爛熟の迷宮 ~祝福の果実に身体も心も変えられていく三十人の少女たち~   作:これはR-15の範囲内なのか

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第十一話『名前のついた異常』

 重い鉄扉が開き、湿った空気が流れ込んだ途端、教室に残っていた少女たちの視線が一斉に蛍たちへ突き刺さった。

 

「おかえり!」「どうだった!?」「青い果実、あった!?」

 

 次々と飛んでくる切実な声と熱気に、先頭で戻ってきた蛍は思わず一歩たじろいだ。出発してから、それほど長い時間が経ったわけではない。それでも残された側にとっては、鉄扉の向こうへ仲間を送り出して待つ時間は、実際よりもずっと長く感じられたのだろう。

 

「青い果実は見つからなかったよ。でも、代わりに色々拾ってきた」

 

「色々?」

 

「これ」

 

 蛍が脇へ避けると、後ろにいた葵たちが持ち帰った装備を教卓へ並べていく。見慣れ始めた短剣と革製の防具。そして、これまでにはなかった真新しい二つの武器――先端に青い石が嵌め込まれた滑らかな木杖と、矢筒すらない木製の弓。

 

 その二つを見た瞬間だった。

 

「――っ、魔法武器!?」

 

 教室の隅から、それまでの誰よりも大きな、ひっくり返ったような声が飛んできた。

 

「うわっ」

 

 何人かが驚いて振り返る。その視線の先で、いつもはダボダボのカーディガンに埋もれている三島琴音が、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がっていた。

 

「それ、絶対そういうやつじゃん! 杖!? 弓!? え、どうやって使うの!? スキル? 詠唱!? MP消費型!? それとも属性付き!?」

 

「こ、琴音ちゃん、落ち着いて」

 

「これが落ち着いていられるわけないじゃん!」

 

 普段は人前で大声を出すことなど滅多にない琴音が、前髪の奥の瞳をギラギラと輝かせながら早足で迫ってくる。その尋常ではない圧に、杖を持っていた麗華が若干引いて後ずさった。

 

「……さっきまで命懸けで戦ってきた人間の前で、随分と楽しそうね」

 

「あっ」

 

 琴音の足がピタリと止まる。

 

「……ご、ごめん。つい……」

 

「別に怒ってないわよ。オタク特有の早口にびっくりしただけ」

 

 麗華は小さく息を吐き、手にしていた杖を差し出した。

 

「実際、これについては私たちも知りたいの。迷宮の中では、光の弾みたいなものを撃てたわ」

 

「撃てたの!?」

 

「だから圧が強いって」

 

「あ、ごめん……」

 

 二度目の注意を受けて、琴音がシュンと半歩下がった。その間に、香奈恵が今回の探索について手短に説明していく。ゴブリン三体と遭遇し、二体を倒して一体を追い払ったこと。スライムの群れに襲われたこと。そして戦闘中、麗華が偶然『杖の使い方』を発見したこと。

 

「両手で持って、敵に向けると先端が光ったの」

 

 麗華が説明しながら、杖を両手で構えてみせる。

 

「こんな感じ。それで少し待つと光が集まって、撃てるようになるはずなんだけど……」

 

「…………」「…………」

 

 何も起きない。先端の青い石は、教室の青白い光を鈍く反射しているだけだった。

 

「やっぱり駄目ね」

 

「帰ってきてからずっと?」

 

「ええ。迷宮で三発撃った直後から」

 

 琴音が顎へ手を当て、杖を食い入るように覗き込む。

 

「三発……弾数制?」

 

「私たちも最初はそう思ったんだけどね」

 

「壊れた可能性もあるよね」

 

 葵が横から口を挟むと、麗華がじろりと睨んだ。

 

「だから壊してないって言ってるでしょう?」

 

「まだ言ってないじゃん!」

 

「言ってそうな顔してたのよ」

 

「そんな顔ある!?」

 

 二人のやり取りを横目に、琴音は「貸して」と杖を受け取った。両手で持ち、麗華と同じように教室の壁へ先端を向ける。だが――。

 

「……何も起きないね」

 

「でしょ?」

 

「じゃあ、本当に残弾がなくなったとか?」

 

「それなら、この弓も試してみればいいんじゃない?」

 

 別の机に置かれていた弓を指して、一人が提案する。それももっともだった。琴音は杖を机へ戻すと、今度は弓を手に取った。矢はない。それでもとりあえず弦へ指を掛け、ゆっくりと引いてみる。

 

「結構軽い……。普通の弓だったら、もっと力いるよね?」

 

「多分。弓道部じゃないから分からないけど」

 

「で、こうして引けば――」

 

 弦をいっぱいまで引き絞る。

 

「…………」

 

 やはり何も起こらなかった。

 

「ダメだね。やっぱり壊れてる?」

 

「二つとも? それは変じゃない?」

 

 口々に意見が飛び交う。その様子を少し離れた場所から見ていた蛍は、ふと、自分の腰に下げていたショートソードへ視線を落とした。杖も弓も使えない。だが、それは本当に『武器そのもの』の問題なのだろうか。

 

「……ねえ、こっちも試していい?」

 

 蛍がスッと鞘からショートソードを抜いた。一瞬、周囲の空気がぴんと張り詰めた。。

 

「ちょ、神崎さん、何する気!?」

 

「人には向けないよ!」

 

「それは当たり前でしょ!」

 

「そうじゃなくて……ほら、あれ」

 

 蛍が指差したのは、教室の後方へ寄せられていた古い机だった。ここへ来てからほとんど使われておらず、荷物置きにすらなっていない一台だ。

 

「杖も弓も、『教室に戻った途端』に使えなくなったんだよね?」

 

「そうだけど……」

 

「だったら、この剣はどうなんだろうって」

 

 全員の視線が、蛍の手にある鋭利な刃へ集まる。香奈恵がしばらく考え、それから机を見た。

 

「……人に向けない。振り回さない。それなら、まあ」

 

「ちょっとだけ試してみるね」

 

 蛍は机の前へ立つと、両手でショートソードを握った。本気で破壊するつもりはない。ただ、木製の天板に軽く刃を食い込ませるくらいなら、この剣なら簡単なはずだった。

 

「いくよ」

 

 軽く振り上げ、天板へ刃を下ろす。

 

 コンッ。

 

「……え?」

 

 予想していたものとはまるで違う音に、蛍は目を丸くする。剣は机へ当たった。だが、刃は木へ食い込むどころか、表面に傷一つ付けていない。

 

「もう一回」

 

 今度は少しだけ力を込めて振り下ろす。

 

 コンッ!

 

 結果は同じだった。

 

「何これ……?」

 

 蛍が剣先を見る。刃が潰れたわけではない。指で触れれば皮膚が切れそうなほど鋭利なままだ。それなのに机へ振り下ろすと、まるで刃物ではなく硬い棒でも当てたかのように弾かれてしまう。

 

「貸して」

 

 葵がショートソードを受け取り、全体重をかけて机へ押し当てる。

 

「……本当だ。全然入らない。滑るみたいに」

 

「待って」

 

 琴音が目を細めた。先ほどまでの興奮とは違う、静かに思考を回す時の顔だった。

 

「これ、武器が壊れてるんじゃなくて……『教室の中だから』じゃない? 防具も、ここに戻ると変わるんでしょ?」

 

「……そういえば」

 

 蛍たちが迷宮で身につけている革の胸当ては、この境界線を越えた途端に防具としての異様な性質を失ってしまう。それなら。

 

「安全地帯では、武器も使えなくなる……?」

 

 香奈恵が呟く。

 

「ありそう」

 

 琴音はすぐに頷いた。

 

「少なくとも、試す価値はあると思う」

 

 少女たちの視線が自然と、教室の隅にそびえる黒い鉄扉へ向かった。

 

◇ ◇ ◇ 

 

「……何で私たち、机運んでるんだろうね」

 

「検証のためでしょ」

 

「そうだけどさあ」

 

 数分後。蛍と葵は、先ほど剣を試した机を二人がかりで鉄扉の向こう――迷宮の石畳の上へと運び込んでいた。

深く潜るつもりはない。階段を下りきる必要すらなかった。鉄扉を開け、教室から数歩だけ離れた場所へ机を置く。扉の向こうでは、香奈恵たちがすぐに退避できるよう待機している。

 

「本当にここでやるの?」

 

「何か来たらすぐ戻るから」

 

「じゃあ早くしてよ。机持って魔物から逃げるとか絶対嫌だからね」

 

「机は置いて逃げようよ……」

 

 もっともなことを言いながら、蛍はショートソードを抜いた。教室で試した時と同じように構え、刃を振り下ろす。

 

 ザクッ――。

 

「「…………」」

 

 乾いた音とともに、ショートソードが天板へ深々と食い込んだ。

 

「……斬れた」

 

 葵が呆然と呟く。教室では傷一つ付かなかった机に、今ははっきりと刃の跡が残っている。

 

「やっぱり、教室の中だと、武器としての機能が止まってるんだ」

 

「安全地帯だから?」

 

「多分。でも断定はまだできない。とりあえず、教室と迷宮で性質が変わるのは確か」

 

「じゃあ……」

 

 麗華が持ってきた杖を見る。全員が同じことを考えた。

 

「これも、ここなら使えるかも?」

 

 麗華は机から少し距離を取り、杖を両手で構えた。しかし――。

 

「……光らないわ。さっきと同じで全然反応しない」

 

 麗華が何度構え直しても、青い石は沈黙したままだった。

 

「ちょっと貸して。少し気になるから試してみる。撃てそうなら机に向けるから」

 

 琴音が手を伸ばす。麗華から杖を受け取り、少しぎこちない手つきで両手に持つ。先端を、切り傷の入った机へ向けた。

 

「こう……?」

 

 その瞬間、青い石が、ふわりと光った。

 

「「「あ」」」

 

 全員の声が重なる。琴音自身が一番驚いたらしく、慌てて杖を下げると、光が消えた。

 

「今、光った!」

 

「私が持った時は何も起きなかったのに……」

 

「もう一回やってみるね」

 

 琴音が再び構える。やはり光る。しばらく待つと、先端へ淡い光の粒が集まり始めた。

 

「本当に使える……」

 

「じゃあ杖の回数じゃない?」

 

 葵が言った。琴音は光を消すために杖を下ろすと、麗華と杖を交互に見た。

 

「……もしかして、武器じゃなくて『使う人』の方に限界がある? ゲーム的に言うなら――MP、みたいな」

 

「えむぴー?」

 

「魔法を使う時に減る数字。ゲームだとゼロになると魔法が使えなくなるの」

 

「じゃあ、私はそれが空っぽ?」

 

 麗華が自分の手を見る。

 

「可能性はある。ただ、本当にMPなのかは分からないよ。便宜上そう呼ぶだけ」

 

 琴音は杖を見下ろした。

 

「三発撃った篠宮さんは使えない。でも一発も撃ってない私は使える。もし他の人も使えるなら、武器側じゃなくて使用者側に何か消費するものがある可能性は高いと思う」

 

「じゃあ弓も?」

 

 一同の視線が、最後に残された武器へ向かった。矢のない弓。教室の中では、いくら弦を引いても何も起きなかったそれを、葵が手に取った。

 

「私がやってみるね、机狙ってみる」

 

「東さん、気をつけて」

 

 葵は前に見た弓道部の構えを思い出しながら弓を構え、弦へ指を掛ける。ゆっくりと引くと、何もなかったはずの弦の上に、細長い光が生まれた。淡い光は見る見る形を整え、一本の矢へと変わっていく。

 

「本当に矢が出た……。放してみるよ」

 

 葵が指を離す。ヒュッ――!という音と共に光の矢が空気を裂き、机へ突き刺さる。バキッ、と木材が弾けた。

 

「おお……、もう一回!」

 

「ちょっと楽しくなってない?」

 

「なってないなってない」

 

 どう見てもなっている顔で、葵は再び弦を引く。二本目の光の矢を放った直後だった。

 

「……あれ? 出なくなった」

 

 葵が首を傾げる。琴音はしばらく黙って弓を見つめ、それから麗華の杖へ視線を移した。

 

「……やっぱり、あるんじゃないかな」

 

「MP?」

 

「二本で止まった……。仮にMPって呼ぶなら、葵さんはここで空になったってことかな。……いや、でも杖と弓で一回あたりの消費が同じとは限らないか」

 

 琴音はそう言ってから、慌てて付け加える。

 

「もちろん全部仮説だよ。そもそも同じものを消費してるのかも分からないし、どうやったら回復するのかも分からない。寝れば戻るのか、赤い果実を食べれば戻るのか、それとも時間だけで戻るのかも」

 

「また調べること増えたね……」

 

 蛍が苦笑する。

 

「うん」

 

 琴音は答えた。けれど、その顔は嫌そうではなかった。分からないことが増えた。同時に、分かったことも増えていた。教室の中では、少なくとも迷宮で手に入れた武器はその攻撃性を失うらしい。迷宮へ一歩出れば、再び武器として機能する。そして杖や弓は、使い手側の何かを消費している可能性がある。

 

 それが何なのか。まだ誰にも分からない。それでも少女たちは、その日のうちに新しく見つかった現象へ、ひとまず自分たちなりの名前とルールを与えた。

 

 ――魔法武器。

 ――MP。

 ――そして、安全地帯(セーフエリア)。

 

 それが正しいのかどうかを確かめる術など、どこにもなかった。だが迷宮で生きていくためには、正解が与えられるまで待っているわけにもいかない。

 

 理解できない現象に名前をつける。仮のルールを決める。それだけで、正体の知れない迷宮にも、少しずつ法則が見えてきたような気がした。

 ――少なくとも、少女たちはそう思った。そして、その小さな安心が彼女たちの足を以前より容易く鉄扉の向こうへ向けるようになるまで、そう時間はかからなかった。

 

 それからの五日間、少女たちの生活は少しずつ、けれど確実に変わっていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 そして迎えた十日目の朝。蛍たちがこの迷宮に閉じ込められてから、今日で十日目――。

 

 最初は、誰かの身体が変わるたびに教室中が騒ぎになった。数字が増えれば泣く子もいたし、鏡の前から動けなくなる子もいた。けれど十日目ともなれば、それも朝の習慣の一つになっていた。

 

「次、篠宮さん測るよー」

 

「はいはい。メジャー冷たいんだから、気をつけてよね」

 

 麗華が慣れた様子で、部屋着の裾を躊躇いなくたくし上げて測定場所へ向かう。

 

 教室の前方には、いつの間にかメジャーと記録用のノートが常備されるようになっていた。誰が決めたわけでもない。朝になれば誰かが取り出し、昨日からどれだけ身体が変わったのかを書き留める。それが、いつしか点呼や朝食と同じくらい当たり前の習慣になっていた。

 

「うわっ、麗華ちゃんついに100の大台乗ったじゃん!」

 

「……喜ぶことじゃないわよ。重いのよ、これ」

 

 メジャーの数値を見た生徒が歓声を上げ、麗華がため息をつく。だが、その細く華奢なウエストから突き出されたその双丘は両胸だけで数キロに達しており、息をするだけでたぷんと重々しく揺れる。

 

「でもさ、ダンジョン行けば防具がぴったり支えてくれて重く感じないし。教室の中だけだからまだいいんじゃない?」

 

「まあね。魔法撃つ時はあんまり動かないし」

 

「これで3桁行ったの、五人目かな?」

 

「てかさー、うちらこのちょうどいい感じの時に帰れたら、女子高生巨乳グループとしてデビューできるんじゃない? 事務所とか余裕で受かるっしょ!」

 

「ちょっと、勝手にアイドルにしないでよ」

 

 くすくすと、教室に明るい笑い声が響く。

 

「私も測ってー」

 

「ちょっと待って、順番!」

 

「昨日の記録どこだっけ?」

 

 明るい声が飛び交う。蛍は、その様子を少し離れた場所から見ていた。最初の日なら、数字が変わっただけで誰かが泣いていた。鏡を見て動けなくなった子もいた。これ以上変わりたくないと、赤い果実を拒んだ子だっていた。

 なのに今では、そんな声もほとんど聞こえなくなった。何か変化があっても、「迷宮へ出れば防具が合わせてくれるからまだマシ」と軽く受け流される程度になっている。

 

(いつから私たち、これを普通のことみたいに扱うようになったんだろう)

 

 蛍は無意識に、自分の胸元――かつては真っ平だった場所に、確かな質量と深い谷間を刻み始めている見慣れない柔肉へ視線を落とした。その疑問を口にするより先に、教室の向こうから声が飛んできた。

 

「今日の探索組、そろそろ決めない?」

 

「あ、そうだった!」

 

 測定を終えたばかりの少女たちが、まるで放課後の予定でも決めるような気軽さで、鉄扉の方へ集まっていく。蛍だけが、その場に取り残されたように彼女たちの背中を見つめていた。

 身体は毎日変わっている。赤い果実を食べ、迷宮へ入り、魔物と戦う。それなのに、いつからか誰も、それを特別なこととして扱わなくなっていた。

(……おかしい)

 

 そう思うのに――数分後には、自分もまた今日の探索について話し合っているのだろう。

 

 その事実の方が、蛍にはずっと気味が悪かった。

 

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・10日目の主要メンバーのスリーサイズ

 

■ 神崎蛍《かんざき ほたる》

初期 :B70.W56.H.79

      ↓

10日目:B79.W56.H.79

 

 

■ 東葵《ひがし あおい》

初期 :B69.W55.H80

      ↓

10日目:B77.W55.H80

 

 

■ 橘香奈恵《たちばな かなえ》

初期 :B89.W56.H86

      ↓

10日目:B97.W56.H86

 

 

■ 篠宮麗華《しのみや れいか》

初期 :B92.W57.H88

      ↓

10日目:B100.W57.H88

 

 

■ 三島琴音《みしま ことね》

初期 :B75.W53.H77

↓

10日目:B83.W53.H77

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