがとうございます。みんなで力を合わせて、必ずや将軍を討ち果たし、送って差し上げましょう。」

「へぇ。あの子、こういう場面で緊張しないんだ。おとなしそうに見えるけど、なかなかどうして。」

Qeero が耳打ちするが、Ramo は上の空で返事もしない。ちょっとやりすぎたかな、と彼女は思った。

「それでですね、戦いが終わった後のことなんですが、ささやかながら宴の用意を致しました。勝利の向こうには御馳走が待っています。みなさん、頑張ってくださいね!」

おおお、と広場がどよめく。狭間の地は食糧事情が芳しくなく、特に流れ者の褪せ人たちは空腹を抱えながら旅をしている。久しぶりに腹いっぱい食えるという期待は、否応なく彼らの意気を上げた。そこへ Saki が駄目押しを入れる。

「少しだけど、お酒もありますよ。飲んで騒いで、心行くまでお楽しみください。」

歓声が広場に満ちる。先程ジェーレンが演説したときよりも熱狂の度合いは高いが、そこには微塵の殺気も漂ってはいない。

「Saki ちゃん、最高だーっ!」

「酌してくれえーっ!」

喧騒がやや収まった頃合いを見計らって、彼女は言葉を継ぐ。

「それもこれも、すべてはこの戦に勝ってからのこと。負けたらナシですからね。それでは皆の衆──出陣じゃあ!」

地平に沈む夕日が戦いの始まりの合図。かくてラダーン祭の火蓋は切って落とされた。

 


 

慟哭砂丘。なだらかにうねるその稜線を越えて、Ramo と Saki は駆ける。この戦いに生身で挑むのは、この二人だけだ。他の参加者は鉤指として召喚されることになる。彼らは肉体から離れた精神のみの存在となるため、討たれてもそれで本当に死ぬということはない。当初、Ramo は Saki にも鉤指としての参加を要請した。だが、ジェーレンが用意した仕掛けの助けを借りたとしても Ramo ひとりの精神感応だけではすべての参加者を召喚することは不可能である。そのため、Saki に半数を引き受けてもらうこととなったのだ。己の身に引き替えたとしても、彼女を死なせるわけにはいかない──と、Ramo は決意を固める。

 

彼らの前方には、輝く召喚サインの群れ。二人は走りながらそれらを次々と拾う。召喚された参加者たちは、淡い橙色の光を纏って実体化し、我先にと駆け出す。そんな彼らを迎え撃つかのように、遥か遠方の丘の陰から痩せ馬を駆って迫る将軍ラダーンの姿が現れた。人の背丈の三倍はあろう弓をこちらに向けて構えている。だが、ここまで矢を飛ばすことはできないはずだ。将軍が如何な怪力の持ち主とて、弓の大きさとその強度から導かれる初速の──すなわち射程の限界というものがある。ましてあの槍どころか破城槌のような矢は、その目方も尋常ではなく、空気の抵抗も大きい。だが、ラダーンはその限界を知らぬかのように弓を引き絞り、そして放つ。その瞬間、Ramo は自分が判断を誤ったことを悟った。

 

ラダーンの矢は弦を離れてなお推力を得ていた。重力の魔術の為せる業。空中で加速するという常識を外れた動きに対処が遅れ、回避は間に合わない。咄嗟に盾を構えて受けるが、その盾ごと弾き飛ばされる。20メートルほど転がったところでようやく停止。これが砂地でなかったなら、叩きつけられた衝撃が致命的な痛手になったことだろう。矢を受けた『失地騎士の盾』は、その中央に亀裂を生じ、破断寸前となっていた。開戦早々の失態に唇を噛む。

「これほどまでとは。──甘かった。」

先行する鉤指たちは既にラダーンに迫り、前方では激しい戦闘が繰り広げられている。使い物にならなくなった盾を打ち捨てると、Ramo は全力で駆けだした。

 

 

立つ瀬がねえな──と Gatz は胸中で呟く。彼はグレートソード──長さ2メートル弱の刀身を持つ特大剣の遣い手だ。およそ人の扱い得る限度を超える武器であるとされており、その重さは140キログラムを超える。それを軽々と振るい、状況によっては片手で扱うことすら可能な自らの膂力・体力は、精神的な拠り所でもあった。俺以上に腕っぷしの強い男は、そうそういない。だが、その自負は完全に打ち砕かれた。ラダーンの振るう『星砕きの大剣』の刀身は、軽く見積もって4メートル。目の前に置かれたとしても、自分には持ち上げることすらできないだろう。しかも奴は、それを二刀で振るっているのだ。片や人、片や半神。生まれ持った体格の差があるとは言え──自分には「武の高み」が見えていなかったことを思い知らされた気がした。

 

ラダーンが大剣を振るうたび、鉤指たちは木っ端の如く吹き飛ばされる。Gatz は同じく祭りの参加者であるトラゴス──こちらもまた規格外の特大武器『巨人砕き』を振るう大柄な男──と共に他の鉤指たちの前に立って彼らの盾となっていたが、とにかく相手の一振りが、一撃が重い。数の上で圧倒的に勝り、しかも手練れ揃いであるはずの我が方が徐々に押されている。腐敗に冒され正気を失ってもなおこれほどの強さ。全盛期の将軍の力量はどれほどのものだったのだろうかと、Gatz は畏怖する。──これが半神というものか。

 

その場にいた全ての鉤指が戦慄した。血の底から響くような振動が侵入者の到来を告げる。しかも、二度。Gatz は思わず叫んだ。

「冗談じゃねえぞ。今でさえギリギリなのに、追加で二名様ご来店ってか?」

そこへ Qeero の声が飛ぶ。

「侵入者との戦いなら自信がある。速攻で片付けてくるから、私に任せて!」

「おうよ。頼んだぜ!」

こうした状況で各員の受け持ちが定まらずに乱戦となるのは、敗北の一歩手前だ。彼女の判断の早さに助けられたな、と Gatz は思った。ラダーンに当たる者は、攻撃力よりも耐久力で選ぶのがよいだろう。トラゴス、ライオネル、アレキサンダー、ブライヴ、Karl、そして Gatz の6人がいれば、当面は持ち堪えられる。指巫女──は戦力外。生身の Ramo と Saki にも、Qeero と共に侵入者の方へ行ってもらうのがよさそうだ。そこまで考えたところで気付く。──旦那と姐ちゃん、どこ行った? だが、彼らを探している暇はない。ここに及んで尚も激しさを増すラダーンの攻撃が、Gatz に迫っていた。

 

 

こいつ、明らかに私を狙っている。飛び来る『茨鞭』を躱しながら、Saki は敵の行動の不可解さに頭を巡らせていた。この侵入者──名前は分からないが、その装備から仮に「白面」──の姿を最初に見留めたのは彼女だったが、その時には既に脇目も振らずこちらに向かってきていたのだ。

「今思い出したんだけど、そのお面──あなた、ヴァレーさん?」

そう問いかけるが、返事はない。鞭の攻撃は、一度避けたと思っても、僅かな手首の返しで変化する。際どい所で直撃は避けているものの、腕や脚の傷は着実に増えていた。先ほどから『雷の槍』を投げつけようとしているのだが、絶妙のタイミングで差し込まれる攻撃によって詠唱を中断させられており、反撃もままならない。

「返事くらいしなさいよ! 褪せ人なら誰でもいいってわけじゃなく、名指しで私を殺しに来てるよね?」

苛立ちを滲ませる Saki の声に、ようやく相手は口を開いた。

「うるせえな。戦闘中はお喋り禁止って習わなかったか? まあ、これ以上がなられても鬱陶しいから、教えてやるよ。」

話しながらも、鞭を振るう腕は止まらない。砂に刻まれる Saki の足跡が破裂音と共に次々と弾けとんでいく。

「俺の狙いは、あんたと脳筋グレソ男さ。もっとも、あっちは鉤指だから "殺せ" ないんで今回は対象外。それと、俺はヴァレーじゃない。あの気色悪い男と一緒にしてくれるな。」

 

息切れで回りの鈍くなりつつある頭で考える。標的は私と Gatz さん? ということは──。

「ローデイルの地下にいた、あの忌み子の関係者ってわけね。」

「おっと、やっぱり話すんじゃなかった。これであんたを始末し損ねたら、俺がお仕置きされちまう。」

詠唱を終えた Saki の掌に輝く雷槍が生じる。しかし、相手はその隙を見逃さない。鞭が槍を投げんとする腕を打った。血飛沫が飛ぶ。白面は最後の一打を放つべく、鞭を引き寄せる。

「予定より時間がかかっちまったが、お別れだ。おやすみ、お嬢さん。」

「ばーか、もう時間切れだい。」

白面がその言葉で反射的に振り返ったとき、鞭を振り上げた彼の腕は宙を舞っていた。背後から駆け付けた Qeero のハルバードによって肘の位置で断ち切られたのだ。そして、間髪を入れずに繰り出される横薙ぎ。白面が割れて砂に落ちる。両の眼球を斬られた男は手で顔を押さえ、奇妙な悲鳴を上げる。そこへ振り下ろされるとどめの一撃。敵の身体は赤黒い粒子となって霧散し、その場所には砂の窪みだけが残った。Qeero がそれを踏みつけて均す。その行動からは、僅かな痕跡すら残してなるものか、という強い意志が感じられた。相当にご立腹のようだ。

「私たちの Saki ちゃんに何してくれてんだ、この野郎。」

 

Saki は差し出された手を掴んで立ち上がる。彼女のローブは血と砂に塗れていた。

「助けに入るの、遅くなってごめんね。大丈夫だった?」

「だいぶ痛めつけられちゃったけど、この通り生きてます。」

微笑みを交わす二人のもとへ、遠くから Gatz の叫び声が届く。

「姐ちゃんたち、逃げろおおお!」

振り向いた彼女たちが見たのは、遥か上空から凄まじい勢いで落下してくる火の玉だった。

 

 

閃光、そして衝撃。気が付いたときには、Saki は冷たい砂の上に俯せに倒れていた。

「うう、いったい何が。──そうだ、Qeero さん!?」

慌てて跳ね起き、辺りを見回す。20メートルほど先に橙色の光。それは消滅しつつある Qeero の身体だった。右肩から腹部にかけて大きな傷。右腕は千切れかけている。

「あ、Saki ちゃんは無事だったんだね。よかった。」

Saki によって抱き起された彼女の身体は、すでに光の粒を放ち崩れ始めていた。

「Qeero さん、私を庇って......。」

涙で声を詰まらせる Saki に、Qeero は残った左腕を振って応える。

「泣かないでよ。別に死ぬってわけじゃないんだから。宴には絶対出るから、私のぶん残しておいてね。そんじゃ、おっさきぃ──」

笑顔の残像を残して、Qeero は消滅した。彼女は今頃、城の広場で目覚めているだろう。

「帰ったら、お酒注がせてもらうね。」

Saki は涙を拭いて立ち上がると、砂を蹴って走り出した。

 


 

その太刀筋には、一切の雑念がなかった。憎いからでなく、奪うためでなく。まして、守るためでもなく、ただ、殺すために殺す。否、命を奪うことすら、目の前の相手を斬るという行為に付随する結果でしかない。その意味では「試合」に近いが、真剣を用い、殺害を厭わないという点で、やはり決定的に異なる。言うなれば、純粋な殺意。それが今、Ramo に向けられている。

「剣の極みにいと近き方とお見受けする。何故、血の指などに身を窶されたのか。」

対手は、「翁」の面を着けた瘦躯の男。Ramo と同じく刀──葦の地に特有の曲剣──の遣い手だった。彼が枯れ声で答える。

「なに、斬り続けるにはこの方が何かと便利なものでな。噂に聞く "剣鬼" に見えることができたのもその賜物。」

翁が踏み込み、跳ね上げてきた。Ramo は半身で躱し、横へ軽く薙ぐ。鎬に当たる音。牽制は軽く往なされ、効果を上げなかった。どちらもまだ本気ではない。互いに力量を測り合っている。

「俺を狙う理由は?」

「拠無い事情があってな。まあ、柵しがらみというやつだ。そして何より──」

袈裟掛けと見せかけての突き。型の変化が早い。前に踏み込んで打ち込み。こちらの切先が、相手の肩口を掠める。二人は同時に後ろへ跳び、間合いが開いた。

「こうして強者と相対する時間。それだけが、儂に生きる価値を見せてくれる。」

「先のモーゴットとの一件、"血の王朝" とやらにとって余程都合が悪かったようだな。」

 

Ramo は過日、ローデイルにて『忌み王モーゴット』に見えてこれを破り、取引を持ち掛けるに至った。保留された回答は未だ届いていないが、この暗殺の動きは事態が動き出したことを示唆している。

「おお、よく調べているな。まあ、連中が何を企んでいようが、儂の知ったことではない。ただ義理を果たすまで。」

右からの払い。これは誘いだ。動かず、切先だけで相手を追う。続いて打ち下ろし。側面を軽く弾いてやると、その軌道は大きく逸れて、Ramo の側を通り過ぎた。本気の打ち込みではない。相手は "奥の手" を繰り出す機を伺っている。

「忠義を誓った相手でないのならば、鞍替えを考えてはどうか。」

「面白い。だが、そうもいかぬのだ。既に、同行の相方が其の方の愛しき娘を屠ったであろう頃合い。」

 

瞬間、Ramo の顔から血の気が引いた。血の王朝は Saki 殿をも狙っている? 何故だ? いや、今は理由などどうでもいい。一秒でも早くこの翁を斬り捨てる──そのことだけを考えろ。

「やる気になったようだな。さあ、来い。儂を斬りに。或いは、斬られに。」

Ramo が前に出る。重心は右足。相手が仕掛けてくるその瞬間に地を蹴り、喉元を狙う。しかし、相手は動かない。重心を左足へ──駄目か。そこらさらに右へ重心を移そうとした瞬間、翁が動いた。戦技『死屍累々』──呪血を纏った斬り上げが放たれる。踏み替えの最中、身を翻すことのできぬ刹那を狙った必殺の一撃。だが、血刃は空を切る。翁はその視界の下の端に、自分に斬られたはずの男の顔を見た。翁の胸部を穿った Ramo の『貫通突き』。その切先は背を抜けている。

「──その焦り、偽りであったか。」

「いや、心底焦っている。」

刀身が引き抜かれると同時に翁は崩れ、その身体は光となって弾け飛んだ。『打刀を』一振りし、素早い所作で鞘に納める。Saki 殿はどこだ──周囲を見渡す。その Ramo の内耳に、もう一人の侵入者の消滅を告げる振動が届いた。

 

緊張が解けた。全身から力が抜けていくようだ。己が手を見れば、小刻みに震えている。初陣に臨んだ時ですら、これほどの不安を感じはしなかった。喉元に刃を突きつけられている方がまだ良いと思えるほどだ。Ramo は大きく息を吐く。まだ終わっていない。今しがた感じた諸々は、すべてここに捨てていけ。

「逃げろおおお!」

遠くから Gatz の声が響く。何事かと振り返ると、夜空より地上へ落ちる巨大な火の玉が見えた。衝突。振動、そして爆炎。巻き上げられた砂が、ここまで飛んできている。落下地点は、Gatz を含めた鉤指たちがいる地点から100メートルほど離れていた。

「逃げろ──だと?」

背筋に噴き出す汗を感じながら、Ramo は走り出す。目指す場所はおよそ200メートル先。自らの脚で駆ける速さをこれほどまでにもどかしく思ったことはなかった。

 

 

こちらへ走って来る Saki の姿を目にした Ramo は心の底から安堵した。危うくその場にへたり込みそうになったほどだ。

「Saki 殿、無事だったか。」

「Ramo さんこそ! ああ、よかったぁ......。」

彼女は駆け寄る勢いそのままに、Ramo の胸にしがみついた。

「でも、Qeero さんが──Qeero さんがやられちゃった。」

震える背を撫でてやる。彼女は鉤指だ。本当に死んだわけではない。Saki もそのくらいのことは分かっているはずだ。だが、目の前で仲間が "息絶える" 様を見れば動揺する。それが人というもの。

「皆、まだ戦っている。ラダーンはまだ倒れていない。」

「うん。主催の私たちがサボってちゃ駄目だね。」

二人は仲間たちと合流するべく駆け出した。

 

「しかし、Qeero 殿を倒すほどの手練れとは。よく無事で。」

走りながら隣の Saki に問う。Qeero の戦闘能力は高く、Ramo の見立てでは彼よりも一段上だ。ところどころが血に染まった Saki のローブを見て、かなりの激戦だったのだろう、と想像した。

「あ、侵入者の方は Qeero さんが瞬殺。問題はその後に落ちてきた火の玉の方。将軍が燃えながら突っ込んできたんですよ。」

「あれはラダーンだったのか......。」

半神の想像を絶する力に、Ramo は見通しが甘かったのではないかと悔やんだ。自分と Saki を含めて、戦士は10人。しかも、腕の立つ者を選りすぐっている。これだけ揃えば、如何に最強を謳われた半神とはいえ打ち倒すのは難しくないのでないだろう。そう考えていた。だが今見ている通り、ラダーンの力は予想を遥かに上回っている。今の彼には、戦いの行方がまったく見通せなかった。

 


 

鉤指たちはラダーンを取り囲み奮戦していた。前衛と後衛が入れ代わりスタミナの回復を図るという戦法を採っている──というより、他にやりようがないのだろう。

「旦那たち、無事だったか! 姐ちゃんも!」

退がってきた Gatz が Ramo と Saki の姿を目に留め、肩で息をしながら声を掛けてきた。

「ああ、なんとか。手間取ったが、今戻った。俺も入ろう。」

「そりゃ、ありがたい。──が、もう仕舞いが近いぜ。」

その言葉に驚いて将軍を見遣れば確かに、彼の動きは最初と較べて格段に鈍っている。その鎧も半ば壊れ、その下の傷から滴る血が足元の砂を染めている。そして今、さらに一片の鎧板がブライヴの大剣によって剥がされて跳ね跳んでいった。

「あのオオカミの兄ちゃん、機敏だし力も強え。デカいだけのことはある。──まあ、将軍と比べるとちっこく見えちまうんだが。」

彼らは既に将軍の攻撃パターンに慣れてきているらしい。寄せと引きのタイミングも見事に噛み合っていた。その様子を眺めながら Saki が言う。

「今私たちが入ると、却って邪魔になりそうな感じですね。」

Gats が頷く。

「そういうこと。主催のお二人に引っ込んでろとは言わんが、敢えて今出ることもないだろうな。」

トラゴスが振るった岩鎚の一撃が、ラダーンを落馬させた。腐敗によって膝から下を失っている彼はもはや立つことができない。その両腕にも既に握力は残っておらず、取り落した大剣を拾い上げることすら叶わないようだった。将軍は空に向かって咆哮する。それは空を震わせはしたが、挑みかかる者たちを退けるには至らない。──勝負は決した。

 

誰が合図をしたわけでもないが、鉤指たちは一斉に攻めの手を止め、地に伏すラダーンから一定の距離を取って離れた。

「みんな、どうしたの?」

Saki は怪訝そうに尋ねたが、答える者はいない。Ramo が落ち着いた声で呼びかける。

「Karl 殿、いまこそ貴公が忠義を示すときと存ずる。」

水を打ったように静まり返った場の中、Karl がラダーンの前に進み出た。跪き、将軍の顔を覗き込む。その濁った眼には、何が見えているのだろうか。

「ラダーン殿。長い間、よくぞ耐えていらした。不肖、この赤獅子騎士 Karl が御身に永劫の安息を献上致す。わが生涯、貴殿の他に主君なし。」

Karl はクレイモアを構え、そして──とどめの一撃をラダーンの喉元へ打ち込んだ。一瞬の静寂。次の瞬間、半神の肉体は眩い光となって夜の空に弾け飛んだ。

 

 

幾筋もの流れ星が夜空を西に向かって飛んでいく。それは次第に数を増し、ついには星の雨となった。その場にいた者たちは皆、空を見上げる。

「これが、ラダーンが封じていたという流星か。」

ブライヴが発した問いに答えたのは Karl だった。

「左様。かつて悪意ある──『外なる神』と呼ばれた──何者かが、星を落として『魔術街サリア』を滅ぼさんとした。サリアはラダーン殿が魔術を学んだ土地。彼はその恩に報いるべく戦い、落ちる星を砕いて民を護ったのだ。」

「へええ、ラダーン将軍って、強いだけじゃなくて義理堅い方だったんですねえ。」

嘆息する Saki に、老騎士は胸を張ってみせる。

「その通り。なればこそ、われわれはかの御方に忠誠を──」

その時、一際に大きな星が眩い光の筋を引いて夜空を横切った。それは他の星のように上空で燃え尽きることなく、地上へと達した。西の地平が日の出と見紛うほどに眩く輝く。その光に照らされて、夜の砂丘は昼間の如き明るさとなった。

「星が──落ちたのか。」

「ねえ、あの方角って──!」

蒼白の顔で Saki が叫ぶ。Gatz は頭の中で地図を広げ、その位置を思い描いた。

「リムグレイブ南部──ハイト砦か!?」

「えらいことになった。とりあえず皆で城へ戻ろう。」

ざわめく鉤指たちはその提案に賛じ、一斉に姿を消した。Saki が Ramo を急かす。

「私たちも戻らなきゃ! 急ぎましょう!」

しかし Ramo は慌てる様子もみせず、ゆっくりと歩き出した。

「それには及ばない。落下地点はハイト砦のさらに西、1000メートルほどの平原。石や礫が飛んできてはいるだろうが、大きな被害は出ていないはず。」

 

その言葉を聞いた Saki は回り込んで彼に詰め寄った。

「なんでそんなことがわかるんですか? Ramo さん、何か隠してますね?」

Ramo は彼女から視線を逸らし、「困ったな」という顔を見せていたが、やがて意を決して口を開いた。

「このことは他言無用に願う。実はその後、Karl 殿を伴わずに単身で再度モーゴットを訪れたのだが──」

「ええっと、それは Ramo さんが Karl さんと一緒にモーゴットと戦った一件の、更に後ってことですね?」

「そうだ。その際、彼から『血の王朝』について聞かされたのだ。」

Ramo が何故そのような話を始めたのか、Saki には皆目見当がつかない。

「それ、今落ちた星の話と繋がるんですか?」

「勿論だ。だが、順を追って話そうとすると、どうしても──」

「わかりました。じっくり聞こうじゃないですか。このペースで歩けば、お城に戻るまで10分はかかりますから。」

 

Ramo が語ったところをまとめると、次のようになる。破砕戦争でミケラを拐かし、マレニアを誘導してラダーンと戦うように仕向けたのは、モーゴットの双子の弟であるモーグだった。モーグはケイリッドの地下に広がる古の都市ノクローンの遺構の一部、サリアの直下に『血の王朝』と称する "国" を建設していた。王朝を敵視する何者か (おそらく『大いなる意思』) は、星を落としてそれを壊滅せしめようとした。サリアを狙った星はラダーンによって砕かれたが、同時に放たれたノクローンを狙う星は空に押し留められただけで消えてはいなかった。ラダーンが力尽きたならば、解放されたそれはノクローンが地上に最も近接している位置に落ちると推測された。そしてその位置は、ハイト砦の西約1000メートル。

「それ、ケネスさんには話したんですか?」

「もちろんだ。落下地点の周囲に柵を巡らせ、人が立ち入らないようにしてもらった。そして今日、砦には外出禁止令が出されている。間もなくハイト砦の無事を知らせる早馬が赤獅子城に着くだろう。」

Saki は大きく溜息を吐き、Ramo を睨みつける。

「なるほど。全部折り込み済みってわけですね。ハイト砦については安心しました。でもまだ終わりじゃないです。そんな大事なこと、どうして黙ってたんですか。」

「問題は『血の王朝』だ。ラダーンを陥れたモーグという存在、そしてその居所が分かったなどと言ったら、Karl 殿はどんな反応をすると思う?」

Saki が Karl と顔を合わせたのはつい先ほどだが、この祭りの準備をする中で彼とモーゴットの因縁については聞かされていた。

「ああ、そうですね。見境をなくして突撃しちゃうかも。」

「然り。敵方は多数の血の指を要する一大勢力だ。単身攻め入ったところで返り討ちに会うは必定。下手に手を出せば、現在のところ少なくとも見た目の上では均衡している狭間の地の情勢までをも揺るがしかねない。」

「なるほど、事情は分かりました。でも──それでも、私にだけは教えてくれてもよかったんじゃないですか?」

「それは──その通り。言葉もない。」

 

そこまで話したところで、二人は赤獅子城裏手の昇降機までたどり着いていた。わかっている。彼が自分に話さなかったのは、余計な心配をさせたくなかったから。そういう人なのだ。スイッチが踏まれ、床板が動き始めた。昇降路の暗闇を利用し、Saki は隣に立つ Ramo の腕にそっと身を寄せる。

「そこがいいんだよねえ。」

その呟きは巻き上げ機の動作音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 


 

ハイト砦からの伝令が無事を知らせるケネスの書状を読み上げると、沈鬱だった城内の空気は一転して明るく華やいだ。そして、宴が始まる。広場に設えられた卓に料理そして酒が並べられ、参加者たちは久方ぶりに大勢と共にする飲み食いを楽しんだ。

「参加者の中でやられたの、私だけ!? うわあ、ダッサい! 恥ずかしいぃ!」

「Saki ちゃんを守って名誉の戦死だろう? 軍属なら二階級特進だ!」

途中で脱落した Qeero も元気いっぱいに復帰し方々で歓談に精を出している。Karl は城内を回り、かつての同僚たちと語らっていた。参加者たちに十分な食べ物・飲み物が行き渡っていることをいることを確認しつつ、Saki は会場を離れ「広場前の部屋」に入る。そこにいたのは、彼女の知り合いの商人、『パッチ』だった。

「盛況だよ。料理の評判も上々。こう言っちゃ何だけど、期待してたよりずっと質がいいね。」

パッチは腕を広げ、得意気な様子で応じる。

「そりゃあ、随分な額の報酬を戴いちまったからな。こっちにも調達屋の意地ってもんがある。子分ども大いに張り切ってるぜ。」

広場を駆けまわって料理を並べたり、空いた皿を下げたりしているのは曇り川の洞窟で追い剥ぎをしていた連中だった。その途中でつまみ食いをしている様子も見かけたが、それもご愛敬だ。

「それに、広場にいた黒髪の姉さんが調理の段取りやら仕上げの味付けやらを手伝ってくれて、えらく助かったぜ。あれ、おまえの知り合い?」

彼が言っているのはおそらく Vienna のことだろう。彼女は祭りには参加せずに場内で待っていたので、手持ち無沙汰だったのだろうと想像する。

「あんた、ああいう女性がタイプなの?」

「そりゃあもう、ドンピシャってやつだ。あの誰にも媚びない、お高くとまった感じにゾクゾクっとくるんだよ。まぁ、お子様には分からんかな?」

はいはい、と流して部屋を後にした。胡散臭い商売をしている奴だが、長いこと続いているのはあの明け透けさが相手の油断を誘うからだろう、と Saki は分析している。かく言う自分もその一人だ。

 

歌が聞こえてきた。広場からだけではない。通路で、階段で、中庭で、兵たちが皆、声を合わせて歌っているのだ。広場では、Karl が数人の兵士たちと輪を作って歌っていた。Saki もしばし足を止めて聞き入る。独特の節回し。どこか悲し気で、そして優し気で。

「いい歌だね。初めて聞くものだから、一緒に歌えないのが惜しい。」

いつの間にか隣に立っていた Qeero が、Saki に囁いた。酒のせいか頬に赤みが差し、それがより一層彼女を妖艶に見せている。

「みんな楽しそうです。きっと、この城の人たちにとって思い入れのある歌なんでしょうね。」

すると、二人の会話を聞きつけた兵士たちが押し寄せて Qeero を取り囲み、教えてあげるからと言って彼女を引っ張っていった。取り残された Saki は一人頬を膨らませる。これだから、男ってやつは。

 

また別の一角で歓声が上がる。そちらに目を向けると、向かい合って立つ Ramo と Gatz が目に入った。二人は細い木の棒を持って構えている。模擬戦をしているようだ。

「侍に20ルーン!」

「でかい方に50ルーン!」

Gatz が仕掛け、Ramo がそれを往なす。Gatz がさらに踏み込んで打ち込む。Ramo はそれをきっちりと受けるが、その勢いまでは殺しきれずに弾き飛ばされる。彼が蜻蛉を切って着地すると、周囲から拍手と歓声が上がった。どちらも全然本気ではない。演武に近い代物だ。普段『グレートソード』を操っている Gatz がその半分の長さもない木切れを振り回している様がおかしくて、Saki は思わず吹き出してしまった。それにしても、あれだけ戦った後だというのに、それを労う宴でまたチャンバラに興じるというのは彼女の理解を越えている。これだから、男ってやつは。

 

ブライヴは宴の始まりに Saki を訪れ、「戻らなければならないから」と侘びた上で形ばかり料理に手を付けて引き上げていった。指巫女の姿は、彼女が城内に戻った時点で既になかった。トラゴスとライオネル、それにアレキサンダーはそれぞれ宴を楽しんでいるようだ。特に不思議なのがアレキサンダーで、どうやら酔っぱらっているらしい。あの壺の身体でどうやって酒を飲んでいるのかとても気になったが、何やら嫌な予感がしたので追究するのはやめておいた。世の中、知らない方がいいこともある。

 

「おおい、『氷の戦姫』が歌ってくれるってよ!」

その声に振り返ったときには既に人の輪ができていた。その中央には、澄ました顔で立つ Qeero の姿。Ramo と Gatz もチャンバラを中断してこの輪に加わっていた。Qeero に例の歌を教えていた兵たちが、彼女が思いの外巧みな歌い手であることに気付き、その声を披露するよう乞うたらしい。あの美貌で歌まで上手いの? さすがの Saki も若干の僻みを感じないでもなかったが、彼女が歌い出すとそれはきれいさっぱり頭の中から払いのけられた。

──船は出てゆく 憂愁の調べを聞きながら 敗れ去り立ち尽くす者の心を知らず

──静まり返る広大な大地に刻みつく かなしい爪痕がこの胸に沁みる

その場にいた兵たちは皆、先程の戦いと、砂丘に散った主君を思ったことだろう。

──ちぎれた黒い雲に 祝福の賛美に 戦いを終えた砦は晒されてゆく

──流れる白い砂に埋もれてゆく躰 花は落ちて殺伐とする 無人の城砦

割れるような拍手が巻き起こり、宴は夜が更けてなお一層の盛り上がりを見せた。

 

 

これからローデイルまで戻るのかと心配して尋ねた Saki に、Karl はここに残ると答えた。

「儂はもともとケイリッドの人間だからな。この地の復興に尽力する所存だ。」

「では、Vienna さんも?」

Saki は彼女に問いかけたが、また Karl が "通訳" をするのだろうと思い彼に向き直る。しかし意外なことに、今回は Vienna は口を開いた。

「ゆくゆくはどうなるか分からないけれど、リムグレイブのハイト砦に住まわせてもらうことになった。医師を必要としていて、ある程度の研究設備も提供してくれるとのこと。」

「うわあ、よかったですね! ケネスさんのところで働くなら、きっと楽しいですよ。」

Karl が腕を組んでいう。

「勝手な言い分と思われるかもしれないが、Vienna には健康に決して良くはないこの地で暮らしてほしくはなくてな。どうしたものかと思案していたところ、Ramo 殿が手配してくれたのだ。まこと、面倒見の良い男よ。」

その言葉に思わず「でしょう?」と返しそうになり、Saki は慌てて口を噤んだ。

 

 

夜明け前。後片付けを終えて Saki も城を出た。残って彼女を手伝ってくれた Qeero と一緒である。

「ああ、本当楽しかったね。こんなに寛いだの、こっちに来てから初めてじゃないかな。」

「お楽しみ頂けたようで、なにより。」

Ramo は Karl と今後の打ち合わせがあると言って城に残った。Saki はこれからハイト砦の様子を見に行くことにしていたが、行先が同じリムグレイブ方面ということで、途中まで Qeero と歩くことにしたのだ。

「Qeero さんの歌、素敵でしたよ。ちょっとぴったりくる言葉が見当たらないけど──そう、感動しちゃいました。」

「子供の頃通わされた稽古事の中に『謡うたい』ってのがあってね。私はあまり好きじゃなくて適当にやってたんだけど、どこで何が役に立つか分からんもんだね。」

「芸は身を助く、ってやつですね。」

「ところで、兵士さんたちのあの歌、覚えた?」

「宴の間ずっと繰り返されてましたからね。さすがに覚えちゃいましたよ。」

二人は見交わし、声を揃えて歌い出す。

──見たこともない空の色 見たこともない海の色

──見たこともない野を越えて 見たこともない人に会う

「Saki ちゃんも上手じゃない。一緒に "放浪の姉妹歌手" とかやる?」

「本当ですか? ちょっと真面目に考えちゃいますよ、それ。」

少し変わった歌い方をするため、最初のうちは詞がまったく聞き取れなかったが、繰り返し耳にするうちに割と平易な言葉で綴られていることがわかった。テーマはおそらく、出会いと別れ、過ぎて戻らぬ日々と、それを慈しむ心。

──忘れないよ 遠く離れても 短い日々も浅い縁えにしも

──忘れないで 私のことより あなたの笑顔を忘れないで

 

『燻り教会』を過ぎ、リムグレイブ入ったところで二人は別れた。「また会おうね」と、時も場所も定めない緩い約束をして。Saki は南の『第三マリカ教会』方面へ、Qeero は西の『呼び水村』方面へ。だが Saki はすぐには歩き出さず、辻に留まって遠ざかる友の背を見送る。Qeero の姿はたちまちに小さくなり見えなくなる──はずだったが、彼女はその手前でこちらを振り返った。Saki が大きく手を振ってみせると、向こうも手を振る。Saki は最後に一礼をしてから、南への下り坂を歩き始めた。昇る太陽がリムグレイブを照らす。これまでに幾度も見た光景だが、今日の彼女にはすべてが輝いて見えた。




本文中で引用した歌詞は、以下の楽曲を出典としています:
(1) 天野月子『花冠』
(2) 中島みゆき『一期一会』
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