『朔夜さん、連れてきましたよ~』
思ったより長く代表と話していたようだ。いつの間にか琴羽さんが戻ってきていた。
「ああ、入りな」
「は~い、失礼しま~す」
「失礼します」
ガチャリと扉を開けて入ってくる琴羽さん。その後ろに連れているのは背の高い少女だ。
俺より少し年下だろうか。
凛とした態度に鋭い表情。そしてぱっつんに切りそろえた前髪。
いまどき珍しい大和撫子。和服を着たら似合いそうだ。
乱れ一つないパンツスーツがよく似合う。長い髪を束ねたポニーテールは枝毛一つ見当たらない。
そして何より所作の一つ一つに無駄がない。難癖つけようとしても指摘するところが見当たらない。
男の俺からしてもかっこいいと思える。
「今日から君のチームメイトになる九條緋真だ。挨拶しな」
「初めまして、
声も特徴的だ。透明感がありつつ、耳にスッと届く。
「近接戦闘術を主軸にしています。物理魔術と生命魔術が専門です。それから空間魔術と創造魔術も少々」
堂々とした言葉だ。
実力に裏付けされた自信によるものだろう。優秀なんだろうなと思った。
「よろしくお願いします、隊長」
九條さんは深々と頭を下げた。……ちょっと待て。
「隊長?」
「はい、あなたが私の隊長なんですよね?」
九條さんは淡々と言い放った。でも俺は内心それどころじゃない。
九條さんの視線がいたたまれなくなって、俺は横にいる代表の顔を見た。
「まだ話してなかったね。君は三人小隊の隊長だよ。瑠愛と九條は君の下についてもらう」
「どういうことでしょうか?」
俺、入ったばかりの新人だぞ。おかしくないか?
「能力と資質の問題ですねぇ。三人の中で誰が隊長さんかって言われたら、間違いなく慎平君だと思いますよ」
「そもそも君は二人を従えるため本部配属になったんだよ」
楽しそうに爆弾を落とす琴羽さんと代表。突然の事実に頭が追い付かない。
「いや、そもそも普通研修してゆっくり現場に配属されるんじゃないですか?」
「君の言う通り、他の新入職員はまだよちよち歩きのひよこさんだ。魔術師の資格は持っていても現場じゃ役に立たない。半年くらいゆっくりと研修を受けてもらう」
「じゃあなんで?」
「君は別に必要ないだろう。少なくとも私はそう判断した」
いや、重い。代表からの期待が想定の十倍くらい重い。
「安心してください。別に研修無しってわけじゃないですから。3か月くらいは責任もって私がちゃんと見てあげます」
「いや、あの、本当お願いしますね」
何かがおかしい。そう思っても代表の前で言えなかった。
「そろそろ隊長も自己紹介していただけないでしょうか?」
そんな風に話していると九條さんが割って入った。突然の事態で完全に放置してしまった。
改めて九條さんに向き直る。
「初めまして、佐伯慎平と言います。魔法学園で魔術を学んできました」
九條さんは穴が開くほど俺のことをじっと見つめている。まるで標本になったような気分だ。
そりゃ気になるよな。新人がいきなり自分の上司になるって言われたら。
「魔術は生命、時間、空間、物理を浅く広く。一番得意なのは生命かな」
九條さんの表情は変わらない。内心落胆されてないだろうか。
「学園の頃から任務には参加していて、一応隊長をしたこともあります。チームを組んだ人からは評判よかったです」
今出てくるフォローを全力で絞り出す。でも、なんだか墓穴掘ってる気がしてきたぞ。大丈夫か、俺?
「術式の改良とか得意なので、もし困ったら話してください」
なんとか自己紹介は終わった。なお、九條さんの表情は一ミリも変わらないままだ。
「慎平君は優秀な魔術師で隊長さんです。そこは琴羽ちゃんのお墨付きなので、安心してくださいね」
琴羽さんがフォローをしてくれた。どうしようもないとはいえ、心が痛む。
「……わかりました、琴羽さん。隊長、あなたの指揮に期待しています」
「あ、ああ、よろしく」
九條さんの表情は固いままだ。初対面だからなのか、単純に信用されてないのか。
多分後者だよな。
「普通なら新入職員はがーっと面倒な手続きを終わらせるのがセオリーだけど、そこについても君は変則的だ」
「省けるところは全部省いた専用スケジュールを用意してありますよ~。だから、余った時間はチームで仲良くなるための時間に使ってくださいね」
琴羽さんにスケジュールを手渡しされた。雇用契約や制度の説明といった普通の研修が並ぶ中、チームワークと書いてある枠が三分の一くらい。
明らかな特別待遇だ。
「なんでそんなに急いでるんですか?」
「君に期待してるんですよ、朔夜さんも私も。最近は何事もせかせかしないといけませんからね~」
「そう、ですか」
琴羽さんの真意は見えない。ただ、とんでもない労力がかかっていることだけはわかる。
スケジュールを見てるだけで胃が痛くなってくる。大丈夫か、俺?
「今日は流石に式典と手続きでいっぱいいっぱいですから。明日からオリエンテーションを始めましょうね~」
「はい、わかりました」
大丈夫じゃないけど頑張ります。
♦♦♦
朝からとんでもない爆弾投げられてそのまま入職式。その後も普通に研修。もうくたくただ。
そして俺は今会議室にいる。琴羽さんから待機しろとのお達しだ。
「お疲れですね、慎平君」
「すみません、もう限界が近いです、琴羽さん」
くすくすと笑いながら俺の隣に座る琴羽さん。今はこの人と二人きりだ。
フランクに接してくれるし、中堅エースみたいなポジションかと思っていた。だが、全然違った。
この人、『魔女の家』の副代表だった。
代表の次に偉い人。自分の席でふんぞり返っていてもおかしくない立場。
俺、最初に肩書見たとき目を疑ったよ。当たり前みたいに入職式で代表の隣に座ってるんだもん。
むしろなんでこんな雑用みたいなことしてるんだ?
「もうちょっと頑張ってくださいね。本当にあとちょっとで終わりますから」
「この後何があるって言うんですか。もう夕方ですよ」
朝7時に集合して今は17時過ぎ。もう10時間は経っている。
早く家に帰りたい。
「覚えてますか、もう一人のチームメイト?」
「そういえばそうでしたね。確か、瑠愛さんでしたっけ?」
すっかり忘れていた。挨拶する予定で会えなかった人。
これから俺の部下になる人。九條さんからの視線も痛かったのにもう一人増えるのか。
「そんなに気負わなくていいですよ。緋真ちゃんと違って、瑠愛ちゃんは慎平君と相性バッチリだと思いますから」
「……そうですか」
仲良くできるのはいいことだけど、それはそれで怖いような。
「ところで、瑠愛さんはどうして朝か夕方にしか会えないんですか?」
「ああ、シンプルなお話ですよ。瑠愛ちゃん学校に通ってますから」
琴羽さんの言葉に身体が固まる。
「専門学校か何かですか?」
「いや、普通の高校ですよ。慎平君も朝見たでしょう、時雨学園。あれに通ってます」
ということは、俺のもう一人のチームメイトは高校生ってことか?
「琴羽さ~ん、お待たせしました~」
たったったと軽やかな足音が聞こえてくる。同時に聞き覚えのある高い声も。
ドアを勢いよく開けて現れた子は間違いなく朝の魔術師だった。
今朝と違って制服を着ている。
白を基調にしたブレザーに青いチェックのスカート。胸元には少し淡い色のリボン。
私服と同じで緩い印象なのは着崩しているからか。薄手のカーディガンをボタンを留めずに着ている。
かなり校則の緩い学校みたいだ。魚っぽいぬいぐるみを今も持っている。
「遅かったですね、瑠愛ちゃん。今日始業式でしょう?」
「いや~、なんか新入生の勧誘しろって言われて。無給労働してました」
瑠愛さんは適当な椅子に座って体重を預ける。彼女も大層疲れているようだ。
「瑠愛ちゃん、生徒会でしたっけ?」
「そうですよ。な~んで僕なんかが副会長してるんでしょうね~」
椅子をくるくると回しながら文句を言っている。なんというか、俺の中の女子高生と少し違う。
これが瑠愛さんか。緋真さんとは真逆のタイプだな。
「ん~、お兄さんもしかして朝騙されてた人?」
瑠愛さんは椅子の回転を止めて俺の顔をじっと見る。ようやく視界に入れてくれたようだ。
まさかまさかとは思っていたけど、本当にこの人が瑠愛さんだったのか。
「ええ、そうです。朝はお世話になりました」
「ああ、なるほど、なるほどね。お兄さんが僕の隊長さんか。これは面白いなぁ」
何が楽しいのかわからないけど、声のトーンが徐々に上がっていってる。
「瑠愛ちゃんは慎平君のこと気に入ったんですか?」
「この人慎平って言うんですか?いいですねぇ、イメージに合ってる。僕の中でポイント急上昇してますよ~」
「それはどうも」
何故か気に入られたようだ。九條さんとは反応が真逆だな。
「お兄さん、この後時間空いてます?一緒にご飯いきませんか?」
「ええと?」
「今日って自己紹介なんですよね?どうせなら、一緒に美味しいもの食べながらの方がいいじゃないですか」
なんだか押しの強い子だな。
女子高生に初対面でいきなりディナーに誘われた。人生初めての経験だ。
「いいですけど、先に名前とリナちゃんの紹介くらいはしてくださいね」
「あ、そうだった」
琴羽さんの言葉を聞いて瑠愛さんは何かを思い出したようだ。
でも、名前はともかくリナちゃん?チームメイトって二人だったよな?
「僕は
「よろしくお願いします」
普通にいい子だな。ちょっと癖があるけど、愛嬌があるし。
この子が俺のチームメイトなんだよな。
「それで、この子はリナです」
「あ、ああ?よろしくリナちゃん?」
ぬいぐるみを前面に出してくるからフリーズしてしまった。
そういう感じか。九條さんもそうだったけど中々特徴的だ。
『リナです。よろしくお願いします』
「ん?」
今喋ったのは誰だろうか?九條さんとも宵宮さんとも違うような……。
『こっちです、こっち』
声のする方を見ると宵宮さんがいる。宵宮さんだったのかな?
『目線をもう少し下へ。私はここです』
「もう少し下?」
目線を下に移すと宵宮さんが抱えているぬいぐるみが。
『声が届いていなかったようなのでもう一度。瑠愛さんのお世話をしております、リナです。よろしくお願いします』
「……ぬいぐるみが喋った⁉」
もしかして魔術なのか?腹話術とかそんな感じの。
「ああ、それは瑠愛ちゃんの魔術によるものですよ~。猫とか小鳥とか操る魔術があるじゃないですか。あれと同じ系統なんですよ」
「ありますけど……」
ぬいぐるみは初めて聞いた。学園でも聞いたことすらない。
「宵宮さんはどんな魔術が得意なんですか?」
「得意なのは魂魄魔……術です。他は全部苦手です、はい」
やっぱり系統は魂魄属性だった。
人や動物の魂に干渉する属性。動物を操れるのは知っていたけど、ぬいぐるみまでできるなんて。
多分俺より遥かに優秀だぞ。
「俺は佐伯慎平。これから君たちの隊長をすることになりました。よろしくお願いします、宵宮さん」
「硬いですね~。僕は部下で年下なんだから敬語なんて使わなくていいのに」
すごく軽い。でも悪い感じはしないな。
「ええと、じゃあよろしく宵宮さん」
「もう一声行きましょう。お兄さんからは『宵宮』より『瑠愛』って呼ばれたいです」
「ははは、わかり……じゃなかった。わかったよ、瑠愛さん。瑠愛さんも言葉遣いや呼び方は好きにしていいから」
「マジ?慎平さんホントーいい人。それじゃあよろしくね、慎平さん」
瑠愛さんは満面の笑顔で俺の手をぎゅっと握った。
「それでさぁ、駅の近くに美味しいハンバーグ屋さんがあるんだけど、晩御飯そこにしない?ちょっとお高いけど美味しいよ」
「ええと……」
自己紹介が終わったら夕飯の話に戻ってる。好きなことに全力投球するタイプっぽいな。
「僕と慎平さんはチームだから連携のために仲良くしないといけないんでしょ。だったら仕事の後、一緒にご飯行くのも仕事の一部だよね?これは仕方ないことだよね?」
「まあ、仕事の一環とも言えるかな」
「あ、もしかしてハンバーグあんまり好きじゃなかった?
この辺ならいい店いっぱい知ってるよ。ラーメンでも中華でもお肉でも好きなもの言って。魚料理の店も少しなら大丈夫」
なんだろう。食の執念が凄まじい。
むしろ俺をだしにしてレストランに行こうとしてないか?
「はいはい、私が奢ってあげますから。瑠愛ちゃんはちょーっと落ち着きましょうね~」
「え、本当?寿司とか焼肉とか選んでいいんすか?」
「選んでいいです。だから、慎平君に会話の主導権を渡してあげてくださいね」
「はい、わかりました!」
とても素晴らしい返事だ。ある意味清々しい。
「できればリナちゃんが止めて欲しかったんですけどね~」
『止めるべきかどうか、絶妙なレベルだったので』
琴羽さんがリナさんに文句を言っている。リナさんは瑠愛さんに操られているわけじゃないのか?
「次からはもうちょっと調整してくださいね」
『わかりました』
口調も雰囲気も全然違う。リナさんは瑠愛さんとは別物だと考えた方がいいかな。
「瑠愛ちゃんは見ての通りの子です。悪い子じゃないんですけど、ちょっと……」
「ああ、言いたいことはわかります」
言うこと聞いてもらうのは難しそうだ。命令に背くことはなさそうだけど、それ以外全部。
「緋真ちゃんと瑠愛ちゃん。どっちもいい勝負してますけど、瑠愛ちゃんに軍配が上がりますねぇ」
「何の勝負ですか」
いや、言わなくてもわかる。答えは聞かない方がいいだろうし聞きたくない。