褪せ人 Ramo と Saki の物語   作:Skinny Slaver

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火山館を訪れ Ramo と再会した Saki は、助けを求める何者かの声を聞く。

Ramo と Saki が再会します。テーマは「外なる神とやらがどれも信用できない件」。


褪せ人 Saki と迷える蛇

リムグレイブ、曇り川の洞窟。Saki of Astora はここを拠点として "商い" をしている男、フーテンのパッチのもとを訪れていた。

「──そいつら、まだ活動を続けてると思うんだ。あんたも出歩くときは気を付けて。」

ここへ来た目的のひとつは、半ば腐れ縁となったこの男に、彼女が先日遭遇した「褪せ人狩り」に対する警戒を促すことだった。

「ご忠告どうも。親切ついでに何か買っていっちゃどうだい?」

陳列した商品を示しつつ、疑わし気な目をこちらに向ける。パッチはその誠実とは言えない "商い" により、方々に敵を作っていた。そんな自分を気遣う人間がいるはずがない。これは何か裏がある。──彼の目からはそんな猜疑が見て取れた。もちろん、Saki もただそのために来たわけではない。

「あんたの所で買うとロクなことにならないからなあ。」

「バカ言っちゃいけねえ。ここ以上に確実なところはないぜ。」

 

これっぽっちも買うつもりのない商品の前から腰を上げる。

「ところで、火山館について何か聞いてない? 今度調べに行こうと思ってるんだけど。」

それを聞いた瞬間、パッチの目に浮かんだ戸惑いの色を、Saki は見逃さなかった。

「あそこに集まってた連中が皆出て行っちまったのは知ってるだろ? 残ってんのは蛇人どもだけ。行くだけ無駄だと思うがね。」

「そう、ありがとう。じゃあね。」

何か知ってはいるようだが、ここで訊ねても何も話さないだろう。そう判断して立ち去ろうとした彼女の背に、パッチが声を掛けた。

「ああ、待ってくれ。もし火山館に行くなら──」

意外な言葉に振り返ると、パッチは何か思案している様子だ。

「何? 頼まれごとなら引き受けてもいいよ?」

取っておきの営業スマイルで応じたが、彼は首を横に振った。

「いや、何でもない。忘れてくれ。」

 

 

火山館のエントランスは静まり返っていた。随所に薄く積もった埃や空気の淀みが、人の出入りが絶えて久しいことを物語っている。

「やっぱり誰か連れてくればよかった。」

例の褪せ人狩りを Saki と共に切り抜けた友人、ネフェリ・ルーに同行を求めてはみたが、彼女は現在拠無い事情でリムグレイブを離れることができないという。現場となったモーン上に乗り込み彼女らを助けてくれたケネス・ハイトに相談しようかとも思ったが、これ以上の手間と心労をかけることは躊躇われた。円卓には他にこうしたことを頼める相手はいない。私って、実は人望ないのかも。そんなことを思いつつ上階の食堂、下階の客間と見て回ったが、やはり人の気配はない。奥へ入れそうな場所を求め客間の向かいに並ぶ個室を順に改めていたところ、最後のひとつにそれはあった。

 

入り口のドアと向き合う壁が一部崩れ、その奥にここまでに目にしてきた内装とは明らかに異なる石造りの通路が伸びている。補修されず放置されているということは、この壁が崩されたのは館が無人になった後ないしその直前であろう、と推測できた。覗き込んで様子を伺う限り敵の気配はないが、明らかに「隠されていた」通路だ。意を決して踏み入れ、慎重に歩を進めていく。いくつかの曲がり角、階段、小部屋を通り過ぎるその途中に「結晶つむり」の死骸が転がっていた。付近の床や壁に飛び散った奴らの白い血はまだ乾ききっておらず、これらを倒した者との距離がそれほど遠くないことを示唆している。足音を殺し、階段を上っていく。前方から微かな空気の流れ──出口が近い。その向こうから男の声が聞こえてきた。

 

「──指巫女を連れているのを見たことあるか?」

知らぬ男の声。誰かと話しているようだ。

「いや、ない。」

応じたもう一人の男の声には聞き覚えがあった。胸の高鳴りを抑えつつ階段を上り切ると、礼拝堂に出た。聖卓の陰に身を潜め、様子を伺う。そこにいたのは果たして、以前ここゲルミア火山で敵に囲まれた Saki を救った侍、Ramo だった。続いてその相手方に向けた彼女の目が見開かれる。意外なことに、そちらも彼女が知る人物だった。先の事件で彼女らを襲った背律者たち、その頭目たる男。これはいったい──? 予想だにしない状況を前に、Saki は己の身が強張るのを感じていた。

 

 

「俺たちは気に入らんのさ。黄金樹も、円卓も、二本指も──そして、大いなる意志とやらもな。」

男は大仰な身振りを交えてそう語った。

「だから火山館の活動にも加わったんだ──いっときは。だが、連中のやり方は手緩すぎた。」

彼はこちらが話を聞いていることを確認すると、先を続ける。

「"黄金樹に弓引く" というお題目はご立派だ。だが、実際にやっていることはチマチマした褪せ人狩り。末端の下働き、それも際限なく補充される連中を屠って回ったところで、それがいったい何になる?」

道理だ、と思ったが、口には出さない。

「実際、王都ローデイルも近年は火山館を放置していた。火山館の活動は黄金樹勢力にとってもはや障害とは呼べないものになっていたわけだ。大いなる意志は、円卓に褪せ人を呼び寄せてデミゴッドが持つ大ルーンを集めさせてはいるが、実のところまったく期待などしていない。」

「何故それが分かる?」

Ramo が挟んだ問いに、男は肩をすくめて見せる。

「あんたもこの狭間の地に来たときに聞かされただろう。褪せ人には二本指の導きを伝える存在、指巫女が付き従う。だが、おまえは "巫女なし" だ──と。」

そうだ。それ故に彼は「巫女の代わりを務める」と申し出てきた謎の少女と契約して、ここまでの道を進んできた。

「だがな、あんたは他の褪せ人が指巫女を連れているのを見たことがあるか?」

「いや、ない。」

円卓に集う面々も、道中で出会った褪せ人たちも、誰一人として巫女を伴ってはいなかった。

「いまや二本指は、褪せ人に案内役をつけるという最低限の支援すら打ち切っている。要するに、褪せ人を王の座に就ける気など更々ない、というわけだ。」

なるほど、話の筋は通っている。

「それで──Aurun と言ったか、俺を呼び出したのはその愚痴を聞かせるためか?」

その言葉に男は苦笑で応じた。

「そう慌てるな。本題はここからだ。俺たちは火山館の "反逆ごっこ" を離脱し、現実に黄金樹勢力──とりあえずは円卓だな──を討つための活動を開始した。」

 

ここで男は Ramo に笑いかけた。

「だが、正直なところまったく人手が足りない。純粋な戦闘力だけでいっても、アルター高原に至る実力の持ち主にぶつけるにはやや不足。あれこれと周りくどい手筈を整えてようやっと、といったところだ。」

どこまでが本当だろうか。立ち居振る舞いからして、この Aurun は相当な技量の持ち主だ。自分と戦ったなら──と考えたところで、些か先走りが過ぎると己を戒める。

「だが Ramo さん、この火山館の首領ライカードを斃したあんたの腕なら不足はない。是非に我々に力を貸してほしい。」

「そういうことか。」

考え込む様子を見せる Ramo だったが、彼らに与するつもりは毛頭ない。考えていたのはいかに体よくこの誘いを断るかだった。ここまで明かした以上、協力が得られないとなれば、奴はこちらを殺しにかかるだろう。できれば戦闘は避けたい。Aurun はさらに畳みかける。

「情けないことに、先日も標的の女二人を相手に四人で掛かって退けられてしまってな。力添えを頂けるなら、相応に報いる用意がある。」

 

 

そのとき、礼拝堂に女の声が響いた。

「そうね。あの程度の実力じゃ、展望は明るくない。」

突然の事態に身構える相手に、Saki は自分の頬に指を当てながら微笑んでみせる。

「その女二人の片割れ、こんな顔じゃなかった?」

「──おまえは!」

次いで、彼女は驚愕の表情でこちらを凝視する Ramo に向き直り、好相を崩した。

「お久しぶりです。お元気そうで何より。」

短い沈黙が場を支配した。

「──成程、一度襲った相手のお友達とあっては、勧誘は諦めざるを得んな。」

苦々しい顔で呟く Aurun に Ramo が応じる。

「そういうことになる。疾く去ぬるがいい。」

己の不利を察し、片手を上げて戦意のないことを示す Aurun。

「あんたに興味深々なうちの紅一点がさぞ残念がるだろう。まあ、そちらのお嬢さんと引き較べられては可哀想だ。」

そう言い残して、男は礼拝堂を去った。

 


 

「──そんなことが。」

Aurun 率いる背律者集団との顛末を聞いた Ramo は嘆息した。

「ここへは連中の背景を調べるために来たんだけど、まさか本人と出くわすなんてね。」

礼拝堂を出た二人が歩く道からは、半ば溶岩に沈んだ街の残骸が見えている。

「Ramo さんを引き入れようとしてたってことは、まだ褪せ人狩りを止めてはいないってことだよね。懲りない奴らだなあ。」

左の掌を右の拳で叩いてみせながら言う。

「二対一だったし、あそこでとっちめてやればよかったかな。」

「いや、あの男はかなりの手練れ。戦えば双方無事では済まなかっただろう。」

そこで不意に Saki が足を止めた。

「ねえ、もし私があそこにいなかったら──、勧誘に応じてた?」

そう問いかける彼女の瑠璃色の瞳に、不安の影が滲んでいる。それを気にしていたのか。思わず漏れそうなった失笑を危ういところで抑えながらも、偽りなく率直に応じる。

「否。あのときはただ、穏便に引き取ってもらう方法を必死に考えていた故──」

そこで Ramo は微笑んでみせた。

「あそこで Saki 殿が来てくれて、本当に助かった。」

それを聞いた彼女の顔に安堵と歓喜が広がるのが見て取れた。まるで、雲に隠れていた太陽の輝きが戻る瞬間のように。表情をここまで分かりやすく変化させる人間がいるとは。

 

 

常の明るさを取り戻した Saki は、出会ったときと同じく一方的に話しながら歩いた。

「そこでネフェリちゃんが必殺の──」

そこまで話したところで、彼女は立ち止まり何かを探すように辺りを見回す。

「何か、聞こえません?」

そう言われて Ramo も耳を澄ますが、流れる溶岩が立てる低い唸りの他に聞こえるものはない。

「いや、何も。どのような音が?」

「何かの鳴き声? 子犬とか子猫とかそんな感じの、高くて、細い──。あっちかな?」

彼女は行く手に見える建物、エーグレーの聖堂を指した。

 

Ramo には相変わらず何も聞こえないが、彼女は聖堂に近付くにつれてその声が大きくなっているという。内部に踏み入れたときには、その方向がはっきりと分かるようになっていた。

「本当に聞こえないんですか? この壁の向こうから──」

そう言って、Saki は祭壇の横手にある石壁に手をつく。言われるままに近付いてみると、確かにその石組みの隙間から空気が漏れ出ているのが感じられた。Ramo は『ダガー』を取り出して漆喰を剥がしにかかる。五十回ほど打ち込んだところで衝撃が内部まで達したらしく、壁の一部が崩れその奥に続く空間が姿を現した。聞こえてくる声はさらに大きくなり、それが帯びる強い悲哀が Saki の胸を締めつける。堪らず飛び込もうとする彼女を Ramo が制した。

「中に何があるか分からない。自分が先を行こう。」

聖堂に隠された闇は底知れず深く、その内からはわずかな光さえも漏れ出てはいなかった。

 

 

『ランタン』の光に内部の異様な光景が浮かび上がった。床は白い半透明の膜状の破片で埋め尽くされ、彼らの歩行が巻き起こす風に舞い上がる。柱や調度品のために見通しは悪い。

「声が反響して正確な位置がわからない。」

Saki が今にも泣き出しそうな顔でそう訴えた。

「手分けして探そう。Saki 殿はあちらを。」

それから数分後、ここに至っても何も聞こえてはない Ramo は、しかしそれでも間違いなくそれと分かる "声" の主を見出した。

「Saki 殿、こちらへ。」

そこにあったのは、一人の少女の遺体。年の頃は十代の前半だろう。衣服の類は身に付けておらず、裸体を床の上に投げ出すように俯せに倒れている。 しかし何より目を引くのはその尾骨から伸びた長い尾と、鱗に覆われた下肢。まるで、人間と蛇人を腰の位置で繋ぎ合わせたような。

 

自分にだけ聞こえる声の正体を Saki はようやく理解した。

「これは、死者の声。聖職の修練を積んだ者のみが聞くことのできる、消えゆく者の思念。」

少女の周囲を飛び交う弱々しい光が発する "声" は、もはや言葉として聞き取ることはできなかったが、深い絶望と孤独の感情を虚空へ放出している。Saki は遺体に向かい合うように腰を下ろし、その小さな手を握った。

「──ごめんね。」

面識のある相手ではない。だが、彼女を救えなかったこと、今まで見つけてあげられなかったこと──いずれも自身の咎ではありえないにも関わらず、罪の意識が Saki を苛んでいた。少女の手を取っているのとは反対の手に、懐から取り出した『白のタリスマン』──彼女の故国アストラにおいて聖職を志す女性に与えられる奇跡の触媒──を握る。

「この館は神の家にして、小さき者、弱き者の寄る辺。汝、その御霊を主の身許にて清めんと欲するなら──」

長らく思い出すこともなく、とうに忘れ去ったものと思っていた聖句だったが、淀みなく詠唱できた。最後の一節を唱え終えると、タリスマンを持つ手を少女の手に重ねる。声が止み、少女の身体は白い光に包まれた後、跡形もなく消え失せた。

「それは、祈祷か?」

驚き尋ねる Ramo に、Saki は首を横に振る。

「これは『鎮魂』。迷える死者の魂と、それが残した血肉を神の身許へ送る奇跡。」

タリスマンを仕舞って立ち上がる。

「そう教わったけど、本当に神様のところへ行くのかは──わからない。」

そう言って微笑んだ彼女の顔には一片の輝きもなく、ただただ痛ましかった。

 

 

この場所は "巣" だったのだろう。床に散らばる破片は蛇の抜け殻、羊膜、そして卵の殻だった。見ればあの少女の他にも、手足の生えた小さな蛇の死骸があちらこちらで干からびていた。どれだけの蛇人がここで産み落とされ、そして棄てられたのか。

「火山館の主、半神ライカードは黄金樹の勢に対抗する力を得るために、大蛇にその身を喰らわせたという。」

そう語る Ramo の脳裏にはかつて彼が対峙し、そして仕留めた冒涜の君主の姿があった。

「ライカードの理性はいつしか大蛇の本能に呑まれ、下卑きった貪欲に堕した。」

珍しく饒舌になった Ramo を、Saki は不思議そうに眺める。

「火山館の活動の真の目的は、二本指の手駒たる褪せ人を狩ってその力を削ぐことではなく、褪せ人を狩り力を蓄えた背律者をライカードに喰らわせることにあった。」

「同志よ、とか言って集めた人材を? 本当にろくでもない組織だったんだね。」

火山館に加わるといって消息を絶った褪せ人を、彼女も何人か知っていた。彼らも喰われたのだろうか。

 

「そしてこの "巣" もおそらくは、ライカードの下卑きった貪欲が生み出したもの。」

「どういうこと?」

「他者を喰らってその力を我がものとする。これは普通の人間で言えば食欲にあたるだろう。そして内に力を蓄えれば、生命の理からして繁殖への欲望もいや増す。つまり、その──。」

そこで言い淀んだ彼に、Saki は微笑みで応じた。

「わかるよ。皆まで言わなくても大丈夫。」

「かたじけない。」

Ramo は咳払いを挟んで続ける。

「だが、ライカードそして彼が率いる火山館には黄金樹の祝福は与えられない。」

「黄金樹を擁するローデイルと敵対しているんだから当然に、というわけね。」

「故に、そこで生ずる生命は祝福されず、常の理から外れた姿形を以て産み落とされる。」

それが蛇人たちであり、あの娘であるということか。

「ひどい話。」

「全く以って。」

 

Ramo はそこで言葉を切る。この先を話してもよいものかと躊躇したが、彼女なら大丈夫だという確信があった。

「だが、火山館の連中とて莫迦ではあるまい。いや、莫迦ではあるのだが、ライカードを妄信して蛇の貪欲さが求めるまま、先のない褪せ人狩り、背律者喰いを続けるほどではない──と見込んだわけだ。希望的観測に過ぎないが、そうだと仮定するならば、連中は最終的に黄金樹勢力を壊滅させる何らかの算段を持っていた、という結論が導かれる。」

Saki は感心したように言う。

「なるほど、それなしで褪せ人狩りを続けてたんなら本当のバカだもんね。」

「今日ここへ来たのはそれを探るため。Aurun の呼び出しに応じたのはついでに過ぎない。」

そこまで話したとき、建物全体が激しく震えた。壁に空いた穴から風が吹き込み、床に積もった蛇の殻を巻き上げる。敵の気配を感じ取った二人は外の光を目指して、貪欲が生み出した暗闇を駆け抜けた。

 


 

聖堂に戻った Ramo を出迎えたのは、飛来する火球だった。前方に跳び、際どいところでこれを避ける。素早く構えた彼の目が捉えたのは、限りなく球体に近い巨躯で椅子を蹴散らしながら通路を突進してくる怪物──神肌の貴種の姿だった。右手に巨大な刺剣を構えている。刺突攻撃は発生が早いが、横方向の範囲が狭い。その切っ先とすれ違うように前方へ飛び、そして反撃──。素早く考えをまとめ、相手が仕掛けてくるタイミングを待つ。だが、敵の動作は極度の肥満体を思わせるその外見に反して機敏だった。予想を超えて遠い間合いから、信じ難い速度で繰り出された突きが、Ramo の左脛を貫く。咄嗟に行った前方への跳躍によって胴体を串刺しにされることだけは避けられたが、それでも無視できるダメージではない。

「──不覚!」

Ramo の機動力を削いだことを理解しているのか、奴は構えた刺剣をゆっくりとした動作で目の高さまで持ち上げ、その切っ先をぴたりと彼の胸元に合わせてきた。この決闘用の構えから繰り出される初撃の速度と精度は極めて高く、回避は容易ではない。だが、その構えは背に受けた衝撃によって崩され、次の動作に繋がらなかった。

 

「おいそこのデブ! こっちを見ろ!」

Ramo に続いて聖堂に入ってきた Saki が、怪物の背に『黒炎』を叩き込んだのだった。そして今、彼女は敵の注意を自分に引き付けるため、懸命にがなり立てている。その不意討ちではさしたるダメージも受けず、また罵倒を意に介するような性質でもなかったが、神肌の貴種は自分たちに与えられた「神殺し」の力を宿す黒い炎を使う彼女に興味を引かれたようだった。敵の視線から外れた Ramo は素早く『緋雫の聖杯瓶』を呷り傷を癒やす。これで不利な戦況を仕切り直すことができたが、それでもなお敵は手強い。炎と雷の祈祷は通りが悪く、近接戦を挑めば刺剣の鋭い突きで体力を削られる。

 

その状況を打開すべく相手を観察していた Saki は、おぞましい事実──怪物の纏うフードとローブに「顔」が付いていることに気がついた。人間の皮膚、それも顔の形状を残す部分を縫い合わせて作られた衣服だ。Ramo の斬撃が入るたびに吹き出す黄味がかった液体は犠牲者の脂肪か。そしてさらに──、奴が刺剣を繰るその右腕に装飾品の如く巻き付けているのは、蛇人の革だった。先ほど彼女が弔った半蛇の少女の姿が脳裏に蘇る。

「おまえら命を──なんだと思ってるんだ!」

握りしめた拳に雷のエネルギーを集中して走りだす。奴の顔面に直接叩き込んでやる。今、奴の注意は Ramo に向いており、こちらには気付いていない。いける、やれる。だが、Saki が拳を振り上げたその瞬間、怪物は凄まじい勢いでその腹部を膨張させ、発生した衝撃波で彼女を弾き飛ばした。

 

「──Saki 殿、立ってくれ!」

柱に叩きつけられ、そのまま倒れ伏し動かない彼女から敵を遠ざけるべく、無理を押して近接戦を挑む Ramo は祈るような心持ちで呼びかけ続けた。死んではいないだろうが、打ち所が悪かったようだ。呼吸はしているだろうか。一刻も早くこいつを倒して治療に当たらなければ。だが、それが容易にできる相手でないことは、ここまでの戦闘で身に染みて分かっている。尋常な手段では至らない、ならば──。

 

Ramo は『打刀』を腰の鞘に納めた。彼が自身の技術として極めた『貫通突き』とは異なる、この武器固有の戦技『居合』の構え。こちらから仕掛けることはできないが、あの突きの速度を後出しで上回ることができるのか。その逡巡の長さに反し、勝負が決するまでの時間はごく短かった。最初の突きを踏み込みで躱した Ramo の抜き打ちが相手の腕を断ち切る。その勢いのままに全身で一回転。腕と武器の重みを失って体勢を崩した怪物に向け、二撃目を放つ。迷いなく水平に振り切られた刃は、神肌の貴種の頭部をフードもろともに刎ね飛ばした。

 

 

Saki が意識を取り戻したのは、Ramo が彼女を抱きかかえて運んでいるときだった。

「あれ、Ramo さん? あの化け物は?」

そう問いつつ上体を起こそうとするが、上手くいかない。瞳が小刻みに震えており、目の前にある Ramo の顔にも焦点を合わせることができないようだった。

「頭、ぐらぐらする。」

「安全な場所に着くまでじっとしていてくれ。」

掌を頭の下に入れて支えてやると、彼女は静かに目を閉じた。

 

火山館の客間まで戻ってくると、Ramo は長椅子に Saki の身体を横たえた。『ロアの実』数個を加熱して作った『ふんわり綿』を『深紅のフード』で包んで即席の枕とし、彼女の頭の下に当てる。次いで『ぬくもり石』を近くの床に落とした。この石が放つ光には傷を治し、疲労を癒す効果がある。

「ありがとう、Ramo さん。」

「気にされるな。体調が戻るまでここで休んでいこう。」

そう言って客間を出ていこうとした彼を、Saki は呼び止めた。

「お願いが──あるんですけど。」

「如何された?」

長椅子の側に膝をついて尋ねる Ramo に、彼女は手を差し出す。

「この石の効果が切れるまででいいから、その──手を握っててもらえませんか。」

「お安い御用だ。」

ぬくもり石の光はほどなく消えたが、彼女は Ramo の手を掴んだまま寝入ってしまい、放してくれなかった。

 


 

およそ半時後、目を覚ました彼女はすっかり元気を取り戻していた。火山館を出て麓への坂を下る二人。

「あの娘の髪ね──」

それまで何事か考え込んでいた Saki が口を開いた。

「左右の三つ編みにを輪っかにして、さらに後ろでお団子にしてたでしょう。」

問われて思い返してみたが、半蛇の少女の髪型は記憶にない。

「いや、そこまでは。」

男の人ってこれだから──彼女の目がそう言っているように見えたのは Ramo の思い過ごしか。

「ああいう結い方って難しいし、時間かかるんですよ。私も小さい頃はあんな感じの結い方をしてたんですけど、もちろん自分でできるわけもなくて、母様にやってもらってました。あ、小さい頃の私については可愛いのを想像してくださいね。」

そう言ってはにかむ Saki を前に、Ramo はその幼少の姿を思い描いてみたが、どうしても現在の彼女を単純に縮小したものになってしまう。

「あの娘にも、そうして髪を結ってくれた "母" と呼べる存在がいたんだろうって思ったんです。産みの親とは別かもしれませんけど。」

母が娘の髪を結う情景は葦の地でもごく普通に見られたので、その推論には得心がいった。

 

「この狭間の地を旅して、色々なものを見聞きしてきました。私が今感じているのは──」

Saki はそこで言葉を切り、彼を見つめる。

「黄金樹とそれに連なる神は、狭間の地に生きる人々を愛していない。たぶん、女王マリカでさえも。」

二本指の導きに従いエルデの王を目指す褪せ人としては、持ち得べからざる考えだろう。だがそれは──。

「実は自分も同じことを考えていた。大いなる意志も、その他の "神" たちも、民を慈しむというよりもむしろ、人が豚や羊を飼い、麦や稗を育てるように、専ら自らの繁栄のためにその生命を搾取しているように思えてならない。」

それを聞いた彼女は両手を広げてみせた。

「そうだよね。民にだってそれぞれの都合や幸福ってものがあるのに、自分たちの都合で祝福を与えたり奪ったり。もういい加減にしろよ、って感じ。」

 

道は山の裏手に入った。ここはかつて行われた「火山館攻略戦」の跡地で、いまもそこかしこに兵たちの死体が積み上がっている。

「さりとて、Aurun たちが行っているような "黄金樹への反逆" に与する気にはなれないのも確かでな。」

「そう言えば、Ramo さんが探ってたという火山館の秘密兵器? あれはどうするんです?」

そんな言葉は使わなかったはずだが。

「それについては、自分の中で一応の結論が出た。火山館の連中は皆度し難い大馬鹿どもで、後の算段など何も持ってはいなかった。」

Saki は大きく頷いて同意を示す。

「確かに、それが一番説得力のある筋書きかも。でもそうなると、結局 "神" を倒す方法なんてものはなくて、民草はそいつらの横暴に耐え忍ぶしかないってことですよね。」

「しかし、それは人が治むる世でも同じこと。」

二人は同時に自らの故国に思いを馳せる。神ならぬ人の王を戴いたとて、民は支配者の都合に振り回されるのだ。

「我らはただ、いずれの神にも与せず己が信ずる道を行くしかないのだろう。」

「ふらっふらじゃないですか、私たち。まあ、それも悪くはないですけど。」

「そう、悪くない。」

Ramo は空に向かって腕を伸ばし、人差し指を立てる。どこからともなく飛んできた一匹の蜻蛉がその先端に停まり、すぐにどこへともなく飛び去っていった。

 

 

曇り川の洞窟。訪ねてきた Saki をパッチはいつもの調子で迎えた。

「どうやら生きて戻れたようだな。」

「まあね。もうちょっとで死ぬところだったけど。」

そう言いながら、袂から首飾りを取り出した。少女の魂を送ったとき、その場に残されたものを拾って持ってきたのだ。少女と同じ形に髪を結った女性の肖像が浮き彫りにされている。

「これ、火山館で拾ったんだけど、買い取ってくれない?」

差し出された首飾りを手に取り、裏表と返しながら見定めるパッチ。Saki はその様子を注意深く観察していたが、その表情に特段の変化は見られなかった。

「こんなガラクタに値は付けられねえな。とりあえず預かっておいて、万一売れたらその分け前を渡す、ってことでどうだ?」

小悪党ではあるが、心の内を隠す術には長けている。その点は素直に見習いたいところだ、と Saki は思っている。火山館で感情を抑えられずに Ramo に晒してしまった醜態を振り返ると、顔が赤くなる思いだ。

「それでいいわ。お願いね。」

「売れたら、だぜ。あまり期待しないでくれよ。」

そう言ってはいるが、値を付けなかったことそれ自体が回答になっている。彼は近いうちに、あの首飾りを届けに行くだろう。娘の帰りを待つ誰かのもとへ。あるいは、その誰かがいなくなったどこかへ。後を尾けてみようかとも思ったが、すぐにその考えを打ち消した。暴くべきでない傷もある。

 

陽光の下へ出た Saki は、これからどうしようかと思案した。黄金樹への疑念を抱く彼女にも、まだ祝福の導きは視えていた。けれども今はそれに従う気になれない。そうだ、Ramo さんに手紙を書こう。火山館で助けてもらった件では、まだちゃんとしたお礼を伝えていない。円卓にいるローデリカに預ければ、遠からず彼の手に渡るはず。不思議なもので、そうと決めるとまだ書く内容も決まっていないのに心が軽くなる。パッチから筆記具を買うため、Saki は弾む足取りで洞窟の中に取って返した。

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