ヤクとハメのちょっとだけ長い旅   作:なら小鹿

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第2話 サービスエリアで昼飯っす

 

 減速しながらサービスエリアに入ると、まず見えてきたのは大型トラックのコンテナだった。冷凍食品の会社で、いつぞやはバイト代で冷凍チャーハンを買った記憶がある。

 

(あぁ、そっか。いま平日の昼だもんな……)

 

 その隣に停まっているのも物流の大型トラックだった。その隣も、またその隣も。確かサービスエリアは大型車と普通車で駐車スペースがわかれているのだったか。

 

 高速なんて滅多に使わないけど、ほとんどの人はこの時間、働いている。エリア内は制限速度40km。路上表示に従ってのろのろ走っていると、コンテナの企業ロゴが心にずっしりとのしかかってきた。

 

(……はぁ、帰ったら仕事探さないとな)

 

 この旅行はあくまで人生のボーナスタイム。ずっと続くわけじゃないし、むしろ、もらえなくても文句の言えないような暮らしをしてるのが自分だ。

 

 だんだんと気分が落ち込んできて、気をまぎらわそうと新しいタバコをくわえて火を点けた。けど、吸い込んだ煙はいつもより不味かった。

 

(……なにやってんだろな、私ってば……)

 トラックの群れを抜けると、一般車の駐車スペースは高速バスと数台の車が停まっているだけで、あとはガラガラだった。

 

 ヤクは適当に選んだ空きスペースにレンタカーを停める。サービスエリアの建物までは多少歩かないといけないが、このくらいの距離ならぶーぶー言われないだろう。そう思いながら助手席を見る。

 

 ──すぴー、すぴー、すぴー。

 

 ハメ子が心底気持ちよさそうに寝息をたてていた。倒した座席に体を預け、鼻風船が膨らむのに合わせてパーカーの胸が小さく上下している。両手はだらりと力なく膝の上に投げ出されていて、それが寝心地のよさを強調している。

 

 もうこれを越える快眠はないというほどの、母親の腕に抱かれた赤ちゃんさえ羨ましがりそうな熟睡っぷりだ。

 

 平日の昼間から。ひとに運転を任せておいて。

 

「…………」

 

 ヤクは自前のスマホにイヤホンをつないだ。古いから音質はあまりよくないだろうが、音量だけなら問題ない。

 

 ハメの耳にイヤホンを入れてスマホの音量を最大にする。音量注意の表示が出るが無視して、最近ニャオチューブで「アフリカゾウ 鳴き声」と検索をかけると、五秒ほどのショーと動画がヒットした。これならすぐにでも大音量の声が聞けそうだった。

 

 ぽちっと再生ボタンを押す。

 

『ふぁおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉん!!!』

 

「はにゃああああああああ!?!?」

 

 ハメが野生回帰の鳴き声をあげた。寝っ転がったまま何もないところを四足歩行で走って逃げようとして、そのままシートからずり落ちている。さっきまで憂鬱になっていた自分がバカみたいに思えてきて、ヤクは腹を抱えて笑った。

 

「はははっ、ははははははははっ!」

 

 笑いすぎて涙が出てくる。幸せってこんな身近に転がっていたんだ。それを実感すると同時になぜかおしっこの香りが鼻を衝いた。……おい、まさか。これ、レンタカーだぞ?

 

 

          ◯  ◯  ◯

 

 

「こんにちハメハメ~、ハメちゃんねるの時間だよ~。というわけで今回は『サービスエリアでドカ食いしてみた』をお送りしちゃうよ~」

 

 ヤクの知る限りハメはフードファイトできるほどの大食いではないし、なんなら細身な分ひとより食が細いまである。

 

 居酒屋で打ち上げした時に「ヤク、これ食べといて」と食いきれなかった料理を差し出されたのも一度や二度ではない。そんな少食気味ですらあるハメがドカ食いに挑む理由というのが──。

 

「そしてなーんと、今回のお代は全額ヤクくんもち! ハメちゃん頑張っちゃうぞ~!」

 

「……食いきれる分だけにしとけよ」

 

 さっきイタズラでハメをチビらせてしまったその補填だ。

 

 座席のシートにまで染みていなかったのは不幸中の幸い……というとまたハメに怒られそうだが、サービスエリアのトイレに着替えのバッグと一緒に入って、数分経ってから出てきた以上、ハメの下着がどうなっていたかは推して知るべしだ。

 

 当の本人は「チビってない! チビってないから! 配信用のパンツに履き替えるだけだから!」も断固として認めなかった。配信用のパンツってなんだ、と思わなくもないが、ここも突っ込んではいけない。

 

 そういうわけだからヤクの足どりはちょっと重かった。

 

 サービスエリアの自動ドアをくぐると、色とりどりのお土産売り場が広がっている。駐車場の様子ではそんなに人がいない印象だったけど、こうしてみるとまぁまぁ賑わっている。そこからレジ横を抜けて隣へ向かうと、飲食のコーナーがあった。そろそろお昼時だからか、入口の券売機の前には行列ができていた。

 

「私は先に席を探しとくから。はい、これ」

 

 こればっかりは仕方ない、とヤクは財布から貴重な二千円を引っ張り出してハメに手渡そうとした瞬間。

 

 ──パシャ!

 

 スマホのシャッター音がヤクの顔をとらえた。

 

「うへへ、渋々なヤクいっただき~」

 

「なっ、おまえな、顔は撮るなって言っただろ!」

 

「だーいじょぶ、だーいじょぶ。これ、動画にはしないから」

 

「……むしろ、そっちの方が何に使われるかわかんなくて怖いんだけど」

 

 ご満悦なハメに二千円を渡して、ヤクはひと足先に飲食コーナーへ入った。

 

 案の定というべきか、トラックの運転手らしき人やスーツの背中が多い。それから意外と家族連れもちらほらいる。休日や連休といった混みそうなところを避けて遠出しているのだろうか。

 

 食券や料理の乗ったトレーを手に行き交う人たちを避けて、ヤクは給水機で二人分のコップに冷たい抹茶を入れる。

 

 アパートでは抹茶なんて淹れないけど、遠出した先で出てくる抹茶にはなんとなく旅している気分をくれるものが入っている気がした。二人分を淹れ終えて、ちょうどカウンター席に陣取っていると、ハメからメッセージが届いた。

 

『もうそろそろハメちゃんの番だけど、ヤクはなに食べる?』

 

(なにって、ここからだと券売機のメニュー見えないっての)

 

 ぐりっ、と体をよじると料理の受け取り口の上にメニューが並んでいた。豚骨ラーメン(並)、(大)、(特)、餃子定食、唐揚げ丼、その他にも脂っこいものがずらりと並んでいる。もう見ているだけでお腹いっぱいになってくる。

 

『小さいざる蕎麦で』

 

 ヤクはメッセージにそう返信した。運転中にタバコを吸っていたからか、あんまりお腹が空いていない。

 

 

          ◯  ◯  ◯

 

 

 ──ピピピピ、ピピピピ。

 

 ヤクがざる蕎麦を啜っている隣でハメの呼び出し器が鳴った。ここの飲食コーナーはフードコートなんかでよくある注文時に番号付きの小さな呼び出し器をもらって、料理ができたらそれが鳴る仕組みだった。

 

 ヤクのざる蕎麦は茹でるだけだからかすぐに呼ばれたのだが、ハメは何を頼んだのか妙に時間がかかっていた。

 

(まぁ食べるのはハメだからいいけど)

 

 ずるずる、と蕎麦を啜る。サービスエリアだからとあまり期待していなかったが、この蕎麦は思ったよりいける。しっかりとした食感があって、つゆに浸けるとなお美味しい。ワサビは鼻にくるのが嫌でいつも抜いているけど、薬味のネギだけでもしゃきしゃきとした食感が加わっていい。

 

「お待たせ~、ハメちゃん帰還だよ~。寂しくなかった」

 

「誰も寂しがりなんか…………えっ」

 

「どしたの?」

 

「いや……ハメ、おまえ、それ……なに……?」

 

 ハメが両手で持って帰ってきたお盆には丼が乗っていた。お茶碗をふた回りくらい大きくしたような、かなりデカいサイズだが、この際それはいい。問題なのはそこに乗っている具材たちだ。

 

 唐揚げが山(マウンテン)になっている。

 

 かりっかりに揚げられた鶏肉たちがおよそ積み上げられる限界の角度で斜面を形成し、ほくほくと湯気を立ち上らせている。しかも頂上にあるのは揚げ卵だった。どんだけトッピングすれば気が済むんだと言いたくなるボリューム感にヤクは胸焼けすら感じていた。

 

「何って、唐揚げ丼マウンテンだよ」

 

「えっ、マジでその名前なの」

 

 ざる蕎麦を啜る箸を置いて、ヤクは思わず振り返った。そんなアホみたいなメニューがあって堪るか。そう思いながら受け取り口の上にあるメニューを確かめた。

 

 唐揚げ丼(並)

 唐揚げ丼(大)

 唐揚げ丼(特)

 唐揚げ丼(マウンテン)

 

 …………ごめん、あったわ。なんなら今、ヤクの隣に鎮座している。料理に鎮座なんて表現を使うのもどうかと思ったが、これはもう昼食ではなく揚げられた山岳として扱うべきレベルだ。となると、今からこの唐揚げ丼マウンテンに挑むハメは登山家ということか。

 

「見て見てみんな、すっご~いボリューミー! ハメちゃん今からこの唐揚げ丼マウンテンにタイムアタック仕掛けるから、みんなでタイム予想してね!」

 

 ……あぁ、ダメっぽい。

 

 

          ◯  ◯  ◯

 

 

「…………………………ふぅ」

 

 ちょうどヤクがざる蕎麦を食べ終える頃、ハメの箸が止まった。

 

 唐揚げ丼マウンテンの山肌は頂上の揚げ卵を味変に取っておいて、その下からがつがつとハメの胃袋に納められていっていた。

 

 唐揚げをどかさないとご飯が見えないほどの具材の多さに最初こそは「みんなすごいよ、これ! ご飯が見えな~い!」「あぁ~外ざっくざくで、中じゅうじゅうなの最っ高!」と好調な食レポをしていたものの、だんだんと箸が重くなっていき、そうして遂に今、箸が完全に停止した。

 

「ヤク」

 

「ん?」

 

「……唐揚げいる?」

 

「おまえな、満腹になったんなら素直にそう言えよ」

 

「別に満腹になったとかじゃ」

 

「そっ。じゃ手伝わないから」

 

「……」

 

「……」

 

「…………うぷ」

 

「おいっ!? わかったわかった、手伝うから。ほらお茶飲んでちょっと落ち着け」

 

 やばい声をあげるハメに、ヤクは慌ててコップを渡して背中をさすってやる。ハメは天からの恵みにすがるように両手でコップを抱えて、ぐびぐびと水を飲んでいく。いつかアル子さんがワンカップをこんな飲み方していた気がする。

 

「ちょっとはマシになったか」

 

「……わ、わかんない」

 

「わかんないって」

 

 こいつの胃の中はどうなってるんだ。考えるまでもなく唐揚げでパンパンなのだろうが、そんなことを思っていると、ハメがおもむろに語りだした。

 

「今朝はハメちゃん、朝ご飯抜いてきたから何でもいけると思ってた。今ならどんなフードファイターキラーも楽勝だって。でも、違ったの」

 

「はいはい」

 

 ヤクは丼から唐揚げを二つ箸で、空になったざるの上に移す。まず感じたのはずっしりとした重量感だ。箸で持っただけで手が疲れてきそうな重みがある。

 

「最初のひと口はめちゃくちゃ美味しかったの。衣がざくざくのタイプだから冷食とかと違って本物を食べてる感じがして」

 

 言われるがままヤクは唐揚げを口に運んだ。ひと口では食べきれない大きさで、噛むと衣が音をたてて割けた。

 

「それでいて中はしっかり味がついてて、もうそしたら箸が止まらなくなったの。これ、何個でも食べられるって心の底から思った」

 

 ヤクもそれに同感だった。衣に閉じ込められていた旨味が口の中であふれている。もっとほしいと、ついつい箸が伸びてしまう。気づけばハメの丼から次の唐揚げを頬張っていた。

 

「でもね……途中からだんだんと苦しくなってくるの。なんていうか、体の中にもう脂が入らないっていうか、さっきまであんなに美味しかったはずなのに、口に入れるのも苦しくなってきて」

 

 すっ、と丼がヤクの前に差し出される。ようやく山肌の半分ほどを平らげた唐揚げ丼マウンテンだったが、残ったもう半分が異様に胃を重たくさせた。見ているだけで胸焼けがしてくる。

 

「ったく、いくら私が払うからって食いきれないなら頼まなきゃいいのに」

 

「……しょうがないじゃん。こういうの見ると、ニャオチューバーの血が騒ぐんだから」

 

 それは難儀な体質なことで。

 

「というかさ、これ私が手伝ってニャオチューブ的には大丈夫なの?」

 

「……企画途中で助っ人に頼るのは動画的においしいからオッケー」

 

「あっそ」

 

 実をいえば、さっきからハメのスマホはカウンター席を撮影しっぱなしだった。唐揚げ丼マウンテンをぐるっと一周するように撮ってからは丼の減る量がわかるようにスタンドに固定して撮影を続けている。

 

「……そろそろハメちゃんも復活しないと」

 

「無理すんなって」

 

 車内で吐かれたらそっちの方が大惨事なのに。

 

 するとハメはスマホの録画を一時停止して、何やら画像フォルダを開いた。最近撮ったばかりの写真や動画なんかか保存されている。そのうちの一枚の写真をタップする。

 

 渋々二千円を手渡すヤクの顔だった。

 

「よしっ! ハメちゃん復活!」

 

「おまえ、ひとの不幸で飯が食えるタイプだったのか」

 

 ヤクは唐揚げ丼をハメの眼前に突き返した。

 




唐揚げ丼マウンテンは昔、定食屋さんにあったメニューが元ネタです。毎回頼んではハメちゃんみたいになる人が出ていました。
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