翌日。
私とアスカは、いつものお店の前で立っていた。
アスカがやけに真面目な顔をしており、眉間に皺を寄せ黙っている。
「…………」
その視線は、アクシズホビーの入口をじっと見つめていた。
お店の前で待ち合わせしていたのだが、来た時には既にこんなありさまだった。
さっきから話しかけても、うわ言のような返事しか返ってきていない。
いつもなら、
『やっときたね!レイ!早く行こ!』
くらい言って、私より先にドアを開けるのに。
「……アスカ?アスカ.....!」
「.....へ?」
(話しかけられても気づかないくらいのようだ。)
「入らないの?」
「入る」
「じゃあなんでさっきからずっとお店の前で立ったままなの?」
「…………」
返事がない。
私はスマートフォンの時計を見る。
集合時間までは、まだ30分ほどある。
別に急ぐ必要はないとはいえ、少しアスカが心配だった。
「もう緊張して―――」
「してない!」
早い.....。
今日返ってきた中で一番早い返事だった。
「……そ、そう」
「してないし!?」
「.....二回言うと余計怪しいんだけど」
「うっ」
そういってアスカが露骨に目を逸らした。
やっぱり緊張しているようだ。
今日のバトルは、この前とは違う。
先輩たちとの戦いでは、私がいた。
二人で戦った。
でも今日は――。
「……一人、なんだよね」
ぽつりと、確認するようにアスカが言った。
「まぁ、そうだね」
「レイ、いないんだよね」
「観戦はするから近くにはいるけど.....」
「そういう意味じゃなくて!」
「分かってるって」
今日、アスカは初めてシングルの実戦のガンプラバトルに挑む。
昨日、修理を終えたばかりの愛機を再び戦場に出す。
アスカ自身対人戦そのものが初めてなわけじゃない。
むしろこの前は、経験者二人を相手にしても笑っていたくらいだ。
でも、あの時は私がいた。
今日初めて、アスカは何をするにも自分で決めなければならない。
だが、
『一人だったら、どれくらいやれるんだろ』
そう言ったアスカに、店長が紹介したシングルバトルをほとんど迷わず申し込んだ。
――その時は勢いだったのかもしれない。
昨日までは楽しそうだったのに、一晩経って現実味が出てきたらしい。
「……やっぱり今日はシングルバトルはやめとく?」
一応聞いてみる。
(本当に無理そうだったら、無理にやる必要はアスカにはないし。)
少しだけ昔の自分を思い出す。
私の問いかけにアスカは少しだけ俯いた。
手にしているケースを、ぎゅっと抱きしめる。
中には昨日ようやく修理を終えたばかりのメイガスキャリバーンが入っている。
「怖い?」
「……ちょっと」
その声は、少し震えていたように感じた。
「そっか」
「でも―――」
アスカが顔を上げる。
「アタシ、やってみたい」
その表情には、まだ不安が残っているものの、その目には決意が読み取れた。
「一人でどこまでできるのか、ちゃんと知りたいから」
昨日と同じ目だった。
昨日は、自分の手で機体を直した。
今日は、自分の力で戦ってみたい。
アスカにとっては、たぶんそれも同じことなんだろう。
だったら、止める理由はない。
「……分かった」
「うん!」
「でも、壊したら今度は自分で全部直してね」
「え、噓ぉッ!?なんでぇ~!」
意表を突かれたアスカが急にこちらを見る。
「昨日まででいい加減覚えたでしょ」
「覚えたけどぉ!」
いつもの調子が戻ってきた。
そのことに、私は少しだけ安心する。
アスカは一度、大きく息を吸った。
「よし!」
そして――。
「行こ、レイ!」
「うん」
二人で店のドアを開ける。
チリン、といつものベルが鳴った。
「いらっしゃ――」
カウンターの奥から顔を上げた店長が、私たちを見て言った。
「……ようやく来たか」
「おはようございます!」
「おはようございます」
「まだ三十分前ですけど」
「相手はもっと前から来ている」
「は、はいぃ!」
アスカの返事が、ほんの少しだけ裏返る。
店長がそれを聞いて眉を上げたけれど、何も言わなかった。
代わりに。
「アスカ君!おはよう!」
聞き慣れた大声が、店の奥から飛んできた。
「今日は君に朗報があるぞ!」
「……嫌な予感しかしない」
「奇遇だね。私も」
「レイ君まで!?」
作業スペースから勢いよく立ち上がったのは、もちろんマシマさんだった。
今日も今日とて、シュヴァリエ・ガルスを前にしている。
「昨日、諸君らと別れた後! 俺は例のトモエガンダムについて調査を続けた!」
「おお!」
アスカの顔が明るくなる。
「何か分かったんですか!?」
「――何も分からなかった!」
「なんでそんな自信満々なんですか!?」
店内にアスカの声が響いた。
「無論、わが同胞にも助力を求めた!しかし有力な情報は得られず――」
「同胞ってネットの人たちですよね!?」
「少なくとも尋ねはした!」
「胸張らないでください!」
「朝から喧しい!静かにしろ、俗物ども!」
店長の一言で、二人揃って黙る。
「「……はい」」
私は小さく息を吐いた。
さっきまでの緊張は、だいぶ薄れたみたいだ。
もっとも、対戦相手のことが何も分からないという事実まで、消えたわけじゃない。
「対戦相手って、どんな人なんですか?」
アスカが店長に尋ねる。
「本人に聞くといい、もう来ているといっただろう」
「え?」
店長が視線だけを店の奥へ向けた。
そこに、一人の少女が座っていた。
私たちと同じくらい?――いや、少し上だろうか。
長い黒髪を整え、背筋を伸ばして本を読む姿は、模型店より茶室にいた方がしっくりきそうだった。
傍らにはなぜか小さな陶器でも入ってそうな
こちらの視線に気づいた少女は、静かに立ち上がる。
「初めまして」
そして、アスカに向かって軽く頭を下げた。
頭を下げる仕草一つとっても、妙に綺麗だった。
「今日、お相手をさせていただく――ミカムラ・レナと申します。本日は、どうぞよろしくお願いいたしますね。」
「あっ、はい! シュトウ・アスカです!よろしくお願いいたしますッ!」
慌ててアスカも頭を下げる。
(ずいぶん礼儀正しい人だな.....)
アスカが、さっきからチラチラと桐箱を見ている。
「あの~、ちなみにその桐箱って何が入っているんですか?」
レナに気になってしまったのか聞いてしまう。
(確かに、模型店に桐箱って.....まさかガンプラ入れなんてことはないだろうし、この後の予定用なのかな)
レナは意外そうに首をかしげる。
「そんなに珍しいのでしょうか。なぜだか皆さんお聞きになるんです。」
そういって桐箱を開いた瞬間、私たちは目を疑った。
「……へ?」
「……噓ぉ。」
そこには、彼女のガンプラが正座していた。
紅白を基調とした装甲。
武者を思わせる全体の装甲。
右腰にはおそらく日本刀の柄が1本ずつ。
鞘が一本なところを見るに片方はビームサーベルなのだろうか。
さらに腰の後ろには飾りなのか二本の尾のようなパーツ。
そして、その前には長大な薙刀が横置きされている。
傷がないわけじゃない。
むしろ、よく見れば細かな補修跡や傷跡がいくつもある。
塗膜の僅かな厚みの違いを見る限り、何度も補修と再塗装を繰り返している。
戦いのたびに補修され、塗りなおされてきたのだろう。
そう思えるほど、美しいながらも威圧感すら感じる佇まいだった。
飾るための機体じゃない。
これは――。
何度も戦ってきたガンプラだ。
それも、一度や二度じゃない。
(……思ってたより、ずっと経験者かも)
「トモエガンダム。これが、私の機体です」
そっと機体を取り上げる。
それまで柔らかかったレナさんの目が、ほんの少しだけ細くなった。
「シュトウさん」
「はい!」
「お互い、悔いの残らぬ一戦にいたしましょう」
「……うん!」
アスカもケースを開く。
「あたしだって、負けるつもりないから!」
「ええ。私もです」
穏やかな声だった。
なのに。
二人の間にだけ、もう戦いが始まっているような気がした。
◇
「時間だな。では、準備しろ」
店長の声に促され、アスカとレナがそれぞれバトルシステムへ向かう。
私は観戦のため壁際へ移動しようとして――。
「待って、レイ」
呼び止められた。
振り返ると、アスカがメイガスキャリバーンを手にしたままこちらを見ている。
「どうしたの?」
「――、ッ今日さ」
一瞬だけ迷ったように口を閉じ、それから言った。
「途中で『こう!』とかアドバイス、言わないで。」
「……本当に?大丈夫?」
「うん」
アスカは手にしたメイガスを見る。
「今日は、自分だけでやってみたいから。だから任せてよ」
アスカは自信があるようにニカっと笑って見せた。
だがその笑顔にはどうしても緊張や不安を感じてしまう。
(――でも、アスカを信じたい)
「……分かった」
「ありがと!」
「でもさ」
「?」
「さすがに応援くらいさせて」
「それはしてよ!」
「そこはいいんだ」
「指示と応援は別でしょ!」
「そういうもの?」
「そういうもの!」
よく分からない。
でも、さっきまでの不安さはかなり消えたみたいだ。
『────Please set your GP Base.』
『Beginning Plavsky Particledispersal.』
『Field 7 “ruins”.』
『Please set your Gun-Pla.』
「では両者、ガンプラをセットしろ」
「はい!」
「承知しました」
アスカが
レナさんが
展開されたのは廃墟の街のフィールド。
古い街道の石畳。
その左右に和を感じる建物が並び、少し離れたところには竹林が広がっている。
遠くには山。
ところどころに小さな橋や石垣も見える。
「うわ……なんか時代劇のセットみたい」
『私の生まれ故郷にそっくりですね』
通信越しにレナさんの声が聞こえる。
「え、そうなんですか?」
『ええ。懐かしい気持ちになります』
「だいぶさびれているけどいいのかな……」。
そういっている間にシステムが出撃の合図を送る。
「シュトウ・アスカ!メイガスキャリバーン、行っきまーすッ!」
『ミカムラ・レナ、トモエガンダム。参りますッ!』
それぞれの機体が廃墟の街へ放たれた。
◇
「見つけた!いっけぇぇぇ!」
開始と同時。
メイガスキャリバーンが加速し、射撃可能な距離まで一気に踏み込む。
だが、対するトモエガンダムは動かない。
長大な薙刀を地面に立て、静かに直立している。
(
「当たれぇぇっ!」
メイガスキャリバーンがロッドライフルを構え打ち込む。
数発の閃光が一直線にトモエへ向かう。
(直撃もらい!)
「――!」
しかし。
トモエは、ナギナタを構える。
レナは細く息を吐き、
『―――、ハッ!』
「えーーーー!?噓ぉ!!」
『セイッ!ヤッ!』
次々、光弾が切り裂かれていく。
その動きには一切の迷いなく、一連の型の演舞のようだ。
「だったらこれなら!」
今度は横に加速しまばらに連射していく。
(切られちゃうなら、切られないように打ち込めば当たる!)
その瞬間トモエが踏み込み、加速する。
ナギナタを携え、弾丸の間を縫うように一歩一歩加速し近づいてくる。
だが――
「近づいてきているはずなのに!なんでッ!?」
間違いなく近づいてきているのに
「歩法だな」
「歩法?ハマノ様、それは一体.....?」
マシマがポカーンとした顔で尋ねる。
「速度を一定に見せていない。踏み込みの強弱と歩幅を変えて、相手の距離感を狂わせている」
「確か古武術の歩法の一種で瞬間的に移動できる動きのことでしたっけ?」
「そうだ、お前の言うような古武術でいう“瞬歩”に近い。アイツはそれをガンプラで行っている」
(膝の可動がかなりスムーズでないと不可能なのに.....なんて完成度の高さ.....!)
私は今になってトモエガンダムの完成度の高さを再認識していた。
「なるほど.....つまりとんでもない完成度ということですか!」
マシマさんはいまいちよくわかっていないようだが.....
◇
一切の無駄がない。
(……やばい、めっちゃ強いんだけど!)
額に冷や汗が出てくる。
メイガスのほうが推進力も高いはずなのに、地上を駆けるトモエが追いついてくる。
なら――
「メイガスの本気!見せてあげるッ!」
メイガスの足先を変形させハイマニューバモードに切り替える。
前までは関節が不安定だったために使えなかった高機動モードとなり、加速する。
見たところレナさんの機体には
であれば、近づかせずに打ち込み続ければ隙が生まれるはず!
おそらくアスカはロングレンジで攻めるつもりなんだろう。
その判断は、正直言って間違いだ。
確かに、あの薙刀の間合いへ入る必要はない。
アスカのメイガスはまだ全体の推力を考えていない構成の分、距離を稼ぐだけならかなり加速できる。
だけど、あの腰のパーツが予想通りならおそらく――
アスカは射撃を続けながら距離を取り続ける。
(距離の詰め方がわかりづらいけどこの距離なら!)
その時、トモエが一歩。
さらに一歩、急に
「――え?!」
そして――。
『参ります』
トモエが踏み込み、ナギナタをこちらへ投げてきた。
「うわっ!?」
アタシは慌てて機体を横へ振る。
刃先がバックパックの推進器を傷つける。
急に減速し機体に衝撃が来る。
「ッ!なんで!?」
そういった束の間、さっきまでなかったはずの弓をトモエが構える。
(――ッ!)
一矢。光の矢が左太ももをかすり焼いていく。
「痛ったぁ!まだ動けるけど。でも――」
なんで弓を構えているのか.....
そう思ったときにアタシは気づいてしまう。
(まさかあれって.....)
「あのパーツ、まさか弓の武装だったとは.....。素晴らしい!なんと優雅なウェポンラックだ!」
マシマがしきりにスマホに書き込みながら、感動している。
「私も最初、ノーベルガンダムがベースだからリボンとかだと思ってましたけど、まさかビームボウだなんて」
トモエガンダムの腰に付いていた飾りのような二尾のパーツ。
それ自体が、偽装になっていて換装しビームボウを展開できるようになっていた。
(違和感のない混ぜ方をしている.....。やっぱり、あの人滅茶苦茶上手い!)
そんな強者相手に、アスカに指示を出してしまいたくなる。
でも――
(「今日は、自分だけでやってみたいから。だから任せてよ」)
その言葉を思い出し見つめる事しかできなかった。
(レナさん.....!やっぱり、この人強い!)
想像していたよりもずっと。
本来であればアタシなんかより遥か高みの人なんだろう。
でも、アタシだってレイの傍で戦うなら、こんなところで止まってる場合じゃないッ――!
メイガスキャリバーンがライフルを構える。
推進器が一基不安定になった今、加速がだめでも稼いだ距離で撃ち合いならできる!
そう思ったとき、
『そこです』
「え?」
既に至近距離にいるトモエがナギナタを構え振りかぶる。
「――嘘ッ⁈」
とっさに加速して後退する。
「しまっ!?」
トモエのナギナタがライフルの銃口を両断する。
(手放す――?いや、これならまだ使える!)
幸いにも誘爆しなかったから、推進器は使えそうだが遠距離武装を失ってしまった。
アタシはビームサーベルを引き抜き後退しながら、トモエから逃げる。
右手に、推進器だけしか使えない
左手にはビームサーベル
対する相手はまだ無傷だ。
(……やっぱり、一人じゃまだ無理なのかな)
この前だって、レイがいた。
分からないことがあれば教えてくれた。
危ない時には助けてくれた。
今は、それがない。
(せっかく直したのに……また壊しちゃうのかな)
涙が出そうになる。
その時だった――
◇
「これは、なかなか厳しいな」
逃げるアスカを見て、店長が冷徹につぶやく。
横を見るとマシマさんも緊張なのか真っ青になっていた。
正直、私もアスカには
でも、
なぜか私はアスカならまだ勝てると信じていた。
確かに、アスカはまだ初心者だ。
でも、アスカが心のままに戦えれば誰よりも強くなれる。
この前の戦いも、アスカがきっかけで勝つ道筋ができたんだ。
なら、今アスカに必要なのは――!
◇
「アスカぁぁッ!! 負けんなァッ!!」
そんな声が聞こえた。
ふと声の方を見る。
レイが、観戦スペースから身を乗り出すようにして叫んでいた。
普段なら絶対に出さないような大声で。
「レイ……!」
アタシのことを応援してくれている。
アタシの
『こうしろ』とも、『ああしろ』とも言わない。
ただ――
アタシがまだ戦えるって――
まだ負けてないって――
信じてくれている。
だったら。
(……こんなところで泣いてらんない!)
まだ勝負はついてない。
メイガスだって動く。
だったら――。
(まだ……!)
機体を反転。
推進器の出力を上げる。
「まだだ――!」
消えかかっていた心に再び灯がともる。
「まだ終わってない――ッ!」
メイガスキャリバーンが一直線にトモエへ飛び込んだ。
◇
『――!』
ビームサーベルとナギナタがぶつかる。
火花。
「うぅぅぅぅッ!」
出力を上げる。
今度は退かない。
トモエがナギナタの柄を傾け、メイガスの力を横へ流す。
「わっ!?」
受け流された。
だけど――。
「まだぁッ!」
スラスターを吹かし、無理矢理機体を旋回。
再び突撃
今度は横から切りつける!
また鍔迫り合い。
『っ……!』
今までとは違う。
さっきまでは、どんな攻撃をしても一切崩れなかった。
なのに。
トモエが切り払い一歩、後ろへ下がった。
「……?」
ナギナタを立て直す。
その瞬間。
アタシは妙なことに気づいた。
トモエの動きはずっと綺麗だった。
踏み込む。
突く。
薙ぐ。
返す。
次へ移る。
全部が繋がっている。
まるで一つの長い動きみたいに。
でも――。
さっきから何度か。
その動きが途切れる瞬間がある。
アタシが無茶苦茶に突っ込んで、ちょうど次の動作へ移ろうとしたところでぶつかった時。
その時だけ。
レナさんは、鍔迫り合いを嫌がる。
(……なんで?)
もう一度。
突っ込む。
トモエがナギナタを振り下ろす。
避ける。
返しの薙ぎ。
その次――。
「今ッ!」
メイガスを突っ込ませる。
『……!』
また。
トモエの体勢が崩れた。
「やっぱり!」
機体推力じゃない。
武器の強さでもない。
レナさんが強いのは。
あの一つ一つの動きが全部繋がっているから。
だったら。
その繋がりを。
「途中で切っちゃえばいいんだ!」
◇
「……気づいたか」
思わず声が漏れた。
隣で店長が僅かに目を細める。
その言葉を聞いて私も確信する。
アスカはレナさんの技を理解したわけじゃない。
古武術の型なんて、たぶん何も知らない。
でも――
何度もぶつかって。
相手が嫌がった瞬間を覚えて。
そこから答えを出した。
(そうだよ、アスカ)
それでいい。
アスカは私みたいに全部を理解してから動く必要なんてない。
自分が感じたものを信じればいい。
それがアスカの一番の戦い方なんだから!
その時。
「む?」
隣でマシマさんのスマートフォンが震えた。
「またお友達ですか?」
「うむ。昨日の調査について何か――」
画面を見る。
「……?」
マシマさんの顔から、スゥーと血の気が引いていく。
「どうしました?」
「いや……待て、待て待て待て!」
指を滑らせる。
何かを読むたびに表情が変わっていく。
「ミカムラ……レナ……?」
小さく呟く。
「長野……地区大会……?」
「マシマさん?どうかされたんですか?」
「これは……」
その時。
アスカのメイガスが、再びトモエへ飛び込んだ。
◇
「今度こそ!」
トモエがナギナタを構える。
振り下ろしを避け、バリアブルロッドライフルをパージし手放す。
続く切り返しの一撃を、パージの反動を利用して避ける。
トモエが3撃目に入る。
この流れなら、その瞬間に多分隙ができる――!
「そこぉッ!」
残ったスラスターを全開にし、メイガスが、トモエの懐へ飛び込む。
「当たれぇッ!」
ビームサーベルで横に切り裂こうとし、ナギナタで無理やり受ける。
『――ッ!』
今まで崩れなかったナギナタの構えが、明確に乱れた。
「やっぱり!」
次の動きへ移る前。
そのわずかな一瞬。
レナさんの動きが、遅れる。
『なるほど……』
初めて。
レナさんが小さく笑った。
『私の“間”を狙っているのですね』
「“ま”? よく分かんないけど!」
(――でも!)
サーベルを押し返されたメイガスがもう一度突っ込む。
「そこなら嫌なんでしょ!」
『……!』
ビームサーベルとナギナタ。
その二つが衝突する。
トモエが後退する。
一歩。
また一歩と。
(初めてアタシが押してる!)
「これならいける!」
トモエが押し返すようにナギナタを横へ払う。
その横振りを待っていた。
押し返された反動を使い下にしゃがむように避ける。
その動きは、ガンダムがランバラルのグフを切った動きのように。
そのまま脇を抜ける。
「もらったぁぁぁッ!」
ビームサーベルを振り抜く。
『――!』
トモエが跳ねるようによけようとする。
そのトモエの腕装甲をビームサーベルが掠めた。
装甲が弾ける。
赤い破片が宙を舞った。
「やった!当たった!」
初めて、この戦いの中で――
ちゃんと当てた!
「レイ! 見た!?」
◇
「見てた!ナイス!」
思わず叫び返してしまう。
自分のことのようにうれしい気持ちになる。
その横で。
「――まずいッ!」
突然、マシマさんが声を上げた。
「え?」
「レイ君、これを!」
差し出されたスマートフォン。
画面には、ネットの掲示板が表示されていた。
924 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:18:24 ID:GoggX007
ミカムラ・レナ見つけた
925 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:18:31 ID:JudiZZ99
どこ
926 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:18:39 ID:GoggX007
長野の大会記録
927 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:18:46 ID:Roseeeee
待て
これ去年の中部地区優勝者じゃね?
928 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:18:51 ID:cuUC0080
信濃の鬼姫やん
929 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:18:58 ID:JudiZZ99
ファッ!?
930 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:19:04 ID:GoggX007
ミカムラ・レナ
トモエガンダム
中部地区優勝
……あっ
931 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:19:09 ID:Roseeeee
\(^o^)/オワタ
932 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:19:12 ID:cuUC0080
マシュマー今すぐ三戦目ちゃんに言え
933 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:19:18 ID:JudiZZ99
待て今日四戦目じゃね?
934 :HG名無しさん:20XX/04/XX 11:19:22 ID:GoggX007
そういう問題じゃねえ
「……信濃の」
画面から視線を上げる。
「鬼姫……?」
「アスカ君!」
マシマさんが叫びかける。
だが。
「黙っていろ」
店長が制した。
「しかしハマノ様!」
「外から余計な情報を与えるな」
「ですが相手は――!」
「だからどうした」
店長はバトルから目を離さない。
「肩書きを知ったところで、あの娘の腕が急に上がるわけではない」
「……!」
「それに」
アスカを見る。
「本人が一人で戦うと言ったのだろう?」
「……はい」
私も答える。
「だったら最後まで見届けろ」
「…………」
マシマさんが黙る。
私も。
スマートフォンの画面をもう一度見る。
信濃の鬼姫。
そんな相手に。
アスカは今。
何も知らずに食らいついている。
◇
「はぁぁぁッ!」
もう一度。
(さっきは出来たんだ!もう一度できるはず!)
メイガスが突っ込む。
突き。
返し。
薙ぎ。
(次は――!)
さっきと同じなら、ここに隙が生まれる。
「そこッ!」
次の隙を予測し、メイガスを飛び込ませる。
だがトモエは先ほどまでと違う動きをした。
『――甘いですよ』
「え?」
来るはずだった薙ぎが。
来ない。
トモエが途中で動きを止めた。
「うそっ!?」
型を。
途中で切った。
『一度見抜かれたものを、そのまま続けるほど』
トモエが一歩踏み込む。
『私も素直ではありません』
「わぁぁッ!?」
ナギナタの柄が腹部へ叩き込まれ跳ね上げさせられる。
でも。
「そう来るならぁッ!」
メイガスが空中で姿勢を整える。
地面へ着く前にスラスターを吹かす。
「今度はこれなら!」
『――!』
先ほどパージしたバリアブルロッドライフルを回収し、再び突撃に移る
狙うはトモエの懐。
今度は懐に入れないようレナさんが距離を取ろうとしている。
「逃がさない!」
銃口のないロッドライフル。
当然、銃としては使えない。
でも。
四基に灯がともり加速していく。
そして、推進器をたたみながら至近距離に潜り込み、
加速した勢いのままロッドライフルをハンマーのように右手で振り抜く。
「撃てないなら!」
推進力を乗せた一撃。
――ガァンッ!という大きな音が起こる。
『くっ……!』
ナギナタが大きく弾かれ、そのまま砕け散る。
「はああああああッ!」
大きく上体をそらしたトモエに対し、
勢いのままロッドライフルを捨て左手にもったビームサーベルを振りかぶる――
『――!』
レナさんが身体を捻り避けようとする。
でも。
避け切れはしない――!
ブオンというビームサーベルの音とともに、トモエの左腰部装甲が切り裂かれた。
さらに。
腰に取り付けられていたビームボウも一部がその余波で焼ける。
『――くッ!致し方ありませんッ!』
誘爆を警戒し、トモエからビームボウをパージされた次の瞬間、爆発した。
「やったぁッ!」
今度こそ。
大きな一撃。
腹部への損傷に主武装の破壊が2つ。
(アタシにしては大戦果だね!)
そんな中、トモエが距離を取る。
『……御見それいたしました。』
レナさんの声からは最初のような余裕が消えていた。
「へ?」
『――正直に申し上げますと』
トモエがゆっくりと構え直す。
『ここまで追い込まれるとは、思っておりませんでした』
「……!」
初めて、相手から褒められた。
「じゃあ……!」
勝てる?
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけだったが、そう思ってしまった。
でも。
レナさんは静かに続けた。
『だからこそ』
その声には怒りにも似た、強い厚みを感じた。
『こちらも、本気でお応えいたします』
「……え?」
トモエの額。
額当てのような装甲の一部がゆっくりと開いていく。
その奥から現れたのは――。
赤の半透明の二本の角。
「角……?」
鬼。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
トモエの各部から赤い光が溢れ出す。
肩。
腰。
脚。
まるで体中を巡る血が、一気に熱を帯びたみたいに。
『ノーベルガンダム.....。出力上昇.....。まさか.....!』
レイの声が微かに聞こえる。
トモエが腰のガーベラ・ストレートへ手を伸ばす。
鞘から刀身を抜く。
そして。
左手。
これまで一度も使っていなかったもう一つの刃無しの柄を握る。
光。
まるで赤い妖刀のようなビーム刃が姿を現す。
「まだ武器あるの!?」
レナさんは答えない。
ガーベラ・ストレートを右手。
ビーム刀を左手。
静かに構える。
全身から放たれている殺気のようなオーラに押しつぶされそうになる。
それまでの薙刀を使った優雅な姿とは違う。
今すぐ飛びかかってきそうな。
まるで――。
鬼。
『鬼武者モード――』
レナさんの声が鋭くなる。
『見 参!!』
「――!」
次の瞬間。
トモエの姿が消えた。
「……え?」
違う。
消えたんじゃない。
「速――」
とっさにビームサーベルで受ける。
「うわぁぁぁぁぁッ!?」
メイガスの腕への斬撃だった。
ギリギリで受けたはずなのに。
機体ごと吹き飛ばされる。
「な、なに今の!?」
(さっきまでの“綺麗な動き”じゃない……!)
着地するより先に。
トモエが目の前にいた。
「もう!?」
息をつかせない連撃。
「うわっ! ちょっ! 待っ!」
避ける。
受ける。
避ける。
そのすべてが次第に間に合わなくなる。
ついに肩装甲が切り飛ばされる。
「くぅッ!」
さっきまでと、何もかも違う。
歩法じゃない。
型でもない。
速さそのものが。
反応が。
力が。
全部。
「上がってる……!?」
◇
「これは……やっぱり.....。」
私はつぶやく
明らかに違う。
さっきまでのトモエとは別物だ。
一歩ごとの加速。
刀を振る速度。
姿勢制御。
全部が跳ね上がっている。
「店長」
「ああ」
店長も険しい顔で見ている。
「
「出力だけじゃない……反応まで上がってる」
マシマさんが息を飲む。
「これが……“鬼姫”……」
たぶん違う。
鬼姫と呼ばれたのは、この機体だけじゃない。
あの人自身が強いからだ。
でも。
その強い人が。
さらに機体性能まで引き上げたら――。
「アスカ……!」
言いたい。
逃げてって。
でも。
言わない。
言えない。
約束したから。
アスカが自分で戦うって。
だから。
「……頑張って」
それしか言えなかった。
◇
「はぁ……はぁ……!」
まずい。
さっきまでとは比べものにならない。
メイガスを全力で動かしてるのに。
追いつかれる。
「くっ!」
また斬撃が飛んでくる。
ビームサーベルで受け続けているが――
「重っ……!」
このままじゃ本当に、勝てない。
その時。
――バチッ。
「……?」
トモエの右膝。
一瞬だけ。
火花が散った。
(何.....今の……?)
でもトモエは止まらない。
(気のせい?攻撃の受けすぎで見間違えた.....?)
また加速。
「来る!」
感覚を頼りにかわす。
トモエが次の一撃を繰り出そうとした瞬間。
――ガギッ。
再びの音とともにトモエが僅かにぶれた。
そのズレで間一髪避け切れる。
「……?」
(まただ、またあの音がした。)
偶然?
違う。
再び一気に距離を詰めてくる。
アタシは傷つきながらも必死に攻撃を受け流し、避け続けていく。
トモエが踏み込む。
――バチッ!
今度は左脚。
(……やっぱりだ)
鬼武者モードになってから。
速くなったし強くもなっている。
でも――
「その機体……」
トモエが迫る。
「もしかして――」
アタシはギリギリで斬撃を避ける。
次の一撃のため踏み込んだトモエの膝からショートした光が走る。
「使えば使うほど、壊れてない!?」
『――?!』
トモエが膝をつく。
「やっぱり!」
まだ私にも勝機がある――!
◇
これまでどれだけ攻めても崩れなかった機体が、確かに動きを止めた。
鬼武者モードに入ってからだ。
反応速度も、踏み込みも、それまでとはまるで違う。
その代わり――機体の方が、その力についていけていない。
トモエの膝から、再び火花が散った。
(やっぱり、このモード……使えば使うほど機体に負担がかかってるんだ)
そのことに気づいた瞬間、思いついてしまう。
|このまま逃げ切れば、トモエの方が先に止まる《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
(それなら……勝てる?)
そう思った瞬間、アタシは反射的にメイガスを後退させていた。
少しだけ距離が開く。
レナさんはすぐには追ってこなかった。
右膝から小さく火花を散らしながら、トモエはその場で静かに片膝をついている。
先ほど切り裂いた腰の隙間からも、薄く煙が上がっていた。
やっぱりだ。
このまま逃げ続ければ――たぶん勝ててしまう。
「…………」
なのに。
アタシの手は、それ以上メイガスを下がらせなかった。
傷だらけの機体を見る。
切り飛ばされた肩。
焼けた脚。
何度も切りつけられはがれてしまった塗装。
昨日、自分の手で直したばかりなのに、もうこんなにボロボロだ。
それでも、まだ動く。
まだ戦える。
そして、目の前には。
今までアタシが戦った中で、一番強い人がいる。
「……そうだ」
思わず、声が漏れた。
「アタシ、逃げ切れるかどうか試しに来たんじゃない」
もう一度、トモエガンダムと向き合う。
「あたし一人で――どこまで戦えるのか、知りたくて来たんだ!」
◇
「……アスカ」
思わず、名前を呼んでいた。
今なら、距離を取れば勝てるかもしれない。
アスカ自身も、それに気づいているはずだ。
なのに。
メイガスキャリバーンは逃げなかった。
トモエへ向き直り、真正面から構えている。
合理的じゃない。
勝つことだけを考えるなら、おそらく間違った選択だ。
だけど――。
アスカなら、必ずそうする。
「……ほんと、アスカらしい」
隣で店長が、小さく鼻を鳴らした。
「愚直だな」
「……はい」
「だが」
店長はバトルフィールドから目を離さないまま、わずかに口元を緩めた。
「嫌いではない」
◇
『……ありがとうございます。』
レナさんの声が、静かに響く。
トモエガンダムがゆっくりと立ち上がった。
右膝から、また小さな火花が散る。
それでも構えは崩れない。
右手にはガーベラ・ストレート。
左手には、赤く光るビーム刀。
『それでは――私も』
二本の刃がゆっくりと持ち上がる。
『最後まで、正面からお相手いたします』
「……うん!」
怖い。
正直に言えば、ものすごく怖い。
鬼武者モードになってからのトモエは、それまでとはまるで別物だった。
動きは速いし、一撃は重い。
それに――。
(目が追いつかない)
右を見たと思ったら、次の瞬間には左から刃が飛んでくる。
一撃を避けたと思った時には、もう次の攻撃が始まっている。
それでも。
「行くよ、メイガス!」
残ったスラスターが唸りを上げる。
メイガスが、真正面からトモエへ飛び出した。
『いざ尋常に――!』
同時に、トモエも地を蹴る。
一瞬で距離が消えた。
「――ッ!」
(来る!)
右からのガーベラ・ストレート。
これまでよりも速い。
でも――見える。
(右なら!)
アタシは反射的にビームサーベルを構えかけて、すぐに止めた。
受けたらダメだ。
あの出力でまともにぶつかったら、今のメイガスじゃ押し切られる。
「だったら――!」
スラスターを噴かし滑り込む。
メイガスの身体が大きく流れた。
直後、ガーベラ・ストレートが、胸部装甲のすぐ前を通り過ぎる。
ほんの少し。
あと一歩遅ければ、間違いなく斬られていた。
でも。
避けた。
「――見えた!」
思わず声が出る。
避けられた。
鬼武者モードの一撃を。
レナさんの刀を。
アタシが。
ちゃんと――。
(避けた!)
そう思った。
その瞬間だった。
視界の端で、赤い光が動いた。
「……え?」
左。
そうだ。
そうだった。
トモエガンダムは――。
右手のガーベラ・ストレート。
そして。
左手の――。
『魔女、破れたり!』
「しまっ――!」
気づいた時には、もう遅かった。
赤いビーム刃が、メイガスの腹部を横一文字に薙ぐ。
一瞬。
何が起きたのか分からなかった。
状況を飲み込めないまま、無機質なシステム音声が、戦場に響いた。
――BATTLE ENDED――
「…………」
メイガスが動かない。
粒子の光が消えていく中で、トモエも静かに構えを解いていく。
「…………負けた?」
口に出し、やっと理解した。
「……負けちゃったんだ」
◇
決着がついた。
私は、いつの間にか強く握っていた拳をゆっくり開いた。
最後の一撃。
アスカは見切っていた。
ガーベラ・ストレートを。
きちんと避けた。
でも――。
その瞬間。
アスカの意識は、そこへ全部持っていかれていた。
「……経験の差だな」
店長が静かに呟く。
私は何も答えられなかった。
ただ、動かなくなったメイガスを見つめているアスカを見る。
悔しいはずだ。
でも不思議と、私は少しだけ嬉しかった。
アスカは最後まで、私に答えを聞かなかった。
自分で考えて。
自分で気づいて。
自分で選んで。
そして、自分の力だけで。
あそこまで行った。
◇
「……避けたと思ったのになぁ」
悔しい。
ものすごく悔しい。
あと少しだった気がする。
ほんの少しだけ。
『シュトウさん』
レナさんの声が聞こえた。
さっきまでの鋭さはない。
最初に会った時と同じ、穏やかな声だった。
「……はい」
『最後のあの動き。お見事でした』
「……でも、負けました」
『ええ、そうですね』
「うぅ……」
そこは少しくらい慰めてくれてもいいのに。
そんなことを思っていると、レナさんは続けた。
『ですが、一刀目を見切ったこと自体は、本当に見事でした』
「……一刀目?」
『はい』
トモエの左手に握られたビーム刀。
レナさんの視線が、そこへ落ちる。
『ただ――一刀目を避けた瞬間、あなたの意識がそちらへ集中しました』
「……!」
『二本目を忘れていたわけではないのでしょう?』
「…………」
忘れていたわけじゃない。
鬼武者モードになった時から、二本持っているのは分かっていた。
見えていた。
なのに。
ガーベラ・ストレートを避けた瞬間。
(避けた!)
それだけで頭がいっぱいになった。
そこで、攻撃が終わったと思ってしまった。
『戦場では、一つを凌いだ瞬間に、次の一撃が始まっていることもあります』
「……はい」
図星だった。
『ですが』
レナさんが、ほんの少し微笑む。
『それは、経験すれば覚えられることです』
「……!」
経験。
今のアタシに、一番足りないもの。
「……そっか」
だったら、覚えればいい。
今日のことを。
この負けを。
次に同じことをしなければいい。
次は勝てるように――
互いの戦いをたたえ、レナさんがトモエを回収しようとしたとき
――パキッ!!
そんな音とともに、トモエガンダムの膝関節にひびが入った。
「限界だな」
「限界……?」
「鬼武者モードの負荷に、機体が耐え切れなかったらしい」
「…………」
アタシは、トモエを見る。
『シュトウさん』
「はい」
レナさんが少し悔しそうに話す。
『あと数秒でした』
「……え?」
『あと数秒、あなたが耐えていれば――』
膝をついたトモエを見る。
『こちらが先に止まっていました』
「…………」
あと数秒。
それだけだった。
『ですが』
レナさんの声が、少しだけ引き締まる。
『その数秒を与えないのも、戦いです』
「…………」
悔しい。
でも。
今度はちゃんと分かった。
アタシは負けた。
偶然でも。
機体の差だけでも。
運が悪かったわけでもない。
レナさんは最後の数秒を。
アタシにくれなかった。
だから、負けた。
「……じゃあ」
レナさんを見る。
「次は――その数秒、絶対にもらいます!」
一瞬。
レナさんが目を丸くした。
そして。
柔らかく笑った。
『はい』
トモエガンダムを、大切そうに両手で持ち上げる。
『楽しみにしております』
こうして、アタシの初めてのシングルバトルは、悔しさと――次こそは、という気持ちを残して終わった。
◇
レナさんが先に帰った後、レイが話しかけてくれた。
「お疲れ様、アスカ」
「お疲れ~、ほんとめっちゃ悔しい~!」
少し涙が出そうになるのを堪える。
「少なくとも、“一人じゃ何もできない”は違ったね」
「……ほんと?」
「うん。最後まで」
「――ッ、ありがと!次はもっとうまくなってリベンジしてやるッ!」
(まぁ、衝撃的過ぎて、……これは、しばらく夢に出そう。)
そんなこんなで、レイと話しながらバトル室から出ると、
「アスカ君!」
聞き慣れた大声が、アタシを呼んだ。
「あ、マシマさん!どうしたんですか~?」
「実は君の対戦相手だが!」
マシマさんがスマートフォンを握りしめ、こちらを見つめてくる。
「我が同志たちの調査によって判明した!彼女こそ昨年の中部地区を制した――」
大きく息を吸う。
「“信濃の鬼姫”、ミカムラ・レナ君だったのだ!」
「…………」
「…………」
しばらく黙る。
「……マシマさん」
「なんだ!」
「もう終わった後ですよ!」
「俺も今知ったのだ!」
「それを今言われても意味ないですってば!」
「だが情報は情報だぞ!」
「試合前に欲しかったです!」
「喧しいッ!」
店長の怒鳴り声。
「「はい!」」
二人揃って背筋を伸ばす。
隣を見る。
レイが、肩を震わせていた。
「……レイ?」
「…………」
「笑ってる?」
「……ちょっと」
「ちょっとじゃないでしょ!」
「だって……」
とうとうレイが吹き出す。
「負けた直後なのに、もういつものアスカだから」
「それとこれとは別!」
悔しい。
本当に。
めちゃくちゃ悔しい。
手の中のメイガスキャリバーンを見る。
昨日直したばかりなのに。
もう傷だらけだ。
「……また修理かぁ」
思わずため息が漏れる。
すると、隣からレイの声。
「今度は全部自分で、だったよね?」
「…………」
そうだった。
「レイぃぃぃぃぃぃ!たすけてぇぇぇぇ!」
「約束したでしょ」
「手伝ってよぉぉぉ!」
店の中に。
また笑い声が響いた。
――次回予告――
敗北の先で、次を見つめるアスカ。
傷ついた機体を前に、それでも楽しそうに手を動かす姿を、レイはただ見つめていた。
作ること。
戦うこと。
誰かと同じ場所にいること。
一度は手放したはずのものが、少しずつ彼女の日常へ戻り始める。
ガンプラバトル部から届く、新たな誘い。
そして模型店に現れる、技術中尉と呼ばれる男。
新しい機体を求める者。
もう一度、自分の居場所を選ぼうとする者。
二つの想いが重なる時、まだ見えない翼が静かに形を取り始める。
次回、ガンダムビルドファイターズ STARS
第5話「目覚める翼」
その翼は、誰を次の空へ連れていくのか――ガンプラ!