鬼蜘蛛の足元で、『九ツ』の影が黒い水面のように揺らいだ。
その奥から、一本の柄がゆっくりと浮かび上がる。
続いて刀身。
その隣からも、また一振り。
深い水底に沈んでいたものが浮上してくるように、無数の刀が影の中から次々と姿を現した。
浮かびきった刀は白砂へ倒れ、乾いた音を立てながら鬼蜘蛛の周囲へ広がっていく。
刀の群れを足元に従える鬼蜘蛛の正面で、火黒は腕を組んで立っていた。
構える様子すらない。
ただ口元だけを吊り上げ、いかにも待ちかねていたという顔で鬼蜘蛛を見ている。
「分かってるな? 負けた方が舎弟じゃ」
「おう。二言はねえ」
それだけで話はまとまった。
随分と単純な決着のつけ方だが、当人達にとってはこれ以上なく重要なことらしい。
二人が喧嘩の約束をしていたことは、周囲にも知られていた。
いつの間にか砂地の外側には、暇を持て余した者達がぽつぽつと集まり始めている。
中には、明らかに暇ではないはずの男まで混じっていた。
「分かりやすくて結構なことだ」
盃は腕を組み、いかにも愉快そうに眺めている。
その傍らには壬剣陣兵もいた。
少し離れた場所では、懐が胸元で小さく拳を握っている。
「くもくん……がんばって」
応援する声はかなり小さい。
どうやら火黒に聞かれるのは少し怖いらしい。
隣に立つ禽雀は、そんな懐と向こうの二人を交互に見て、呆れたように息を吐いた。
「……あの話、まだ終わってなかったんですか」
ふと視線を横へ向けると、義衛門もいた。
ただの野次馬とは違い、やけに真剣な顔で火黒を見ている。
禽雀の視線に気づくと、義衛門が僅かに姿勢を正した。
「……どうも」
「……どうも」
先日のこともあり、未だに互いの間には少しばかり気まずさが残っている。
禽雀はそれには触れず、義衛門の視線の先を追った。
「やはり、こういうのはお好きなんですか?」
「いや」
義衛門は首を振る。
「個人的な感情は抜きにして、あの惨蔵殿と真っ向から戦ったという陽炎殿の戦いは見ておきたいと思ってな……」
「なるほど」
それならば話は分かる。
禽雀も視線を戻した。
その間にも、二人の間ではすでに火花が散り始めている。
「お前もはよ解放しろ、犬」
「あ?」
火黒が鼻で笑った。
「いらねえよ、ザコ。殺す気でこい」
「負けた時の言い訳にするなよ」
「ははっ。負けたらご主人様っつって尻尾でも振ってやるよ」
その言葉を聞いた鬼蜘蛛の口元が、にいっと吊り上がった。
「――言ったな」
踏み出すと同時に、足元から二振りを拾い上げる。
腰の後ろへ差した『虚命』から、血脈を思わせる赤い霊子が伸びた。
左右の刀へ絡みつき、柄から刀身へと這っていく。
「『べっこう飴』」
片方の刀身が、溶けるように形を失う。
「『巻舌(まきじた)』」
もう一方は、巻かれていた帯を解くように細長く伸びた。
二振りを左右へ振る。
伸びた二つの刀身が砂地を這い、そこに散らばっていた刀をそれぞれ三振り、計六振り絡め取った。
鬼蜘蛛はそれらを引きずりながら、自ら火黒へ向かうのではなく、じりじりと距離を取っていく。
足元一帯を刀で埋め、自らも何振りもの斬魄刀を携える鬼蜘蛛。
対する火黒は、未だ始解どころか刀にすら手を掛けていない。
戦う前から、二人のやり方はまるで違っていた。
「盗られてたお気に入りで相手してやる」
絡め取った一振りへ赤い脈が走る。
「『飛昏(ひぐらし)』」
鉄塊を思わせる槌が姿を現した。
鬼蜘蛛が放つ。
低い唸りと共に一直線に迫った『飛昏』を、火黒は僅かに身体を傾けただけでかわした。
「使えやいいってもんじゃねえぜ」
そのまま距離を詰める。
通り過ぎた『飛昏』は背後で大きく弧を描き、再び火黒を追い始めた。
当然、火黒も気づいている。
だが、構わず走った。
背後から追う『飛昏』との距離が、じりじりと開いていく。
真正面から迫る火黒を見ながら、鬼蜘蛛はむしろ楽しそうに笑っていた。
別の刀へ脈を繋ぐ。
「『癇癇だたら(かんかんだたら)』」
巨大な大鋸が姿を現す。
鬼蜘蛛が大きく振りかぶった。
「おせえ!」
火黒の蹴りが先に届く。
その寸前。
「『転繰蛙(てんくりがえる)』」
鬼蜘蛛の姿が消えた。
代わりに、蹴りの先へ現れたのは、背後から追ってきていた『飛昏』だった。
「――!」
火黒の目が僅かに見開かれる。
蹴りと槌が正面から激突した。
同時に、鬼蜘蛛は『飛昏』がいた位置――火黒の背後へ移っている。
すでに振りかぶっていた『癇癇だたら』を、そのまま背中へ振り下ろす。
刃は触れる寸前まで迫っていた。
火黒は蹴りを受け止めた『飛昏』を足場に、そのまま身体を翻した。
背後へ迫る大鋸の刃筋を捉え、紙一重で身をかわす。
『癇癇だたら』が身体すれすれを通り抜けた。
その勢いのまま、火黒の裏拳が鬼蜘蛛の頬へめり込む。
「ぶっ――!」
小さな身体が横へ弾けた。
白砂の上を何度も跳ね、盛大に転がっていく。
だが、止まったと思った次の瞬間には、もう立ち上がっていた。
鬼蜘蛛は頬を拭いもせず、新たに二振りを引き寄せた。
「『油坊主(あぶらぼうず)』」
刀を振る。
大量の油が白砂へ撒き散らされた。
「『焔鼠(ひねずみ)』」
炎が上がる。
鬼蜘蛛の身体を包み、同時に『癇癇だたら』の鋸刃へまとわりついた。
さらに最後の一振りへ赤い脈が伸びる。
「『泡沫(うたかた)』」
景色が揺らいだ。
一つだった『飛昏』が、二つ、三つと増えていく。
炎を纏った鬼蜘蛛の姿も同じだった。
現れては消え、消えてはまた別の場所へ現れる。
実体と虚像の境が曖昧になり、白一色だった砂漠が油と炎、揺らめく影に塗り替えられていった。
遠巻きに見ている者でさえ、一瞬目を離せば本物を見失いそうになる。
「最強形態じゃ。平伏すなら今のうちだぞ、犬っころ」
どこからともなく、得意げな声が響いた。
盃が感心したように顎へ手をやる。
「なるほど。よくできてる」
隣の陣兵も、目まぐるしく入り交じる刀と鬼蜘蛛を追いながら息を呑んだ。
「本当に……あれほどの数の刀を」
「……なんなのだ、あれは」
義衛門も思わず小さく零す。
禽雀にも、それ以外に言いようはなかった。
異なる斬魄刀を使えるだけではない。
それらを同時に繋ぎ、互いを補うように組み合わせていることの方が厄介だった。
その中心で、火黒だけは変わらず楽しそうに笑っている。
「悪くねえな」
無数に見える『飛昏』をかわす。
一つが横を抜けた。
直後、その場所へ鬼蜘蛛が入れ替わる。
炎を纏った刀が振られた。
火黒が首を傾けて避ける。
鬼蜘蛛はまた消える。
次は死角から。
今度は上から。
『飛昏』の群れへ紛れ、現れては刀を振り、また別の場所へ消えていく。
火黒の頬に浅い傷が走った。
肩にも一筋。
腕にも、いつの間にか細い血の線が増えている。
無傷ではない。
だが、余裕はまるで崩れていなかった。
「余裕こいてるようだが、削り節になる前に降参したらどうじゃ!」
完全に調子に乗った鬼蜘蛛の声が聞こえてきた。
火黒は『飛昏』をかわしながら、でかいため息を吐いた。
一つ。
また一つ。
さらに鬼蜘蛛の斬撃を身体を反らして避け、その最中だというのに片手で頭を掻く。
「おい、チビ」
「あ?」
「てめえの決定的な弱点を、簡単に教えてやる」
火黒が拳を振り上げた。
その先には、まだ何もない。
「お前はな――」
迷いなく振り抜く。
直後。
その拳の前へ、鬼蜘蛛の顔が現れた。
「ガキがおもちゃ振り回してるだけだ」
鈍い音が響いた。
拳が顔面を真正面から捉える。
鬼蜘蛛の身体が虚像の群れから弾き出され、そのまま砂地を転がっていった。
「くもくん!」
懐が駆け出す。
だが半分も進まないうちに、鬼蜘蛛がむくりと起き上がった。
両手から刀は消えている。
腰の後ろに『虚命』だけを差した姿で立ち上がり、すぐ近くの砂へ突き刺さっていた一振りへ手を伸ばした。
顔面は血まみれだった。
一度、鼻へ手を当てる。
ぷしっと鼻血を吐き出し、ぶるりと首を振った。
目尻には僅かに涙まで滲んでいる。
そして顔を上げた。
「……ぶち殺してくれるわ、犬畜生が!!」
完全に切れていた。
「真打! 『大地断堕癇癇だたら(だいじだんだかんかんだたら)』!!」
「お!」
火黒の顔が途端に輝いた。
一方で、懐は青ざめる。
「懐、こっちへ!」
禽雀が慌てて腕を取り、その場から引き離していく。
「おー、新しいの出たな」
盃だけは、やけに弾んだ声を上げていた。
鬼蜘蛛の手に現れた大鋸は、始解の比ではない。
その背丈の倍を優に越える巨大な鋸刃。
柄から伸びる鎖も太く巨大化し、鬼蜘蛛の腰から肩へ食い込むように巻きついている。
鬼蜘蛛は怒りをそのまま叩きつけるように、大鋸を振り上げた。
そのまま砂地へ叩きつける。
鋸刃が大地へ深く噛み込んだ。
瞬間。
地面が軋んだ。
腹の底まで響く轟音と共に、白砂が大きく跳ね上がる。
鬼蜘蛛の足元から地割れが走った。
ただ一直線に裂けるのではない。
鋸で大地そのものを引き裂いているように、ぎざぎざとした亀裂が砂地を抉りながら火黒へ迫っていく。
「はは、いいぞ!」
火黒が笑った。
「小賢しくくるより、それくらい派手にこいや!」
揺れる大地の上を駆ける。
足元が割れても、隆起しても、その動きは鈍らない。
崩れる砂を踏み、開いた亀裂を軽々と飛び越え、むしろ鬼蜘蛛との距離を縮めていく。
「があああああっ!」
鬼蜘蛛は大鋸を振り回した。
先ほどまでの鬼蜘蛛は、少なくとも相手を見ていた。
刀を選び、順序を組み、火黒の動きを利用していた。
今はもう違う。
右へ。
左へ。
振り上げては叩きつけ、また地面を裂く。
巨大な鋸を怒り任せに振り回し、白砂を撒き散らしている。
その様は、真打の名の通り、ただ癇癪を起こしているだけだった。
「……おい、弾正」
陣兵が揺れる足元に踏ん張りながら顔をしかめた。
「そろそろ抑えた方がよいのではないか。このままでは舟まで巻き込みかねんぞ」
「……うん」
盃は未だ楽しそうに戦いを眺めている。
「だいたい分かったな。このままだと舟も危なっかしいが――」
火黒が地割れを一つ飛び越えた。
着地した時には、すでに鬼蜘蛛の目の前にいる。
「まぁ、もう終わるか」
鬼蜘蛛が大鋸を振り上げた。
火黒は拳を作らなかった。
中指を親指に掛ける。
鬼蜘蛛の額へ向けて――弾いた。
ごっ、と。
到底、指先一つで生じたとは思えない鈍い音が響く。
鬼蜘蛛の頭が大きく仰け反った。
身体がそのまま後ろへ倒れる。
巨大な大鋸は砂へ届くより先に形を失い、真打が解けていった。
鬼蜘蛛は大の字になって白砂へ沈んだ。
ぴくりとも動かない。
完全に気を失っている。
「ふん」
火黒は鼻を鳴らした。
両手をぱんぱんと払い、まるで少し埃でもついた程度の顔をしている。
周囲には、鬼蜘蛛が使った刀が散乱していた。
その中心に、当の本人だけが大の字になって伸びている。
義衛門はしばらくその光景を見ていた。
惨敗だった。
だが、呆れるより先に苦笑が漏れた。
あれほどの数の刀を扱い、次から次へと妙な手を思いつく。
それでも最後には頭へ血を上らせ、力任せに武器を振り回して負ける。
確かに、火黒の言う通りなのかもしれない。
今はまだ、武器に振り回される小僧に過ぎない。
(まぁ、これからだ。小僧)
義衛門はそう胸の内で呟き、砂地へ足を踏み入れた。
一振り拾う。
少し離れた場所に落ちたもう一振りへ向かい、また腰を屈める。
鬼蜘蛛が何より大事にしている刀達を、一本ずつ拾い集めてやることにした。
*
義衛門が砂地へ散らばった刀を拾い集めている間、盃は大の字になって伸びた鬼蜘蛛をしばらく眺めていた。
完全に意識を失っている。
額には火黒の指で弾かれた跡が赤く残り、その周囲には白砂が薄く積もっていた。
やがて盃は満足したように息を吐き、周囲へ視線を巡らせた。
「早蕨。陽炎。志波。それと、懐」
呼ばれた者達が、それぞれ顔を上げる。
「少し話がある。例の部屋に集まってくれ」
そこまで言ってから、盃は足元の鬼蜘蛛へ視線を落とした。
「陽炎。ガキも一緒に連れてこい」
「あ?」
火黒が露骨に眉を寄せる。
「なんで俺が」
「貴様の舎弟になったんだろ? 兄貴分なら面倒みてやれ」
火黒はしばらく盃を睨みつけたものの、言い返す言葉も思いつかなかったらしい。
大きく舌打ちすると、鬼蜘蛛の傍らへしゃがみ込む。
「……かったりいな」
襟首を掴んで引き起こし、そのまま肩へ担ぎ上げる。
当の鬼蜘蛛は腕をだらりと垂らしたまま、ぴくりとも動かない。
盃はそれを確認すると、機嫌よく舟へ向かって歩き出した。
*
先日と同じ大部屋に集まったのは、ほぼ同じ顔ぶれだったが、僅かに人数は減っていた。
冤罪や政争によって流された者達のうち、今回姿を見せたのは義衛門だけだった。
どこにも属さない者達も何人か欠けている。
立場が人を作るというが、立場のあやふやな者にとって、この場は居心地が悪かったのかもしれない。
前回は盃が、何でも構わず腹の内を吐けと呼び集めた場だった。
だが一度話し合いを終えれば、それぞれが何を背負い、誰と行動するのかも少しずつ定まってくる。
そんな場の変化にも、呼ばれた理由にも興味がなかった火黒は、着くなり鬼蜘蛛を壁際の椅子へ座らせると、自分は床へ胡坐をかいた。
そのまま膝を崩し、早くも横になろうとする。
前回と何一つ変わらない態度に、何人かから冷たい視線が飛んだ。
盃だけは面白そうに笑っている。
「陽炎。今回は起きといた方がいいぞ」
「あ?」
「今回は貴様好みの楽しい話だ」
寝転がりかけていた火黒が、片目だけを開いた。
盃はそこで隣の椅子へ目を向ける。
鬼蜘蛛はまだ目を覚ましていない。
「……まぁ、こいつは興味を持つかも分からんからいいか」
「じゃあなんで、わざわざ連れてこさせたんだよ」
火黒の声が低くなる。
盃は悪びれる様子もなく答えた。
「そりゃ、貴様がちゃんと兄貴分の意識を持ってるか試しただけだ」
「は?」
「上下を賭けて戦ったなら、勝者は上としてちゃんと励まんとな。勝ったからって、良い思いだけできる訳じゃないってことだ」
火黒の顔が露骨に渋くなった。
少しの間、盃を睨む。
それから盛大に舌打ちすると、床へ置きかけた腰を再び上げた。
椅子の前まで歩き、ぐったりしている鬼蜘蛛の頭を遠慮なく引っ叩く。
ぱしん、と乾いた音が響いた。
「ってぇ!」
鬼蜘蛛が勢いよく跳ね起きた。
何をされたのかも分からぬまま辺りを見回し、すぐ目の前の火黒を見つける。
「犬! ……」
そこまで口にしたところで止まった。
火黒の顔を見る。
少し考える。
先ほどの勝負と、その前に交わした約束までようやく繋がったらしい。
鬼蜘蛛の顔から、すっと表情が抜けた。
「あにさん」
火黒が目を瞬く。
周囲からも、僅かに反応が遅れた。
鬼蜘蛛のこれまでの振る舞いを見ていれば、負けた後になって「知らん」と言い出しても不思議ではなかった。
少なくとも、周囲の何人かはそう思っていたらしい。
盃などは、少し感心したように眉を上げている。
「おう。起きたな、舎弟」
火黒は試すようにそう返した。
「話があるっつうから、俺の代わりに聞いとけ。俺は寝る」
そう言って、再び床へ腰を落とそうとする。
「へぇ! あにさん。承知しやした!」
やけにはきはきした返事が飛んだ。
火黒の動きが止まる。
鬼蜘蛛の表情はいつもと変わらない。
口調だけがおかしかった。
何人かが堪えきれず噴き出した。
火黒がゆっくり振り返る。
「……おい」
「へぇ」
「一応聞くが、それはふざけてんだよな?」
「?」
鬼蜘蛛が眉根を寄せる。
問われていることの意味が分からないという顔だった。
「……なにがでやしょう? あっし、大真面目でございやすけど」
嫌がらせならば話は早かった。
本当に大真面目らしい。
顔だけ見れば、約束さえなければ「何言っとんじゃ犬っころ。訳分からんこと抜かすな」とでも返していそうである。
火黒のこめかみが引きつった。
「……その喋り方はなんだ」
「へぇ! あっしがいたとこじゃあ、舎弟といやぁこんな口調が当たり前でやして! 僭越ながら見様見真似してる所存でございやす!」
「どんなとこいたらそうなんだよ、アホ!」
怒声が部屋へ響く。
鬼蜘蛛はますます分からないという顔になった。
「呼び方だけあにさんにしろ。それ以外は気持ち悪ぃから戻せ」
「なんじゃ。それならはよそう言え。かったるい奴じゃな」
いつもの口調に一瞬で戻った。
自分で言った手前、火黒は返す言葉もない。ただ、握り締めた拳だけが小刻みに震えていた。
そんな二人のやり取りから顔を逸らすように、懐は禽雀の背中へ額を押しつけていた。
肩が小さく揺れている。声を出さないよう、必死に笑いを堪えていた。
禽雀も何とも言えない顔のまま目を伏せる。
先ほどから妙に静かな盃に火黒が目を向けると、片手で腹を押さえて俯いている。
肩が大きく震えていた。
完全にツボへ入ったらしい。
「……おいこら」
火黒の声に、盃は片手を上げた。
声を出そうとして失敗し、しばらくそのまま耐える。
ようやく息を整えると、目元に残った笑いを拭うでもなく顔を上げた。
「……いや、悪い。本題にはい――グフっ」
盃が落ち着くまで待ってから、話し合いは静かに始まった。