褪せ人 Ramo と Saki の物語 作:Skinny Slaver
両刃剣遣いの地雷率は異常。エレオノーラも含めて。
鉤指の主は妙齢の女性だった。肩に触れぬほどの長さに切り揃えられた、微かに青味がかった銀の髪。片方だけ見えている形の良い耳には、細やかな彫刻の施された銀の環が揺れている。彼女はその菫色の瞳で Ramo の姿を上から下まで品定めするように眺めた末にこう言った。
「あまり好みではないけれど、たまにはこういう渋めのもいいかもね。」
初対面の人物に対して随分な言いようではないかと思いながらも、それを表に出すことなく一礼で応ずる。
「Ramo と申す。微力ながら尽力致す所存にて。」
「私は Cecilia von Grotta ──故国カタリナでは身分ある子爵家の娘でしたが、ここ狭間の地では一介の褪せ人。故に、Cecilia と呼び捨てて頂いて構いません。今、もう一人の鉤指を召喚しているので、今少しお待ちくださいね。」
いかにも貴族然とした洗練された微笑と共にそう告げた後の彼女は、殉教者の像──召喚サインを集める仕掛け──に目を据え、こちらに注意を向ける様子を見せなかった。ではその間に──と、Ramo は周囲を見回す。ここは『古遺跡断崖』。リエーニエとアルター高原を繋ぐ、遺棄された坑道だ。ここを行こうとしているということは、『デクタスの大昇降機』を起動するための割符──おそらくはその右半分──を見つけられなかったのだろう。無論、こちらの道を先に発見したという可能性もあるが。
Ramo に続いて召喚されたのは、「少年」と言っても差し支えないほどに若い鉤指だった。
「Samuel という。よろしくお願いする。」
そう言って会釈した彼は、主の背後に立つ Ramo の姿を認めると口元を緩め、片手を上げてみせる。彼とはつい昨日、別の褪せ人の鉤指として召喚され共に働いたばかりだった。もっとも、その戦いはごく短いものだったのだが。
「うん、やっぱり、こういう可愛い子の方がいいかな。」
目を細めて Samuel を見つめた後、Cecilia は優雅な所作で金糸の刺繍の入った白い外套を翻し二人の鉤指に背を向けた。
「それでは参りましょう。お二人には、わたしの援護をお願いします。くれぐれも、独断にて先行することのないよう。」
振り返りもせずに歩き出した彼女の右手に握られているのは、持ち手の両側に刃を備える武器『ツインブレード』。それを見た Samuel が複雑な表情を浮かべる。Ramo の胸中にも引っかかるものはあったが、小さく頷いて軽い共感を示すのみに留めておいた。
Cecilia の両刃剣捌きはなかなかのものだった。軽やかなステップで一息に標的との距離を詰め、そこから怒涛の連撃を叩き込む。流れるような軌道で走る刃は、物陰から奇襲をかけてくる卑兵たちを軽々と返り討ちにした。とは言え、彼女が無傷で進撃を続けられているのはその背を狙う伏兵を着実に撃退している二人の鉤指に負うところが大きい。これが単騎であったならば、前方の敵を始末している間に後方からの攻撃を受けることになるだろう。
「おいおい、敵に囲まれてんじゃねえか!」
Samuel が『シャムシール』で卑兵どもを薙ぎ倒しつつ叫ぶ。同様に敵を斬り伏せながら走る Ramo も、この状況に厳しいものを感じた。無謀とも言える突進。しかし、主を守るためにはこうする他はない。
掃討を終えたところで、満足げな表情で息をつく Cecilia に Samuel が詰め寄っていった。
「敵が待ち構えているところへ突っ込んでいくなんて、何考えているんだ?」
だが、Cecila はその抗議を意に介す素振りもない。指先で彼の顔を撫でつつ、子供をあやすような声で応じる。
「ふふ、怒った顔もまたいいこと。ほっぺた真っ赤にしちゃって。」
Samuel は一歩下がって彼女の手から逃れつつ、憤慨した様子で続ける。
「もう少し慎重にいってくれないか。こんな無茶をしてたら、死んじまうぜ?」
「援護をお願い、と申し上げたでしょう? そのためにあなたたちを召喚したのですよ。」
悪びれることもなくそう言い放つ Cecilia に、Ramo も苦言を呈す。
「貴公を守るが我々の役目なれど、心構えなく当たれば状況に対応しきれぬこともある。せめて事前の相談を願いたい。」
「では、この戦闘で私のスタイルは理解できたはず。この後も、同様にお願いします。」
冷たい声でそれだけ言うと、彼女は踵を返して進み始めた。
「まったく! 両刃剣使いってのは皆こうなのか?」
苛立ちを滲ませる Samuel だったが、主との距離が開いていることに気付くと口を横一文字に引き結んで駆け出した。
両刃剣──それは、連撃に特化した非常に攻撃的な武器種である。逆手側にも刃を備えているため、持ち手を回転させることで短い間隔で斬撃を放つことが可能だ。一方で、力点と作用点が近いため単発の威力は他の武器種に劣る。さらに、そのリーチの短さ故に、攻撃時は敵に肉薄する必要があるという扱いの難しい代物だった。従って、両刃剣を好んで振るう者は己の身を顧みぬ勇敢な──悪く言えば無謀な気質の者が多い。昨日の主もその例に漏れなかったな、と Ramo は思い返す。彼と肩を並べて走る Samuel の脳裏にも、その忌まわしい出来事が甦っているに違いなかった。
リエーニエとベイルム街道の境界に位置する『ウルドの王朝遺跡』。その最奥に聳える小黄金樹の手前が、Ramo が召喚された地点だった。主はいかにも力自慢といった風の、体格の良い壮年の男。その隣には、先に召喚された Samuel が立っていた。もっとも、この時点では互いに面識はない。
「揃ったな。それじゃあ、始めようか。」
互いの紹介も事前の打ち合わせもないままに、男は両刃剣を構えて前方に見える『黄金樹の化身』の背に向かって駆け出す。Ramo が腕を伸ばしてその行く手を遮るのと、Samuel が彼の肘を掴んで引き留めるのとが同時だった。
「おい、何だってんだ?」
不満げに向き直った彼に対し、Ramo は怪物の手前を指差す。そこには、黄金樹に向かい地を踏み鳴らす、身の丈2メートルを超える大男たち──『祖霊の民』の集団があった。繰り返されるその動作は、彼らの「祈り」であるらしい。今、黄金樹の化身に近付いていけば、奴らに取り囲まれることになるだろう。
「まずは、周囲の敵を片付ける。」
Ramo は『ロングボウ』を構え、一番手前にいる個体に向けて矢を放つ。背に矢を受けた大男は振り返り、襲撃者の姿を認めると、斧を構えてこちらへ走りだした。周囲の仲間に知らせる、といったことはしないようだ。弓を背に戻して『打刀』に握り替え、姿勢低く構える。最初の振りを入れ違いに躱し、背後から致命の一撃を──。だがその目論見は、横合いから走り込んで敵に斬りかかった主によって崩れ去った。男は両刃剣による連撃を叩き込んでいるが、体躯に優れる『祖霊の民』はその程度で怯みはしない。双方が互いの攻撃を受けながら戦う、体力の削り合いが始まる。慌てて間に入った Samuel がシャムシールの一閃で敵の喉笛を切り裂いてこれを倒したときには、男はその全身に軽いとは言い難い手傷を負っていた。
「そうじゃないだろう。あんたは別の奴を釣り出して仕留めるんだよ。致命の一撃を入れられれば、殴り合いで消耗することもない。」
そう捲したてる Samuel に、『緋雫の聖杯瓶』を呷って傷を癒していた男は不興気に言い返す。
「鉤指の分際で、何を仕切ってくれてんの? 作戦を決めるのは俺だっつうの。」
「あんな戦い方してたら、その赤瓶だってすぐに無くなっちまうぞ。なあ、おっさん、ひとつ手本を見せてやってくれ。」
その呼ばれ方に少々心外さを覚えはしたが、三十路を超えた自分を見て、少年がそう認識するのも無理はない。そんなことを思いつつ男の反応を伺う。聖杯瓶の節約という点で同意したものか、彼はこちらへ向け小さく頷いた。それでは──と改めて弓を構える。矢で小突いて注意を引き、突進してきた敵の初撃を躱して背後へ。即座に反転し、致命の一撃を取る。先程自分が手こずった相手を容易く仕留めた Ramo の所作に納得したのか、男は道具入れから『スローイングダガー』を取り出した。弓は持っていないようだが、遠くから敵を釣り出すだけならそれでも十分代用は可能だ。こうして三人はそれぞれに受け持ちを定めてこれを討ち取った。
取り巻きの排除は完了。これで少しは、慎重な立ち回りを意識してもらうことができれば──。Ramo のその期待は、しかしすぐに打ち砕かれることになった。
「これでもう、邪魔は入らないってわけだ。」
そう言うや否や、男は二人の鉤指を振り切るかのように猛烈な勢いで『黄金樹の化身』に突進していった。先刻祖霊の民に対したのと同じく、両刃剣による連撃を一心不乱に叩き込む。しかし化身の堅固な木質の身体は、斬撃を重ねた程度では小動もしない。木屑を削り取ることに夢中になっている男に向けて、巨大な槌が振り上げられる。
「退がれえぇ!」
その声が届いたときには既に命運は決していた。攻撃動作でスタミナを使い果たした男は、回避を試みることもできない。轟音、そして振動。穿たれた窪みの底の血溜まりと、槌の先に僅かに付着した染みのみを痕跡として残し、彼はこの世界から消滅した。同時に、鉤指としての Ramo と Samuel の存在も終焉を迎え、二人の存在は徐々に薄れていく。肉体に戻ってからも、握り締めた拳を震わせる少年の姿はしばしの間 Ramo の記憶に留まっていた。
名を告げることもなく消えていったあの男に比べれば、Cecilia の技量と身のこなしは数段高い。とは言え、現在の戦い方を続ければ、早晩行き詰まることだろう。早ければ、このすぐ後にでも。それは技量の優劣の問題ではない。如何に優れた戦法・戦術と言えど、ただそれひとつで渡っていけるほど世の中は甘くない、ということだ。絶えず変化する状況を見極め、適切な対応を模索する姿勢を持たなければ、生き残ることは難しい。この狭間の地では、特に。そして Ramo が予測した通り、彼女は程なく最初の蹉跌に行き当たった。
この坑道は遺棄されて久しいが、その内部には未だ至る所に露出した鉱脈を見ることができる。鉱夫たちは指示する者がいなくなった今でも、その身に染み付いた習性のままに採掘作業を続けていた。彼らはこの場所を縄張りとしており、立ち入る者を見れば積極的に排除にかかる。従って、ここを抜けてアルター高原に至ろうとすれば、戦いは避けられない。Cecilia は先程と同様、両刃剣を構え、行く手を阻む鉱夫たちに躍りかかった。だが──その流麗な斬撃は、石の如く硬い表皮に弾かれてその勢いを失う。一息に決着をつけるつもりでいた彼女は、予想外の事態に直面してたじろいた。その一瞬の隙をついて、鉱夫のつるはしが Cecilia の上腕を打つ。続く返しの振りを避けるため後方へ跳ぶが、そこは既に崖際。これ以上退がる余地はない。
「おっさん、姫サマを頼む。」
既に救援のために駆け出していた二人が、分かれて最後の距離を詰める。Ramo は Cecila を膝から掬うように抱え上げ、その勢いのまま隣への足場へ跳躍。同時に Samuel が曲刀から持ち替えた『フレイル』を振るい、先端の鉄球を敵の背に叩き込む。その衝撃に平衡感覚を崩された鉱夫は、もつれた足で数歩を進み、そのまま崖下へと落ちていった。
「いつまで淑女の身体に触れているつもり?」
険しい表情でこちらを睨みつける Cecilia を、Ramo はそっと降ろした。今しがた受けた傷を癒すため緋雫の聖杯瓶を取り出した彼女を制し、その足元に『ぬくもり石』を落としてやる。
「この先、まだ何があるかわからぬ。回復手段は温存しておかれよ。」
石の光を浴びている間、彼女は腕を抑えて俯き何も話さなかったが、傷が癒えたところで Ramo を横目に見遣り、小声で「ありがとう」と言った。そこへ崖際の道を回り込んできた Samuel が合流する。彼は Cecilia を詰問する気配を見せたが、首を横に振る Ramo を前に肩を竦め、何も言わずに前方の哨戒に立った。
「これを機に、打撃武器を試してみては如何か。」
Ramo が差し出した『メイス』を、Cecilia は首を傾げながら受け取った。
「最低限の強化は施してある。戦灰『聖なる刃』を研ぎこんでいるため聖属性に傾いているが、この場ではさほど障りにはならぬはずだ。」
彼女は幾度か素振りした後、Ramo に向き直った。
「では、しばらくお借りします。」
「なんとも面倒見がよいことで。若い女に甘いタイプかい?」
そう言って口の端を上げてみせる Samuel に、Ramo はゆっくりと首を回しながら応じる。
「その傾向がないと言わぬ。しかし、其方こそ随分と熱心に主の無謀を諫めているように見受けるが。」
その返しに、少年は指先で頬を搔きつつ話し出した。
「少し前までの自分を見ているようで、居たたまれねえんだ。俺は両刃剣じゃなくて、あんたが持ってるのと同じ『打刀』の二刀流だったが。敵との相性も、周囲の状況も顧みずに、ただひたすらに武器を振り回して、自分の強さを確かめてた。」
「意外だな。齢に比して戦術の選び方に長ける仁と評していたところ故。何が貴公をそのように変えたのか。」
その言葉に、Samuel は照れたような笑いを浮かべる。
「あんたみたいな手練れからそう見えるんであれば、多少は精進の成果が出てるってことだな。俺を変えたのは、ある人との出会いだ。俺とそう年も違わないだろうに、滅法強い褪せ人でさ。その頃度々鉤指として一緒になっていた彼女に対して俺は劣等感をこじらせていき、ついには決闘を挑んじまった。勿論、結果は惨敗。──あ、つまんねえよな、こんな話。」
自分語りに恥ずかしさを覚えたか、彼は急に調子を落としてそう尋ねる。しかし、Ramo の方はこの話を興味深く聞いていた。
「いや、支障なくば続きをお聞かせ願いたい。」
「そうかい? そんじゃ、お言葉に甘えて。彼女は祈祷で戦うタイプだったんで、近接戦ならこっちに分があるだろう。そんな考えから間合いを詰めて挑んだんだが、向こうは剣捌きも並みじゃなかった。あっという間に二刀とも弾き飛ばされて勝負あり。俺は参ったということもできず、ただ茫然としていた。そんな俺を、彼女は笑って見逃してくれたんだ。命を狙ってきた相手を、だぜ? 自分があまりにも弱く、卑屈で、情けなく思えて、本当に泣きそうだった。」
そこで彼は遠方の空を見上げて言葉を切った。その女性の姿を思い描いていることは、顔の紅潮から容易に見て取れる。
「その後、俺は決心した。自分を鍛え直し、本当の強さを手に入れること。そしていつか──いや、それはここで言うことじゃないか。」
「何をしているの? あまり待たせないで。」
Cecilia が呼ぶ声に片手を上げて応じながら、Samuel は横目で Ramo を見る。
「ま、そんなコトがあってね。」
駆け出した Samuel の後を追って歩きながら、Ramo は目を細める。彼から「おっさん」と呼ばれて消沈していたことも忘れ、その背に無言で語りかけた。──頑張れ、少年。
『メイス』を手にした Cecilia は先ほどの苦戦から一転、軽々と鉱夫どもを撃破していった。その威力を実感した彼女は時折 Ramo を振り返り、メイスを構えたまま全身を上下に弾ませるジェスチャを送ってくる。その意味はよく分からなかったが、気に入って貰えたのであれば何よりだ。その先の開けた場所に巣食う大コウモリの群れに対しても、それは効果を発揮した。近接武器の届かぬ高さを飛翔する敵への対処方を Samuel が指南する。
「こいつらへの対処法はいくつかあるが、一番簡単なのはガードカウンターだろうな。」
彼はコウモリの爪による攻撃を盾で弾き、相手の姿勢が崩れたところへ強烈な斬り上げを放った。翼を裂かれ、地に落ちてもがく敵に、シャムシールを突き立ててとどめを刺す。
「これがスマートじゃなくて気に入らないってんなら──。」
そう言ってこちらに視線を投げる Samuel に応え、Ramo は遠巻きに飛ぶコウモリに向けて持ち替えた直剣を振り抜いた。戦技『嵐の刃』──空を裂く旋風が、宙を舞うコウモリを叩き落とす。飛ぶ敵をいとも簡単に仕留める様に目を丸くする Cecilia に、Ramo は声を掛けた。
「そのメイスに付与されている戦技『聖なる刃』も、これと同じく遠くの敵を討つことができる。」
彼女は頷き、前方で羽ばたくコウモリに向けて構える。メイスの先端に発した輝きは、彼女がこれを振り抜くと当時に光の刃となって放たれ、標的を撃ち落とした。
「昨日のあいつよりは、だいぶ筋がいいな。」
そう呟いて目配せする Samuel だったが、Ramo はまた別の感想を抱いていた。昨日の主に対する彼女の優位は、技量ではなく、その素直さにあるだろう。若さ故の柔軟さか、あるいは個人の資質か。いずれにせよ、今回の任務では、同じ轍を踏まずに済みそうだ。──明るい見通しを得て解けつつあった彼の緊張は、しかし次の瞬間に最高度まで引き締められる。三人の内耳を同時に襲った、重い響き。それは、侵入者の訪れを告げる信号だった。
こちらが三人であること知ってなお、「血の指」は策を弄する様子も見せず、まっすぐに近づいてくる。全身を覆う黒鉄の鎧を着用してはいるが、歩き方で女と知れた。未だ戦闘には至らぬ距離で立ち止まり、兜の面を跳ね上げる。そこに現れた素顔は端正なものだったが、瞳に宿る狂気は隠しようもない。
「血の指、エレオノーラ。貴公の命、貰い受ける。」
そう名乗った女は Cecilia に向け『双薙刀』を構えた。対する Cecilia もメイスから『ツインブレード』に持ち替え、迎え撃つ姿勢を取る。しかし──襲撃者の視線はいつの間にか、正面に立つ Cecilia を離れ、隣の Ramo へと据えられていた。
「気が変わった。他の二人は、手を出さぬなら見逃してやる。」
これは──願ってもない展開だ。この数日、Ramo が鉤指として活動していたのは、褪せ人を狩るべく侵入してくる「血の指」と遭遇するためだった。無論のこと鉤指として不足ない働きをしはいたが、事情を知らぬ主を利用していることに変わりはない。そのことに心苦しさを感じていたところだったが、Ramo だけを標的とするというのであれば、無関係の者を巻き込まずに済む。おそらくは、先日、彼らの同胞である「翁」を退けたことと関係しているのであろう。
「心得た。いざ、参られよ。」
構えを取りつつ、Cecilia と Samuel から離れる方向へ移動する。戦いが始まれば、彼らの位置を気にしてはいられない。
「愚弄するか! 同じ両刃剣なら、誰が相手でも後れを取りはしない!」
張り詰めた静寂を破ったのは、そう叫んで駆け出した Cecilia だった。間合いに踏み込む直前、鋭くステップを踏んで敵の順手側──向かって左──へと回り込む。両刃剣の構造上、順手側への振り出しが一瞬遅れることを知っていればこその動き。ここから連撃を──。しかし次の瞬間、Cecilia は対手の姿を見失っていた。
「──っ!?」
慌てて左右に視線を巡らす彼女の頭上から、一条の剣閃が走る。エレオノーラは真上に跳躍していたのだ。着地と同時に後方へ跳んで Cecilia との距離を空けたが、すでにそちらを見てはいない。立ち尽くす Cecila の足元で澄んだ音が響く。床に転がっているのは、小さな銀の環。
「二度目はないと思え。」
反射的に耳を抑えた彼女の手を、鮮やかな血の筋が伝い落ちた。
崩れ落ちる主の身体をすんでのところで支えた Samuel だったが、彼も既に戦意を失っていた。こいつは──ヤバイい。彼我の実力差は明白だ。逃げる他に手はない。だが、おっさんはどうする気だ? 戦うのか? この化け物と? 揺らぐ視界の端では、既に Ramo とエレオノーラが走り始めていた。自分たちがここにいては邪魔になる。そう判断した Samuel は Cecilia を抱え上げ、もと来た方へと走り出した。
迅い──。エレオノーラの双薙刀による斬撃は熾烈を極めた。しかも、単純に振り回しているだけではない。通り過ぎた刃の隙間を狙ってこちらの攻撃を通そうとすると、それを阻むかのように次の刃が時を早めて巡り来る。等間隔の拍子に慣れて迂闊に踏み込んでくる相手を捉える絶技だった。この間合いでは勝ち目がない。相手が大きく斬り上げてきた隙を突き、後方へ跳ぶ。追ってきたところへ『貫通付き』を放てばあるいは──。だが次の瞬間、エレオノーラはその頭部を竜のそれに変じて炎を吐きかけてきた。竜餐祈祷『アギールの炎』。わずかに腕を掠めただけだが、その熱は深くまで浸透し、重い痛手となっている。石の柱の陰へと逃れて、素早く聖杯瓶を呷り火傷を癒した。そのまま足を止めず、柱の反対側から走り出る。再び吹き付けられる竜の炎。滑り込んで潜り、抜けると同時に跳ね上げ。切っ先が胸甲の表面を走り、首元を覆う竜翼の被膜を断ち切る。
「なるほど、翁殿を打ち負かしただけのことはある。」
呟くエレオノーラの唇が殺意と歓喜に歪む。その様を晒すを拒むかのように兜の面を降ろすと、彼女は Ramo に向けて構え直した。
刃を交えるうち、双薙刀のパターンはある程度読めるようになってきた。連撃の中に生ずるごく短い──それこそ、瞬きのさらに半分ほどの──「凪」。その存在に気付いた Ramo はしかし、そこに反撃を挟むことなく暫時「見」に徹した。見てからそれと分かっても遅く、読みを違えれば命取りになるからだ。探っていることを悟られぬよう適当に仕掛けつつ、頭の中で試行を重ねることで、見切りの精度を六、七分といったところまで高めることができた。つまり、未だ三分は読みを外しているわけだが、これ以上時を費やすことはできない。こちらが読んでいることが知れれば、エレオノーラは即座にパターンを変えてくるだろう。そうなれば、すべてが水の泡となる。知略も重要ではあるが、結局のところ最後の一手は賭けだ。残る問題は、その凪に何を差し込むか。先程から頭の中で打ち下ろし、跳ね上げ、薙ぎ払いと試しているが、いずれも彼女の反応速を以てすれば容易く回避されてしまう。『貫通付き』で相手が逃れる方向へ切っ先を滑らせても、あと僅かのところで届かない。この隔たりを埋める方策は──。いずれにせよ、打って出るしかない。機会は一度きりだ。
血の刃が目の前を走り抜ける。最小の動き、半歩のさらに半分で躱す。これ以上大きく退がると、反撃に転じられなくなるからだ。逆手側の振りはこちらの踏み込みを見越しての浅い軌道。動かずに見送るが、鼻先を掠める切っ先に肌が粟立つ。さらに順手の振り。上体を僅かに左へ傾けて軌道の外へ。そして、これが通り抜けた後に凪が来る。双薙刀を握り替える一瞬を狙い、頭上に掲げた打刀からの突きを構えを取る。その動きを見たエレオノーラが、常人離れした速度でこちらの右側面へ回り込んできた。既に『貫通付き』で追える角度を外れている。だが──。上体に力を込めたまま、Ramo は左足を軸に身体の向きを大きく変える。正面──捉えた。着地の硬直にある相手の喉元へ切っ先を叩き込む。急所を穿たれたエレオノーラは突きの勢いに押されて数歩後がり、地に膝をついた。
「そ、の技──は。」
気道に流れ込む血に咽せながら、エレオノーラが問う。
「戦技『牙突き』。其方が害して打ち捨てたユラ殿の遺品より得た戦灰だ。」
葦の地の戦士ユラ。その得物たる『長牙』──常の倍の長さの刀身をもつ異形の武器──は、Ramo には到底扱いきれぬ代物だった。そこで長牙から『牙突き』の戦灰を抜き取り、自分の『打刀』へと研ぎ込んできたのだ。普通に考えれば、自らの鍛錬で習得した『貫通付き』と同系統の戦灰を用いる利は薄い。しかし、手練れが相手となれば、その使い分け──偽装が活きると踏んでの採用だった。
「くふっ、ふ──あんな雑兵──に二度までも──。」
血の泡を吹きながら笑うエレオノーラの肉体は、赤黒い粒子を放ちながら消滅を始めた。Ramo は懐から小さな容器を取り出すと、彼女の首筋あたりから飛び散る光の粒をその内に収める。その蓋を閉じる音を合図にしたかのように、侵入者の消滅を告げる信号が放たれ Ramo の頭の中で響いた。
脅威が去ったことを感知した Cecilia と Samuel は、それでもまだ恐る恐るといった様子で戻ってきた。Ramo がエレオノーラは撃退したと説明しても、なお二人の緊張は解けない。──というか、その畏怖が自分に向けられているような気がした。
「あのお──、おっさんとか言ってすみませんでした。これからは兄貴と呼ばせてください。」
上目遣いでこちらを見る Samuel の隣で、Cecilia もまた委縮した様子で頭を下げる。
「これまでの粗相をお許しください。なんと生意気な振る舞いをしていたことかと反省しております。」
彼らの態度のあまりの変わりようには、怒りや呆れを通り越して、笑いさえ込み上げてくる。だが、年長者として一応は戒めておかなくてはなるまい。
「其方らはとんだ心得違いをしているようだ。弱い者だから見下す、強い者だから遜る──そのような打算は卑しむべきもの。人と接するは、とかく敬意を持つところから始めるのが無難であろう。侮りと蔑みは、自らを毒するのみにて。」
そこまで言ってから、なんとなく自身の説教臭さが恥ずかしくなり、形ばかりの補足を入れる。
「──と、俺は思っているのだが。」
そこで少々無理をして笑ってみせたのが効いたのか、二人は一礼の後に緊張を解いた。先刻までとは異なる礼儀正しさを以て、しかし打ち解けた様子で話しかけてくる若人たちを前に、Ramo は内心で苦笑する。もう少し、形だけでも大人ぶる方法を身に着けたいものだ、と。
幸い、耳飾りを飛ばされたときに切れた Cecila の耳朶は『ぬくもり石』の効果により痕も残らず綺麗に治った。ただ、輪を通すために空けた孔も塞がってしまったため、その飾りを再び着けることはできなくなってしまったが。普通であれば縫合等の処置をせぬ限り裂けたままになってしまうところだが、どうやら褪せ人の肉体は常人のそれよりも復元力に優れるらしい。戦士として戦い続けることを要求する二本指の、あるいは女王マリカの意向が反映されているのだと考えられた。
梯子と昇降機を経て上ってきた先で、三人は瘴気の壁に行き当たった。
「これ、"主" の結界ですね。どんな奴か、ご存じですか?」
「『溶岩土竜マカール』だ。巨体での突進や、尾の振り払いなどが強烈で、まともに受ければ一撃でお陀仏、ということにもなりかねない。とにかく奴の動きをよく見て、回避を最優先に考えて立ち回ること。無理な攻めは厳禁だ。」
その忠告に、Cecilia は身を固くして頷く。
「こいつも全身が岩みたいな鱗で覆われてて斬撃が通りにくい。おっさ──じゃなかった、Ramo さんから借りたメイスを使った方がいいな。」
Samuel には先刻、「兄貴」はやめてくれと頼み込んだところだった。そんな呼び方をされるくらいなら、「おっさん」の方がまだマシだ。
「わかりました。では、お願いします。」
鉤指二人に向かって一礼すると、Cecilia は息を整え結界に踏み入れた。
マカールの怪力と、それが吐き散らす溶岩は、それぞれが褪せ人を即死させかねない威力を秘めている。しかし、 Cecilia と Samuel の立ち回りは Ramo の予期を大きく慎重かつ迅速であり、状況は順調に推移していた。Ramo の担当は、最前列を張っての『スピア』及び戦技『氷槍』による直接攻撃。マカールの狙いが Ramo に向いたところを見計らい、Cecilia が 側面あるいは背面からメイスと『聖なる刃』による支援攻撃を仕掛ける。溶岩溜まりが広がり回避が困難になってきたら、『ショートボウ』を構える Samuel の出番だ。
「はーい、マカールちゃん! こっち向いてー!」
射かけられる矢が敵の注意を逸らした隙に、二人は安全圏まで離脱する。加えて、この矢には毒が仕込んであり、それが土竜の体力を徐々に削っていく。危機を察した敵は後肢で立ち上がり鱗剣を振るい始めたが、既に遅い。Ramo が撃ち込んだ氷槍に土竜の全身が白く凍り付いた。急激な体温の低下に意識を保つことができず、マカールは昏倒する。
「Cecilia 殿、とどめを!」
「やったれ、お姫サマ!」
二人の声を背に受けた Cecilia が倒れ伏す巨体に駆け寄り、その頭部に最後の一撃を叩き込んだ。
目の前に浮かぶ『ルーンの弧』。Ramo と Samuel は任務を終え、主と別れの挨拶を交わしていた。Cecilia がはにかみながら尋ねる。
「Ramo さん──厚かましいことは重々承知の上でのお願いなんですけど、このメイス、私に譲って頂けませんか?」
「うっわー、本当に厚かましい。」
棒読みで茶々を入れた Samuel は、胸に肘撃ちを食らって崩れ落ちた。一方の Ramo は微笑んで応じる。
「もちろん。有効に活用して頂けるならば、喜んで。」
Cecilia は破顔し、両手で持ったメイスの頭部に頬を寄せる。
「嬉しい! 大事にしますね! 毎晩抱いて寝ちゃおうかな。」
「ヌイグルミじゃねえっつーの。」
Samuel が Ramo に向けて握り拳を突き出す。こちらも拳を出して上から軽く打ち合わせてやる。
「また一緒に鉤指、できるといいな。」
「そうだな。楽しみにしている。」
エレオノーラとの遭遇で目的を果たしたので、今後暫くは Ramo が鉤指として働くことはないだろう。だがそれは敢えて口にしなかった。もしかしたら、もっと遠い将来にそのようなことがあるかもしれない。名残惜しそうに手を振る二人に見送られながらルーンの弧に触れた Ramo の意識は彼方で眠る肉体へと還っていった。
リムグレイブ、ハイト砦。
「予定より随分かかってしまったが、ようやく採取できた。」
そう告げて、Ramo は懐から取り出した容器を机の上に置いた。部屋の奥の付呪台に屈みこんでいた魔術師が、こちらへ回ってくる。彼は容器を持ち上げて軽く振り、そしてこちらへ頷いた。
「よろしい。これだけの試料があれば、追跡には十分だ。」
魔術師はさっそく、容器を持ってフラスコや乳鉢の並ぶ一角へ入っていく。
「よろしく頼む。結果が出たら知らせてくれ。」
「任せろ。そう長くはかからない。」
友の声を背に、Ramo は部屋を出た。これで、次の段階へ進むことができる。血の王朝──どことも知れぬ場所から血の指たちを送り込出し、褪せ人を害し続ける謎の集団。その在処を突き止める手段が、ようやく手に入ったのだ。殺戮者どもよ、思い知るがいい。その巣穴がもはや安全ではないことを。
「──いかんな。」
戦いに逸る心を自覚する。己を御するとは、こうも難しいものか。そのときだった。
「どうしたんですか? 怖い顔して。」
背後からの声に振り返るが、そこに人影はない。これはいよいよ──と自嘲したところで、Ramo は気付く。胸の内がすっかり凪いでいることに。そして、聴こえたのが誰の声であったのかも。
「かたじけない。」
空に浮かぶ月に向かって呟くと、彼は砦前の坂をゆっくりと下って行った。
第18話『褪せ人 Saki と火の泉』投稿予定: 2026-10-06 朝