ガンダムビルドファイターズ STARS   作:JOE596

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また長くなりました。
ガンプラレース前編になります。


第7話『亡霊は商店街を疾る』前編

 

シヤとの戦いから、三日ほど過ぎた。

 

3日の間、傷ついたGシリウスの修復作業をしながらも、

私は未だにあの戦いへ心を取り残されたままだった。

 

閃光のように宇宙を駆けた赤いシルエット。

こちらの予測を嘲笑(あざわら)うように変化し続ける戦い方。

そして、ファンネルのオールレンジ攻撃の光。

作業机に置いたGシリウスに塗りなおしが終わった右腕を取り付けながら、頭の中では何度目になるかも分からない戦いが繰り返されていた。

(あの時、ファンネルを追うんじゃなくて、最初から本体を狙っていたら……)

そう考えて思い直す。

(いやそれじゃ、背後から狙われて身動きが取れない……)

(なら、シールドのミサイルをもう少し温存して……いや、それも違う。あの人(シヤ)なら、こっちが逃げ道を作った時点で別の方向へ――)

 

気がつけば、修理が終わったGシリウスの右肩の装甲を持ったまま、私は数秒ほど固まっていたらしい。

「……はぁ」

 小さくため息をつき、止まっていた作業に意識を戻す。

 

幸い、Gシリウスの修理そのものは思っていたほど難航していなかった。

シヤとのバトルでは各部にかなりのダメージを受けたものの、壊れたのは外装や武装周辺が中心だった。

もともと消耗しやすい外装部分については予備パーツをいくつか作ってあるし、関節部も致命的な破損まではしていなかった。

だから、見た目だけを元通りにするならもっと早く終わっていたと思う。

問題は、その先だった。

一度大きな負荷を受けた機体は、新しいパーツへ交換すればそれで終わりというわけではない。

関節の硬さを左右で揃え、パーツの交換や再塗装によって生じた、わずかな重量差を調整する。

ポリキャップにも緩みがないか確かめて、武器を構えた時の重心にも違和感が残っていないかを見る。

 

ガンプラバトルでは機体の完成度が性能に直結するため、ほんの僅かな違いでも、実際に動かした時には想像以上の差になってしまう。

ましてや、Gシリウスは父さんの独自パーツが多く、さらに一個一個が独特な組み合わせでできているから、一歩間違えるだけで機体が動かなくなりかねない。

(右肩はこれで大丈夫。あとは肘の動きと……)

「……こっちも大丈夫か」

なら次は――。

Gシリウスをいじりながら思考が深みに向かう。

(もし次にシヤが、最初からファンネルを使ってきたら……)

 

六基のファンネルを展開したルベリオン(シヤ)が浮かぶ。

Gシリウス(わたし)を囲む赤い兵士(ファンネル)。

その隊列の中で、シヤが楽しそうに笑っているイメージが浮かぶ。

 

「……だったら、二基をこっちへ引っ張って、残りを――」

「レイ」

「いや、でも本体まで同時に来たら――」

「レーイ、レイってば」

「その時は先に距離を――」

「おーい」

 目の前を何かが横切った。

「……ん?」

そこでようやく顔を上げる。

いつの間にか、アスカが作業机の向こう側から身を乗り出し、私の顔の前で手を左右に振っていた。

目が合うと、その手がぴたりと止まる。

「あ、帰ってきた」

「何が?」

「レイが」

「ずっとここにいたけど」

「身体はね」

呆れたように言いながら、アスカは元の椅子へ座り直した。

(身体はねって、私はニュータイプ空間(キラキラの中)にでも行ってたとでも言いたいのか)

机の上を見ると、彼女の前にもメイガス・ジウが置かれている。こちらは修理というほどではなく、三日前の試運転とシヤ戦を見た後で気になった部分を調整しているらしい。

「さっきからずっとブツブツ言ってたよ」

「……私が?」

「うん。『そこじゃない』とか、『それだと逃げられる』とか」

「…………」

「途中からちょっと怖かったよ?」

完全に無意識だったこともあり、いまさら恥ずかしくなる。

「.....忘れて」

「無視されたし、いやでーす」

「ごめんって……」

少し怒っているのか、拒否されてしまった。

私は何となくバツが悪くなって、視線をGシリウスへ戻した。

取り付けたばかりの右肩装甲を指で軽く動かす。

全体を見ても三日前にあんなにボロボロになっていたとは、思えないくらいには直っている。

「でもさ」

アスカがメイガス・ジウをいじりながら言った。

「そんなにまた戦いたいの?」

「何が?」

「シヤさんと」

その名前を聞いて、今度は意識して手を止めた。

「……」

 少し考えたものの、否定する理由もなかった。

「――戦いたい」

「やっぱそうなんだ」

アスカがこちらに視線を向ける。

「だって次なら、もう少しやれると思うし」

「負けたのに?」

「負けたからだよ、次は勝つ」

 そう答えると、アスカが一瞬きょとんとした顔をした。

 けれど、それもすぐに笑顔へ変わる。

「やっぱレイだね」

「何それ」

「この前もそんな感じだったじゃん。負けた直後なのに、もう次のこと考えてたし」

「……アスカもレナさんの時そうだったし、人のこと言えないでしょ」

「……ッ!あ、アタシのことはいいの!」

アスカがツッコまれるとは思っていなかったのか恥ずかしそうにしている。

 

私はもう一度Gシリウスへ目を落とした。

確かに。

シヤに負けたことは悔しい。

それは間違いない。

でも、今こうしてGシリウスを直している理由は、壊れたから仕方なく修理している、というだけじゃなかった。

早く直したい。

もう一度動かしたい。

次はこうしてみたい。

そんな考えの方が、ずっと強い。

以前なら、ガンプラを直す作業にここまで気持ちが急くことはなかったかもしれない。

 

「まあ、それはいいとして」

アスカがそう言って、机の端に置いていたスマートフォンを手に取った。

「レイ、これ見てよ」

「何?」

「昨日からちょっとバズってるやつ」

SNSの画面をこちらへ向けてくる。

そこに映っていたものを見た瞬間、私は思わず眉を寄せた。

「……ボルトガンダム?」

「やっぱりそうだよね?」

「うん」

写真に写っているのは、どう見てもボルトガンダムだった。

――ただし、アニメの画像でも完成品のフィギュアでもない。

箱。

ランナー。

説明書らしき紙。

写真だけを見るなら、普通のガンプラとほとんど変わらない。

「これ、キット出てたっけ?」

「いやまだ出てないよ」

「やっぱり?」

「少なくとも私は知らない」

(ゴッド以外のシャッフル同盟はプレミアム限定のはずだし、残りがボルトガンダムだけだから出たら絶対気づくはず.....)

アスカからスマートフォンを受け取る。

ハッシュタグ『#ガンプラ』『#最速入手』『#限定キット』という投稿がいくつか並んでいる。

投稿されたのはおおむね二日前から昨夜にかけてのようだ。

 

運よく駅の近くで買えました。

間違いなく最速入手です!

組んだ感じも最新キットらしい動きできていいです!

ガンプラバトルに使うの楽しみ!

 426 ♡2.8万 ⇆1.1万

 

そんな文章と一緒に、何枚か写真が載せられている。

ランナーの配置まで写している写真もあった。

少なくとも、誰かが一からスクラッチしたものには見えない。

同じような投稿を見るため画面を下へ送る。

 

すると今度は、また別の写真が表示された。

 

「……オーヴェロンまである」

「それもキットになってないよね?」

「うん」

知らないうちに新商品が発表されていた。

そんな可能性はまずない。

ガンプラの新商品なら普段からかなり細かくチェックしているし、ましてこの二機が急に発売されれば、ネットでこれくらいの話題では済まないはずだ。

投稿の下には、私と同じ疑問を持った人たちの書き込みが並んでいた。

 

AIじゃないの?

 

3Dプリンターのではないのか。

 

いや、写真を見る限りガチで本物に見えるんだけど?

 

などなど投稿に対しての反応が数多く寄せられていた。

 

――そして。

 

『海賊版じゃね?』

 

その一文で指が止まった。

「海賊版……」

「やっぱそれっぽいよね」

アスカも椅子をこちらへ寄せて、私の肩越しに画面を覗き込む。

「でもさ。ちょっとすごくない?」

「何が?」

「ボルトガンダムだよ?欲しかった人、結構いるんじゃない?」

「だからって、こんなの買う?」

「アタシは絶対買わないよ。たださ……」

アスカがもう一度写真を見る。

「ちゃんとしたのだったら欲しいかも」

「それは分かる」

そこだけは同意した。

正式なガンプラとして発売されるなら、私にだって欲しい機体はいくらでもある。

改めて写真を見る。

一見しただけなら、それなりによく出来ている。

箱のデザインも、それらしいしロゴも入っている。

箱の横の完成見本まで用意されている。

知らない人が見れば、普通に発売されている商品だと思ってもおかしくないかもしれない。

 

でも。

「何の素材使ってるかも分からないしね」

スマートフォンをアスカへ返す。

「普通に飾るだけならともかく、バトルに使うのは怖いよ」

「そっかぁ。確かにバトルシステムってプラフスキー粒子?で動かすんだもんね」

「まぁ、それだけじゃないけど。正規品と同じ強度があるかも分からないし」

「なるほどねぇ……」

アスカは納得したように頷くと、そのままスマートフォンを机に置いた。

 

「ま」

アスカが大きく伸びをする。

「アタシたちは今、そんなの買ってる場合じゃないけどね」

「何で?」

「何でって、今日レースじゃん!」

「ああ」

言われて時計を見る。

まだ開始までは余裕がある。

だからこそ、こうしてアクシズホビーでGシリウスの最後の調整を進めながら時間を潰していたんだった。

「十万円かぁ……」

アスカがお金に目がくらんだ顔で呟く。

(……完全に金額に目がくらんでるな)

「商品券ね」

「でも十万円は十万円でしょ!?」

「全部ここ(ガンプラ)で使う気?」

「服も買いたいけど、悩んじゃうなぁ……///」

――完全に捕らぬ狸の皮算用ってやつだ。

「工具も欲しいし、塗料も欲しいし、それから――」

「そういうのは勝ってからじゃない?」

「別にいいし!アタシが勝つつもりだもん」

「へぇ」

その言葉に少し意地悪な笑みを浮かべてしまう。

「何その顔!」

「別に~」

「もう!」

まぁ賞品のことはともかく。

今日のレースを楽しみにしているのは、私も同じだった。

 

そもそも、私たちが今日のレースへ参加することになったのも、

シヤとのバトルがあった日のことだった。

      ◇

 

「――二人とも、今度のレースに出ませんか?!」

突然そんなことを言い出したのは、ミネハだった。

 

シヤが帰ってから少し経った頃。

アクシズホビーの作業机で、アスカと二人でGシリウスの損傷を確認していた時のことだ。

「レース?」

案の定、最初に反応したのはアスカだった。

「はい!」

ミネハは嬉しそうに答えると、手にしていた一枚のチラシを机の上へ広げた。

 

大きく書かれていたのは、

『ムンゾ商店街GW特別企画 ガンプラレース開催!』

 

という文字。

その下には、商店街の地図を横断するように長いコースが描かれている。

隅にはマスコットらしきイラストまでいた。

 

「何これ」

私はチラシを手に取る。

「商店街の中でやるの?」

「はい。ギレン叔父さんが企画したんです」

「ギレン?」

「私の叔父です。商工会の代表をしているんですけど、ゴールデンウィークに大きなイベントをやりたいって」

ミネハが楽しそうに説明する。

(ギレン……ずいぶん物々しい名前だな。どうしてもあの総帥が浮かんじゃう)

そんなことを考えながら、チラシの下へ目を移した。

 

『協賛 ヤシマ商事』

 

「……ヤシマ商事ってあのヤシマ商事?」

 思わず顔を上げる。

「はい。大型のバトルシステムを貸していただけることになったそうです」

「ただの商店街のイベントで?」

「叔父さん、こういう時は本当に張り切る人なので……」

ミネハが少しだけ困ったように笑う。

 

なるほど。

どんな人なのかはまだ会ったことがないけれど、少なくとも規模を小さくまとめるタイプではなさそうだ。

 

「レ~イ~」

「何?」

隣から、やけに浮かれた声。

見ると、アスカがチラシの一点をじっと見つめていた。

「ここ!ここ見て!」

アスカが指差すその先を覗き込むように見る。

 

『優勝賞品 ムンゾ商店街共通商品券十万円分』

「十万円ってやばくない!?」

アスカの声が店内に響いた。

「商品券だけどね」

「でも十万円は十万円でしょ!」

「使えるの商店街の中だけじゃん」

「服屋さんもアクシズホビーも色々あるじゃん!」

「.....あ~」

そういえばここもギリギリ商店街に属してるんだったな。

「ねぇ出ようよ!」

「決めるの早くない?」

「だってレースでしょ!? しかも十万円!」

「結局そっち(お金)がメインじゃん」

「別にいいじゃん!楽しそうなのは事実だし!」

アスカは楽しそうに笑った。

「それにさ、これって団体戦とかじゃないんだよね?」

アスカがミネハに尋ねる。

「はい。今回は一人一機の個人レースですよ」

「じゃあさ」

アスカがこちらへ向き直った。

 

その顔を見た瞬間。

何となく。

次に何を言うのか分かった。

 

「今回はレイとアタシ、仲間じゃなくてライバルってことだよね?」

 

とても楽しそうだった。

私は一度、机の上へ目を落とした。

傷ついたGシリウス。

装甲にはまだ三日前の戦いの跡が残っている。

対して、アスカのメイガス・ジウは完成したばかりだ。

まだ扱い切れていない。

それでも、最初のテストで私を追いかけてきた時の速さは覚えている。

ちゃんと扱えるようになれば、もっと速くなる。

(これからも一緒に戦うアスカの本気を見るためにも、一度くらい、本気で競ってみるのも有りか……)

 

「……いいよ」

「ほんと!?」

「ただし」

Gシリウスを見る。

「私のが直ったらね」

アスカも同じように機体へ目を落とした。

傷ついた姿を見て、ほんの少しだけ心配そうな顔をした後こっちを向く。

「じゃあ三日で直して!」

「簡単に言うな」

「レイなら出来る!」

「根拠は?」

「レイだから!」

「何それ」

「……まあ、間に合わせるけど」

「よし!」

アスカが嬉しそうに拳を握る。

そして。

こちらへ人差し指を向けた。

「じゃあ当日は――絶対負けないからね!リベンジだぁ!」

 

何故か。

妙に格好をつけている。

(さっきのテスト戦のこと若干根に持ってるな.....?)

そんなことを思いながら、私も少しくらいは乗ってあげることにした。

「コテンパンにしてあげるよ、アスカ」

私はできる限り悪い顔でそういった。

 

 

「なんだか悪役の人みたいですね」

「ね~、レイってそういうこと言っちゃうことあるよね~」

「…….....。」

ミネハとアスカに突っ込まれた途端、急に恥ずかしくなった。

 

      ◇

 

「――二人とも、まだここにいたんですか?」

声を掛けられ、意識を現在へ戻す。

作業スペースの入口には、いつものエプロンの上から『イベントスタッフ』と書かれた腕章を着けたミネハが立っていた。

「もう受付、始まっちゃってますよ?」

「え?」

時計を見る。

時刻はとっくに受付開始時間を告げていた。

「……あ」

思っていたより時間が経っていた。

「レイがずっと考え事してたからだよ」

「アスカもスマホ見てたでしょ」

「アタシは時間も見てましたー」

「本当に?」

「……たまにだけど」

「ふふっ、どっちもどっちですね」

ミネハに笑われ、アスカと顔を見合わせる。

「よし、じゃ行こうか」

Gシリウスをケースへ収める。

「修理は?終わったの?」

「一応ね。最後の確認は向こうでする」

「じゃあ行こ!十万円が待ってる!」

アスカもメイガス・ジウを片付ける。

ミネハに続いて店を出ると、いつものベルの音と入れ替わるように、外の賑やかな声が一気に耳へ飛び込んできた。

 

      ◇

 

「……すご」

アスカが足を止めた。

 

いつものムンゾ商店街。

それなのに、今日はまるで違う場所に見える。

アーケードには、ガンダムシリーズで見慣れた勢力マークやエンブレムをあしらった旗が並び、店先にはゴールデンウィークの特売やイベントを知らせる看板。

家族連れや学生で道は普段以上に賑わい、スピーカーからはイベント案内の放送が流れている。

けれど何より目を引くのは、商店街の中央を貫く巨大なバトルフィールドだった。

 

「これ……全部バトルシステムなの?!」

「はい!」

ミネハが嬉しそうに頷く。

ヤシマ商事製の大型バトルシステムがいくつも連結され、アーケードの奥まで伸びており既に起動している。

内部の景色も一つではない。

 

市街地。

荒野や砂漠。

コロニー内部。

さらに奥には、宇宙空間らしい区間まで見えた。

 

「チラシで見たよりずっと大きい……」

「ギレン叔父さん、『中途半端な催しなど意味はない。我がムンゾ商店街の名を、来た者すべての記憶に刻み込むのだ!』って張り切ってましたから」

「……なんとなくどんな人か分かってきた」

「アタシも」

(間違いなく、その叔父さんは演説台が似合うんだろうな……)

まだ会ったこともないのに、私たちの中ですでに妙な人物像が出来上がりつつあった。

 

コースの周りにはガンプラケースを持った参加者も多い。

親子で機体を確認している人。

本格的な改造機を眺め評価しあっている大人。

単純に見物へ来た人たち。

大会というより、商店街全体がお祭りになっている感じだ。

 

「楽しそうだね」

アスカが笑う。

「そうだね」

私も素直に頷いた。

今日は勝ち負けだけじゃなく、この雰囲気そのものを楽しめそうだった。

 

「「わ~!むんぞ〜くんだー!」」

ふと、子供たちの声が聞こえた。

「ん?」

人混みの向こう。

緑色の丸い何かが、こちらへ歩いてくる。

 

 ぽて。

 

 ぽて。

 

 ぽて。

 

「……あれが?」

「そうです!あれが商店街のマスコットのむんぞ〜くんです!」

ミネハが嬉しそうに答えた。

 

チラシで見ていたムンゾ商店街のマスコット。

抹茶色の丸い身体に商店街の名前入りエプロン。

顔には黒い横長の部分があり、その中央に桃色の丸い瞳がある。

腕も脚も丸く、歩くたびに身体全体がゆらゆら揺れる。

子供たちが手を振ると、むんぞ〜くんも短い腕を上げた。

 

 ふりふり。

 

そして、桃色の瞳が。

 

 ――ぐぽーん。

 

「「…………」」

アスカと同時に黙った。

「今、光った?」

「光ったね」

「挨拶ですよ~!可愛いですよね!」

ミネハだけは何でもないことのように言う。

もう一度。

――ぐぽーん。

「ねえレイ。なんかあれってザ――」

「言うな」

「ひゃい!」

横から飛んできた低い声に、アスカが変な声を出した。

いつの間にか、ハマノ店長が立っている。

「ミネハに余計なことを言うな」

「……あ、はい」

アスカが圧に飲まれ口を閉じた。

店長はむんぞ〜くんへ視線を戻すと、当然のように言った。

「可愛いだろう」

「え?」

思わず聞き返した。

「――ん?なにかいいたいことが?」

なんだか無言の圧を感じる……。

「いや……特に……」

私も口を慎むことにした。沈黙は金雄弁は銀ってやつだ。

それにしても普段の店長と、ぽてぽて歩くむんぞ〜くん。

どうにも結びつかない。

 

「なるほど。君が言っていたのはあれか」

今度は、店長の隣から知らない声がした。

「余計なことを言わないでください、大尉」

「ハッハッハッ!まだ何も言っておらんぞ!」

 

そこにいたのは、がっしりした体格の男性だった。

口元には髭。

一見すると気さくそうだけれど、周囲の参加者やガンプラへ向ける目は妙に鋭い。

 

「店長、この人は?」

「知り合いだ。ラルという」

「ラルだ、よろしく頼む。」

「「初めまして」」

 私とアスカが頭を下げると、ラルさんは気さくに笑った。

「君たちが、ハマノのところへよく来るという子たちか」

「私たちのこと知ってるんですか?」

「話だけはな、実に優秀なファイターたちと聞いておる」

「店長、私たちの話するんだ」

「――思い上がるな。見どころがあるだけだ」

 何を話したのか気になったけれど、聞いても答えてくれそうにない。

 

 ラルさんは私たちの持つケースを見る。

「今日のレースに参加するみたいだな」

「はい」

「もちろん!」

「ほう。それは楽しみだ」

「ラルさんは出ないんですか?」

「今日はハマノに会いに来ただけでな。たまたま面白そうな催しを見つけ、見物させてもらうことにしたのだ」

「朝から突然来ただけだ」

「ハッハッハッ!昔と変わらず手厳しいな!」

長い付き合いなのか、店長の辛辣な言い方にも、ラルさんはまるで気にしていなかった。

そんな二人のやり取りを眺めていると――。

 

「ハマノ様ぁぁぁ!ミネハ様ぁぁぁ!」

 

商店街に響く大声。

聞き間違えるはずもない。

イベント用の折り畳み机を抱えたマシマさんが、人混みの向こうからこちらへやってきた。

「ミネハ様! この机はこちらでよろしいですか!」

「あ、はい! 受付の横です!」

「承知しました!」

返事だけは物凄く頼もしい。

机を指定された場所まで運び終えると、ようやく私たちに気づいた。

 

「おお!レイ君にアスカ君ではないか!おはよう!」

「おはようございます、マシマさん」

「おはよ、マシマさん!」

相変わらず元気の良い人だ。

「そうかやはり君たちも来たか!」

私たちのケースを見た瞬間。

ほんの少し。

羨ましそうな顔になった。

「……マシマさん、もしかしてレース出たかった?」

「当然だ!これほどのコースを前にして、ファイターとして血が騒がぬはずがない!」

「じゃあ出ればよかったじゃん。なんで出ないの?」

「…………」

黙った。

「ふふふ、今日はスタッフなんですよね?」

ミネハが苦笑する。

「そうなのだ……」

声が一気に小さくなった。

「ハマノ様のお役に立つため! この私から手伝いを申し出たのだが――」

「レースに出られないことまで考えてなかった?」

「…………」

マシマさんが目を逸らす。

(図星か……)

「やっぱり」

アスカが笑う。

「笑うな!私は今日、このイベントを成功させるために――」

「マシマ」

「はい!なんでしょうか!」

ハマノ店長に呼ばれた瞬間、背筋が伸びた。

「次が残っている。手をとめるな」

「承知しました!ではがんばれよ!二人とも!」

さっきまでの落ち込みはどこへ行ったのか。

マシマさんはすぐに次の荷物へ向かっていった。

「……なんだかんだ真面目だよね」

アスカがその背中を見送る。

「はい。朝からずっと手伝ってくれてるんですよ」

ミネハが少し嬉しそうに笑った。

 

      ◇

 

「そうだ!」

次の荷物へ向かっていくマシマさんの背中を見送っていたミネハが、何かを思い出したように声を上げた。

「受付に行く前に、今日参加する皆さんの何人かを紹介しましょうか?」

「皆さん?」

「はい。商店街の方も結構参加するんですよ」

そう言って、ミネハは少し離れた参加者用の待機スペースへ歩き出した。

私とアスカも顔を見合わせ、その後を追う。

 

近づいてみると、思っていた以上に色々なガンプラが並んでいた。

ほとんど素組みに近い機体もあれば、原型が分からなくなるほど改造されたものもある。

今日がレースだからだろう。

背中や脚部に推進器を増設した機体が多い。

ただ、全員が単純に速さだけを求めているわけでもなさそうだった。

 

「まずは――」

ミネハが、一人の男性へ近づいていく。

「こちらのノリスケさん!」

「ん?」

機体を調整していた壮年の男性が顔を上げた。

その前に置かれていた機体を見て、私は思わず足を止める。

「グフカスタム……?」

見間違えるはずはない。

でも、知っているグフカスタムとは少し違っていた。

 

背中には高機動を意識した大型のバックパック。

脚部についてはイフリートのスラスターを移植したようだ。

 

「……これ」

少し近づいて、機体を横から見る。

追加されたスラスターがどの方向への推進に対しても効果的に作用するように計算されている。

「直線だけじゃなくて、曲がるのも考えてます?」

そう尋ねると。

ノリスケさんの表情が少し変わった。

「随分若いのに、分かるのか」

「多分ですけど。姿勢制御用のスラスター、かなり増やしてますよね」

「その通りだ、いや見事な見識だ」

嬉しそうに頷く。

「レースは真っ直ぐ走るだけではない。ベテランにはベテランなりの戦いがあるのだよ。レディ」

「なるほど……」

もう一度機体を見る。

今日のコースには、市街地もある。

あそこなら、単純な最高速度よりもこういう機体の方が厄介かもしれない。

(まさに歴戦って感じだな……)

「君たちも参加者だろう?」

「はい!」

アスカが元気よく答える。

「それじゃ、今日は競争相手だ」

口調は穏やかだった。

でも、その言葉を口にした時だけ、少し楽しそうに目が細くなる。

「よろしくお願いします」

「お互い、いいレースにしよう」

挨拶を済ませて離れながら、私はもう一度グフカスタムを振り返った。

(……覚えておこう)

多分、あの機体は強敵だ。

 

「次はキャプテンさんです」

「キャプテン?」

アスカが首を傾げる。

「何の?」

「ご近所のおじ様たちのガンプラサークルの代表をやっているのでそう呼ばれてるらしいです!」

そんな紹介をしてもらっているとその姿が見えてきた。

 

砂色のザクⅡ。

装甲には細かな汚しが施され、全体的に実戦を潜り抜けてきたような雰囲気がある。

 

「アフリカ戦線仕様……!」

「うわぁ、渋いなぁ……」

アスカが思わず呟く。

その声は本人にも聞こえていたらしい。

機体の状態を確認していたキャプテンさんが、こちらへちらりと視線を向けた。

けれど、何かを言うわけでもなく。

小さく頭を下げるだけ。

「あ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす!」

私たちが挨拶を返すと。

キャプテンさんはもう一度だけ頷き、そのままザクへ視線を戻した。

長い間、この機体を触ってきた人なんだろう。

「……なんか格好いいね」

少し離れたところでアスカが小声で言う。

「分かる」

私も頷く。

無駄に喋らないところまで含めて、妙に似合っていた。

 

その時。

「「パパー!」」

突然、観客側から明るい声が飛んできた。

キャプテンさんの手が止まる。

見ると、二人の女の子が、こちらへ向かって大きく手を振っていた。

一人は小学生くらい。

もう一人は、それより少し幼い。

「頑張ってー!」

「パパー! 一位になってねー!」

その隣。

二人の母親らしい女性も、笑いながら手を振っている。

 

さっきまでほとんど表情を変えなかったキャプテンさんが。

ほんの少しだけ。

困ったように眉を下げた。

ただ片手を上げ、一言。

「……おう」

本当に少しだけ。

「「わーい!」」

娘二人が嬉しそうにしている。

奥さんも楽しそうに笑っている。

キャプテンさんはその様子を愛おしげに少しだけ見つめると。

何事もなかったように、またザクへ向き直った。

 

私たちは二人揃って、その背中を見る。

「なんかさ」

アスカが小声で言った。

「うん」

「さっきより格好よく見えるね」

「……分かる」

――今度は、機体とは少し違う意味で、そう思った。

 

「それから、カリマ叔父さんです」

「また叔父さん?」

「はい」

「ミネハちゃん、親戚多くない?」

「よく言われます……」

困ったように笑うミネハの先。

そこには、紫色を基調にしたギラ・ズールが置かれていた。

「これは?」

「ガルマ・ザビ専用ギラ・ズールらしいです」

「……そんなのあったっけ?」

 アスカが私を見る。

「ないよ、多分オリジナルだね」

「やっぱり?」

「うん」

ガルマ専用ザクの意匠をギラ・ズールへ落とし込んだらしい。

紫を基調にしたカラーリング。

細部にも専用機らしい装飾が加えられている。

(こういう方向の改造もあるんだ……)

速さを求めたというより、好きな機体をレース仕様へ調整した、といった感じだろうか。

 

ふとカリマさんの視線が、こちらではなくスマホの方を向いていることに気づく。

スマホに何か打ち込んだ後、カリマさんが前髪をいじりながら僅かに顔をしかめる。

(なんか見覚えがある動きのような……)

なぜかマシマさんの顔が浮かんだが気のせいだと思うことにした。

何となく、触れない方がいい気がしたし……

 

「こっちはエグサさんです」

その隣にあったのは。

白を基調としたギャン。

ただし。

知っているギャンとは、装備が少し違う。

「ハクジ装備……?」

(――なるほど!正史時空版のハクジ装備ギャンってことか)

「よく分かったね」

機体の横にいたエグサさんがこちらを見る。

「今日のレース用に少し調整はしてあるけど、基本はそのままだよ」

「速度を上げたりしないんですか?」

「無理に速くして、いつもの動きが出来なくなっても困るからね」

そう言って、エグサさんは軽く笑った。

レースだからと全員が高速化する必要はない。

普段使っている機体の長所を、そのまま活かす。

(この人も、結構慣れてそう)

何となくそう思った。

 

「次はクリスさんです!」

ミネハの声についていくと。

今度は、見覚えのある白と青の機体が目に入った。

「アレックス?」

でも全体の形も少し細くまとめられていて、元のアレックスよりずっと軽快そうに見える。

「高機動型アレックスです」

「やっぱり」

思わず呟く。

「詳しいね」

声をかけられ、機体から顔を上げた。

私たちより少し年上の女性が、こちらを見ていた。

大学生くらいだろうか。

「この子たちは、アクシズホビーの常連さんなんです」

「へえ」

クリスさんが柔らかく笑う。

「今日はよろしくね」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす!」

アスカが元気よく頭を下げる。

ミネハが小声で話す。

「実はクリスさんにはかっこいい彼――」

「――ミネハちゃん」

「はい?なんでしょう?」

ミネハが振り返る。

クリスさんは、怖いくらい笑顔だった。

「そこから先は紹介しなくてもいいかな?」

「……あっ!」

ミネハが慌てて口を押さえる。

「ご、ごめんなさい!」

「何? 何の話?」

当然、アスカが食いついた。

「別に何でもないよ」

クリスさんは笑っている。

ただ、それ以上は聞かないで、という雰囲気は伝わってきた。

「絶対何かあるよ」

アスカが耳元で囁く。

「聞かない方がいいと思う」

「ちぇ~」

アスカが不貞腐れてしまったがその場を後にした。

 

「次はチハちゃんです」

ミネハが少し先へ進む。

そこに置かれていた機体を見て。

「あ、かわいい」

アスカが真っ先に反応した。

白を基調にした小さなチビッガイ。

胸に蛍光色のクリアパーツをつけていて、ブローチのようになっていた。

確かに、見た目だけなら可愛い。

 

ただ、背中に付いているものはかわいくなかった。

 

「……待って」

「どうしたの?」

「これ」

機体の背後へ回る。

「サテライトキャノン?」

「……はい」

小さな声が返ってきた。

機体の隣には、私たちと同じくらいの年の女の子が立っていた。

「チビッガイXです!」

ミネハが紹介する。

(やっぱり、ガンダムXモチーフか)

「チハちゃんは、私と同じ学校なんですよ」

「よろしく……お願いします」

「よろしく」

「よろしくね!」

アスカがチビッガイを覗き込む。

「でもさ、どうしてガンダムXなの?」

「…………」

 

その瞬間。

チハの表情が固まった。

なぜか真っ赤になっている.....

 

「?」

「えっと……」

視線が泳ぐ。

「好きな人が……」

「うん」

「ガンダムX、好きなの……」

「…………」

 

誰も何も言わなかった。

「――かわいいッ!」

最初に口を開いたのはアスカだった。

「言わないで……」

チハの顔がさらに赤くなる。

「ご、ごめん! でも良いじゃん!」

「アスカ」

「だって!」

気持ちは分かるけど。

 

本人がここまで恥ずかしがっているなら、これ以上は聞かない方が良さそうだ。

改めて機体を見る。

チビッガイの背中にサテライトキャノン。

(……見た目と火力が全然合ってないな)

レース中は、あれの射線にだけは入らないようにしよう。

そう思いながらチハさんと別れた。

 

「そして最後が――」

ミネハが、もう少し先を指差した。

その先にいた人物を見て、私は思わず足を止める。

「あ」

「ん?」

アスカも私の視線を追い。

「あっ、技術中尉!」

先に声を上げた。

少し離れた机の前。

手帳を片手に、ガンプラの状態を確認している見覚えのある男性がいる。

以前、アスカがメイガス・ジウを作っていた時にも色々とアドバイスをしてくれた、オリバ・マイトさん――もとい、技術中尉だった。

「マイトさんも参加するんだ」

「いえ、マイトさんは参加者じゃないですよ」

ミネハが答える。

「今日はお知り合いの機体を見てあげてるみたいです」

「知り合い?」

「はい。あちらの方です」

そう言って示されたのは、技術中尉のすぐ隣にいる男性だった。

私たちよりずっと年上。

その人が何者なのかは分からない。

 

けれど問題は、本人よりも。

その前に置かれているガンプラだった。

 

「……え?」

思わず二度見した。

淡い水色の機体。

細長い胴体。

独特な頭部。

元になった機体が何なのかは、すぐに分かった。

 

「ヅダ……だよね?」

アスカが自信なさそうに聞いてくる。

「……うん」

そこまでは間違いない。

間違いない、はずなんだけど。

「でも……あれって.....」

「アタシも今それ聞こうと思った」

どう見ても普通じゃない。

ヅダのシルエット自体はかなり残っている。

なのに、背中に付いているものが、あまりにも似合わない。

 

二基の大型推進器。

その形には見覚えがあった。

 

「……スーパーバーニア?」

「え?」

「トールギスの」

アスカが、もう一度機体を見る。

「あー確かに?」

「多分」

土星エンジンの要素も入っているが特徴的な形状を見る限り、どう考えてもそうだ。

 

ヅダにトールギスのスーパーバーニア。

 

「……どうしてそこを組み合わせようと思ったんだろ」

「速い機体に速い装備付けたら、もっと速くなるとか?」

「まさか……小学生みたいな発想じゃん」

「でも付いてるし……」

「……まぁ.....付いてるね」

何も言い返せなかった。

 

今度は機体全体を見る。

「……ん?」

そこで、もう一つ、違和感に気づいた。

「どうしたの?レイ」

「いや……」

装甲を見るがなんか妙に淡い。

塗装のせいと言われれば、それまでなんだけど。

何というか。

 

(……ディアクティブモードみたいな色だな)

 

一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

フェイズシフト装甲が解除された時の、あの、色が抜けたような感じ。

 

(……って、まさかね)

すぐに打ち消す。

ヅダにPS装甲なんて、いくら何でもそこまではやらないだろう。

 

「こちら、イズハルさんです」

ミネハが男性を紹介した。

「イズハルさん?」

「はい。マシマさんは『名誉デュバル』って呼んでますけど」

「名誉デュバル?」

アスカが首を傾げる。

「何それ」

「なんでもお知り合いの中でそう呼ばれてるらしい?です」

ミネハも詳しい経緯までは知らないらしい。

 

「イズハルさんのお名前を漢字で書くと『出春』なんですけど、それを誰かが『デハル』って読んで……そこからいつの間にか『デュバル』になったとか」

「そんな変わり方する?」

「ネットだからじゃない?」

「それで『名誉』まで付くんだ……」

よく分からない。

「マシマさんがその呼び方を気に入ってしまって、普段からそのまま呼んでるんです」

「……ああ」

それなら、なんとなく納得した。

マシマさんならやりそうだ。

 

「おお!」

私たちの会話が聞こえたらしいイズハルさんが、勢いよくこちらを振り返った。

「君たちも、ヅダの素晴らしさに気づいたか!」

「えっ」

「いや、その……」

素晴らしさというより、何でこうなったのかが気になった。

「見たまえ!」

イズハルさんが、誇らしげに機体を示す。

「ヅダの優秀性を、より完全な形で引き出すため! あらゆる技術を惜しみなく投入した!」

「あらゆる技術……」

(……本当に何入れてるんだろ)

「その結果がこれなの?」

アスカが素直に聞いた。

「その通りだ!少女よ」

迷いのない返事だった。

「…………」

本人は満足しているらしい。

(いや、良くない気がする)

「それで」

アスカが首を傾げる。

「これ、ちゃんと走れるんですか?ヅダですよね?」

「当然だ!」

イズハルさんが胸を張った。

「この日のために、さらなる改修を重ねた! 今度こそ、このヅダが最後まで走り切り、その優秀性を証明してみせよう!」

「今度こそ?」

 

その一言が引っかかった。

「前にも何かあったんですか?」

「…………」

イズハルさんが僅かに黙った。

代わりに答えたのは、技術中尉だった。

「以前の走行試験では、機体が最後まで持ちませんでした」

「マイト君!」

「事実です」

手帳から目を離さないまま、淡々と答える。

「推進系の出力に対して、機体側の冷却能力とフレーム強度が追いつかなかった。結果、各部が過熱し、構造の一部が限界を迎えました」

「限界って……」

アスカが機体を見る。

「壊れたんですか?」

「正確には――爆発しました」

「爆発!?」

やっぱりか.....

「だが!」

イズハルさんが勢いよく声を上げる。

「あれは過去の話だ! あの時に得られたデータを基に、今回はさらなる改修を施している!」

「確かに改善はしています」

技術中尉が言葉を引き取った。

「冷却経路。推進器との接続部。高負荷時に問題となったフレームについても補強済みです」

「そうだろう!」

「ただし」

技術中尉が手帳を確認する。

「スーパーバーニアを最大出力で長時間使用した場合については、十分な実走データがありません」

「…………」

「最大出力の連続使用は、事前に決めた時間を必ず守ってください」

「当然だ!」

「本当に?」

「…………」

イズハルさんの視線が逸れた。

技術中尉は数秒ほどその顔を見たあと。

再び手帳へ目を落とした。

「スタート前にもう一度確認します」

「信用がないな、マイト君!」

「過去の記録に基づく判断です」

 

私はもう一度、そのヅダへ視線を戻す。

ヅダの背中には似つかわしくない、大型のスーパーバーニア。

(……これ、本当に大丈夫なのかな)

今日、ここまで色々な参加機を見てきた。

でも、これだけは。

速いかどうかより先に、最後までちゃんと形を保っていられるのか。

レースが始まる前から、少しだけ心配になってきた。

 

      ◇

 

商店街に、少し大きなチャイム音が響いた。

 

『参加者の皆様へお知らせいたします』

スピーカーからアナウンスが流れる。

『まもなく開会式を開始いたします。参加予定の皆様は、スタート地点付近へお集まりください』

「あっ」

ミネハが時計を確認した。

「もうこんな時間……!受付しないと!」

「だね!急ご」

「す、すみません!私のせいで……」

「ミネハちゃんのせいじゃないよ」

アスカが笑う。

「ほら、行こ!」

「うん」

私たちは急いで受付へ向かった。

 

      ◇

 

会場の中心。

スタート地点の周りには、すでに多くの人が集まっていた。

参加者だけじゃない。

 

家族連れ。

 

買い物の途中らしい人。

 

子供を肩車している父親。

 

スマートフォンを構えている学生。

 

さっきまで商店街のあちこちに散らばっていた人たちが、いつの間にかここへ集まっている。

その視線の先、簡易ステージの上に、一人の男性が立っていた。

 

「……あの人?」

アスカが小声で尋ねる。

「はい」

ミネハが答える。

「ギレン叔父さんです」

「……」

思わず、じっと見てしまう。

オールバックに背広、

背筋をピシッと伸ばし両手を背中へ。

そんな状態で集まった人たちを見渡している。

立っているだけなのに妙なカリスマ性を感じた。

(……演説台が似合いそうだとは思ったけど)

想像以上だった。

やがて、ギレンさんがマイクを受け取る。

それまでざわついていた周囲の声が、少しずつ小さくなっていった。

 

『諸君!』

 

「…………」

第一声から、声がよく通る。

 

『本日は我がムンゾ商店街へ足を運んでいただいたこと、まずは商工会を代表し、心より感謝する!』

 

アスカが隣から私の袖を引いた。

「レイ」

「言わなくていい」

「あれって.....ギレ.....」

「大丈夫、分かるから」

 

多分。

考えていることは同じだ。

 

『本日の催しは、単にガンプラの速さを競うだけのものではない!』

 

ギレンさんが大きく手を広げた。

 

『己が手で作り上げた機体と共に走り! 競い! そして――このムンゾ商店街そのものを楽しんでもらうための祭りである!』

 

観客から拍手が起こる。

最初は少しまばらだった音が。

すぐに大きくなった。

 

『勝利を求める者! 己の機体を試す者! そして、ただこの一日を楽しむために集った者!』

 

ギレンは会場を見渡す。

 

『その全てを、我々ムンゾ商店街は歓迎する!』

 

再び拍手。

(……演説、上手いな)

大げさではある。

 

でも、不思議と嫌じゃない。

むしろ、ここまでやられると、少し気分が乗ってくる。

横を見ると、アスカまで何となく楽しそうに聞いていた。

そのさらに向こう、ミネハだけは。

「叔父さん……やっぱり張り切ってる……」

少し恥ずかしそうだった。

身内だとまた違って見えるらしい。

 

『諸君!』

 

ギレンさんが、最後にもう一度声を張る。

 

『今日という日を! この場へ集った全ての者にとって、後々まで語れる一日としようではないか!』

 

大きな拍手。

歓声まで上がった。

 

「……すご」

アスカが呟く。

「色々な意味でね」

「分かる」

 

ギレンさんが参加者たちへ視線を向けた。

 

『では、参加者諸君!』

 

一拍。

 

『己のガンプラを携え――スタート位置へつけ!』

 

それを合図に。

周囲の参加者が一斉に動き始めた。

 

      ◇

 

「行こ、レイ!」

「うん」

Gシリウスをケースから取り出す。

軽く腕を動かして。

最後に感触を確かめる。

 

(大丈夫)

少なくとも、今の私に分かる範囲では元通りだ。

その隣ではアスカがメイガス・ジウを手にしていた。

三日前に完成したばかりのアスカ自身が作った新しい相棒。

 

本来ならあの機体と一緒に敵を見て同じ相手へ向かっていくはずだ。

でも今日は違う。

 

「レイ」

「何?」

アスカがメイガス・ジウを持ったまま、こちらを向く。

「もっかい言わせて」

そう言って、にっと笑った。

「絶対負けないからね!」

「こっちの台詞」

「言ったね?」

「言ったよ」

「あとで泣いても知らないよ?」

「それ、アスカが言う?」

「何でよ!」

こういうのも、悪くない。

 

Gシリウスをスタート用のバトルシステムへセットする。

参加者たちの機体が次々と並べられていく。

 

その時、観客たちの間から。

「むんぞ〜くんだ!」

子供たちの声が上がった。

 

 ぽて。

 

 ぽて。

 

 ぽて。

 

見覚えのある緑色の身体が、スタートの横へ歩いてくる。

「……まさか」

アスカが呟く。

「スタート役?」

「そうですよ!」

スタッフ側に戻っていたミネハが、少し離れた場所から嬉しそうに答える。

 

スタートラインについたむんぞ~くんが手をあげる。

 

それまで騒がしかった会場が。

少しずつ、静かになっていった。

 

胸の奥が少しずつ、高鳴っていく。

 

『参加者の皆様!』

 会場アナウンスが響いた。

『準備はよろしいでしょうか!』

 観客から歓声が返る。

 

むんぞ〜くんの桃色の瞳が、ゆっくり、明るくなっていく。

まるでF1のスタートランプのようだ。

 

――ぐぽぉぉぉん……。

 

その光がさらに強くなる。

 

――ぐぽぉぉぉん……!

 

『それでは――』

 

 




後半に続く――
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