アセンダンス待ちきれないから書いてしまったダブルクロス 作:ペプシよりコカ・コーラだよなぁ
――あれは、本当に頭なのか。
その疑問を抱いたまま、カイルは目の前の巨大な龍頭を見上げていた。
竜ノ墓場の奥は、骨と水に覆われている。
足元には大小さまざまな骨が転がり、ところどころに黒い水が溜まっていた。頭上を覆う岩盤からは水滴が落ち続け、その音が遠くで響いている。
その静けさを、巨大な骨塊が砕いた。
龍頭が大きく振り上げられる。
カイルは盾を構えた。
受ける。
そう考えた瞬間、すぐに判断を変えた。
大きすぎる。
正面から受ければ、盾ごと身体を持っていかれる。
カイルは半歩だけ後ろへ下がり、龍頭が振り下ろされる直前に身体を斜めへ滑らせた。
巨大な骨塊が目の前を通過する。
風圧だけで身体が揺れた。
そのまま地面へ叩きつけられた龍頭が、骨の山を大きく吹き飛ばす。
カイルは振り返った。
地面に、深い溝ができている。
あれをまともに受ければ終わる。
それだけは分かった。
「カイル!」
セレナの声が飛ぶ。
カイルが横を見る。
龍頭がすでに向きを変えていた。
今度はセレナを狙っている。
「右へ!」
カイルが叫ぶ。
セレナが横へ飛ぶ。
その直後、龍頭が地面を薙ぎ払った。
セレナのいた場所が崩れ、骨が斜面を滑り落ちる。
カイルは走った。
龍頭そのものを狙うのではなく、振り抜いた直後の側面へ回り込む。
片手剣を抜く。
亀裂の入った骨の継ぎ目へ刃を入れた。
硬い。
それでも、刃先がわずかに食い込む。
一撃。
身体を半回転させる。
二撃目。
さらに盾を叩き込む。
鈍い衝撃が骨へ伝わった。
龍頭が大きく震えた。
「効いてる……」
カイルはそう判断した。
その直後、龍頭が振り返る。
カイルは追わない。
一歩下がる。
巨大な骨塊が目の前を通過する。
その風圧を利用して身体を横へ流し、さらに距離を取った。
上空から矢が飛んできた。
龍頭の側面へ突き刺さる。
続いてヘビィボウガンの弾丸が、カイルの斬った亀裂へ集中した。
骨が一つ、剥がれ落ちた。
白い破片が水面へ落ちる。
カイルはそれを見た。
確実に傷が広がっている。
だが、まだ浅い。
「もう一度、同じ場所を!」
カイルが叫ぶ。
弓が続く。
弾丸が続く。
セレナも踏み込んだ。
大剣が振り下ろされ、亀裂へ深く食い込む。
龍頭が大きく揺れた。
その反動で、セレナの身体がわずかに流れる。
カイルはすぐに入った。
片手剣を亀裂へ差し込む。
押し込む。
さらに深く。
骨の奥から、何かが軋む音がした。
カイルはすぐに離れた。
次の瞬間、龍頭が横薙ぎに振られた。
直後。
亀裂が大きく割れた。
龍頭を覆っていた骨の一部が崩れ落ちる。
「……!」
カイルは目を細めた。
骨の下から黒い肉が見えた。
骨の内部に、何かがいる。
だが、それを確かめるより早く、龍頭そのものが大きく引き戻された。
黒い肉が伸びる。
首ではない。
もっと柔らかく、長い。
カイルは違和感を覚えた。
その瞬間だった。
龍頭が突然、地面へ沈んだ。
「潜る!」
セレナが叫ぶ。
カイルはすぐに周囲を見た。
地面の下を何かが動いている。
骨が波のように持ち上がっていく。
カイルは仲間へ手を上げた。
「散って!」
四人がそれぞれ距離を取る。
直後、数十メートル先の地面が爆発した。
大量の骨と土砂が吹き上がる。
そこから現れたものを見て、カイルは目を見開いた。
赤黒い骨。
巨大な刃。
見覚えのある形だった。
「……ディノバルドの尾か」
龍頭とはまるで違う。
それでも、同じ黒い肉の先にまとわりついている。
カイルは片手剣を構えた。
何かがおかしい。
だが、考える時間はない。
巨大な刃が横薙ぎに走った。
カイルは身体を低くする。
刃が頭上を通過した。
背後の骨の山がまとめて削り取られる。
カイルはそのまま前へ出た。
攻撃後の隙。
赤黒い骨の根元へ片手剣を叩き込む。
硬い。
だが、刃が止まったわけではない。
もう一撃。
さらに盾。
骨に亀裂が走る。
その瞬間、セレナの大剣が側面から叩き込まれた。
亀裂が広がる。
弓が飛ぶ。
ヘビィの弾丸が続く。
赤黒い骨が一枚、二枚と剥がれ落ちた。
カイルは離れた。
その直後、巨大な刃が地面へ叩きつけられる。
地面が裂けた。
そこへ赤い炎が走る。
カイルは炎の間を縫うように走った。
足元の骨を踏み、身体を横へ流す。
炎が背後を通り過ぎた。
熱風が背中を焼く。
それでも止まらない。
再び側面へ入り、同じ亀裂を狙う。
刃が食い込む。
骨が砕ける。
赤黒い骨塊が大きく傾いた。
カイルは手応えを感じた。
もう一度。
今度は深く。
片手剣が骨を割った。
赤黒い骨が大きく崩れた。
その下から黒い肉が露出する。
巨大な器官が大きく震えた。
痛がっている。
少なくとも、無傷ではない。
カイルは一歩下がった。
次の瞬間、その器官が地中へ沈む。
まただ。
追えば危険だ。
カイルは追わなかった。
代わりに周囲を見る。
セレナ。
弓使い。
ヘビィボウガン。
全員いる。
「大丈夫ですか!」
「問題ない!」
「こっちも!」
返事を聞いてから、カイルは地面へ目を落とした。
その直後、別の場所が盛り上がった。
巨大な顎が突き出してくる。
ウラガンキンを思わせる分厚い骨塊だった。
地面へ叩きつけられる。
轟音。
足元が揺れる。
カイルは横へ飛んだ。
衝撃波が身体を揺らす。
それでも、着地した瞬間には走っていた。
顎の側面へ回り込む。
先ほどの戦いでできた亀裂が残っている。
そこへ刃を入れる。
一撃。
二撃。
盾。
そして離れる。
セレナが踏み込む。
大剣が亀裂へ入った。
骨が大きく割れる。
ヘビィの弾丸が続く。
弓も同じ場所へ集中する。
顎の一部が崩れ落ちた。
カイルはその破壊を確認した。
傷が積み重なっている。
最初の龍頭。
今の顎。
どちらも同じ場所から伸びている。
そして、壊れるたびに別の骨をまとっている。
カイルの中で、少しずつ答えが形になっていく。
――頭ではない。
そう思った。
だが、まだ断定できない。
そのとき、オストガロアの本体が大きく動いた。
地面が揺れる。
巨大な身体が沈み、二本の器官が同時に地中へ消えていく。
カイルは息を整えた。
両方だ。
左右に伸びていた二本の器官。
片方だけではない。
両方が同時に動いている。
「……二本とも」
カイルは呟いた。
それが、何を意味するのか。
まだ分からない。
ただ、二本の器官が同じ本体から伸びていることだけは、もう疑いようがなかった。
地面の下を二つの巨大な影が走る。
カイルは足元の揺れを見る。
左。
右。
両方が別々の場所へ向かっている。
「セレナ!」
「分かってる!」
二人が左右へ分かれる。
弓使いとヘビィも、それぞれ射線を変えた。
次の瞬間、二本の口腕が同時に地上へ飛び出した。
左には先ほどの龍頭。
右にはウラガンキンの顎。
二本が別々の方向から迫る。
カイルは一瞬、判断に迷った。
どちらを取る?
そのとき、セレナの大剣が龍頭を受け流すのが見えた。
なら、自分は右だ。
カイルはウラガンキンの顎へ走った。
真正面からではない。
振り下ろされる直前に懐へ入る。
片手剣。
盾。
離脱。
弓が飛ぶ。
ヘビィが続く。
セレナの大剣が反対側から龍頭へ叩き込まれる。
二本の口腕が、それぞれ別の場所で傷ついていく。
骨が剥がれる。
黒い肉が露出する。
そして、初めて。
二本の器官が同時に大きく引き戻された。
その根元が見えた。
黒い。
長い。
巨大な身体から伸びている。
カイルの目が止まる。
――腕。
頭ではない。
あれは、武器として使われている腕だ。
カイルは初めて、二本の口腕の奥にある巨大な本体へ目を向けた。
今まで見えていたのは、背中だった。
そう思った瞬間。
巨大な本体が、ゆっくりと動き始めた。
地面が震える。
骨が崩れる。
水面が大きく揺れる。
オストガロアが身体の向きを変える。
あまりにも巨大なため、それだけで周囲の地形そのものが変わっていく。
カイルは盾を構えた。
セレナも大剣を構える。
やがて。
巨大な本体の正面が見えた。
黒い外皮。
巨大な頭部。
そして、その下にある。
口。
無数の喰砕牙が並ぶ、巨大な口。
カイルの呼吸が止まった。
その口を見た瞬間。
何かが、胸の奥から一気に込み上げてきた。
目の前の口を見た瞬間、カイルの中で何かが切り替わった。
竜ノ墓場にいるはずなのに、鼻の奥へ焦げた木の匂いが入り込んでくる。
炎の熱。
海の湿った匂い。
燃え上がる家々。
赤く染まった夜空。
それは、今ではない。
分かっている。
それでも、目の前の口だけは、あの日に見たものと重なっていた。
幼い自分が、誰かを探して走っている。
父の声。
母の声。
そして、巨大な口腕が伸びてくる。
母の身体が持ち上がった。
「カイル!」
伸ばされた手が見える。
あと少し。
そう思って走る。
けれど、どれだけ手を伸ばしても届かない。
母の身体が炎の向こうへ運ばれていく。
その先に、あの口があった。
巨大な口。
無数の牙。
赤い炎に照らされた暗闇。
母の姿が、その奥へ消えていく。
口が閉じる。
――母さん。
次の光景が重なった。
父の手。
自分を逃がそうとする声。
走れ、と叫ぶ声。
そして、また伸びてくる口腕。
父の身体が持ち上がる。
「逃げろ、カイル!」
伸ばされた手。
また届かない。
父の身体が炎の向こうへ消えていく。
その先に、同じ口がある。
また。
あの口が。
巨大な牙が並んでいる。
そして――。
閉じる。
「……っ!」
カイルは現実へ引き戻された。
息ができない。
胸が締めつけられる。
手が震える。
目の前にあるのは竜ノ墓場だ。
燃えていない。
村でもない。
それでも、あの口だけは同じだった。
あの夜、自分から両親を奪った口。
それを理解した瞬間、カイルの中で恐怖が怒りへ変わった。
身体が勝手に動く。
オストガロアの口腕が、セレナへ向かって振り下ろされていた。
「――セレナ!」
考えるより先に、カイルは駆け出していた。
戦術も。
位置取りも。
次の攻撃も。
何も考えていない。
ただ、あの腕だけを見ていた。
また誰かが、あの口へ運ばれる。
そんな光景だけは、二度と見たくなかった。
自分がどうなってもいい。
守るんだ。
カイルは盾を構えた。
口腕が迫る。
真正面から受ければ危険だと分かっていた。
それでも、退かなかった。
盾と口腕がぶつかった。
凄まじい衝撃が腕を突き抜ける。
身体が浮き、そのまま骨の山へ叩きつけられた。
肺から一気に空気が抜けた。
背中に鈍い衝撃が走る。
それでも、カイルは立ち上がろうとした。
目の前では、セレナが口腕をかわしている。
まだ動ける。
まだ間に合う。
そう思った。
けれど、足に力が入らなかった。
「……っ」
片手を地面につく。
視界が揺れる。
オストガロアが再び口腕を振り上げた。
セレナは大剣を構え直す。
その間へ入り込もうとした。
だが、身体が動かない。
「カイル!」
セレナの声が響く。
返事をしようとした。
声が出ない。
口腕が振り下ろされる。
セレナが横へ跳んだ。
地面が大きく抉れる。
骨が砕け、水面へ落ちていく。
カイルは立ち上がれなかった。
頭の中では、まだあの夜の声が響いている。
母の声。
父の声。
届かなかった手。
閉じていく口。
何度も。
何度も。
同じ光景が繰り返される。
その間にも、戦場は動いていた。
セレナが一人で前へ出ている。
大剣で口腕を受け流し、避け、隙を見つけて斬り返す。けれど二本の口腕を相手にするには、それだけでは足りない。
弓使いとヘビィボウガンの射手が、そのことを理解したように視線を交わした。
一瞬だった。
二人は前へ出た。
弓使いがセレナから離れた口腕へ矢を放ち、ヘビィの射手ももう一本へ弾丸を叩き込む。
着弾するたび、口腕の軌道がわずかに逸れる。
オストガロアの意識が分散した。
その隙を使って、セレナがカイルのもとへ駆けてくる。
「カイル!」
肩を掴まれる。
カイルはゆっくり顔を上げた。
「……セレナ?」
「そうよ!」
セレナはカイルの肩を強く揺さぶった。
「立てる?」
「……分からない」
初めて、カイルはそう口にした。
戦えるかどうかではない。
本当に、身体が動かなかった。
セレナは一瞬だけカイルを見つめ、それから奥歯を噛みしめる。
「カイル。あなたがいないと前線が持たない」
遠くで、弓が放たれる音がした。
続いて、ヘビィボウガンの銃声。
セレナは振り返らない。
「二人が前に出てくれてる。でも、あまり長くはもたない」
カイルの目が、わずかに動いた。
「私一人でも支えきれない。今ここで立たなければ……」
セレナが一度、言葉を切る。
「皆、死ぬ」
その一言が、カイルの中へ深く落ちた。
死ぬ。
その言葉を聞いた瞬間、別の声が浮かんだ。
ラヴァンダ。
――誰かを守るっていうのは、自分が死ぬことじゃないわ。
続いて、ハイメルの声が重なる。
――仲間と帰ってくるための調査です。
そして、カティの声。
――ちゃんと帰ってきてください。
――約束ですよ?
朝の甲板。
風に飛ばされた紙。
昼食の約束。
傷を手当てしてもらったときのこと。
何度も言われた言葉が、今になって一つずつ繋がっていく。
自分は、ずっと一人でどうにかしようとしていた。
自分が立てばいい。
自分が受ければいい。
自分が傷つけば、誰かが助かる。
そう思っていた。
けれど、今は違う。
目の前では、二人のガンナーが自分が戻るまで前線を支えている。
セレナも、自分を助けるためにここまで来ている。
誰も自分を置いて逃げていない。
誰も、一人で戦えと言っていない。
その事実に気づいたとき、胸の奥に張りつめていたものが、ほんの少しだけほどけた。
あの夜とは違う。
あのときは、一人だった。
何もできなかった。
ただ手を伸ばして、それでも届かなかった。
けれど今は違う。
手を伸ばしてくれる人がいる。
自分を引き戻してくれる人がいる。
前線で戦ってくれる仲間がいる。
そして、帰りを待ってくれる人がいる。
カイルは地面へついていた手に力を込めた。
指先が震える。
それでも、骨を掴む。
「……分かりました」
セレナが目を見開く。
カイルはゆっくりと立ち上がった。
膝が震える。
何度も力が抜けそうになる。
それでも、倒れなかった。
片手剣を拾い上げる。
盾を握る。
一度、深く息を吸う。
もう一度。
恐怖は消えない。
あの口を見れば、今でも両親を奪われた夜が蘇る。
それでも、もう目を逸らさなかった。
セレナを見る。
弓使いを見る。
ヘビィボウガンの射手を見る。
三人とも、まだ立っている。
それを確認してから、カイルはオストガロアへ視線を戻した。
「……セレナ」
「何?」
「助かりました」
「礼は後。今は戦って」
カイルは小さく笑った。
「はい」
身体は重い。
腕も震えている。
それでも、さっきまでとは違う。
一人で立っているわけではない。
前線には仲間がいる。
自分が倒れれば、その分だけ仲間に負担がかかる。
だから今度は、自分一人で抱え込むのではなく、仲間と一緒に戦う。
カイルは片手剣を握り直した。
「……誰も死なせない」
その言葉に、自分一人で全部を守るという意味はなかった。
自分も生きる。
仲間にも生きてもらう。
そして――。
「今度は、皆で帰る」
セレナが頷いた。
「ええ」
前方では、弓使いが次の矢をつがえている。
ヘビィボウガンの射手も、銃口を上げている。
四人の位置が、再び一つの戦線へ戻っていく。
オストガロアが口腕を振り上げた。
カイルはその軌道を見た。
今度は、見失わない。
盾を構える。
片手剣を握る。
恐怖を抱えたまま、それでも前へ出る。
あの夜とは違う。
今は、仲間の声が聞こえている。
その声を背に、カイルは再び戦場へ戻った