買い物をしようにも店の場所がわからなかったため、地図アプリとにらめっこします。
結果、どうやらこの付近にはあまりお店が無いことがわかりました。もちろん、食料品を売っている店はあるのですが、銃や衣類のお店はどうも近くには無いようなのです。
ここに戻ってくる際の電車でそれなりに同じ学校の生徒が乗っていたのは、必要に駆られて足を運んでいたということなのでしょう。
そんなわけで、私は今電車に揺られております。D.U.地区へ逆戻りです。
ちなみに格好は制服ではなく、唯一の私服であるパンツスタイルの服で出てきております。実際に着てみたところ過去の私にもセンスがなかったわけではなく、それなりにこの容姿に似合っているのですが、それなり止まりなので折角ならばもう少しお洒落をしたいところです。まあここは美学の相違もあるでしょう。私はボーイッシュなファッション一辺倒よりもいろいろな服を着たいタイプですので。
先程の反省を活かしてコーヒーを飲みながら車窓の景色を眺めていたのですが、今回はただの街並みが並んでいるだけで特に面白いことのないままD.U.地区へとたどり着いてしまいました。もう少し良い景色を期待していただけに拍子抜けですが、乗ったままだと折り返してしまうのでさっさと電車を降りることにします。
駅に到着してからは先程来た道を引き返すだけですので、特に問題なく出口へ辿り着き、記憶喪失になって女性と会った建物とは逆方向、市街地の方へと向かいます。
ふらふらと街を眺めながら、まずは銃を調達しようと思って――過去の私の防衛技術であろう針は部屋に置いてきてしまったため、私は裸同然の状態で身を護るための何かを準備する必要があるので――スマートフォンに目を落として店への向かい方を調べていた時です。
「ねえねえ。ちょっとそこの紫色の髪のお姉さん」
そんなナンパのような声を掛けられたのは。
気の抜けた猫のような声でした。言うなればオレンジジュースにガムシロップを垂らしたような甘すぎて心臓に悪そうで、しかしずっと聞いていられるような低音も交じった不思議な声。
私がスマートフォンから顔を上げると、その声の持ち主はまっすぐにその金緑の瞳をこちらに向けて立っていました。
デイジーの花を思わせる鮮やかなオレンジ色の髪。
背丈は私より頭一つ分ばかり小さく、体形は今日会った連邦生徒会の方や大人の女性よりも慎まし目。それなのにどこか目を離せないような引力と包容力を覚えるのは、どうしてなのでしょう。
制服を見る限り同じ学校の生徒ではなさそうですが、それも当然のことかもしれません。ここはD.U.地区であり、私の在席している学校の最寄駅ではないのですから。必然的に他の学校の生徒である確率の方が高いと言っても差し支えないかもしれません。
そこまで確認して、私はようやく彼女の声掛けに応じました。
「はい。何か御用でしょうか」
「いや、良い髪の毛だと思って」
「髪の毛、ですか?」
「うん。それなのにあんまりな切り方してるみたいだから、気になっちゃってさ」
彼女の金緑の瞳が私の毛先を見ていることに気が付いて、私も前髪を一つ摘まんで、改めて自身の髪の毛を見てみることにします。
通りすがりの御仁に言われるあたり、自分で確認したときに抱いた感想の通りやはりこの髪はお世辞にも綺麗に整えられているとは言えないようです。自分では写真や鏡で見る以外に目に入る機会が少ないのであまり気にならないのですが、周りを不快にさせるのであれば、こちらも優先的に何とかした方が良いのかもしれません。
そうなると、銃よりも先に美容室に行った方が良いでしょうか。あまりにもひどい髪型なのだとしたら、先に整えてしまった方が良いですよね。服を買いに行く服がない、みたいな状態だと困りますから。
「ちなみに、良い髪の毛と言うのは髪質のことでしょうか?」
「そ。見たところ手入れもしてないのにその状態なら、かなりいいものを持ってると思うよ」
なるほど。確かに先程シャワーを浴びた際も、絡まっていたり手触りの部分で気になったりするところはなかったような気がします。
もったいない。
そんな考えが浮かんでしまって、私の中で美容室へ向かう優先度が少し上がります。
「もし良かったら、ボクに切らせてくれないかな?」
「はい。――すみません、少し考え事をしておりまして。今なんと?」
何か提案をいただいていたような気がするのですが、美容室と銃の優先度を計りかねてちゃんと聞いておりませんでした。
そのため謝罪と問いを投げて彼女の方に意識を戻したのですが、いつの間にか彼女に近付かれていて、私は近くで見る彼女の姿に目が瞬いて釘付けになってしまいます。視線が彼女の金緑の瞳に吸い寄せられるのと同時に、鼻腔をくすぐる花の蜜のような香り。それが目の前にいる彼女から発されたものだということを理解して、私はミツバチになったような錯覚を覚えて、無意識に彼女に手が伸び――るのを自覚して何とかその手を引っ込めます。
幸いその私の動きは彼女に悟られていなかったのか、彼女はその相貌に張り付けた笑みを崩すことなく、私に先程の言葉を繰り返してくれます。
「その髪、ボクに調えさせてほしいんだ。ね、ダメかな?」
「良いのですか? こういうことは普通、お金を払ってやってもらうことでは?」
「いいのいいの。ボクがその髪を触りたいだけだから」
「そういうことなら、お願いします。好きに弄ってくだされば」
願ったり叶ったりのお話です。美容室など適当に手近なところに行けばよいのですが、出来上がりには差があるので一長一短では良い店は見つかりません。
学生の立場である彼女がそういう技術を持っているということは理髪部あるいは理容部の可能性が高いですし、彼女の腕が良ければ今後も彼女にお願いすることができて店探しの手間が省けます。断る理由はありません。
まあもし彼女の腕が悪かったとしても、今回ばかりは練習させたと思って好きに弄っていただくことにしましょう。今のボサボサの状態からこれ以上は悪くなりようがないはずなので、あまり心配する必要はないと思っていますが。
「そういえば、D.U.地区には何の用があって来たの? 私服っぽいし観光?」
そう問われて、少し反応に迷います。
銃を買いに来た、というと変な人だと思われないでしょうか。変な人だと思われたら、髪の毛を切ってくれる約束もナシになってしまうかもしれません。
日和った私は壊れてしまった銃の買い替えと服の新調と、少しだけ濁して答えます。
それなら先に買い物を済ましてしまおうと言われて、少し申し訳ないと思いながらもありがたく受け取ります。
しかしやはり髪の状態は気になりますので、並んで歩きながら隣を歩く彼女に問いを投げます。
「先に髪を切っておかなくて大丈夫でしょうか? お店に迷惑を掛けたりしませんかね?」
「そこまでじゃないよ。ボクが髪をよく見てるから気付いただけで、全然気にしなくて大丈夫なレベルかな」
それならば良いのですが。
それからまずは銃を買いに行こうという話になって、自己紹介をしながら道を進みます。お店は彼女のおススメの店があるとのことで、そこに向かうことにしました。どこかでこういう自分の知り合いのお店に連れ込んでぼったくる、という話を聞いたような気もしますが、さすがに彼女はしてこないと思います。もしされたら、仕方ないので諦めましょう。勉強代だと思うことにします。
もしそうだったら二度と会えませんし、悲しいので記念に一枚写真を撮らせてもらいます。
インカメでのツーショット。なかなか悪くありません。
「ボクはゲヘナ学園の三輪シリカ。一応理容部所属なんだけど、ちょっと向こうの治安が悪すぎていつもはこっちで活動してるんだ。よろしくね」
ゲヘナ学園という言葉に、少しだけ体が反応したのに気が付きます。
ゲヘナと言えば無法地帯。不良生徒ばかりで争いの絶えない学校と聞くので、目の前のシリカさんの印象からかけ離れていたからか、少しばかり身体がびっくりしてしまったみたいです。
私も自分の学校と特に部活には入っていないことをお伝えして、好きなものを語り合いながら道を進みます。
記憶喪失だというのは、どのタイミングで伝えるべきでしょうか。
やっぱり変な人だと思われて散髪の約束を反故にされると大変なので、事情を話すのは髪を切ってもらった後にしておきましょう。
週一更新ぐらいで頑張ります。