昨日は色々あった。
初めての職場。いきなりの隊長任命。
それだけでも大変だったけど、チームメイトもなかなかだ。
宵宮瑠愛さん。現役の高校生でありながら魔女の家の魔術師。
しかしかなり癖がある。それは昨日の会話でよくわかった。
九條緋真さん。彼女は俺を見定めているようなところがある。
責任は重いが俺の仕事は始まったばかり。昼過ぎまでは研修と各種手続き。
そして今からチームワークの時間だ。
「慎平く~ん、迎えに来ましたよ~」
そう考えていたら会議室の入り口から琴羽さんに呼ばれた。今さっきまで新人研修が行われていたその場で。
「なんでローティーンの女の子?」
「お前昨日の入職式覚えてないのかよ?魔女の家の副代表だよ」
「え、あんな小さい子が?」
琴羽さんは今日もフリフリのロリータ衣装を着ている。昨日とはデザインを変えて不思議の国のアリスのような水色の衣装。
その見た目のインパクトに驚いている人が半分。お偉いさんがここに来た事実に驚いてる人がもう半分だ。
「でもなんで副代表がここに?」
「というか慎平って誰?」
「多分あいつのことだと思うけど」
周囲の視線が痛い。好奇の視線が身体中に突き刺さっている。
琴羽さんは魔女の家の副代表。新人にとっては雲の上の人。
いきなり名前を呼ばれる俺も注目の対象だ。
「琴羽さん、ちょっと!」
「あ、慎平君。元気そうでよかったですよ。昨日は大変でしたからね~」
俺の心配をよそに琴羽さんは和やかに爆弾を放った。この状況でこのネタに食いつかない奴なんていない。
ひそひそと交わされる噂話にさっきより強まった視線。俺はたまらず琴羽さんの手を引いて部屋を出た。
「琴羽さん、俺一人でも行けますから。お願いなので迎えに来るのはやめてください」
「あはは、大丈夫ですよ。どうせ君はこれから嫌というほど目立ちますから」
琴羽さんは焦る俺を見ながらからからと笑っている。同期から注目されることも全部わかってたんだろう。
「俺、明日もみんなと研修なんですけど」
「いいじゃないですか、自己紹介が省けて。よかったですねー、明日から一番の有名人ですよ」
……昨日はあんなに頼りになったのに。なんだかなぁ。
「さ、行きましょうか。瑠愛ちゃんと緋真ちゃんが待ってますよ」
にこやかに琴羽さんはそう言った。
♦♦♦
扉を開けると瑠愛さんと九條さんが待っていた。U字に並んでいる机の端にそれぞれ座っている。
瑠愛さんが扉のすぐそば。九條さんが奥側だ。
「あ、来たね。待ってたよ、慎平さん」
手を振りながら元気に迎えてくれるのは瑠愛さん。相変わらず親し気に接している。
服装は昨日と同じ、時雨学園の制服だ。
「昨日はどうも。授業は大丈夫?」
「大丈夫。予習してるし、うちはその辺理解あるから」
瑠愛さんは両手でピースを作りながら笑っている。
「時雨学園は魔女の家が設立した学校ですから。朔夜さんが理事長してるんですよ。滅多に顔出しませんけど」
そういえば代表と琴羽さんも時雨姓だ。関係あると気づいてよかったな。
もっと早く気づいてもよかったな。
「こんにちは、琴羽さん、隊長。本日もよろしくお願いします」
九條さんはすっと立ち上がってぴしりと礼をした。さながら軍人のようだ。
「よろしくお願いします」
俺も自然と肩に力が入る。
「緋真ちゃんは真面目ですね~。それがいいところでもあるんですけど」
琴羽さんはさらりと流して前の方に向かう。
俺も適当な席に腰掛ける。同時に琴羽さんの説明が始まった。
「さて、では今日からこの四人でチームワークをやってもらいます。みんなで仲良く大きな壁を乗り越えてくださいね~」
琴羽さんはいつも通り和やかな話し方だ。相変わらず場の空気を和ませてくれる。
「じゃじゃん!最初の課題はこちらです」
琴羽さんは鞄から何かを取り出す。それはいくつかのカードの束だ。
「それ、葵さんのコレクション!」
「よく気づきましたね、瑠愛ちゃん。そうですよ、これは葵ちゃんから借りてきたものです」
それが何か真っ先に気づいたのは瑠愛さんだ。見覚えがあるらしい。
「協力してプレイするテーブルゲームです。みんなにはこれをやってもらいます。名前は『おうちを建てよう』ですね」
琴羽さんはテーブルの上で扇状にカードを広げる。ぱっと見、トランプとかUNOと同じタイプだ。
数やマークの代わりに木や鉄の絵が
「まずはこんな感じでおうちの仕様書があります。みんなの目標はこの仕様書通りにおうちを建てることです」
琴羽さんは前の机にそれを広げる。前に出て確認すると、簡単な家の仕様書になっていた。
木の床、木の柱、木の壁、ガラスの壁、鉄の屋根と指定されている。地味に本格的だ。
「そして、使うのは2種類のカードです。『木』とか『鉄』とかの材料カードと『柱』とか『床』とかの建築カード」
テーブルゲームと聞いて警戒していたけど案外わかりやすいな。直観的に頭に入ってくる。
「実際の流れも説明しましょう。このゲームでは二つの役割に分かれてゲームを進めてもらいます。
まずは大工さん。さっきの材料カードと建築カードを3枚ずつ持って家を建ててもらいます」
琴羽さんは木、鉄、鉄の材料カードと床、壁、屋根の建築カードを俺に手渡した。
「大工さんは材料カードと建築カードを1枚ずつ使って建築します」
琴羽さんは『木』のカードと『床』のカードを俺の手から取って新たなカードを取り出す。そこには『木の床』と書いてある。
「なるほど、『木』と『床』のカードを使ったから『木の床』になったわけですか。これが『鉄』と『柱』だったら『鉄の柱』になると」
「その通りですよ、慎平君。いや~、できる男は違いますね~」
琴羽さんは冗談めかした調子で俺の肩を叩く。なんだかむずかゆくなってきた。
「こういう感じで大工さんは家を建てるんですけど、大工さんは仕様書を見ることができません。そこで大事なのがみんなのリーダー、設計者です。
設計者は1人だけ仕様書を見るのを許されています。それを見て大工さんに指示を出すんです」
「カードは材料カードと建築カードが9枚ずつ。大工さん3人にそれぞれ3枚ずつ配ります。
カードを全部使って仕様書通りのおうちを建てられたらゲームクリア。これが最初の課題です」
ルールは大体わかった。
やること自体はとてもシンプルだ。子供でも理解できる。
「それと、大事なお話をしておきます。ゲーム中、魔力を使うのは禁止です。ゲームの醍醐味がなくなっちゃいますからね」
それもある種の縛りなんだろう。魔術を使ったら情報を伝える面白みが減ってしまうから。
『申し訳ありません。それは私も対象でしょうか?』
リナさんの静かな質問が投げられた。瑠愛さんの手を離れてふよふよと浮き上がる。
そういえば、昨日喋るのも動くのも全部魔術って言っていたな。本当に全部禁止にしたらただのぬいぐるみになってしまうのか。
「リナちゃんは全面禁止にはしません。ただ、必要最低限にしてください」
『承知しました』
リナさんは軽く一礼して瑠愛さんの腕に戻った。
細かい指示は出さず、リナさんに一任している。
必要最低限の魔術はリナさん自身が把握している。そういった判断なのだろう。
「それと瑠愛ちゃん。魔術の使用禁止じゃなくて魔力の使用禁止ですからね。間違えないでくださいよ」
「は~い」
『相変わらず厳しいお方ですね』
琴羽さんの言葉に瑠愛さんが渋々といった様子だ。
「どういう意味でしょうか?」
しかし、俺には何を言っているかわからない。魔術を使わずに魔力を使うというのだろうか。
「宵宮瑠愛は私や隊長に比べて魔力が遥かに多いです。術式を通さなくても、ある程度魔術に近い効果を発揮できます」
「瑠愛ちゃんの性格診断もその一部ですよ。魔術を使うぞって思わなくても魂魄属性を使ってるんです」
九條さんと琴羽さんが説明をしてくれた。しかし、信じられない。
「そんなことあるんですか?」
術式を通して魔術を発動させるのが魔術師。仮に術式なしなら俺はただの一般人だ。
「慎平君も術式を使わずに握力1キロ増やすくらいならできるでしょう?瑠愛ちゃんはその幅が大きいんですよ」
「それはできますけど……」
話の規模が全然違う。その例えで言うなら瑠愛さんは握力計を握りつぶしている。
「僕は常識の通用しない希少種だって思えばいいんだよ」
「はぁ」
瑠愛さんは胸を張って自慢げだ。その自信の持ち方もどこかずれているけど。
昨日の話がより実感を増した。本当にこの子は規格外だ。
「それじゃあ今度こそゲームを始めますよ」
琴羽さんがディーラーになってカードを配り始めた。
「私が設計者ですね」
最初の設計者は九條さんだ。仕様書を穴が開くほど見つめている。
そして俺も手元に配られたカードを確認する。材料カードは『木』が2枚と『プラスチック』が1枚。建築カードは『床』と『柱』と『壁』が1枚ずつ。
「これから始めるのは情報交換です。制限時間は10分。設計者はその間しか喋っちゃいけません」
「え?それで全部指示をしろと?」
「いいえ、流石の葵ちゃんもそこまで鬼じゃないですよ。
3人の大工さんが1回ずつ行動したら1ターン終了。また次のターンが始まって情報交換ができるようになりますよ」
びっくりした。10分で9回分の建築を全部指示するのはどうやっても無理だ。
……いや、それでもなお厳しい難易度なのか?
「情報交換の間は好きに喋っていいですけど、メモを取るのは禁止です。お利口な頭でちゃんと覚えてくださいね」
情報交換は時間制限あり。仕様を知ってる設計者は行動中に喋ることができない。
なるほどな。
「大工さんは材料カードと建築カードを1枚ずつ使って建築。
もしくは他の大工さんに材料カードか建築カード、どちらかのカードを1枚渡したら自分の番が終わります」
『琴羽さん、パスは可能でしょうか?』
「いいえ、できませんよ~。絶対に建築かカードの受け渡しをしてくださいね」
リナさんの質問に琴羽さんはきっぱり答えた。
「そしてこのゲームの一番の醍醐味。大工さんが誰か一人でも行動できなくなったらゲームオーバーです。誰かがカード0枚とか、そんな寂しいことは止めてくださいね」
「……カードを渡すときは、材料カードか建築カードのどちらか1枚だけなんですよね?」
「はい、そうですよ」
琴羽さんは俺の質問を聞いて笑みを一層深くした。琴羽さん、
「つまり、一度受け渡しをしたらカードが偏ります。どこかで逆向きにカードを渡して調整しないと——」
「残念ながら、ゲームオーバーですね。家が建った時に全員のカードがきれいさっぱりなくなるよう、しっかり調整してください」
初期状態なら全員の材料カード、建築カードがともに3枚ずつ。全員が毎回建築すれば、3巡できれいになくなる。
でも、持っているカードだけじゃきれいに建築できないだろう。『木の屋根』を作らないといけないのに、『木』と『壁』しか持ってないなんて状況は当たり前にある。
カードの受け渡しはほぼ必須。だけど、それが状況を面倒にする。
「ゲームオーバーの条件をもう少し明確に教えてください」
「建築することも、カードを渡すこともできない大工さんの手番が回って来た時点でゲームオーバーですよ」
家を建てるためにはきっちりカードを使い切らないといけない。だから最後の方は誰にどのカードを渡すかが重要になる。
考えられてるな。
「ちなみに大工さん1人につきカードを渡せるのは4回までです」
「……カードを回して時間稼ぎをするのは禁止だと」
無制限なら適当にカードの受け渡しで調整できる。でも4回だと必要な交換しかできないだろう。
このゲーム、かなり難しい。琴羽さんの意図がだんだんわかってきたぞ。
「さ、緋真ちゃんお手並み拝見と行きましょう」
琴羽さんは意地悪そうに笑った。