褪せ人 Ramo と Saki の物語   作:Skinny Slaver

18 / 18
魔術師 Amane は友人の Saki に誘われ、ゲルミア火山にあるという「オンセン」に同行する。

温☆泉☆回☆──だがおそらく、諸君が期待する描写はない。



褪せ人 Saki と火の泉

「オンセンに行こう!」

Amane が受け取った手紙には、大きな文字でそう書かれていた。オンセンとはどこだろうか。彼女がこれまで巡ってきた範囲に、類する地名はない。仕方なく、手紙を渡してくれたローデリカのところへ戻って訊いてみたが、彼女は困ったように首を傾げるだけだった。

「申し訳ありません。私はリムグレイブ東部の外を存じませんので......。」

他に書かれていることは──と目を走らせる。集合日時は明後日の早朝。場所は『デクタスの大昇降機』前。そして、差出人は Saki of Astora ──もっとも、これは手紙を受け取ったときに告げられていたものだが。少しの間考えてみたが、これが固有名詞であれば考えるだけ無駄だ、という結論に達した。とにかく、行けば分かるだろう。ここ狭間の地ではいつどこへ行くも自由だ。家も門限もないのだから。どこへ連れていかれるにせよ、再び Saki に会えるというのが単純に嬉しい。彼女は手紙をローブの内ポケットに仕舞うと、足取り軽く円卓を後にした。

 

リエーニエ、ベイルム街道。レアルカリア魔術学院の東門を抜けた Amane は、その視界の先に聳える『デクタスの大昇降機』を見上げる。アルター高原へ至るには昇降機を使わなければならないが、その装置を起動するには割符を揃えて提示しなければならない。その左の片割れを持つ褪せ人は多いが、右の片割れを手にするものは稀だった。Amane の道具入れインベントリに入っているのも、左の片割れのみ。故に彼女は、未だアルター高原に足を踏み入れたことがない。Saki は王都ローデイルに行ったことがあると話していたから、きっと両方を持っているのだろう。見た目には子供のような──ともすれば Amane よりも年下にさえ見える──彼女だったが、その実力は相当なものであるのは間違いない。本人に尋ねたわけではないが、話した印象から判断するに Amane よりも4つか5つは年長のはずだ。思い返したことで、会いたさが募ってくる。指定の刻限までは少し間があるが、彼女は石畳の敷かれた広い道を駆け出した。

 

そう言えば──と、Amane は走りながら周囲を見渡す。以前ここを訪れた際には、検問を敷くレアルカリア兵たちに襲われたのだった。しかし、今この早朝の街道を歩くはローデイルの兵たち。歩哨ではあるのだろうが、特別何かを警戒している様子はない。こちらが頭を下げて見せれば、向こうも会釈を返してくる。なんて長閑のどかな光景だろう。それは、褪せ人としてこの狭間の地に来てこちら覚えのないものないものだった。ほどなく、大昇降機前の階段に到着する。まだ少し早いけれど、待たせるよりはいい──そんなことを考えながら見上げた視線の先には、此方に向かって手を振る友の姿があった。

 

 

その日の Saki of Astora は、記憶にある姿から僅かに変化していた。着ている淡い青色──狭間の地では『満月色』と言うらしい──の『ラズリのローブ』などはそのままなのだが、髪型が違う。その腰まで伸びた豊かな白金の髪を一本の三つ編みにして背に垂らしていたのだが、今日はそれを緩くまとめて後頭部に上げている。

「髪型、変えたんですね。それも素敵です。」

偽らざる感想を伝えると、彼女は嬉しそうに笑い、その場でくるりと回ってみせた。

「ありがとう! でもこれは、本日限定のオンセン仕様なの!」

「そうそう、その『オンセン』って何なんですか?」

ずっと気になってたその言葉について尋ねようとしたところで、背後から声が飛んできた。

「その子が Amane ちゃん?」

振り返ると、そこには長身の──美女が立っていた。同性である Amane でさえ、目にした瞬間にどきりとするほどの美貌。彫りの深い、くっきりとした目鼻立ち。瞳は鮮やかなオリーブ色。黄色に近い金髪を高い位置で一本にまとめている。髪色とよく調和する山吹色のローブは、それが包む肢体の優美な曲線を浮かび上がらせていた。背丈は Amane より頭ひとつと半分ほども高い。どこかの聖堂にある女神像が命を得て動き出したかのではないか。一瞬、そんな空想をした。Saki は頷き、二人の間に立つ。

「こちらは Qeero さん。もちろん、私たちと同じ褪せ人。」

「ただいまご紹介に預かりました Qeero です。どうぞよろしく。」

差し出された手を取るのにも、少しだけ勇気が必要だった。

「魔術師 Amane です。こちらこそ、よろしくお願いします。」

こちらを見つめる Qeero が、眩しそうに目を細める。

「これまた可愛いのが来たなあ。言い寄ってくる男どもから守ってやらんと、目的地に着くまでに日が暮れるんじゃない?」

いや、その心配をするのはむしろそちらの方だろう──と内心呆れたが、彼女の様子を見る限り、本心からそう言っているように思えた。だが実際のところ、先ほどから彼女たちの側を行くローデイル兵たちの視線は、Qeero に釘づけになっている。先程から意味もなく傍らを往復している者までいる始末だ。

「予定よりちょっと早いけど、揃ったことだし出発しますか。」

「異議なーし!」

Qeero が Amano の後ろに回り込み、彼女の肩を押して歩きだす。昇降機リフトの乗り場へ向かう三人は、この上なく目立つ集団だった。

 

彼女たちが昇降床の上に立つと、側に立つ兵が割符を掲げた。左右の天使像が回転して向き合い、可動部を囲う柵がせり上がってくる。

「少し前から、この昇降機は誰でも使えるようになったんだよ。もう割符を持ち歩く必要はないってわけ。」

「これも、ローデイルとリムグレイブの関係強化の一環ってことか。公共事業様々、だねえ。」

片道に10分強かかるため、今後の利用者増加に伴う混雑が予測されているという。

「さっきは訊きそびれちゃいましたけど、オンセンって何なんですか? アルター高原の地名ですか?」

その問いに、Saki は口の前で人差し指を立てる。

「ナ・イ・ショ! まあ、着いてからのお楽しみ、ってことで。」

「ええ......。」

ずっと頭を悩ませてきた謎を引っ張られた Amane は、傍らに立つ Qeero に尋ねる。

「Qeero さんは、オンセンをご存じなんですか?」

「いや、私も詳しくは──知らな、いな。」

回答の不自然な間と、明らかに笑いを堪えている表情は、逆に「知っている」と白状しているようなものだ。役者の才能は、ないらしい。オンセンについての解明はひとまずお預けだ。そう諦めを付けると、話したいことはたくさん出てくる。彼女らの歓談は「軽量かつ見た目のいい装備は何か」から始まった。

 

 

黄金樹の麓にして、王都の膝下。『アルター高原』の風景は見渡す限り金色だった。昇降機を降りた Amane が感嘆の声を上げる。

「うわあああ......。」

そのスケールの大きさには、ただただ圧倒されるばかりだった。下草、花、木々の葉──それぞれ微妙に風合いの異なる黄色を寄せ集めて視界一杯に描かれた絵画にしばし見入る一行。

「これは──壮観だな。」

Qeero の声にも驚きの色が滲んでいた。

「あれ? Qeero さんもアルター高原は初めてなんですか?」

「うん。私は、エルデの王になる──なんてのは早々に諦めたからね。以来、他の褪せ人の手助けをしながらリムグレイブとリエーニエをふらふらと行き来して暮らしてる。」

そこへ Saki が横合いから口を挟む。

「そうしているうちに、付いた綽名が『氷の戦姫』。」

「ええっ!?」

リムグレイブやリニーニエで苦戦する新参の褪せ人たちを助け導くとされる美しき鉤指──それが『氷の戦姫』である。しかし、Amane はそれを伝説の類──狭間の地の厳しさに心折れた褪せ人たちが創り出した共同幻想──と見なしていた。まさか、実在していたとは。しかも目の前に。だが、Qeero 自身はその呼び名を快く思っていないらしく、Saki じろりと睨んで低い声で囁く。

「それ、次言ったらデコピンだかんね?」

Saki は手で額を抑えてそっぽを向くが、その目は笑っていた。

「それが嫌で『氷紋の鉄盾』を『金装の鉄盾』に換えてみたんだけどさ、金色だからアクセントにならんのよ。『鉄の円盾』で灰色ってのも──ねえ?」

同意を求めてきた Qeero に、Amane はとりあえず頷いておく。いや、あなたなら何を持ってもサマになるでしょう、とは言えなかった。

 

三人は昇降機を降りてすぐに左手に折れ、緩い坂を下って行った。Amane が道すがらに大振りな花を手折り、しげしげと眺めて言う。

「『金輪草』って、こんなに鮮やかな花だったんですか。」

「下で見るのは、みんな萎びて色褪せちゃってるからね。私も、初めて見たときはびっくりした。」

「見てよ。『ロアの実』まで金色だ。」

「もしかして Qeero さん、ここでちょっと離れたら見えなくなっちゃうんじゃないですか?」

「ああ、全身黄色だもんねえ。......ちょっと向こうに立ってみてもらえますか。」

Saki にそう言われた Qeero が黄金色の草原を突っ切って走っていき、ある程度離れたところで振り返る。

「──どう?」

「あっはっは! 本当に見えなーい!」

「完全に──紛れちゃってます!」

 

隣の Saki さんと一緒にお腹を抱えて笑う。あんまりおかしくて、涙まで出てきた。こんなに笑ったのは──たぶん、狭間の地ここへ来てから初めてだ。

 


 

道は上り坂に転じた。途中の祝福で Saki から休んでいくかと尋ねられた Qeero と Amane は揃って首を横に振る。ここまで敵との遭遇はなかったし、まだたいして歩いてもいない。そんなわけで道行きは順調だったが、高台にある『ウィンダムの廃墟』が近づいたところで、先頭を歩く Saki が不意に姿勢を低くした。後ろの二人にも手振りで伏せるよう指示する。一体何事だというのか。

「嫌な予感がする。」

Saki が段差に身を寄せ、頭だけを出してそっと様子を伺う。

「ああ、やっぱり──また湧いてる。」

二人も隣へ移動し、同じようにして覗き込んだ。壁だけを残す建物の間を、薄紫色に光る靄を纏った小舟が動き回っている。

「なんだ、『ティビアの呼び舟』じゃん。楽勝でしょ、あんなの。」

「呼び水村やリエーニエのと違って、ここのは巨大ガイコツを召喚してくるんですよ。それが厄介で。」

そう言いながらも、Saki はすでに『亀首漬け』を嚙みちぎっていた。

「私が走り回ってガイコツを引き付けるから、その間に『舟』を沈めてもらえますか?」

「任せて。」

「私も Qeero さんと一緒に舟に当たります。」

短く視線を交わして頷き合うと、三人は同時に走り出した。

 

「ほらね。たいしたことなかったでしょう?」

そういって微笑む Qeero の傍らでは、息を切らした Saki が『大の字』になって寝転んでいた。

「ああ──もう、走り──すぎ、て、脇腹──痛い──。」

Qeero と Amane が「舟」を倒すまでのおよそ10分間、Saki は巨大ガイコツに追われながら、遺跡の周りを全力で走り回っていたらしい。

「お疲れさん。何周できた?」

「──ろく。」

「ということは、一周がだいたい400メートルくらいでしょうか。」

「いや、そこ──計算するとこじゃ──ないでしょ。」

 

息を整えていた Saki がようやく立ち上がった。

「お待たせしました。出発しましょう。」

「行こう行こう。」

崩れた煉瓦塀に腰掛けていた Qeero が、立ち上がり際に手にしていた何かをその場に投げ捨てた。

「何ですか、それ?」

「『死の根』だってさ。さっき舟を倒したときに出てきたのを拾ったんだけど、要らんし置いていこうかなと。」

「駄目ですよ! ここに捨てたら、またあいつが湧いて──んん? ──あれ?」

死の根を捨て置くことを咎めた Saki だったが、首を傾げながら何事か考え始めた。

「私、最初にここへきて舟を倒したとき、その根っこ──回収しなかった気がする。」

「ということは──つまり?」

「Saki さんが置き忘れていった『死の根』から再生リスポンしたやつだったんですね、あの舟。」

「ごめんなさーい.......。」

最終的に、その『根』は Saki が責任を持って始末するということで話がまとまった。ケイリッドの奥地にこれを食べて始末してくれる『グラング』なる人物がいるのだという。

「それじゃあ、今度こそ行きましょう。オンセンはもうすぐそこだよ!」

 

 

『煮え立ち川』はその名に違わぬ不気味な場所だった。辺りに草木は少なく、剝き出しの岩肌と砂利だけの景色が延々と続いている。河床には、断続的に蒸気を噴き出している部分があり、その音がするたびに Amane はびくりと肩を震わせるのだった。Saki が振り返って注意を促す。

「蒸気の吹き出し口には近づかないようにしてくださいね。浴びたら火傷じゃ済まないですから。」

ますますわからない。こんな恐ろしい場所にあるオンセンとは、いったいどのようなものなのか。川から離れ、岩の間を通って崖を降りていく Saki を追う。このあたりまでくると、周囲は藪になっていた。草木が生えないのは、川沿いだけらしい。その先の、少し開けた場所で Saki は立ち止まった。岩の隙間から水が流れ落ち、下方にある窪みに溜まっている。辺りに立ち込める湯気から推測するに、その水はかなり温かいのだろう。

「これが──オンセンですか?」

「そう。でも、これはまだ初心者向けの、アシユっていうやつ。まずはここで慣れてもらおうと思って。」

そういうと Saki はブーツを脱ぎ、窪みの淵に腰を下ろした。膝から下を、溜まった水に浸している。見れば、既に Qeero も同じことをしていた。

「ああ......たまらん。」

Qeero は目を閉じ、恍惚とした声を漏らす。それほど心地良いものだのだろか。

「ささ、Amane ちゃんも早く早く。」

急かされ慌ててブーツを脱ぎ、Saki の隣に座って同じように脚を浸す。水温はだいぶ高いが、我慢できぬほどではない。だが、これがいったいどうしたというのか──という疑問は、すぐに蕩けて頭の中から流れ去っていく。

「これは──なんていうか、その──とっても──。」

「いいでしょお──?」

先程までの盛んなお喋りも忘れ、三人はしばらくの間、無言で湯溜まりを囲んでいた。

 

 

最初に足を引き上げたのは Saki だった。

「では、いよいよ本命のオンセンに行きましょう!」

続いて Qeero も立ち上がり、雫を切って靴を履き始めた。しかし、Amane は動く気配を見せない。

「もうちょっと。あと5分だけ──。」

「あ、これは完全に蕩けてるわ。」

Saki が Amane の背後から脇に腕を通して彼女の身体を引き上げる。

「ワガママ言うんじゃありません!」

「やだー! 足冷たいー!」

駄々をこねる Amane をなんとか立ち上がらせ、一行はさらに崖を降りていく。迫り出した石柱を回り込んだ先の道は木の板を連ねて作られた柵のようなもので塞がれていた。Saki がそれを持ち上げ、脇の岩に立て掛ける。促されて進んだ Amane がそこで見たのは、先ほどのアシユの何倍も大きい湯溜まりだった。

「これって──まさか?」

振り返って尋ねた彼女に Saki は満面の笑みを浮かべ頷いた。

「そう、全身で浸かるのが、本式のオンセンなのです。」

 

そんな──脚だけでもあんなに気持ちよかったのに、身体全部を湯に沈めたりしたら、いったいどうなってしまうのだろう。想像するだけでくらくらしてきたが、Amane はそこで重大な問題に気付く。

「でも──服はどうするんです?」

「いい質問! それこそが、お二人をここへ連れてきた理由なのです! いくらオンセンに入るためとはいえ、ここ狭間の地の野外で裸になるのはちょっと無理。いつ敵に襲われるかわからないし、敵じゃなくても人が来たら大変でしょう? だから、一人が見張りに立って、あとの二人がオンセンに浸かる。時間になったら、片方が上がって見張りと交代する──って寸法。」

「なるほど、それは上手い考えだ。」

「でしょう?」

そうなればさっそく──ということで、石を投げて最初の見張り役を決める。

「それじゃあ、Qeero さんよろしく。15分くらいしたら交代しますから。」

「お願いします。」

同性とはいえ人前に肌を晒すことに抵抗を感じて脱ぎにかかれずにいる Amane を尻目に、Saki は躊躇なくローブを脱ぎ去り下着姿となった。

「お先に! Amane ちゃんも早くおいでよ!」

ああ、あっぱり Saki さんは思い切りがいいなあ。──と思ったそのときだった。

「ちょっと待てい!」

Qeero が素早く Saki に近付き、その胸部を覆う布を剥ぎ取った。

「ちょっ!? 何するんですか!?」

慌てて両腕で胸を隠す Saki だったが、Qeero はさらに彼女の腰の結び目も解いて、布を引き抜く。一糸纏わぬ姿にされた Saki は屈み込んでしまった。

「Saki ちゃん、本当は温泉のことよく知らないでしょ? 温泉はね、何も身に着けずに入るのが作法なんだよ。」

「ええー、そんなの聞いてませんよお......。」

涙声で訴える Saki に、Qeero は道具入れから白い布を取り出し、彼女の肩にかけてやった。Amane にも同じものが渡される。短辺は肩幅よりやや狭く、長辺はその三倍程度。織り糸が輪になって浮いた、羊毛の如き柔らかさを持つ不思議な布だ。

「だが、初心者のお二人には武士の情けとしてその『テヌグイ』を進ぜよう。これ以外を持って湯に入ることまかりならん。」

「でもこれじゃあ、殆ど隠せないですよお。」

Qeero は口をへの字に結ぶと、まだローブを着たままの Amane を見た。自分も服を剥ぎ取られるのかと思い一歩後退る。

「Amane ちゃん、悪いんだけど最初の見張り代わってちょうだい。」

そういうが早いか、Qeero は着ていたローブを脱ぎ、微塵の躊躇もなく下着も取り去った。そして、それらを近くの岩に乗せると、その裸身のどの部分も一切隠すことなく、湯溜まりへと歩いて行った。

 

 

「ああ......気持ちいいい......。」

湯の中で、Saki は思い切り脚を伸ばす。テヌグイは畳んで頭の上に乗せられ、彼女もまた Qeero 同様、生まれたままの姿で寛いでいた。今のこの状態から振り返ってみると、いったい何を恥ずかしがっていたのか自分でも不思議に思えてくる。この二人に見られて、それが何だというのか。目隠しとして立てかけられた柵の向こうで見張りをしているだろう Amane に声を掛ける。

「Amane ちゃん、ごめんね。もうちょっとしたら交代しよう。」

「気にせず、しっかりと温まってください。私はもうちょっと──心の準備が。」

Saki と Qeero は顔を見合わせて、微笑み交わす。大丈夫、思い切ってやってみれば、なんてことないから。

 


 

「それにしても、Qeero さんはどうしてオンセンをご存じなんですか?」

Saki にそう問われた彼女は、湯の中でくるりと身体を返し俯せの姿勢を取る。

「だって私、葦の地の出身だもの。あと、イントネーションが違う。『オンセン』じゃなくて『温泉』、ね。」

その告白には、Saki もさすがに驚いた。

「ええっ? でも、葦の地の人って皆黒髪で──。」

「肌の色も、もっと深いですよね?」

目隠しの向こうから Amane も話に加わる。Qeero が語ったところによれば、父親が葦の地に漂着した異人であったという。そのため、身体的な特徴はまるで異なっているが、文化的な背景は完全に葦の地であるとのこと。

「だから、Saki ちゃんに "オンセンに行きましょう" って言われたときから、既に違和感があったんだ。」

なるほど。聞いたのは彼女が言う通りの平たいアクセントだった気もする。それを無意識のうちに、自分が発音しやすいように変化させてしまっていたようだ。

「だから、下着で入ろうとするのを見るに至って確信したわけ。あ、これは聞きかじりの知識だなって。」

そこで Qeero は Saki の方へ振り返り、不敵な笑みを浮かべる。

「むしろ私は、Saki ちゃんが誰からこの温泉について教えてもらったのか気になるんだけどなあ。」

「あ、えっと、それは──。」

これはマズい──と思う間もなく、話は先へと進んだ。

「まあ、訊くまでもなく Ramo さんなんだろうけど。」

その通り。彼女と近しい葦の地出身者は他にいないのだから、隠しても無駄だった。そこへ再び Amane の声が飛んでくる。

「お二人とも、Ramo さんのお知り合いなんですか? ──侍で、戦技オタクの。」

湯の中の二人は顔を見合わせた。侍なのは合っているし、戦技オタクというのも──たぶん間違っていない。

「そりゃあもう、お知り合いもお知り合い。超お知り合いってやつ。」

「それ、Saki ちゃんの持ちネタなんか?」

レアルカリア魔術学院を探索した際、彼女のことを大いに助けてくれた──それこそ、戦闘のほぼ大半を引き受けてくれた──鉤指が Ramo と Gatz という二人の戦士だったと Amane は語る。

「Gatz くんも一緒だったんかい。狭間の地、ちょっと狭すぎない?」

そう嘆息しながらも、Qeero は Saki がひっそりと安堵の笑みを漏らしたのを見逃さなかった。

 

「ときに Ramo さんは今何してんの?」

「私も詳しくは知りませんけど、ケネスさんと組んで忙しく動き回ってるみたいです。」

その問答をきっかけに、話題は狭間の地への情勢へと移った。王都ローデイルがネフェリ・ルーをリムグレイブの王として承認したこと。それに伴って両国の関係が強化され、連合ともいえる体制が構築されつつあること。それら民にとって──そして、王を目指すことを放棄してた褪せ人たちにとって──喜ばしい変化の裏側には、Ramo の働きがあったようだ。今日彼女らが割符なしでデクタスの大昇降機を利用できたのも、因果をたどっていくと彼に行きつくことだろう。彼は現在もストームヴィルに出入りしているようではあったが、その活動の中心はケイリッドに移っているようだ──というのが Saki の推測するところだった。

「そっちはまた一波乱ありそうな気配なんですが、それはそれとして、リムグレイブの方はこのまま平和になってくれたらいいな、と思ってるところです。」

 

ぱさ、と軽い水音を立てて Qeero が立ち上がる。その肢体の艶めかしさに、Saki は思わず顔を背けた。

「Amane ちゃん、交代しよう。」

「は、はいっ!」

手拭で肌に残った雫を拭き取る、その所作までもがいちいち美しい。ローブに袖に腕を通しながら、Qeero が言う。

「でもさ、このまま順調にモーゴットがエルデの王になって、狭間の地が平和になったとして──そのとき、私たちはどうなるのかな?」

それは Saki も気になっていたことだった。褪せ人とは、半神デミゴッドたちを排してエルデの王を継承させるべく、黄金樹によって祝福を与えられ甦った者たちである。故郷で一度命を落とし、そしてここ狭間の地で再びの生を授かった──それは彼女たちも例外ではない。

「誰かが王になったら、その時点でマリカちゃんだか二本指だかの目的は達成となるわけで、私たちは『用済み』になっちゃうわけでしょう?」

「そのときになって、君たちの生命返して、って言われたら困っちゃいますよね。」

しかし、その可能性は大いにある。現に、最初の王ゴッドフレイがそのようにして祝福を奪われたというではないか。

「──失礼しますっ!」

Amane が湯だまりに入ってくる。テヌグイで隠してはいるが、均整のとれた見事なプロポーションで、何を恥じることがあるのかと不思議に思えた。

「蘇生が一度限りの処置だとしたら、祝福を回収されても問題はないですよね。」

Saki の楽観的な見通しに、Qeero のやや沈んだ声が応ずる。

「だと、いいんだけど。私たちの身体って、今でもかなり黄金樹の影響を受けてるよね。祝福で休息したり『回復』を受けたりすれば、かなりひどい傷でもけろりと治っちゃうでしょう?」

「四、五日程度なら食べたり寝たりしなくても活動できるっていうのも、改めて考えると普通じゃないですよね。」

湯の中で手足をゆっくりと動かしながら Amane が言う。彼女らが言う通り、褪せ人は様々な意味で「普通の」人間よりも頑健だった。おそらくは、戦士として戦い続けるために与えられた力なのだろう。

「それにさ、二人ともこっちに来てからないでしょう? ──月のもの。」

Qeero の問いに、Amane と Saki は顔を見合わせる

「単なる不順──ってわけじゃないですよね。」

「やっぱり、みんなそうなんだ。訊きづらいことだから、棚上げしてたんだけど。」

自分だけではなかったんだという小さな安堵と、この身に確かな異状があるという不安。けれども──

「私、結構重い方だったから、今はすごく快適なんだ。」

「私はそれほどでもなかったけど、それでも同意するなあ。鬱陶しいもんねえ。」

「服も汚れませんし。」

そう悪い事でばかりでもない。そんな風に気持ちを切り替えて笑い合えることが、Saki にはとてもありがたかった。

 

 

火照った身体を冷ますため縁の岩に腰掛けた Saki が問いかける。

「とりあえず、平和になって、私たちも今と変わらず元気でいられたとして──二人はどうしますか? この狭間の地で生きる? それとも故郷に帰る?」

目隠しの向こうから、Queero が即答した。

「私はここで暮らすよ。葦の地には、帰りたくないな。」

何やらワケありのご様子。興味はあるが、しかしあまり踏み込むのも不調法だろう。そう考えて手控えた Saki の配慮を飛び越えて Amane が他意なく尋ねる。

「どうしてですか?」

ナイスだ、Amane ちゃん! 物怖じせぬその様子に、Qeero も気負いなく答える。

「子供のうちは良かったんだけど、ある年頃を過ぎたら、いろいろと面倒なことが多くなってきてね。この外見故にか縁談もなく、その代わり妾に側室にっていうお誘い──というには強引な働きかけがひっきりなし。その奇異なる容姿ゆえ正妻に迎えるは憚られるが、愛玩物としては申し分なし──ってさ。」

「ひどすぎますっ!」

憤慨した様子で Amane が声を上げる。これには Saki も心底同意した。

「でも、今はそういうこともない。しつこく言い寄られても、逃げるに足枷となるものなし。あんまりひどい奴は蹴倒してやれば、それで解決。なんというか、こっちに来てからは本当に自由に生きられてる。性に合ってる、っていうのかな。」

彼女は途中を省略したが、そういった下種ないざこざに巻き込まれて命を落とすことになったのだろう、とは想像できた。

 

「私も──帰らないかも。Qeero さんのように明確な理由はないんですけど。」

Amane は、自分はカリムという国の出だと言った。裕福ではないが貧しくもない家庭でごく普通の生活を送っていたという。死因は病死。寄宿舎で流行り病に倒れ、家に戻されたときには既に手の施しようがなくなっていた。

「不思議なんですが、父や母を懐かしく思う一方で、どうしてか会いたいという気持ちにならないんです。自分のカリムでの人生は既に終った──という感覚があるというか。」

確かに、普通には理解しがたい心理かもしれない。だが、Saki に共感できるところがあった。彼女は母を早くに亡くしたが、父は存命である。少なくとも、彼女がここへ来ることになった時点では。だが今、父に会いたいかと問われれば、そうでもない、というのが正直な気持ちだった。会いたくない、というわけではない。良い人、良い父だったとも思う。けれども、既に自分の人生からは切り離された存在であると感じられるのだ。ひょっとして、これも黄金樹の祝福による作用なのだろうか。朧げにそんなことを考えた。

 


 

「Qeero さん、もう一回入りませんか? 私、上ります。」

「おお、いいね! まだ Amane ちゃんのお尻見てないし。」

その言葉に身体を縮める Amane を置いて、Saki は湯から出る。『青色雫の聖杯瓶』を呷ったら、さぞ気持ちいいだことだろう。そんなことを考えながらローブを着て Qeero と交代。弾む足取りで湯溜まりに向かう彼女を見送ると、崖の方へ向き直り「見張り」に入った。

 

「他人の事情を訊ねておいて、自分はだんまりってことないよねえ?」

「私も、Saki さんの話聞きたいです!」

湯煙の向こうからの声に、小さく溜息を吐く。話すことに躊躇いはないが、重くなり過ぎないようにしなければ。

「既に話した通り、私はアストラでは聖職の見習いだったの。正確に言えば、最終的には正式な司祭となったんだけど、そこから二か月後足らずでこっちに来ることになった。だから、実質的には見習い止まり。」

目隠しの向こうの二人は静かに聞いているようだ。

「私がいたのは田舎町の小さな教会。常任の長がおらず、中央から派遣されてくる司教が諸々を取り仕切る、そんな場所だった。私が司祭に昇格したのは、その司教が交代する節目の年。新しくやってきた司教は、名家の出としてその名を知られた若い男だった。」

「なんかもう、嫌な予感がしてきたんだけど。」

Qeero の声と同時に、ぱしゃり、と水音が響く。

「彼は大変な子供好きで、見習いの子供たちにとも積極的に交流を持つ人だった。」

「良い方のように思えますけど?」

Amane ちゃん、君は純真にすぎる。

「殊に女の子が大好きで、度を越して緊密な "指導" をすることでも有名で。」

「ああ、そういう......。」

「その行いは方々で問題になっていたけど、名家の力で被害者とその家族をあるときは脅し、またあるときは丸め込むことで、司教の地位を保っていた。教会としても、彼の家からの寄進の大きさ故に、処分に踏み切れなかったんだね。とは言え、うちの教会に赴任してきた頃にはさすがに限界がきていた。次に問題を起こせば破門──とまではいかなくても、厳しい処分は免れない。そんな状況。彼は鬱々としながらも、見習いの少女たちに手を出すことを堪えていた。けれど、忍耐はそう長くは続かない。そこで彼は手近なところで "代用品" を見繕った。」

「まさか──。」

震える声で Amane が呟く。違うよ、と言ってあげたいところではあるが。

「とうに成年に達していたけれど、私が実年齢よりも若く──いえ、幼く見られるというのはご存じの通り。権力と財力をちらつかせての脅しに、私は──抗えなかった。」

「最ッ低──!」

Qeero が吐き捨てるように言う。そんなつもりで話しているわけではないが、そうして怒ってもらえると、やはり少しだけ気持ちが軽くなる。

「じゃあ、Saki さんが狭間の地に来ることになったのは──。」

「間接的にはそいつのせいだけど、直接的には違う。驚いたことに、彼は既婚者だった。次第を知った妻が教会に乗り込んできて──。言うに事欠いて、夫をたぶらかした小娘、だってさ。そんで、短刀でぐっさり。」

沈黙。さすがに、二人とも言うべき言葉が見つからないようだ。私だって、そんなものを持ち合わせてはいない。

「あまり深刻にならないで。もうこうやって人に話せるくらいには、消化された経験なんだから。大事なのは、これから──でしょう?」

 

 

沈んでしまった空気を吹き飛ばしたのは、Amane が持ち出した「狭間の地で暮らすとしたらどこに住みたいか」という話題だった。やはり、未来の展望を語ると気分も明るくなる。

「私はやっぱり、リムグレイブかなあ。気候も温順だし。ネフェリちゃんやケネスさんが統治する土地なら、いろいろと利便性が高そう。」

「リエーニエの湖畔に小屋を建てて、そこで日がな一日、っていうの憧れない?」

「私、今日初めて来ましたけど、近場でいつでも温泉に入れるならこのゲルミア火山も悪くないかなって。」

温泉を後にした三人は、煮え立ち川を歩いて戻っているところだった。

「完全に温泉にやられちゃったみたい。Saki ちゃん、どうすんのこれ?」

「いいんじゃないですか? 王都も近いし、案外住みやすくなるんじゃないかと思いますよ。」

ウインダムの廃墟から、なだらかにうねる丘陵を見渡す。高くなった陽に照らされた金色の野はさらに眩しく、目が痛いほどに輝いていた。

「街道が全面開通すれば、馬車の運行も始まりますよね、きっと。」

Amane が声を弾ませる。彼女の眼にはすでに、アルター高原とリエーニエ、そしてリムグレイブが「隣町」の感覚で往き来できるようになった未来が映っているらしい。

「そうなれば、デクタスの昇降機で乗り継いでも、王都からストームヴィルまで2時間──は厳しいか──3時間ってとこかな。」

「週末ごと Saki さんのところに遊びに行けますね!」

「もうこっちに住むこと確定なの?」

「週末って言葉、久しぶりに聞いた。狭間の地にもその類の概念はあるんだろうけど、褪せ人の身にはとんと縁のないものだから。」

「平和になれば、安息日も戻ってきますよ。」

そんな取り留めのない話に興じているうち、上り坂の先に大昇降機の建屋が見えてきた。

 

「それじゃあ、またね!」

Saki は昇降床の前で立ち止まり、二人の友人に手を振った。

「あれ? Saki さんはリムグレイブに戻らないんですか?」

Amane の問いに、彼女は東に王都の城壁を示して微笑む。

「この前、ノクローンに行ったときに素敵な鎧を手に入れたんだけど、ちょっと大きすぎるんでローデイルにいる仕立て屋さんに直しをお願いしてあるんだ。それを、これから受け取りに行く予定。」

「鎧? ローブじゃなくて?」

「『ノクス剣士の鎧』っていう、軽いやつ。真っ白な絹の上掛けがついてて可愛いの!」

「いいなあ! 今度見せてくださいね!」

「それはそうと、例の『死の根』の処分を忘れんように。」

いけない。このままだといつまでも喋ってしまいそうだ。装置の傍に立つ兵士も「乗るのか? 乗らんのか?」という目でこちらを見ている。名残惜しさを振り切って、Saki は下層へ降りていく二人を見送った。

 

 

王都へ続く街道を歩きながら、高く澄んだ空を見上げる。不思議なもので、二人と別れたときから、身体が軽くなったように感じていた。無論、彼女たちといたことで気疲れしたというわけではない。共に過ごした時間は、この上なく楽しいものだった。けれども──と Saki は思う。やはり自分にとっては、一人でいるのが「基本」であり、誰かと過ごすことは「応用」なのだ。この後リムグレイブで別れるとき、Qeero と Amane も同じように感じるのではないか、と想像する。ふと思いついて道の端に寄り、縁石に跳び乗った。そのまま、両腕を広げてバランスを取りながら歩く。なんて子供じみた仕草だろう。誰かと一緒なら、絶対にこんなことはしない。そして、それができる「自由」が、Saki には愛おしくてたまらないのだった。

 

──吹く風は身体を揺らし 一人歩くなら其処に決まりはない。

 




本文中で引用した歌詞は、以下の楽曲を出典としています:
- Retro G-Style 『Freemen』

第18話『褪せ人 Ramo と盟約の王 (前編)』投稿予定: 2026-10-07 朝
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。