結局俺と瑠愛さんと琴羽さんの三人は一緒にご飯を食べに行くこととなった。親睦という名目ではあるが、どう考えても瑠愛さんの意向に従っている。
「最初は焼肉とかお寿司とか考えてたんですよ。お高い食事といったらその辺が代表格でしょう?」
「そうだね」
駅までの道すがら先頭を歩きながらこっちを向いて話し続ける。あれでどうやって後ろを確認しているのだろうか?
全く人とぶつかっていなかった。
「でも、僕気づいてしまったんです。今日は4月1日。入園式やら入学式やら入社式やら。どこもかしこもお祝いムードでどの店も混んでる」
俺の適当な相槌を聞いても瑠愛さんは止まらない。自分で勝手に燃料投下して加速する。
「だから今日焼き肉やお寿司に行っても十分に楽しめないと気づいたんです。これではいけないと新たな選択肢を探しました」
「それでどんなお店にしたの?」
俺たちはそこを知りたい。目的地くらいは教えてほしい。
「ふふふ、それは鰻屋さんです」
「瑠愛ちゃん、とてつもなく渋いチョイスですね」
琴羽さんが絶妙な顔をしている。正直、俺も内心似たような気持ちだ。
「僕は真理に辿り着いた。
家族のお祝いで鰻屋さんを選ぶ人は少ない。絶妙に時季外れ。そしてなにより、今日は琴羽さんが奢ってくれる。
前々から食べてみたいと思っていたけど高くて手が出なかった鰻屋さん。今日が絶好のチャンスだと」
「すごい、俺は思いつきもしなかったよ」
いや、本当に。そもそも俺は夕食をそこまで真剣に考えられない。
「今日はうな重を頼むんです。値段を気にして枚数をケチったりせず」
瑠愛さんは目をキラキラと輝かせている。小さい頃、妹がよくこんな顔をしていたな。
「鰻でもちゃんと奢ってあげますけど、鰻十枚とか言ったら怒りますからね」
「そんなことするわけないじゃないですか。ご飯と鰻のバランスは命。無駄に枚数増やしたりしません」
「……そうですか」
琴羽さんはもう疲れてしまったようだ。
電車に乗ってからも語り続ける瑠愛さん。彼女を止めるのが大変だった。
♦♦♦
『琴羽さんのお名前で予約してあります』
店に入る直前、瑠愛さんに抱えられたリナさんがそう教えてくれた。
「リナちゃんは本当に気が利きますね~」
「ありがとね、リナ」
『恐縮です』
琴羽さんと瑠愛さんの言葉をクールに受け止めるリナさん。しかし、変わらぬ表情がどこか自慢げに見えた。
「リナさんって電話をかけられるんですね」
ジンベエザメのぬいぐるみが電話をかける光景。なかなかシュールだな。
『物理魔術の応用です。魔術で携帯を持ち上げて、魔術で発声します。この身体には筋肉も発声器官もありませんから』
リナさんは話しながら黄色い術式を輝かせる。瑠愛さんの手から離れて空中に浮いた。
そのまま俺たちの周りを水中のごとく、ひと泳ぎして瑠愛さんの腕の中に戻った。
『このように』
物理魔術で身体を浮かせたのか。
よく考えてみれば今話しているのも魔術というわけか。空気を喉のように震わせているんだろうけど。
「器用ですねぇ」
『それほど難しくはありません』
そんなわけがない。少なくとも俺は同じことをやれと言われても無理だ。
自立して考えることができて魔術まで使える。リナさん、信じられないくらい優秀だぞ。
「三人で予約している時雨です」
「お待ちしておりました。お席はこちらです」
店員さんに案内されるまま個室へ。
障子で区切られた畳の和室だ。瑠愛さんは本当にいい店を選んだらしい。
瑠愛さんと琴羽さんが並んで、俺が二人と向き合う形だ。
「うな重、特上でお願いします。肝吸いもセットで」
瑠愛さんはピシッと手を上げて元気よく注文していた。一番高いメニューを迷いなく。
「私も同じものをお願いしますね。慎平君も大丈夫ですよ」
「ではお言葉に甘えて」
なんだろう、悪いことをしてしまった気分だ。
「さて、うな重が来るまで暇だなぁ。慎平さんとお話でもしようか」
「瑠愛ちゃん、今日の目的は慎平君との交流だって忘れないでくださいね」
口調が明らかに『うな重のついでにお話』だった。俺は忘れられていそうだ。
「大丈夫ですって。僕慎平さんのこと気に入ってますから」
「さっきから気になってたけど、どうして俺のこと気に入ってくれてるのかな?」
初対面から妙に距離が近かった。今も露骨に好感を示してくれる。
何かした覚えなんてないのに。
「まあ、波長が合いそうだから?」
「波長?」
反応に困る回答だ。
『瑠愛さんは直観的に他者の人間性を捉えることに長けています。佐伯さんは瑠愛さんの好むお人柄ということです』
リナさんが瑠愛さんの言葉を翻訳してくれた。なるほど、サポートというのはこういうことか。
「そうそう、見た人の方向性は大体わかるんだよね。今まで外れたことは一度もないよ」
「それはすごい」
会って一日足らずで人間性がわかる。それが本当ならすごい特技だ。
「ベースはきれいで優しい色、だけど、芯はしっかりある。僕、そういう人結構好き」
「それは、どうも……」
五つも年下の女の子にそんなことを言われるなんて。なんだか恥ずかしくて照れ臭い。
「それになにより、闇が少し混じってる」
じわり。瑠愛さんの瞳が淡く輝いたような気がした。
「闇?」
「うん。きれいな布に墨汁垂らしたみたいな、闇がぼんやりと」
なんだろう。心の底の底まで覗かれているようだ。
「独特な表現だね」
「よく言われるなぁ、変わってるって」
瑠愛さんは俺を見てにこりと笑った。その笑顔はとても純粋で、どこか怖い。
「闇なんて他人に言わない方がいいよ。言われた人は嬉しいと思わないから」
「そう?僕としてはかなり褒めてるつもりなんだけど。闇を知ってる優しさだけが本物だから」
瑠愛さんは俺の言葉がピンと来ていないようだ。琴羽さんが気にかけている理由がわかった気がする。
「それでも、みんなが君みたいに思うわけじゃない」
「……わかった。そういうものなんだね」
理解は……してくれていないんだろう。
相手を気に入ってるからとりあえず聞く。そんな言葉の裏が透けて見えそうだ。
この子は放っておけない。尖り過ぎている。
「ねえねえ、瑠愛ちゃん。私はどうですか?」
琴羽さんは顔を瑠愛さんに思いっきり近づける。髪形を変えた次の日みたいに。
「琴羽さん?琴羽さんは前も言ったじゃないですか。白と黒とピンクのマーブルですよ」
「白と黒はいいんですけど~、ピンクってどういうことですか?」
白はともかく、黒はいいのだろうか。この流れだと黒は受けいれちゃダメそうだけど。
「それも前言ったじゃないですか。朔夜さんを見る目がときどきヤバいって——」
「そうですか、そうですか。瑠愛ちゃんは別に奢ってもらわなくて大丈夫だと」
「え?」
好き放題喋っていた瑠愛さんが初めて口を止めた。
「知ってますよ、瑠愛ちゃんが荷物の底に一万円札を忍ばせてること。それで一人分のお代くらい出せますよね?」
琴羽さんの言葉に強い圧を感じる。今の話題、琴羽さんの地雷だったのか。
「……僕の見間違いでした。琴羽さんはパンダのような白黒マーブルです」
瑠愛さんは驚くような早さで土下座の体勢を取った。妙な哀愁が漂う。
「はい、瑠愛ちゃんよくできました」
琴羽さんの拍手が静かな個室の中でやたらと響いていた。俺はいろいろな意味でこの話題を続ける気になれない。
うな重が届いたのはその直後のことだった。
「今から鰻に集中します。お願いですから話しかけないでください」
瑠愛さんはそう言って鰻を黙々と食べ始めた。鰻とご飯を箸で持ち上げゆっくりと口の中に入れる。
そのまま目を閉じてゆっくりと咀嚼。俺たちのことなんて見てもいない。
「すごい集中力ですね」
「瑠愛ちゃん、一つのことに集中すると周りが見えなくなるタイプなんですよ」
実際、瑠愛さんには俺たちの言葉が届いていない。こんなにも近くで話しているのに。
「慎平君、ちょっと手を出してください」
「ええと、わかりました」
何をする気か全くわからない。俺は恐る恐る手を差し出す。
琴羽さんはその手を上下から自分の手で挟み込む。そして優しく握った。
『色々大変でしたね』
「え?」
耳を通してじゃない。手を通して、声が頭に響いた。
『魂魄魔術ですよ。喋りたいことを頭の中でイメージして。こっそりお喋りできますから』
よく見ると琴羽さんの手が紫色に輝いている。魂魄属性の輝きだ。
『……こんな感じですか』
『そうそう、上手上手』
念話というやつだろうか。
瑠愛さんには多分聞こえていない。今なら普通に喋っても聞こえないかもしれないが。
『瑠愛ちゃんと話してみて疲れちゃいましたか?』
琴羽さんの言葉が重く心に響く。今までの冗談めかした話し方じゃない。
多分、これが素に近い声だろう。
『そういう言い方をしたくはありません。ただ、こう、何かしたいと思いました』
『勇ましいですね。闇があるなんて言われちゃったのに』
『否定はできませんから。考えたこともありませんでしたが、俺に闇はあるんでしょう』
俺はあいつに寄り添えなかった。何もできないと思ったし、何もしなかった。
瑠愛さんはそれを見抜いてる気がする。
『……いいですね。君を選んで本当に良かった』
優しく重い言葉だ。まるでどっしりとした大樹の幹のよう。
『瑠愛ちゃんは才能があります。魂魄属性なら世界一になれるかもしれません』
『……そうなんだろうと、思います』
全容は全くと言っていいほど掴めない。それでも、凄まじい才能ということだけはなんとなくわかる。
琴羽さんがそう言うなら、大きく間違えていないだろう。
『だから、君が支えてあげてください。間違った方向へ進まないよう』
『俺にできるでしょうか?』
自分がそんな大層な人間だとは思わない。少し恵まれているけど、俺自身は平凡だ。
『少なくとも、私はそう思っていますよ。だからこそ、君を隊長に任命しました』
俺の目を見て琴羽さんはさらに続けた。
『瑠愛ちゃんほどじゃないですけど、人を見る目には自信があるんです。これでも長いことこの世界を生きてきましたから。君ほど瑠愛ちゃんと相性いい子はなかなかいませんよ』
少し、はぐらかされているような気はする。でも、嘘を言っているようには思えない。
『……できるだけ頑張ります』
『はい。可能な限り、協力しますから。遠慮なく言ってください』
琴羽さんは軽く手の甲を叩いて念話を終わらせた。
「さ、冷めないうちに食べちゃいましょう。せっかくのうな重ですから」
「そうですね」
うな重はまだほんのり温かかった。