爛熟の迷宮 ~祝福の果実に身体も心も変えられていく三十人の少女たち~   作:a-ru

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第二十話『五つに戻った青』

 翌日は別の班が迷宮へ向かったものの、前日に確認した小鬼の集団を遠くから観察しただけで引き返してきた。

 

 数が多いうえ、盾や槍だけでなく杖を持った個体まで混じっている。こちらに気づかれる前に撤退した判断を、香奈恵も正しいと評価した。

 

 そして、さらに一日が過ぎる。

 

「今日は、あの集団を避けるだけじゃなくて、戦えるかどうか確認したいと思う」

 

 出発前、香奈恵は教卓の上に広げた地図を指でなぞりながら言った。

 

 新しく見つけた分岐の先へ進むには、どうしても小鬼たちがいる区画を通る必要があるらしい。別の道も探したが、今のところ見つかっていない。

 

「もちろん、無理そうなら逃げる。目的は倒すことじゃなくて、この先に進めるか確かめることだから」

 

「了解」

 

 蛍が頷く。

 

 今日の探索班は、蛍と葵を含む前衛四人、中衛の槍使い二人、後衛に麗華、琴音、それにもう一人の遠距離担当。そして最後方から全体を見る香奈恵の十人だった。

 

 昨日までの探索で休養も取れており、装備も少しずつ更新されている。その中でも特に大きいのは、前回倒した杖持ちの小鬼から手に入れた紫石の杖だった。

 

 以前まで使っていたものより一発ごとの威力が高く、使用回数も多い。今日は麗華がその杖を持ち、これまで使っていた装飾杖を別の後衛へ回している。

 

「その杖、使いやすい?」

 

 葵に聞かれ、麗華は紫色の石が嵌め込まれた杖を見下ろした。

 

「前のより少し重いけど、威力はこっちの方が上ね」

 

「いいじゃん」

 

「だからって、撃たなくて済むならその方がいいけど」

 

「それはそう」

 

 軽い会話を交わしながら、十人は白い魔法陣へ入った。

 

 光が視界を覆い、次に足裏へ硬い感触が戻った時には、すでにゴーレムを倒した広間へ立っていた。

 

 身につけていた防具が身体へ馴染み、教室では感じていた胸部の重さも大きく軽減される。蛍は胸当ての位置を確かめながら一度だけ自分の身体を見下ろし、教室にいる時よりこちらの方が動きやすいという事実に、いつの間にか慣れ始めている自分を自覚した。

 

「行きましょう」

 

 香奈恵の声で意識を切り替え、一行は奥へ向かった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 目的の区画までは、何事もなく進むことができた。昨日別班が確認した場所から少し手前で足を止め、壁際から慎重に様子を見る。

 

「……いる」

 

 葵が小声で言う。

 

 そこは広間というほどではないものの、通路が大きく膨らんだような空間になっており、その中央付近に小鬼たちが陣取っていた。

 

「八……かな」

 

 琴音が数える。

 

「昨日より増えてる?」

 

「配置が変わっただけかもしれない」

 

 蛍も目を凝らした。

 

 正面には盾を持った小鬼が二体、その後ろには槍持ちが二体。さらに弓持ちが一体と、紫色の石を付けた杖を持つ個体が一体いる。そこまでは以前にも見た構成だった。

 

 違うのは、残る二体だ。

 

「でかいのがいるね」

 

 葵が眉を寄せる。

 

 どちらも他の小鬼より頭一つほど大きく、一体は金属板を繋ぎ合わせたような鎧を身につけ、幅の広い剣を持っている。もう一体はさらに分厚い防具をまとい、両手で大きな鉄槌を握っていた。

 

「小鬼……でいいのかな、あれ」

 

「上位種とか?」

 

「ゲームじゃないんだから」

 

 琴音は自分でそう言ってから、少し苦い顔で笑った。

 

「……って、最近は言わないと駄目な気がしてきた」

 

「前なら琴音が一番そういうこと言ってたのに」

 

「前とは状況が違うよ」

 

 短い会話を交わしながらも、誰も敵から視線を外さない。少し考えた香奈恵が、敵の並びを見ながら口を開いた。

 

「正面から入ると、盾二枚で止められるわね」

 

「しかも槍が後ろから来る」

 

 蛍が答える。

 

「前と同じなら、杖も撃ってくるよ」

 

「こっちの通路、少し狭い」

 

 葵は自分たちの後ろを振り返った。

 

「引っ張れないかな」

 

「こっちまで?」

 

「向こうの陣形、あそこだから強いんでしょ。追ってきてくれるなら、細い通路で一列にできるかも」

 

「やってみる価値はありそうね」

 

 香奈恵が頷く。

 

「最初から全部相手にしない。気づかせて、追ってこなかったら撤退。追ってきたら通路で削る」

 

「誰が釣る?」

 

「私行く。速いし」

 

 葵がすぐに手を挙げると、蛍が即座に首を振った。

 

「一人は駄目」

 

「じゃあ蛍も」

 

「そうなると思った」

 

 前衛二人で広間へ近づく。まだ敵はこちらに気づいていない。蛍は剣を握り直し、葵と視線を合わせた。

 

「行くよ」

 

「うん」

 

 二人が一気に広間へ飛び込む。

 

「ギャッ!」

 

 最初に気づいたのは弓持ちだった。甲高い声が上がると同時に盾持ちがこちらを向き、後ろでは槍が持ち上がる。

 

「戻る!」

 

 二人は攻撃を仕掛けず、そのまま反転した。すぐに矢が一本飛んできて蛍の横を抜け、石壁へ弾かれる。続いて紫色の光が放たれた。

 

「右!」

 

 葵の声に合わせて蛍が身を捻ると、魔法弾が床へぶつかり、紫色の火花を散らした。

 

 二人はそのまま仲間の待つ通路まで下がる。

 

「来る?」

 

「……来た!」

 

 追ってきたのは全員ではなく、盾持ち一体と槍一体、それに剣を持った大柄な個体の三体だった。

 

「三!」

 

 香奈恵の声が飛ぶ。

 

「まず三体!」

 

「任せて!」

 

 葵が踏み込む。

 

 盾持ちの小鬼が構えたが、葵は真正面から体当たりするのではなく、ぶつかる直前で身体をずらした。盾がその動きを追った瞬間、横から蛍の剣が伸びる。

 

 甲高い金属音が響いた。小鬼が剣で受けたのだ。

 

「こいつ……!」

 

 以前の個体より反応が速い。蛍が一歩下がったところへ、後方の槍が鋭く突き込まれる。

 

「蛍!」

 

 葵が盾持ちを蹴り飛ばすように押し込み、槍の軌道をずらした。

 

「ありがと!」

 

「まだいる!」

 

 その声とほぼ同時に、大柄な剣持ちが横薙ぎの一撃を放ってくる。蛍は剣で受けずに後方へ跳び、重い風切り音とともに迫った刃を紙一重でやり過ごした。

 

「これ、受けちゃ駄目なやつ!」

 

「見れば分かる!」

 

 後衛から飛んだ矢が剣持ちの肩へ刺さったものの、巨体は止まらない。

 

「麗華!」

 

「分かってる!」

 

 紫石の杖が光り、放たれた紫色の光弾が大柄な小鬼の胸部へ直撃した。

 

「ギャアッ!」

 

 金属板が大きくへこみ、巨体がよろめく。

 

「強っ!」

 

 葵が思わず声を上げた。

 

「感心してないで!」

 

「はい!」

 

 その隙を蛍は逃さなかった。

 

 一気に踏み込み、横薙ぎに剣を振るう。先ほどまでなら鎧に弾かれていたはずの一撃が、魔法によって歪んだ金属板の隙間へ食い込み、大柄な小鬼がその場に崩れ落ちた。

 

「一体!」

 

「盾来る!」

 

 戦闘はまだ続いている。

 

 前衛が盾持ちを押さえ、中衛の槍が側面から突く。敵の槍も隙間から伸びてきたが、狭い通路では三体が同時に押し込むこともできず、こちらは後ろから援護を重ねられる。

 

 そのまま数分とかからず、最初に追ってきた三体を倒すことができた。

 

「……いける。この形なら」

 

 葵が息を整えながら言う。

 

「向こうも馬鹿じゃないみたいよ」

 

 麗華の視線の先では、残る五体がそれ以上追ってこず、盾持ちを先頭に再び元の位置で陣形を作り直していた。

 

「学習した?」

 

「最初から連携してるなら、あれ以上追うなって決めてるのかも」

 

 琴音が言う。

 

「どうする?」

 

 蛍は香奈恵を見る。

 

「三体減らした。こっちはまだ怪我なし」

 

 香奈恵は少し考えてから頷いた。

 

「行きましょう。ただし、広間に入ったら一気に杖持ちを落とす。長引かせない」

 

「了解」

 

◇ ◇ ◇

 

 二度目は、最初から全員で広間へ入った。

 

「来た!」

 

 盾持ちが構え、その後ろから矢と紫色の魔法がほぼ同時に飛んでくる。

 

「散って!」

 

 前衛が左右へ分かれたことで矢は避けられたが、魔法弾は中衛の一人が構えた盾へ直撃した。

 

「っ!」

 

 衝撃で身体ごと後方へ押される。

 

「大丈夫!?」

 

「腕痺れた! でも動く!」

 

 盾の表面には黒い焦げ跡が残っていた。

 

 その間に蛍と葵は左右から回り込もうとするが、今度は鉄槌を持った大柄な小鬼が前へ出てくる。

 

「来る!」

 

 振り下ろされた鉄槌を蛍が飛び退いて避けると、直後に石床が砕けた。

 

「こんなの当たったら――」

 

 最後まで考える暇もなく、鉄槌が今度は横薙ぎに振るわれる。蛍は身を伏せてやり過ごしたが、その直後、後ろにいた前衛の一人へ盾持ちが突進した。

 

「うわっ!」

 

 身体ごと押し込まれ、少女が壁へ叩きつけられる。

 

「っ、いた……!」

 

「動ける!?」

 

「肩……でも、いける!」

 

 立ち上がろうとするものの、左腕が上がっていない。

 

「下がって! 無理しない!」

 

 香奈恵の指示を受け、負傷した前衛が後方へ下がる。前衛が三人に減ったその瞬間、敵の槍が蛍へ向けて突き込まれた。

 

「蛍!」

 

 完全には避け切れないと判断した蛍は咄嗟に身体を捻った。槍の穂先が脇腹の防具を擦り、大きな金属音を響かせる。

 

「助かった……!」

 

 痛みはない。防具が止めてくれた。こちらの装備が以前より良くなっているからこそ耐えられたのだと気づき、その直後、蛍の中に別の考えが浮かぶ。

 

 敵の方も確実に強くなっている。装備が変わっていなければ、今の一撃は防具を抜けて身体まで届いていたかもしれない。

 

「麗華! 杖!」

 

「今やってる!」

 

 紫色の光が二発目を放つ。しかし今度は、敵の杖持ちが前へ杖を突き出した。薄い紫色の膜のようなものが一瞬だけ広がり、麗華の魔法弾がそこへぶつかって激しく弾ける。

 

「何それ!?」

 

「防いだ!」

 

 琴音が叫ぶ。

 

「向こうの杖、攻撃だけじゃない!」

 

「面倒!」

 

 葵が盾持ちと打ち合いながら声を上げる。

 

「先にあいつどうにかしないと!」

 

「弓! 杖持ち狙って!」

 

 香奈恵の指示で二本の矢が飛ぶ。一発は盾持ちに阻まれたが、もう一本は杖持ちの脚へ突き刺さった。

 

「ギャッ!」

 

 相手の体勢が崩れる。

 

「今!」

 

 麗華が三発目を撃った。今度は防壁が間に合わず、紫色の光弾が杖持ちへ直撃し、その身体を後方へ吹き飛ばした。

 

「杖落ちた!」

 

「押す!」

 

 蛍と葵が同時に前へ出る。

 

 残る敵は盾、槍、弓、鉄槌の四体。魔法による援護が消えた途端、それまで拮抗していた戦況が目に見えて変わった。

 

 葵が盾持ちを正面から引きつけ、その横を蛍が抜ける。

 

 狙いを変えた弓持ちがすぐさま矢を放った。

 

「っ!」

 

 蛍は腕で顔を庇い、飛んできた矢を腕の防具で弾く。その勢いを止めることなく距離を詰めた。

 

「これで!」

 

 振り抜いた剣が弓持ちを捉え、その身体が床へ倒れる。だが、背後からはすでに槍が迫っていた。

 

「神崎!」

 

 中衛の一人が横から槍を差し込み、敵の穂先を弾く。

 

「ありがとう!」

 

「前見て!」

 

 次に狙われたのは葵だった。

 

「うわ、ちょっ――!」

 

 振り下ろされた鉄槌を寸前で避けると、また床が大きく割れる。そこへ蛍が踏み込み、葵と左右から大柄な小鬼を挟んだ。

 

「せーの!」

 

 葵の剣が脚を、蛍の剣が腕を捉える。大柄な小鬼が大きく体勢を崩したところへ後衛から光弾が飛び、まともに直撃した。鉄槌が床へ落ちる。

 

「あと二!」

 

 残ったのは盾持ちと槍持ちだけだった。

 

 そこまで減れば、もう陣形を維持することはできない。数分後には最後の一体も倒れ、広間には十人の荒い呼吸だけが残った。

 

「……終わった?」

 

 葵が剣を下ろす。

 

「終わった」

 

 蛍も周囲を確認してから息を吐いた。

 

「怪我は?」

 

 香奈恵がすぐに確認する。

 

「肩やった。腕上がらない」

 

 壁へ叩きつけられた前衛が左肩を押さえる。

 

「折れてる?」

 

「分かんない。動かすとめちゃくちゃ痛い」

 

「じゃあ動かさない」

 

 もう一人、中衛の少女も魔法弾を盾で受けた影響で、まだ腕が痺れているらしい。

 

 それでも、歩けない者はいなかった。

 

「今日はここまでね。でも、ドロップだけ確認しましょう」

 

 香奈恵は迷わず撤退を決める。

 

「賛成……さすがに疲れた」

 

 葵もその場へしゃがみ込みながら答えた。

 

◇ ◇ ◇

 

 敵が消えた後には、いくつかの装備が残されていた。

 

「これ、盾?」

 

 琴音が拾い上げたのは、今まで使っていたものより一回り大きな金属製の盾だった。小鬼が使っていた粗末なものとは違い、表面には規則的な線が刻まれている。

 

「重いけど、ちゃんとしてる」

 

「こっち剣」

 

 蛍も床に落ちていた片手剣を拾い上げる。刃はこれまでのものより幅が広いが、見た目ほど重くはない。

 

「また装備更新できそうね」

 

 香奈恵が言う。

 

「杖は?」

 

「敵が使ってたのは消えたみたい」

 

「全部落ちるわけじゃないんだ」

 

 琴音はそう言いながら、さらに床を探していく。金属製の腕当てに、小さな革袋。何に使うのか分からない薄い石板まで拾い上げたところで、不意にその手が止まった。

 

「……あ」

 

「どうしたの?」

 

 葵が覗き込む。

 

 琴音は答えず、瓦礫の陰へ手を伸ばした。そこから取り出したものを見た瞬間、葵の顔がぱっと明るくなる。

 

「青い果実!」

 

 全員の視線が集まった。琴音の手の中にあるのは、見間違えようもない青い果実だった。

 

「本物?」

 

 蛍が近づく。

 

「見た目は同じ」

 

 麗華も横から覗き込んだ。

 

「……一個?」

 

「多分」

 

 念のため周囲を探してみたが、他には見つからなかった。

 

「でも一個でも大きいよ!」

 

 葵が嬉しそうに言う。

 

「これで五個に戻るじゃん」

 

「……うん」

 

 琴音はそう答えたものの、青い果実を見つめたまま動かなかった。

 

「琴音?」

 

「いや……何でもない」

 

「なら早く帰ろ」

 

 肩を痛めた仲間もいる。香奈恵は回収した装備を分担させ、全員で来た道を引き返すことにした。その間も、琴音は何度か手の中の青い果実へ視線を落としていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「痛っ……!」

 

 教室へ戻った瞬間、肩を押さえていた少女が声を上げた。

 

 迷宮内では装備の補助もあり、何とか歩けていたものの、白い光が消えると同時に、肩を押さえていた少女が反射的に顔をしかめた。迷宮では動かすだけで激痛が走っていたはずなのに、次の瞬間には、その痛みがどこにもないことに気づく。

「……あれ?」

 

 恐る恐る腕を回してみる。

 

「治ってる。上がる」

 

「良かったぁ……」

 

 待っていた者たちから安堵の声が漏れた。もう一人が訴えていた腕の痺れも、同じように消えている。

 

「今日も怪我したの?」

 

 図書委員の少女が心配そうに尋ねる。

 

「肩、折れてたかも」

 

「えっ」

 

「でも治ったから大丈夫」

 

 そう言って笑う姿に、少女はすぐには笑い返せなかった。その隣では、昨夜一緒にいた二人も同じような表情をしている。蛍はその様子に気づいたが、今は何も言わなかった。

 

「それより」

 

 葵が荷物の中から青い果実を取り出す。

 

「見て!」

 

 途端に教室がざわついた。

 

「青い実?」

 

「出たの!?」

 

「一個だけだけどね」

 

「すごいじゃん!」

 

 集まってきた者たちの表情が明るくなる。ここ一週間、一つも見つからなかった青い果実が、ようやくもう一度手に入ったのだ。

 

「これで五個」

 

 誰かが言った。

 

「今朝まで四つだったから、一個増えて五つだね」

 

「良かった……」

 

「また出るなら、もうなくなる一方じゃないってことだよね」

 

「多分」

 

 すぐに楽観しすぎないよう、香奈恵が付け加える。

 

「一個出ただけだから、今後も出るとは限らないわ。でも、少なくともゴーレム以外からも手に入る可能性は分かった」

 

 それだけでも大きかった。

 

 青い果実はゴーレムだけが持っていた特別な報酬ではなく、さらに先へ進めばまた手に入る可能性がある。

 

「強い敵だったからかな」

 

 葵が言う。

 

「ゴーレムは五個。今日のあいつらは一個」

 

「敵の強さで数が変わる?」

 

「ありそうじゃない?」

 

「ゲームみたいに?」

 

「だからゲームじゃないって」

 

 琴音がいつものように返したものの、その声には少しだけ力がなかった。蛍もすぐに気づく。

 

「琴音、どうしたの?」

 

「……ん?」

 

「さっきから変じゃない?」

 

「いや」

 

 琴音は教卓の上へ視線を向けた。今朝まで保管していた四つに、今日持ち帰った一つが加わっている。

 

「……五つなんだよね」

 

「そうだけど?」

 

 葵が首を傾げる。

 

「昨日まで四つで、今日一個取ったから五つ」

 

「うん」

 

「何か変?」

 

「変っていうか……」

 

 琴音は少し迷ってから、周囲にいる者たちの顔を見る。

 

「一週間、一個も出なかったよね」

 

「そうね」

 

 麗華が答える。

 

「小鬼倒しても、ずっと出なかった」

 

「うん」

 

 琴音は教卓に並ぶ果実から目を離さないまま続けた。

 

「それで、一昨日、私たち青い果実が足りないって話したじゃん。四つしかないし、30人いるから全然足りないって」

 

 教室が少し静かになる。

 

「……言ったね」

 

 蛍にも、琴音が何を気にしているのか分かり始めた。

 

「そのすぐ後に、一個出た」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

「……強い敵だったからじゃない?」

 

 葵が先ほどと同じことを言う。

 

「そうかもしれない。むしろ普通に考えたら、それが一番ありそう」

 

 琴音は否定しなかった。

 

「じゃあ何なのよ」

 

 麗華が聞く。

 

「別に。偶然なら、それでいいんだけど」

 

「迷宮が私たちの話を聞いて、出したって言いたいの?」

 

 香奈恵が尋ねる。

 

「そこまでは言ってないよ」

 

「でも疑ってる?」

 

「……ちょっとだけ」

 

 琴音は苦笑した。

 

「だって変じゃない?」

 

「何が?」

 

 琴音は考えを整理するように指を立てながら説明する。

 

「最初は五個あった。それが一個なくなって四個になって、足りないってみんなで話した。その後に一個出て、また五個」

 

 言われてみれば、確かに出来すぎている。とはいえ、それ以上のものではなかった。迷宮がこちらの会話を聞いて青い果実を落としたと証明できるものなど、何一つない。

 

「偶然でしょう」

 

 麗華が言う。

 

「そう思いたい」

 

「実際、それしかないでしょ」

 

「うん」

 

 琴音もそれ以上は追及しなかった。

 

 青い果実が手に入ったこと自体は、間違いなく良いことだった。しかも今日の戦闘では、これまでより質の良い盾と剣まで手に入っている。

 

 敵が強くなるにつれて、得られるものも良くなっている。ならば、さらに先へ進めば、もっと良い装備が見つかるかもしれないし、青い果実だってまた手に入るかもしれない。

 

 蛍はそう考えながら、教卓の上に並んだ五つの青い果実を見た。

 

 昨日より一個増え、状況は確かに良くなったはずだった。それなのに、琴音の言葉を聞いたせいか、その鮮やかな青色が少しだけ違って見える。

 

 今日の一個がただの偶然だったのか、それとも迷宮が本当にこちらの様子を見たうえで与えたものなのか、今の蛍たちには確かめようがない。

 

 ただ一つ確かなのは、その一個を手に入れたことで、彼女たちの中に「もっと先へ行けば、また見つかるかもしれない」という期待が生まれたことだった。

 

 それすらも迷宮の意図なのかどうかは、まだ誰にも分からなかった。

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