アセンダンス待ちきれないから書いてしまったダブルクロス   作:ペプシよりコカ・コーラだよなぁ

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第11話 骸纏う龍

 

 ――あれは、本当に頭なのか。

 

 

 

 その疑問を抱いたまま、カイルは目の前の巨大な龍頭を見上げていた。

 

 

 

 竜ノ墓場の奥は、骨と水に覆われている。

 

 

 

 足元には大小さまざまな骨が転がり、ところどころに黒い水が溜まっていた。頭上を覆う岩盤からは水滴が落ち続け、その音が遠くで響いている。

 

 

 

 その静けさを、巨大な骨塊が砕いた。

 

 

 

 龍頭が大きく振り上げられる。

 

 

 

 カイルは盾を構えた。

 

 

 

 受ける。

 

 

 

 そう考えた瞬間、すぐに判断を変えた。

 

 

 

 大きすぎる。

 

 

 

 正面から受ければ、盾ごと身体を持っていかれる。

 

 

 

 カイルは半歩だけ後ろへ下がり、龍頭が振り下ろされる直前に身体を斜めへ滑らせた。

 

 

 

 巨大な骨塊が目の前を通過する。

 

 

 

 風圧だけで身体が揺れた。

 

 

 

 そのまま地面へ叩きつけられた龍頭が、骨の山を大きく吹き飛ばす。

 

 

 

 カイルは振り返った。

 

 

 

 地面に、深い溝ができている。

 

 

 

 あれをまともに受ければ終わる。

 

 

 

 それだけは分かった。

 

 

 

「カイル!」

 

 

 

 セレナの声が飛ぶ。

 

 

 

 カイルが横を見る。

 

 

 

 龍頭がすでに向きを変えていた。

 

 

 

 今度はセレナを狙っている。

 

 

 

「右へ!」

 

 

 

 カイルが叫ぶ。

 

 

 

 セレナが横へ飛ぶ。

 

 

 

 その直後、龍頭が地面を薙ぎ払った。

 

 

 

 セレナのいた場所が崩れ、骨が斜面を滑り落ちる。

 

 

 

 カイルは走った。

 

 

 

 龍頭そのものを狙うのではなく、振り抜いた直後の側面へ回り込む。

 

 

 

 片手剣を抜く。

 

 

 

 亀裂の入った骨の継ぎ目へ刃を入れた。

 

 

 

 硬い。

 

 

 

 それでも、刃先がわずかに食い込む。

 

 

 

 一撃。

 

 

 

 身体を半回転させる。

 

 

 

 二撃目。

 

 

 

 さらに盾を叩き込む。

 

 

 

 鈍い衝撃が骨へ伝わった。

 

 

 

 龍頭が大きく震えた。

 

 

 

「効いてる……」

 

 

 

 カイルはそう判断した。

 

 

 

 その直後、龍頭が振り返る。

 

 

 

 カイルは追わない。

 

 

 

 一歩下がる。

 

 

 

 巨大な骨塊が目の前を通過する。

 

 

 

 その風圧を利用して身体を横へ流し、さらに距離を取った。

 

 

 

 上空から矢が飛んできた。

 

 

 

 龍頭の側面へ突き刺さる。

 

 

 

 続いてヘビィボウガンの弾丸が、カイルの斬った亀裂へ集中した。

 

 

 

 骨が一つ、剥がれ落ちた。

 

 

 

 白い破片が水面へ落ちる。

 

 

 

 カイルはそれを見た。

 

 

 

 確実に傷が広がっている。

 

 

 

 だが、まだ浅い。

 

 

 

「もう一度、同じ場所を!」

 

 

 

 カイルが叫ぶ。

 

 

 

 弓が続く。

 

 

 

 弾丸が続く。

 

 

 

 セレナも踏み込んだ。

 

 

 

 大剣が振り下ろされ、亀裂へ深く食い込む。

 

 

 

 龍頭が大きく揺れた。

 

 

 

 その反動で、セレナの身体がわずかに流れる。

 

 

 

 カイルはすぐに入った。

 

 

 

 片手剣を亀裂へ差し込む。

 

 

 

 押し込む。

 

 

 

 さらに深く。

 

 

 

 骨の奥から、何かが軋む音がした。

 

 

 

 カイルはすぐに離れた。

 

 

 

 次の瞬間、龍頭が横薙ぎに振られた。

 

 

 

 直後。

 

 

 

 亀裂が大きく割れた。

 

 

 

 龍頭を覆っていた骨の一部が崩れ落ちる。

 

 

 

「……!」

 

 

 

 カイルは目を細めた。

 

 

 

 骨の下から黒い肉が見えた。

 

 

 

 骨の内部に、何かがいる。

 

 

 

 だが、それを確かめるより早く、龍頭そのものが大きく引き戻された。

 

 

 

 黒い肉が伸びる。

 

 

 

 首ではない。

 

 

 

 もっと柔らかく、長い。

 

 

 

 カイルは違和感を覚えた。

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 龍頭が突然、地面へ沈んだ。

 

 

 

「潜る!」

 

 

 

 セレナが叫ぶ。

 

 

 

 カイルはすぐに周囲を見た。

 

 

 

 地面の下を何かが動いている。

 

 

 

 骨が波のように持ち上がっていく。

 

 

 

 カイルは仲間へ手を上げた。

 

 

 

「散って!」

 

 

 

 四人がそれぞれ距離を取る。

 

 

 

 直後、数十メートル先の地面が爆発した。

 

 

 

 大量の骨と土砂が吹き上がる。

 

 

 

 そこから現れたものを見て、カイルは目を見開いた。

 

 

 

 赤黒い骨。

 

 

 

 巨大な刃。

 

 

 

 見覚えのある形だった。

 

 

 

「……ディノバルドの尾か」

 

 

 

 龍頭とはまるで違う。

 

 

 

 それでも、同じ黒い肉の先にまとわりついている。

 

 

 

 カイルは片手剣を構えた。

 

 

 

 何かがおかしい。

 

 

 

 だが、考える時間はない。

 

 

 

 巨大な刃が横薙ぎに走った。

 

 

 

 カイルは身体を低くする。

 

 

 

 刃が頭上を通過した。

 

 

 

 背後の骨の山がまとめて削り取られる。

 

 

 

 カイルはそのまま前へ出た。

 

 

 

 攻撃後の隙。

 

 

 

 赤黒い骨の根元へ片手剣を叩き込む。

 

 

 

 硬い。

 

 

 

 だが、刃が止まったわけではない。

 

 

 

 もう一撃。

 

 

 

 さらに盾。

 

 

 

 骨に亀裂が走る。

 

 

 

 その瞬間、セレナの大剣が側面から叩き込まれた。

 

 

 

 亀裂が広がる。

 

 

 

 弓が飛ぶ。

 

 

 

 ヘビィの弾丸が続く。

 

 

 

 赤黒い骨が一枚、二枚と剥がれ落ちた。

 

 

 

 カイルは離れた。

 

 

 

 その直後、巨大な刃が地面へ叩きつけられる。

 

 

 

 地面が裂けた。

 

 

 

 そこへ赤い炎が走る。

 

 

 

 カイルは炎の間を縫うように走った。

 

 

 

 足元の骨を踏み、身体を横へ流す。

 

 

 

 炎が背後を通り過ぎた。

 

 

 

 熱風が背中を焼く。

 

 

 

 それでも止まらない。

 

 

 

 再び側面へ入り、同じ亀裂を狙う。

 

 

 

 刃が食い込む。

 

 

 

 骨が砕ける。

 

 

 

 赤黒い骨塊が大きく傾いた。

 

 

 

 カイルは手応えを感じた。

 

 

 

 もう一度。

 

 

 

 今度は深く。

 

 

 

 片手剣が骨を割った。

 

 

 

 赤黒い骨が大きく崩れた。

 

 

 

 その下から黒い肉が露出する。

 

 

 

 巨大な器官が大きく震えた。

 

 

 

 痛がっている。

 

 

 

 少なくとも、無傷ではない。

 

 

 

 カイルは一歩下がった。

 

 

 

 次の瞬間、その器官が地中へ沈む。

 

 

 

 まただ。

 

 

 

 追えば危険だ。

 

 

 

 カイルは追わなかった。

 

 

 

 代わりに周囲を見る。

 

 

 

 セレナ。

 

 

 

 弓使い。

 

 

 

 ヘビィボウガン。

 

 

 

 全員いる。

 

 

 

「大丈夫ですか!」

 

 

 

「問題ない!」

 

 

 

「こっちも!」

 

 

 

 返事を聞いてから、カイルは地面へ目を落とした。

 

 

 

 その直後、別の場所が盛り上がった。

 

 

 

 巨大な顎が突き出してくる。

 

 

 

 ウラガンキンを思わせる分厚い骨塊だった。

 

 

 

 地面へ叩きつけられる。

 

 

 

 轟音。

 

 

 

 足元が揺れる。

 

 

 

 カイルは横へ飛んだ。

 

 

 

 衝撃波が身体を揺らす。

 

 

 

 それでも、着地した瞬間には走っていた。

 

 

 

 顎の側面へ回り込む。

 

 

 

 先ほどの戦いでできた亀裂が残っている。

 

 

 

 そこへ刃を入れる。

 

 

 

 一撃。

 

 

 

 二撃。

 

 

 

 盾。

 

 

 

 そして離れる。

 

 

 

 セレナが踏み込む。

 

 

 

 大剣が亀裂へ入った。

 

 

 

 骨が大きく割れる。

 

 

 

 ヘビィの弾丸が続く。

 

 

 

 弓も同じ場所へ集中する。

 

 

 

 顎の一部が崩れ落ちた。

 

 

 

 カイルはその破壊を確認した。

 

 

 

 傷が積み重なっている。

 

 

 

 最初の龍頭。

 

 

 

 今の顎。

 

 

 

 どちらも同じ場所から伸びている。

 

 

 

 そして、壊れるたびに別の骨をまとっている。

 

 

 

 カイルの中で、少しずつ答えが形になっていく。

 

 

 

 ――頭ではない。

 

 

 

 そう思った。

 

 

 

 だが、まだ断定できない。

 

 

 

 そのとき、オストガロアの本体が大きく動いた。

 

 

 

 地面が揺れる。

 

 

 

 巨大な身体が沈み、二本の器官が同時に地中へ消えていく。

 

 

 

 カイルは息を整えた。

 

 

 

 両方だ。

 

 

 

 左右に伸びていた二本の器官。

 

 

 

 片方だけではない。

 

 

 

 両方が同時に動いている。

 

 

 

「……二本とも」

 

 

 

 カイルは呟いた。

 

 

 

 それが、何を意味するのか。

 

 

 

 まだ分からない。

 

 

 

 ただ、二本の器官が同じ本体から伸びていることだけは、もう疑いようがなかった。

 

 

 

 地面の下を二つの巨大な影が走る。

 

 

 

 カイルは足元の揺れを見る。

 

 

 

 左。

 

 

 

 右。

 

 

 

 両方が別々の場所へ向かっている。

 

 

 

「セレナ!」

 

 

 

「分かってる!」

 

 

 

 二人が左右へ分かれる。

 

 

 

 弓使いとヘビィも、それぞれ射線を変えた。

 

 

 

 次の瞬間、二本の口腕が同時に地上へ飛び出した。

 

 

 

 左には先ほどの龍頭。

 

 

 

 右にはウラガンキンの顎。

 

 

 

 二本が別々の方向から迫る。

 

 

 

 カイルは一瞬、判断に迷った。

 

 

 

 どちらを取る?

 

 

 

 そのとき、セレナの大剣が龍頭を受け流すのが見えた。

 

 

 

 なら、自分は右だ。

 

 

 

 カイルはウラガンキンの顎へ走った。

 

 

 

 真正面からではない。

 

 

 

 振り下ろされる直前に懐へ入る。

 

 

 

 片手剣。

 

 

 

 盾。

 

 

 

 離脱。

 

 

 

 弓が飛ぶ。

 

 

 

 ヘビィが続く。

 

 

 

 セレナの大剣が反対側から龍頭へ叩き込まれる。

 

 

 

 二本の口腕が、それぞれ別の場所で傷ついていく。

 

 

 

 骨が剥がれる。

 

 

 

 黒い肉が露出する。

 

 

 

 そして、初めて。

 

 

 

 二本の器官が同時に大きく引き戻された。

 

 

 

 その根元が見えた。

 

 

 

 黒い。

 

 

 

 長い。

 

 

 

 巨大な身体から伸びている。

 

 

 

 カイルの目が止まる。

 

 

 

 ――腕。

 

 

 

 頭ではない。

 

 

 

 あれは、武器として使われている腕だ。

 

 

 

 カイルは初めて、二本の口腕の奥にある巨大な本体へ目を向けた。

 

 

 

 今まで見えていたのは、背中だった。

 

 

 

 そう思った瞬間。

 

 

 

 巨大な本体が、ゆっくりと動き始めた。

 

 

 

 地面が震える。

 

 

 

 骨が崩れる。

 

 

 

 水面が大きく揺れる。

 

 

 

 オストガロアが身体の向きを変える。

 

 

 

 あまりにも巨大なため、それだけで周囲の地形そのものが変わっていく。

 

 

 

 カイルは盾を構えた。

 

 

 

 セレナも大剣を構える。

 

 

 

 やがて。

 

 

 

 巨大な本体の正面が見えた。

 

 

 

 黒い外皮。

 

 

 

 巨大な頭部。

 

 

 

 そして、その下にある。

 

 

 

 口。

 

 

 

 無数の喰砕牙が並ぶ、巨大な口。

 

 

 

 カイルの呼吸が止まった。

 

 

 

 その口を見た瞬間。

 

 

 

 何かが、胸の奥から一気に込み上げてきた。

 

 

 

 目の前の口を見た瞬間、カイルの中で何かが切り替わった。

 

 

 

 竜ノ墓場にいるはずなのに、鼻の奥へ焦げた木の匂いが入り込んでくる。

 

 

 

 炎の熱。

 

 

 

 海の湿った匂い。

 

 

 

 燃え上がる家々。

 

 

 

 赤く染まった夜空。

 

 

 

 それは、今ではない。

 

 

 

 分かっている。

 

 

 

 それでも、目の前の口だけは、あの日に見たものと重なっていた。

 

 

 

 幼い自分が、誰かを探して走っている。

 

 

 

 父の声。

 

 

 

 母の声。

 

 

 

 そして、巨大な口腕が伸びてくる。

 

 

 

 母の身体が持ち上がった。

 

 

 

「カイル!」

 

 

 

 伸ばされた手が見える。

 

 

 

 あと少し。

 

 

 

 そう思って走る。

 

 

 

 けれど、どれだけ手を伸ばしても届かない。

 

 

 

 母の身体が炎の向こうへ運ばれていく。

 

 

 

 その先に、あの口があった。

 

 

 

 巨大な口。

 

 

 

 無数の牙。

 

 

 

 赤い炎に照らされた暗闇。

 

 

 

 母の姿が、その奥へ消えていく。

 

 

 

 口が閉じる。

 

 

 

 ――母さん。

 

 

 

 次の光景が重なった。

 

 

 

 父の手。

 

 

 

 自分を逃がそうとする声。

 

 

 

 走れ、と叫ぶ声。

 

 

 

 そして、また伸びてくる口腕。

 

 

 

 父の身体が持ち上がる。

 

 

 

「逃げろ、カイル!」

 

 

 

 伸ばされた手。

 

 

 

 また届かない。

 

 

 

 父の身体が炎の向こうへ消えていく。

 

 

 

 その先に、同じ口がある。

 

 

 

 また。

 

 

 

 あの口が。

 

 

 

 巨大な牙が並んでいる。

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 閉じる。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 カイルは現実へ引き戻された。

 

 

 

 息ができない。

 

 

 

 胸が締めつけられる。

 

 

 

 手が震える。

 

 

 

 目の前にあるのは竜ノ墓場だ。

 

 

 

 燃えていない。

 

 

 

 村でもない。

 

 

 

 それでも、あの口だけは同じだった。

 

 

 

 あの夜、自分から両親を奪った口。

 

 

 

 それを理解した瞬間、カイルの中で恐怖が怒りへ変わった。

 

 

 

 身体が勝手に動く。

 

 

 

 オストガロアの口腕が、セレナへ向かって振り下ろされていた。

 

 

 

「――セレナ!」

 

 

 

 考えるより先に、カイルは駆け出していた。

 

 

 

 戦術も。

 

 

 

 位置取りも。

 

 

 

 次の攻撃も。

 

 

 

 何も考えていない。

 

 

 

 ただ、あの腕だけを見ていた。

 

 

 

 また誰かが、あの口へ運ばれる。

 

 

 

 そんな光景だけは、二度と見たくなかった。

 

 

 

 自分がどうなってもいい。

 

 

 

 守るんだ。

 

 

 

 カイルは盾を構えた。

 

 

 

 口腕が迫る。

 

 

 

 真正面から受ければ危険だと分かっていた。

 

 

 

 それでも、退かなかった。

 

 

 

 盾と口腕がぶつかった。

 

 

 

 凄まじい衝撃が腕を突き抜ける。

 

 

 

 身体が浮き、そのまま骨の山へ叩きつけられた。

 

 

 

 肺から一気に空気が抜けた。

 

 

 

 背中に鈍い衝撃が走る。

 

 

 

 それでも、カイルは立ち上がろうとした。

 

 

 

 目の前では、セレナが口腕をかわしている。

 

 

 

 まだ動ける。

 

 

 

 まだ間に合う。

 

 

 

 そう思った。

 

 

 

 けれど、足に力が入らなかった。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 片手を地面につく。

 

 

 

 視界が揺れる。

 

 

 

 オストガロアが再び口腕を振り上げた。

 

 

 

 セレナは大剣を構え直す。

 

 

 

 その間へ入り込もうとした。

 

 

 

 だが、身体が動かない。

 

 

 

「カイル!」

 

 

 

 セレナの声が響く。

 

 

 

 返事をしようとした。

 

 

 

 声が出ない。

 

 

 

 口腕が振り下ろされる。

 

 

 

 セレナが横へ跳んだ。

 

 

 

 地面が大きく抉れる。

 

 

 

 骨が砕け、水面へ落ちていく。

 

 

 

 カイルは立ち上がれなかった。

 

 

 

 頭の中では、まだあの夜の声が響いている。

 

 

 

 母の声。

 

 

 

 父の声。

 

 

 

 届かなかった手。

 

 

 

 閉じていく口。

 

 

 

 何度も。

 

 

 

 何度も。

 

 

 

 同じ光景が繰り返される。

 

 

 

 その間にも、戦場は動いていた。

 

 

 

 セレナが一人で前へ出ている。

 

 

 

 大剣で口腕を受け流し、避け、隙を見つけて斬り返す。けれど二本の口腕を相手にするには、それだけでは足りない。

 

 

 

 弓使いとヘビィボウガンの射手が、そのことを理解したように視線を交わした。

 

 

 

 一瞬だった。

 

 

 

 二人は前へ出た。

 

 

 

 弓使いがセレナから離れた口腕へ矢を放ち、ヘビィの射手ももう一本へ弾丸を叩き込む。

 

 

 

 着弾するたび、口腕の軌道がわずかに逸れる。

 

 

 

 オストガロアの意識が分散した。

 

 

 

 その隙を使って、セレナがカイルのもとへ駆けてくる。

 

 

 

「カイル!」

 

 

 

 肩を掴まれる。

 

 

 

 カイルはゆっくり顔を上げた。

 

 

 

「……セレナ?」

 

 

 

「そうよ!」

 

 

 

 セレナはカイルの肩を強く揺さぶった。

 

 

 

「立てる?」

 

 

 

「……分からない」

 

 

 

 初めて、カイルはそう口にした。

 

 

 

 戦えるかどうかではない。

 

 

 

 本当に、身体が動かなかった。

 

 

 

 セレナは一瞬だけカイルを見つめ、それから奥歯を噛みしめる。

 

 

 

「カイル。あなたがいないと前線が持たない」

 

 

 

 遠くで、弓が放たれる音がした。

 

 

 

 続いて、ヘビィボウガンの銃声。

 

 

 

 セレナは振り返らない。

 

 

 

「二人が前に出てくれてる。でも、あまり長くはもたない」

 

 

 

 カイルの目が、わずかに動いた。

 

 

 

「私一人でも支えきれない。今ここで立たなければ……」

 

 

 

 セレナが一度、言葉を切る。

 

 

 

「皆、死ぬ」

 

 

 

 その一言が、カイルの中へ深く落ちた。

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、別の声が浮かんだ。

 

 

 

 ラヴァンダ。

 

 

 

 ――誰かを守るっていうのは、自分が死ぬことじゃないわ。

 

 

 

 続いて、ハイメルの声が重なる。

 

 

 

 ――仲間と帰ってくるための調査です。

 

 

 

 そして、カティの声。

 

 

 

 ――ちゃんと帰ってきてください。

 

 

 

 ――約束ですよ?

 

 

 

 朝の甲板。

 

 

 

 風に飛ばされた紙。

 

 

 

 昼食の約束。

 

 

 

 傷を手当てしてもらったときのこと。

 

 

 

 何度も言われた言葉が、今になって一つずつ繋がっていく。

 

 

 

 自分は、ずっと一人でどうにかしようとしていた。

 

 

 

 自分が立てばいい。

 

 

 

 自分が受ければいい。

 

 

 

 自分が傷つけば、誰かが助かる。

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 けれど、今は違う。

 

 

 

 目の前では、二人のガンナーが自分が戻るまで前線を支えている。

 

 

 

 セレナも、自分を助けるためにここまで来ている。

 

 

 

 誰も自分を置いて逃げていない。

 

 

 

 誰も、一人で戦えと言っていない。

 

 

 

 その事実に気づいたとき、胸の奥に張りつめていたものが、ほんの少しだけほどけた。

 

 

 

 あの夜とは違う。

 

 

 

 あのときは、一人だった。

 

 

 

 何もできなかった。

 

 

 

 ただ手を伸ばして、それでも届かなかった。

 

 

 

 けれど今は違う。

 

 

 

 手を伸ばしてくれる人がいる。

 

 

 

 自分を引き戻してくれる人がいる。

 

 

 

 前線で戦ってくれる仲間がいる。

 

 

 

 そして、帰りを待ってくれる人がいる。

 

 

 

 カイルは地面へついていた手に力を込めた。

 

 

 

 指先が震える。

 

 

 

 それでも、骨を掴む。

 

 

 

「……分かりました」

 

 

 

 セレナが目を見開く。

 

 

 

 カイルはゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 膝が震える。

 

 

 

 何度も力が抜けそうになる。

 

 

 

 それでも、倒れなかった。

 

 

 

 片手剣を拾い上げる。

 

 

 

 盾を握る。

 

 

 

 一度、深く息を吸う。

 

 

 

 もう一度。

 

 

 

 恐怖は消えない。

 

 

 

 あの口を見れば、今でも両親を奪われた夜が蘇る。

 

 

 

 それでも、もう目を逸らさなかった。

 

 

 

 セレナを見る。

 

 

 

 弓使いを見る。

 

 

 

 ヘビィボウガンの射手を見る。

 

 

 

 三人とも、まだ立っている。

 

 

 

 それを確認してから、カイルはオストガロアへ視線を戻した。

 

 

 

「……セレナ」

 

 

 

「何?」

 

 

 

「助かりました」

 

 

 

「礼は後。今は戦って」

 

 

 

 カイルは小さく笑った。

 

 

 

「はい」

 

 

 

 身体は重い。

 

 

 

 腕も震えている。

 

 

 

 それでも、さっきまでとは違う。

 

 

 

 一人で立っているわけではない。

 

 

 

 前線には仲間がいる。

 

 

 

 自分が倒れれば、その分だけ仲間に負担がかかる。

 

 

 

 だから今度は、自分一人で抱え込むのではなく、仲間と一緒に戦う。

 

 

 

 カイルは片手剣を握り直した。

 

 

 

「……誰も死なせない」

 

 

 

 その言葉に、自分一人で全部を守るという意味はなかった。

 

 

 

 自分も生きる。

 

 

 

 仲間にも生きてもらう。

 

 

 

 そして――。

 

 

 

「今度は、皆で帰る」

 

 

 

 セレナが頷いた。

 

 

 

「ええ」

 

 

 

 前方では、弓使いが次の矢をつがえている。

 

 

 

 ヘビィボウガンの射手も、銃口を上げている。

 

 

 

 四人の位置が、再び一つの戦線へ戻っていく。

 

 

 

 オストガロアが口腕を振り上げた。

 

 

 

 カイルはその軌道を見た。

 

 

 

 今度は、見失わない。

 

 

 

 盾を構える。

 

 

 

 片手剣を握る。

 

 

 

 恐怖を抱えたまま、それでも前へ出る。

 

 

 

 あの夜とは違う。

 

 

 

 今は、仲間の声が聞こえている。

 

 

 

 その声を背に、カイルは再び戦場へ戻った

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