好奇心が殺したもの   作:息抜きのもなか

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無駄に記憶喪失について調べました。


02.学校

 電車内で少し気になって記憶喪失について調べていたところ、どうやら人格(アイデンティティ)がすべて抜け落ちるタイプの記憶喪失と言うのは、逆行性健忘と呼ばれる長期記憶喪失と全般性記憶喪失の二種類が存在するようです。後者は外傷が原因では発生しないというのが通説のようですが、外傷が起因して起こる前者は人格すべてを失うことは珍しく、昔の事は覚えているケースが多いみたいです。

 私の場合は何もかも忘れているタイプなので、前者だとすれば症状がかなり深刻だったということになります。頭部の衝撃があったとはいえ、こうして私がピンピンしているあたり負傷がかなり深刻だったということはないはずなのですが、だとすると私の記憶喪失は後者のタイプということになります。

 ですが、こちらも疑念が残ります。全般性記憶喪失はてんかんや脳炎を原因として起こることはあるようなのですが、基本的に強い精神的ストレスが原因とされているようなのです。それが示すのは外傷、つまり階段から落ちたことは記憶喪失の原因ではあらず、階段を下りている途中で強い精神的な負荷によってこの症状を発症してしまった結果、対応できずに落下したという因果と結果の逆転が起こったということ。

 しかし私には切り替わった直後の階段から落ちた記憶はありません。

 だからきっと前者の頭部損傷によるものだと思うのですが、それはそれでそこまでのダメージはないような気がしますし……。

 とまあ、こんな感じで堂々巡りをすることになってしまいました。

 

「あ、すみません」

 

 ガタンと揺れた電車に揺さぶられ、隣の方にぶつかってしまったので謝ります。

 肩がぶつかるほど人が乗っているのかと言われてしまいそうですが、今私が乗っている電車は二両編成の列車なのです。それに加えて辺鄙な場所まで続いているようで、この列車を使わないとD.U.地区まで出られないという人が多く、行きも帰りもそれなりに込み合ってしまうようでした。

 無論車両数を増やしてほしいという声は上がっているようですが、車両数を増やすということはそれ即ちホームの拡張を伴います。さすがにそれは大規模な工事を伴いますし一朝一夕ではいかないようで、その代わりと言っては何ですが車両内の設備は快適さが重視された設計になっています。

 特急車両のように回転できるふかふかの座席が並び、立っている人のために吊り革だけでなく柱もそこかしこに配置。網棚も広く取られていて、隙間から落ちないようにちゃんとネットが張られています。

 車内には小洒落たジャズなんかも掛けられていて、電車に乗っているはずなのに喫茶店にいるような気分を味わえます。ああ、そうでした。キヴォトス内の有名コーヒーチェーンと提携してコーヒーメーカーも常備されていることも外すわけにはいきませんね。

 いえ、こうして改めて並べ立てて見ると電車に必要なサービスではない気もしますね。

 しかしそれで利用者が離れる等の影響はなかったようなので、効果はあるのかもしれませんが。

 

「すみません。次降ります」

「あ、はい。どうぞ」

 

 奥に座っていた方が次で降りるようなので、一度席を立って道を開けます。

 ロボット住人さんが出て行った後に戻ろうとする際に私も二駅先なので逡巡しますが、その逡巡を見ていた近くの方が「終点まで行くので奥に座らせてもらっても?」と声を掛けてきてくださったので快諾しました。

 D.U.地区での戦闘を見た後だと、この電車の利用者の治安の良さに少しばかり瞠目してしまいそうになります。乗客のことを考える鉄道会社のところには、同じく思いやりを持った利用者があつまるということなのでしょうか。

 キヴォトスでは数少ないハイランダーの管轄外の鉄道ということも多少採算を度外視した顧客満足度を上げる施策を実施できる要因の一つなので、そこも少なからず関係しているのかもしれません。

 

『次は~萄牙、萄牙』

 

 そんなどうでもいいことを考えているうちに私の降りる駅が近づいてきたので、扉付近へと移動します。学校の最寄だからかちらほらと他の生徒も席を立っているのが見て取れました。

 私が通っている学校の付近はどんな感じなのだろうと窓の外を見ます。

 そこには、曇天の隙間から太陽の光が漏れている神秘的な光景がありました。窓の外の街の並びを見ようと思ったのにもかかわらず空に目が吸い込まれてしまいましたが、しかし自分の手元ばかりに目を落としていてこんな神秘的な光景を見逃していたのかと少しばかり後悔してしまいます。

 周囲を見れば皆自分の手元の端末に目を落としたり、一緒に乗っている人の方を向いているだけで、窓の外に目を向けている人はほとんど見受けられません。もったいない、と思う頃にはトンネルに突入してしまったのか、窓の外が真っ黒に覆われてしまいました。

 私の学校の最寄り駅は地下駅だったようで、そのまま駅へと到着します。

 名残惜しい気持ちを残しつつ、改札を抜けました。手元の端末に表示した地図を確認しつつ、看板を見ながら出口へ向かいます。

 周囲を見れば皆もう慣れた場所だからでしょう。同じ制服の子たちは何も迷うことはなさそうな歩みで出口へと向かっています。あの子たちについて行けば学校に着くのかもしれませんが、地元の学校だとすれば自宅へ戻るだけの可能性もあります。

 今回ばかりは地図を確認しながら歩こうと決意し、周囲に少し奇特な目で見られながらも学校へ向かいます。

 

「良い空気ですね」

 

 歩きながら感じたのは、D.U.地区と比べてどこか長閑な空気が漂っていることでした。

 人によってはそれを間延びした田舎の空気、と断ずるかもしれませんが、私個人としてはこの空気は嫌いではありません。田舎町ほど家が点々としているわけではありませんし、普通にそこそこ新しい家もチラホラと見られます。

 観光や商業、技術都市としての側面が取りざたされることが多いこのキヴォトスにおいて、こういうどこでもない街、というのに私は安心感を抱いていました。記憶を失う前の私も、D.U.地区で感じた少し窮屈な空気を嫌ってこの場所に根を下ろしていたのでしょうか。鳥の声が聞こえる住宅街を歩きながら、そんなことを思います。

 しばらく歩くうちに、大きな白い建物が見えてきました。

 団地かと思っていたら、どうやら地図を見るに私が通っていた学校のようです。こうして目にしても何も思い出さなかったあたり、何かがきっかけで私の記憶が回復する可能性は薄いと見た方が良いのかもしれません。

 学校に入る際に、少しだけもたつきました。門の前まで来て記念に一枚学校名と校舎が映る形で自撮りを撮ったまでは良かったのですが、門を通ったその後にどこから校舎に入ればいいのかわからなかったのです。

 幸い来客用の入り口には案内があったので、それを見つけてそこから入ることにしました。

 

「すみません、少しお時間よろしいでしょうか」

 

 入ってすぐ横が事務室のようでしたので、担当をしている生徒に声を掛けます。

 基本的に暇なのか奥の方で駄弁っているようでしたので、邪魔をしてしまうのは少し気が引けるのですが、しかし状況が状況なので仕方がありません。それに念のため学校のホームページに目を通して事前に確認しておきましたが、まだ事務室の稼働時間の範囲内ですから、対応してもらうことは特に問題ないはずです。

 そんな言い訳を私が脳内で並べていると、先程の呼びかけが聞こえていたのでしょう。事務室の中にいた生徒のうち一人がこちらに近付いてきました。

 

「あれ、音無じゃん。どしたの?」

「私をご存じなのですか?」

「何その話し方。そんな感じだったっけ? まあいいや。普通に覚えてるよ。この学校人数少ないし、それに音無って銃の登録申請出さなかった珍しい生徒だからさ」

 

 そう言われてようやく、私は自身が銃を所持していないという異常事態に気が付きました。

 D.U.地区で戦闘の様子を見ていたはずなのに、自身が武器を有していないという事実をここに来るまでに気が付かなかったことに驚きを隠せません。それぐらい武器を持っていないという状況を身体が受け入れ、覚えてしまっていたということなのでしょう。

 逆に言えば、私の身体はそれを異常だと思えない程度の時間、以前の私は銃を所有していなかったということになります。確かにこのキヴォトスでは銃を持たない人は裸で歩いている人より少ないとすら言われる都市ですから、そんな人間がいればよく目につくことは間違いありません。

 しかし、その事実を認識すると何だかそわそわしてきてしまいました。これはあれですね。以前の私は銃が無くても問題なかったようですが、私はそうではないようです。

 これは意見の相違、美学の相違です。仕方ないので時間のある時に私用の銃を見繕いに行くとしましょうか。

 

「実は、現在私は記憶喪失になってしまったようなのです。まだ医者にかかったわけではないので一時的なものかどうかの判断はつかないのですが、私自身のことについて教えていただければと」

「へ? 記憶喪失? 前から変なことを言う子だと思ってたけど、今回は特段変だね」

「以前の私はどんな感じだったのでしょうか?」

「変としか言いようがないしなあ。あ、でも自分のことなら、ここに来なくても学生証を見ればある程度わかるでしょ」

 

 学生証。そういえば存在を忘れていました。

 制服の中を調べるのを無意識に避けていたのでしょうか。ペタペタと身体を触る中で、スカートの後ろポケットに財布のようなものを発見し、その中に学生証が入っているのを確認しました。

 財布は大人の男性が好むようなベージュ色の革の財布。長財布ではなく半分に折るタイプですが、中にはカードと学生証ぐらいしかなく、半分ファッションで持っているような感じです。

 これも私の美学とは異なります。これは自室の机にでも引き篭もってもらって、私はスマホケースに収納してしまいましょう。ガンホルダーに学生証を入れられるようにするでもいいかもしれません。

 閑話休題。

 私自身の所属が判明しました。学校名とクラス名と私自身の名前が書いてあって、部活には入っていないようです。音無イナという名前には親の悪意を感じないでもないですが、しかしイントネーション的にはあまり気にするところではないでしょう。

 そんな事よりも気になるのは、学生証の写真の方です。今よりも少し幼く見える学生証の私は、無感情に見える現在(いま)の私と比べても元気が無いように見えます。目に光がないのです。学生特有の希望に満ちた感じがない。

 しかしここで考えても仕方ありません。

 目の前で待たせている事務室の方に学生証があったと見せておきます。

 

「ありました」

「そりゃよかった」

「すみません。所属はわかったのですが、校内の地図や住所がわかれば教えてもらうことは可能でしょうか?」

「あー、それは確かにここに来ないと分からないかもね。ちょっと待ってて」

 

 その子はささっと事務室の奥の方に引っ込んでいって、同僚と一言二言言葉を交わしながら迷わずに奥の棚の方で書類を探しているようです。

 きっと私の事を話したのでしょう。事務室中央の机でたむろっていた面々が一斉にこちらを向いて、珍獣を見るような目で見つめてきます。

 それにペコリと頭を下げれば、「今の見た?」みたいな感じでコソコソ話が始まってしまいました。その様を見るあたり以前の私の評判が知れるというもの。先程の子の発言も考えるに、少なくとも悪評は広がってしまっているみたいです。

 そんなことを考えているうちに先程の子が戻ってきまして、校内案内図と緊急連絡用の住所用紙を見せてくれます。どうやらこの学校の生徒のほとんどは実家から通っているらしいのですが、私は数少ない寮住まいの生徒らしいです。寮の地図も丁寧につけてくれたので、お礼を言って寮へと向かうことにします。

 

「音無。私は今のお前の方が好きだけど、人格が戻る見込みはあるの?」

 

 通用口から出て校門へと向かおうとしたところで後ろから声が掛かり、振り返ります。

 先程受付をしてくれた子がわざわざ見送りに来てくださったようですが、その表情はいくつかの感情が混ざっているように見えました。

 もしかすると、彼女は以前の私と親しかったのかもしれません。

 だとすれば、私は彼女にどう伝えるべきなのでしょう。

 少し悩んでから、結局私は正直に吐露することにしました。

 

「わかりません。一般的な記憶喪失であれば、基本はしばらくすれば戻るようです」

「今の音無自身はどう思っているの?」

「どう、とは?」

「戻りたいの?」

「元の人格が戻るのであれば、私がそれを否定する理由はありません。ですが――」

 

 私はそこで言葉を切ります。

 以前の私と親しかった可能性がある人間に対して、これを伝えるのはどうかと思ったのです。

 言葉を切って目を伏せた私に、相対する少女は何も言わずに待ちました。沈黙に耐え、私の言葉を促すように待っていました。

 覚悟しているようです。聞かねばならないと思っているようです。

 目を戻した時の彼女の真っ直ぐな瞳が、私に言葉を濁すことを諦めさせました。

 

「ですが――私が記憶喪失となった原因が強い精神的ストレスであったのだとすれば」

 

 結局、私は彼女の瞳を見続けることはできませんでした。

 

「私は彼女がこれ以上苦しまないようにしてあげてもいいのではないかと、そう思ってしまいます」

 

 それは私という人格が失われることに対する恐怖が口にさせたのかもしれません。

 ですが空っぽのスマートフォンが、彼女の興味関心や人格を示すものを欠片も感じられないこの携帯機が、私の不安を強く後押ししているのです。

 ええ。敢えて言葉にしましょう。

 音無イナは、私が記憶を失う前の少女は、幸せではなかったかもしれません。




曇らせの片鱗だけ散りばめておきます。ばら撒きまくってどこかで拾い上げる予定です。
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