ガンダムビルドファイターズ STARS   作:JOE596

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前編からの続きになります。
だいぶ長くなりました。


第6話『星の落ちる日』後編

バトルシステムの粒子が高まり、周囲の景色が白い光に包まれていく。

次に視界が開けた時、Gシリウスは広大な宇宙空間へ放り出されていた。

 

「……ここか」

正面に浮かんでいる巨大な岩塊を見て、私は思わず呟いた。

見覚えがある、なんてものじゃない。

ガンダムを知っている人間なら、まず間違えようがない。

「アクシズ……」

よりにもよって、『逆襲のシャア』の時代を再現した宇宙ステージだった。

ランダム選択とはいえ、さっきまで赤い服を着たシヤと散々言い合っていた直後にこれを引くあたり、妙な悪意すら感じる。

そんなことを考えている間に、少し離れた宙域へ赤い機体が出現した。

ルベリオン

実物を目にした時にも大きいと思ったバックパックは、こうして宇宙空間で見るとさらに存在感がある。

重そう。

まずそう思うのに、向こうのシヤにはまったく気負った様子がなかった。

通信ウインドウが開く。

『準備はいいかい、レイ?』

「いつでも」

『それでは――始めよう!』

バトル開始を告げる表示が消えるより早く、ルベリオンが動いた。

「速い……!」

ただ加速が鋭いだけじゃない。

大きなバックパックを背負っているにもかかわらず、姿勢を変えた瞬間の反応が異様に軽い。推力で無理やり重量を押し切っているというより、最初から機体全体がその装備を前提に調整されているように見えた。

それでも、速いだけなら対処できる。

私はルベリオンの機体姿勢とスラスターの向き、それにライフルの銃口を同時に追った。

進行方向を読む。

動き出しを拾う。

そこから次に来る位置へ、先に照準を置く。

――はずだった。

私が射線を作った場所へ、ルベリオンは来なかった。

 

「……!」

一瞬見失った赤い機体は、すでにGシリウスの頭上へ回り込んでいた。

振り下ろされたビームサーベルへ咄嗟にシールドを差し込み、赤い刃を受け止める。激しい火花が視界を横切り、衝撃でGシリウスの姿勢が崩された。

このまま押し込んでくる。

そう判断してこちらも推力を上げたのに、シヤは刃が触れた直後にはもう力を抜いていた。

ルベリオンがするりと距離を外す。

なら、次は射撃。

私がそう判断してシールドを構え直した時には、赤い機体はもうこちらへ戻ってきていた。

「また!?」

サーベルを避けながらショートビームライフルを撃ち返す。

ルベリオンは機体を捻って射線を外し、その勢いのまま距離を取った。

今度こそ射撃へ移る。

そう思った直後、ルベリオンは加速を止め、慣性を殺すように姿勢を変えた。そこから横へ抜けるかと思えば、私が銃口を向けた瞬間にはもう反対側へ軌道を変えている。

「何なの、その動き……!」

接近したかと思えば離れ、射撃戦に移ったと思えばすぐにサーベルの間合いへ戻ってくる。

高機動戦を仕掛けているように見えて、不意に速度を殺してこちらの照準だけを空振りさせる。

何でも出来るというだけじゃない。

この人は、最初から一つの戦い方へ落ち着くつもりがない。

「近づくのか離れるのか、どっちなの!」

『どちらかに決める必要があるのかい?』

「普通は機体の得意な距離くらいあるでしょ!」

『それを決めれば――』

ルベリオンが機体を傾ける。

私はその姿勢から進路を読んで、先回りするようにライフルを向けた。

けれど、こちらの銃口が動く途中で、シヤはまるで思いつきを変えたように機体の軌道そのものを切り替えた。

『君に読まれる』

「――っ!」

フェイントだったようには見えなかった。

最初から私の反応を誘っていたわけでもない。

本当にその瞬間まではそちらへ行くつもりで、別の方が良いと思ったから変えた。

そんな動きだった。

『私を型にはめたいようだけど、残念ながらそんなに扱いやすい人間じゃないよ』

「……十分分かった!」

返事と同時にライフルを撃つ。

当然のようにかわされた。

本当にやりづらい。

私はルベリオンの攻撃をかわしながら、これまでに見た動きを頭の中で繋ぎ直していく。

個々の動作だけなら、知らないものじゃない。

急制動からの切り返しも、高速で距離を詰めてからの近接戦も、射撃で相手を動かして次へ繋ぐ戦い方も、過去の映像や訓練でいくらでも見てきた。

問題は、その繋がり方だった。

シヤは一つの型から次の型へ移行しているわけじゃない。

その瞬間、その瞬間で最も良いと思ったものを選び、迷わず実行している。

だから、前の動きから次を予測しようとしても当たらない。

「……やりづらい!」

思わず口から漏れた。

『そう?』

「いちいち戦い方変えないでよ!」

『敵に注文をつけるのかい?』

「分析しづらいの!」

言ってから、しまったと思った。

シヤの口元が上がる。

『なるほど』

「……何」

『君は、相手を理解するのが速い』

話しながらもルベリオンは止まらない。

真正面から踏み込んできた赤い機体のサーベルをシールドで受け流すと、その死角から返す刃が迫ってくる。私はGシリウスを後退させて紙一重でかわし、そのままライフルの銃身を使って次の斬撃を逸らした。

「それの何が悪い!」

『悪いとは言っていない。ただ――』

ルベリオンの刃がシールドを滑り、火花を散らす。

『理解するのが速い分、決めつけるのも速いようだ』

「……何が言いたいの!」

『さっきの彼女のことだよ』

胸の奥で、ようやく静まりかけていたものがまた熱を持った。

「アスカを持ち出さないで!」

『持ち出したのは君だろう?』

「アンタがあんな言い方したからでしょ!」

『私は彼女を弱いとは言っていない』

「でも、そう聞こえた!」

『だから、それは君がそう受け取っただけだ』

また腹が立つ。

それでも、今は戦う前とは違った。

怒っているだけでは、この人には勝てない。

私は短く息を吐き、ルベリオンへ意識を戻した。

次の動きを読む。

――それ自体が違う。

シヤ自身が、その瞬間になるまで次を決めていないのなら、予測の精度をどれだけ上げても追いかけ続けるだけになる。

 

だったら。

こちらから、選べる動きを減らせばいい。

私はシールドに仕込んでいた小型ミサイルを射出した。

狙ったのはルベリオンそのものじゃない。

機体の周囲。

回避に使える空間だった。

複数のミサイルが広がりながら迫り、ルベリオンが自由に動ける範囲を削っていく。

初めて、シヤの青い瞳が僅かに見開かれた。

避けられる場所は、まだある。

でも、その場所を選ぶことだけは分かる。

私はそこへショートビームライフルを向けた。

「そこ!」

ミサイルの間を抜けたルベリオンへビームを撃ち込む。

シヤは咄嗟に機体を捻り、直撃だけは避けた。

でも、それで十分だった。

かわすために選ばされた軌道は、すでに私の想定の中にある。

続けて放ったビームが、ルベリオンの背部を捉えた。

大型バックパックを覆っていた装甲の一部が弾け飛び、赤い破片が宇宙空間へ散っていく。

「――捉えた!」

ようやく当てた。

ルベリオンが僅かに姿勢を崩す。

その向こうで。

シヤが笑った。

「……何で笑うの?」

『ふっ……あははっ!』

今までの、どこか格好をつけたような笑い方じゃない。

心の底から嬉しそうだった。

『やるじゃないか!』

「当てられて喜ぶ人、初めて見た!」

『だって、これなら使えそうだからね!』

「……?」

何の話だろう。

そう思った直後、ルベリオンの背部から小さな駆動音が響いた。

私が攻撃を当てた大型バックパックの外装が、固定を解除するように動き始める。

左右の装甲が開いた。

その内側から現れたものを見た瞬間、意味を理解する。

「ファンネル……!」

『そう!』

シヤの声が、明らかに一段高くなった。

『やっと完成したんだ!』

「完成?」

『前から組んではいたんだけどね。完成が間に合わなくて、ずっと使えなかった』

それがいつの話なのか、私には分からない。

でも。

今のシヤの顔を見ていれば、それ以上は聞かなくてもよかった。

新しく作った装備を、ようやく実戦で使える。

ただそれだけのことが、嬉しくて仕方ないんだ。

余裕たっぷりに見えていたさっきまでとは違う。

今のシヤは、新しいガンプラを完成させた時のアスカとほとんど変わらなかった。

『ずっと試したかったんだ』

六基のファンネルが、ルベリオンの周囲へ次々と浮かび上がっていく。

シヤは満面の笑みを浮かべた。

『せっかく出来たんだ。使わない手はないだろう?』

六つの端末がそれぞれ別の軌道へ散っていく。

そして。

『──行け、ファンネルッ!』

六つの光が、宇宙空間へ放たれた。

「多っ……!」

いきなり全機が正面から撃ってくるわけじゃない。

こちらの視界へ残るもの。

大きく側面へ回るもの。

Gシリウスの上方へ抜けて、死角へ潜ろうとするもの。

それぞれが違う角度から距離を変え、こちらを包み込むように配置されていく。

ビームの光が走った。

私はGシリウスを滑らせて射線を外す。

その回避先へ別の光が伸び、さらに機体を捻って逃れる。

三方向から重なった射線の一つだけはかわし切れず、シールドで受けた。表面でビームが弾け、白い光が視界を染める。

けれど、そこへ意識を取られた瞬間。

真正面から赤い機体が飛び込んできた。

「ファンネル出して自分まで来るの!?」

『ファンネルに任せて逃げ回れと?』

ルベリオンのビームサーベルが振り下ろされる。

私はシールドを割り込ませ、その刃を受け止めた。

『そんな情けない戦い方で君に勝っても意味がない!』

「いちいち言うことが大げさなのよ!」

『君ほどではないさ!』

「どこが!」

ルベリオンへ意識を向ければ、ファンネルが死角へ潜る。

ファンネルを追えば、本体がすぐにサーベルの間合いまで踏み込んでくる。

すべてを同時に見ようとした一瞬の遅れを突かれ、肩装甲をビームが掠めた。

「くっ……!」

このままでは、少しずつ削られる。

六基のファンネルへ、Gシリウス本体だけで対応し続けるには手数が足りない。

 

――いや。

 

ある。

 

私の意識は、自然とGシリウスの首元へ向いていた。

左右に取り付けられた二つのユニット。

今まで一度も、人前で使ったことはない。

出来ることなら、まだ見せたくなかった。

切り札は、知られていないからこそ切り札になる。

 

でも。

 

隠したまま負けるくらいなら。

「……冗談」

私は操作を切り替えた。

Gシリウスの首元に装着されていた左右のユニットが本体から離れ、機体の傍らへ浮かび上がる。

通信越しに、シヤの眉が上がった。

『何?』

私は二基へ制御を移した。

「Gシリウスは伊達じゃない! 行け! フィンビット!」

二基のフィンビットが加速する。

『二つで私の六つを相手にするつもりか?』

シヤは驚くどころか、むしろさらに楽しそうに笑った。

『正気かい?』

「全部止める必要なんてない!」

私はフィンビットを左右へ広げながら、Gシリウス本体の照準をルベリオンへ向けた。

「アンタを落とせば終わりでしょ!」

『いい答えだ!』

六基のファンネルが一斉に動き出す。

数でまともに張り合えば負ける。

だから、最初から六対二の勝負なんてしない。

Gシリウスとフィンビットを別々の駒として動かし、シヤの注意と射線を分散させる。

こちらへ突っ込んできたファンネルへフィンビットをぶつけると、互いのビームが交差した。相手が射線を避けようと軌道を外した瞬間、その逃げ先へフィンビットを滑り込ませる。

こちらのビームがわずかに早く機体を捉え、最初のファンネルが爆発した。

それを見届ける間もなく、別の一基がGシリウスの側面へ回り込んでくる。

私はライフルを直接そちらへ向けず、もう一方のフィンビットで退路を限定した。

ファンネルが射線を嫌って進路を変える。

その先へ、本体のショートビームライフルを重ねた。

ビームが直撃し、もう一つの光点が消える。

これでルベリオンの周囲に残るファンネルは四基。

こちらのフィンビットは、まだ二基とも生きている。

『なら見せてもらおう!』

シヤの声と同時に、残ったファンネルの配置が大きく変わった。

『君がそこまで信じる、その機体の力を!』

四基が一度距離を取り、Gシリウスを包むように広がる。

さっきまでのように個別で攻めるつもりじゃない。

逃げ道そのものを重ねて潰してくる。

私はGシリウスを沈ませるように降下させ、迫る射線の一つへフィンビットを割り込ませた。

別方向から来る攻撃は本体を捻ってかわし、さらにもう一基へもう片方のフィンビットを向かわせる。

その瞬間。

シヤの狙いに気づいた。

攻撃目標が、Gシリウスからフィンビットへ変わっている。

二基のファンネルが、片方のフィンビットだけを挟み込むように動いた。

私は即座に退避させる。

けれど、逃げた先へもう一つの射線が重なった。

避けるたびに狭くなる進路。

最後には、逃げられる場所そのものがなくなる。

「戻れ!」

フィンビットを本体側へ引こうとした時には、もう遅かった。

交差したビームの一本が機体を捉え、白い光の中でフィンビットが砕ける。

「……っ!」

これで、こちらは一基。

向こうには四基。

数の差はむしろ広がった。

それでも、今のでシヤは二基のファンネルをフィンビット狩りへ回していた。

その間だけ、別の一基が孤立している。

逃すつもりはない。

私は残ったフィンビットを一気にそこへ食いつかせた。

ファンネルは距離を取ろうと軌道を変えるが、追撃を続けることで逃げられる方向を少しずつ狭めていく。無理に直撃を狙わず、射線そのものを壁にして進路を限定する。

そして、逃げられる空間が一つになったところで照準を合わせた。

フィンビットのビームがファンネルを貫く。

爆発が消えた時、シヤのファンネルは三基まで減っていた。

こちらに残っているフィンビットは、一基。

その時だった。

それまで店内に流れていたBGMが、不意に途切れた。

 

      ◇

 

レジには、いつの間にかちょっとした列が出来ていた。

「ありがとうございました!」

ミネハは商品を袋へ入れて客へ渡すと、休む暇もなく次の商品へ手を伸ばした。

ゴールデンウィークということもあり、普段より明らかに客が多い。それにバトルスペースで始まったライブ配信の影響なのか、買い物をしながらモニターを気にしている客も少なくなかった。

そんな中、さっきまで店内に流れていた音楽が突然途切れた。

「あれ?」

急に静かになったせいで、レジ周りの話し声やバトルシステムの駆動音が妙に大きく聞こえる。

観戦していた客の何人かも、何事かと天井のスピーカーを見上げていた。

ミネハはレジ横に置かれている店内BGM用のタブレットへ目を向ける。

店長は奥にいる。

マシマは配信とバトルシステムの管理で手が離せそうにない。

しかも後ろには、まだ会計を待っている客がいる。

(早く何か流さなきゃ)

プレイリストを開くと、画面にはいくつものタイトルが並んだ。

けれど、ガンダムシリーズにそこまで詳しくないミネハには、それがどの作品のどんな曲なのか、ほとんど分からない。

一つずつ確認している時間もなかった。

「……これかな?」

目についたプレイリストを選び、そのまま再生する。

少し遅れて、店内のスピーカーからイントロが流れ始めた。

「よし」

少なくとも、ミネハには普通に格好いい曲に聞こえた。

問題が解決したと思い、そのまま次の客へ向き直る。

「お待たせしました!」

ところが。

バトルを見ていた客の一人が、ゆっくりスピーカーの方を振り返った。

「…………え?」

別の客まで顔を上げる。

「おい」

「……これ」

「?」

ミネハは首を傾げた。

「何ですか?」

その頃。

バトルシステムの前にいたマシマも、ようやく店内BGMへ意識を向けた。

耳を澄ませる。

そして、モニターを見る。

巨大なアクシズ。

その前で戦う、赤いルベリオンと白いGシリウス。

ついさっきまでファンネルとフィンビットが飛び交っていた。

数秒間。

マシマの動きが止まった。

「…………」

そして。

「何故だぁぁぁぁぁっ!?」

「ひゃあっ!?」

突然の絶叫に、ミネハが飛び上がる。

「な、何ですか!?」

「何故よりによって今これを流したぁぁぁ!」

「え!?何です!?何の曲なんですか!?」

「『逆襲のシャア』だ!」

「えっ」

ミネハは慌ててバトルモニターへ目を向けた。

赤い機体と白い機体が、巨大なアクシズを背景に戦っている。

けれど、そもそも元ネタをほとんど知らないミネハには、何がそこまで問題なのか分からない。

「……そんなにまずいんですか?」

近くで観戦していた客たちが、揃って頷いた。

「まずい」

「出来すぎ」

「事故として完璧すぎる」

「なんで!?」

 

      ◇

 

店内に流れ始めたイントロが耳へ届いた瞬間、私は危うく操作の手を止めそうになった。

聞き覚えがある、なんて程度じゃない。

幼い頃から何度も見返してきたこの曲(このフレーズ)を、間違えるはずがなかった。

よりにもよって、この状況で。

巨大なアクシズを背景に、赤いルベリオンと白いGシリウスが戦っている。そこへファンネルとフィンビットまで飛び交ったあとで、この曲まで流れ始めた。

偶然だとしても、さすがに出来すぎている。

一瞬だけ、ルベリオンの動きも鈍った。

シヤも気づいたらしい。

「……これ」

思わず漏れた声に、通信の向こうでシヤが僅かに耳を澄ませた。

『……知っている曲だね』

それだけ言うと、口元が少し緩む。

「笑ってる場合じゃないでしょ!」

『君も随分余裕がありそうじゃないか』

「誰のせいだと思ってるの!」

ほんの僅かなやり取りの間にも、戦いは止まってくれない。

シヤがコントローラーを握り直した瞬間、残っていた三基のファンネルが再び距離を広げた。

私も意識を切り替える。

笑っている場合じゃない。

残されたフィンビットは、一基しかない。

ファンネルの一つが、フィンビットへ意識を向けさせるように前へ出る。その間に、他の二基がGシリウス本体を包み込むように位置を変えていた。

囮なのは分かる。

それでも、正面の一基を通せば本体へ射線を作られる。

私はフィンビットへ迎撃を任せながら、Gシリウス自身は包囲から外れるように高度を変えた。

互いにビームを撃ち合いながら、フィンビットとファンネルが何度も軌道を変える。

相手を追いかけているように見えて、実際には少しずつ逃げられる方向を削っていく。

やがてファンネルが、残された空間へ滑り込んだ。

そこなら。

「そこ!」

フィンビットのビームが直撃した。

爆発が消え、ルベリオンのファンネルは二基になる。

けれど。

その撃墜自体が、シヤの狙いだった。

フィンビットが相手へ食いついている間に、別のファンネルが死角へ回り込んでいた。

気づいた時には、複数の射線がこちらの逃げ道へ重なり始めている。

私はフィンビットを急旋回させて最初の射撃を逃がし、そのまま角度を変えて追撃もかわした。

しかし、二度の回避で進める方向はほとんど決まってしまう。

ならその先へ。

シヤはもう次の照準を置いていた。

 

「戻れ!」

フィンビットを引こうとした瞬間。

ビームが機体を貫いた。

最後の一基が光の中で砕け散る。

 

これで。

こちらの遠隔兵器はすべて失った。

ルベリオンには、まだ二基のファンネルが残っている。

『これで君の切り札はなくなった!』

「だから何!」

『まだ続けるつもりか!』

「当たり前でしょ!」

二基のファンネルが、今度はGシリウス本体だけを狙って動き始める。

片方が正面へ意識を向けさせる一方、もう一方は側面へ回り込み、こちらが逃げられる方向を削ってくる。

同時に相手をする必要はない。

片方を動かせば、その先は読める。

私は正面から伸びてきたビームをかわしながら、側面のファンネルへ直接当てるのではなく、その前を塞ぐようにライフルを撃った。

ファンネルが射線を嫌って軌道を外す。

そこが狙いだった。

『君は、自分の力を無駄に消耗していることに気づかないのか!』

「無駄かどうかなんて――」

逃げた先へ銃口を追わせる。

「やってみなければ分からないでしょ!」

ショートビームライフルの光が、回避を終えたファンネルを捉えた。

爆発が消える。

残るのは、一基。

シヤが僅かに目を見開いた。

でも、すぐに楽しそうな笑みへ戻る。

『そういうところは嫌いじゃない!』

「私はまだ嫌い!」

『まだ?』

「今そこ拾う!?」

『君が言ったんだろう!』

「言葉の綾!」

本当に腹が立つ。

それなのに。

戦う前とは違った。

この人が次に何をしてくるのか。

それを考えている自分が、悔しいくらい楽しい。

最後のファンネルがGシリウスの周囲を旋回している。

数を失った分だけ守りへ入るのかと思えば、シヤは逆にルベリオン本体を前へ出してきた。

この人には、武装が減ったから戦い方も狭まるという感覚がないらしい。

残っているものだけで、また別の戦い方を作ればいい。

そんな風に見える。

私はシールドに残っていたスモークを展開する。

白い煙がGシリウスを包み、こちらの位置を隠す。

普通なら、一度距離を取る。

見えない敵へ不用意に踏み込むより、位置を確認する方が安全だからだ。

 

でも。

シヤは多分、そうしない。

ここまで戦って、ようやく一つだけ分かってきた。

この人は安全な正解を探す人じゃない。

面白いと思った方へ、迷う前に飛び込んでくる。

その予感が形になるより早く。

煙の中へ赤い機体が突っ込んできた。

「来た!」

『君なら待っていると思ったよ!』

「アンタほんっと……!」

ルベリオンのサーベルをシールドで受け止める。

激突の衝撃でスモークが大きく揺れ、赤い機体の姿が目の前へ浮かび上がった。

『君が考えすぎるんだ!』

「考えなきゃ戦えないでしょ!」

『考えるなとは言っていない!』

鍔迫り合いからシヤが離れる。

追うべきか。

そう考えた瞬間。

最後のファンネルが、すでにGシリウスの背後へ回り込んでいた。

正面にはルベリオン。

死角にはファンネル。

どちらか一方へ意識を寄せれば、もう一方に撃たれる。

そこへ、シヤの声が飛んできた。

『君はいつまで、彼女の代わりに怒っているつもりなんだ!』

「……何?」

『彼女は君に、怒ってくれと頼んだのか!』

一瞬だけ言葉に詰まった。

頼まれてはいない。

むしろアスカは、最初から私を止めようとしていた。

それくらい分かっている。

『君が自分で怒って、君が自分で私を悪者にした!』

サーベル同士が激突し、赤と白の光が弾ける。

『それを彼女のためだと言えば、自分の感情まで全部正しくなるのか!』

「ふざけないで!」

私はシールドごとルベリオンを押し返した。

「アンタに何が分かる!」

『分からない!』

迷いのない即答だった。

その一言だけは、予想していなかった。

『だから戦っている!』

「戦えば全部分かると思ってるの!?」

『言葉だけで全部分かると思っているよりはましだ!』

「極端すぎる!」

『君に言われたくない!』

 

本当に、いちいち腹が立つ。

その間にも、最後のファンネルは背後から射線を作っている。

目の前にはルベリオン。

背中にはファンネル。

どちらかへ逃げれば、もう片方へ背中を向けることになる。

だったら。

両方を相手にしなければいい。

私はルベリオンを押し返すと、シールドを握った腕を大きく振り抜いた。

「――これで!」

『何!?』

投げ放ったシールドが、背後へ回り込んでいたファンネルへ向かっていく。

同時に、内蔵していた小型ミサイルをすべて解放した。

ファンネルが迎撃のビームを放つ。

その光がシールドへぶつかった瞬間、周囲へ広がったミサイルが一斉に爆発した。

閃光がGシリウスの背後を埋め尽くす。

私は爆風から逃れるようにルベリオンの横を抜け、そのまま距離を取った。

やがて光が収まる。

最後のファンネルは、どこにもいなかった。

六基すべてを落とした。

 

その代わり。

こちらもフィンビット二基を失い、今の攻撃でシールドまで手放した。

最後のファンネルが爆発の中へ消えた瞬間、戦場を飛び交っていた無数の射線が嘘のように途絶えた。

私は反射的にレーダーを確認し、敵性反応がルベリオン本体だけになったことを確かめる。

こちらに残っているのも、Gシリウスとビームサーベルだけだ。

見るべき相手は、一機になった。

それなのに。

少しも楽になった気がしない。

むしろ余計なものがなくなったせいで、今度こそ真正面からシヤ自身と向き合わされている。

そんな感じがした。

ルベリオンも腰からビームサーベルを抜き、黄色い刃を伸ばす。

『これで、互いに邪魔は入らないね』

「自分で飛ばしてたファンネルを邪魔扱いしないでよ」

『そういう意味じゃない!』

「だったら言い方考えて!」

『君は本当にそこへ厳しいな!』

思わず、少しだけ笑いそうになる。

でも。

シヤが黄色い刃を正面へ構えた瞬間、その空気は消えた。

私もビームサーベルを振り抜き赤い刃が灯る。

 

「行くよ」

『来なよ』

二機は、ほとんど同時に加速した。

赤と白の機体が真正面から距離を詰め、二本のビームサーベルが激突する。

最初の斬撃を受け流したところへ、間髪を入れず返す刃が来る。

私はGシリウスを半身にずらし、その刃を肩先すれすれでかわしながら踏み込んだ。返す勢いで白いサーベルを横薙ぎに振るが、ルベリオンは上体を反らして紙一重で避ける。

『やるじゃないか!』

「戦いながら褒めないでよ!」

『良いものを良いと言って何が悪い!』

シヤは避けた姿勢からすぐに機体を戻し、今度は真正面から刃を押し込んできた。

私はそれを受け止め、そのまま鍔迫り合いへ持ち込む。

ファンネルもない。

フィンビットもない。

純粋な操作だけなら、押し負けるつもりはない。

 

そう考えてGシリウスへさらに力を掛けた瞬間、サーベル越しに伝わっていた抵抗が突然消えた。

 

「え――」

押し返すつもりで前へ掛けた力が、そのままGシリウス自身の体勢を崩す。

しまった。

シヤは最初から力比べをする気なんてなかった。

私が押し込む瞬間を待って、わざと抵抗を抜いたんだ。

Gシリウスの重心が前へ流れる。

そこへ、ルベリオンが身体を回し、赤い脚部を脇腹へ叩き込んだ。

「っ!」

大きな衝撃を受け、Gシリウスが横へ吹き飛ばされる。

『君は答えを出すのが速い!』

シヤの声と一緒に、ルベリオンが追ってくる。

「だったら何!」

私は姿勢を戻し、振り下ろされた黄色い刃をビームサーベルで受け止めた。

『答えが出たなら、私はその次へ行けばいい!』

「ほんっと性格悪い!」

『今更だろう?』

「自覚あるんだ!」

サーベルを押し返し、互いの距離が僅かに開く。

 

私はそのまま逃げなかった。

今までずっと。

私はシヤの動きに答えを探していた。

相手が接近してくれば、その対処を。

射撃へ切り替えれば、その対処を。

速度を変えれば、それに合った答えを。

そして私は、それをかなり速く見つけられる。

 

でも。

シヤは私が見つけた答えを壊しているわけじゃない。

 

違う。

私が答えへ辿り着く頃には。

この人はもう、次の問いを作っている。

だから追いつけない。

 

なら。

追いかけるだけじゃ駄目だ。

ルベリオンが進路を変える。

私はその動きを最後まで見届けず、シヤが選べる空間そのものへGシリウスを滑り込ませた。

相手の次を当てるんじゃない。

次に選べるものを減らす。

その発想へ切り替えた瞬間。

 

初めて。

シヤの声から余裕が消えた。

私が振り上げたビームサーベルが、ルベリオンの肩装甲すれすれを通過する。

当たらない。

それでも。

今までとは違う。

偶然じゃない。

私は初めて、シヤが動くより先に、シヤの選択肢へ触れた。

それを理解したらしい。

驚いていたシヤの顔が、すぐに笑顔へ変わる。

『あははっ! やっぱり君は面白い!』

「またそれ!?」

『褒めているんだよ!』

「だから言い方が――!」

返ってきた斬撃を受け止め、そのまま押し返す。

今度は私から踏み込んだ。

シヤに振り回されながら答え続けるだけじゃない。

私も、自分からこの人の戦い方へ食いついている。

その感覚が。

悔しいくらい楽しかった。

『君は、人を信じればそれだけで分かり合えると思っているのか!』

「そんなこと思ってない!」

私は斬撃を受け流し、そのまま反撃へ繋げる。

「分からないから話すんでしょ!」

シヤが刃を受け止める。

押し返された勢いを利用し、もう一度踏み込む。

「話して、喧嘩して、それでも分からなかったら――」

二本のビームサーベルが激突した。

「また話せばいい!」

『甘いな!』

「最初から無理だって決めるよりはマシ!」

私は赤い刃を弾き、そのまま間合いを詰めた。

「そうやってアンタは、自分だけ分かったような顔して、勝手に人を決めつける!」

今度はルベリオンの方が僅かに押される。

それでも、シヤの青い瞳はまっすぐこちらを見ていた。

『私は誰も見下してはいない!』

「だったら最初からそう言えばよかったでしょ!」

『…………』

「アスカを馬鹿にしてないなら、ちゃんと!」

 

その瞬間。

ルベリオンの攻撃が僅かに止まった。

ほんの一瞬。

攻め込める。

そう思ったのに。

シヤの表情を見て、こちらまで動きを止めそうになった。

 

珍しく。

少しだけ気まずそうな顔をしている。

『……あー、それについては』

「何」

『私の言い方が悪かった』

「…………は?」

今度は本当に、攻撃するタイミングを失った。

シヤはサーベルを構えたまま、少しだけ視線を逸らした。

 

『君と戦ってみたかったんだ』

「……」

『さっきの戦いを見て、君がどういうファイターなのか、もっと見てみたいと思った』

「それで?」

『普通に誘うより、少し焚きつけた方が乗ってくる気がした』

「…………」

やっぱり。

わざとだった。

『悪かった』

あまりにも普通に謝られてしまって、怒りをぶつける先が急になくなる。

「……ずるい」

『何が?』

「そこで普通に謝るの、ずるい!」

『では謝らない方がよかったのか?』

「そういう意味じゃない!」

『難しいな、君は』

「アンタにだけは言われたくない!」

私は思わず声を上げながら、もう一度踏み込んだ。

 

『それに、彼女を弱いと思っていないのは本当だよ』

シヤはGシリウスの刃を逸らしながら続けた。

『メイガス・ジウは面白い機体だった。本人もまだ伸びる。ただ、あの時は君と戦いたかった。それだけだ』

「だったら最初からそう言って!」

『そこまで怒るとは思わなかったんだ!』

「知らない!」

『本当に面倒な子だな、君は!』

「アンタにだけは絶対言われたくない!」

言い返した声に。

自分でも気づく。

もう、最初ほど本気で怒っていない。

そのことが何だか悔しくて、私はさらにGシリウスを踏み込ませた。

ルベリオンも応えるように斬り返してくる。

黄色と赤の刃が何度もぶつかり、そのたびにアクシズを背景に光が散る。

気づけば。

私は笑っていた。

シヤも笑っている。

この人が気に入らないという気持ちは、別に消えていない。

それでも。

もう一度戦いたい。

そんなことまで考えている自分がいた。

 

『……ふふっ』

「何」

『いや。君も随分楽しそうだと思ってね』

「笑ってない!」

『その顔で言われても説得力がないな』

「うるさい!」

私が勢いのまま踏み込んだ瞬間。

シヤの笑みが消えた。

ルベリオンはGシリウスの斬撃を正面から受けず、機体を沈ませて刃の下へ潜り込む。

 

避けた。

そう判断した時には、もう遅かった。

赤い機体はGシリウスの真横を抜け、そのまま一気に上方へ駆け上がっている。

私はすぐに反転させた。

けれど、わずかに遅い。

ルベリオンはすでに頭上を取っていた。

振り向いた赤い機体が、ビームサーベルを掲げる。

この位置からかわすのは難しい。

シールドもない。

受けるしかない。

私は咄嗟にGシリウスのサーベルを持ち上げた。

『これで――!』

赤い刃が振り下ろされる。

その直前。

バトルシステムから終了を告げる電子音が鳴った。

 

――TIME OVER――

 

ルベリオンのサーベルが、Gシリウスへ届く寸前で強制停止した。

こちらの機体も同時に動きを止める。

 

一瞬。

何が起きたのか理解できなかった。

頭の中ではまだ戦いが続いていて、どう受けるか、その後どう返すかまで考えていたからだ。

けれど。

モニター中央に表示された文字が、強制的に私を現実へ戻した。

 

BATTLE END

 

WINNER――KIYORA SHIYA

 

「…………」

負けた。

その文字を見た瞬間、遅れて悔しさが込み上げてくる。

あと少し時間があれば。

あの一撃を受けられたかもしれない。

そこから反撃できたかもしれない。

 

でも。

それは全部「かもしれない」だ。

制限時間があることは最初から分かっていた。

その中で、私より多くダメージを与え、最後には決定打を狙える位置まで先に辿り着いたのはシヤだった。

だったら。

私の負けだ。

「……負けた」

口にすると、思っていた以上に悔しかった。

通信の向こうで、シヤが小さく息を吐く。

それから。

笑った。

『そうだね』

その笑顔は、店へ入ってきた時に見せていた余裕のあるものとはまるで違っていた。

勝ち誇っているわけでもない。

ただ純粋に。

ガンプラバトルを楽しんだ人の顔だった。

 

      ◇

 

バトルシステムの光が収まり、宇宙だったフィールドが少しずつ店内の景色へ戻っていく。

私はコントローラーから手を離したものの、すぐには立ち上がれなかった。

指先にはまだ力が残っていて、肩も思っていた以上に張っている。

それでも頭の中に浮かんでくるのは、負けたことへの言い訳じゃなかった。

最初はまるで捉えられなかったルベリオンの動き。

途中から現れた六基のファンネル。

それに対して使ったフィンビット。

そして最後の近接戦。

私は途中まで、シヤの次の動きを当てようとしていた。

 

でも。

それだけでは追いつけない。

必要なのは。

相手が選ぶ答えを当てることじゃない。

こちらから選べる答えを減らして。

自分で状況を作ること。

最後には、ほんの少しだけ。

そこへ近づけた。

だったら。

次はもっと先まで行ける。

そう考え始めたところで、操作席の外から大きな声が飛んできた。

 

「レイ君!」

振り返ると、マシマさんがこちらへ駆け寄ってくるところだった。

さっきまで配信機材を操作していた時とは違い、妙に真剣な顔をしている。

「何?」

「君に、どうしても言っておかなければならんことがある!」

「……何でそんな大げさなの」

「大げさではない!」

マシマさんは一度シヤを見た。

それから、改めて私へ向き直る。

「レイ君! 彼女は昨年の世界大会優勝者だ!」

「…………」

一瞬。

言葉の意味が頭に入ってこなかった。

「……は?」

世界大会。

優勝者。

目の前にいる。

この人が?

私は反射的にシヤを見る。

シヤの方も、私の反応が予想外だったらしい。

それまで浮かべていた笑みが止まり、青い目が僅かに見開かれた。

「……まさか」

「何」

「君、知らなかったのかい?」

「知らないよ!」

「え?」

「何で私が知ってる前提なの!?」

今度はシヤの方が言葉に詰まった。

その横では、先に事情を聞かされていたアスカが必死に笑いを堪えている。

 

「アスカ」

「な、何?」

「何で笑ってるの」

「だ、だって……レイ、本当に知らなかったんだなって……」

「知らないって!」

「いや、アタシもマシマさんに教えてもらうまで知らなかったけどさ!」

それなら笑うな。

そう言おうとしたところで、シヤの肩が小さく震えた。

「……ふっ」

「何」

「あはははっ!」

案の定、思い切り笑われた。

「何でアンタまで笑うの!」

「いや、すまない。でも……そうか」

シヤは目元を押さえながら、まだ笑っている。

「世界王者だと知らずに、彼女を馬鹿にされたと思っただけで私へ挑んできたのか」

「『だけ』って何!」

「悪い悪い。そういう意味じゃない」

絶対に悪いと思っていない顔だった。

「レイ君、私も伝えようとはしたのだぞ!」

後ろからマシマさんが弁明してくる。

「じゃあ何で言わなかったの!」

「君たち二人の間に、あの状態で割って入れると思うか!?」

「知らないよ!」

「私とて命は惜しい!」

「別に取らない!」

横でアスカがとうとう吹き出した。

「もうダメ……! レイ、相手が世界王者だって知ってても絶対戦ってたでしょ!」

「それは……」

反射的に否定しようとして、止まる。

 

もし。

最初から知っていたら。

昨年の世界大会で優勝した人だと教えられた上で、あの言い方をされていたら。

……多分。

 

「戦う」

私が答えると、アスカは「ほら!」と笑った。

「だったら同じじゃん!」

「同じじゃない! 心の準備とかあるでしょ!」

「さっきアタシに心の準備待ってくれなかったじゃん!」

「それとこれは別!」

「えー?」

アスカが笑う。

シヤまでまた笑っている。

どうして私一人だけ納得いかないんだろう。

 

でも。

「……世界王者、か」

改めて口にしてみる。

シヤを見る。

確かに強かった。

すごく強かった。

それでも。

絶対に届かないとは思わない。

最初は、何をしてくるのか全然分からなかった。

でも最後には。

ほんの一瞬だけ。

私はシヤが動く前に、シヤの選択肢へ触れることが出来た。

六基あったファンネルだって、全部落とした。

なら。

私は手元へ戻ってきたGシリウスを持ち上げた。

「……次は勝つ」

シヤの笑いが止まった。

青い瞳が、まっすぐこちらを見る。

私はもう一度、はっきりと言った。

「次に戦った時は、絶対に勝つから」

シヤは少しだけ黙ったあと、ゆっくりと笑った。

「――楽しみにしているよ、レイ」

今度の笑い方には、からかうような色はなかった。

 

      ◇

 

バトルが終わってしばらく経つと、店内も少しずつ元の空気を取り戻し始めた。

配信を見ていた客たちはまだ興奮気味に話していたけれど、バトルスペースの周囲に出来ていた人だかりは徐々に散っている。

私は手元へ戻ってきたGシリウスの状態を確認していた。

細かな傷や外れた部品を見ていくうちに、どうしても首元へ目が向く。

そこには、さっきまで二基のフィンビットが取り付けられていた。

出来れば、まだ見せたくなかった。

今日の配信を見た人には、もう首元のユニットがただの排熱用装備ではないことを知られてしまった。

次に同じ相手と戦えば、当然警戒される。

切り札としての価値は、その分だけ落ちた。

 

「……使っちゃったね」

いつの間にか隣へ来ていたアスカも、同じ場所を見ていたらしい。

「うん」

「かなり隠しておきたかったんでしょ?」

「かなり」

私は少しだけGシリウスを傾けた。

それでも。

「使わないで負けるよりはいい」

そう答えると、アスカは少しだけ目を丸くしたあと、納得したように笑った。

「やっぱレイだね」

「何それ」

「そのまんまの意味」

「分かんない」

私もつられて少し笑う。

「さっきのビット」

後ろから声をかけられた。

振り返ると、シヤがルベリオンをケースへ戻しながらこちらを見ていた。

「何?」

「面白かったよ」

「……それだけ?」

「ああ。特に、最後まで隠しておこうとしていたところがね」

思わず眉を寄せる。

「そこまで分かるの?」

「首元から展開した時の君の顔を見れば、それくらいは分かるさ」

「……本当に嫌なところ見てるね」

「褒め言葉として受け取っておこう」

「褒めてない」

シヤは気にした様子もなく笑った。

「次は最初から使ってくれても構わないよ」

「嫌」

即答した。

「切り札なんだから」

「そうか」

残念がるかと思ったのに。

シヤはむしろ、楽しそうに目を細めた。

「なら、次も使わせればいいわけだ」

「……ほんっと性格悪い」

「それはさっきも聞いたよ」

「何回でも言う」

横でアスカが苦笑している。

そのアスカへ、シヤが向き直った。

「それと――アスカ君だっけ?」

「え、アタシ?」

「ああ」

さっきまでとは少し違い、シヤは一度だけ言葉を選ぶように間を置いた。

「先ほどは言い方が悪かった。改めて謝るよ」

「え?」

「君の機体を馬鹿にしたわけじゃない」

アスカが驚いたように瞬きをする。

「機体の反応も良かったし、君自身もまだ伸びると思う。今は機体の速さについていけていないだけで、慣れればもっと面白くなるだろうね」

「……本当?」

「ああ」

アスカは少しだけ考えたあと、すぐにいつもの調子で笑った。

「アタシ、最初からそこまで怒ってなかったけどね」

「そうなのかい?」

「うん。でも、ちゃんとそう言ってくれるなら――今度アタシとも戦ってよ!」

シヤは少し意外そうに目を瞬かせたあと、素直に笑った。

「もちろん。喜んで」

「やった!」

嬉しそうなアスカを見ているうちに、今度は私の方が少し居心地悪くなる。

確かに。

さっきの私は、かなり先走っていた気がする。

「レイ?」

アスカがこちらを覗き込んでくる。

嫌な顔をしている。

「もしかして、今ちょっと恥ずかしくなってる?」

「なってない」

「いや、絶対なってるでしょ」

「なってない」

「ふふっ」

シヤまで笑った。

「笑うな!」

「いや、すまない」

全然すまないと思っていない顔で、シヤがこちらを見る。

「君は、本当に彼女のことが好きなんだね」

「――っ!」

何を。

「変な意味じゃないよ?」

「分かってる!」

横でアスカがにやにやし始める。

「レイ~?」

「うるさい!」

 

どうして最後に私が恥ずかしい思いをしないといけないんだ。

やっぱり。

気に入らない。

 

      ◇

 

それからしばらくして、シヤは帰ることになった。

店を出る前にハマノ店長のところへ立ち寄り、何か話している。

内容までは聞こえなかったけれど、二人の様子を見る限り、やっぱり以前からの知り合いらしい。

話を終えたシヤが、ルベリオンを収めたケースを手にこちらへ戻ってきた。

「それじゃあ、私はそろそろ行くよ」

「もう帰るの?」

アスカが少し残念そうに尋ねる。

「ああ。元々、近くまで来たついでに寄っただけだからね。思っていたより随分長居してしまった」

そう言いながらも、シヤの表情には満足そうな笑みが浮かんでいた。

予定外に面白いものを見つけた。

そんな顔だった。

「じゃあ今度は、絶対アタシともやってよ!」

「もちろん。約束しよう」

「やった!」

アスカが嬉しそうに笑う。

本当に切り替えが早い。

でも。

それがアスカらしい。

シヤはそんなアスカを見て笑ったあと、今度は私へ視線を向けた。

「それじゃあ、レイも。またね」

「……うん。また」

 

さっき。

もう言うべきことは言った。

次は勝つ。

だから今は、それを繰り返す必要はない。

シヤは一度だけ笑うと、店の入口へ向かった。

扉を押し開けると、カラン、と小さなベルの音が響く。

赤い服が午後の光の中へ出ていき、やがて扉が閉じた。

私はその場に立ったまま、しばらくシヤとの戦いを思い返していた。

最初は何をしてくるのか、まるで分からなかった。

こちらが答えを見つけた頃には、もう違う戦い方へ変わっている。

六基のファンネル。

自由に変わる間合い。

最後のサーベル戦。

 

でも。

ほんの一瞬だけ。

私は追いついた。

正確には。

追いかける以外の方法を見つけた。

なら、次はもっと早くそこへ辿り着けばいい。

その次は、シヤが変わるのを待つんじゃなくて。

こちらから、シヤを動かせばいい。

気づけば。

頭の中ではもう、次に試したいことがいくつも浮かび始めていた。

 

「レイ」

隣から声をかけられ、私はようやく意識を店内へ戻した。

アスカが妙に楽しそうな顔でこちらを見ている。

「何?」

「また戦いたい?」

唐突な質問だった。

でも。

答えを考える必要はなかった。

「戦いたい」

すぐに答えた。

アスカは、予想通りだと言わんばかりに笑う。

「だと思った」

「何、その顔」

「だってさ。バトル終わってから、ずっとそんな顔してるもん」

「どんな顔?」

「めっちゃ楽しそうな顔」

「…………」

 

言われて、思わず自分の頬へ触れた。

別に笑っているつもりはない。

負けたんだから、悔しいのは本当だ。

それでも。

シヤの戦い方をどう崩すか考えていると、その悔しさより先に気持ちが高ぶってくる。

次はどうする。

またファンネルを使われたら。

また途中で戦い方を変えられたら。

今度は追いかけるだけじゃなく。

こっちから。

シヤが選ばざるを得ない答えを作れないか。

考えれば考えるほど、試してみたいことが増えていく。

そのことを自覚すると。

もうアスカの言葉を完全には否定できなかった。

「……うるさい」

 

結局、それくらいしか返せなかった。

アスカは何も言わず、ただ楽しそうに笑っていた。

私も今度は、その笑顔から目を逸らさなかった。

 

      ◇

 

 その日の深夜。

 

 駅前の賑わいもすっかり落ち着き、昼間は学生や会社員で混み合う通りにも、まばらに人影が残るだけになっていた。

 講義のあと、そのまま遅くまでアルバイトをしていた大学生の青年は、大きな欠伸を噛み殺しながら駅へ向かっていた。

 

 明日からようやく自分も連休だ。

 帰ったら積んであるガンプラの続きを作ろう。

 そんなことを考えながら歩いていた時だった。

「――兄ちゃん」

 不意に、路地の方から声が飛んできた。

 青年が足を止める。

 薄暗い建物の間。

 一人の男が、壁にもたれるように立っていた。

 年齢は三十前後だろうか。着崩した上着にキャップを深く被り、足元には大きな旅行鞄が置かれている。

「……俺?」

「ああ」

 男が笑った。

「ガンプラ、好きだろ?」

 思わず、自分の鞄を見る。

 大学近くの模型店で買った塗料が入った袋が、口から少しだけ見えていた。

「ああ……まあ」

「だったら、いいもんがある」

 男はしゃがみ込むと、旅行鞄のファスナーを開いた。

「ガンプラは要らないかい?」

「……え?」

 街灯の光が、開かれた鞄の中を照らす。

 そこには、いくつもの箱が積み重なっていた。

 一見すれば、どこにでもあるガンプラのパッケージに見える。

 けれど。

 青年の目が、一つの箱で止まった。

「……ボルトガンダム?」

 その隣。

「こっちは……オーヴェロン?」

 思わず、しゃがみ込む。

 知っている。

 どちらも知っている機体だ。

 だからこそ、おかしい。

「これ……ガンプラ出てないだろ」

「詳しいねえ」

「いや、だって……」

 青年は一つを手に取った。

 箱絵もある。

 側面には完成見本らしき写真まで印刷されている。

 けれど、見覚えがない。

 限定品の情報を見落とした?

 そんなはずはない。

「これ、どこのメーカー?」

「細かいこと気にするなよ」

 男は笑った。

「ちゃんと組めるし、ちゃんと動く。バトルシステムにも対応してる」

「……海賊版じゃないの?」

 男の笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。

「嫌なら買わなくていいぜ」

「…………」

 青年はもう一度、手の中の箱を見る。

 欲しかった機体だった。

 いつかキット化されないかと、何度も思った機体。

「……いくら?」

 その言葉を聞いた瞬間。

 男の口元が、再び上がった。

 

     ◇

 

 数分後。

「まいど」

 箱を抱えた青年が、夜道の向こうへ消えていく。

 男はその背中が完全に見えなくなるまで眺めてから、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 短い番号へ発信する。

 二度目の呼び出し音で、相手が出た。

「――俺っす」

『どうだった』

「一つ捌けましたよ。機体見せた瞬間、向こうから食いついてきましたわ」

『値段は?』

「こっちの設定通り。まだ上げても買う奴はいそうっすね」

 わずかな沈黙。

『そうか』

 向こうの男は、それだけ言った。

 けれど。

 それだけで十分だったらしい。

「で」

 男は旅行鞄を閉じながら尋ねる。

「明日の方は、本当にやるんですか?」

『予定通りだ』

「人、多いですよ?」

『だからいい』

 即答だった。

『明日は売るための試験じゃない。まずは、あの素材が実際のバトルでどこまで保つのか、それを確かめろ』

「……了解」

『今夜ので、商品として金に換えられることも分かった。そちらは後でいい』

 男は小さく笑った。

「じゃあ、ヤシマの方は?」

『それも二の次だ』

 一拍。

 電話の向こうから、淡々とした声が続く。

『ただし――』

 少しだけ。

 楽しむような響きが混じった。

『もしヤシマ商事のシステムで事故が起きたように見えるなら、それはそれで都合がいい』

「……なるほどね」

『欲張るな。最優先はデータだ』

「分かってますよ」

 通話が切れた。

 男はスマートフォンをしまう。

 そして旅行鞄の脇へ置いていた一枚の紙を拾い上げた。

 昼間。

 駅前で配られていたチラシだった。

 大きく描かれた、丸い緑色のマスコット。

 その下には――。

『ムンゾ商店街 ゴールデンウィーク特別企画』

『ガンプラレース開催!』

 さらに。

『協賛 ヤシマ商事』

 男はそれを眺めると、小さく鼻を鳴らした。

「……明日か」

 チラシを折り畳み、ポケットへ押し込む。

 残された旅行鞄の中。

 ボルトガンダム・オーヴェロン・ゼウスガンダム…

 そして。

 まだ誰も見たことのない箱に収められた、いくつものガンプラが。

 夜の闇の中で、静かにその時を待っていた。

 

 

 




次回予告

みなさんお待ちかねぇ!

ゴールデンウィークのムンゾ商店街で、ガンプラレースが開幕!
優勝賞品は商品券十万円!
レイとアスカ、そして商店街の強者たちが一斉に駆け抜けます!
「今日は負けないからね、レイ!」
「望むところ!」

しかし!
レースの最中、キット化されていない謎のガンプラが暴走!
溶けた装甲のまま動き続けるその姿は、まるで亡霊!
「……ゾンビみたい」
果たしてレイたちは、この不可解な事件を止めることができるのでしょうか!?

次回、
ガンダムビルドファイターズ STARS

第7話『亡霊は商店街を疾る』

にぃ――
レディィィィ、ゴォォォォ!!
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