褪せ人 Ramo と Saki の物語   作:Skinny Slaver

16 / 17
壺村防衛のため、Saki はディアロスと共に密猟者に立ち向かう。

Saki がディアロスと協力して壺村の防衛に奮闘する話。



鉤指 Saki と勇気の器

リエーニエ東岸の崖下。Saki of Astora は並ぶ朽ちた家々のひとつの軒下、石造りのポーチに腰掛けて海を眺めていた。その膝の上には一抱えほどある壺が載せられている。

「お姉ちゃん、今日は静かだね。何かあったの?」

声を発したのは、他でもないその壺だった。その表面からは細長い手足が伸びており、それらはくつろぐ人間がそうするように、ゆらゆらと揺れている。Saki は問いに応えず、遠くを見つめたまま、壺の側面を優しく撫で続けた。

「話したくないなら、無理には聞かないよ。でも残念だなあ。僕、お侍さんの話を聞きたかったんだけど。」

この集落を作った人間たちは、だいぶ前にいなくなったようだ。そして今では、ここは彼らによって作られたと思しき「壺人」たち──生命を持ち、自ら考え、歩き、話す陶製の容器──の住処となっている。彼女が抱く『小壺』も、そのひとつ、否、一人だった。

 

風に揺れる草花、降り注ぐ陽光。穏やかな風景の中で黙してた Saki は、小半時ほども経った頃にようやく口を開いた。

「ごめんね。ちょっと考えこんじゃって。」

「ううん、全然構わないよ。」

小壺が膝の上で少し手前に傾く。どうやら、彼女の顔を見上げたようだ。生き壺たちがどのようにしてものを "視て" いるのか、Saki は知らない。同様に、彼らがどこから声を出しているのかも不明。しかし、その謎を解き明かしたい、という気持ちにはならなかった。

「この前、リムグレイブに星が落ちたのは見た? 今日は、その時の話をしようか。」

「見たよ見たよ! 夜なのに南の空が急に眩しく光って、僕、すごくびっくりしたんだ!」

彼女の提案に、小壺は興奮しきりといった様子で話を促した。褪せ人 Ramo と「翁」の鬼気迫る死合い。 「氷の戦姫」 Qeero による救援の一幕。特大剣遣い Gatz の見事な戦列指揮。そして、小壺が敬愛して止まぬ戦士の壺『鉄拳アレキサンダー』の雄姿。先日ケイリッドにて催された「ラダーン祭り」──集いし勇者たちによる半神討伐──の様子を、Saki は自らの体験と後の宴で聞いた話を交えて、戦士を志すこの少年に聞かせてやった。知りえぬ細部は想像力で補ったが、大きな間違いはないはずだ。

 

「うーん、すごいなあ。王都からずっと離れたリムグレイブやケイリッドにも、強い戦士がたくさんいるんだ。」

小壺が手にした目に見えぬ武器を振るうように腕を動かしながら、熱を帯びた声で感慨を漏らす。

「おじちゃんも、そしてお姉ちゃんも、そんな戦士たちの一人なんだね。」

「アレキサンダーさん、飛んでくる矢をものともせず、先陣を切ってラダーンに突っ込んでいったんだから。でも──」

Saki はそこで言葉を切り、再び海の彼方へと目を向けた。

「私は、まだ全然。周囲のみんなに助けられてようやく生き残ってます、って感じ。」

苦笑いと共に首を横に振りながら、Saki はその後にあったストームヴィルでの一件を思い返していた。そう、自分はまだ、彼らと肩を並べる資格はない。実力も、覚悟のほども──。我が事ながら、その未熟さが腹立たしい。そんな彼女に、小壺は腕を組み、身体を傾けながら言う。

「ふうん。僕はそうは思わないけどなあ。お姉ちゃんは祈祷も剣も使えるし、王都にまでたどり着いたんでしょう? 立派な戦士だよ。」

そう単純な話でもないのだけど──と思ったが言い返すことはせず、純真な賛辞を受け取っておく。実際、自分と彼らの違いは具体的に何なのかという問いには、未だ確たる答を出せていなかった。

 

「ああ、そうそう──。」

小壺が Saki の膝の上で手を伸ばし、集落─正確にはその跡地──の中心を指差した。

「この村に、新しい壺師さんがきてくれたんだよ。ディアロスさん、って言ったかな?」

その人物を Saki は知っていた。褪せ人でないにも関わらず、何故か円卓に身を寄せていた名家の子息。幼馴染でもある従者が殺害され、その仇を討つと言って火山館へ乗り込んでいったはず。その後、主たる半神ライカードを失った火山館は離散したが、それまでに奴らによって害された褪せ人の数は知れない。彼女自身、火山館の残党に命を狙われた経験があった。

「──よかった。ディアロスさん、生きてたんだ。」

お世辞にも腕の立つ戦士とは評せぬ人物であったので、争いの中で彼もまた命を落としたのではないかと漠然と考えていた。生き延びていたのであれば素直に嬉しい。

「それじゃあ、挨拶に行かなくっちゃね。」

Saki は小壺を抱えて立ち上がった。周囲の生き壺たちの視線が集まっているのを感じる。彼らに顔はないのだが、何故かそう感じるのだ。恥ずかしがっているのか、腕の中の小壺がわずかに熱くなっている。本当に不思議な生き物だ──と思ったが、彼らからすれば人間の方こそがそう見えていることだろう。

 

 

大通りに面した一軒のボロ家。ディアロス・ホスローは壺人の子供の前に座り込み、その表面の汚れを拭ってやっていた。

「フ...、お前は元気だな...。だから、このように汚れるのだ。」

「こんにちは、ディアロスさん。」

Saki がそう声を掛けると、彼はゆっくりと振り返った。

「…...ん 貴公、懐かしいな。確か円卓で......。そう、Saki 殿といったか。」

優男の柔和な笑みにつられ、対する側の口元も緩んでしまう。

「火山館へ向うと言って円卓を出たきりお見掛けしていなかったので気になっていたんですけど、お元気そうで何よりです。」

「要らぬ心配をさせてしまったようで、申し訳ない。おかげで、この通り負傷することもなく平穏に過ごせている。」

彼は立ち上がってこちらへ向き直ると、恭しく一礼した。小壺をその場に残し、ディアロスと Saki は海に面した断崖の方へと移動した。その途中で、彼はこれまでの経緯を語った。従者の仇討ちにと乗り込んだその先で、タニス──ライカードの側妃にして、火山館事の実上の主──に丸め込まれ、「黄金樹への反逆」という題目で行われていた褪せ人狩りに加わってしまったこと。そこで、同僚たちの手を借りて幾人かを狩りはしたものの、自身の在り様に些かの変化も見出せずに絶望したこと。そして──

「......ああ、そうさ。私は逃げ出したんだ、火山館から…...。いや、私が選び、覚悟したはずのすべてから。」

敵の甘言にまんまと乗せられた己の軽率さを、同胞の血に染まったその手を、彼は恥じ、そして悔いていた。彼の行いについて、 Saki に思うところがないわけではない。しかし、それを咎める資格が自分にあるとはどうしても思えなかった。黙って自らの懺悔を聞く彼女に、ディアロスは悲し気に笑ってみせる。

「だがこんな無能でも、壺の世話くらいならできるらしい。憐れな男と思うかい? だが私は、初めて、真っ当に生きている気がするんだ。」

 

話題はこの壺村を脅かす「密猟者」へと移った。『生き壺の破片』は香薬の材料としての価値が高い。それ故に、これを強く求める調香師たちも少なくないという。そうなれば畢竟、壺人を狩ってその破片を高値で売ろうとする者も現れる。それが、壺人たちが「密猟者」と呼んで恐れる存在だった。

「小壺ちゃんもすっかり怯えてしまっていて。なんとか力になってあげたいけれど──」

これが難しいところだ、と Saki は思う。防衛のために人を集めれば、壺村の存在が密猟者に知られる危険が増すだろう。それは、その存在が隠されていることで襲撃を免れてきたこの村に新たな脅威をもたらすことに他ならない。

「もしもの時は戦う覚悟でいるが、知っての通り、戦士としての私は無能そのもの。たいした力にはなれぬだろう。」

Saki が村の外れに位置する納屋を指して言う。

「一応、私の召喚サインをあそこに置いてあります。襲撃の気配を感じたら、迷わず喚んでください。」

それは、彼女がこの村を辞するときに不安げな様子を見せる小壺を安心させるために置いたものだった。自分一人では気休めにしかならないことは分かっていたが、少しでも彼を安心させることができれば、との願いを込めて。

「心得た。」

緊張した面持ちで頷いたディアロスに、Saki は姿勢を正して頭を下げた。

 

小壺とディアロスとの短い懇親の後、Saki はいつもより早く壺村を後にした。後にとある用事を控えていたためである。去り際に崖上から村を見下ろしたときも、小壺はまだこちらを見て手を振っていた。後ろ髪を引かれる思いがしながらも、彼女は街道を目指す。歩きながら良い手立てはないかと考え続けていたが、これといった妙案も得られぬうちにストームヴィル大橋の北詰が近づいてきた。

 


 

「よう、元気にしてたか?」

そう声を掛けてきたのは、見上げんばかりの大男。名を Gatz という。彼もまた褪せ人であり、これまでに幾度か Saki と共に戦った間柄だった。

「見ての通り。Gatz さんも、相変わらずでっかいですねえ。」

「遠くからでも見つけやすくていいだろう?」

彼女がここにやってきたのは、先頃ストームヴィルの王に即位したネフェリ・ルーの許へ Gatz を連れていくためである。

「用事があるなら直接呼びつけてくれりゃあよかったのにな。ひょっとして、姐ちゃんが俺の保護者ってことになってんのか?」

それは Saki にとっても不思議なことだった。聞けば、つい先日 Gatz はストームヴィル城を訪れ、ネフェリとも直に言葉を交わしているという。

「うーん、私たち下々の者には分からないけれど、王様ともなると色々あるんじゃないですか?」

「そうかな。どっちかっていうと、お友達を自分ん家に呼ぶための口実に使われている感があるが。」

そんな話をしながら、二人は橋の袂へと向かう。崩落して久しかったこの橋は、修復工事の真っ只中。現在は、職工たちが行き来するための、簡素な木製の橋が架けられていた。先日までこの現場で怪我人の治療にあたっていた Saki は既に彼らと顔見知りになっているため、この橋を渡らせてもらうことができる。だが、彼らの姿を認めた職工の一人が、顔を青くしてこちらへ走ってきた。

「ちょっと待った。Saki ちゃん、このガタイのいい兄あんちゃんと橋渡るつもりかい?」

「そうですけど──駄目ですか?」

これまでに何度も使わせてもらっているのだけど──と首を傾げる彼女に、職工は Gatz をちらちらと見ながら申し訳なさそうに続ける。

「この兄ちゃん、相当目方があるだろう? まあ、そんくらいで崩れるようなヤワな構造じゃあねえんだけど、問題はその背中の得物だ。」

Gatz の身長は196センチメートル。体重は100キログラムはあるだろう。そして、その背に負った『グレートソード』の重量は150キログラム近い。

「いや、たぶん大丈夫だとは思うんだが、傍で見てる方の心臓が保たねえ。悪いが、崖下の道を行ってくれねえか。」

「ああ......。確かに。」

そんなわけで回り道を行くために踵を返した二人に、職工が再び声をかけた。

「ところでその兄ちゃん、Saki ちゃんの "いい人" かい?」

その問いに、Saki と Gatz は思わず顔を見合わせ、同時に苦笑する。

「やっだなあ! そんなんじゃないですよお!」

からからと笑いながら立ち去る Saki の背に揺れる、この現場では憧憬の的となっている白金の三つ編みを見送りながら、職工は独りごちる。

「若い衆の中にはあんたのファンも多くってな。連中が意気消沈するようなことにならんで良かったよ。」

 

 

崖沿いの迂回路を歩いてきた二人は、衛兵の案内で城の裏口に通された。石造りの堅牢な通路を幾度か曲がったところで、ネフェリ王とその補佐役たるケネス・ハイトが待つ部屋へたどり着いた。Saki の姿を認めた王の顔に喜色が差す。

「よく来てくれた。変わりないようで何より。」

「ネフェリちゃんの方はすっかり変わっちゃって!」

先頃まで戦士を自負し戦いに明け暮れていたネフェリが着用していたのは、毛皮と荒縄で編まれた無骨な鎧。だが今は、意匠こそ簡素なれど上等な仕立てのローブに身を包んでいる。手荒く刈られていただけの髪も油で整えられて、彼女の首筋を艶やかに流れ落ちていた。

「ふん。存分に笑うがいい。」

そう言って口を斜めにする王に、Saki は目を細めて微笑みかける。

「笑ったりなんかしないよ。すっごく綺麗だもん。」

「どうだか。帰ってから腹を抱えるに決まっている。」

その遣り取りを少し離れて眺めていた Gatz は表情を変えぬよう努めながら、内心で舌を巻いていた。先日、初めてこの城に来たときに話した彼女とはまるで別人である。──女ってのは化けるもんだな。

 

「本日 Gatz 殿にお越し願ったのは、我がストームヴィル軍の強化を目指す再編のためだ。」

長卓を挟んで彼らと向き合うネフェリは、要件をそう切り出した。

「知っての通り、リムグレイブは現在、王都ローデイルとの関係強化に注力している。」

両者の前にはリエーニエ地方を中心とした地図が広げられている。その南の端にはここストームヴィルが、そして北の端には王都のあるアルター高原への入口となる「デクタスの大昇降機」が位置していた。

「そこで城の裏手の大橋を含めた街道の整備事業に着手したわけだが、妨げも多くてな。カーリア家の助力を得てレアルカリア魔術学院からの干渉を抑えてはいるが、連中も一枚岩ではない。上層部の意向に従わぬ分派やら、狼藉で名高いカッコウ騎士やらがひっきりなしに手を出してきているのが現状だ。それに加えて、『血の指』と呼ばれる褪せ人による襲撃も散発している。こちらも要所ごとに兵団を配置して対応しているが、戦力的にはだいぶ劣勢だ。」

ネフェリの声には苛立ちが滲んでいる。生粋の戦士であった彼女にとって、戦闘で後れを取ることは耐え難い恥辱であるのだろう。

「そこで、現行の軍の組織を改め、外部より実力確かな戦士を招いて各部隊の指揮官とすることを考えた。実践のみならず、平時の訓練についても刷新し、優れた技能を取り入れたい。」

彼女はそこで言葉を切り、Gatz に力強い視線を向けた。

「この取り組みの先行事例として、Gatz 殿に我が師団のひとつの団長への就任を願いたい。問題は多々出てくるだろうが、それらを洗い出し、後続の事例へと繋げていくのが目的だ。無論、相応の報酬を支払う用意はある。」

 

おそらく予期していなかったであろう要請を前に、Gatz は腕を組み何事か考える素振りを見せたが、すぐに居住まいを正して口を開いた。

「名もなき一介の戦士の身に余る、誠に有難き申し出。しかしながら、本件については熟考の結果辞退させて頂きまするすれば......するれれ?」

改まって話し始めたものの、慣れぬ言葉遣いに頭が追い付かなくなったようだ。彼の隣に座っていた Saki は真顔のまま鼻から勢いよく息を漏らした。

「普段の話し方で構わぬ。」

ネフェリにそう促され、Gatz は咳払いをひとつして仕切り直した。

「申し訳ない。勿体ない話ではあるが、その件はお断りだ。」

丁重に為した申し出を拒否されたネフェリは、当然ながら不服気な表情を浮かべたが、すぐに表情を緩めて問う。

「何故だ? 悪い条件ではないと思うのだが。差支えなくば、後学のためその理由を聞かせてはくれぬか。」

「大変恐れ多いことながら、王直々の所望とあれば──」

そう前置きして、Gatz は話し始めた。

「この狭間の地に来る前、俺はヴィンハイムでとある傭兵団の一小隊を率いていた。知っての通り、傭兵っていうのはカネで働く戦士の集団だ。戦闘・戦争を生業とするという点において軍隊と近しい性質を持っているが、ある一点において決定的に異なっているんだ。その違いは何か。」

「階級、つまり指揮系統の不在? ──あっ、ごめんなさい!」

思ったことを口にしてしまった Saki が、ここは自分が話す場面ではなかったと気付いて俯いた。Gatz は不敵な笑みを浮かべて、その意見に応ずる。

「違うな。荒くれどもの集団とは言え、階級も規律もある。軍規のように明文化されているものは少ないが、不文律の厳しさはそれ以上だ。そういうとこ、割と厳しいんだよ、傭兵団って。」

「──故郷に対する愛着。」

ネフェリの静かな声が響く。何故か、その調子には不自然な平坦さがあった。Gatz が片方の眉を上げる。

「その通り。傭兵は所詮、流れ者だ。戦があればそこに詰めかけるが、状況が不利と見れば躊躇なく撤退する。もちろん、契約分の働きはするが、その後の更新はナシだ。一方、軍隊ってのはそうじゃないだろう? どんなに劣勢になろうと、逃げだすわけにはいかない。なにせ、自分らの後ろには親やら妻やら子供やら──死んでも守らにゃならんもんがあるんだからな。」

なるほど、と Saki は心の中で頷いた。いよいよ危険となれば即座に逃げ出せる連中に国の護りは務まらない、ということか。

「そうやって土地に根を下ろし、逃げ場もない中で軍務に励んできた連中の頭を飛び越えて、他所から招いた戦士を上役に据える。兵や士官たちからすれば、面白いはずはない。絶対に問題が起きる。実際、これまでもそうやって瓦解した組織を幾つか見てきた。」

そこで一息吐くと、Gatz は上申を締めくくった。

「──あんたには、そういう失敗をしてほしくない。」

 

張り詰めた沈黙を破ったのは、他でもないネフェリだった。

「まったく、面白くもない。ケネス殿とそっくり同じことを言いやがるんだからな。」

そう言って隣に座る補佐役を睨みつける。先程からの緊張した遣り取りの中でただ一人、始終満足げな表情で事の推移を見守っていたケネス。その理由を Saki はようやく理解した。おそらく、戦闘力を重視するネフェリと、士気を重視するケネスとの間で意見の衝突があったのだ。だがネフェリが譲らないため、彼女の意向に沿うと見せかけつつ、第三者の意見を聞かせる手筈を整えたのだろう。ネフェリとしても、自らが認めた戦士である Gatz の言葉を軽んじるわけにはいかない。勝負は最初から決していたとしか思えなかった。

「それじゃあ、第二案だ。Gatz 殿には外部に位置する傭兵団を組織し、諮問を受けて我が軍への助力および教練に当たってもらう。これなら文句はなかろう?」

自らのアテが外れたせいか、ネフェリの話し方はあからさまに言葉が投げ遣りになっている。だが、Gatz は表情を和らげ、深く頭を垂れた。

「リムグレイブ王よりの要請、謹んでお請け致す。」

 


 

詳細な条件や段取りについてはケネスと詰めろと言い残し、ネフェリは Saki を連れて城内にある塔へとやってきた。

「まったく、あのタヌキめが。いつもああして私の上手を取りやがる。」

荒い鼻息と共に飛んでくる憤懣を、Saki は穏やかな笑顔で往なす。

「まあ、生きてきた時間が違うからねえ。若輩の私たちじゃ、太刀打ちするのは難しいって。それに──そんな熟達の戦略家が、私欲なく仕えてくれているってのは羨ましいよう。」

「それはまあ──そうだな。」

柔らかな応答に毒気を抜かれたのか、ネフェリの顔から険しさが消えた。

「それになんだかんだで、Gatz 殿も我が軍の強化に手を貸してくれることになった。戦うことの他には何もない私だが、人間関係だけは恵まれているな。自分でも、ときおり恐ろしくなるほどだ。」

「そうそう、友人とかね!」

そう言って頬に指を当ててみせる Saki を無視して、ネフェリは続ける。

「最初は Ramo 殿に依頼する予定だったのだが、彼は何やらケネス殿と組んで別件に当たっているという。それで、他に信頼できる戦士となると──ということで、Gatz 殿に白羽の矢が立ったんだ。──これ、彼には言うなよ?」

このところ Ramo の動向が知れないのはそのためか、と合点がいった。

 

「結果的には、Gatz 殿の協力を得ることができたのは良かったのかもしれんな。Ramo 殿には少し──恐ろしいところがある。」

ネフェリの意外な人物評に、Saki は首を傾げた。

「そう? Ramo さん、優しい人だよ?」

その問いに、ネフェリは少々困惑した表情を浮かべる。

「その通り、彼は優しい。殊に弱き者、弱っている者の助けにならんとする意志の強さは他に類を見ない。義父と道を分かち途方に暮れていた私に立ち直るきっかけをくれたのも彼だった。」

彼女は袂から小さな容器に収められた遺灰『嵐鷹の古王』を取り出した。ふうん、それ、Ramo さんから貰ったんだ。でも私だって『貫通突き』の戦灰貰ったもんね。──って、私は何を張り合ってるんだ。Saki の思考の暴走を知る由もなく、ネフェリは続ける。

「加えて、誠実で忠義に厚い。それは紛うこときなき美徳だ。しかし、このように臣下を持つ身分となると、こちらにも相応の覚悟が必要になる。彼は一度仕えるべき主を定めたならば、その人物がどれほど堕落しようともその側に在り続けるだろう。主の許を離れることがあるとすれば、その主が死ぬか、彼自身が死ぬか、あるいは主から縁を切られるか、のいずれかだ。」

「ああ、わかる。確かにそんな感じ、するよね。」

うんうんと頷く Saki に、ネフェリは複雑な表情を見せる。

「翻って、自分は臣下よりそのような忠義を受けるに値する主君足りえるかという問いから逃れられなくなる。それが、恐ろしい、の意味だ。」

「一度主を定めたら、決して裏切らぬ忠──か。」

Saki は遥か南東の空を見つめて呟いた。

「浮気も──しないかな?」

「は!? 何言ってんだおまえ!?」

唐突な話の変わりように面食らったネフェリの目が点になる。

「え? あっ! ごめん! 今のナシ! 聞かなかったことにして!」

「ちょっと待て。お前、彼とそういう関係だったのか?」

「いや、だから聞かなかったことにしてってば。忘れて! 忘れて!」

ネフェリが慌てふためく Saki の首に腕を回し、がっちりと押さえる。

「駄目だ。その話、詳しく聞かせてもらうぞ。」

 

Saki がネフェリの捕縛から逃れようと藻掻いているそのとき、急を告げる感覚が彼女の頭を揺らした。

「待って! ちょっと待って! 召喚されてる!」

「適当なこと言って逃げようったってそうはいかん!」

駄目だ。この状況では放してもらえそうにない。せめて情報を伝えなければ。

「カーリアの書院の南! リエーニエ東の崖下! 壺人たちの──」

それらを叫んだところで、彼女の意識は途切れた。ネフェリは力なく崩れ落ちた友人の肩を揺さぶる。

「Saki!? おい、Saki!? ──なんてことだ。本当に召喚されていたのか。」

Saki を楽な姿勢になるよう床に横たえてやると、ネフェリは城から北へ続く海際の断崖を見遣って呟いた。

「カーリアの書院の南だと? 随分と厄介な場所を指定してくれたもんだな。」

しかしその言葉とは裏腹に、ネフェリの瞳には高揚の光が溢れていた。塔を駆け下りる途中で出会った下女に Saki の介抱を命じる。その僅か後のこと──王が二振りの戦斧を腰に差し、馬に乗ってリエーニエ方面に駆け下りていったことが、門衛によってケネスに報告されていた。

 


 

Saki を召喚したのはディアロスだった。その蒼ざめた顔が、事態が逼迫していることを示唆している。

「敵の数は?」

『君主軍の直剣』抜きながら問う Saki に、彼は震える声で、しかし明瞭な答えを返した。

「それはまだわからない。先程、村はずれで不審な人物が目撃されたのだ。おそらくは斥候。追いかけたが、逃げられてしまった。これから仲間を連れてやってくるだろう。」

最悪の事態だ。この壺村の存在が外に伝えられてしまった。それを知った密猟者の一団が全員で襲撃に出向いてくるなら、それらをすべて返り討ちにすれば秘密を保つことができるだろうが、それは望めない。けれども──と Saki は思い直す。斥候に気付くことができただけでも上出来だ。僅かではあるが、こちらも準備を整えるための時間を持つことができる。

「壺たちを一か所に──村はずれのあの納屋に集めてください。」

こちらの戦力は二名。集落の全体を防衛することは到底不可能だ。指示を受け、ディアロスが駆け出す。Saki は道具入れから『火山壺』を取り出し、タリスマンを近接専用のものに着け変えた。

 

密猟者たちの襲来は、Saki が予期したよりも早かった。堕落調香師の一団が崖の上からロープを使い降下してくる。確認できただけでも、5人。後続も来るだろうが、戦闘が始まれば崖を見上げている余裕はない。壺人たちを隠した納屋に張り付くのではなくその手前で迎え撃つ。

「来たぞっ!」

敵は一気に集落を抜け、Saki たちの方へ駆けてきた。禁忌の秘薬を自らに使うことで、痛覚と恐怖心を麻痺させている連中。死なぬ程度に痛めつけて降伏させることは不可能だ。

「全員始末します!」

「おっ、......おう!」

堕落調香師が相手と知り、Saki は使用する祈祷を彼女が主力とする『黒炎』から『雷槍』に切り替えた。『黒炎』は威力と射程に優れるものの弾速が低いため、反応速度に優れる堕落調香師たちには容易に躱されてしまうからだ。その点、文字通り石火の迅さを誇る『雷の槍』ならば、いかに素早い連中とて回避する暇はない。だが、予備動作が大きいと弾道を予測されてしまうため、エネルギーを溜めずに最速で投射する必要がある。従って、威力には期待できず、手数の勝負となるだろう。詠唱の時間を縮めるため『ラダゴンの肖像』を着けてはみたが、それで得られる優位の大きさなど気休め程度だ。先頭を走る調香師に、雷槍が突き刺さる。相手はその衝撃で後ろに吹き飛んだが、すぐに態勢を立て直し、次の攻撃に備えて左右にステップを踏みながらなおも近づいてくる。連中が羽織る毛皮の外套が雷に対して比較的高い耐性を有しているのも向かい風だった。

 

 

予め分かっていたことではあるが、ディアロスは戦力としては殆ど役に立たなかった。彼は『ホスローの花弁』という鋭い刃を備えた鞭を振るっているのだが、予備動作が大きすぎて攻撃のタイミングが相手に筒抜けになっている。加えて恐怖心からか腰が引けているため、鞭のリーチを活かしきれていない。今はまだ彼が振り回す鞭が敵に踏み込みを躊躇させて足止めの効果を発揮しているが、その脅威が小さいことはすぐに気づかれるだろう。少しでも守りを固めるべく装着した兜に表情が隠れていることで発覚が遅れているのは、思わぬ効果だった。あの怯えた目を晒していたならば、すぐに気づかれていたに違いない。

 

ディアロスの背後に回り込んだ調香師が短刀を構えた。まずい──。Saki は聖印を剣に持ち替え、『貫通付き』を放つ。その切っ先はディアロスに向けて突き出された敵の手に食い込み、短刀を弾き飛ばした。奇襲を邪魔された敵は、こちらの攻撃が届かぬ位置まで迷いなく後退していく。追い打ちをかけたいところだが──。彼女は振り向きざまに剣を振り払う。背後に迫っていた別の調香師が、素早く後ろに跳んでこれを躱した。離れていく敵を追う余裕はない。当のディアロスは、自らの背が狙われていたことにも気づかず、前方の敵に向けて一心不乱に鞭を振り回している。せめて、小壺ちゃんに召喚させてくれればよかったのに。Saki は内心で歯噛みする。鉤指の主であるディアロスが倒れれば、彼女の意識はストームヴィル城にある肉体に引き戻されてしまう。つまり、この場に留まって戦い続けるには、ディアロスを守らなければならないのだ。

「キッツいね、本当!」

左手で『火山壺』を放り投げる。着弾したそれから噴き出す高温のガスを目隠しにして放たれた『貫通突き』が、調香師の前掛けを通して胸を穿った。一体撃破。だが、ガスの中を潜った Saki の腕と顔には刺すような痛みと共に火脹れが浮き出していた。

 

敵の動きが変わった。Saki がそれに気づいた時には既にディアロスと距離はかなり離れていた。無暗に振り回されているだけの鞭とは言え、相手から見れば攻めづらさの要因ではある。そのため敵は二人の分断を図ったようだ。Saki はなるべく最初の位置から動かぬようにしていたのだが、ディアロスは敵の誘導に乗って徐々に西側の崖の方へと寄せられていた。二つの防衛目標の距離が離れていく。これ以上決断は遅らせられない。

「ディアロスさん、逃げて!」

Saki にとっての弱点となっている彼にこれ以上戦わせるメリットはない。せめて倒されぬように逃げ回っていてくれれば、彼女は壺人たちが隠れる納屋の防衛に専念できる。その指示が届いたかどうか定かではないが、ディアロスの姿は Saki の視界から消えた。今、彼女を取り囲んでいる調香師は3人。つまり、ディアロスに当たっているのはたかだか1人という計算になる。逃げるだけならなんとかなるだろう。彼女は努めて楽観的に考える。私はまだ、絶望できるほど力を尽くしていない。

 

 

閃光。雷の槍がついに二人目の調香師を無力化した。残るは2人──いや、ディアロスさんを追っていった奴もいるから3人か。敵の数は減ったが、とても好転したとは言えぬ戦況だった。溜めなしで槍を放ち続けているため、相手に与えるダメージに比してこちらの集中力の消費が大きいのだ。『青雫の聖杯瓶』は先程の補充で底をついた。残りの集中力で撃てる槍をすべて命中させたとしても、敵の殲滅には足りない。Saki が再び直剣を構えたそのとき、目の前の調香師が何かに弾かれたように倒れた。血飛沫が飛び、地面に赤黒い染みを作る。その背後には、先ほど逃げていったはずのディアロスの姿があった。

「なんで──?」

予期せぬ展開に混乱する Saki をよそに、ディアロスは残るもう一人に向かっていく。その鞭捌きは先程までとはまるで別物だった。鋭い腕の振りから繰り出される鞭撃が、手首の返しに従って自在に向きを変える。踏み込みも深いため、後退する標的をも逃すことがない。空を裂く音さえも違って聴こえる。怒涛の連撃にその身を刻まれ、調香師は為す術もなく血溜まりに沈んだ。すごい──。だが Saki は、彼のこの変わりようを解せずにいた。実力を隠していたのだろうか 否、それが許される状況ではなかった。彼自身、背後からの不意打ちで命を落としかけていたのだから。そこまで考えたところで、彼女はディアロスが両の手に鞭を持っていることに気づいた。確か左手には『名家の大盾』を構えていたはずなのだが──。

「新手だ。」

そう低く呟いた彼の視線の先には、大鉈を担いでこちらへ歩き来る巨躯の怪人『忌み潰し』の姿があった。

 

ディアロスの鞭は鋭く相手の身を切り裂いた。だが、忌み潰しはまったく怯むことなく突進し、振りかぶった二振りの大鉈を叩きつける。彼は素早く側方へ跳んで直撃を免れたものの、標的を追って軌道を変えた鉈に右の肘を打たれていた。とにかく敵をこちらに引き付けないと──。Saki の右手に黒い炎が燃え上がる。忌み潰しは調香師よりも格段に頑丈な相手だが、その耐久性を頼みとしているためか回避動作を取ることが少ない。となれば、残り少ない集中力は威力に優れる祈祷『黒炎』に注ぎ込むのが得策だ。投げ掛けられた火球は、忌み潰しの首筋に炸裂する。

「こっちを向けデカブツ! 私が相手してやるよ!」

その挑発が功を奏したか、忌み潰しは Saki に向かって駆け出した。その背後でディアロスが『緋雫の聖杯瓶』を呷って今しがたの負傷を癒すのを確認した Saki は、短く息を吸い込むと、まっすぐに敵を見据えて直剣を構えた。

 


 

倒れ伏し動かなくなった襲撃者の傍らで、Saki は大きく息を吐いた。隣で地に膝を着くディアロスに声を掛ける。

「やりましたね。──ディアロスさん。」

彼はしばらくの間苦し気に呼吸を整えていたが、落ち着いたところで兜を外し、こちらを見た。そこにあったのは、ディアロスによく似た、しかし別人の顔。

「私はディアロスではない。彼の兄で、ユーノ・ホスローという者。」

驚きで言葉を発せずにいる Saki に向かい、彼は集落の方を指して続ける。

「ディアロスはあちらで気を失っている。走っているところに足を掛けて倒し、『トリーナのスイレン』から採れる香料で眠らせてきたのだ。後で回収してやってくれ。」

ようやく事態を飲み込んだ Saki が頷きながら応じる。

「わかりました。それにしても、お兄さんがいたなんて──。」

「我ながら甘いとは思うが、血を分けた、それも只一人の弟。どうしても気になり、彼が火山館を抜けてからこちら、後を尾け観察していた。」

ユーノはそこで Saki に向き直り、深く頭を下げた。

「密猟者たちがこの村の存在に気づいたのも、弟の不注意が原因。ここに出入りするところを見られていたのだ。」

「──そうだったんですね。」

とは言え、そのことについてディアロスを責める気にはなれない。それに、今は事態への対処が先決だ。

「ところで、敵は今倒した忌み潰しで最後なんでしょうか? まだ後発が控えていると予想していたんですけど。」

「そうだな。しかし、辺りにはもう敵の気配はない。私が様子を見てこよう。貴公は壺人たちを。」

そうだった。戦闘のあまりの激しさに、守護対象たる壺人たちの安否がすっかり頭から抜けていた。

「くれぐれも、お気をつけて。」

ユーノにそう声を掛けると、Saki は納屋へと急いだ。

 

壺人たちは皆無事だった。納屋の扉を開けると、小壺が走り出て Saki に抱き着いてきた。言葉も表情もないものの、他の壺人たちの間にも安堵が広がっているのが分かった。警戒しつつ納屋を出ると、集落前の広場──先ほどまで彼女が戦っていた地点──に、松明を掲げた人物の姿があった。襲撃の第二波か。Saki は反射的に身構えたものの、照らし出された三人の顔がいずれも見知ったものであることに気が付くと、そちらへ駆け出して行った。

「おう、姐ちゃん。無事だったか。」

「いつものことだが無茶をする奴だ。」

彼女の姿を認めたネフェリと Gatz は表情を緩める。見れば、二人とも全身が血と泥に塗れていた。傍らには未だ気を失ったままのディアロス。Gatz が担いで運んできたのだろう。そんな弟の様子を心配げに見守るユーノの姿もあった。

「上で待機してた連中は、全部片づけてきたぜ。」

Gatz が親指を立てる。後発が来なかったのは彼らのおかげ、ということか。

「そっちはどれくらいいました?」

「忌み潰しが1人に、調香師どもが、ええっと──」

言い淀んだ Gatz に、ネフェリが言葉を添える。

「7人だ。忌み潰しの方は二人で力押しして何とかなったが、調香師どもが厄介でな。」

「そうそう。ちょこまかと動き回りやがって。」

二人の脳筋戦士の言葉に、Saki とユーノは顔を見合わせた。──いや、普通は逆だろう。

 

 

ネフェリと Gatz が密猟者たちの死体を調べ、その素性を探っている間、Saki はディアロスの傍らでユーノと話していた。

「まだまだ頼りない男だが、ディアロスのことをよろしく頼みたい。──と言っても、彼に付きっきりでいてくれという意味ではない。ただ、時折この村を訪れて、様子を見てやって欲しいのだ。」

「そのくらいならお安い御用です。小壺ちゃんにも会いたいし。でも、お兄さんはいらっしゃらないんですか? 自分の目で確かめた方が安心できると思うんですけど。」

Saki のその問いに、ユーノは寂しげな笑いを漏らした。

「私は嫌われているからな。家の跡目を巡る争いこそなかったが、事あるごとに私と引き比べられ、ディアロスは肩身の狭い思いをしていたようだ。武芸を偏重する悪癖が、ホスローにはある。そんなものが輝いた時代は過ぎて久しいというのに。」

兄弟姉妹のない Saki には実感の持てぬ話だったが、近しい間柄だからこそ生じる問題もあるのだろう、とは想像できる。

「おそらく貴公も知る通り、弟は臆病で、戦の腕も立たない。それ故に、周囲から軽んじられていた。その反発も手伝って、火山館の唾棄すべき悪行にも手を染めたのだろう。挙句の果てにはそこからも逃げ出してきたのだから、呆れられても仕方がない。」

そこで彼は、眠る弟に柔らかな目を向けた。

「だが、此度の一件を通して、それが少し変わるのではないかと期待している。彼は初めて、名誉やら家名やらのためでなく、守るべき者たちのために戦ったのだ。そのために貴公にも頼った。少し前までの弟ならば、自らの力を証明しようと独力で立ち向かい──そして、殺されていただろう。」

「そう言われてみれば、確かに。ここ壺村で会ったディアロスさんからは、以前のような気負いがなくなっているな、とは感じました。」

「弟が求めて止まなかった勇敢さは、実のところ、その真逆のように思えるものを通してしか得られぬものと見える。自らの弱さを認め、周囲に縁を作り、それに頼ること。彼はまだまだ、貴公から学ぶことができるだろう。」

ユーノが差し出した手を、Saki は握り返す。その手は力強く、そして限りなく優しかった。

 

 

「それは──難しいな。」

この壺村を保護するためにストームヴィルからの兵を駐屯させることができないかという Saki の問いに、ネフェリは顔を曇らせた。

「この場所は紛れもなくリエーニエの領内であり、リムグレイブあるいはアルター高原との境からも遠い。この先街道の建設が進めば、それに付帯する施設という名目も立つだろうが、現状でここに兵を置けば、侵略と言われても申し開きができない。」

「やっぱり、そうだよねえ。どうしよう。壺人たちを別の場所に移住させるわけにもいかないし。」

壺村に来た密猟者たちは殲滅したが、それが組織の全てではないだろう。ここに壺人たちの集落があることは、もはや隠し通せない。膝の上に抱えた小壺を撫でながら、何か妙案はないものかと考える。そこへ Gatz が口を挟んだ。

「傭兵団ってのは、どこの国にも属さないものなんだ。敵味方も、そのときの状況で刻々と変わる。だから、雇い主が戦っているその相手方の国の領内に拠点がある、なんてことも珍しくない。」

「──何の話をしているんだ?」

怪訝な表情で問うネフェリに、Gatz は察しが悪いな、と言いたげな表情で続ける。

「今後、俺が行き場のない褪せ人たちを集めてストームヴィルと契約する傭兵団を組織するとして、どこかに人員やら資材やらを集積する拠点を置かなきゃならん。その場所は例えば──例えばの話な──この壺村であっても構わんわけだ。なにせ、名目上はストームヴィル軍の所属じゃないわけだからな。」

それを聞き、Saki の顔がぱあっと明るくなった。ネフェリもその内容を吟味しながら、小さく頷いている。

「悪くないな。解決すべき細かい問題は出てきそうだが、大筋はそれで行けると思う。」

「まあ、とりあえずは城に戻ろうぜ。ケネス殿も心配している。姐ちゃんも、はやく身体に戻った方がいいだろう。鉤指とはいえ、その火傷、つらくねえか?」

そう言われて初めて、Saki は先刻負った火傷を思い出す。その途端、これまで感じていなかった痛みが急に襲い掛かってきた。

「痛たたた......。」

そんなわけで、Saki は指切りをして肉体に戻り、ネフェリと Gatz は馬を駆ってリエーニエの街道を南へと下っていく。沈みかけた日が、城へ続く空を茜色に染めていた。

 

半時ほどの後、Saki はストームヴィル城に戻ってきたネフェリを出迎えた。

「おかえり。もうケネスさんのところには顔出してきたの?」

「いや、それはこれからだ。申し開きの内容が思い付かなくてな。」

本件が解決を見たのは、実はケネスの采配によるところが大きい。彼が Gatz に馬を与え、飛び出したネフェリを追うよう依頼していなければ、こうして無事に戻っては来れなかっただろう。額に手を当て俯くネフェリに、Saki は明るく声をかける。

「大丈夫、一緒に謝ってあげるから。」

ネフェリは顔を上げ、口をへの字にして友を見遣った。

「それはありがたい。ついでに、Ramo 殿との関係についても快く話してくれると助かるのだがな。」

うわあ、まだ忘れてなかったんだ。とは言え、これだけ助けて貰った後だ。黙秘するわけにもいかないだろう。

「まあ、その話は追々......ね?」

楽し気に語らいつつ歩く二人はしかし、向こうから角を曲がって現れたケネス・ハイトの眉間に寄った皺を前にして震えあがり、思わず互いに身を寄せるのだった。

 





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。