褪せ人 Ramo と Saki の物語 作:Skinny Slaver
結局あの物体が何なのか、未だに分からない。識者の見解求む。
自らの内に生じた蠢動を感じ、フィアは岩の上に横たえていた身を起こした。薄暮を思わせる仄暗さの中、周囲を見回す。足元を緩く流れていく水と、その方々から天に向かって突き出す黒い茨。黄昏はこの地の底に重く沈み、時を経ても暮れることはない。遂に──いや、漸く、か。傍らに置かれた布の包みを急いで解く。現れたのはヒトの頭骨。形良く並んだその歯列にそっと唇を押し当てる。さあ、その器を抜け出して、私の中へ。その呼びかけに応じてか、頭蓋から飛び出した「何か」は素早く彼女の喉を通り抜け、臓腑の隙間へと潜り込んでいった。そう、それでいい。蠢動はいつしか疼痛を刻み始めており、しかもその間隔は徐々に短くなってきている。彼女は額に汗を滲ませながら白紗のドレスをたくし上げ、艶麗な装飾の施された下着を脚の間から抜き取った。伏せの姿勢を取り、両の肘と膝で身体を支える。痛みはいよいよ激しくなり、知らぬ間に歯を食いしばり、額を岩肌に強く押し付けていた。下腹の膨張に押されて、膝が少しずつ左右へ開いていく。
これはフィアが死衾の乙女として為す初めての「再生」ではあるが、彼女が最終的に目指すものではない。この狭間の地に招かれ、円卓に身を寄せ──そこに集う英雄たちを知った。夜を紡ぎ、彼らから零れ落ちる微かな温もりを身の内に蓄えていく。苦悶、吐息、放出、そして弛緩。その繰り返しの果て、尊きあの方に再びの生を献ずるに足るだけの熱を得るに至った。時は近い──が、未だ満ちず。彼女は知っている。この崇高なる再誕を快く思わぬ者たちの存在を。間もなく現れる、寄る辺なき者たちが待望する「王」は、生まれ落ちた瞬間からその命を狙われこととなる。王の盾そして矛として、仇名す徒を屠る軍勢が必要だ。──そのとき、解放を求め胎内で悶えていた "それ" が果たして出口を探り当てた。
「あ──あ、ああ───!」
喉から漏れる空気が、重く堆積していた空気を震わせる。それが己の悲鳴であると認識する一方で、少し離れた場所に、その醜態を醒めた目で見つめるもう一人の自分を感じた。これは哀れなる者の嘆き──そして、迷える者の求め。裾の内から半液状の塊が滑り落ち、岩の上で湿った音を立てる。静寂。フィアは視線を後方に送り、自らの内から出てきたものを見遣った。てらてらと光る、薄紅色の──肉塊。これが、そうなのだろうか。予期していた様相とは、だいぶ異なるが。そう訝しんでいたところへ、鋭い痛みが滑り込んできた。
「か、はっ──!」
詰まる息の中でフィアが見たのは、流れ出る肉塊が腿の間に堆く積み重なっていく様。何処からこれほどの量が──自分の身体など、既に無くなっているのではないか。そんなことを考えたのも一瞬のこと。全身の血液が空になった腹部へと殺到したことで、彼女の意識は速やかに途切れた。
「あそこです。見えますか?」
ストームヴィル城内──礼拝堂横手を抜ける通路。Saki of Astora は隣に立つ長身の兵の腕に掴り、足元に空いた奈落の如き空間を覗き込んでいる。
「どのあたりです? 蝋燭らしき光が幾つか見えますけど。」
「視線をもう少し先へ向けてみてください。"天井" に隠れる少し手前です。」
彷徨う視界の中、それは唐突に像を結んだ。二つの目と、その間を通る鼻筋。異形ではあるが、たしかに巨大な顔が、地の底からこちらを見返している。
「うわ、本当だ。生きてるんですか、アレ?」
前傾した上体を引き戻し、自分を支えてくれていた腕から手を放す。付き添いの兵はストームヴィル軍の下士官であり、その名を Rick といった。Saki の問いに彼は首を横に振る。
「わかりません。それについて調べるのも、本件任務の範疇となります。」
それではこちらへ──と促されるまま、Saki は奥に見える建物に向かって歩き出した。それにしても貴公と再び見えることになるとは──と先を歩く兵が感慨深げに述べる。
「私もびっくりしましたよ。──そうそう、あのとき頂いた剣、大事に使ってます!」
Saki は上掛けを払い、左の腰に佩いた『君主軍の直剣』を見せた。Rick は微笑んで大きく頷く。
「ええ、気付いておりました。そして、よく手入れされている。元の持ち主であった我が友も、根の下で喜んでいることでしょう。」
この「根の下」とは狭間の地特有の言い回しで、死者が還樹を待つ場所を指す。墓の中、或いは地面の下を表す「草葉の陰」とほぼ同義だ。
「そして貴公は──」
男は口の端を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「半年と経たぬ間に随分と見違えましたな。」
Rick は、褪せ人としてこの狭間の地に流れ着いた Saki が最初に言葉を交わした人物である。どことも知れぬ暗い洞窟の中で目を覚まし、こちらを見るなり襲い掛かって来る亡者の如き連中を避けながら進んだ先に、彼は居た。緑と朱のサーコートに身を包み、大剣を構えた軍人らしき男。
「力なき者、この先へ進むこと罷りならん。」
言い放つと同時にこちらへ打ち込んできた相手に、Saki は慣れぬ武器──どういう訳か目を覚ましたときに握りしめていた『ショートスピア』──で迎え撃つこととなった。戦いの経験などない彼女は、ただ必死で得物を振り回すのみ。無論、そんな攻撃が訓練された兵に通じるわけもなく、容易く往なされてしまう。
「この程度の技量では、外へ出たとて幾らも進まぬうちに力尽きることとなろう。」
「そんなこと言ったって、武器なんて使うの初めてなんですよ!」
しかし少し続けるうち、Saki は男が「手を抜いている」ことに気が付いた。こちらが空振りしたときなど、その気になればいつでも大剣を叩き込むことができるはずなのに、わざわざ数歩下がって仕切り直してくれているのだ。
「確かに、戦いに不慣れと見える。ならば、こちらの方が扱い易かろう。」
男は腰に差していた予備と思しき直剣を抜き取り、こちらに投げて寄越す。いったい何のつもりかと訝しみながらも、手にしてみれば確かに具合は悪くなかった。槍の柄は滑り止めの鋲を打たれただけの木の棒だが、剣のそれは握るために造形されている。力を込め易く、また柄頭があるためにすっぽ抜けることもない。リーチは劣るが、防御ではこちらが格段に優れるだろう。──とは言え、やはり大剣の打ち込みは重い。一撃を受け止めるごとに、強烈な振動に Saki の手は痺れ感覚を失った。
「接触のたびに目を瞑るな! 受けたらすぐに返せ!」
手荒い教練は、休憩を挟みつつほぼ半日続いた。Rick が頷き「よし通れ」と道を開けたとき、Saki の手には血が滲んでいた。これが二人の出会いにして、Saki が携える直剣の由来でもある。
「あそこで剣の扱いを教えてもらっていなかったら、こうして再会することもなかったでしょうね。」
Rick はふふんと鼻を鳴らしたたけで、前に向き直る。僅かに上がった口の端が、「まだ小娘には負けんがね」と語っていた。実際のところ、祈祷を織り交ぜればどうなるか分からないが、剣の腕では向こうが二枚は上手だろう。稽古を受けていたときは彼の実力の程など図りようもなかったが、今は立ち居振る舞いでそれが分かる。──が、それはさておき。
「あそこまで降りていく道があるんですか? かなり深いようでしたけれど。」
そう、50メートルはあった。簡単に到達できる場所ではないだろう。
「はい。これから私と共にあの墓地──我々は仮にそう呼んでいます──へ立ち入り願います。」
建物に入ってすぐの位置には、祝福の光。それを目にしてようやく、ここが『昇降機側の部屋』と呼ばれる一角であることを Saki は思い出した。かつて──マリカの末裔たる半神『接ぎ木のゴドリック』が主であった頃──にこの城へ潜り込んだ際、迷いに迷った末にこの輝きを発見したときのは大いに安堵したものだ。ただ、褪せ人でない Rick に祝福は見えない。実際、彼は Saki の目には祝福の光で煌々と照らされているように見える部屋の中を、ランタンを掲げて進んでいるし、奥の扉の前に立つ番兵の足元にも火の点いた蝋燭が置かれていた。
「第九師団の Rick だ。任務により墓地へ向かう。こちらは、随行者の Saki 殿だ。」
「承っております。」
改まった遣り取りではあるが、この二人は顔見知りであるはずだ。ストームヴィル軍は、それほど大きな組織ではない。啜り泣きの半島に駐屯する部隊を加えても、せいぜい500名程度。にも拘わらず、こうして堅苦しい所作を見せるのは部外者である Saki が居合わせているためだろう。番兵は取り出した鍵束で開錠し、扉を押し開いた。
「どうぞお通りください。」
敬礼を交わし、Rick は奥へと進んでいく。Saki も軽く会釈しながらその後に続いた。
「足元にご注意を。この先は穴になっております。」
前方に床はなく、垂直に落ち込んでいる。先ほど覗き込んだ墓地へ続いているのだろう。ということは──。仰ぎ見れば、視線の先には青空。先程はあの縁から見下ろしていたわけだ。その時、二人の背後で扉が閉まった。続いて響く金属音。
「この場所は危険なので、厳重に封鎖しております。」
「戻ってきたら、ノックして開けてもらうんですね?」
その問いに、Rick は首を横に振る。
「今からここを降りていくわけですが、登ってこれるように見えますか?」
言われて周囲を見渡す。遺棄されて久しいと思しき構造物。往時は随所に設けられた階段で行き来できたのだろうが、今はそれらも皆朽ちて崩れていた。
「随所に残る足場を伝いながら、飛び降りていく形になります。」
「じゃあ、どうやって戻るんですか?」
不安げに尋ねる Saki に、彼は鷹揚な頷きで応じた。
「ご心配なく。手筈は整えてあります。」
こちらとしては、それが具体的にどのような脱出方法なのか知りたいのだが、重ねて問うことは躊躇われた。まあ、考えても仕方ない。ケネスの指図なのだから、その辺りは周到に計画されているはず。そう自分に言い聞かせると、Saki は既にだいぶ低い位置まで下りている Rick を追って通路の縁から飛び降りた。
「お目覚めですか、母上。」
意識を取り戻したフィアに、知らぬ声が呼びかけた。誰──? どれくらい眠っていた──? 俯せに倒れた状態から、脚を引き、手を着いて状態を起こす。急げ──。傍らに誰かがいるというこの状況は、緊張せざるを得ない。ままならぬ四肢を引き摺るように動かし、どうにかこうにか岩の上に座した。頭を振り、視界にかかる靄を払う。焦点を結んだ彼女の瞳が捉えたのは、裸の女の姿だった。雪のように白い肌に、燃えるような赤髪。身に着けているものといえば唯一、鋼玉のサークレットのみ。あれは、あの頭骨に掛けられていたもののはず。──そう思い、手を伸ばして探るが、それを包んでいた布以外に触れるものはなし。頭骨の在処は気になるが、しかし目の前の女から視線を外すことができない。あの肉塊が、「これ」になったというのか。慄くフィアに、赤髪の女は威厳のある、しかし存外に優しい口調で語りかけた。
「何者かは知らぬが、感謝する。この狼の女王を、現世に呼び戻したことは、そなたにとって輝かしい功績となろう。」
──狼の女王。あの頭骨を売り込んできた行商が口にした名だ。曰く、彼方の地において広大な領土を支配する皇帝の血筋に連なる者だという。なるほど、この尊大な物言いは如何にも皇族に似つかわしい。
「ときに、何故に私を蘇らせた。目的あってのことであろう。魂を縛り、その意のままに使役しようとでも? 言葉により召還され、血によって縛られる──だったか。」
そうではない。私が貴女に望むのは──。胸元を押さえて、大きく息を吸う。乱れる鼓動を宥めながら、喉の奥から声を絞り出す。
「ただひとつ、お願いしたき仕儀ありて御身に再誕を願いました。ですが、その前に──。」
そこでフィアは姿勢を正し、深々と頭を垂れた。
「私は死衾の乙女、フィアと申します。尊き御方よ、その輝かしき御名をお聞かせください。」
女は口元に手を添え、何かを考えるような仕草を見せた。
「古き名はかの地の記憶と共に捨て去った。皇帝の威光の及ばぬこの地では、新たな名において覇を成すのだ。──卑劣な策謀により亡き者とされた息の名に因み、我は自らを Uriela と称しよう。そなたには、この名を最初に口にする栄誉を与える。さあ、我を呼ぶがよい。」
なんという傲慢。だが、構いはしない。あの御方の守りとして役立つのならば、品性など考慮の外。せいぜい煽て上げ、その気にさせるが上策だろう。
「ありがとうございます、Uriela 様。この婢の願いを聞き届けてくださるのならば、御身への信義は一層篤いものとなりましょう。」
「よかろう。申してみよ、その願いとやらを。」
滑り出しは順調。だが、この女は野心が強すぎる。当面はあの御方については伏せておく必要がありそうだ。権謀の渦中を生きてきたこの女が、こちらの企みに感づいていないとは考えにくい。だから、小さな秘密を囮としてちらつかせておく。こちらの手の内が読めているという優越感が生む隙を利用するのだ。
「この狭間の地は現在、黄金樹とそれに連なる勢力によって支配されています。生命の不滅こそが至上。死は穢れとして遠ざけらるべきものであると。しかしながら、その律のもとでは、望まずして死に触れてしまった者たちに行き場はありません。我々は、そうした者たちが王を戴き救われる道を模索しております。」
行商の話によれば、彼女はかつて帝位を求めて反乱を起こしている。時の権力に不満を抱く周辺諸国と結び、更には死霊術を用いて不死者の軍団を生み出して、帝都へ侵攻したという。その反乱は最終的に鎮圧されたものの、反抗勢力の攻撃は帝国を崩壊寸前にまで追い込んだと評する史家は少なくない。とりわけフィアが着目したのは、彼女の死霊術の才、それが生み出す「不死者の軍団」だった。
「愚かな。死がなければ、生の意味も失われよう。」
こちらの事情がどれほど伝わったかは定かではないが、Uriera の心情はこちらへ傾いたようだ。そのように話したのだから、当然ではあるが。死霊術──死者を使役する魔術を得意とする彼女にとって、死を否定する律は受け入れ難いものだろう、という読みは当たった。
「よろしい。ひとつ、この地の者どもの蒙を啓いてやるとしよう。──無論、私のやり方でな。」
狼の女王が口の端に酷薄な笑みを浮かべる。フィアは諸々の思惑をその胸の内に仕舞うと、再び伏して恭順の意を示した。
ストームヴィル城──地下。一面に白骨が散乱する中、Saki と Rick は時折襲い来るネズミたちを撃退しつつ、「墓地」目指して進んでいた。見上げる空は遠く、届く光はごく弱い。そして、先ほどから気になっているのは──壁や床を這う黒い茨。
「これ、『死の根』ですよね。」
それらを指差して訊ねると、Rick は硬い表情で頷いた。
「これが、今回同行を願った理由です。ケネス殿によれば、貴公はこの種の現象について詳しいと。」
いや、別に詳しくはないのだが──と Saki は思う。各地の地下墓で目にするこの不気味な物体について折に触れて調べていたことで、周囲からそのような誤解を受けているようだ。──おまえ、こういう話好きだろ? ネフェリからこの件について非公式な打診を受けた際にもそう言われたのだった。けれども、自分の知識が皆の役に立つのならばと思い直す。
「ストームヴィルでは、この根による被害が出ているんですか?」
「土中や石組みを抜けて地上に突き出してきた根を踏み抜くなどして、これまでに3名の兵が脚の切断を余儀なくされています。」
存外に深刻な事態だ。切断が間に合わなければ、根は全身を蝕み、死に至る。そして更には、被害者の骸を苗床として新たな根が芽吹くのだ。
「いっそ、油を撒いて火を点けちゃうとか。」
見回しながら呟いた彼女に、Rick は呆れたような顔を向ける。
「城の真下を火の海にするなど、危険極まりない。先程たどってきた建物の残骸を伝って、炎が上がってくるかもしれません。それになにより──この根はやたらと熱に強いのです。」
彼らが実験したところ、火に晒された根の表面は急速に炭化して硬質の殻となり、内部に熱が伝わるのを防ぐのだという。幾人かの兵を投入して「伐採」を試みたこともあるが、根は地中深くを通って表れているため取り切れるはずもなく、作業そのものにも危険が伴うため、すぐに取り止めとなったそうだ。さらに、集めた根をどうするか、という問題もある。前述の通り燃やすことはできず、かといってその辺りに積み重ねておけば、そこからまた広がっていってしまう。幸い、水中に沈めておくことでその伸びを抑制できることがわかり、伐採した分は研究資料も兼ねて水槽に保管されているのだと彼は語った。聞けば聞くほど、厄介な代物である。
「うーん、私なんかでお役に立てるかなあ?」
この方面の専門家のように喧伝されてしまっているだけに、解決に寄与できないとなると大きく失望させてしまうことになるのではないか。そう危惧する Saki の肩を、Rick がぽんと叩いた。
「長年に渡る問題が一朝一夕に解決するなどという期待はしておりませんよ。我らが──少なくとも私が貴公に期待するのは、独自の視点からこの問題を観察すること。無論、それが新たな知見をもたらしてくれるならば、それに越したことはありませんが。」
そう言ってもらえると、少しは気が楽になる。人情の機微に通じた男だ。隊内での人望も厚いのではないか。
「とにかく、話は最奥まで行きついてからとしましょう。あの "顔" にこそ、死の根の秘密があるように思われるのです。」
互いに頷き合った後、二人は墓地へ続く斜面を滑り降りていった。
「そういえば、ここへ来る途中、飛び梁の上を歩いてきましたよね?」
「ええ──それが何か?」
唐突な問いに、Rick は怪訝な視線を投げ返してきた。前段を省略してしまったことに気付き、Saki は慌てて補足する。
「あの梁は対岸の構造物──礼拝道のある区画へ向けて架けられていました。つまり、建築された順序からいうと、遺棄された区画の方が新しいわけです。」
「なるほど。建物の重量を支える構造物の方が先に存在していなければならない、という理屈ですね。」
その通り、と Saki は頷く。さて、要点はここからだ。
「私は最初、この地下空間は城と繋がっていなかったと考えたんです。ある時、崩落が起きて突如大穴が出現した、というわけですね。」
「──そうではない、と?」
意外な反応だ。彼個人は知らずとも、城にはそうした記録が残されているのではないだろうか。だが、そうした資料が戦乱の中で失われやすいことも確かだ。
「あの建物は明らかに、この地下と地上の往来を想定して造られたものです。あるいはこのストームヴィル城が築かれたときから存在しているのかもしれません。」
「墓地に死の根が芽吹いたためにあの区画は遺棄されたというわけですか。」
だとすれば、それは『陰謀の夜』の後ということになる。ただし、半神『ゴッドウィン』の肉体が埋葬されたという黄金樹の根本は、ここストームヴィルからは相当に遠い。詳細な時期を特定するのは難しいだろう。
「以前は『嵐の麓の地下墓』と繋がっていた、なんてことはないでしょうか?」
「検討なしに確かなことは言えませんが、個人的な見解としては──否、ですな。件の地下墓は、ここから南東へかなり離れている。仮にそちらと繋がっているとすれば、そこらの坑道とは比較にならぬほど長大な連絡路が必要となるでしょう。まあ、深さ──鉛直方向の位置で考えれば、かなり近いように思えますが。」
そんなことを話しながら歩いているうち、不意に視界が開け、目の前にあの「顔」が現れた。死の根が作った大きな節──といった風合いである。だが、こうして近くで観察すると、確かに顔──ふたつの目と鼻を備えている──ではあるものの、凡そ人あるいは神のそれには見えない。これに近い顔をした生き物は、と考えても見たが、思い当たるものはなかった。
「ゴッドウィンって、こんな顔だったんですか?」
「黄金の髪をなびかせた美丈夫と伝えられています。」
ではこれは、今なお生きているとされるゴッドウィンの肉体から生じたものではないのだろうか。もしくは──何かが混ざっている?
「現れました。死を厭い、律の傷に触れた者を憎む神の徒が。」
不意に響いた声に、二人は反射的に身構える。見れば、いつの間にか「顔」の横──肩にあたる部分に女が腰掛けていた。
「何者だ!? 何処から入り込んだ!?」
Rick が声荒く誰何する。しかし、Saki はその女に見覚えがあった。円卓の一室に佇み、訪れる褪せ人たちに淫靡な誘いをかけていた人物だ。──英雄様、ほんの一時、私に抱かれてくれませんか。余りにも胡散臭いため近寄らぬようにしていたが、そのうちに姿を見なくなった。名は確か──そう、フィアといったはず。そこへ、また別の声が響く。
「承知した。手始めにこやつらを、我が不死の軍団に加えてやることとしよう。」
その女は、フィアの背後の闇から滲み出るように現れた。金糸で彩られた灰色のローブ。髪と瞳は燃えるように紅い。だが、相対する者の心に何より強く刻まれるのは、そのこけた頬に浮かぶ笑みの底知れぬ酷薄さだった。
赤髪の女が左手を頭上に掲げ、指を弾く。その音と共に、青白い光の輪が地面を滑るように拡がった。──何をするつもり? Saki は周囲に警戒の視線を走らせる。Rick は既に大剣を抜き、女とフィアの側面に向かって回り込んでいた。不意に周囲から、からからと乾いた音が立つ。一箇所からではない。──まずい、取り囲まれている。次の瞬間には、そこかしこで一斉に骸骨たちが立ち上がった。その数──概算にして二十。
「噓でしょう!?」
Rick が駆け寄ってきて、Saki の背後で構えを取る。さすがは軍人、判断が迅い。そう感心しながらも、意識の大部分は彼我の戦力差について考えていた。この数は厄介であるが、骸骨単体はそれほどの強さではない。二人で連携すれば切り抜けられるのではないか。聖印を握る右手を胸の高さに持ち上げ、詠唱を開始する。
「おや、この程度では戦意を失わぬか。ならば、これではどうだ?」
女が再び指を鳴らすと、それを合図としたかのように二人を囲む輪の外で更に二十体ほどの骸骨が立ち上がった。馬鹿な──とSaki は驚愕する。『ティビアの呼び船』や地下墓に潜む『死霊術師』たち──死者を使役する術の使い手と相対するのは初めてではない。しかし、それぞれの術者が操る骸の数は五体がせいぜいだった。放出される魔力量あるいは繰りに要する集中力が、自ずとそのあたりに限界を定めるのだろう。それなのに、あの女は同時に四十もの骸骨を起き上がらせている。複数の術師による偽装の可能性を疑い周囲に目を走らせるが、明らかに人が隠れる余地はない。──掛け値なしの化け物。仮にこの骸骨たちをすべて片付けたとして、あれをどうにかできるだろうか。
──『長弓』! 新たに立ち上がった骸骨どもが手にする得物を見た瞬間、Rick は己の体から血の気が引くのを感じた。このままでは狙い撃ちにされる。彼は弾かれたように駆け、大剣で前列の敵を薙ぎ払った。小気味良い音を立てて骨片が弾け飛ぶ。この一振りは三体の敵を倒したが、彼の狙いはさらにその先──後列の射手に据えられていた。矢が放たれる前に、一体でも多く──。Saki もまた、その背後で動き出していた。
『黒炎』を叩きつけて前衛を吹き飛ばし、囲いの外へ。弓を構える骸骨を飛び蹴りで倒し、そこから向きを変えて横手へ走った。軋む骸たちに追われながら懸命に戦う二人だったが、数の不利は大きい。「死に生きる者」たちは一度倒れても、その急所──大抵は胸骨の裏に位置する魔力の作用点──を打たれない限り、十数秒ほどで再び起き上がってしまう。Rick も Saki も各々数体の骸骨を倒しているのだが、直後に横合いから振り出される曲刀や、さらに奥から跳んでくる矢のために止めの機会を逸し、敵の数を減らすことができずにいた。となれば、「指揮官」を直接叩きに行きたいところではあるが、当然のことながらそちらは敵の密度も高い。見れば、あの女がこちらを見て笑っているではないか。その下卑た表情に、Saki は見覚えがあった。家臣に獲物を追い立てさせる貴族が浮かべる、あの驕慢の笑みだ。
「──ふざけやがって。」
湧き上がる怒りが、先刻ちらと思い浮かぶも危険が過ぎると即座に退けた策へと彼女を引き戻す。既に最悪のこの状況で、恐れる危険などあるものか。生き延びるには──そして、あの女に吠え面をかかせてやるには、この方法しかない。踵を返し、地を蹴る。
「邪魔だッ!」
Saki は道具入れの中にひとつだけ残っていた『聖水壺』を取り出し、立ちはだかる敵に投げつけた。砕け散らばる骸骨の破片を蹴散らし、その先に地面に『雷の槍』を突き刺す。──出て来い。いるのは分かっているんだ。
閃光と轟音が、その場にいたすべての者の動きを止めた。『シミター』を振るって Rick と斬り結んでいた骸骨はおろか、後方で弓を構えていた者たちまでもが、弦を引く手を力なく下ろし異変の方向を見つめている。少し離れた場所からこの「狩り」の様を眺めていた死霊術師の女、その隣に控えるフィア──そして Rick も例外も例外ではない。──いったい、何が? 唐突に訪れた静寂の中、彼は状況の理解に努めるが、思うように頭が働かない。Saki が立ち尽くす骸骨たちの間を抜けてこちらへ走ってくる。
「早く! 向こうへ!」
彼女に腕を引っ張られたことで、彼の脚はようやく動くことを思い出した。しかし、まだ言葉は出ない。この動きに気付いた赤髪の女が鋭く叫ぶ。
「何をしている!? 追え! 逃がすな!」
その声に打たれた骸骨たちが一斉に動き出したが、直後に生じた振動に再びその足が止まる。次第に大きくなる揺れと音。
「これは──?」
「いいから走って!」
次の瞬間、後方で地面が弾け、そこから黄金色の炎が吹き上がった。同時に、巨大な生き物が姿を現す。あれは──『化身』か? いや、奴らが各地にある小黄金樹から離れることはないはずだ。振り返りながら走る Rick に苛立つ Saki が一層に強く彼の腕を引く 。
「あれは『樹霊』です! 早く離れないと私たちも──!」
その言葉を裏付けるように、木の根の塊のようなその生き物は全身を弾ませ周囲を薙ぎ払い始めた。相対する骸骨どもが、成す術もなく叩き潰されていく。この狭い空間であの巨体に暴れ回られては、復活のための時間も稼ぎようがないだろう。ようやく状況に理解が追いつく。なんという無茶を。──しかし、他に方法はあったのかと考えても回答は出ない。今はとにかく、この場所から抜けださなければ。Rick は上方に微かに覗く空を見上げ、方角を確認する。
「こちらへ。」
Saki を誘導し、南西へと走る。目指すは、ケネスに指示された脱出地点だ。
土中より突如現れた怪物に蹂躙される死者の兵団。放心から立ち戻った Uriela は憤懣に満ちた声を発した。
「何なのだ、あれは!?」
「黄金樹が自らを守ろうとする意志が具現化したもの。従って、あれもまた我らにとっての敵対者ということになります。」
死衾の乙女はそこで、くすりと笑う。聞こえるか否か、ぎりぎりの声量で。だが、その視線にはあからさまな侮蔑と挑発が込められていた。
「麾下の軍団には少々荷が重い──ようにお見受けしますが。」
Uriela は怒りに燃える目でフィア睨み返し、右手を振り払いならが叫ぶ。
「この場の骸どもは貧弱すぎて役に立たん! 悪霊──いや、災禍級の駒が手元にあれば、造作もなく仕留めておるものを!」
「如何にも。──とは言え、無いものを強請っても詮無きこと。ここは退くのが賢明かと。」
その言に、女王の瞳は一層激しく燃え上がった。
「侮ってくれるなよ、小娘! この戦──新生した私の初陣に、負けなど許されぬのだ!」
「なればこそ──」
フィアの甘い声音が、その矛先を包みにかかる。幼子の癇癪を宥めるように柔らかく、優しく。
「この世に戻られて間もない御身には、力の蓄えが必要なのです。一時の撤退は負けではありません。捲土重来を期す──ということで、ここはひとつ。」
数秒の逡巡の後、Uriera は顎先を僅かに上げ、厳かに宣する。
「よかろう。この戦の勝敗は預けておいてやる。」
立ち上がり、おもむろに両腕を広げるフィア。二人の女の姿が闇に溶けるように消えていく。同時に、未だ倒されず樹齢を囲んで奮戦していた骸たちは一斉に元の意思なき白骨へと戻り、地面に散乱して動かなくなった。
目的地へと辿り着いた Rick は辺りを見回す。この位置に、城内へ戻るための縄梯子が降ろされているはず──なのだが、それは何処にも見当たらない。場所を間違えたか、あるいは上で不測の事態が生じているのか。遅れて Saki が追いついてきたが、走り方がおかしい。
「もしや、負傷なされたのか?」
「ええ、ちょっと。」
彼女の額には大粒の汗が浮かんでいた。相当な痛みを堪えているようだ。だが、彼女の脚に目立つ異状はない。
「いったい、何処を?」
その問いに、Saki の視線が泳ぐ。
「ええっと、その──大変申し上げにくいんですが──お尻、に矢を受けてしまいまして。」
──尻? 見れば確かに、歩行に合わせて突き立った矢の筈がひょこひょこと動いている。
「ちょっと見せてみろ──いや、拝見してよろしいか。」
相手が女性ということもあって多少の気後れを感じぬでもないが、そんなことに構っていられる状況ではない。Saki もそれを承知しているようで、すぐにこちらに背を向けて『ノクス僧の足甲』のスカート部分を捲り上げる。傷部を覗き込んだ Rick は安堵の息を漏らした。傷は浅く、その位置も骨や腱からは遠い。
「かすり傷の範疇だ。鏃に返しはないようだから、抜いてしまおう。」
「ええ? それって痛いんじゃ──ああッ!」
Saki の返事を待たず、矢は抜かれてしまっていた。血の付いた矢が地面に転がる。
「いきなりなんて──そんな、乱暴な──。」
「時間なき故。矢が抜けた今なら、『回復』で傷を塞ぐこともできるだろう。」
そう言って、Rick は頭上を指す。釣られて視線を上げると、縄梯子が心許なく揺れながら、あと5メートルといった位置まで降りてきていた。見ている間にも少しずつ、じりじりと下がってきている。
「負傷した脚では──尻の傷でも、これを上っていくのは難しい。」
「そうですね。早く治しちゃいましょう──え? あれ?」
聖印を振りながら、Saki は首を傾げる。何をやっているのだ? 遊んでいる場合はないことは分かっているだろうに。
「ごめんなさい。集中力切れちゃってるみたいです。」
「なん──ですと?」
激しく暴れていた樹霊の動きが止まった。骸骨どもがすべて倒れたようだ。他に敵はいないか探るような動きを見せている。ここからはだいぶ距離があるが、いつ気付かれてもおかしくはない。Rick はサーコートを留めていた革のベルトを抜き取り Saki に渡す。
「これで身体を固定するように。」
彼が2メートルほどの高さまで降りてきた縄梯子を掴んで二度引くと、降下が止まった。上方から声が聞こえてくる。
「いいぞ、上がってこい。」
だが、返事をするわけにはいかない。大声を出せば、樹霊に感づかれてしまう。Saki に待機を指示し、Rick は縄梯子を上っていく。見上げる彼の姿は、差し込む光の中に紛れすぐ見えなくなった。
言われた通り、Saki はベルトで梯子の桟と自分の腰を結ぶ。彼が登って行ってから、おそらく二分と経ってはいないだろう。だが、待つ身にはそれが半刻にも感じられた。どれほどの効果があるものかわからないが息を殺し、樹霊の方を凝視する。屈んだ方が見つかりにくいのかも知れないが、縄梯子に体を固定しているためそれは叶わない。お願いだから、そのまま地面の下に帰って。その時、ずいと身体が持ち上がるのを感じた。足先が地面から離れる。縄梯子が引き上げられ始めたのだ。しかし、その速度は遅い。三秒ほどの間隔で少しずつ上方へ移動していく。縄梯子は激しく揺れ、Saki は懸命にしがみ付く。前後左右の振れはともかく、捻じれの動きで外側へ引っ張られるのが怖かった。その揺れを反映して、地面に落ちる影が大きな動きを示す。それを敵と認識した樹霊が、猛烈な勢いでこちらへ突っ込んでくる。
「早く上げて──っ!」
その絶叫を受けてか、縄梯子の引きが心持ち早まった。巨体が足元を通過して岩壁に激突する。振動。降り注ぐ土砂。眼下で暴れ狂う怪物を尻目に、Saki の身体は暗闇を抜け、陽の当たる高さまで到達した。そこからさらに一分ほどで、穴の上に突き出た足場が見えてくる。Rick に抱きかかえられるようにして梯子を降りたところで、緊張の糸が切れた。ぺたんと座り込み、大きな溜息を吐く。
「もう駄目かと──思いましたよ。」
「ああ、こっちも死にもの狂いだった。」
Rick が Saki と縄梯子を結び付けていたベルトを解く。気が付くともう一人、男が大の字になって寝そべっていた。初老──髪も髭も真白く、いずれも伸ばし放題、といった感じだ。切れ切れの息の合間で、何やら不満を述べ立てている。
「50メートルって──言われたのに────、いざ降ろしてみりゃ──追加で──15メートルも──綯わされてよ。──しかも、人を──ぶらさげたまんま──引き上げろと──きたもんだ。──本当──常識、ねえのかよ。」
「ええっと、どちら様で?」
喘いでいる相手に答えさせるのも悪いと思い、隣で腰を伸ばしている Rick に尋ねた。
「ケネス殿が手配した "渡し屋" らしい。名は聞いていない。」
そんな遣り取りの傍ら、男はむくりと上体を起こしたが勢いが足らず再び仰向けに倒れる。そして顔だけをこちらに向け、不服気な表情で言い放った。
「Gilligan 様だ。覚えておけ、青二才──と、嬢ちゃん。」
「つまり、今のところ打つ手はなし──ということか。」
本件の顛末を聞いたネフェリが小さく嘆息する。
「申し訳ございません。次は手勢を整え、万全を期して調査に赴きます。」
「いや、それには及ばぬ。貴公はよくやってくれた。──次の手を考えるのは我らの役目だ。正体不明の死霊術師の件も含めてな。」
畏まる Rick に労いの言葉をかける王。その傍らに控えていたケネスが続きを引き取る。
「それに、収穫が皆無というわけでもない。Saki 殿が掴んだという、死の根の弱点に関する知見は大きい。」
「はい。Saki 殿が申すところによれば──私も立ち合い、この目で見たのですが、祈祷『黒炎』は普通の炎とは異なり、死の根を焼く力があるようです。ただ、それだけで城の地下に蔓延したものをすべて焼き払えるほどではありませんが。」
窓から墓地を望む大穴を見下ろしながら、ネフェリは呟く。
「神狩りの祈祷──か。確かに、死の根が半神ゴッドウィンの肉体から生じたものであれば、それが黒炎によって滅されるのも道理だな。」
しかし、ケネスは首を横に振る。
「ひとつの仮説として検討する価値はある。しかし、その前に確かめなければならないことが山積みだ。あれが本当にゴッドウィンから生じたものなのか。──事実であるかのように語られてはいるが、いずれも伝承あるいは噂の域を出ない。また、黒炎では駆除しきれないとなると、更に強力な種火が必要となるだろうが、そのようなものが存在するのか。仮に存在するとして、それは我々に扱い得るものなのか。──例えばそれは、"狂い火" のように危険なものかも知れない。」
「そうだな。当面は墓地の封鎖をより厳重なものとして、調査を続けることになるだろうな。」
一礼して退出しようとした Rick は、ケネスに引き留められた。
「貴公の所感を聞かせてもらいたいのだが──此度同行してもらった Saki 殿は、どのような人物であったか?」
なんとも奇妙な問いだ──と思いネフェリの方を見遣る。しかし彼女は何も言わず、たた頷くのみ。遠慮は無用、ということらしい。
「総じて信頼に足る者であると考えます。言うまでもなく、祈祷は強力。剣の腕前も並みの兵に引けを取りません。しかし、何より評価すべきはその判断力です。あの年回りの少女らしい感情の揺れはあるものの、概ね的確であり、かつ迅速です。さすがは──」
そこまで述べたところで、厳しい表情で聞いていた王が突然噴き出した。
「少女、ときたか。いったい貴公には、あれが幾つに見えているのやら。」
意表を突く問いに、思考が止まる。そもそも、ネフェリ自身が未だ成年手前という若さであり、Saki はそれより更に幼く見える。王の友人たる彼女を「子供」と言い表すことは控えたが、そう呼んでも差し支えない程度には──。
「あいつは私よりずっと年長だ。六つは離れているかな。対等な目線で話してはくれているが、私としてはどこか "姉" のように感じている部分もある。──おっと、本人には言ってくれるなよ?」
傾いた陽の中を、Saki は考えつつ歩いている。死の根についてはまだ情報が足りない。どこで調べるべきだろうか。円卓ならば、ギデオンに尋ねるのが手っ取り早いだろうが、それは最終手段としておきたい。死の根を集めて喰らっている司祭グラングならば何か知っているかもしれないが、彼と意思の疎通が図れるかは甚だ疑問だ。他に博識な人物と言えば──と思いめぐらせたところで、脳裏に白衣が翻る。そうだ、Vienna さんなら役立つ助言をくれるだろう。そうと決まれば行動あるのみだ。さざめく草の波を分けて北を目指す彼女の背を、狭間の夕陽が静かに見送っていた。
第23話『褪せ人 Ramo と流水の剣』投稿予定: 2026-10-11 朝