瑠愛さんが壊してしまった演習場に再び出る。そこはさっきまでと別空間だった。
白いタイルがただひたすら広がる無機質な部屋。それが今は無数のコンテナ置き場に変わっている。
赤、青、黄色、緑。様々な色のコンテナが無数に並んでいる。
そして奥には接地型のクレーンまである。まるで工場の倉庫だ。
「さっきまでと雰囲気が違いませんか?」
「何もないと、味気ないな……って思って。だから、ちょっと頑張って並べてみました」
峰さんが指をツンツンさせながら不器用に笑う。
俺たちが話していたのって一時間もなかったと思うけど。それでここまで整えたのか?
「演習場には色々機能がついてますから。慎平君が思ってるより難しくはないと思いますよ」
琴羽さんが俺の内心を察して解説してくれた。
そう言えばさっきもボタン一つで岩を出してたな。このコンテナも同じように持ってこれるってわけか。
万が一転移魔術でやってたらそれだけで魔力切れになるだろう。……いや、もしかしたら峰さんならできるのかもしれないけど。
「ここで鬼ごっこをするのでしょうか?」
「はい、そう、です」
峰さんが手を叩くと姿が三人に分裂する。
「私が一斉に逃げ、ます。お、鬼のみんなは頑張って捕まえてくだ、さい。全員捕まえたらクリア、です」
「シンプルですね」
あのゲームを考えた人だ。もっと複雑なことをしてくるのかと。
「いっ、色々ルールを組み込むことも考えたんです、けど。けっ、結成したばっかりで、それは合わない……かなって」
思ったよりずっと普通の答えが返ってきた。疑ってしまってごめんなさい。
「み、みんなは自由にやってください。魔術でも、不意打ちでも、武器でも、何でも大丈夫、です」
「大丈夫でしょうか?これでも、若手の中では実力ある方だと自負しておりますが」
「大丈夫、です。現場は離れてますけど、これでも魔術師です、から」
九條さんの質問に小さくもはっきり答えた。言葉に迷いはない。
「安心していいですよ。葵ちゃんは結構な古参ですから。
葵ちゃんが本気になったら君たちなんて相手にもなりません」
俺の不安を拭うように琴羽さんが教えてくれる。そんないらない心配するなと。
「現場の歴だけでも三十年はあるんじゃないですか?」
「そ、そうですね。確か、それくらい任務に出て、ました。な、懐かしいです」
それを知ってる琴羽さんは一体何歳なのだろうか?見た目は中学生なのに。
琴羽さんの白黒のドレスが楽しそうに揺れている。
「おっ、大まかな実力は聞いて、ます。それで、私に縛りを入れるのが、一番だなって」
三人の峰さん全員が首から何かを提げる。地味な黒い紐の先に数字の書かれたカード。
全員2になっている。識別のための番号ではなさそうだけど。
「こっ、今回、私は空間属性に回数制限をつけ、ます。ひっ、一人につき2回まで、です」
峰さんがカードをめくると数字が『1』、『0』と減っていく。それで残りの回数を示すということか。
「私が全力でやったら、ゲームにならないと思う、ので」
「……そうですね」
さっきから平然と使っている並列存在という魔術。空間と魂魄の併用らしいけど、凄まじい技術だ。
自分を別の場所に召喚する術だったかな?理外の術じゃないけど、理解できるようになると到底思えない。
格の違いがなんとなく分かる。この人は琴羽さんと同じ側の魔術師だ。
「魂魄は使いません。空間はさっき言った通り。ただし、今使っている並列存在だけは例外です。
破壊と創造はそもそも使えません。私がこのゲームで自由に使えるのは物理、生命、時間だけ、ですね」
琴羽さんと同じ属性の制限して戦うのか。並列存在の属性から考えて多分峰さんの得意属性は空間と魂魄。
それをわざわざ封じる。
「私に手のひらで触れる。私に攻撃を当てる。
ど、どちらかだけでも満たしたら、その個体は捕まったものと、します」
『攻撃というのは魔術以外も含めてでしょうか?』
「そうですよ、リナちゃん。
パンチでも、キックでも、斬撃でも、含み針でも。とにかく私に当たったら大丈夫、です。
もちろん、私は攻撃しません。魔術を含めて、みなさんへの干渉は一切しないことをお約束、します」
四人で挑んでもこれだけハンデが必要。それが俺たちと峰さんの間の距離だ。
「ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」
峰さんに向けて頭を下げる。
「は、はい。私も教えるのとか得意じゃないけど、が、頑張ります!」
峰さんはぎこちなく、それでもはっきりと答えてくれた。
♦♦♦
「お~、すごい!」
瑠愛さんが緑色の魔力を身にまといながらその場で上にジャンプする。トランポリンに乗っているかのように高く跳び上がり、一回転をして着地。
「今度はこんな感じで!」
今度はコンテナにめがけて助走をつけ、少し手前で踏み切る。放物線を描いてきれいにコンテナの上に着地した。
「すごい、すごい!ちゃんと使えてるよ、慎平さん!」
瑠愛さんは楽しそうにコンテナの上を走っている。身体強化をしっかりと使えているようだ。
そしてなにより、足元は壊れていない。ガシンガシンとコンテナの悲鳴は聞こえるけど。
「限界まで絞ってこれですか。だいぶ強いですね」
魔力効率を落としたことで出力はかなり低くなった。それでも俺の身体強化より遥かに強いけれど。
「直線のスピードは緋真ちゃんと同じくらい。パワーは1.5倍ってところでしょうか」
九條さんは高速戦闘に特化した戦士タイプ。その身体強化は魔術師全体で見てもかなりのものだ。
それ以上の出力が瑠愛さんの最低水準か。とことん規格外だな。
「あぎゃっ!」
ダァンと嫌な音が響く。瑠愛さんが何故か壁に飛んで顔から激突した。
コンテナの上でスキップをしていたはずなのに。いきなり弾丸のようにまっすぐ。
瑠愛さんはズリズリと落ちていく。一体何が起こった?
『瑠愛さん、大丈夫ですか?』
リナさんが必死な様子で瑠愛さんのところに飛んでいく。
「大丈夫、足を滑らしただけだから」
瑠愛さんはケロリとした顔で立ち上がる。ぱっと見、怪我はしていないようだ。
「足を滑らしたって挙動でしたか?直線で飛んでいきましたが」
「足も滑らしてますけど、その後の魔力のコントロールの方が問題ですね。焦って強く踏ん張り過ぎたんだと思いますよ」
踏ん張って壁に激突?
「瑠愛ちゃんにとって、さっきのアレは限界まで抑えた結果ですからね。少し間違えただけでああなっちゃうんじゃないですか?」
「はぁ」
物理魔術を併用してもなかなかできない挙動だったけど。あれがただのミスか。
「岩を壊したときよりは遥かにマシになってますけどね。壁を壊してませんし」
「…………」
前進したと喜ぶべきか。
瑠愛さんの身体強化のチェックも終わった。遂に、演習開始だ。
「瑠愛ちゃんも身体強化できるようになったんですね。よかったです、これで楽しくゲームできますね」
峰さんは三人でニコニコと瑠愛さんのことを見ている。
「あ、あんまり遅くなっても大変ですし、制限時間は2時間にしましょうか。それまでに捕まえられるよう、頑張ってくだ、さい」
「タイマー係は私が担当しますね。30分経過するごとにみんなにお伝えしますから」
琴羽さんがスマホを取り出してセットしている。俺も腕時計を確認する。
今が大体15時。鬼ごっこは17時までか。
「琴羽さんが合図をお願いします」
「オッケーですよ」
琴羽さんが黄色いホイッスルを取り出して口に咥える。とても用意がいい。
「合図と同時に私が逃げます。30秒経ったら追いかけてきてください」
琴羽さんがタイマーをセットして全員の顔を見る。俺たちは軽くうなずくことでその視線に応えた。
唾を飲み込んでそのときを待つ。
「それじゃあ、よーいスタート」
琴羽さんの掛け声と同時に三人の峰さんが四方八方に駆け出した。
かなり速い。俺だったら追いつけないだろう。
それでも——九條さんほどじゃない。
「九條さん、30秒経過したら九條さんが一番捕まえやすいと思った峰さんを追いかけてください」
「わかりました」
九條さんは三人の動きを必死に目で追っている。選択は任せて大丈夫そうだ。
「瑠愛さんとリナさんは九條さんを追ってください。俺は置いていっていいので全力で」
「りょーかい!」
『了解しました』
指示を出したらあとは時間の経過を待つ。ここからは瞬発力の世界だ。
「はい、30秒経過。鬼さんたちもスタートです」
二度目の合図と同時に九條さんは駆け出す。九條さんが狙ったのはコンテナの上に逃げた峰さんだ。
「僕たちも行くよ、リナ」
『はい、瑠愛さん』
リナさんもその後に続く。瑠愛さんがリナさんを抱えて飛び出した。
九條さんも瑠愛さんもバッタのようにコンテナに飛び乗る。早速追いかけっこが始まった。
「は、速いですね!ちょっと驚きました」
峰さんが後ろを向いて驚いている。
峰さんも決して遅くない。俺と比べたら遥かに速いだろう。
ただ、俺のチームメイトは相当優秀だ。
九條さんがじりじりと距離を詰めていく。
瑠愛さんだって置いていかれていない。少しつまずいたりしながらもなんとか付いていっている。
このままならじきに捕まえられるだろう。
このままならば、だけど。
あと1メートル。九條さんがそこまで食らいついた。
「じゃあ、ちょっと速度、上げますね」
緑と黄色の光を放っている峰さんの身体が新しく青い光を放つ。同時に峰さんの周りが一瞬歪んだような気がした。
峰さんの足が倍速で回転する。九條さんを軽く置き去りにしてコンテナの上を駆け抜けた。
そのまま姿が見えなくなる。それを見届け、九條さんは足を止めた。
「九條さん、どうしたの急に止まって。早く追わないと」
瑠愛さんが九條さんに追いついて声をかける。急に鬼ごっこをやめた九條さんを不思議に思ったようだ。
「いいえ、意味がありません。一度隊長と合流して指示を仰ぎます」
その言葉に九條さんははっきりと答える。
『瑠愛さん、私も賛成です。このままでは何時間かけても捕まえられません』
「リナがそう言うならわかった」
瑠愛さんはリナさんのアドバイスを聞いてうなずく。それから数秒して俺もようやく追いついた。
「すみません、お待たせして」
「いいえ、問題ありません。それより、非常に的確な判断でした」
「いえ、そんな……」
頭を下げる九條さんの顔を何とか上げてもらう。そんなことをされると困ってしまう。
「リナ、どういうこと?慎平さん、何か凄いことしたの?」
『順当に捕まえるための最善手を指示していました。実際、葵さんの加速がなかったら捕まえられていたでしょう。
そして、それがダメでも情報が得られる。こうやって全員を並んで走らせることで、一番大事なそれぞれの足の速さを割り出したのです』
「まあ、そうですね」
『このチームの中で一番走るのが得意なのは九條さん。九條さんが葵さんに追いつけるかどうかがこのゲームの基準になります。
その次が瑠愛さん。直線速度は九條さんと同等でしょうが、慣れていないので実際の追跡速度は九條さんに劣ります。
慎平さん自身は少し後ろから追いかけて状況を俯瞰していたわけです。この演習で一番大事な情報を早期に得ることができました』
「単純に俺が追い付けないだけとも言いますけど」
方向性は間違っていない。そこまで細かく考えていたわけじゃないけど。
というか、リナさんの言語化能力が高すぎて怖い。役割とられそうで。
「どの個体を追うか任せていただいたのもありがたかったです」
「そこは九條さんに任せるのが当たり前じゃないですか。そこは九條さんが一番わかっているでしょう?」
わかっていない人間がでしゃばるべきじゃない。指示は要点だけ抑えて細かいところは任せた方がいい。
「ほえ~、慎平さんってすごいんだね」
「誰でも慣れたらできることだよ」
瑠愛さんの純粋な瞳がまぶしい。過大評価しないでくれ。後が怖いから。
「結果は見ての通りです。ただの走力ならば峰さんより私の方が上です」
「そうですね。俺も見ていました」
九條さんの方が峰さんより少し早い。距離があれば追いつくことができるだろう。
「でも、最後葵さんに置き去りにされてなかった?」
「そこが問題です。現状のままでは峰さんを絶対に捕まえられません」
瑠愛さんの疑問に九條さんがはっきり断言する。リナさんも察しているようだし、瑠愛さん以外は状況が理解できているのだろう。
「時間魔術、ですよね?」
「おっしゃる通りです。峰さんは自分自身に時間加速を適用したのでしょう。そこから私は置いていかれました」
さっきの青い光は時間魔術の魔力光。物理魔術と生命魔術を使っていたところに時間魔術を加えて加速した。
だから、あの瞬間だけ峰さんは九條さんを上回った。これがさっき起こったことだ。
「時間魔術の加速は『鬼ごっこ』というゲームの中で無類の強さを発揮します。物理魔術と生命魔術で得た速度をさらに倍増させる。
今の私ではどう足掻いてもあの速度に敵いません」
これだけ実力ある九條さんが敵わないとはっきり宣言した。それだけの技術ということか。
「大まかでいいので、峰さんの速度はわかりますか?」
「……私の倍ほどの速度がありました。数秒だけでしたが」
時間魔術はただでさえ制御が難しい。
ただでさえ物理魔術と生命魔術を併用して走っている最中だ。数秒維持するのが限界なのだろう。
それでもコンマ数秒の世界では圧倒的な数秒だ。
「なら、攻略法を考えないといけませんね。
手段は大きく分けて2つ。時間魔術をこっちも使うか、使わせないようにするか」
時間、空間、魂魄は基本的に同じ属性を持っていないと同じ土俵にも立てない。相手に使われた時点でこっちが使えないならほとんど詰みだ。
「こっちのチームで時間魔術が使えるのは俺と——」
『私だけですね』
リナさんが俺の疑問を先に答える。言葉通り、九條さんと瑠愛さんは使えなかったはずだ。
「俺の時間魔術じゃ恐らく届きません。物理も生命も時間も圧倒的に劣っています」
峰さんのあの速度は三つの属性全てが高い水準で使えるからこそだ。対して俺は三つとも峰さんに劣る。
「ねえ、慎平さんが九條さんに使うのはダメなの?合体技みたいな感じで」
瑠愛さんが手を上げてアイディアを出す。発想は悪くない。
「現実的じゃありませんね。時間魔術を使うなら対象に触れていることが基本です。
それを実行するなら、私が隊長を背負って走ることになります」
時間魔術はただでさえ制御が難しい。峰さんみたいに自分に使うんじゃなければ相手に触れないといけない。
九條さんと同じ速度で走れない俺は却って邪魔になる。
そう、
「だったらリナがやればよくない?リナなら大して重くないよ」
瑠愛さんがリナさんの胸びれを掴んで俺たちに見せつける。
リナさんはぬいぐるみ。重さで言えば1kgもない。
「俺も同じことを考えていました。プランはいくつかありますが、これが恐らく一番シンプルで実行しやすい」
刀を持ったまま戦う九條さんにとってそれほど負荷にならないはずだ。これができるならかなり楽になる。
「……わかりました。隊長がそう判断したのであれば実行します」
九條さんは少し目を閉じて考えた後そう言った。
「リナさん、お願いします」
『わかりました。お力添えします』
九條さんとリナさんは互いに顔を見て軽くうなずき合う。少し態度が固いけれど、この二人ならやってくれるだろう。
「俺と瑠愛さんが陽動をします。二人はなるべく早くかたをつけてください」
さあ、仕切り直しだ。