琴羽さんの言葉通り、俺たちは15種類の協力型ゲームを踏破させられた。
そして今日は4月10日。ようやく魔術が解禁される。
「もうさあ、琴羽さん鬼畜過ぎない?どうして、葵さんが買ったゲームじゃなくて作ったゲームばっかり選んでるの」
いつも通り制服姿の瑠愛さん。リナさんを抱きしめながら愚痴を言っている。
「その葵さんはゲームを作ってる人なのかな?」
「そうだよ。作るのもやるのも大好きな人。自作ゲームを何個も販売してるくらいなんだから」
「それはすごい」
独自性が強いけど手作り感はあまりなかった。印刷はしっかりしていたし、カードも同じような規格で作られていた。
『とある界隈では有名な方です。とにかく難しいゲームを制作すると』
「それって……」
聞かなくても想像がつく。いい意味ではないのだろう。
「悪い人じゃないんだよ。面白いゲームいっぱい持っているし、優しく教えてくれるし。
でも、自作じゃなくて市販の方にしないととんでもないことになるの」
「あははは……」
あのレベルのゲームを制作者本人と。考えたくないな。
「自作ゲームの方が訓練に向いているという判断なのでしょう」
ずっと黙って座っていた九條さんがそうつぶやいた。いつも通りピシッとしたパンツスーツだけど、本人は少し色あせて見えた。
「九條さん、それ本気で言ってます?昨日の『琴羽ちゃんをおうちに帰そう』なんて難易度狂ってましたけど?」
「…………」
瑠愛さんの言葉に九條さんが口を閉じる。
「あー、やっぱり九條さんもあれは頭おかしいって思ってるんですよね?絶対そうだ!」
「いえ、そのようなことは思っていません。大恩ある琴羽さんを疑うなど決して……」
その言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようだった。
『琴羽ちゃんをおうちに帰そう』。タイトルはかわいらしいけど、内容は全くかわいくなかった。
毎ターン、増える情報から推理して襲い来る熊を撃退しないといけない。しかもナチュラルに熊の習性を知っていること前提。
とにかく大変だった。
「はいはい、琴羽ちゃんの悪口大会はそこまでですよ~」
扉を開けて琴羽さんが部屋に入ってくる。
いつも通り派手で可愛らしい衣装を身にまとって。今日は白と黒の比較的落ち着いたデザインだ。
琴羽さんの衣装は今のところ毎日違うもの。一体何着持っているのだろうか?
「いや~、そんなに仲良くおしゃべりしてるだなんて。一週間前は考えられなかったですね~」
琴羽さんは大きな段ボールを机にドスンと置く。
中身は何なのだろうか?気になるけど黙っておこう。
「みんなが仲良くなって嬉しいですよ。課題も思ったより早くクリアできたみたいですし、今度お祝いでもしましょうかね~」
「本当ですか⁉」
琴羽さんの言葉へ真っ先に反応したのは瑠愛さんだ。机を叩いて立ち上がる。
食べるのが大好きな彼女のことだ。奢ってもらうことを期待しているのだろう。
「本当ですよ~。リクエストがあったら聞いてあげます」
「前は鰻だったから今度はお肉がいいです。焼肉はありですか?」
瑠愛さんは口の端から涎を零している。既に彼女の頭の中ではお肉が踊っているようだ。
「ありです。階段を一段上るたびにお祝いしてあげますからね。次も頑張ってください」
「はい、勿論です!」
瑠愛さんがあんなに素直に言うことを聞いている。さっきまでの悪口が嘘のようだ。
「琴羽さん、私は結構です。そこまで施しを受ける謂れはありません」
九條さんは静かに申し出を断ろうとする。
「緋真ちゃん、それは違いますよ~」
琴羽さんは指を左右に振って九條さんを止める。
「違う、とは?」
「こういうとき、断ると相手の顔を潰しちゃいます。まるで『奢られてもあなたとはお喋りしたくない』って言ってるみたいじゃないですか」
「……そうですか」
九條さんは気まずそうに少しうつむく。
「これでも琴羽ちゃんは『魔女の家』の副代表ですよ。それなりの影響力は持ってます。
多少面倒でも、利用しない手はないんじゃないですか?」
「わかりました。お言葉に甘えます」
「うんうん、それがいいですね」
瑠愛さんに引き続き九條さんも説得してしまった。
琴羽さん、本当に転がすのが上手な人だ。俺も見習わないと。
「慎平君も大丈夫ですか?」
「大丈夫です、ご相伴にあずかります」
「はい、これで満場一致。美味しいお店を選びますからね~」
琴羽さんは手をパンと叩いて合意を確認した。なんというか、大人な人だ。
「それじゃあ、ちゃんとお仕事頑張ってくださいね。今日からは遂に魔術を使った本格的な訓練をやっていきますよ」
琴羽さんはホワイトボードをガラガラと引っ張ってきてその前に立つ。
「それでは復習です、瑠愛ちゃん。魔の七属性を答えてください」
「え、僕?」
瑠愛さんはきょとんとした顔で自分を指さす。琴羽さんもいきなりだな。
「瑠愛ちゃんは資格持ってるんですから、当然覚えてますよね?リナちゃんに頼るのもダメですよ」
「えーっと、まずは魂魄でしょ」
瑠愛さんはこめかみに指を当てながら考えている。記憶を探っているようだ。
「はい、瑠愛ちゃんが得意な『魂魄』属性」
琴羽さんはホワイトボードの下の方に『魂魄』と書いた。
「あと、僕が使えるのは『創造』と『生命』」
「そうですね、これが瑠愛ちゃんの使える三つの属性」
琴羽さんが上の方に『創造』、真ん中あたりに『生命』と書き足した。
瑠愛さん、『創造』と『生命』も使えるのか。てっきり『魂魄』一辺倒かと思っていたけれど。
「あと四つ。ええと、とりあえず基本の『物理』でしょ」
「確かに、『物理』属性は魔術の基本みたいなところがありますね」
『生命』の真上に『物理』と書き加える。なるほど、琴羽さんは
「それから琴羽さんが得意なやつ。『魂魄』と……『時間』と『空間』!」
「一応私は全部使えますけど。どれが得意かって言われたら、間違いなくその三つですね」
今さらっととんでもないことを言ったような。属性全部使える人、俺初めて聞いたぞ。
初歩の初歩なら使える人はそこそこいるけど、言い方からしてそうじゃないだろうし。
というか、得意な属性三つってなんだ。普通、三つか四つしか使えないぞ。
「これで六つ。最後は一番ヤバイ『破壊』だ!」
「何をもってヤバいと言うかによりますけど、確かに『破壊』は攻撃力抜群の属性ですね~」
琴羽さんは最後に『破壊』を一番上に書き加えた。これでホワイトボードに七種の属性が並んだ。
「瑠愛ちゃんよくできました。
『破壊』、『創造』、『物理』、『生命』、『時間』、『空間』、『魂魄』。これが魔の七属性です」
「えへへ」
瑠愛さんは嬉しそうに自分の首裏を撫でる。全部言えて安心したのだろう。
「『虹の七属性』と言われることもあります。その理由は何でしょうか、緋真ちゃん」
「それぞれの属性の魔力光が虹の7色と対応しているからです」
琴羽さんの質問に九條さんは迷いなく答える。
「『破壊』が赤、『創造』が橙、『物理』が黄、『生命』が緑、『時間』が青、『空間』が藍、『魂魄』が紫。魔力光で属性を判別することができます」
「はい、緋真ちゃん100点満点です」
琴羽さんは嬉しそうに手を叩く。
「ある程度できる子は術式を見てどんな魔術を使うか予想します。でもそれができる子は
だから、普通は魔力光の色で大雑把に判別するんです」
魔術師の基本。教科書の最初の方に書いてあることだ。
「『破壊』はその名の通りなんでもかんでも破壊する属性です」
琴羽さんは持ってきた段ボールからバスケットボール大の岩を取り出す。そんなものが入っていたのか。
「色々と面倒ですし、魔力がいっぱい必要な属性なんですよ」
琴羽さんは岩を机の上に置いて、指から赤い魔力光を放つ。
光は空中をなぞり円を描く。やがて琴羽さんの指先を中心に破壊属性の幾何学模様を描いた。
「代わりにちゃんと発動したら——ひとたまりもありません」
指を下ろすと同時に深紅の光が放たれる。指先の岩は跡形もなく消え去った。
粉砕とか爆破とかそんな生易しいものじゃない。初めからそこに何もなかったかのように『破壊』されたのだ。
「あんまり得意じゃない私だとこれが限界ですね」
いや、俺の知ってる破壊魔術の使い手の中でもかなり上位だ。
普通はビー玉くらい大きさが限界。構造が比較的単純な岩だとしても、あんなに平然とやるのは凄まじい。
「次は『創造』を見てみましょうか。『創造』はその名の通り、何でも創っちゃう属性です」
琴羽さんは手を正面にかざして、橙色の魔力で術式を描く。その光が収束すると、そこには銀色のシンプルなナイフが現れた。
「ゼロから創るだけじゃなくて改造するのにも使いますね」
琴羽さんの魔力が再び橙色の術式を描く。銀一色だったナイフにピンクの装飾が入った。
「『創造』も『破壊』と一緒で魔力がいっぱい必要です。基本的に創ってもあんまり長持ちしません。これも放っておいたら1日くらいで消えちゃいますし」
そう言いながらナイフをペンのように回している。
丸1日も持つのか……。普通、30分もたないけど。
「お次は『物理』属性。これは本当に便利で色々できます」
琴羽さんは持っていたナイフに黄色の魔力光をまとわせる。刃のちょうど真ん中あたりに小さな術式が描かれた。
そして段ボールからさっきと同じような岩をもう一個取り出し、投げる。
岩はまっすぐ天井を目指し、そのまま落ちてくる。ちょうど琴羽さんの目線まで落ちてきたところで琴羽さんはナイフを振るった。
岩はまるで大根のように輪切りとなって床に落ちる。なんて早業だ。
「とまあ、こんなところですね。普通のナイフでも『物理』属性で石くらいは簡単に斬れちゃいます」
琴羽さんは斬られた石に触れ、再び黄色の魔力光を放つ。石に術式が刻まれ、ふよふよと浮き始める。
「あとは浮かせる魔術とかもこの属性ですね」
琴羽さんが指を振るうと石たちが生き物のように踊り始める。まるで指揮者だ。
ひとしきり踊らせた後、琴羽さんは石を机の上に置いた。
「『生命』属性の実演はどうするか迷ったんですよ。適当に指でも切って治そうかなって」
『それはやめてください!』
俺と九條さんの声が揃った。こんなことで怪我される俺たちが困る。
「あはは、そんな感じのことを葵ちゃんにも言われちゃいましたから。別の小道具を用意しました。——その反応を見ると正解だったみたいですね」
葵さん、ありがとうございます。変な人とか思って申し訳ありません。
「『生命』属性は生物の細胞を活性化させる力があります」
琴羽さんは段ボールの中から小さなプランターを取り出した。そこには少ししおれた植物が植えられている。
「だからこうやって元気のない植物に元気を分けてあげられるんです」
琴羽さんが手に緑色の術式を描きプランターに添える。緑色の魔力が琴羽さんの手を通してプランターに移り、土を経由して植物を覆った。
茶色がかっていた葉が青々しくなり、繊維が見えていた茎が瑞々しさを取り戻していく。
「こんなものですね」
琴羽さんは額の汗を払う。植物は青々とした生命力を蘇らせた。
ここまでやってようやく汗をかくだけ。俺がやったら倒れていただろう。
「あとは自分に使って筋力アーップ、とかもできます。戦う子はだいたい『物理』か『生命』のどっちかを持ってますね」
俺も両方使える。レベルは人次第だけど、どっちも使える魔術師が多い印象だ。
「さて、最後の三つは琴羽ちゃんの得意な属性ですよ~」
自分の得意な属性が回ってきたからか、琴羽さんは楽しそうだ。
「『時間』は対象の時間を戻したり進めたり。難しいけど外すことのできない大事な属性です」
琴羽さんは先ほど斬った岩の断面をくっつけて手で抑え込む。魔力が青い術式を描き、一瞬部屋が光に染まる。
光が収まると同時に琴羽さんが手を開く。岩は斬られる前の状態に戻っていた。
「これは物ですけど、人にも使えます。
運が良ければ斬れた腕だって治せちゃうんですよ。『生命』と並んで医療で重宝される属性ですね」
治癒力を上げて怪我を治すのが『生命』。巻き戻して怪我をなかったことにするのが『時間』。
これも戦う魔術師にとっては重要な知識だ。斬れた腕を治せるレベルの人は見たことないけれど。
「『空間』属性で一番便利なのはやっぱり転移ですね」
琴羽さんは指に藍色の魔力を溜めて空中を走らせる。軌道は円となり、術式となった。
わざとらしく指を鳴らし、琴羽さんの姿がかき消える。
「座標から座標へ、空間を越えて移動します」
琴羽さんの言葉が背中から聞こえた。振り返ろうとすると頬を指で突かれる。
「絶体絶命のピンチだって逆転のチャンスに早変わりですね」
琴羽さんが笑顔で指を構えていた。まるで子供の悪戯のように。
『さて、最後は『魂魄』属性ですね』
琴羽さんの言葉が頭の中に響いた。
慌ててよく見ると琴羽さんの瞳が妖しく輝いている。紫色、『魂魄』属性の術式だ。
『『魂魄』属性は生物の魂に干渉する属性です。気持ちを伝えるのも『魂魄』属性の領分ですね』
あの一瞬で俺たちの意識の隙を縫い魔術を発動したのか。本当になんて技巧だ。
「魂から生み出される魔力も対象なんですけど、それは後でいくらでも見られるでしょう」
琴羽さんは目を閉じて術式を消す。見た目相応の幼い笑顔で微笑んだ。
「さて、七つの属性の復習は終わりました。今度はみなさんの魔術を見せてもらいましょうか」
琴羽さんは扉を開いて俺たちを促す。それは大きな演習場への入り口だ。
少し息を吐いて扉へ向かった。