褪せ人 Ramo と Saki の物語 作:Skinny Slaver
男が三人で旅をする、とりとめのないエピソード。魔法のブーツの設定を披露したかっただけなのがバレバレです。
机の上には一組のブーツ。その側面の留め具を上げると、魔術師は腕組みをして依頼人の方へ向き直った。
「おおよその仕組みは理解できた。できれば、実際に作動しているところが見たい。」
彼は人並みを上回る長身の持ち主ではあったが、目の前に立つ男の背はさらに頭ひとつほど高い。
「それ動かねえんだよ。だからここへ持ち込んだんだ。」
苛立たし気な依頼人に、魔術師はその手に乗せた二つの青い石を示した。親指ほどの大きさの円柱。
「新しい石──といっても屑輝石だが──と取り換えた。こちらはもともと入っていたものだ。内部までヒビが入っていて、もう魔力回路の素子としては使えない。」
手を握りそして再び開くと、石は大小無数の破片となっていた。依頼人は部屋の中を見回しながら言う。
「実演するのは構わんが、ここではちと危ない。どこか広い場所でなら。」
「この塔を下りたところに露台がある。そこで見せてもらおうか。先に行って待っていてくれ。」
男は頷くと、机の上のからブーツを持って階段を降りていった。
一人残った魔術師は棚や抽斗をひとしきり掻き回し、そして首を傾げる。どこへいったのだろう。部屋の中を見渡した後、思いついたように自分が着ているローブを探ると、果せるかな目的の品はその内にあった。何度目だ、このパターン。苦笑しつつも、失せ物の発見に満足した彼は、急いで部屋を出ていく。何のために鍵を探していたのかは、頭からすっかり抜けていた。
ハイト砦──海を臨む露台。階段を上ってきた Ramo は、そこに友人である Gatz と SecretFire の姿を認めた。
「すまない。遅くなったようだ。」
Gatz が振り返り、片手を上げて応じる。
「気にしないでくれ。こっちも今始めたところだ。」
SecretFire は明らかに彼の足には大きすぎるブーツを強引に紐で締めて立ち上がった。履き心地を確かめるように、右、左と交互に足踏みをする。
「少し緩いが、脱げることはなさそうだ。では、さっそく試してみよう。」
すると、踝の少し前、距骨の上を横切るように青白い光の帯が現れた。その帯は足の両側を通って地面に達している。見えない部分まで考えると、全体は円環状になっているようだ。直径は15センチメートルほど。だが、それが現れていた時間は1秒にも満たなかった。彼はブーツを脱いでそこから離れた。
「効果の発動中はまったく足を動かせんな。予想された通りだが、これはいったい何の役に立つのだ?」
SecretFire のその問いに答えるため、Gatz はその背に負った『グレートソード』を引き出した。その刃渡り、170センチメートル強。柄の部分も合わせると、彼の身長196センチメートルを超える。
「こいつの重量はおよそ145キログラム。俺の目方よりも随分と重い。だから──」
Gatz がグレートソードを青眼に構えると同時に、後ろに引いた方の足が地面から浮き上がった。前に出した足の爪先を中心として身体が前に傾き始める。彼は倒れる前に構えを解き、重心を手元へと引き戻した。
「普通の武器の感覚で構えると、こんな具合にバランスが崩れちまうわけだ。」
「こればかりは、いくら鍛えたとてどうにもならぬだろう。支えがなければ踏ん張ること能わぬ故。」
「その通り。だが、それでも扱う方法がないわけじゃない。二人とも、少し離れてくれ。」
グレートソードを肩に担ぎ上げた Gatz は不敵に笑った。
「一瞬だけなら、慣性で釣り合いを取ることができるんだ。」
そう言って、Gatz はその場を殆ど動くことなく巨大な剣を振り切って見せた。空を切る音が辺りに響く。Ramo と SecretFire がそれぞれに感嘆した。
「見事なものだ。地を蹴って後方へ跳ぶ動きで、前方への引きを相殺している。」
「まさに脳筋、という感じだな。」
切っ先を床に着けた剣を片手で支えながら、Gatz は反対の手でその肩を揉んでみせる。
「だが、やはり無理のある扱いなんで、身体への負担も大きい。継続して戦闘を行うには、加減して七割ほどの力に抑える必要がある。」
それでも常人離れした怪力であることに変わりはないだろう。そう思って隣を見ると、SecretFire もまさに同じ感想を抱いたらしく、呆れたような表示を浮かべていた。そんな二人の様子を他所に、Gatz はブーツを履き替え、再びグレートソードを構える。
「だが、このブーツがあればその問題は解決できるってわけだ。」
先程と同様の軌道の横薙ぎ。だが、その振りは目に見えて速くなっていた。魔法によって地面に固定されたブーツが、武器の慣性に抗う彼の身体をしっかりと支えているのだ。
「おお、なんかいい具合だな。これで修理完了ってことでいいんじゃねえか?」
嬉し気な様子の Gatz に、SecretFire が諫めるような口調で答える。
「いや、駄目だな。次はもう動作しないだろう。石の様子を見てみろ。」
その言葉に従って Gatz がブーツ側面の留め具を下ろした途端、砕けた輝石が砂となって落ちてきた。
「粉々になってやがる。」
「これだけの力を瞬間的に放出するとなると、魔力回路にかかる負荷も相応に大きくなる。そこらの坑道で採れる屑石では耐えられぬだろうな。不純物や欠陥のない高品質の結晶を、どこかから調達してくる必要がある。」
そこで魔術師は言葉を切り、Ramo をじっと見つめる。その視線を受け流すように Gatz に目を向けたが、そちらからも見返されていた。
「そういうのがありそうな所、旦那なら知ってるんじゃないか。」
「円卓を通してもなかなか捕まらんほどあちこちほっつき歩いているんだ。心当たりのひとつやふたつ、なければおかしい。」
まったく、こいつらは。内心呆れつつも、Ramo の脳裏には夜の闇の中に光る輝石の群れが浮かんでいた。
ハイト砦の西約1000メートルの地点には、地面に空いた大穴がある。先日落ちた星によって穿たれたものだ。穴の上空には重力の異常が発生しており、大小無数の岩石が数百メートルの高さまで列を成して浮かんでいる。落ちた星に元々そなわっていた性質によるものか、あるいはそれを押しとどめていたラダーンの魔法の残滓か。その原理は不明であったが、この「柱」のために、穴の場所はかなり遠くからでも視認することができた。
「あれは落ちた星の破片なのか?」
浮かぶ岩々を眺めながら Gatz が口にした疑問に、SecretFire が笑って答える。
「いや、あれは大地を構成していたものだ。落ちた星はごく小さいはず。あの中の平均的なサイズの岩塊よりも小さいのではないか。もし、あれらをすべて合わせたほどに大きな星が落ちたら、リムグレイブ全体が消し飛ぶことになる。」
「そりゃ、おっかねえ。」
そこで Gatz は反対側を歩く Ramo に視線を転じた。
「ところで、あの中はどうなってんだ? 旦那はもう潜ったんだろう?」
星が落ちる切っ掛けとなった『ラダーン祭り』を主催したのが Ramo だった。彼が目指す何かがこの穴の先にある──或いはあった──と考えるのは自然なことだろう。
「ああ、行ってきた。『永遠の都、ノクローン』の上層部に通じている。『シーフラ河』から見上げた先にある、あの建築物だ。」
「ああ、あれか。どうやって行くんだろうと思ってたんだが、それらしき道が見つからなくて、結局諦めた。正解は『上から穴を空けて降りていく」でした──って、分かるかそんなもん。」
苦笑する Gatz の向こうから、SecretFire が問いかけた。
「そこは誰でも入れるのか? ケネス殿が入口に見張りの兵を立てているようだが、例えば自分が行っても追い返されたりはしないのか?」
「それは俺も聞こうと思っていた。問題なければ是非とも行ってみたいからな。」
二人の視線を受けて Ramo は頷いてみせた。
「勿論、構わない。見張りを置いているのは、そこを通る者に名簿への記入をさせるためだ。何者が来ても追い返しはしない。無論、その先に待つ危険について警告し、意図せず迷い込むといったことがないようにはしているが。」
「何だ、名簿って?」
「穴に入る者の名前と、日時を記入する。戻ってきたときも同様に。そうすることで、今何人が入っているか、或いは長期間出てきていない者はいないか、といったことが把握できる。」
それを聞いた Gatz が腕を組み、鼻から息を漏らす。
「なんともご親切なことで。戻ってこない奴がいたら、捜索隊を出してくれるのか?」
皮肉交じりの問いに、Ramo は首を横に振った。
「さすがにそこまではしない。だが、戻らぬ者の数を記録することで、ノクローンがどの程度危険な場所かを計ることができるであろう。」
「なるほどねえ。で、現時点での行方不明者の数は?」
「今のところ、5日を超えて滞在しているものはいない。そうそう、既に Saki 殿が訪れていたようだ。記録によれば、3日前に入り、昨日戻っている。」
「姐ちゃんが? 相変わらず、ものすごい行動力だな。」
Saki of Astora は、Ramo と Gatz の共通の知り合いであり、彼女もまた褪せ人である。知らぬ人物の話を聞かせても悪いだろうと気を利かせ、Gatz は SecretFire に向けて説明をする。
「Saki さんってのは俺の友人だ。そんで、旦那の──お友達でもある。」
「ん? 友人とお友達って、どう違うんだ?」
細かい事は気にするなと笑い飛ばしながら、Gatz は背に冷や汗をかいていた。──旦那、今の殺気は洒落になってねえって。
差し当たり目指すのは、リムグレイブとリエーニエを繋ぐ玄関口となっているストームヴィル城。第三マリカ協会を経由し、アギール湖の北岸へ。曇り川に架かる橋の上、SecretFire は左手の湖を感慨深げに眺めていた。
「あれ以来アギールは目撃されていないようだが、死んだのだろうか。」
「あの程度の傷で死ぬとは思えん。棲み処を変えたのやも。」
彼らの話を聞いていた Gatz が割り込む。
「お前ら、あのドラゴンと戦ったのか。よくよく無茶をする連中だな。」
「いや、観察のみに留まるつもりだったのだが、隣にいた学者殿が竜に抱き着きに行った故、致し方なく。」
Ramo に横目で睨まれた SecretFire は咳払いをしたのみで、何も答えなかった。
話題は、件のブーツに移った。持ち主である Gatz がその由来を説明する。
「ヴィンハイムで傭兵をやってた頃、俺はより強い武器はないものかとあちこち探し回っていた。それが噂として広まったんだろう。ある鍛冶屋が、自分が昔酔狂で作った武器を試してみないかと声を掛けてきた。それが、あの『グレートソード』だ。それまで誰にも持ち上げることができなかったもんで、蔵の奥に仕舞い込まれていた。」
トロルならばいざ知らず、160キログラムもの武器を扱える人間がいるなどと期待するのは正気の沙汰ではない。酔狂の域すら超えている。そこへ SecretFire が口を挟んだ。
「それで、最初から今のように扱えたのか?」
「いや、さすがにそいつは無理だ。形ばかり振ることはできたが、どうしても剣に引っ張られて不格好な踊りみたいになっちまう。傭兵部隊の連中からも実戦では使えないと言われた。だが俺は、甲冑を両断するその破壊力をどうしても諦める気になれなくてな。反動を制御する練習をすると同時に、身体を鍛え直したのさ。その過程で体重も10キログラムほど増えた。」
鍛錬もさることながら、身体的な素質も大きいだろうと、Ramo は思った。自分の体格ではどれほど鍛えても無理だと確信できる。『ラダゴンの爛れ刻印』の効果で筋力が底上げされていても、Gatz のように片手で振るうことはできない。
「それでもやっぱり扱いは難しい。足を地面に固定するために、靴底に鋲を埋め込んでみたりしたが、却って滑るばかりでどうにもならない。そんなとき、魔力を持つ武具を作るという鍛冶師リッケルトの噂を耳にした。そんで、魔法なら何とかできるんじゃないかと思い、さっそく相談に行ったんだ。馬鹿みたいに単純な発想だろ? 自分でもそう思う。だが、結果として何とかなったんだから、間違いではなかったんだな。」
SecretFire が腕を組み、空を見上げながら話す。
「私の故郷には『付呪』と呼ばれる技術がある。それは既にある武器や防具に対して魔法の効果を付与するもので、魔術師の領分だ。一方、そのブーツは最初から魔力の仕掛けを組み込んで造られている。しかも、それをするのは鍛冶師だという。発想の方向は似通っているが、まったく異なる手法によって実現されている。ヴィンハイムの技術──実に興味深いな。」
Gatz も合わせるように、視線を上げて答える。故郷を思い返しているのだろう。
「面白いのは確かだが、魔法の力を持つ道具を作る技術は、魔術の国ヴィンハイムでも異端視されていた。魔術研究に熱心かと思えば、そういうところで頭が固いんだよな。そんなわけでリッケルトはなんだかんだと商売の邪魔をされて、田舎の方へ引っ込んじまっていた。おかげで、訪ねていくのが大変だったぜ。」
その剣を担いで行ったなら、さぞかし骨の折れたことだろう。いや、Gatz にはその程度のことは苦にならないか。背負ったグレートソードの重さを感じさせない彼の歩き様を見ながら、Ramo はそんなことを考えた。
「そんで、俺はこの通り狭間の地へとやってきてしまった。メンテナンスしてくれる奴がいないってのは死活問題だ。正直かなり困っていたんだが、今後その心配をする必要はないな。」
Gatz に肩を叩かれた SecretFire は少々不満な様子を見せる。
「俺は魔術師であって、鍛冶屋じゃない。砦の鍛冶師に要点を教えておこう。」
三人は『嵐の関門』へと至った。そこに立つ兵たちは既に Ramo と SecretFire の顔を見知っているため、面倒な手続きもなく敬礼で送り出された。二人に続いて、Gatz も朗らかに挨拶をしながら門を通過する。門衛の目が、その背のグレートソードに釘付けになっていたのが、Ramo には可笑しかった。 ──胸中、拝察致す。
ストームヴィル城では『ネフェリ・ルー』に謁見した。彼女はつい先日、王都から正当なリムグレイブ王としての承認を受けている。傍らに立つ王の補佐役にしてハイト砦の主『ケネス・ハイト』の表情も、心なしか誇らしげに見えた。
「此度の即位、誠に喜ばしく存じます。一層のご活躍を祈念する次第。」
口上を述べて傅く Ramo に、ネフェリは懐かしさを湛える笑顔を見せる。
「壮健で何より。思い返せば、おまえから贈られた『嵐鷹の古王』──あの遺灰こそが、この道の始まりだったな。」
「恐縮の至り。なれど、かの品は端緒に過ぎず。すべては偏に貴公の絶えざる働きによるものなれば。」
一通りの遣り取りが済んだところで、ケネスが Ramo に声を掛けた。
「今日はどちらへ向かわれるのか。SecretFire が同行しているということは、面白い企てであろうことは想像に難くないが。」
SecretFire は名目上はケネスに仕えているのだが、実態は「食客」に近い。それ故に、こうして勝手に出歩いても咎められることはなかった。
「魔術の道具の補修に必要な輝石を採集するため、リエーニエの西岸を訪れる所存。此方へ寄ったは、ネフェリ王への挨拶のためなれど、貴公にも折り入ってお頼みしたい件あれば。」
「なるほど。では、あちらで聞かせてもらおうか。済まないが、連れの二人はしばしこちらでお待ち頂きたい。」
ケネスは入口に控えていた次女に茶を出すように命じると、Ramo と連れ立って執務室へ入っていった。
ケネスの姿が見えなくなったことを確かめると、ネフェリは小走りで Gatz に駆け寄った。その目は、期待と興奮に輝いている。
「相当の腕前とお見受けする。Ramo といずれが勝るか判じかねるほどだ。」
「まあ、そこそこには。」
余裕気に答えてみせた Gatz だが、内心では先ほどまでの威厳ある態度との落差に面食らっていた。
「その特大剣、ちょっと持たせてくれないか。」
「ああ、構わない。だが、重いぜ?」
背から抜いたグレートソードをネフェリに手渡す。彼女の両腕がその柄をしっかりと握ったことを確かめた上で、Gatz はそっと手を離した。
「おお、本当だ。これはすごい。」
驚いたことに、ネフェリは僅かによろめいただけで、剣を持ち支えてみせた。さらに、片手持ちで前方に突き出す。腕力に不足はない。だが、重心の関係で前へつんのめってしまう。Gatz は横から手を出して彼女を支えてやった。
「かたじけない。貴公はこの剣を自在に振るえるのだろう? 叶うならば、一度手合わせを願いたいものだ。──まあ、ケネス殿が許さぬだろうが。」
屈託ない笑顔を見せるネフェリ。その一瞬だけ、彼女はリムグレイブ王から一人の戦士に戻っていた。
リエーニエ西岸。街道のある東岸と異なりこちらには整備された道がないため、一行は浅瀬となっている場所を選んで歩いた。『改宗された塔』のあたりでようやく足を濡らさずに歩けるようになる。道中には陸ダコやらザリガニやらが蔓延っていたが、熟達の戦士二人の前には何ほどの障害ともならない。本当に厄介な「敵」に遭遇したのは、彼らがレアルカリア魔術学院を真東の方向に臨む『カッコウの封牢』に差し掛かったときだった。
「見間違いじゃないと思うんだが、──あれ、輝石竜だよな?」
前を行く Gatz から声を掛けられた Ramo は、その視線を追って右手を見遣る。およそ500メートル先。湖から突き出した巨大な石柱の周囲に、堆積した土砂で形成されたと思しき小島があった。そして、深い碧青の鱗を持つ輝石竜の姿。それは、かつて『学院の輝石鍵』を手に入れるために Ramo がこの場で倒したはずの個体『スマラグ』と、まったく同じものに見えた。
「馬鹿な──。確かにとどめを刺したはず。」
「旦那もか? 実は俺も、以前ここで戦って、あいつを倒した記憶があるんだが。」
竜というのは倒しても復活するものなのだろうか。一匹が倒されて縄張りに空きが生じると別の個体がやってくる、という可能性もある。いずれにせよ、今ここに竜が居るというのは、Ramo の想定にない事態だった。幸いなことに、岸からは十分な距離がある。水場に近づかぬ限り、感付かれることはないだろう。──そこまで考えたところで、Ramo は叫んだ。
「Gatz 殿! SecretFire を押さえてくれ!」
その声に反応した Gatz が、駆け出す彼のローブの襟をすんでのところで掴む。
「見るだけだ! もうちょっと近くで見るだけだから!」
取り押さえられた SecretFire は抗議の声を上げたが、信用できるものか。こいつには "前科" がある。
「Gatz 殿、決して放さぬように。」
「おうよ。さっきドラゴンに抱き着こうとしたって話を聞いてなかったら、反応が遅れて逃がしてたかもな。」
悶着の末、この場所から観察するということで手が打たれた。SecretFire は近くの岩に腰を下ろすと、取り出した帳面に輝石竜の素描を取り始める。その隣には、流木を利用して彼の目の高さに据えた『遠眼鏡』が倒れぬよう支えをさせられている Ramo の姿があった。
『四鐘楼』の麓を過ぎ、『王家領の廃墟』を抜けたところで、一行は道の脇に佇むトロルに出くわした。他のトロルのように襲い掛かってくる様子はない。巨大な金床を前に座して書を読むその姿はさながら「休憩中の鍛冶屋」といった風情だ。Ramo がその巨体の前に進み出て頭を下げた。
「イジー殿、久しく。」
イジーと呼ばれたそのトロルは、訪問者に不興げな返事を返した。
「我らが主の許を用向きもなく訪れた上、直々に為された仕官の誘いを断った不遜なる褪せ人殿ではありませんか。今更何用にてここを訪れることができたものか、伺ってもよろしいですかな?」
予期していたことではあるが、やはり歓迎はされぬようだ。特にこの軍師殿には。だが Ramo とて何の算段もなくここを訪れたわけではない。
「『ノクローンの秘宝』を献上しに仕ったと申さば、如何なさるか。」
「──なんと!?」
相手の声音が一段高くなる。何故それを──と口走らなかったのはさすがと言うべきか。
「次第がどうあれ、貴公の一存には収まらぬ件かと思うが。」
「ふむ、確かに。伺いを立てますので、しばしお待ちくだされ。」
イジーは眠るように頭を落とし動かなくなったが、5分ほどで "戻って" きた。上体を起こしたその姿勢は、心なしか先ほどよりも畏まって見える。
「ラニ様がお会いになるそうです。城館を通り、件の魔術師塔までお越しください。その際は、これをお持ちになるように。」
差し出された大きな掌の上には『カーリアの徽章』が載せられていた。戦技に費やされる集中力を軽減する効果のあるタリスマンだが、何故に今これを渡されるのかが解せない。怪訝な表情で受け取る Ramo に、イジーが言葉を継ぐ。
「こちらの徽章は特別製。身に着けていれば、城館内でユビムシやカッコウの傀儡に襲われることはないでしょう。」
「得心した。ご配慮に感謝する。」
頭を垂れる Ramo の後ろから、Gatz が問いかける。
「それを着けるのは旦那だけでいいのか? 俺たちも襲われたくはないんだが。」
「あまり離れずにいれば同行者にも効果は及びますのでご安心を。また、それとは別に、通常の徽章をひとつ5000ルーンにてお譲りすることもできますが、如何ですかな。カーリア王家の居城を訪れた良い記念となるでしょう。」
遊山帰りの客を捕まえる土産物屋のようだ。そんな Ramo の思いを他所に、Gatz と SecretFire はそれぞれ徽章を購入した。交渉で勝ち、商売で負けた、といったところだろうか。ともあれ、三人は無事に城館を通り抜けることができた。
スリーシスターズ──カーリアの城館の背後に聳える隔絶された大地は、そこに建てられた三つの塔に因んでそう呼ばれている。この場所には常に濃い霧が立ち込めており、太陽の光は殆ど届かない。その代わり、星が放つ青い光がその霧を通して昼夜の別なく降り注いでいるのだった。
「最終の目的地ではないが、ここの輝石もなかなかに良質であるように思う。これらは修復に使えないだろうか?」
Ramo の提案を受け、SecretFire は周囲に転がる輝石を調べ始めた。
「確かに、他の場所で採れる結晶と比べてかなり欠陥が少ない。おそらく、日照が少ないからだろう。陽光は結晶の成長を乱し、欠陥や転移を生ずる。だから、このような場所では良質な輝石が育つのだ。しかし──」
SecretFire は近くに落ちていた小さな輝石の破片を摘まみ上げ、指先に魔力を込める。しばらくは何の変化も起きていないように見えたが、不意に甲高い音が響き、青く透き通っていた石は一瞬で白く濁った。彼は黄金樹を見上げて続ける。
「まだ不純物が多い。そのために抵抗が大きく、大きな魔力を流すとこのようにひび割れてしまう。おそらくは、あの黄金樹の光が結晶に入り込んでしまっているのだろう。」
そこで Gatz が手を上げて問いを発した。
「この際だから教えてほしいんだが、そもそも輝石って何なんだ?」
良い質問だ──と Ramo は思う。彼自身、輝石については通り一遍の知識しか持っていない。この学者がそれをどう説明してくれるのか、大変に興味があった。
「輝石とは空から降り注ぐ星の光が凝固してできるものだ。気の遠くなるような時間をかけてゆっくり成長していく。これくらいの大きさにまでなるには──」
SecretFire は目の前にある高さ4メートルほどの輝石の柱を掌で叩く。太さもかなりのもので、二人で腕を回してようやく一周できるほどだ。
「少なく見積もっても、20万年の歳月が必要だったことだろう。」
「にじゅうまんねん!?」
予想を遥かに上回る数字に、Gatz の声が上擦った。
「そうだ。輝石とは星の琥珀。そして、大地に刻まれた太古の歴史でもある。私の故郷ではウェルキンド・ストーンなどの名称で呼ばれていた。ごく稀に、空の遥か高みで形成されたと考えられる完全な結晶──エセリウム──が降ってくることもある。それが手に入ればもちろん言うことはないのだが、一生のうちにひとつ目にすることができれば幸運という代物だ。期待するべきではない。」
「良質な輝石ができる場所の条件のひとつは日が当たらぬこと。いまひとつは、黄金樹の光が届かぬこと。──で、相違ないか?」
Ramo の言葉に、SecretFire は教師然とした態度で頷いた。
「その通りだ。お前が目をつけているという最終候補地は、この条件に当てはまるのか?」
「おそらくは。」
その場所で調査を行うには、この先で待つ半神『月の王女ラニ』の協力を得る必要がある。上手くいくか、些か自身が持てぬところであったが、まずは彼女に会わぬことには始まらない。サーコートのベルトに着けた徽章を指先で撫でると、Ramo は塔へと続く道を上った。
二対四本の腕を持つ少女人形。それが、半神ラニの現在の姿だった。以前会った際には無知故に然程臆することもなかったが、彼女の所業について多少なりとも知った今では事情が異なる。狭間の地の惨状を招いた咎の半分は、ラニにあると言っても間違いではない。それが現時点での認識だ。
「久しいな。最初に見えたときよりも若干──いや、だいぶ強くなったようだ。」
Ramo は無言で一礼した。下手に口を開けば気圧されていることが露わになりそうだと感じたからだ。もっとも、半神を前にしては無駄な抵抗かもしれないが。
「大層な手土産を持ってきたとイジーから聞いている。我ながらせっかちとは思うが、早速見せてもらおうか。」
「これに。」
既に手元に用意しておいた木箱を捧げ持つ。開いた蓋の下から現れたのは、奇妙に捻じくれた一振りの短剣。干からびた屍を思わせるそれは、随所に染みた赤黒い血と相まって、禍々しい雰囲気を放っていた。
「ブライヴに探させてた『指殺しの刃』に相違ない。おまえが取ってきたと知ったら、あやつはさぞかし悔しがることだろう。」
彼女はその短剣を愛でるように眺めながら指先でその感触を確かめていたが、すぐに視線を Ramo へと戻した。」
「ところで、何故私がこれを求めていることを知ってる? 近しい者以外に話した覚えは、ないのだがな。」
気温が瞬間的に下がった。威圧されている。だが、屈してはならない。Ramo は無言を貫く。張り詰めた沈黙を破ったのはラニの方だった。溜息を吐いて、冷気の結界を解く。
「愚問であったな。モーゴット以外にはあり得ぬ。余計なことばかりしてくれる──と言いたいところだが、この件に関しては素直に喜んでおこう。ともあれ、これで私は自分の道を征くことができる。」
刃はラニの手の中で光に包まれたかと思うと、次の瞬間には姿を消していた。気づけば、捧げ持っていた箱も既にない。一組の腕の指先をぴたりと合わせる仕草を見せながら、彼女は Ramo に問う。
「さて、ただ私を喜ばせるためだけにこれを持ってきたわけではあるまい?」
「頼みたき件ありて罷り越した。こちら、リムグレイブ王ネフェリからの親書に目を通して頂きたく。」
Ramo が懐から取り出した封書は、宙を滑るように移動してラニの手元へと運ばれた。
「後ほどイジーに精査はさせるが、内容を掻い摘んで話してくれ。」
「現在リムグレイブとローデイルを結ぶ街道の修復が両国の協調の許に進んでいるのはご存じの通り。以前のものと異なり、レアルカリアを経由せぬ、リエーニエの東岸に沿うものとなるはず。しかしながら、いずれ魔術学院からの妨害が入ることは想像に難くない。」
「まあ、そうなるだろうな。学院上層の連中は、縄張り意識が強い。──よろしい。直接の管轄ではないが手を打とう。」
「事後承諾となり誠に申し訳ない。いずれネフェリ王より正式な要請が届くであろう。」
ラニは手にした封筒でその口元を隠し、何事か考えるように首を傾げる。
「街道建設への不干渉への件は了承した。だが、それだけであれば従者を二人も連れてくる必要はない。別の頼み事があるのではないか? 」
「一つの手土産に二つの見返りを求めるは厚かましきに過ぎるかと逡巡していたところ。しかし、貴公の前で隠し事はできぬようだ。」
上手を取ったことに満足したのか、彼女はやや姿勢を崩して頬杖をついた。
「構わぬ。申してみよ。この秘宝にはそれだけの価値がある。」
「然らば。我らはとある魔法道具の修理のため、質の良い輝石を求めている。ここスリーシスターズの輝石も良質ではあるものの、学者が言うにはまだ足りぬと。」
そこまで聞いたところで、ラニが片手を上げる。質問がある、という意味ではなさそうだ。
「委細承知した。学院の "底" へ行きたいのだな? おまえは輝石鍵を持っているが、あの二人はそうではない、と。」
彼女の洞察の鋭さに内心で舌を巻いた。謀略の手練れとはかようなものか。
「一方は既に有しておる故、追加で必要な鍵はひとつ。新しきものを譲って頂けれは有難い。」
「イジーに申し付けておこう。ところで、私からも一つ頼み──というよりも質問がある。」
ラニが背筋を伸ばし、Ramo を見据える。人形の身体故その表情に変化はないが、生身であれば射るような眼差しを向けられていただろう、と思えた。
「なんなりと。」
「お前が仕官を断った件、イジーは大層憤慨していたが、私はまったく気分を害していない。人は誰もが自由だ。だがそれでも、理由を知りたいとは思う。教えてはくれぬか。何故、この月の王女を拒んだかを。」
場を沈黙が支配する。思うところを率直に述べれば、不興を買うは必至。相手の気分次第では命を奪われるかもしれぬ。だが、穏当な口実で凌ぐこともまた、彼の性分が許さぬところだった。数秒の後、ラニは肩を引き、穏やかな声でその問いを取り消した。
「──答えづらいことを訪ねて悪かった。許せ。そして忘れてくれ。」
「いや、答え申す。理由はひとつではないが、主たるは『陰謀の夜』の後の貴公の振る舞いにあり。」
それを聞き、ラニは小さく息を漏らす。おそらく、この指摘は受け飽いているのだろう。
「血の繋がりなき者とはいえ、自らの野望のため身内に手を掛けた者など信用できぬ。──普通の者ならばそう考えるだろう。当たり前だ。そしてつまらん。」
「そうではない。ゴッドウィンを弑したは、神族の内でのこと。思うところがないわけではないが、外から口出しすべきでもないと考える。だが、それによってこの地に死の根が蔓延ったことについては如何お考えか。安らかに眠ることもできず、輪廻に連なることもできず、死に生きる者となりて彷徨う者たちの苦しみ、縁者の嘆きに、何か手を打たれたか。自分にはそうは見えなかった。」
ラニの四つの手がすべて膝の上に落ちた。短い沈黙の後、彼女は天井を見上げて口を開いた。
「質問に質問で返すとは、不調法な奴だ。悪いが、その問いには答えられん。だが、ひとつだけ教えてやろう。その問いを私に突きつけたのは、お前が初めてだ。イジーもブライヴも、それを問うてはくれなかった。──行け。私はもう休む。」
右からの斬撃。跳躍して回避。その勢いを乗せての横薙ぎ──は当然読まれている。左足で踏ん張り、突きを放つ。防がれた。引き戻し。間に合え。相手が左へ回り込んできた。斬り上げを受ける。衝撃と火花。敵は半狼の戦士。得物は Gatz の『グレートソード』と同じ特大剣で、こちらよりやや細身ではあるが、そのぶん振りが早い。加えて魔力を帯びているため、打ち合いになればこちらが不利。いや、それよりも遣い手の図体の差が大きい。自分も大概だが、向こうはそれよりも頭一つ半は高い。少なく見積もって230センチメートル。いや、もっとあるか──って、そんなこと考えてる場合じゃねえ。相手が高く跳んだ。前に回転し、勢いを乗せた斬撃を叩きつけてくる。半身になり左へ一歩退く。ギリギリで躱すのがコツだ。怖えけど。斜め上に向けて斬り上げる。刃は狼の頭上を掠めて通り過ぎた。あそこで慌てて身を起さずに伏せるとは。相手の下からの振り上げと、こちらの上からの切り返しが打ち合う。腕は力で、目は気迫で押し合う。ここは負けられねえ。なんとしても──。
「そこまで。Ramo が戻ってきた。」
SecretFire の声により、戦闘は唐突に打ち切られた。両者が後方に跳んで距離を空け、それぞれ大剣を背に戻す。模擬戦とはいえ、間合いの内で武器を納めるをよしとせぬのは戦士としての習慣だろう。
「いいところだったんだがな。もう少し長話してきても良かったんだぜ。」
塔の入口から階段を下ってきた Ramo が『半狼のブライヴ』に片手を上げる。ブライヴも無言の頷きでそれに答えた。
「で、どっちが勝ったんだ?」
その問いに Gatz は親指で、ブライヴは人差し指で互いを差す。
「ラダーン祭りで共に戦ったから驚きもしねえが、やっぱ強えわこの狼の兄ちゃん。」
「俺は驚いたぞ。俺より身が軽いだろうに、どうやってその剣を振ってるんだ。」
そこで Gatz は Ramo に目配せする。黙っててくれ、の意味だろう。
「そいつは企業秘密ってやつだ。鍛錬の賜物ってことで納得しておいてくれ。」
リエーニエへと引き返す道中、Ramo は SecretFire が道具入れから握り拳ほどの大きさの輝石を取り出して眺めていることに気が付いた。見れば、結構な量を詰めているらしい。
「不純物が多くて使えないと言っていなかったか?」
「あのブーツのように大きな負荷がかかる用途にはな。だが、そうでない道具には十分だ。研究のための試料としても必要になる。」
それを聞いた Gatz が不満げな息を漏らす。
「信じらんねえ。あの白熱の戦いを観ずに、石を拾ってたってか。」
「俺か? 本でも読んでる方がいい。」
斯くも対照的な二人がこうして共に歩いている。まこと、縁とは異なものだ。
王家領の廃墟まで引き返してきたところで、イジーから輝石鍵を受け取った。この鍵は使用者を記憶するため、一度使用したら他人に譲渡することはできない。Ramo と Gatz が持つ鍵は当然既に使われており、SecretFire 用に追加の一本が必要だった。イジーが差し出した輝石鍵は真新しく、誰にも使用されていない。
「ラニ様の寛大なお心へ、感謝をお忘れなく。」
それだけ言うとトロルの軍師は手にした書物に視線を戻し、それきりこちらを見ようとはしなかった。
レアルカリア魔術学院。休むことなく動き続けるベルト式のリフトが、建造物群を支える岩塊の底部へと三人を運ぶ。太陽も黄金樹の光も殆ど届かず、月と星の明かりだけが照らすその場所は輝石の成長にうってつけのはずだ。Ramo がここに目を付けたのも、以前訪れた際に目にした輝石の色付きの薄さが印象に残っていたためだった。
「そういえば、ここで旦那と一緒に鉤指やったことがあったよな。あの泣き虫の魔術師さん、元気かね。」
「さて。知りようもないが、勇敢でありながらも怠りのない性分であった。おそらくは、今も息災であろう。ときに、同様に懐かしきものがこの下で我らを待っているのだが。」
Ramo はそう言って不敵に笑うが、Gatz には心当たりがない。
「乙女人形だ。」
「──マジかよ。」
無慈悲なる殺戮機械。二人が共に働いた折に中庭で襲われ、散々に苦戦させられた敵である。思わずグレートソードの柄に手を掛ける Gatz に、Ramo は微笑んでみせた。
「そう案ずることもない。此度は侵入の危険もないし、なにより──」
そこで背後を振り返り、魔術師の肩を叩く。
「こいつがいる。」
砂利と輝石の破片を跳ね飛ばしながら突進してくる乙女人形。Ramo と Gatz は左右に分かれて跳び、すんでのところでその軌道から逃れた。かつて中庭で戦った振り子斧を備えた型とは異なり、こちらは左右の腕に回転式の鋸が取り付けられている。
「あれに巻き込まれたら挽肉になっちまう。」
「そうだな。だが、斧と比べれば動きが単調で対応しやすい。」
方向転換した人形が再び突進してきたが、Ramo の言う通り直線的な動きであるため回避は容易い。さらに今回は、反撃の機を伺う必要のないことが二人に精神的な余裕を与えていた。彼らの背後では、SecretFire が敵の攻撃の届かぬ高所を目指して段差をよじ登っている。Ramo と Gatz はただ、そのための時間を稼いでいたのだ。
「二人とも、離れろ。」
その合図から一拍を置いて、SecretFire の手の平から『雷撃』──狭間の地では彼のみが操る "雷の魔術" ──が迸った。そのエネルギーが機巧の内部へと浸透し、動力伝達を狂わせる。時間にして10秒足らず。白煙を噴き上げる乙女人形はもはや動くことがなかった。
およそ15分後。Ramo と Gatz はそこらにあった木箱に腰を下ろし、輝石を調べる SecretFire の背をぼんやりと眺めている。
「おーい、魔術師さんよ。俺のブーツ直りそうかい?」
「うん? ああ、そうだな。」
四度目の声掛けで、ようやく反応があった。よほどに集中していたと見える。
「修理に関しては問題ない。見ろ。」
SecretFire が輝石の小片を取り上げると、それが青白い光を放ち始めた。
「スリーシスターズでやってみせたのと同様に、強めの魔力を流しているのだが、破損の気配はまったくない。素晴らしい純度だ。これなら、素子として申し分ない働きをするだろう。」
「じゃあ、さっさと集めて帰ろうぜ。手伝ってやるよ。」
勇んで腰を上げた Gatz に、SecretFire は腕を組んで唸る。
「問題は先程スリーシスターズで集めた輝石だ。質の優れる輝石が得られた以上、もはや必要ないのだが、かといってここに捨てていくのも憚られてな。一方、持ち運べる石の量は限られている。」
「仕方ねえ。あっちで採った石は俺が持ってやるよ。運び賃のぶんだけ修理代を負けといてくれ。」
この提案により、先に収集した輝石が Gatz の道具入れ移し替えられた。その様子を見ていた Ramo が呟く。
「純度の低い輝石も研究対象としては面白いのではないか? 不純物が結晶の性質に与える影響の中には、有用なものもあるかもしれない。」
「言われてみれば、その通り。そのテーマだけで論文の二、三本は書けそうだ。おまえ、しばらく俺のところで助手をやらんか。」
魔力回路についての基礎理論を語り始めた SecretFire を二人で押し留め、持てるだけの輝石を集めて学院を後にした。結局 Ramo までもが石の詰まった袋を担がされることになったのは、当然に予想されるべき事態だったと言えよう。
ハイト砦──海を臨む露台。グレートソードが空を切る音が響く。
「いい調子だ。固定は完全、発動にも遅れがない。」
Gatz はブーツから引き抜いた輝石を陽にかざした。円筒形にカットされたそれは一点の曇りもなく、朝の陽光を透かして光っている。
「これがあれば、ブライヴ相手にも優勢に運べたかもな。まあ、お互い本気じゃなかったし、わからんか。」
親しんだ装具の復調に嬉し気な Gatz とは対照的に、Ramo の表情は沈んでいた。思い返せば、これまでの戦闘において、魔法を用いたと思しき予想外の動きに翻弄されたことが幾度かあった。ゴッドフレイの急降下、黒き刃の刺客の足運び、そして、ラダーンの矢。戦場で培った先を読む勘が仇となる状況だ。仮に Gatz と敵として出会っていたならば、初撃で不意を突かれて敗れていた可能性は大きい。ここ狭間の地では、攻撃や防御・回復だけでなく、機動の補助として魔法を用いるのは当たり前のことなのだ。
「此度の旅を通して、目指す剣の頂が大きく遠のいたように感じる。どうしたものか。」
弱音とも取れる Ramo の言に、SecretFire が口を斜めにして応じる。
「それは私も同じだ。識るべきことが際限なく増えていく。学ぶほどに却って知らぬ事柄は増えていくようだ。魔術師は生涯が勉強と言われるが、ときに絶望的な気分にもなる。」
彼がおもむろに開いて見せた手の上には、輝石の欠片が載っていた。
「以前話したと思うが、私は常々竜の研究に集中したいと思っていた。だが、この地の魔術に触れたこと、そして今回のブーツの修理を通じて、輝石を用いた魔力回路にも興味が出てきてしまってな。正直なところ、まったく時間が足りない。」
「百尺竿頭に一歩を進む。──と言うは易いが行うは難いものだな。」
「まったくだ。」
彼方の黄金樹を見上げる。道は違えど、こうして物事を極めんとする友の姿は励みとなるものだ。そんなことを思ったものの、なんとなく気恥ずかしくて口には出せなかった。
ノクローンを探索してくる。そう言い残して、Gatz は星が空けた大穴の方へと去っていった。ブーツの試運転をしに行くのだろう。Ramo もまた、北へ向けて歩き出す。先ほど素通りしてきたストームヴィル城に戻り、ネフェリとケネスにラニとの会談の顛末を伝えなければならない。この狭間の地に平穏をもたらすために挑まねばならぬ困難はいくつもあった。巨人の火、運命の死、そして、壊れた黄金律。その道は、剣の頂にも通じているのだろうか。
ふと気になって、腰に差した『打刀』を抜いてみる。日頃の手入れは怠っていないつもりだったが、こうして明るい場所で改めると細かな刃毀れが目についた。刃紋にも血曇りが見える。Gatz のブーツ同様、Ramo の相棒もお疲れのようだ。報告が済んだら円卓へ赴こう。あの不愛想な鍛冶師のところへは長らく顔を出していない。──なんだ、まだくたばってなかったのか。あの挨拶を再び聞けることを期待しつつ、彼は行く足を速めた。
第16話『鉤指 Saki と勇気の器』投稿予定: 2026-10-04 朝