爛熟の迷宮 ~祝福の果実に身体も心も変えられていく三十人の少女たち~ 作:a-ru
ゴーレムを倒し、その先へ続く新しい区画へ足を踏み入れてから、一週間が過ぎた。
その七日間で、迷宮の攻略そのものが大きく進んだかと問われれば、答えは否だった。
大広間の先で初めて遭遇した、浅層のゴブリンより一回り大きく、盾や槍、弓を使い分けて連携する小鬼たち。それらは決して倒せない相手ではなかったが、一度戦えば今まで以上に体力を使い、魔法武器の消耗も早い。初見の時ほど振り回されることはなくなったものの、だからといって浅層の敵と同じ感覚で何組も連続して相手にできるほど甘くもなかった。
もっとも、七日間をまったく同じことの繰り返しで終えたわけではない。
最初の二日ほどは蛍や葵を中心に、最初の戦闘で掴んだ戦い方を他の探索参加者へ伝えることに時間を使った。盾持ちを正面から無理に突破しようとしないこと。槍を持った個体に囲まれないこと。後方の弓を自由にさせず、斧を持った大柄な個体が声を上げた時には、敵全体の動きが変わる可能性を考えること。
そうして情報が共有されると、三日目からは意図的に編成も変えられていった。
蛍が教室へ残る日があり、葵が休む日もあった。麗華を探索から外して別の杖使いを入れた日もあれば、浅層でしか戦ったことのない者を数人混ぜ、新しい小鬼との戦闘を経験している者をその補助へ回すこともあった。
特に全員が注目したのは、蛍も葵も麗華も参加しなかった四日目の探索だった。
前衛を務めたのは、これまで何度も浅層へ潜ってきたソフトボール部の少女と運動部の二人。中衛には槍を扱う二人を置き、後方には弓と杖を持った少女たちが並ぶ。香奈恵もその日は教室へ残り、新しい小鬼と実際に戦った経験のある数人が、戦闘中の判断を引き継いだ。
結果だけを見れば、その探索班も五体一組の小鬼を倒して帰ってきた。
「……勝てたよ。結構ぎりぎりだったけど」
白い魔法陣から戻ってきたソフトボール部の少女がそう報告した時、教室には安堵の声が広がった。
無傷というわけではない。教室へ戻ったことで既に傷は消えていたものの、槍を腕へ受けた者もいれば、盾に弾き飛ばされて石床へ背中を打ちつけた者もいたという。それでも、蛍たち数人に頼らなければ第二の区画へ入ることさえできない、という最悪の状況ではないことだけは確かめられた。
「じゃあ、ちゃんと戦い方を共有すれば、私たちがいなくてもいけるんだ」
報告を聞いた葵がほっとしたように笑う。蛍も同じ気持ちだった。
三十人近い人数がいるのに、自分や葵が毎日のように前へ出なければならない状態では、いずれどこかで無理が出る。誰か一人が倒れただけで探索そのものが止まるような集団では、迷宮の奥など到底目指せない。
その意味では、彼女たちは確かに前へ進んでいた。
新しい敵との戦い方を覚え、役割を交代できるようになり、拾ってきた装備も少しずつ増えている。浅層で使っていた革の盾より頑丈なものや、切れ味の良い短剣、以前より扱いやすい杖や弓も見つかり始めた。変わったのは装備だけではなかった。
「……六発目」
探索から戻った麗華が杖を机へ置きながら、どこか納得のいかない顔で呟いた。
「前って、四発くらいで限界じゃなかった?」
葵に聞かれ、麗華は頷く。
「そうよ。少なくとも、ゴーレムと戦う前は四発くらいが限界だった」
「杖が変わったからじゃない?」
「それもあるかもしれないけど……」
琴音が記録ノートを捲る。
「麗華さんだけじゃないんだよね。弓を使ってる子も、前より一発か二発多く撃てるようになってる人がいる。あと、威力も明らかに上がってるみたい」
その言葉に、何人かが自分の胸元へ視線を落とした。
「……まさか」
葵が嫌そうな顔をする。
「胸が大きくなったから、とか?」
「まだ分からないよ」
琴音はすぐに首を振った。
「探索回数が増えたからかもしれないし、迷宮に長くいることで慣れてきたのかもしれない。赤い果実を食べ続けてる影響だってあるかもしれないし、新しい武器そのものが前より効率いい可能性もある」
「じゃあ分かんないじゃん」
「うん。でも……」
琴音はそこで一度言葉を切り、麗華の記録と身体測定のページを見比べた。
「胸囲が増えてる人ほど、使える回数も威力も増えてるように見えるのがちょっと気になる」
教室の空気が、僅かに重くなる。
「やめてよ」
麗華が自分の胸元を見下ろしながら眉を寄せた。
「大きくなった分だけ魔法が強くなるなんて、そんな都合のいい話……」
「迷宮にとっては、都合いいかもしれないけどね」
蛍がそう言うと、麗華はますます嫌そうな顔をした。結局、その場では答えは出なかった。それでも、胸が大きくなることと迷宮の中で使える力が少しずつ増えていること。その二つがまったく無関係だと言い切れる者も、もういなかった。
けれど、肝心の迷宮そのものについては、一週間掛けても驚くほど進んでいなかった。
一つ先の通路を調べ、その先の広間へ辿り着き、そこにいた敵を倒して引き返す。別の日には脇道を見つけたものの、その奥で二組目の小鬼たちを確認したため、魔力と体力の消耗を考えて撤退する。
勝てるようになったからといって、無理をしない。最初の戦闘で痛感した危険を忘れず、香奈恵たちはむしろ以前より慎重に探索範囲を広げていた。
その判断自体は、間違っていなかったと思う。問題があるとすれば――迷宮の攻略が慎重になったからといって、彼女たち自身の変化まで待ってくれるわけではなかったことだった。
毎朝、測定は続けられている。そして毎日、記録ノートには昨日よりおよそ2センチ大きな数字が書き加えられていった。
「……95.1」
迷宮へ閉じ込められてから、18日目の朝。
巻き尺を外した少女が読み上げた数字を聞いて、蛍は思わず自分の胸元へ視線を落とした。
一週間前は81.1センチだった。それが今では、95センチを越えている。
制服などとうに着られなくなり、今は迷宮が用意した部屋着を使っているが、その服でさえ最初に着た時とは見え方がまるで違う。腰回りは以前とほとんど変わっていないのに、胸元だけが大きく前へ押し出され、柔らかな膨らみが布地を持ち上げていた。
「葵、92.9」
「……もう93って言っていいよね、それ」
隣で測られていた葵が遠い目をする。
「琴音、99.1」
「…………」
「琴音?」
「いや……あと1センチないんだなって」
「何が?」
「100」
琴音がぼそりと答えた瞬間、周囲から何とも言えない空気が流れた。
一週間前なら冗談にできたかもしれない数字だった。それが今では、琴音だけでなく、この教室にいる何人もの身体に現実として迫っている。
「香奈恵さん、113.0」
「はいはい、もう驚かないから」
香奈恵はそう返したものの、声には疲れが滲んでいた。
最後に測定台へ立った麗華に至っては、巻き尺を当てられる前から露骨に顔をしかめている。
「111.1」
「……青い果実食べたのよね、私」
「食べたね」
「5センチ減ったのよね」
「減ったよ」
「なんで一週間で111になってるのよ……」
麗華は額を押さえた。以前の1日約1センチだった頃なら、5センチ戻せば五日分だった。今ではたった2日半ほどで元へ戻る。それどころか、そのまま一週間を過ごせば減らした分など簡単に飲み込み、以前よりさらに大きくなってしまう。
そして、青い果実はこの七日間、一つも増えていなかった。
新しい小鬼を何体倒しても、落ちるのは装備品ばかりだった。盾。短剣。腕輪。弓。小さな金属板のような用途不明の道具。価値のありそうな品は確実に増えているのに、5センチだけ身体を戻してくれるあの青い実だけは、一度として現れなかった。
教卓の近くに置かれた箱の中には、今も五個。
七日前と同じ数だけが残されている。
誰も使ってはいなかった。使いたければ相談していい。探索へ参加しているかどうかは関係ない。香奈恵は何度もそう確認していたし、誰かを責めるような雰囲気もなかった。それでも、五個しかないという事実は、日が経つほど重くなっていった。
その日の夜。探索を終え、夕方から夜に掛けて順番に身体を洗い終えた少女たちは、久しぶりに全員が同時に大浴場へ集まっていた。
もともと三十人近い人数が使うことを想定したような浴場は、何故こんな広くしていたのかわからないほど広い。壁も床も淡い色の石で作られ、洗い場には十分な数の椅子と鏡が並び、その奥には全員が同時に入っても余裕がありそうな大きな湯舟が湯気を上げている。
最初にここを見つけた時は、その広さに驚いた。今夜は別の意味で、その広さがありがたかった。
「ちょ、待って。前通るなら言ってよ!」
「ごめんって。というか葵ちゃんこそ急に止まらないで!」
洗い場へ向かおうとした少女同士がぶつかりそうになり、慌てて身体を捻る。以前なら肩が触れる程度で済んだ距離だった。今では違う。
胸元に大きく育った柔らかな膨らみが身体より先に近づき、互いに避けようとした拍子に、たぷん、と重たそうに揺れる。
「……ほんと邪魔」
葵が両腕で自分の胸を抱え上げるようにして溜息を吐いた。一週間前でも十分大きくなったと思っていたはずなのに、今は93センチ近い。元陸上部らしく引き締まった身体つきはほとんど変わっていないため、細い胴の前へ胸だけが大きく張り出し、何も支えるものがない浴場ではその重さが嫌でも意識させられた。
「部屋着だとまだ布が押さえてくれるけど、何も着てないと余計すごいね……」
「人の見て言わないでよ」
「蛍ちゃんだって同じじゃん」
「私は葵ちゃんより大きいんだけど」
「2センチだけでしょ」
「今の2センチって一日分だからね?」
軽口を交わしながら、蛍は湯舟へ向かう。歩くたび、胸の重みが身体の動きからわずかに遅れてついてくる。
たぷん、たぷん、と柔らかな肉が上下し、片足を湯舟へ入れれば、今度は浮力に持ち上げられるように胸元がふわりと浮いた。
「……あ」
思わず声が漏れる。肩まで湯に沈むと、胸の重みが随分と軽くなった。
「これ、楽……」
「でしょ?」
先に入っていた少女が笑う。 湯面の上では、いくつもの豊かな胸が浮力を受けて形を変えていた。身体を動かすたびに湯が揺れ、その動きに合わせて柔らかな乳房もたぽん、だぷん、と波打つ。
その中でも、やはり目を引くのは香奈恵と麗華だった。
朝の測定で113.0と111.1という数字を聞いてはいた。けれど、服越しに見るのと、何も身につけず湯舟へ身体を沈めている姿を見るのとでは、受ける印象がまるで違う。
細い肩や腰に対してあまりにも豊かに育った胸は、湯の浮力を受けてふわりと持ち上がり、二人が僅かに身体を動かすだけでも、重たげに形を変えながら揺れていた。
「……」
誰かが会話の途中で黙り込む。蛍も、気づけばそちらへ目を向けていた。
大きい。
毎朝数字として見ていたはずなのに、改めてそう思ってしまう。隣にいた葵も同じだったらしく、数秒ほど香奈恵の胸元を見つめたあと、我に返ったように視線を逸らした。
「……何?」
視線に気づいた香奈恵が怪訝そうに眉を寄せる。
「いや、その……」
「何よ」
「思ってたより、すごいなって……」
「葵ちゃん!」
「だって数字で聞くのと全然違うんだもん!」
慌てて弁解する葵に、今度は麗華が露骨に嫌そうな顔をした。
「見世物じゃないんだけど」
「ご、ごめん」
そう言われて、蛍も慌てて目を逸らす。ただ、不思議なのは、単に大きさに驚いただけでは済まない妙な感覚が胸の奥に残ったことだった。同性の身体を見ただけなのに、一瞬だけ心臓が跳ねたような気がする。
(……今の、何?)
自分でも理由が分からず、蛍は誤魔化すように肩まで湯へ沈んだ。
その間にも誰かが少し大きく動くたび、湯面にはゆるやかな波が広がり、それを受けた隣の胸までゆっくりと上下する。
「なんか……前よりお湯が揺れる気がする」
「それ絶対、人数のせいじゃない?」
「人数、前と同じくらいじゃない?」
「じゃあ何のせいよ」
葵がそう言ったところで、何人かの視線が自然と互いの胸元へ向かった。
「……言わせないでよ」
「いや、でも絶対これでしょ」
「やめて」
笑い声が上がる。少なくとも最初の数分は、まだそんな調子だった。
ここ一週間、朝になれば数字を突きつけられ、昼になれば迷宮へ入り、夜になればまた明日2センチ増えるかもしれない身体で眠る。その繰り返しの中で、大浴場に入っている時間だけは、胸の重さも少し忘れられる。
湯に浮かせてしまえば楽だった。香奈恵などは湯舟の縁へ背中を預け、肩の力を抜きながら深く息を吐いている。
「……これ考えた人、胸が重くなるの知ってたんじゃないでしょうね」
麗華が冗談とも本気ともつかない声で言った。
「何それ」
「だって湯舟に入ると楽なんだもの。部屋にいるよりずっと」
「偶然でしょ」
「その偶然がこの迷宮、多すぎるのよ」
麗華は不機嫌そうに答えると、濡れた長い髪を片側へ寄せた。青い果実を食べた時には、一度95センチまで戻った胸も、今では111センチを越えている。蛍たちより明らかに大きな膨らみは湯へ沈めても存在感が消えず、水面近くでゆったりと形を変えていた。
モデルとして自分の身体を誰より細かく管理してきた麗華にとって、この一週間は特に苛立ちの連続だったらしい。
「それよりさ」
少し離れた場所で身体を洗っていた少女が、不意に自分の腰回りへ手を当てた。
「みんな、最近ショーツきつくない?」
それまで続いていた軽い会話が、一瞬だけ途切れる。
「ショーツ?」
「うん。胸じゃなくて、こっち」
少女が示したのは腰の下だった。
「私、洗濯で縮んだのかと思ってたんだけど……なんか最近、前より食い込むっていうか」
「……あ」
香奈恵が小さく声を漏らした。その反応に、何人もの顔がそちらへ向く。
「香奈恵も?」
「私も少し思ってた。座った時に前よりきつい気がして。でも、ウエストは変わってないから気のせいだと思ってたのよ」
「私も」
今度は麗華だった。さっきまで湯舟の縁へ預けていた背中を起こし、自分の腰から下へ視線を落とす。
「というか、私は下着の跡が前より残るようになってる。胸のサイズばっかり気にしてたから、単純に浮腫んでるのかと思ってたけど……」
「ちょっと待って」
琴音が湯舟の中で身を乗り出した。
「他にもいる?」
何人かが戸惑いながら顔を見合わせ、そのうち三、四人がおそるおそる手を上げる。逆に、蛍と葵は互いに自分の身体を見てから首を傾げた。
「私は別に……変わってないと思う」
「私も。ショーツも普通」
「私もまだ」
琴音も自分の腰へ手を回し、そう答える。そこで麗華が立ち上がった。
「ちょっと香奈恵、そこ立って」
「え?」
「いいから」
濡れた身体で湯舟から上がり、麗華は香奈恵を呼び寄せる。
「横向いて」
「何するのよ」
「確認」
言われるまま香奈恵が横を向いた途端、周囲から「あ」と小さな声が重なった。胸にばかり意識を取られていたせいで、今まで誰もはっきりとは口にしなかった。
けれど、裸のまま明るい浴場で見れば分かる。香奈恵の腰は以前と変わらず細い。腹部に余計な肉がついた様子もない。その一方で、腰から下の線だけが以前より柔らかく丸みを帯びていた。
特に臀部は、太ったというより形そのものが整えられたように、少しだけ厚みを増している。太腿の付け根にも柔らかな肉付きが増え、細い腰との境目が以前よりはっきりしていた。
「……私、こんなだった?」
香奈恵本人が一番困惑した顔をする。
「少なくとも最初は違ったと思う」
麗華がそう言ってから、今度は自分の身体を鏡へ映した。
「私も……増えてる」
モデルとして何度も全身を撮影されてきた彼女には、自分自身の輪郭の違いがよく分かるのだろう。
胸ほど劇的ではない。けれど確実に違う。
「ちょっと待って、じゃあ測る?」
「何を?」
「お尻」
「今?」
「今まで測ってなかったでしょ」
「巻き尺持ってきてないよ」
「……そっか」
葵の答えに、全員が黙る。胸囲とウエストは毎朝記録している。けれど臀部までは測っていなかった。だから今見えている変化が、いつから始まっていたのか分からない。
「最初から少しずつだった可能性もあるよね」
蛍が言うと、琴音がしばらく考え込んだ。
「でも……変わってる人と、変わってない人がいる」
「体質?」
「かもしれない。でも」
琴音の視線が、香奈恵から麗華へ移る。それから自分の胸元を見下ろした。
「香奈恵さん、113.0。麗華さん、111.1」
「それが?」
「私、99.1。蛍さん95.1で、葵さん92.9」
そこまで言われて、麗華が眉を寄せる。
「……100?」
「まだ分からない。でも、今ショーツがきついって言った人、胸囲100超えてる人が多くない?」
確認してみると、確かにその傾向はあった。もともと胸の大きかった少女たちほど早く100センチへ到達しており、その中の何人かが、最近になって下着がきつくなったと感じている。
「じゃあ、100越えたら今度はお尻まで大きくなるってこと?」
葵が嫌そうに言う。
「まだ仮説」
「その仮説、当たってほしくないんだけど」
「私も」
琴音自身、あと1センチもない。明日の朝にはまだ届かないかもしれないが、遅くとも次の日には100センチを越える可能性が高い。そう考えたのか、琴音は自分の細い腰と尻を何度か確かめるように触ってから、小さく溜息を吐いた。
「胸だけじゃなかったんだ……」
その一言を境に、浴場の雰囲気から笑いが少しずつ消えていった。蛍も改めて周囲を見回す。そこで、もう一つの違和感に気づいた。
「……ねえ」
「今度は何?」
「みんな、ちょっと顔上げて」
葵が不思議そうにこちらを見る。琴音も麗華も、香奈恵も。浴場には化粧をしている者など一人もいない。迷宮へ来てからそんな余裕などなく、持ち込んだ化粧品もほとんど使われていなかった。それなのに。
「なんか……綺麗になってない?」
「は?」
「いや、顔が変わったとかじゃなくて」
蛍自身、うまく説明できない。目や鼻の形が変わったようには見えない。輪郭だって以前と同じだ。それなのに、肌が違う。湯気と湯の熱で赤みを帯びていることを差し引いても、誰の肌にも以前より荒れが少なく、妙に滑らかだった。髪も一週間前より艶があり、濡れて肌へ張りついているだけなのに、不思議なくらい綺麗に見える。
「……蛍ちゃんもだよ」
葵が言う。
「え?」
「前から可愛かったけど、なんか最近……肌めっちゃ綺麗じゃない?」
「葵ちゃんも」
「私?」
「うん」
お互いに顔を見ているうちに、周囲でも似たような声が上がり始めた。
「そういえば、ニキビ消えてる」
「私も」
「寝不足っぽい顔しなくなったよね」
「赤い果実で疲れ取れてるからじゃない?」
「それだけかな……」
麗華が無言で立ち上がり、洗い場の鏡へ近づいた。モデル時代から肌の状態まで細かく見られてきた彼女は、他の誰より長い時間、自分の顔を確認している。やがて指先で頬へ触れ、低い声で呟いた。
「……違う」
「何が?」
「肌」
鏡から目を離さないまま、麗華は続ける。
「撮影前でも、ここまで何もしなくて整ってることなんてなかった。毛穴も目立たなくなってるし、髪だってトリートメントなんてまともにしてないのに傷んでない」
「それって……」
「胸以外も変えられてるってことじゃないの?」
誰もすぐには答えなかった。胸が大きくなる。それだけなら、まだ赤い果実の奇妙な副作用だと思えた。
けれど胸が一定以上まで育った者から臀部まで丸みを帯び始め、さらに全員の肌や髪まで少しずつ整えられているのだとしたら。
それはもう、単純に一部分だけが肥大しているとは言い難い。
「なんかさ」
湯舟の中で膝を抱えていた少女が、おそるおそる口を開いた。
「私たち……何かに都合のいい身体にされてない?」
その言葉が、やけに重く浴場へ落ちた。
「やめてよ」
葵がすぐ返したものの、いつものような明るさはなかった。
「でも、胸だけならまだしも、お尻までってなると……」
「美容効果みたいなのもあるし」
「誰が頼んだのよ、そんなの」
麗華が吐き捨てる。
「綺麗にしてくれなんて一言も言ってない。胸だって、お尻だって、勝手に変えないでほしいわよ」
その苛立ちに、誰も反論しなかった。どれだけ他人から見て魅力的な変化だったとしても、自分で望んだものではない。しかも、終わりが見えない。
明日の朝になれば、また2センチ増えているかもしれない。その次の日も。さらにその先も。
「……ねえ」
不意に、琴音が浴場全体を見回した。
「何?」
「このお風呂って、最初から大きかったよね」
「そりゃ三十人いるからじゃない?」
葵が答える。
「私も最初はそう思ってた。でも……」
琴音は湯舟の縁へ目を向ける。今夜は珍しく、ほぼ全員が同じ時間に湯舟へ集まっていた。
最初にこの浴場を使った頃なら、その人数で入れば随分と余裕があったはずだ。今も窮屈というほどではないが、一人ひとりの身体が横にも前にも大きくなったせいで、以前より明らかに必要な空間が増えている。
「もし三十人が全員一緒に入ったら、今でも入れると思う?」
「……入れるんじゃない?」
「多分。でも、最初よりはぎゅうぎゅうになるよね」
「何が言いたいの?」
麗華に問われ、琴音は少しだけ迷った。
「この湯舟、もしかして……最初から私たちが大きくなることを考えて、この広さなんじゃないかなって」
誰かが息を呑む音がした。
「やめて」
「私も嫌だけど」
「それなら逆じゃない? 今より大きくなるなら、もっと広くないと困るでしょ」
葵がそう言うと、琴音は湯舟をもう一度見回した。
「だから怖いんだよ」
「え?」
「今でも、まだ余裕あるから」
今度こそ、誰も言葉を返せなかった。広すぎると思っていた湯舟。数の多すぎる洗い場。体格の違う少女たちが使っても困らないように、妙に間隔を広く取られた設備。最初から三十人のために用意されていたのだと思っていた。
けれどもし。
三十人が、この先さらに身体を大きく変えられていくことまで前提にしていたとしたら。
「……出よう」
香奈恵が静かに言った。
「今日はもう、考えても答え出ないわ。のぼせる前に上がりましょう」
その提案に反対する者はいなかった。湯舟から一人ずつ立ち上がる。
水面から胸が離れるたび、浮力を失った柔らかな重みがたぷんと下がり、濡れた肌を伝って湯が滴る。肩へタオルを掛けても、以前なら隠せていた身体を今のタオル一枚で覆うことは難しい。
「これ、バスタオルも大きいの欲しい……」
葵が胸元を押さえながらぼやき、蛍は思わず苦笑した。
「そのうち迷宮が出してきたりして」
「それ笑えないよ」
「……だよね」
冗談のつもりで言ったはずなのに、本当に用意されそうな気がしてしまう。そう思った瞬間、蛍は笑うのをやめた。浴場を出る少女たちの後ろで、一人だけすぐに動かなかった者がいた。
図書委員の少女だった。彼女は湯舟の端に座ったまま、自分の胸元へ視線を落としている。
もともとクラスの中でも大きな方だった身体は、一週間の変化によってさらに目立つようになっていた。湯から上がれば重さを両腕で支えたくなるほどで、胸元を覆おうとしても普通のタオルでは到底足りない。
そのうえ今日、胸以外まで変わり始めるかもしれないと知った。
「……大丈夫?」
近くにいた少女が声を掛ける。
「う、うん」
図書委員の少女は慌てて頷いた。
「ちょっと、のぼせただけ」
「先に出る?」
「大丈夫。すぐ行くから」
笑おうとしたものの、うまく笑えていなかった。声を掛けた少女は心配そうにしながらも、それ以上は踏み込まず、先に脱衣所へ向かっていった。一人残された図書委員の少女は、しばらくその背中を見つめていた。
辛かった。
何日も前から、ずっと。
胸の重さも、眠る時の苦しさも、座っているだけで身体の前へ掛かる負担も。それでも言えなかった。青い果実を使いたい。たったそれだけのことが。探索へ行っていないからではないと、香奈恵は言ってくれた。
分かっている。誰も責めないかもしれない。それでも、たった五個しかないものを自分のために一個使いたいとは、どうしても言えなかった。迷宮へ入って魔物と戦い、装備を持ち帰ってくる子たちがいる。
自分はほとんど教室から出ていない。
そんな自分が、みんなのものを使っていいのか。考えるたびに、答えは同じところへ戻ってきた。だから今日も何も言わなかった。明日もきっと言えない。けれど、明日の朝になれば、また2センチ増える。
胸だけでは終わらないかもしれない。身体の別の場所まで、少しずつ作り替えられていくかもしれない。
「……嫌」
誰もいなくなった浴場で、初めて本音が声になった。
◇ ◇ ◇
消灯後。
教室の中には規則正しい寝息が広がっていた。
赤い果実を食べるようになってから身体の疲労は残りにくくなったが、眠気そのものが消えるわけではない。探索へ参加した者も、教室で一日を過ごした者も、夜になればそれぞれの寝床へ横になっている。
その中で、図書委員の少女は目を開けたままだった。
横向きになっても苦しい。仰向けになれば胸の重みが左右へ流れ、身体を起こせば今度は前へ引かれる。何度寝返りを打っても落ち着かず、結局ゆっくりと身体を起こした。
周囲を見る。
誰もこちらを見ていない。
少女は音を立てないよう寝床を抜け出した。向かった先は教卓ではない。その少し横。青い果実を保管している箱だった。
近づくだけ。見るだけ。そう自分へ言い聞かせながら歩いていた。けれど、箱の前まで来たところで足が止まる。
「……」
蓋へ手を伸ばしかける。
その時。
「……やっぱり来たんだ」
「っ!」
身体が跳ねた。
振り返ると、暗がりの中に一人の少女が立っていた。大浴場で、ショーツがきつくなったと言っていた少女だった。
「ち、違……」
「何が?」
「私、別に……取ろうとか……」
「私も眠れなかった」
静かな声だった。責める響きはない。それが逆に怖かった。
「最近、ずっときついんだよね。胸もそうだけど、今日聞いたら、この先もっと身体変わるかもしれないって思って」
「……」
「私も、使いたいって言えなかった」
図書委員の少女が顔を上げる。その時、さらに別の寝床から小さな物音がした。
「……私も」
二人目だった。その少女も、探索への参加回数は少ない。三人はしばらく何も言わず、互いの顔を見ていた。
誰かに相談したわけではない。約束して集まったわけでもない。それなのに、同じ夜、同じ箱の前へ来てしまった。
「五個しかないよ」
一人が言う。
「分かってる」
「使ったら駄目だよね」
「……うん」
誰も箱から離れなかった。
「でも」
図書委員の少女が、掠れた声を出す。
「明日も、増えるんだよね」
返事はなかった。
「明後日も」
それでも誰も否定しない。
「私……もう、嫌」
震える手が、箱の蓋へ触れた。止めるなら、今だった。隣にいる二人が「やめよう」と言えば、多分まだ戻れた。けれど、どちらも言わなかった。
蓋がゆっくりと開く。暗い教室の中で、五つの青い果実だけが微かな光を帯びているように見えた。
「……一個だけなら」
誰が言ったのか、図書委員の少女には分からなかった。
「また見つかるかもしれないし」
「……うん」
「誰にも言わなかったら……」
それ以上は続かなかった。図書委員の少女の指が、一つの果実へ触れる。
冷たかった。手のひらへ持ち上げる。まだ戻せる。箱へ戻せばいい。そう思っているのに、指が離れない。
「……ごめんなさい」
誰へ向けた言葉なのかも分からないまま、少女は青い果実へ歯を立てた。甘酸っぱい果汁が口の中へ広がる。
隣にいる二人は何も言わなかった。止めもしなかった。最後まで食べ終えた少女が震える手で口元を押さえていると、数分もしないうちに身体へ変化が現れ始める。
「……あ」
「どうしたの?」
「軽い……」
胸元へ手を添える。毎日少しずつ積み重なっていた重さが、ほんのわずかずつ引いていく。張り詰めていた部屋着の布地にも余裕が戻り、呼吸するたび胸元へ感じていた圧迫感が薄れていった。
5センチ。
麗華の時と同じなら、それだけ。一週間で増えた分の半分にも満たない。それなのに少女の目から、ぼろぼろと涙が零れた。
「軽い……ほんとに……」
泣きながら笑う彼女を前にして、残る二人は何も言えなかった。ただ、その胸元へ向ける視線だけが、先ほどまでとは少し違っていた。
一人が箱を見る。中には、四つ。
「……今日のこと」
図書委員の少女が涙を拭いながら言った。
「言わないで」
二人は黙ったまま顔を見合わせる。やがて片方が小さく頷いた。
「言わない」
「私も」
「……ありがとう」
その夜、三人の間に初めて秘密ができた。
それが翌日、教室全体を巻き込むことになるとは、この時の彼女たちはまだ考えていなかった。
-----------------------------------------
・18日目時点の主要メンバーのスリーサイズ
■
初期:B70 / W56 / H79
↓
現在:B95.1 / W56 / H79
■
初期:B69 / W55 / H80
↓
現在:B92.9 / W55 / H80
■
初期:B89 / W56 / H86
↓
現在:B113.0 / W56 / H90
■
初期:B92 / W57 / H88
↓
現在:B111.1 / W57 / H92
※途中、青い果実によりバスト-5cm
■
初期:B75 / W53 / H77
↓
現在:B99.1 / W53 / H77
-----------------------------------------