爛熟の迷宮 ~祝福の果実に身体も心も変えられていく三十人の少女たち~ 作:これはR-15の範囲内なのか
石の階段を一段下りるごとに、背後の教室の気配が遠ざかり、ひんやりとした地下の冷気が肌を撫でた。
神崎蛍は、右手に握りしめたショートソードの柄を確かめながら、慎重に呼吸を整える。
昨日の恐怖が消え去ったわけではない。全身の皮膚を灼き溶かされたあの地獄のような激痛、衣服を奪われて全裸で転がり戻った屈辱は、今も網膜の裏に焼き付いている。
本来なら、生きてここにいるはずもなかった。致命傷を負った者を強制的に教室へと引き戻す、あの迷宮の不可解な仕組みがなければ、とっくに溶かされ命を落としていたのだ。
普通なら、蘇る恐怖とトラウマ、そして幻痛で一歩も動けなくなって当然のはずだった。それなのに――信じられないほど、足取りは軽かった。
(……身体が、軽すぎる。恐怖はある。記憶も消えていない。なのに、まるで何年も前の出来事を思い返しているように、現実感だけが薄い。冷静に考えれば、絶対におかしい……。教室に戻って外傷が治った後も、あの激痛の記憶で震えが止まらなかったのに、果実を口にした途端に薄まった。……あの果実は、心も身体も麻痺させてるみたいに異常だ)
頭の片隅では、その底知れぬ不気味さに警鐘が鳴っていた。
だが――警告を発する理性を嘲笑うかのように、胸元を覆う『革のチェストプロテクター』が、甘やかな温もりを全身へと送り届けていた。
吸い付くように身体へ密着した防具は、通算三センチの膨張を遂げた蛍の胸を、まるで第二の皮膚のように寸分の隙間もなく包み込んでいる。
階段を駆け下りても、身を低く屈めても、あの不快な揺れが一切起こらない。薄い部屋着が擦れるチリチリとした摩擦も、下腹を直撃していた甘い痺れも、完全に遮断されていた。
(……あたたかい……)
防具の内側から、じわりと柔らかな魔力が胸の芯へと浸透してくる。両脇から優しく持ち上げられ、包み込まれるような心地よさ。
それは剣道着とサラシで胸を強引に圧迫し、潰し続けてきたこれまでの人生では一度も味わったことのない、甘やかされるような安らぎだった。
異常だと分かっているのに、身体が勝手にこの感覚を受け入れてしまう。果実の魔力と防具の安定感。その二つが組み合わさったことで、中学時代から全国を目指して鍛え上げてきた武道の勘が、かつてない冴えを見せて全身に蘇っていた。
一段、また一段。
通路の角を曲がり、昨日ゴブリンを倒した最初の広間へと足を踏み入れた。
ギィッ、と耳障りな啼き声が響く。
闇の奥から這い出してきたのは、二体のゴブリンだった。痩せこけた青黒い肌、手にした粗末な棍棒。昨日、八人がかりでようやく仕留めた凶暴な魔物。それが今、単身で潜ってきた蛍を品定めするように、濁った黄色い瞳をギラつかせている。
(……落ち着いて。間合いを見切れば、絶対に届く)
蛍はショートソードを中段に構えた。竹刀とは違う、真剣の冷たい重み。だが、研ぎ澄まされた腕には、その重量が吸い付くように馴染んでいた。
ゴブリンたちが距離を詰め攻撃してくる。だが、奇妙だった。昨日戦った個体と比べれば、踏み込みも棍棒の振りも、ほんのわずかに鈍いように見える。
恐怖で感覚がおかしくなっているのか、それとも果実と防具によって自分自身が強化されているのか――蛍には判断できなかった。
手前のゴブリンが、低い姿勢から床を蹴って跳躍しながら棍棒を振り下ろしてくる。昨日なら、その気迫に気圧されていたかもしれない。だが――蛍の視界には、その一撃の軌道が、まるでスローモーションのように見えていた。
(遅い……っ!)
すっ、と半身を引いて棍棒を紙一重でかわす。空を切ったゴブリンが体勢を崩した瞬間、蛍の身体は流れるように前へと踏み込んでいた。
――ズシュッ!
鋭利な切っ先が、ゴブリンの喉元を一文字に切り裂く。鮮血が散る間もなく、魔物は黒い霧となって霧散していった。
「ギャッ!?」
仲間の死に動揺したもう一体が、足を止めて後ずさる。
(逃がさない)
蛍は濡れた石畳を強く蹴った。その急激な踏み込みの瞬間、チェストプロテクターがぎゅっと蛍の胸元を優しく締め付けた。揺れを完全に相殺しながらも、内側の滑らかな革が引き絞られた先端を押し包む。
「っ……ん……!」
喉の奥から、無意識に浅い吐息が零れた。胸の芯を貫く、甘く痺れるような心地よさ。だが、その背徳的な刺激は、今の蛍にとっては集中力を削ぐノイズではなく、戦闘の高揚感を異常なまでに引き上げる劇薬へとすり替わっていた。
刃が閃き、最後の一体の胴を真横から両断する。甲高い絶叫を残し、二体目のゴブリンもまた黒い粒子となって天井へと溶けていった。
「はぁ……っ、はぁ……」
静寂が戻った広間で、蛍は剣を下ろした。息は上がっている。だが、身体には傷一つなく、驚くほどの達成感が胸の奥を満たしていた。
(私一人でも……戦える。この力があれば、みんなを守れる……!)
その時だった。
ゴブリンが消え去った石畳の上で、カラン、と澄んだ金属音が鳴り響いた。手頃なサイズのショートソードが一振りと――淡い燐光を放つ、革のチェストプロテクターが一着。
「……落ちた。これを持ち帰れば……!」
蛍は胸を弾ませながら、防具を拾い上げた。これで防具は葵の分と合わせて二つ。だが、これだけではまだ足りない。教室には、ギャルたちを筆頭に動けるのに防具がなくて怯えている者が何人もいるのだ。
その時、広間の奥へと続く通路から、ペチャリ、と粘つくような水音が響いた。
「っ……!」
蛍の背筋が凍りついた。闇の中から這いずり出てきたのは――半透明の緑色の巨躯を波打たせる、強酸のスライムだった。昨日、自らの皮膚を灼き、服を溶かし尽くしたトラウマの権化。
一瞬、足が竦みかけた。恐怖で心臓が早鐘を打つ。だが、胸元を包む防具の温もりが、逃げ出そうとする蛍の心をぎゅっと抱きしめるように支えていた。
(逃げちゃダメだ……! 今の私なら、やれる……!)
スライムが獲物を認識し、酸の触手を鋭く撃ち出してきた。――だが、昨日とは違う。
一本目。真っ直ぐ。二本目。ほとんど同じ高さ。あれほど不規則に蛍を追い詰めたはずの触手が、今日は妙に素直な軌道を描いていた。まるで「こう避ければいい」と教えるために、同じ攻撃を繰り返しているようにすら見える。
(……違う。私が見切れてるんだ。昨日とは、もう違う……!)
蛍はそう自分に言い聞かせ、身を沈めて触手をかわすと、一気に間合いを詰める。スライムの中央で怪しく脈打つ、赤い眼球のような核が見えた。
「はぁぁッ――!!」
気合一閃。研ぎ澄まされた刃先が、触手の隙間を縫って核のド真ん中を正確に貫通した。ビシャァッ、と激しい音を立てて核が破砕され、スライムは酸の脅威を振りまく暇もなく、無害な液体となって床へと崩れ落ちた。
「……う……そ……」
蛍は呆然と切っ先を見つめた。あんなに恐ろしかった怪物が、まるで最初からそうなるように誂えられていたかのように、あっさりと崩壊したのだ。昨日の死闘が嘘だったかのような、あまりにも呆気ない勝利。その不自然さに、説明のつかない違和感が脳裏をよぎる。
(……違う。昨日とは、私自身が違うんだ)
蛍は小さく首を振り、その違和感を無理やり振り払った。果実で身体は軽く、防具のおかげで動きを邪魔するものもない。昨日とは条件がまるで違うのだ。そう考えれば、この呆気ない勝利にも説明はつく。残っていた警戒心さえ、トラウマを自らの手で打ち砕いたという強烈な達成感に押し流されていった。
(私……勝てた。もう、スライムだって怖くない……!)
スライムが溶けた跡に、コロン、と小さな何かが転がり出た。防具でも武器でもない。それは、大人の親指ほどの大きさしかない、冷たい青い光を放つ小さな果実だった。
「……木の実……?」
拾い上げると、手のひらにひんやりとした心地よい冷気が伝わってくる。その瞬間、石板の文字と同じように、蛍の脳裏へ直接情報が流れ込んできた。
『浄化の蒼果。肥えゆく肉を鎮め、身体を清めん』
「……っ!? 肉を、鎮める……?」
蛍の息が止まった。直感だった。これは――大きくなり続ける胸を、縮めるための果実だ。ほんのわずか、数センチかもしれない。けれど、間違いなく肥大化の呪いを巻き戻すための奇跡の果実。あまりにも都合がよすぎる効果だった。
(……でも、今は疑ってる場合じゃない。これがあれば……麗華さんたちも、葵ちゃんも……!)
胸の奥で、歓喜の炎が爆発した。もっと探さなければならない。この奥へ行けば、もっとたくさんの防具が、そしてこの青い果実が手に入るかもしれない。今なら行ける。身体はかつてないほど絶好調で、魔物など敵ではない。
武道家としての冷静さは、果実がもたらす全能感と、出来すぎと言っていいほど順調に続く戦果によって、少しずつ押し流されていた。蛍は拾い集めたショートソードと防具、そして青い果実を抱え込み、さらに奥へと続く下り階段へと迷わず足を踏み入れた。
二つ目の広間。待ち構えていた三体のゴブリンも、高揚感に包まれた蛍の敵ではなかった。胸を優しく締め付ける防具の快感に喉を鳴らしながら、流れるような剣戟で魔物を次々と両断する。ドロップしたのは、さらにもう一着のチェストプロテクター。
(よし……これで胸当ては、今着けてる葵ちゃんの分を合わせて三着。持って帰れる予備が二着に、剣が一振り。それと、青い果実が一つ……!)
両腕はもう抱えきれないほどの戦利品で塞がっていた。だが、広間の突き当たりに重厚な石の扉が見えた瞬間、蛍の足は止まらなかった。
(あの扉の向こう……次のフロアの入り口だけでも、見ておきたい……!)
今の自分なら、何があっても対処できる。そう信じ切っていた蛍が、扉の取っ手に手をかけた、その瞬間だった。
カチリ。
頭上で冷たい機械音が響き、扉のレリーフから赤く怪しい霧が蛍の全身へと降り注いだ。
『試行の洗礼。未熟なる果実に、実りの未来を』
「え――っ!?」
頭の中に冷たいアナウンスが響いた刹那、蛍の胸の芯で、信じられないほどの高熱が爆発した。
ドクンッ! ドクンッ!
心臓が破裂するかのような猛烈な脈動。直後――蛍の胸元が、内側から高圧の空気を送り込まれたかのように、目に見える速度で暴力的な膨張を始めた。
「あ――っ、ひゃああああっ!?」
サラシを失って育ち始めていた双丘が、一瞬でリンゴ大、メロン大を軽々と突破していく。みしみしと音を立てて極限まで引き絞られる皮膚。その瞬間、胸元を守っていたチェストプロテクターから、ふっと魔力の気配が消えた。
「え……?」
カチャリ、と留め具が勝手に外れる。まるで、この先の変化を邪魔しないよう迷宮自身が装備を解除したかのように、チェストプロテクターが無傷のまま床へと転がり落ちた。
「嘘……っ、止まらな……っ、なにこれぇ……っ!?」
膨張は止まらない。蛍の華奢な上半身に実ったのは――八百屋の店頭に並ぶ最も巨大な大玉スイカを二玉、丸ごと埋め込まれたかのような規格外の質量。現在、七十三センチほどだったトップバストは、瞬く間にその倍――百四十センチを優に超える異常な数値へと達していた。部屋着のTシャツはビリビリと繊維を軋ませて半透明に透け上がっていた。
ズゥゥゥン、と。両胸だけで十数キロに達する暴力的な重力が、前方に偏った重心を容赦なく真下へと引きずり倒した。
「重っ……立てな……っ!?」
踏ん張る暇もなく、蛍の身体は前からのめり狂うように石畳へと倒れ込んだ。顔面が硬い石床に叩きつけられる――そう身構えた瞬間。
――ボフゥッ! ドチャッ!
鈍く重い肉の衝突音が石室に反響した。顔や骨が砕けるような痛みはなかった。規格外に膨れ上がった大玉スイカ二玉分の肉塊が、床との間に挟まり、巨大なクッションとなって彼女の身体を受け止めたのだ。
だが――それが、底知れぬ地獄の始まりだった。
「ひゃぅぅぅッ――!?? ん、あぁぁぁッ!!」
背中を弓なりにしならせ、蛍の口から叫びとも喘ぎともつかない絶叫が迸った。風船のように引き伸ばされ、剥き出しの神経束のようになっていた両胸。それが、自らの全体重と落下の勢いを乗せて、冷たい石畳へと激突し、ぐにゃりと押し潰されたのだ。
痛みはなかった。だが、両胸の先端と柔肉の芯から、頭蓋を焼き切るような強烈無比の甘い電撃が爆発し、脊髄を突き抜けて下腹部と股の奥へとダイレクトに直撃した。
「や、だ……っ、なに、これ……っ! あぁっ、んんっ……!」
下腹部がきゅんと熱く引き絞られ、全身の筋力が瞬時に消し飛んだ。起き上がれない。頭を上げようにも、首からぶら下がった二玉のスイカが邪魔をして上体がびくともしない。少し呼吸をして胸が床に擦れるだけで、キュンキュンと恥ずかしい場所が痙攣するように疼き、太ももの内側をギュッと擦り合わせながら涙を流すことしかできなかった。
(これ……私の、胸……? うそ……こんな、化け物みたいなの……っ)
剣を握る右手は力なく痙攣し、床を這うことすらできない。動けない。戦えない。ただ床に突っ伏して快楽に腰を震わせる、無力な牝の肉塊。
ペタ……ペタ……。
背後の闇から、乾いた足音が近づいてきていた。手にした粗末な棍棒を、引きずるようにして歩く影。――ゴブリンだった。さっきまでなら、呼吸を乱すことすらなく瞬殺できた魔物。それが今、床に倒れ伏して喘ぐ蛍を見下ろし、濁った黄色い瞳をギラつかせながら、ゆっくりと棍棒を両手で頭上へ掲げていた。
(あ……)
蛍の潤んだ瞳が、床越しに迫る影を捉えた。逃げなければ。剣を拾わなければ。だが、過敏化しきった巨大な肉塊が床に押しつけられている限り、腰は砕け、指先一つ動かない。
ヒュッ、と風を裂く音。
振り下ろされた棍棒が、蛍の頭部へ届く――その刹那。世界が白く弾けた。