褪せ人 Ramo と Saki の物語 作:Skinny Slaver
ストームヴィルの橋を修復するイベント、実装されませんかね。されませんね。気が付いたら戦闘らしい戦闘がありませんでした。そしてああ、字数よ...。
リムグレイブ北西部、嵐の丘。その名が示すように、この一帯は昼夜を問わず強風が吹き荒れており、決して止むことがない。Saki of Astora は、土埃から目鼻を守るために頭に巻き付けた『濃紺のフード』が飛ばされないよう手で押さえながらストームヴィル城へ続く坂を上っていた。この緩やかなカーブを過ぎれば、城に向かう隧道に入る。それまでの辛抱だと自分を励ましつつ歩いていると、前方に兵士が立っているのが見えた。隧道の前に検問──馬防柵とそこに立つ兵──があるのは知っているが、もう少し先だった筈だ。無言で通り過ぎるわけにもいかないので、フードを外して話しかける。
「Saki of Astora です。ネフェリちゃん──じゃなかった、ネフェリ王に呼ばれて参りました。」
その若い兵は、笑顔と敬礼で彼女に応じた。なかなかに感じの良い男だ。
「伺っております。隧道ではなく、こちらの道を通って橋の袂へおいで下さい、とのこと。」
彼は腕を伸ばし、Saki から見て右手となる方向を示した。見れば、きれいに舗装された道が北へと続いている。以前は手入れもされず、草に埋もれて殆ど見えなくなっていたはずだが。
「わかりました。お役目、ご苦労様です。」
彼女は礼を述べ、その真新しい敷石を踏んで北へと進んだ。この道が半ば遺棄されていたのには理由がある。この先には、リムグレイブとリエーニエを繋ぐ街道の一部である「ストームヴィル大橋」があるのだが、崩れて久しく使われていない。つまり、この先は行き止まりなのだ。そこへ来いとはどういうことだろう。
城と神授塔を繋ぐ橋梁の下を通り抜けたところで、前方からざわめきが聞こえてくる。橋の袂では大勢の人間が動き回っていた。兵装の者もちらほらと見えるが、殆どは単なる "服" を着用している。彼らが手にしている道具や、周囲に山と積まれた資材から考えて、職工と思われた。何かの工事が行われているようだ。
「Saki 殿、こちらへ!」
その声に振り向くと、現場の片隅に置かれた机の側に立ち、こちらへ手を振るケネス・ハイトの姿が見えた。そして、その隣には、彼女の友人である褪せ人、Ramo の姿もあった。
リムグレイブの王城たるストームヴィルは、歴史の中で幾度もその主を変えてきた。『嵐鷹の古王』、『黄金のゴッドウィン』──直近では『接ぎ木のゴドリック』。ケネスはゴドリックを僭王と看做し、リムグレイブの正当な支配者たるを認めていなかった。そして、そのゴドリックが過日ひとりの褪せ人によって討たれたためにリムグレイブの王座は現在空位となっている。ケネスは戦士ネフェリ・ルーにこの地を統べる者としての資質を見出し、彼女を王座に就けるべく奔走しているのだった。
「ケネスさん、お久しぶりです。相変わらず忙しそうですね。」
「無沙汰であった。貴公の壮健ぶりを確かめることができ、安心したよ。」
ケネスは大仰に腕を広げ、実に嬉しそうな表情を見せる。この人当たりの良さが、彼が領民、そして Saki や Ramo を始めとする褪せ人たちから慕われる理由の一端だった。
「Ramo さんもお久しぶり──でもないか。ラダーン祭以来ですもんね。」
「変わりないようで何より。」
Saki は周囲を見回しながら訊ねる。
「これ、何の工事をしているんですか?」
「橋の修復だ。街道が利用できるようになれば、リエーニエとの往来がずっと楽になる。」
そう言われて橋の方を見ると、こちら側の袂から向こう岸まで数本の綱が渡されている。上下二本で一組となっており、下の綱に足を乗せ、上の綱を手で掴む。職工たちはそうやって崖の上を行き来しているのだった。彼らが腰に巻き付けているロープの反対の端は輪になっており、上の綱に通されている。一応、命綱はあるようだ。
「うひゃあ。あれを渡るの、私には無理ですね。きっと真ん中で手足が竦んで動けなくなっちゃう。」
「私もそうだ。向こうに用事があるときは、城の裏手からリエーニエに下り、ぐるりと回り込んでいる。親方を待たせてしまうわ、兵に護衛の手間を取らせてしまうわで、肩身の狭い思いをしているが、こればかりはなんとも。」
架けられた綱を眺めながら、Saki は首を傾げた。
「あの綱、どうやって向こう岸まで渡したんですか? ものすごい距離がありますけど。綱の端を持って降りて、また登ってくる──なんて無理ですよね?」
「およそ400メートル。バリスタを使うのだ。ボルトの筈に結び付けて飛ばす。」
「なるほど、バリスタかぁ。」
感心しきりと頷く Saki だったが、すぐに次の疑問に行き当たる。
「でも、あんな太い綱を付けたら向こう岸まで飛ばないんじゃないですか? かなりの重さがあるでしょう?」
「最初から綱を渡すのではない。細くて軽い紐を飛ばし、その端に綱を付けて向こうから手繰り寄せる。」
「おお、頭いいですね!」
Saki は手を打ったものの、またすぐに考え始める。
「そんな細い紐で400メートルもの綱の重さを支えられるかなあ。手繰っている途中で切れちゃう気がする。」
ケネスは楽しげに笑い、彼女の隣に立つ Ramo に水を向けた。
「Ramo 殿は、この謎をどう解かれるかな?」
もちろん、ケネスが答を知らぬわけではない。Ramo に "見せ場" を作っているのだ。ここで答えねば不調法となろう。進まぬ気を押して Ramo は口を開く。
「一本と言わず、10本でも20本でも、束ねて綱を支えられる強度になるだけ渡せばよい。」
「ご名答。貴公にはつまらぬ問いだったかな。」
ふと横を見ると、Saki が瑠璃色の瞳を輝かせて彼を見つめていた。
「さすが Ramo さん──。」
親切な御仁なのだが、世話焼きが過ぎる。注がれる尊敬の眼差しに耐え切れず、Ramo は崖の向こうへと視線を戻した。
好奇心で話を逸らしてしまったことに気付いた Saki は、改めて本題に取り掛かった。
「今日はネフェリちゃんに呼ばれてきたんですけど、ご用件はこの橋の修復に関係することなんですね?」
「いかにも。ネフェリ王は別件でこちらに来れないが、二人への依頼は言付かっている。」
「私と Ramo さんへの依頼は別口じゃないんですか?」
ケネスは懐から書付を取り出し、それを捲りながら答える。
「順調に進行しているように見えるこの工事だが、実際は手詰まりに近づきつつある。我々の知識と技術では、この先の工程を行うことができない。そこで、かつて王都で活躍していた Guillaume なる建築家に指揮を執ってもらおうと考えたのだ。しかしながら、彼の消息は数年前から絶えており、その所在は不明となっている。」
彼はそこで顔を上げ、二人に視線を投げた。
「そのような事情で、まずは彼の捜索から始めてもらうことになる。となれば、一人では少々荷が重い。加えて彼は、気難しいことで知られる人物だ。腕が立つ反面、人の好き嫌いが激しく、噂によれば気に入らぬ相手に対しては話を聞こうともしないという。」
「うわあ、面倒くさい......。」
「そう、面倒くさい。だが、Ramo 殿と Saki 殿が二人で出向けば、少なくともどちらか一方は彼の眼鏡に叶うだろう、というのが私の目論見だ。少なくとも、一人で行くよりは見込みが大きい。私自身が出向くことも考えたが、アルター高原、その道中となるリエーニエで、ストームヴィルの兵を活動させるわけにもいかぬ。」
他の方法はないのだろうか。立ち働く職人たちを見回しつつ Saki は問う。
「どうしてもその Guillaume さんじゃないと駄目なんですか? 橋を作れる人が他にいないわけじゃないでしょう?」
ふむ、と考え込む様子を見せた後、ケネスは側に控える兵に命じて、奥の天幕に何かを取りに行かせる。戻ってきた兵が机の上に置いたのは、板の上に粘土と木材、そして麻紐で作られた、工事中の橋の模型だった。
「先ほどの問いに答えよう。今のリムグレイブに、この規模の橋を作れる者はいない。」
ケネスは崖に渡された綱を模した麻紐を指す。
「まず、この綱に横板を渡して、その上を人が歩けるようにする。それを足場として木材を組んでいくわけだが、その技術がない。」
模型では、一組の綱の横に木材で組まれた橋の骨組みのようなものが設置されていた。だが、実際にどうやってその規模の構造物を作るのかと考えてみても、Saki には見当すらつかない。ケネスが続ける。
「よしんばそれができたとしても、今度はそこに石材を積む技術がない。我々の感覚で言えばこんな頼りない枠の上に数十トンもの石の塊を乗せることなど到底不可能に思えるが、ここにはかつて石組みの橋が確かに存在していたのだ。間違いなく、方法はある。しかし、だからと言って素人考えで無理に施工すれば、工程のどこかで大事故が起きるだろう。技術とは先人の積み重ねの上に成立するもの。一朝一夕に獲得できるものではないのだよ。」
ケネスはそこで言葉を切り、二人の顔を見た。Ramo が頷く。
「承知した。かような事情であれば、確かに我ら二人で出向くが得策。Saki 殿は異存ござらぬか?」
「もちろん、異存なしです。この依頼、謹んでお受けいたします。」
「有り難い。こちらに現時点で Guillaume について知られている情報をまとめておいた。」
Ramo は差し出された数枚の紙片を受け取り懐へ仕舞おうとしたが、隣で「見せて」のジェスチャーをしている Saki に気が付き、そちらへと手渡した。
二人は城の裏手、崖沿いの道を歩いている。Ramo としては崖に渡された綱を渡ってみたかったのだが、Saki が「絶対に嫌」とこれを拒否したので、仕方なくこの迂回路を通ることになった。「綱を渡った先で待っててくれてもいいですよ」とも言われたが、彼女に話さなければならないこともあったので、一緒に行くことにしたのだった。
「Ramo さんからのお話って何かな? どきどきしちゃいますね。しかも、こんな人気のないところで。」
先程から幾人かの工員たちとすれ違っているが──と思いつつ、それは流して本題を切り出す。
「Saki 殿には、本件の背景について知っておいてもらいたいのだ。この橋を修復するのは、リエーニエというよりもローデイルとの往来を容易にすることを狙いとしている。」
それを聞いた彼女はきょとんとした顔をしていたが、すぐに何かを納得したように頷いた。
「モーゴットさんとの交渉に進展があったんですね?」
「左様。先日、ローデイルからの使者がここストームヴィル城を訪れた。某は一介の褪せ人に過ぎぬし、旅をしているのですぐには連絡が取れない。そこで、今後の対話はケネス殿──正確にはネフェリ殿だな──を通じて行おうと提案したのだ。幾度かの書簡の往復を経て、ついにはモーゴット本人がネフェリ殿を訪ねるに至った。これがおよそ半月前のこと。」
これにはさすがに Saki も驚いたようだ。
「モーゴットさんがここに来たんですか? それ、すごいことですよね。普通なら、ネフェリちゃんを王都に呼びつけるところだと思うんですけど。」
「信頼を築くために敢えてそのような姿勢を示したのだろう。しかも、前以て詳細な経路を示した上、その行程ではこまめに伝令を送って自らの位置を知らせてきたという。これにはネフェリ殿も甚く感じ入り、敬服の念を伝えた──と、ケネス殿から聞いている。」
「ああ、なんかいいですね、そういうの。お互いに尊重し合う姿勢、大事ですよ。」
その裏に秘めた意図がないとは言い切れないが。感心しきりといった様子で頷く Saki の純粋さに呆れつつも、このような素直さが微妙な状況での判断に良い影響をあたえるものかもしれないと Ramo は思った。
「そこでまず、王都がネフェリ殿をリムグレイブ王として承認することが確認された。さらにはローデイルとリムグレイブの連携を強化するために、これら二地方を繋ぐ街道を整備することも。この橋の修復はその嚆矢ということになる。」
二人の前の視界が急に開ける。朝霧の中、目指すリエーニエ街道が遥か下方に見えていた。この先の坂を下って南西の湖畔へ。そこからさらに湖の南を回り込んで行けば街道に出る。珍しく黙って歩いていた Saki だったが、坂を上り切ったところで嬉しそうに話しかけてきた。
「なるほど、納得がいきました。新しい敷石の紋様が鷹なのも、きっと主従ではなく対等に近い関係──実際にそうなるかはさておき、それを目指すことを示すためなんでしょうね。」
「敷石──?」
困惑の表情を浮かべる Ramo に、彼女は目の前の街道、そこに敷き詰められた石の板を指し示した。一片およそ50センチメートル。それが10列に並んでいるので。この道の幅は約5メートルということになる。その表面には同心円状の紋様が刻まれていた。Saki が『黄金樹の聖印』を見せながら説明する。
「これ、黄金樹を表す紋様なんですよ。啜り泣きの半島にあるモーンの城壁の前からここまで、ずっと同じ敷石が使われてます。この先も、魔術学院の敷地で一度途切れますけど、その後はデクタスの大昇降機まで。アルター高原に入ってからは言わずもがな、ですね。一方、隧道の前から橋の袂への道に敷き直されたものには、鷹の紋様──たぶん、ストームヴィルを表す意匠──が刻まれていました。」
「ずっと目にしながら、まったく気が付かなかった。単なる滑り止めだとばかり。」
その観察眼の鋭さに、Ramo は舌を巻いた。敷石をまじまじと見る者などそうはいないだろう。同じ風景の中にあっても、彼女には自分とはまったく異なるものが見えているようだ。こうして話すことで初めて、その視点の違いに気付くことができる。
「学者など、向いておられるのでは。」
「うーん、そうかなあ。自分ではあまりそんな気はしないけど。──でも、嬉しいなあ。」
Saki はそこでにっこりと笑った。
「そういうの、私に話してくれるようになったんですね。少しは信頼されてきたってことかな?」
「ラダーン祭の折、貴公に叱られたが大変に堪えた故。」
そう言って頭を掻く Ramo に Saki が肩からぶつかっていく。縺れるようにして歩く二人の前には、先程対岸から眺めていた作業場が見えてきていた。
Ramo たちの到着と時をほぼ同じくして、白衣をまとった女性が工員たちに混じって綱を渡り、こちらの岸へとやってきた。Saki がそちらへ駆け寄っていき、声を掛ける。
「Vienna さん、おはようございます。」
彼女は切れ長の目で Saki を見つめ、僅かに微笑んだ。普段は下ろしている鴉羽色の長い髪は、風の強い場所故か頭の横でまとめられている。追いついてきた Ramo も頭を下げた。
「ケネス殿より、貴公がこちらにおいでと聞き、挨拶に参った。壮健そうでなにより。」
「ハイト砦で暮らすことになっていたのだけど、工事が始まってすぐ、こちらへ来てくれと言われて。こういう場所ではどれだけ気を付けていても怪我人が出る。」
彼女は王都ローデイルで医者をしていた人物である。諸般の事情によりつい先日リムグレイブへと移住してきた。
「あの綱渡ってましたよね。すごいなあ。私にはとても無理。」
崖を見ながら身震いする Saki に、Vienna はふっと息を漏らす。
「私だって怖い。脚も竦む。だが、苦痛に耐えて待つ時は長い。」
その覚悟に、胸を突かれる思いがした。それに引き換え自分は──と、思わず目を伏せてしまう。
「──訊きたいことがあるのでしょう? こちらへ。」
Vienna は作業場の奥に張られた天幕を示すと、Saki たちの返事を待つことなくそちらへと歩き出した。
二人の前に湯気の立つカップが置かれる。Ramo はその匂いに嗅ぎ覚えがあった。王都で彼女に会った際に出された茶と同じもののようだ。
「その建築家はローデイルにいたけれど、名を聞かなくなって久しい。4年ほどになるだろうか。」
尋ねられた Guillaume なる人物について Vienna はそう語った。Saki は書き付けをめくりながら続ける。
「記録によれば、その頃に起きた事故で Guillaume さんは重傷を負い、王都を去ったとのこと。その後消息が絶えていましたが、一年ほど前から王都を訪れる行商の中に、彼の手によると思われるクロスボウを卸す者が現れたそうです。」
それを聞いた Vienna は、何かに思い当たったようだ。
「あれは Guillaume のことだったのか。性能は良いものの修理できる者がいないため、故障するたびに行商を通して製造元に送り返すのが面倒だと兵たちがこぼしていた。」
「そのクロスボウが具体的にどのようなものかご存じないだろうか。強力である、射程が長い、あるいは、精度が高い。いずれにせよ、銘がなくともそれと判るということは、余程に際立っているのだろうが。」
その問いに、Vienna は首を横に振る。
「ごめんなさい。軍事や兵器に興味がなかったから、あまり詳しいことは。」
「ケネスさんの情報にも、特段の記述は見当たりませんね。」
ともかく、特別なクロスボウという手掛かりは得た。ここから手繰っていくしかないだろう。そう思っていたところに、まだ何事かを考えている様子の Vienna が付け加えた。
「ただ──修理について、兵たちはこんなことも言っていた。どれほど急がせても戻るまでに五日かかる、と。」
「修理を一日のうちに終えたとして、片道で二日。ずいぶんと遠くまで運ぶようだな。」
「アルター高原を出ていないとすれば、行先はゲルミアの可能性が高い。」
その推論を Saki がさらに進める。
「でも、火山館へ向かう方面はローデイル兵が巡回していますよね。そちらを行き来すれば軍の哨戒にかからないってことはないはず。となると、麓の方──煮え立ち川方面かな。」
「Vienna 殿、協力に感謝する。おかげで当面の目標が定まり申した。」
その時、叫び声と共に一人の男が天幕に飛び込んできた。
「先生、リムグレイブ側で怪我人が。膝の下を切って、血が止まらねえそうだ。」
「わかった、すぐに行く。」
Vienna は立ち上がり、上衣を羽織る。男はその様子を見届けると、踵を返して天幕を出ていった。
「悪いね。」
「いや、大事なるお役目なれば。然らば、我らもこれにて。」
去り際、Vienna が擦れ違いざまに Saki の肩を叩く。
「──え?」
驚いて振り向いたとき、その背は既に遠くなっていた。橋を発ち、リエーニエ街道を北へと進む二人。Ramo に遅れぬよう心持ち早足で歩きながら、Saki は先ほどの Vienna の囁きを思い返していた。──「頑張ってね」? 何を頑張れと言われたのか。どうして自分だけに言ったのか。考えてもわからなかったが、彼女はとりあえず心の中で「はい」と返事をしておいた。
『レアルカリア魔術学院』を経由し、Saki たちはべイルム街道へと入った。湖の上高く架けられた橋は、リムグレイブのそれと同様に崩れているが、輝石鍵を持つ二人は学院の門に設置された転送装置を利用することができる。ただ、この経路は一般には利用できないため、『ウルドの王朝遺跡』を北に抜ける道の建設が構想されている、と Ramo は語った。幾度かカッコウの騎士や人形兵たちに襲われはしたものの道行きは順調で、昼過ぎはアルター高原へと至ることができた。そこからさらに『ウィンダムの廃墟』を抜け、『煮え立ち川』へと向かう。
「私、ここにはよく来るんですよ。これを集めに。」
そう言って Saki は、河原から多孔質の石──『火山石』を拾い上げて見せた。それを『ヒビ壺』に詰めれば、強力な投擲武器になるという。更に進んだところで、彼女はくるりとその身を翻して Ramo に向き直り、川を挟む岩壁の上部を指す。つられて見上げた先、遥か頭上に、川の両岸に架かる石の柱が見えた。
「この崖の上、私たちが初めて会った場所ですよ。馴れ初めの地、ですね。」
その表現には少々語弊があるように思われたが、敢えて指摘はせずにおく。この藪は、突けば蛇が出る。
「そうであった。──ときに Saki 殿、ここらで少し休息を取ろうと思うのだが、如何か。」
「ここでですか? もう少し行けば祝福がありますよ。」
怪訝な表情を浮かべる Saki に、Ramo は口の端を僅かに上げてみせた。
「そちらに、良いものがあるのだ。きっと貴公も気に入られよう。」
河原から離れ、草を掻き分けながら急な傾斜を下った先にそれはあった。岩の隙間から流れ出る水が、その下にあるちょっとした卓ほどの大きさの窪みに溜まっている。深さは60センチメートルほど。湯気が濃く立ち込めていることから考えて、水の温度はそれなりに高いようだ。Ramo は縁にある平らな岩の上に座って足甲を外し、足を水溜まりに浸した。
「足湯という。Saki 殿もお試しあれ。」
言われるがままにブーツを脱ぎ、彼の隣に腰を下ろす。爪先で触れた水は思ったよりも熱かったが、火傷するほどではない。最初は踝まで、次いで Ramo と同じく《ruby》脹脛《rt》ふくらはぎ《/rt》《ruby》の中ほどまでを沈めた。染み入る温かさに、歩き通しで強張った脚がほぐれていく。
「ふあああ......。気持ちいいですねえ、これ。」
「であろう。探せば全身を浸すことのできる大きさの "湯舟" も見つかるだろうが、いつ会敵するか知れぬこの場所では浴すること叶わぬ。残念なことだ。」
「この水は、火山の熱で温められてるんですか?」
「その通り。知る限り、狭間の地ではここのみだが、葦の地では各地にこのような熱水の湧き出る場所があり、『温泉』として親しまれている。」
「お風呂に入るには大量の水と薪を用意が必要になりますけど、川と火山──無尽蔵の水と熱源があれば、いつでもお湯が使い放題ってわけですね。いいなあ、オンセン──。」
そう言うと、Saki はすぐ隣にあった肩に頭を凭せ掛け目を閉じた。
煮え立ち川の終点に位置する『ライード砦』。二人はその周囲に敷かれた陣地の中を、息を潜め物陰を縫うように移動していた。無用の戦闘を避けられるのなら、それに越したことはない。有り難いことに巡回する『火の僧兵』や『茨の魔術師』たちの警戒は杜撰で、一度の戦闘も行うことなく通り抜けることができた。煮え立ち川をよく訪れる Saki もこの先には足を踏み入れたことがない。左手には大きな溶岩溜まりが見えてる。だいぶ離れたところを歩いているのだが、それでも面する側の顔や腕が熱い。
「本当にこんなところに Guillaume さんが──いえ、そもそも人が住んでいるんでしょうか。」
「どんな所にも、人は住む。空気も希薄な山の頂、雪に閉ざされた極寒の地。毎年氾濫する川の辺にすら。」
「なるほど、確かに──」
その瞬間、Saki の側にあった岩の一部が勢いよく弾けた。──狙撃だ! 二人は反射的に身を伏せる。周囲の石が次々と弾けていく。飛んできているのは、矢ではなくボルト。発射の間隔が短い。射手は何人いるのか。岩陰に入るように這いずりながら Saki が囁く。
「Ramo さん、これってまさか──。」
これが件のクロスボウである可能性は高い。Ramo は頷くと、姿の見えぬ相手に向けて声を張った。
「射方を止められたし。我々に敵対の意思はない。ここへ来たは、ただ Guillaume なる御仁に見えるを求めてのこと。」
その呼びかけに応じて射撃は止んだ。そして静寂。話が通じる相手ならば──と次の言葉を考えていたところに、と甲高い声が響いた。
「シャッキントリか?」
──借金取り? Saki は書き付けの内容を思い返す。確かに、Guillaume は借金があると書かれていた。失踪前にそれを返済したという記述はない。この襲撃は、その取り立てを恐れてのことか。
「私たちは借金取りじゃありません! Guillaume さんへの仕事を依頼しに来たんです!」
沈黙。これで事態が進展すればよいのだが。その期待も虚しく、返ってきたのは拒絶の言葉。
「信じない。Guillaume は会わない。帰れ。」
同時に、射撃が再開される。途方に暮れる Saki の傍らで、Ramo は打開の糸口を探っていた。射手は三名。一人が主導的な立場にあり、他の二人はその頭目の射撃に倣って撃ち込んできている。装填に要する時間は四秒強と恐ろしく短い。確かに、これならば自ずと作り手は知れよう。そして──狙撃における教則に従い、彼らは常にその位置を変えているのだが、そのうちの一人の移動がごく単調なパターンに沿っていることに彼は気が付いた。明らかな練度不足。撃ってくる位置が完全に予測できる。次はあの樹の陰から。射手が構えると同時に駆け出す。放たれるボルト──だが、その軌道は読み切れている。前方に振り出した『打刀』の鎬でこれを弾いて、跳躍。さすがに、装填は間に合わない。刃を相手の喉元へ。
「動くな。さすれば、傷つけはしない。」
近くに仲間の気配。Ramo は至近距離で自分を狙う二丁のクロスボウに気が付いてた。だが、これでよい。
「剣を下ろせ。下ろさなければ撃つ。」
その声は震えていた。トリガーにかかる指も。
「最初に申したであろう。敵意はないと。」
穏やかな声でそう呼びかけると、Ramo は柄を握る手を開き、刀を地面へと落とした。
驚いたことに、三人の射手は亜人だった。頭目が問う。
「シャッキントリではないのだな? では何故 Guillaume を探している?」
「Guillaume 殿は建築家なのだろう? 彼に橋を作ってもらいたいのだ。」
Ramo は平易な言葉を選んで答えた。この亜人が、まだ子供であるらしいことに気が付いたからだ。
「橋? 橋って、あの川や谷に架かっているやつか? そんなもの、おまえら自分で作れるだろう?」
「小さい橋ならば作れる。だが、我々が必要としているのは、とても大きな橋なのだ。Guilleaume 殿にしか作れない。」
頭目はしばらく考え込んでいたが、やがて Saki の方に目を向けた。その傍らには先ほど Ramo の刃から解放された射手が立ち、彼女にクロスボウを付きつけている。
「いいだろう、会わせてやる。だが、女の方だけだ。お前はここで待て。Alain、Jean、こいつを見張っていろ。」
頭目は他の二人を Ramo の監視に残し、Saki をクロスボウで小突きながら坂を上って行った。
結局、あいつらはシャッキントリではなかったらしい。来た道を引き返しながら、Nellie は頭の中で経緯を振り返る。自分に続いて小屋に入ってきたあの女を見たとき、Guillaume は息もできないほど驚いていた。けれども、彼女と話すとすぐに落ち着きを取り戻し、Nellie に男の方も連れて来るようにと言いつけたのだった。あいつらの目的が何かは分からないが、連れて行った判断は間違いじゃなかった。そのことに安堵して、Nellie は胸を撫でおろす。ところで、弟たちはちゃんと男を見張れているだろうか。そう危険な奴ではないと踏んで任せたが、奴が本気になったならとても敵わないだろう。
男を待たせている場所まで戻ってきた。Nellie は岩陰からこっそりと様子を伺う。その目に飛び込んできたのは、男の前で木の枝を構える Alain と Jean の姿だった。
「左手は右手につけない。柄頭を軽く握るだけだ。」
「こうか?」
男は Jean の隣に屈み、その手を取って正しい握りに導く。
「強く握りすぎている。もっと軽く。力を込めるのは、標的に当てるときだけだ。」
「そんなこと言ったって、力を入れなきゃ打ち負けちまうだろ?」
不満を漏らす Alain に、男はその下腕を指で押しながら諭した。
「強く握り込むと、腕全体が強張る。それでは速く振ることはできない。振るときは柔らかく、当たる瞬間に固く。」
弟たちは真剣な眼差しで剣──ではなく、枝を振っている。おまえら、見張りはどうした。深呼吸。痛み始めた眉間を押さえながら、彼らの前に出ていく。
「あんた──Ramo さん、だったね。Guillaume が会うと言っている。この先の小屋へ行って。」
「──げっ!」
「あ、姉ちゃん!」
Alain は自分が見張りの役目を忘れていたことを思い出して青ざめているが、Jean の方は忘れたことすら忘れているようだ。Nellie は弟たちの頭に一発ずつ拳骨をくれてやると、彼らと一緒になって Ramo を追いかけた。
Guillaume は枯れ枝のような老人だった。ケネスの調査記録が正しいとすれば、まだそこまでの年齢ではないはずなのだが。
「手前は Ramo と申す者。お初にお目にかかる。お願いの儀ありて、罷り越した次第。」
座して頭を垂れる Ramo に、彼は手を振って苦笑する。
「止してくれ若いの。俺はそんなガラじゃねえ。そっちの嬢ちゃんの相方にしちゃ、随分とお堅いんだな。」
促されるまま、Saki の隣に腰を下ろした。小屋の中には机や椅子といったものは見当たらず、皆が床の上に座っている。
「話は嬢ちゃんから聞いた。が、見ての通り、力にはなれそうにねえ。」
そう言うと、Guillaume は二人の前に脚を投げ出した。膝の下、脛が大きく曲がっている。これでは歩くことはできないだろう。
「足場から落ちて、きれいに両脚揃えて折っちまったのよ。」
「『回復』の祈祷で治せぬものだろうか。」
そう訊ねられた Saki は眉根を寄せる。
「それは無理です。これはもう "治っている" 状態なんですよ。怪我をしたときに適切な処置がなされなかったんでしょう。骨や腱が、折れたままの位置でくっついちゃってるんです。」
「なるほど。元に戻すには、一度 "治った" 箇所を再び切り離し、正しい位置に繋ぎ直さなければならぬと。」
「理屈としてはそうですけど、言うほど簡単にはいきませんよ。」
項垂れる彼女の前で、Ramo は人差し指をまっすぐに立てて見せた。
「はて、貴殿は今朝方、優れた医師に会ったばかりではなかったか。」
その言葉に、Saki の目が見開かれる。
「そうか! Vienna さんならその手術、できるかもしれませんね!」
「しかも、彼女がいる場所は、Guillaume 殿を必要としている工事の現場だ。」
「うわあ、すごい巡り合わせ!」
歓喜の声を上げる Saki だったが、そこへ Guillaume が割って入る。
「盛り上がっているところ悪いんだが、お二人さん。俺が借金取りから逃げてここにいるってこと、忘れてねえか。医者にかかるカネなんかねえぞ。仮にあったとして、どうやって歩けないこの男をリムグレイブまで連れていく気だ?」
二人は顔を見合わせたが、すぐに「そんなことか」とでも言うように表情を緩めた。
「治療費については、工事の指揮監督の報酬から必要なぶんを前受けするという手がありますよ。」
「ケネス殿であれば、Guillaume 殿の治療費は工事に必要なものとして経費に組み込むように思うのだが。」
「そもそも Vienna さん、そんなに高い治療費を請求しないんじゃないですかね。」
「Guillaume 殿のリムグレイブまでの運搬は任せてくれ。今から背負子を作る。」
本人を置き去りして進められていく段取りに、Guillaume が抗議の声を上げる。
「待て。待ってくれ。一度にあれこれと話が進みすぎて頭が追いつかん。今日は遅い。二人とも、今夜はここに泊まっていけ。そんで、明日の朝、落ち着いて話し合おう。」
翌日、昼過ぎ。Saki と Ramo、そして彼に背負われた Guillaume はデクタスの大昇降機の下層、べイルム街道側にある祝福で休息していた。さすがに、往路よりはかなりペースが落ちている。
「本当にアルター高原から出ちまった......。」
リエーニエの青い空を見上げて Guillaume が呟く。上界の住人には馴染みのない光景なのだ。
「このぶんだと、夜には結びの教会あたりですね。今夜はそこに泊めてもらいましょう。ミリエルさん、元気かな。」
「Guillaume 殿、子供たちが心配か?」
Ramo の問いに老人は首を横に振る。
「いいや。生活能力に関しては、チビ共の方がずっと上だ。俺はクロスボウを作ってやったが、そんなものがなくたって、あいつらは棍棒でも槍でも得物を仕留めることはできるんだ。一方の俺は、あいつらが面倒を見てくれてなかったらとっくに死んでただろうよ。」
「でも、言葉を話せる亜人って、珍しいですね。人間と協調しているハイト砦の亜人たちでさえ話はできないみたいなのに。」
「数は多くはないが、亜人の中にも言葉を解する一団があるらしい。あいつらの母親も話せた。まあ、俺が会ったときは既に虫の息で、子供たちを頼むとだけ言い残してくたばっちまったんだが。その時点で一番上の Nellie は人間の三歳児くらいには喋っていたよ。Alain と Jean は、姉と俺から言葉を学んだんだな。」
Guillaume の脚の治療が終わったら、彼ら姉弟もストームヴィルに連れて行こうということになった。育ての親と一緒の方が何かと安心だろう。最年長の Nellie ですらまだ9歳だという。
「ところで私たち、Guillaume さんはとても気難しい人だって聞いて身構えてたんですけど、お会いしてみると別にそんなこともありませんでしたね。」
Saki のその言葉に、Guillaume は苦笑いする。
「王都にいた頃の俺は、とても嫌な奴だった。自分でもそう思う。傲慢で、狭量で、吝嗇で、嫉妬深くて。今目の前にいたら殴っているだろうな。けど、歩けなくなって、チビ共と暮らすうちに思い知った。自分は、自分で思ってたほどにたいした奴じゃないってことを。そうなると、まあ、あんまり他人に対して無礼な態度も取れなくなるわけだ。人間ができた、ってわけじゃねえ。単にビビってんのよ。」
本人は茶化しているが、それこそが礼儀の本質なのかもしれない、と Saki は思った。恐れは畏れに通じる。
「暗い中を歩くのは難儀だ。そろそろ出発しよう。」
「おう、すまないがよろしく頼むぜ、若いの。」
Ramo は Guillaume を背負子に乗せて担ぎ上げると、力強い足取りで歩き出した。
さらに翌日、昼前。三人はようやく、ストームヴィル橋北の袂にたどり着いた。丁度こちら側へ来ていた Vienna に Guillaume を紹介し、彼の脚の手術を依頼する。
「承知した。ケネス殿とも相談して施術と加療のスケジュールを決めよう。」
「よろしくお願いします。」
そう言ってお辞儀をする Saki に、彼女は怪訝な目を向けた。
「何を言ってるの? あなたも治療班の一員として働くんだよ。」
「ええっ!? でも私、医術なんて──」
慌てて首を振る Saki を見据えて、Vienna が続ける。
「脚の手術は一回では終わらない。開いて、切って、繋いで、閉じて、を何回か繰り返すことになる。傷が塞がり、組織が定着するまでは、次の施術はできない。その間、患部の安静や清潔を保つのも一苦労だ。」
「そうですよね。大変な仕事です。」
Vienna は溜息を吐き、まだ分からないのかと言いたげに Saki を睨んだ。
「その自然治癒を待つ期間を、祈祷『回復』で短縮できるとしたら?」
「──え? あっ!」
「期待している。」
それだけを言い残して、Vienna は去って行った。ここには常に、彼女の診察あるいは治療を待つ患者が列をなして待っているのだ。その背に向けて、Saki は先ほどよりも一層深く頭を下げた。
どうして気づかなかったのだろう。こんなに明白な「自分にできること」があるのに、それに思い至らないなんて。否、そもそも考えてすらいなかった。Vienna に頼んだ時点で、己がすべきことは終わったと判断したのだ。信じられない甘さ。自分が情けなくなる。
Ramo は城の側道へと向かう出口で待っていた。
「これで Guillaume 殿への依頼およびにそれに付随する措置は完了した。残るはケネス殿への報告のみ。それでは、参ろうか。」
しかし、彼女は首を横に振り、崖の方を指差す。
「そちらの道は通りません。ケネスさんへの報告は、私ひとりで行きます。あの綱を渡って。」
出発時の怯えようを知る Ramo は思いとどまらせようと説得を試みたが、Saki の決意は固い。
「無益なことだっていうのは分かってます。でも、私は自分を甘やかしたくない。Vienna さんのように強く在りたいんです。」
「──承知した。ならば、ここで見届けるとしよう。」
強張った笑顔で、Saki は頭を下げる。
「面倒くさいヤツでごめんなさい。──よろしく、お願いします。」
覚悟を固めても、肉体の反応は抑えられない。手足が震える。胸が早鐘を打つ。汗が滲む。綱に乗せた足から伝わる振動に心が縮み上がる。谷底を吹き流れる霞。下を見るな。前だけを見ろ。意を決して踏み出す。一歩、二歩。予想以上の揺れ。大丈夫、気にするな。三歩、四歩、五歩──。どれくらい時間が経っただろう。きっと、まだ五分も経っていない。進んだ距離は、全体の三分の一ほど。遅い。職工さんたちはもっと早く歩いていたはず。命綱は付いている。例えここで意識を失っても、死にはしない。腰の縄で宙釣りになるだけ。おそらく誰かが助けに来て、抱えて岸まで運んでくれる。そうできたらどんなに楽だろう。でも、もしそんなことになったら、Ramo さんはきっと呆れる。軽蔑される。何より、自分で自分を許せなくなるだろう。馬鹿みたい。そんなことを考えている暇があったら、一歩でも進めばいいのに。私は昔からそうだ。考えて、考えて、考えて──結局逃げている。ほら、また考えてる。足を動かせ。左、右、左、右──。繰り返せばいい。至るまで何度でも、幾度でも。果てなく続く「最後の一歩」。それが、生きるということ。
時間にして10分と少し。Saki はついに崖を渡りきり、南の岸に降り立った。Ramo の緊張も解ける。よくやった。──本当に。彼女は震える膝を握り拳で叩いて黙らせると、対岸に向けて大きく手を振った。両岸で見守っていた職工たちが喝采を送る。その声は谷にこだまし、吹き荒れる嵐にもかき消されることはなかった。ストームヴィルの橋は壊れて渡れぬ。だが、それがなんだというのか。我らの目には、未来へ架かる真新しき橋が見えておろう。