爛熟の迷宮 ~祝福の果実に身体も心も変えられていく三十人の少女たち~ 作:a-ru
違和感はあった。おかしいとも思っている。だが結局のところ、この迷宮の最深部へ辿り着かなければ帰れないことに変わりはない。そう結論づけて、蛍はみんなが集まり始めた教卓の前へ向かった。
「じゃあ今日の探索組、シフト決めるわよ」
香奈恵の声に、教室のあちこちから返事が上がる。
「はーい」
「昨日行った人は休みだよね?」
「原則はね。体調が悪い人も遠慮しないで言って。無理して行く意味はないから」
つい先ほどまで測定に使われていた教卓の上には、今度は探索用のノートが開かれている。
測定を終えた少女たちは、それぞれ朝食代わりの赤い果実を一つずつ食べ終えていた。最初の頃なら口にするだけで覚悟が必要だったそれも、今では誰もいちいち騒がない。
空腹も喉の渇きも消え、疲れも取れる。そして何より、それを食べなければ一日をまともに過ごせない。だから食べる。それだけだった。
教卓に置かれたノートも、最初は身体の変化を書き留めるためだけのものだった。それが今では、誰がいつ迷宮へ入り、どんな武器を使い、どこで何体の魔物と遭遇したのかまで記録する『攻略データ』を兼ねるようになっている。
昨日探索に出た者はなるべく翌日は休ませること。初参加者だけで固めず、前衛を務められる者を複数配置し、杖や弓を扱う後衛も偏らせないこと。そして何より、危険を感じたら欲張らずに引き返すこと。
誰かが最初から決めていた規則ではない。あれから五日間、実際に迷宮へ入り、失敗し、話し合い、また試していくうちに自然と出来上がっていった『ルール』だった。
「今日は今までより奥の方も確認したいから、十人でパーティを組みましょう」
「十人かぁ。だいぶ大所帯になったね」
葵が言いながら、自分の名前が書かれたノートを覗き込む。さっきまで、自分たちがこの状況を当たり前のものとして受け入れ始めていることに薄気味悪さを覚えていたはずなのに、蛍も葵と一緒にノートを確認した。その事実を意識しないようにしながら、香奈恵の言葉へ耳を傾けた。
「前衛は神崎さん、東さん。それから――」
香奈恵が名前を読み上げていく。
蛍と葵に加え、何度か同行しているソフトボール部の少女と運動部の生徒の四人を前衛の中心に据える。その後ろを鉄パイプや即席の槍を扱う中衛二人が固め、さらに後方に魔法武器を扱う三人――杖の麗華と、弓の琴音たち――を配置する。そして最後尾から香奈恵が全体を指揮する陣形だ。
合計十人という、これまでにない大所帯のパーティだった。
「後衛の中心は篠宮さんでいいかしら?」
「ええ、構わないわよ」
麗華が気怠そうに頷く。
「前に出て走り回るより、後ろから杖を使う方が今の私には合ってそうだし、最近、胸が重くて億劫になってきたから、その方が助かるわ」
「防具もまだ、探索に行く人全員分は出てないからね……。あれがあるとダンジョン内でなら動くの楽になるんだけど」
「でも頼りにしてるよ篠宮さん、今のところ一番当てるのが上手いし、撃てる回数も最近四回になったよね」
「後ろにいる人より前に出る人から防具を優先するのは分かってるから、別にいいわよ」
ここ数日の検証で、同じ杖や弓を使っても、使用者によって撃てる回数が違うことは分かってきていた。
何がその差を生んでいるのかは、まだ分からない。赤い果実を食べた回数なのか。探索経験なのか。身体への魔力の馴染み方なのか。あるいは、その全部なのか。琴音たちは便宜上『MP』と呼んでいるが、それもあくまで仮の名前だ。
「三島さんも今日は弓お願いね」
「……うん」
琴音が少し緊張した表情で頷いた。五日前までは、鉄扉の向こうへ出ることそのものを避けていた一人だ。けれど今、その手には矢筒のない木製の弓がしっかりと握られている。
「大丈夫?」
蛍が尋ねると、琴音は鉄扉をちらりと見てから、弓を抱え直した。
「怖くないって言ったら嘘だけど……ずっと教室にいて考えてるだけじゃ、分からないこともあるから」
「無理そうならすぐ言ってね」
「うん。それに……」
琴音は手にした弓を見る。
「自分でも一回くらい、ちゃんと使ってみたいし」
「それ絶対ちょっと楽しみにしてるでしょ」
葵がニヤニヤしながら言う。
「ち、違うから!」
「顔に出てるって」
「東さん!」
「はいはい」
騒ぐ二人を見ながら、香奈恵が小さくため息をついた。
「遊びじゃないんだからね」
「分かってまーす」
「東さんは特に分かってなさそうなのよね……」
また笑いが起きる。蛍もつられて笑いながら、いつものショートソードを腰へ差した。
「装備確認して。杖と弓は無駄撃ちしないこと。まだ一人で使える回数は、多くても数回なんだから」
「はーい」
「怪我したらすぐ申告。今日も青い果実を探すけど、見つからなくても深追いしない」
「了解!」
十人分の元気な返事が重なる。それを聞いた香奈恵は満足そうに頷いた。
「じゃあ、行きましょう」
蛍が鉄扉の閂へ手を掛ける。ガギギ、と重い金属音とともに、迷宮へ続く扉が開いた。湿った地下の空気が教室へ流れ込んでくる。初日なら、それだけで身体を強張らせていたはずなのに。今はもう、誰一人として躊躇うことなく足を前へ進めていた。
◇ ◇ ◇
「前、三体!」
先頭を歩いていた蛍が声を上げる。
曲がり角の向こうから飛び出してきたのは、見慣れた青黒い肌のゴブリンだった。それが三体。手には錆びた短剣と棍棒を持ち、こちらを見つけた瞬間に耳障りな声を上げて突っ込んでくる。
「前だけでいける!」
蛍の声に、後方で弓を構えかけていた琴音が動きを止めた。
「撃たなくていいの?」
「三体なら温存しよう!」
「わ、分かった!」
以前なら、魔物が現れただけで全員が悲鳴を上げ、必死になっていた。だが今は違う。
蛍と葵が一歩前へ出て、その横にソフトボール部の少女と、もう一人の前衛が並んだ。
「一体ずつ!」
「了解!」
一番足の速いゴブリンが突出する。蛍は振り下ろされた棍棒の軌道を見て半歩身体をずらし、ショートソードで横へ受け流した。
「今!」
「任せて!」
葵のモップの柄が、死角からゴブリンの脇腹へ叩き込まれる。
「ギィッ!」
大きく体勢を崩したところへ、後ろに控えていた少女の槍が突き出され、一体目が光となって消える。残る二体が、一瞬だけ怯んだように足を止めた。
「行くよ!」
今度はこちらから踏み込み、各個撃破していく。
それから数十秒もかからなかった。三体目が淡い粒子となって消えた時、誰一人として大きく息を乱してはいなかった。
「……終わり?」
琴音が弓を構えたまま目を瞬かせる。
「うん」
蛍は周囲へ視線を走らせながら答えた。
「一応、少し待とう。後から別の魔物が来るかもしれないから」
「分かった」
十人がその場で周囲を警戒するが、追加の足音はない。琴音は構えていた弓をゆっくり下ろした。
「私……何もしてないんだけど」
「しなくて済むなら、それが一番よ」
香奈恵が即座に答える。
「弓も杖も使える回数に限りがあるんでしょう? 普通の武器だけで倒せる相手に、わざわざ使う必要はないわ」
「この先で何が出るか分からないからね」
蛍も頷く。
「使えるものは残しておこう」
「……なんか、本当にゲームみたい」
琴音がぽつりと言った。
「MP温存して、何か強いのが出てきた時に備えるやつ」
「そういうこと言わないでよ」
麗華が嫌そうな顔をする。
「本当に出てきそうじゃない」
「フラグ?」
「だからそれを言うなって言ってるの」
いつもの軽口が飛ぶ。ゴブリン三体と戦った直後だというのに、その声には明らかな余裕があった。蛍はそれを聞きながら、足元に落ちていた短剣を拾い上げる。
「また短剣。何本目?」
「分かんない。結構あるよね」
「予備はいくらあっても困らないわ」
香奈恵が受け取る。五日前なら、魔物が武器を落としただけで大騒ぎしていた。今では短剣程度なら、ただの予備装備だ。
「防具欲しいんだけど……」
「物欲センサーってやつだね。探してると出ないっていう都市伝説」
「あれ絶対存在するよね。とりあえず、新手も来ないみたいだし先に進む?」
その言葉には誰も反対意見が出なかったので、隊列を整え再び迷宮の奥へ歩き始めた。
◇ ◇ ◇
その後も、何度か魔物とは遭遇した。スライム四体にゴブリン五体、さらにはこれまで数回しか見たことのなかった小型の獣のような魔物三体と立て続けに遭遇したものの、戦闘は驚くほど安定していた。
「右、二体来る!」
「一回下がって!」
「杖は?」
「まだいらない!」
「了解!」
声が飛び交う。蛍たち四人が前で敵の動きを止め、中衛の二人が隙を見て攻撃する。敵がばらければ囲む。数が多ければ一度下がり、通路の幅を利用して同時に相手をする数を減らす。誰かが崩されそうになれば、他の一人がすぐ横へ入る。杖と弓は、どうしても前衛だけでは処理しづらい時にしか使わない。
「篠宮さん、一発お願い!」
「分かった!」
麗華の杖から放たれた青白い光球が、前衛の隙を抜けてスライムの核を正確に撃ち抜く。
「次は温存!」
「ええ!」
一発だけ。それで十分だった。以前のように、複数のスライムを前に全員が壁際へ追い込まれることはない。前衛が動きを制限し、必要な時だけ後衛が仕留める。敵の数が減れば、あとは普通の武器だけでも対応できた。
「最後!」
蛍のショートソードがスライムの核を貫いた。半透明の身体が崩れ、光となって消えていく。
「ふう……」
後衛で杖を下ろした麗華が息を吐く。
「やっぱりこれ、不思議ね」
「何が?」
「魔法を撃つと、疲れるっていうより……身体の奥から何か持っていかれる感じがするのよ」
琴音がすぐに反応した。
「MP?」
「それを私に聞かれても知らないわよ」
「朝に赤い果実食べたばっかりなのに?」
「だから余計に変な感じなの」
麗華は自分の手のひらを見下ろした。
「身体そのものは元気なのに、何か別のものだけ減った感じがするのよね」
「……やっぱり体力とは別なんだ」
琴音が小さく呟く。
「帰ったらメモしとこう」
「ほんと好きね、そういうの」
「大事だから!」
そのやり取りを聞きながら、蛍は何となく朝に食べた赤い果実を思い出していた。空腹を消し、喉の渇きを癒やし、疲れまで軽くする果実。それでも魔法を使えば、別の何かは減っていく。つまり、この身体には自分たちがまだ知らない何かが存在している。そう考えると、少し気味が悪かった。
「怪我した人?」
香奈恵がすぐに確認する。
「大丈夫!」
「ちょっと腕ぶつけたけど、平気」
「見せて」
「平気だってば」
「平気かどうか確認するの」
香奈恵が容赦なく袖を捲らせる。軽い打撲だ。皮膚も切れていない。
「これなら大丈夫。でも痛くなったら言ってね」
「はーい」
それを見届けてから、再び歩き出す。
たった五日。五日しか経っていない。それなのに、十人の動きは初めて大人数で迷宮へ入った時とは比べ物にならないほど滑らかになっていた。
誰が前へ出て、いつ魔法を撃ち、どのタイミングで下がるのか。そんな細かな手順までいちいち決めているわけではないのに、互いの呼吸を見るだけで何となく連携が取れるようになっていた。
「……なんかさ」
魔物が落とした革製の防具を拾いながら、葵が呟いた。
「最初の頃って、ゴブリン一匹でもめちゃくちゃ怖かったよね」
「今も怖いよ」
琴音が即座に答える。
「怖いけど……」
弓を抱えたまま少しだけ首を傾げる。
「今はもう、『見つけたら死に物狂いで逃げる敵』じゃないというか」
「分かる」
ソフトボール部の少女が頷いた。
「十人いるしね」
「完全に数の暴力だよね」
「言い方」
蛍が苦笑する。けれど否定はできなかった。三体や四体程度のゴブリンなら、今の彼女たちにとって以前ほど大きな脅威ではない。
一人で戦っているわけではない。前衛が敵を止め、中衛が支え、後衛には魔法武器まである。そして何より、自分たち自身の身体も以前とは違う。
「こっちが強くなったってことなのかな」
誰かが口にした。
「レベルアップ?」
葵が冗談半分に言うと、琴音が思った以上に真剣な顔をした。
「……可能性はあるかも。ゲームみたいなステータス画面はないけど、前より確実に身体が動くようになってるのは確かでしょ?」
「胸が大きくなって重くなってるはずなのに、身体は前より動くのって普通に考えるとおかしいよね」
それには誰も反論しなかった。蛍自身も感じている。長く歩いても以前ほど疲れない。剣を何度振っても、呼吸が乱れにくい。以前なら必死に反応していたゴブリンの攻撃にも、今なら少しだけ余裕を持って対応できる。
「赤い果実のおかげかな」
「それとも探索してるから? それとも両方?」
「分かんない、でも、何かが変わってるのは間違いないと思う」
そんな会話をしながら歩いている自分たちに、蛍は強い違和感を覚えた。迷宮の中だというのに。いつ魔物が現れてもおかしくない場所だというのに。まるで学校帰りに友達と部活の反省会でもしながら歩いているような、そんな錯覚すら覚えてしまう。
さらに厄介なのは――戦うことそのものにも、少しずつ慣れてきていることだった。
仲間の動きを読み、自分が一歩踏み込む。その動きに葵が合わせる。狙った通りに敵の体勢が崩れ、後ろから伸びた槍が決まる。剣道の試合で相手の狙いを読み切り、こちらの思惑通りに一本を取れた時にも似た、研ぎ澄まされた高揚感。
命のやり取りをしているはずなのに。連携が綺麗に噛み合った瞬間だけは、それを心地よいと思ってしまう自分がいる。
(……強くなってるなら、悪いことじゃない)
生き残るためには必要だ。この迷宮から出るためにも、弱いままでいるよりはいい。そう自分に言い聞かせる。それでも胸の奥に残った小さな黒い染みのような恐怖は、完全には消えてくれなかった。
◇ ◇ ◇
「香奈恵ちゃん」
「どうしたの?」
「ここ、まだ来たことないよね?」
それからさらに進んだところで、先頭を歩いていた蛍が足を止めた。目の前に現れた分かれ道。右側は何度か探索したことのある見覚えのある通路だが、薄暗い松明の先へ伸びている左側の道には、誰も足を踏み入れた覚えがなかった。
香奈恵がノートを開き、ここ数日で少しずつ書き足された手書きの地図を確認する。
「……うん。左はまだ誰も行ってない」
「新しい道?」
琴音が少しだけ身を乗り出した。
「どうする?」
葵が尋ねる。十人の視線が、蛍と香奈恵へ集まった。以前なら、未知の道を見つけただけで教室へ引き返す理由としては十分だった。けれど今は。
「杖は?」
香奈恵が聞く。
「私はあと二回はいけるわ」
麗華が答える。
「弓は?」
「私も二回」
「私も二回くらいだと思う」
「怪我した人は?」
「いない」
「体力もまだ全然いけるよ」
次々と返事が返ってくる。香奈恵は少しだけ考えた。
「……少しだけ確認しましょう」
「行くんだ?」
「少しだけよ」
香奈恵は念を押すように全員を見回す。
「何か変だと思ったら即撤退。新しい道だからって欲張らない。今日はここまで来た時点で十分成果はあるんだから」
「了解」
十人が左の通路へ入る。蛍が先頭。その後ろに葵たち前衛。中衛、後衛と続き、最後尾には香奈恵。
足音だけが石造りの通路へ響く。最初は、何も変わらなかった。同じような石壁。同じ松明。同じ湿った空気。魔物の姿もない。
「……何もないね」
琴音が小声で言う。
「何もない方がいいでしょ」
「そうなんだけど……こういう何もない通路って、逆に怖くない?」
「やめてよ」
「ごめん」
さらに進む。一分。二分。そして。
「……待って」
蛍がぴたりと足を止めた。後ろの全員も、ほとんど同時に止まる。
「何かいる?」
葵が小声で尋ねた。
「違う」
蛍は前を見たまま、ゆっくりと首を横に振った。
「あれ……」
通路の先。薄暗い闇の中に、それまでにはなかった巨大な影が見えていた。
「……扉?」
誰かが呟く。
一歩、また一歩と慎重に距離を詰めていくと、やがて揺らめく松明の光がその全貌を暗闇から浮かび上がらせた。
「…………大きい」
琴音が呆然と声を漏らした。巨大な両開きの扉だった。教室と迷宮を隔てている鉄扉など、比較にもならない。高さは少女たちの身長の倍以上。幅も、大人が何人も横に並んで通れそうなほど広い。
黒ずんだ金属で作られた表面には、それまで一度も見たことのない複雑な文様が彫り込まれている。中央には、円形の巨大な紋章。そして扉の周囲だけ、これまでの通路とは明らかに空気が違っていた。
「……これ」
琴音が引き攣った顔で口を開く。
「言わないで」
麗華が即座に遮った。
「まだ何も言ってないけど」
「どうせろくでもないこと言うんでしょう?」
「いや、その……」
琴音は巨大な扉を指差す。
「ゲームだったら、ほぼ確実に――」
「言わなくていいって」
今度は葵まで止めた。
「私でも分かるから」
「だよね……」
十人全員が巨大な扉を見上げる。誰も冗談を言わなくなった。今までとは違う。それだけは、ゲームに詳しくない蛍にもはっきりと分かった。
「……ボス部屋」
結局、誰かが小さく呟いた。誰も否定しなかった。香奈恵が静かに全員を見回す。
「どうする?」
短い問い。それだけで空気が張り詰めた。帰る選択肢を選ぶなら、今だ。誰も怪我をしていないし装備も手に入ったのだから、今日の探索としてはすでに十分な成果を上げている。
けれど。
「十人、いるんだよね」
一人が呟く。
「前衛もいるし」
「杖も弓も残ってる」
「今までで一番人数多いよね」
以前なら、この異様な扉を見つけただけで逃げ帰っていただろう。六人程度のパーティなら一度戻って人数を増やそうと考えたかもしれない。だが今は十人揃っており、前衛も後衛も充実し、杖も弓もまだ撃てる回数を残しており、怪我人もいない。
ここから一度出直すとして、一体何を準備すればいいのか。その答えが、すぐには思いつかなかった。
「……開ける?」
葵が小さく聞いた。蛍は答えなかった。十人の誰も、すぐには答えない。恐怖はある。当然だ。扉の向こうに何が潜んでいるのかなど、分からない。
それでも。
誰一人として即座に「帰ろう」と言い出さないことに、蛍は気づいてしまった。怖い。けれど同時に、この向こうに何があるのか、知りたい。青い果実があるかもしれない。あるいは、この扉の先が最深部へ続いているのかもしれない。
――今の私たちなら、いけるのではないか。そんな熱が、自分の中にも確かに存在していた。巨大な扉は何も語らず、十人の少女たちの前に静かにそびえ立っていた。