「瑠愛ちゃんの紹介も終わったことですし、リナちゃんもお願いしましょうか」
『承知しました』
瑠愛さんの抱えていたジンベエザメのぬいぐるみが浮き上がる。このファンシーなぬいぐるみこそリナさんだ。
ホワイトボードの前、琴羽さんの隣で止まってこっちを向いた。プラスチックの瞳が鈍く輝いている。
「制度上、魔女の家に籍はありませんが、リナちゃんも立派なチームメイトです。一人の魔術師として接してくださいね」
『瑠愛さんのサポートをしています。その役目を通じて皆さんにも力添えさせていただきます』
リナさんは身体を半分に折り曲げて頭を下げた。
「リナちゃんは物理、時間、空間はもう実戦レベルで使えますよね?」
『そうですね。瑠愛さんが不得手なものから勉強しております』
確かに、瑠愛さんが使える魂魄、創造、生命とは全く被っていない。二人で揃ったときに対応の幅を広げられるよう調整しているのか。
計画的だな。
「一つ質問してもいいですか?」
九條さんが真っすぐに手を上げる。
『どうぞ、九條さん』
「あなたは宵宮瑠愛と同時期の加入ですよね?どうしてそこまで扱える属性が多いのですか?」
言われてみればそうだ。瑠愛さんも異常だけど、リナさんもかなり異常だ。
1年か2年で3つの属性を実戦レベルで使えているのだから。
『この身体は睡眠を必要としません。瑠愛さんが寝ている時間の大半を魔術の勉強、訓練に充てただけです』
この子もこの子でさらっととんでもない発言するな。
本当だとしたら毎日追加で8時間くらいの勉強と訓練。
上達がここまで早いのも理解できなくはない。凄まじい努力だ。
だけど、そもそもリナさんって何者なんだ?
瑠愛さんの魔術で操ってるようなことを言っていたけれど。思考も魔術も明らかに瑠愛さんから独立している。
人ではないと思うけど、魔術具ではないだろうし。
『私のことはこれ以上申し上げることができません。朔夜さんと琴羽さんから口止めされているので』
俺の内心を予想したようにリナさんは平坦に述べた。……俺の違和感は間違っていなさそうだ。
「そうですね~。これは機密事項なので、おいそれと話すわけにはいきません」
俺と九條さんの目が琴羽さんへ集まる。その視線を受けてなお、琴羽さんはニコニコと微笑んでいた。
「私にも、でしょうか?」
「むしろ、緋真ちゃんだからでしょうか」
九條さんの質問も柳に風。琴羽さんは笑顔のまま流してしまった。
琴羽さんは何かを隠している。一体何を?
「ふふふ、君たちはいずれ知ることになります。それまで頑張って積み重ねてください。じゃないと、とーっても大変なことになりますよ」
琴羽さんは不気味に笑みを深める。その目はまるで深海のように底が見えない。
「それでは慎平君も使える魔術を教えてください」
「……わかりました」
気にしてもどうせわからない。今、琴羽さんは話してくれないだろう。
ひとまず諦めよう。
「俺の使える魔術は生命、時間、物理、空間です。生命属性を中心に勉強してきました。
生命と時間を併用した治療術が扱えます」
「いいですね~。順当に四属性持ち。ちゃんと積み重ねてきた魔術師ってかんじですね~」
琴羽さんはわざとらしい態度を取るが、明らかに見劣りしている。
近接戦において琴羽さんに迫る実力を見せた九條さん。何もかも規格外の瑠愛さん。
見た目や存在の異質さを抜きにしても、かなり目立つリナさん。
この三人の隊長として見られるレベルの実力ではない。このままでは。
「それと、こういうことも得意です」
カバンから愛用のセットを取り出す。黒地に金の細工が施してある万年筆。
そして、一番大事な
隊長に任命されてから一週間ちょっと。その間、ずっと考えてきたんだ。
どうやったらこのチームの中で埋もれないか。
俺のできることの中だったら、多分これが一番だ。
「へえ、烏間のインクですか。いいもの選んでますね」
琴羽さんがそれを見て少し目を丸める。
琴羽さんも頻繁にあの店へ通っているようだ。商品だけ見て当てられるくらいには。
「なけなしの給料で買った高級品です」
「うんうん、とても素敵ですね~。
私もあの店は結構懇意にしてますよ。お金はかかりますけど、きっちり仕事してくれますから」
琴羽さんは笑顔で頷いている。
きっと上客なのだろう。俺の何倍、何十倍と使っているに違いない。
「それって何か特殊なインクなんですか?」
瑠愛さんが俺のインクを見ながら手を上げる。
「瑠愛ちゃん、これは魔術の術式を描く専用のインクなんですよ」
「へ~、何が違うんですか?」
「魔力の通しやすさが段違いです。瑠愛ちゃんの制服のリボンにも使われているでしょう?」
「これですか?」
瑠愛さんが胸元のリボンをぴらっと見せる。さっき使った身体強化が刻まれたものだ。
当然、これと同じようなインクが使われている。
「適当に魔力を流したら描かれた線に沿って術式を構築してくれる。それくらい伝導率が違うんですよ」
「ふ~ん、だから術式が描けない僕でも使えるんですね」
瑠愛さんは唇を尖らせて自分のリボンを見つめた。
術式は自分の魔力で構築しないといけない。でも、いちいち複雑な術式を戦闘中に構築するのは大変だ。
そこで使うのがこのインク。予め描いておいたら導線として魔力を導いてくれる。
魔術具職人の必需品だ。そして、俺みたいにこだわる魔術師もこれを持っている。
「俺の特技は術式の最適化。術式を個人に合わせて調整することができます」
「単位時間当たりの魔力消費量、効果範囲、持続時間、術式の耐久度などを変化させる。そういった認識で間違いありませんか?」
「その通りです」
九條さんの質問にうなずく。教科書のような的確な答えだ。
「ええと、お願いリナペディア」
瑠愛さんは首をひねりながら抱えているリナさんを見つめる。
『例えば火を出す魔術を使うとします。
炎を何度にするか、炎の大きさはどれくらいにするか、何分維持するか、どのような形で操るか。色々な要素を変えられます。
同じ魔術を使うにしても、術式の細部を変えることで全く別の結果を出すことができるのです』
「ほえ~、なるほど」
瑠愛さんが口を半開きにして頷いている。
「ある程度なら使用者が調整できますけど、ちゃんと変えたいなら術式そのものを弄る方が早いですね」
「実際、俺の使ってる身体強化の術式がこれ。瑠愛さんの使ってるものとは違うと思う」
琴羽さんの説明に合わせて術式を書いた紙を差し出す。この世界に二つとない俺仕様のものだ。
「ふ~ん、じゃあ比べっこしてみましょうか」
瑠愛さんも自分のリボンをほどいて机の上に置く。二つの身体強化が並ぶ。
「宵宮瑠愛のものは一番シンプルな基本形ですね」
「よくわからないから、お任せしました」
瑠愛さんは胸を張る。
適当に選んだ様子だが、むしろ妥当だ。身体強化ぐらいシンプルな魔術は既にある程度煮詰まっている。
市場に広まっているものを選んでも、九割方問題はない。
「それで、慎平さんのはかなり細かい」
「ベースの形は一緒で色々な調整をしているんだよ。魔力効率の改善とか下半身への配分上昇とか」
俺はそこまで魔力が多い方じゃないからな。なるべく節約する方向で調整してある。
「命大事にって調整ですね。多少効率を下げでも、瞬発力をとにかく上げる緋真ちゃんとは真逆の方向です」
「そうですね、なるべく長く戦えるように考えています」
九條さんは短期で制圧することを意識したアタッカー。術式に俺とは逆の個性が現れる。
同じ魔術でも魔術師ごとに癖が出る。実際、琴羽さんが使っていた身体強化も完全に別物だ。
「それで思ったんだけど、瑠愛さんの身体強化も調整してみたらどうかな?」
「僕の?」
瑠愛さんはきょとんとした顔で自分を指さす。ぴんと来ていないようだ。
「魔力の調整で困っているなら術式の方を変えてしまえばいいんじゃないかな?」
「瑠愛ちゃんも三級取れてから少し経ちますし、いい頃合いですね。やってみましょうか」
琴羽さんも手を叩いて賛成してくれる。これで状況は整ったな。
「これが基本の身体強化。ここに描き加えて瑠愛さん用にしていきます」
A4の用紙に身体強化の術式を描く。身体強化は画数の少ない術式だ。
書き加えられる余白は沢山ある。ここに付け加えていく。
「いきなりできるものなの?」
「ざっとしたものならね。今まで何度もやってるし」
瑠愛さんの魔術を見てから考えていた調整を加えていく。
「慎平君をリーダーにした理由の三分の一がこれですね。この年で他人の術式に手を加えられる子はそう多くありませんから」
「お褒めに預かり光栄ですよ、琴羽さん」
琴羽さんの言葉を受け取りつつ仕上げていく。この作業は集中して一気にやるのが大事だ。
「こんなものでしょうか。インクが乾くまで触わらないでくださいね」
最後の一画を加えて少し離れる。全員が囲んで俺の術式を眺めている。
「見たことない形ですね。どのような調整をしたのでしょうか?」
九條さんが俺の描いた術式を見て眉を寄せる。それはそうだろう。
俺もこんな術式は初めて描いた。これは完全に瑠愛さん専用の術式だ。
「コンセプトは非常にシンプルです。魔力効率を下げることだけ考えました」
「え?」
九條さんが困惑をより深めた。
魔術師にとって魔力効率は命。九條さんみたいに優先度を下げることはあっても、普通それを下げようだなんて思わない。
でも、瑠愛さんに限ってはそうじゃない。
『なるほど、調節ができないなら、効率を下げることで出力を抑えると』
「そういうことです」
リナさんの言葉にうなずく。俺の意図は大体彼女の言葉通りだ。
瑠愛さんの問題は術式への過剰な魔力供給。必要量の数倍、或いは十数倍注いでいるのだ。
だったら不要な分は無駄にしまえばいい。この術式に魔力を注いでも一割くらいしか有効活用できないだろう。
「今までいろいろな術式を見てきましたからね。あまりよろしくない例を参考にしました」
結構いるのだ。自己流で改造してすごく効率の悪い術式で現場に出てしまう人が。
まさかここで役に立つとは思わなかった。
「それが今この場でできますか。いや~、面白い。本当に慎平君を選んでよかったですよ」
琴羽さんはぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。本気か冗談かわからないけど凄い笑顔だ。
「乾いたら試しに使ってみて、瑠愛さん。感想を聞いて最終形を考えるから」
「わっかりましたー」
瑠愛さんは待ちきれない様子で紙の端を
俺が瑠愛さんの隊長か。案外、悪くないかもしれないな。