かぐやが配信を始めてから数週間が過ぎ、とうとうヤチヨカップも終盤に差し掛かって来た
俺は始めて配信に出てからと言うものかぐやに『一回出たんなら何回出ても一緒だって!』と3回に一回くらいの頻度で召喚されている
それにより朝日くんには『俺らのとこにはどうやっても入ってくれなかったのにかぐやちゃんのとこには簡単に出るんすね』と中々に粘着されている
……本当に出るんじゃなかったな
そんなことを考えている時俺の元に一本の電話がかかって来た
画面を覗き見るとそこには酒寄さんの名前。またかぐやを預かってほしいという連絡かと思いそれをとると
「もしもし、どうし──「松陽!!かかってよかった……。あのね、彩葉がおでこ熱々で動かなくなっちゃった!!」っ!?」
そうだ、見落としていた。分かってていたはずだろ俺!気づけたはずだろ!!
かぐやの配信頻度に配信時間、さらにそれにかける労力を考えると酒寄さんの負担は専業にしたって大きいだろう
さらにそれに加えて模試対策。バイトに夏場の節約。とても学生が背負っていい荷の大きさじゃない
……情けないな。あの日、必ず何とかすると言ったのに。
朝日くんに酒寄さんをちゃんと見ておくって言ったのに
……いや、違うだろ!!
今俺がするべき事はそんな事じゃない。後悔は後でいくらでもできる。
今、俺がすべき事は──
「落ち着け、多分それ熱中症だ!まずは近くにある自販機…水筒とか持ってるならそれでもいい。飲めそうならそれを飲ませろ。それが無理なら首とか腕、膝の関節とかに水かけて冷やせ。」
「わ、分かった!!その後は?」
「その後は靴下とか脱いでも大丈夫な物は脱がせろ。そんでかぐや!お前酒寄さんおぶって家まで行けるか?」
「うん!できる!」
「よし、じゃあ家に着いたらクーラーガンガンにして布団に寝かせろ。以上!!後は俺が直に行く!!」
それを最後に俺は電話を切った。ただの熱中症と侮ってはいけない。過去に何度も熱中症で死んだ人を見て来た。
現代では対処法が確立され、さらに医療の発展により致死率は大きく下がったがそれでも人を殺す可能性のある症状だ
……俺も
まあ何はともかく、俺も早く酒寄さん家へ向かわねば
「おいヤチヨ!!酒寄さんが倒れた!!一緒にこい!!」
「……!そう、なんだ。今日だったんだ。」
ああそうか、ヤチヨはもうすでに一度これを経験しているのか。なら、俺がいなくても何とかなったって事はここで酒寄さんが死ぬ事はほぼ無いのだろう
そう思うと、少し安堵の気持ちが湧いて来た
「ああ、そうだ。だから早く……」
「私は、行かないよ」
「よし、じゃあ早く準備……は?」
ヤチヨの口から、俺の予想してもいなかった言葉が飛び出して来たことで、俺の意識が一瞬飛んだ
その後、ヤチヨは少し微笑みながら言葉を続けた
「だって。……だって彩葉にはかぐやがいるでしょ?なら、ヤッチョは居なくてもきっと大丈夫。だから──」
「な、何、言ってんだよ……だって!……だってお前が、一番……酒寄さんを……」
ヤチヨはきっと今の状況の事だけを言っているのでは無いのだろう。
けどそれは、今まで待ち続けたヤチヨ自身を否定することを意味する
今の彼女の表情は笑顔だ。けどそれは、笑えてない笑顔だ
ただ貼り付けただけの、いつものように美しいのに、苦しくて、切ない笑顔
ヤチヨ、お前まで……その顔をするのか
「……俺は、酒寄さんの家に行く。お前は、行きたく無いなら行かなくていい」
「うん、ごめんね。ありが──「けど」」
ヤチヨの言葉を俺が遮る
「けどな。俺はお前を逃してなんかやらない。お前が俺にそうしたように、お前が俺にそうある事を望んだように、俺もお前を
そう言い終わった後、俺は店を背に駆けていった
「……貴方達は眩しいな」
そんな言葉が誰の耳に入るでもなく、ただその場の空気に溶けていった
────────────────
「かぐや!来たぞ!」
「松陽!…ありがとう。来てくれた」
「そんなの当たり前だろ。今どんな状況だ?」
「え〜っとね、彩葉はそっちに寝かして、今熱出た時にいいって聞いたからおじや作ってる!あといっぱいふかふかさした!!」
「そうか…、偉いな。かぐや、よく頑張った」
もうすでに俺が来た時には大体のことが終わっていた。本当に器用なやつだな。
そして俺が持って来たポカリとかを冷蔵庫に入れている時、奥の部屋からガバッと音がした
「やばっ!バイト!!」
「彩葉!!起きちゃだめ!もう休んで〜!」
「そうですよ。貴方の言うバイトの雇い主はここにいますしね」
「えっ先生?何でここに……」
「あっ不法侵入では無いので通報はしないでくださいお願いします!!」
先日の女子高校生ストーキング事件という前科があるため俺が必死に弁解するのを横目にかぐやが言う
「そだ!病院、病院行こ!一緒に!」
「……お金かかるからヤダ」
「そんなもん、かぐやに任せとき!!」
「私もいるので、そこは悪しからず」
「でも……」
酒寄さんが俯いて体調のせいか、はたまたまた違う理由か語気を弱めながら言葉を続ける
「全部ギリギリで予定組んでるから、何日も休んだら……もう、追いつけないよ……奨学金も……出ないかも」
熱のせい……も、あるのかも知れないが彼女は心なしか涙ぐみながら少しずつ、吐き出すように言った
始めて俺に見せた、彼女の大きな弱さ。それを見た俺は少し……分かった
彼女は決して自分からギリギリの状況にしたくてしているのでは無いと、誰かに手を手を伸ばせないだけで確かに助けを求めているのだと
それが、分かった
それで俺は、安心した
「何で彩葉は、そんなに頑張らないといけないの?かぐや、いっぱい無理言っちゃったし……彩葉死んじゃヤダ〜!!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃありませんよ。現に貴女は倒れた。もしよければ私に貴女のその執着、その理由を教えてくれませんか?」
「……いえ、人に言うような内容じゃ無いので……」
「そうですね…、なら言葉を変えます。──言いなさい。貴方に溜まった疲労を。それがいい物だろうと、悪い物だろうと、吐き出せば少しは軽くなりますよ」
「……」
その後、酒寄さんはポツリ、ポツリと話始めた。その内容は家族についての話だったが、その中でも彼女を縛っているその原因は──
「母、ですか」
「はい、お母さんはこれくらいのことは当たり前に出来ていたんです。なら、私もこのくらい乗り越えないと……」
やっと分かった。酒寄さんはずっと母の影に追いつこうと必死になっている
母への憧れからか、はたまたそう言う物だという義務感からか、どちらにしてもそれは健全な形ではない
「して、酒寄さん。貴方は母と自分を重ね、母になろうとしている。では、一つ聞きましょう。貴方は母になったとして、どうしたいのですか?」
「え、どうって……えっと……」
酒寄さんが目を泳がし、言葉に詰まる。そこに俺は口を開く
「いいですか。他者に憧れ、それを追い求める。それ自体が悪とは言いません。人間とはそんなものですよ。しかし、他者に
「何も、残りません」
「他者を望み、憧れ、焦がれ、自身の目にあんなに輝いて見えたものでも、それを手にするまでに自身を見失ってくる。そうしていざ他者になれた時、手元にあるものが霞んで見えてくる。そしてまた、他者が輝いて見える。それの繰り返し。」
「そうしている内に自身と他者の境界が薄くなってくる。そしてだんだん、自分が何者だったのか、何を求めていたのか、何を成したかったのか、そんな事すら分からなくなる。……魂の色が分からなくなる。当然です。もうすでに自分と言える物は何一つ手元に残っていないのだから。それは『虚』ですよ」
「………」
酒寄さんが、しばらく俯いてこの場に沈黙が走った。分かっている、俺の言葉が彼女にとっての毒になるかも知れない事なんて
でも、あまりにも、彼女の目の濁りが
なら、このくすみを取るのは俺の役目だ
逃げるな
向き合え
あの日、ヤチヨが俺にしてくれたように
「じゃあ、じゃあ、どうすればいいんですか。私は、一人じゃ何にも出来ない。お母さんが言うみたいに、甘ちゃんだから……。先生、私は一体どこに進めばいいんですか!!何も分からない私に……いつものように、教えてくださいよ……っ!」
そう、酒寄さんは苦しいように、苛立っているように、投げ打ったように言った
当然だ。今まで自身の行動の指針であり、絶対であったものを正面から崩されて、脆くならない人間などいるのだろうか
少なくとも、そんな奴を、俺は知らない。
「……さて、路傍で授業を一つ!──『自身の指針に他者を近づけるべからず』」
「……!」
「今、ここで私が答えを言っても、それは貴方の指針が母から私に変わるだけに過ぎない。なので、ここで貴方に私から宿題を出します!いっぱい寝て、食べて、休んで、そこから母と言う眼鏡を外した状態で世界を見てみなさい。きっと良くか悪くか、見える景色が変わるでしょう。その後、私はこれと同じ問いをしましょう。『貴方の魂は何色ですか?』。その答えを見つけなさい。それが私からの宿題です」
「………」
再びこの場に沈黙が走る。でも、その中にいる酒寄さんの目はさっきのものとは違って見えた
さっきと違う、色を知った目だ
これなら、きっと大丈夫。かぐやもいる
きっと、大丈夫
「では、私はここらでお暇させて頂きます。後は、若いお二人の時間。
「バイトは1週間ほど休みにしておきます。ああ、勿論お給料は出ますので、ご心配なく。……では、お大事に」
そう言って俺は玄関を開け、酒寄さんの家を後にした
バタン、そう俺の後ろで音がした
「ふぅ……」
その音と共に俺はドアにもたれ掛かりながら地面にへたり込んだ
手を額に当て、天を仰ぎながら、俺はあの日のことを思い返していた
「……なあ、俺はちゃんと出来たかな。……お前のように」
空を見上げると、もう暗くなりつつある。そこには薄っすらとそれでいて綺麗に月が映っていた
曇らせってやっぱ正義だよね